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No.11810の一覧
[0] ミルク多めのブラックコーヒー(似非中世ファンタジー・ハーレム系)[かおらて](2009/11/21 06:17)
[1] 初心者訓練場の戦い1[かおらて](2009/10/16 08:45)
[2] 初心者訓練場の戦い2[かおらて](2009/10/28 01:07)
[3] 初心者訓練場の戦い3(完結)[かおらて](2009/11/19 02:30)
[4] 魔法使いカナリー見参1[かおらて](2009/09/29 05:55)
[5] 魔法使いカナリー見参2[かおらて](2009/11/14 04:34)
[6] 魔法使いカナリー見参3[かおらて](2009/10/27 00:58)
[7] 魔法使いカナリー見参4(完結)[かおらて](2009/10/16 08:47)
[8] とあるパーティーの憂鬱[かおらて](2009/11/21 06:33)
[9] 学習院の白い先生[かおらて](2009/12/06 02:00)
[10] 精霊事件1[かおらて](2009/11/05 09:25)
[11] 精霊事件2[かおらて](2009/11/05 09:26)
[12] 精霊事件3(完結)[かおらて](2010/04/08 20:47)
[13] セルビィ多元領域[かおらて](2009/11/21 06:34)
[14] メンバー強化[かおらて](2010/01/09 12:37)
[15] カナリーの問題[かおらて](2009/11/21 06:31)
[16] 共食いの第三層[かおらて](2009/11/25 05:21)
[17] リタイヤPT救出行[かおらて](2010/01/10 21:02)
[18] ノワ達を追え![かおらて](2010/01/10 21:03)
[19] ご飯を食べに行こう1[かおらて](2010/01/10 21:08)
[20] ご飯を食べに行こう2[かおらて](2010/01/10 21:11)
[21] ご飯を食べに行こう3[かおらて](2010/05/20 12:08)
[22] 神様は修行中[かおらて](2010/01/10 21:04)
[23] 守護神達の休み時間[かおらて](2010/01/10 21:05)
[24] 洞窟温泉探索行[かおらて](2010/01/10 21:05)
[25] 魔術師バサンズの試練[かおらて](2010/09/24 21:50)
[26] VSノワ戦 1[かおらて](2010/05/25 16:36)
[27] VSノワ戦 2[かおらて](2010/05/25 16:20)
[28] VSノワ戦 3[かおらて](2010/05/25 16:26)
[29] カーヴ・ハマーと第六層探索[かおらて](2010/05/25 01:21)
[30] シルバの封印と今後の話[かおらて](2010/05/25 01:22)
[31] 長い旅の始まり[かおらて](2010/05/25 01:24)
[32] 野菜の村の冒険[かおらて](2010/05/25 01:25)
[33] 札(カード)のある生活[かおらて](2010/05/28 08:00)
[34] スターレイのとある館にて[かおらて](2010/08/26 20:55)
[35] ロメロとアリエッタ[かおらて](2010/09/20 14:10)
[36] 七女の力[かおらて](2010/07/28 23:53)
[37] 薬草の採取[かおらて](2010/07/30 19:45)
[38] 魔弾の射手[かおらて](2010/08/01 01:20)
[39] ウェスレフト峡谷[かおらて](2010/08/03 12:34)
[40] 夜間飛行[かおらて](2010/08/06 02:05)
[41] 闇の中の会話[かおらて](2010/08/06 01:56)
[42] 洞窟1[かおらて](2010/08/07 16:37)
[43] 洞窟2[かおらて](2010/08/10 15:56)
[44] 洞窟3[かおらて](2010/08/26 21:11)
[86] 洞窟4[かおらて](2010/08/26 21:12)
[87] 洞窟5[かおらて](2010/08/26 21:12)
[88] 洞窟6[かおらて](2010/08/26 21:13)
