連続した機関砲の発射の音と共に、岩が砕け散る。
重甲冑の手首に仕込まれた砲口から煙を上らせながら、砲手であるタイランは浮かない顔(?)をしていた。
湖の畔には篝火が設けられ、夜の稽古をするにはそれなりの光量になっている。
一方、タイランの砲撃を眺めていたヒイロのテンションは、逆に高い。
「おおおおお、すごい威力だね、タイラン」
「……ええ、そうなんですけど」
「ん? 何か不満?」
「その、私のこの身体は、カナリーさんに、一体どういう方向に導かれていってしまうのかと……」
元々、あまり好戦的ではないタイランである。
それはヒイロも知っているので、苦笑するしかない。
「まー、確かにね。カナリーさん、タイランが空飛べないの本気で残念がってたし」
「あと、もう一つ用意してもらったアレは、さすがにここでは……」
タイランは、背中に背負った二つの大きな楕円状の塊を、軽く指でつついた。
「二回こっきりの大技だからねぇ。あとキキョウさんも、稽古参加しようよー」
一人黙々と素振りをするシーラと対照的に、キキョウはボーッと夜空を眺めていた。
「ぬうぅ……最近、このパターンが多いような気がする……」
「多分、向こうもそう思ってるんじゃないかなぁ」
「早く戻って来ぬモノか……」
ヒイロの他人事みたいな言葉は耳に入っているのかいないのか。
その方角は西、カナリーが飛び去った方向だ。もちろん、キキョウは別に、カナリーの帰りを待っている訳ではない。
小さく溜め息をついていると、岩の陰に見覚えのある服が翻ったように見えた。
司祭服だ。
「……ぬ、あまりの待ち遠しさに幻影が見え始めたか?」
頭を振り、もう一度同じ場所を見る。
消えてない。
「…………」
シルバが、岩陰に隠れながらキキョウ達を見つめていた。
キキョウの視線に気付くと、彼は身を翻して岩陰の向こうに姿を消した。
「いやいやいやいや、幻影ではないぞ、アレは!」
慌てて、キキョウはシルバの背中を追った。
「キ、キキョウさん、どしたの!?」
ヒイロの声が背中にかけられるが、キキョウは構わなかった。
「シルバ殿、そんなところで何をしているのだ!」
荒野を駆け、シルバを追う。
だが、不思議と臭いはなかった。
乾いた土を踏む音もやがて途切れ、キキョウは狭い谷間で足を止めた。
その先はもう、行き止まりだ。
ちょうどコの字になった場所で、キキョウは呆然と周囲を見渡す。
「……消え、た?」
正面も左右も、人間が登れる高さの岩壁ではない。
いや、キキョウでも難しいだろう。
今のシルバは、本当に幽霊だったのか。もしくはキキョウの見た幻影だったのか。
首を捻りながらも、手掛かりを失った彼女は、自分達のキャンプに戻ろうとした。
……耳に、微かに声が届き、その足を止める。
「……から、ウチの仕事の邪魔は……いて欲しい……すよ」
「それはそ……の都合だ。あた……って、段階……んで仕事……ていたんだ。ここでやめる……はいかない」
声はキキョウの獣の耳でかろうじて届くレベルであり、相手の居場所は恐ろしく遠いようだ。
場所は崖の上。それ故に、あいてもこちらに気付いていないようだった。
キキョウは目を瞑り、その会話に意識を集中する。
逆方向からヒイロが探しに来ているようだが、そちらは意識から追い出す。
(……何の話だ?)
相手は二人、どちらも若いようだ。
片方は男、もう一方はよく分からない。
「そないな……わはっても、ウ……頼ん……霊炉はちゃ……完成したし出力上々……ワはんらとの戦いで確かめ……作も安定……るどす。ラグはん……はアレ……しゃろ? 第六層……索は首尾よう行っと……う話、聞いとらんのですけど? あの雇った立派な剣士……の具合は如何しとりますか?」
(……霊炉……精霊炉!?)