[89] 洞窟7[かおらて](2010/08/26 21:14)
[90] ふりだしに戻る[かおらて](2010/08/26 21:14)
[91] 川辺のたき火[かおらて](2010/09/07 23:42)
[92] タイランと助っ人[かおらて](2010/08/26 21:15)
[93] 螺旋獣[かおらて](2010/08/26 21:17)
[94] 水上を駆け抜ける者[かおらて](2010/08/27 07:42)
[95] 空の上から[かおらて](2010/08/28 05:07)
[96] 堅牢なる鉄巨人[かおらて](2010/08/31 17:31)
[97] 子虎と鬼の反撃準備[かおらて](2010/08/31 17:30)
[98] 空と水の中[かおらて](2010/09/01 20:33)
[99] 墜ちる怪鳥[かおらて](2010/09/02 22:26)
[100] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(上)[かおらて](2010/09/07 23:40)
[101] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(下)[かおらて](2010/09/07 23:28)
[102] 暴食の戦い[かおらて](2010/09/12 02:12)
[103] 練気炉[かおらて](2010/09/12 02:13)
[104] 浮遊車[かおらて](2010/09/16 06:55)
[105] 気配のない男[かおらて](2010/09/16 06:56)
[106] 研究者現る[かおらて](2010/09/17 18:34)
[107] 甦る重き戦士[かおらて](2010/09/18 11:35)
[108] 謎の魔女(?)[かおらて](2010/09/20 19:15)
[242] 死なない女[かおらて](2010/09/22 22:05)
[243] 拓かれる道[かおらて](2010/09/22 22:06)
[244] 砂漠の宮殿フォンダン[かおらて](2010/09/24 21:49)
[245] 施設の理由[かおらて](2010/09/28 18:11)
[246] ラグドールへの尋問[かおらて](2010/10/01 01:42)
[248] 討伐軍の秘密[かおらて](2010/10/01 14:35)
[249] 大浴場の雑談[かおらて](2010/10/02 19:06)
[250] ゾディアックス[かおらて](2010/10/06 13:42)
[251] 初心者訓練場の怪鳥[かおらて](2010/10/06 13:43)
[252] アーミゼストへの帰還[かおらて](2010/10/08 04:12)
[254] 鍼灸院にて[かおらて](2010/10/10 01:41)
[255] 三匹の蝙蝠と、一匹の蛸[かおらて](2010/10/14 09:13)
[256] 2人はクロップ[かおらて](2010/10/14 10:38)
[257] ルシタルノ邸の留守番[かおらて](2010/10/15 03:31)
[258] 再集合[かおらて](2010/10/19 14:15)
[259] 異物[かおらて](2010/10/20 14:12)
[260] 出発進行[かおらて](2010/10/21 16:10)
[261] 中枢[かおらて](2010/10/26 20:41)
[262] 不審者の動き[かおらて](2010/11/01 07:34)
[263] 逆転の提案[かおらて](2010/11/04 00:56)
[264] 太陽に背を背けて[かおらて](2010/11/05 07:51)
[265] 尋問開始[かおらて](2010/11/09 08:15)
[266] 彼女に足りないモノ[かおらて](2010/11/11 02:36)
[267] チシャ解放[かおらて](2010/11/30 02:39)
[268] パーティーの秘密に関して[かおらて](2010/11/30 02:39)
[269] 滋養強壮[かおらて](2010/12/01 22:45)
[270] (番外編)シルバ達の平和な日常[かおらて](2010/09/22 22:11)
[271] (番外編)補給部隊がいく[かおらて](2010/09/22 22:11)
[272] (番外編)ストア先生の世界講義[かおらて](2010/09/22 22:14)
[273] (番外編)鬼が来たりて [かおらて](2010/10/01 14:34)
[274] (場外乱闘編)六田柴と名無しの手紙[かおらて](2010/09/22 22:17)
[275] キャラクター紹介(超簡易・ネタバレ有) 101020更新[かおらて](2010/10/20 14:16)
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[11810] VSノワ戦 3
Name: かおらて◆6028f421 ID:82b0c033 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/25 16:26
「シルバ、憶えておいた方がいいぞ。名前というのは特別な意味を持つ」
「に!」
 悪魔、ネイト・メイヤーの言葉に、リフがコクコクと頷いた。
 ネイトはそれを見て、軽く微笑む。
「うん、同意が得られて僕も嬉しい」
「そもそも何だよ、その髪と肌の色は。イメージチェンジか?」
 シルバのツッコミを受け、ネイトはふむ、と葉で出来た自分の髪を掻いた。
 そして、倒れている霊樹を見下ろす。
「触媒の問題だろう。こんなモノを使えば、そりゃ姿も変わるとも」
「ちょっとちょっと!」
 耐えきれなくなったのか、ヴィクターに抱えられたままノワが叫んだ。
 シルバ達もノワに注目する。
「ノワ達を置き去りにしないでよ!? 誰が呼んだと思ってるの!?」
 ネイトは腕組みをし、不思議そうに首を傾げた。
「シルバじゃないか」
「俺だろ」
 実際、ネイトの召喚を行ったのはシルバなので、間違いではない。
「そ、そそそ、そうだけど! 望みを叶えてもらいたいのはノワ達なの! 道具を揃えたのもノワ達だし、シルバ君達は関係ないんだから!」
 ノワが大きく両手を振り回す。
 ネイトは軽く息を吐いて、シルバ達に背を向けた。
「何だつまらん。帰る」
「おおおい!?」
「シルバが引き留めてくれたから、帰るのはやめよう」
 本気なのか冗談なのか、ネイトは再び振り返った。
 シルバの隣にいたカナリーが、小さく呟く。
「……シルバ。帰ってもらった方がある意味では、正しかったんじゃないか?」
「……いや、分かってるんだ。分かっているんだが、ついツッコミが」
 自分のツッコミ体質を恨む、シルバであった。
「シルバ君とはどういう関係?」
「ああ、婚約者だ」
 ノワの質問にネイトが平然と答え、シルバのパーティーに動揺が広がった。
「嘘だ!!」
 ネイトは肩を竦め、シルバを見た。
「つれないなシルバ。将来を誓い合った仲じゃないか」
「海に向かって、『シルバの嫁に僕はなる!』って叫ぶのは、誓い合ったとは絶対言わないだろ、常識で考えて……」
「っていうか、やっぱり女の人なんだ……」
 引きつった笑いを浮かべるヒイロに、ネイトはえへんとささやかな胸を張った。
「幼馴染みだ」
「何で胸を張るんだよ!?」
「最強属性の一つだぞ?」
「だから、属性って何だよ!? キキョウも汗を拭いながら『手強い……』とか表情作るなよ!?」
 シルバのツッコミが止まらない。
 構わず、ネイトはシルバのパーティーを値踏みするように眺める。
「それで、その中の誰がシルバの嫁なんだ? 全員か? 僕は社会的な立場に拘らないから、愛人でも雌奴隷でも全然構わないが、身を固めるならちゃんとケジメは付けておいた方がいいぞ?」
「……頭が痛くなってきたから、そっちの話に戻れ」
 シッシッとシルバは手を振った。
「それが君の望みか」
 ネイトの問いに、シルバは頷く。
「そうだよ」
「よし。では、残る望みは二つだな」
「ちょっとシルバ君!?」
 ノワがたまらず絶叫する。
「という訳にはさすがにいかないか。大丈夫だ。『高位の魂』を用いた三つの願いはまだ全部残っている」
 無表情なネイトに、ノワは真面目な顔を向けた。
 もっともヴィクターの小脇に抱えられたままなので、今一つ格好がつかないが。
「ネイト……さんとか言ったよね。貴方、シルバ君の味方?」
「その前に一つ」
 ネイトは、指を一本立てた。
「何よ」
「君、シルバの敵だな。だったら僕の名前を気安く呼ぶな。僕の名前を呼んでいいのは、シルバの身内だけだ」
 それを言うと、ネイトは腕を下ろした。
「それとシルバの味方かという質問に対する答えが、君の望みか」
「う……」