息を殺し、キキョウは耳を更にそばだてる。
「余計な心配……だが、確かにあ……誤算だったのは認めざ……得ないが……ちゃんと腕……い呪術……雇う予定だ」
「知っとります。因果っちゅ……は巡るも……すなぁ」
「何?」
「その呪……のセンセ、あんさんト……剣奴隷をそないな目に遭わ……司祭は……妹……の師匠……」
「……世間は狭い……う事か。ともか……治療が……次第、カー……は再び第六……潜ってもらう」
「さいどすか。ともあ……アレはウチ……物どす。邪魔はせんと……下……な」
「そ……言うなら、あの人造人間……っちのモノ……第六……彼が手に入れたのは……ーヴから……告で聞……いる」
頭の中で、キキョウは分かる範囲で話を整理しようとした。
精霊炉、司祭、第六層の人造人間。
……三つもあれば充分だ。偶然ではない。相手は、自分達に何らかの目的がある。それもあまり、よくない予感がする。
その時、峡谷に大きな声が響いた。
「キキョウさーん? 何処行っちゃったのー?」
「!!」
ヒイロの大声に、キキョウは飛び上がりそうになった。
向こうもどうやら同じらしく、声は途切れてしまった。だが、どうやら立ち去ってしまったらしい。
「ちっ……!」
舌打ちをするが、それは情報が中断された事に対してだ。
ヒイロは純粋にキキョウを心配して、駆けつけてくれた事は分かっているので、そちらに対しては、感謝しておく事にした。
話を聞き終えたシルバは、難しい顔をせざるを得なかった。
「……キキョウ、それは充分すぎるほどトラブルだと思うんだが」
「僕も、そう思う」
途中で水浴びから戻ってきたカナリーも、同意する。
「そ、そうであろうか?」
シルバは、頭の中で整理する。
「精霊炉、ノワ、それにあの珍妙な方言から察するに、片方はノワから聞いてたキムリック・ウェルズだろうな」
「シルバ殿、もう一人は誰だと思う?」
「……そこなんだよな。妥当な所だと、貴族のルシタルノ氏。カーヴ・ハマーの雇い主な。第六層の剣士、呪術師、治療って単語からの推測だけど……」
ガシガシと頭を掻きながら、シルバは考え続ける。
司祭が絡んでて、呪術師、妹、とくればもう何というか、自分達と無関係とは思えない。
「けど……んー、何でその二人が一緒にここにいるのかが、よく分からない」
そこが、悩みの種だった。
キムリック・ウェルズ一人ならまだ分からないでもなかったが、何故、こんな辺境の更に辺境のような土地に貴族が訪れているのだろう。
「ヒイロ、無理に考えるな。頭から煙が出ているよ」
カナリーの言葉に視線を動かすと、ヒイロが目を回していた。
「う~~~~~。ボクはもうダウン~」
そういえば、眠気もそろそろ強くなってきている。
これ以上考えても、ロクな答えが出そうにないとシルバは判断した。
「何らかの手は打ちたいけど、向こうの出方を待つしかないなこれは。強いて言えば、タイランとシーラは気をつけた方がいいって事だ」
「は、はい」
「了解」
それと忘れそうだったもう一点も、付け加える。
「あと、そもそも俺の幻影ってのもよく分からないな」
「キキョウ君の幻影である説に一票」
シルバの頭に乗ったちびネイトが、生真面目な顔で手を挙げた。
それを見て、キキョウが動揺する。
「い、いやいや! た、確かに某は見たのだ! アレは見間違いではない!」
「行き止まりで消えた事の説明はどうなるのだ? 私ならば、いつでもシルバの幻影など、脳裏に浮かべる事は可能だが」
「そ、某だって負けてはおらぬ!」
「……そこで張り合うな」
しかも俺を挟んで、と内心思いながら、ふと自分に寄りかかるリフに気がつく。
「にぅ……ねむい」
「確かにもう夜も遅い。交代で見張りを立てて、本日はおしまいにしよう」
パン、と手を叩いて、臨時の会議はお開きとなった。
※思わせぶりな一日目終了で、次回から峡谷行です。