 ノワが言葉に詰まる。
 しかしノワが言う前に、再びネイトが口を開いた。
「いい。世間話として受け取っておこう。シルバの味方かという問いに対しては、基本的にはイエスだ。ただし公私の区別は付けるから、もしもシルバの死を望むなら正式にそれを叶えよう。これでいいかな?」
「ノ、ノワの望みは、そんなのじゃないもん。もっと重要な事だし……ノワが気にしてるのは、曲解して変な形で叶えたりしないかって事だよ」
「それはないな。人の願望を叶えるという一点においては、僕は不公平な事は何一つしない。例えば君が、抱えきれないほどの財宝を欲するというのなら、僕はここで即座にそれを叶えよう」
 それを聞き知る場は眼を細めたが、気付いたのは肩にちょこんと座っていたタイランだけだった。
「財宝!?」
 一方ノワは目を輝かせた。が、さすがにクロスがたしなめた。
「……ノワさん、落ち着いて下さい。ここですべてを台無しにする訳にはいきません。初心貫徹でいきましょう。財宝なんて、その気になれば後でどうとでもなるでしょう? 人の身に叶えられない望みでいくべきです」
「う、う、ううう、そ、そうだね」
 残念そうに、ノワは頷いた。
 それを見届け、今度はクロスがネイトに話しかける。
「望みを叶えてもらうのは僕とノワさん、そしてそっちで倒れている黒髪の青年です。問題ありませんね?」
 クロスはロンを指差し、尋ねた。
 ネイトは壁にもたれかかりながら座っているロンを見て、頷いた。
「三人分の願い、確かに承った。では聞こう。君達の望みは何だ。プライバシーを守りたいなら、別にこっちでもいいぞ」
 ネイトの緑色の瞳が輝く。
 直後、ノワ、クロス、ロンの身体が一瞬痙攣したかと思うと、そのまま硬直した。
 ノワ達は意識を取り込まれたらしく、部屋の中央でネイトだけが頷いていた。
 形こそ違うが、ネイトのやっている事が何か、一番最初に察したのはカナリーだった。
「精神共有か……!?」
「まあな」
 シルバが返事を返した。
「か、彼女は元、聖職者か何かだったのかい」
 精神共有は、聖職者が長い修業を経て得られる技能の一つだ。
 なら、その疑問も当然の帰結だった。
 しかし、シルバは首を振った。
「いや、種族特性。アイツは元は、獏っていう種族でな」
「ば、ばく?」
 聞き慣れない種族名だった。
 それに答えたのはリフだ。
「に……悪夢をたべる霊獣の一種。夢魔のてんてき」
「……どっちかっつーと、アイツそのモノが夢魔だったような気がするけどな」
 ボソリと、シルバは呟いた。
 しばらくすると、話が終わったのか、ネイトが動きを止めた。
「なるほど……」
 軽く息を吐き、指を三本立てる。
「『永遠の若さと美貌』、『純血の吸血鬼になりたい』、『狼男になる前の身体に戻りたい』だな。分かった。叶えよう。ただし、『永遠の若さと美貌』は駄目だ」


「な、何でノワだけ駄目なの!? ずるいじゃない! ヴィクター、下ろして!」
「おう」
 詰め寄ろうとするノワを、ネイトは手で制した。
「慌てるな。別にずるくはない。永遠の『若さ』と『美貌』じゃあ要求が二つになっているじゃないか。何気に欲張りだね、君」
「つ、つまり、どっちかを選べって事?」
「もしくは両方を叶える一つを作るかだね」
「ん、んー……」
 ノワは、腕を組んで悩んだ。
 そして呟く。
「永遠の『若さ』と『美貌』……」
 どちらを選べばよいのか。
 しばし考え込み、不意に顔を持ち上げる。
「あ!」
 どうやら、答えを思いついたようだ。
 ポンと手を打ち、微笑んだ。
「何だー! 永遠の美貌って事は、若さもちゃんと保たれてるよね。じゃあ、望みは『永遠の美貌』にする! 世界一の美人ね!」
 ノワの望みを、ネイトは聞き届けた。
「分かった。望みは『永遠の美貌』だ」
「うん。世界一の美人なら、お金持ちにも取り入りやすいし、今後ずっと楽な生活を送れるもんね! もう危険な冒険者稼業も廃業出来るし!」
「……お前、ホント欲望に忠実だな」
 呆れ、思わずシルバは呟いた。
 それを見て、ノワは口元を押さえて笑った。
「くぷぷ、シルバ君、悔しい? 今だったら許してあげるよ? ノワがどこかに嫁いだら、そこの下男にしてあげようか?」
「いらねえよ」
 うんざりと、シルバは返した。
 ふと見ると、キキョウも呆れているようだった。
「彼女は傾国の美女を地でいくつもりか……」
「そう上手く行けばいいがな」
 そんなやり取りをするシルバ達に構わず、ノワはネイトに言った。
「さあ! 悪魔さん、早くやっちゃって! それこそ抱えきれないぐらいの財宝だって、どっかの国の王様に嫁げばノワの思うがままだよね! 天国の生活、こんにちわ!」
「うん。その願い、承った」
 ネイトは手を掲げると、指を鳴らした。


 天井があるにも関わらず、頭上から眩い光が差し、ノワを包んだ。
「やっと、この冒険者稼業が終わる……」
 ノワの身体が変質していく。
 手の甲がささくれ立ち、白かった肌が徐々に茶色く硬いモノに変わっていく。
「……って、え?」
 ノワは戸惑い、両手を見た。
 細かった指はまるで木の枝のようになり、前髪がネイトと同じような葉に変化していく。
「な、何この手……この肌……え、髪の毛が緑色……えええええっ!?」


 悲鳴を上げるノワを眺めながら、シルバの肩に乗ったちっちゃいタイランが、彼を見上げた。
「こ、これって、そういう……事ですか? ……シルバさん?」
「……ああ。タイランも気付いたか」
「は、はい……つまり、美意識の違い、ですよね?」


 やがて光が失せ、ノワの身体は樹木のモノとなっていた。
 その顔にノワの面影はない……が、人間から見ても、まあ美人と言えない事もない。
「うん、上出来」
 満足げに、ネイトは頷いた。
 だが、もちろんノワは納得していない。
「何で何で何で!? どういう事!?」
「だから、世界一の美女だろう? ちゃんと願いは叶えたよ。ほら、鏡」
 ネイトが手を振ると、小さな手鏡が出現した。
 それをノワに放り投げる。
 ノワは自分の顔を見て、驚愕する。
「こ、こんなの違うよ! この葉っぱの髪の毛と茶色の肌のどこが美女なの!?」
 どうやらまだ、ノワは分かっていないようだった。
 シルバはノワの動揺振りを眺めるのにも飽き、リフの頭を撫でた。
「リフ、言ってやれ」
「え?」
 ノワがこちらを見るのを認め、リフは頷いた。
「に……紛れもなく美人。葉のおいしげり方とか樹皮のあざやかさとか最高。ただし、木人として」
「言われてみれば、巨大な盆栽としてみれば、なかなかのモノかも知れぬな……」
 むむ、とキキョウが唸っていた。
「つまりな、ノワ」
 シルバが、言葉を引き継ぐ。
「今のネイトは、霊樹の魂を触媒にした為、木人として顕現した。そいつに『永遠の美貌』って頼んだら、そりゃ木人の美意識での美人さんにするさ」
「さすがシルバだ。相変わらず男前だな。僕にとっては世界一格好いいぞ」
「あの『美貌』の直後に言われても嬉しくねえよ!?」
 シルバはノワを指差して叫んだ。
「僕は例えシルバが人間だろうがスライムだろうが、その愛を貫くつもりだが」
「……スライムになる予定も今の所ねえよ」
「ああ、僕としても現状維持が望ましい。それで、願いは叶えた。満足したかい」
 ネイトはノワの方を振り返り、尋ねた。
「そ、そんな訳ないじゃない! 曲解しないって言ったよね!?」
「心外だな。何一つしてないじゃないか。美に対する価値観なんて人それぞれだ。僕は僕の美意識で判断したに過ぎない。そこに間違いは何一つない」
「や、やり直しー! やり直しを要求する! こんなのノーカンだよ! 契約違反だよっ!」
 ノワは絶叫し、ネイトに詰め寄ろうとする。
 しかし、魔力障壁が張られているのか、彼女はネイトに近付く事が出来ない。
「残念だが、そういう訳にはいかない。願いは一つずつだ」
「じゃ、じゃあクロス君」
 縋るようにノワは、クロスを見た。
 だが、彼は困ったような微笑みを浮かべたまま、首を振った。
「残念ですがノワさん。それは駄目でしょう。僕達は共通の目的の為に手を組んだんです。そしてそれが今、目の前で叶えられようとしている。僕もさすがにこれは譲れません」
「ノワの頼みでも……?」
 涙目になりながら言うが、くっくっ、とクロスは肩で笑った。
「すみませんね、ノワさん。その姿では、もう『女神の微笑』も使えなくなっているんですよ?」
「……!」
 ノワは自分の固い皮に覆われた顔に、両手を当てた。
 そして、座り込んだままのロンを見た。
「残念だが、俺も断る……」
「ぬう、のわさまごめん。おれ、ちからになれない」
 唯一の味方であるヴィクターは、そもそも今回の悪魔とのやり取りに絡んでいない。申し訳なさそうに項垂れた。
 つまり、現状もう、この姿から戻る術はないのだ。
「じゃ、じゃあノワはずっとこのままなの? 何だかよく分からない木のモンスターになったまま!?」
「それが君の望みだろう、ノワ・ヘイゼル? 自分で望んだんじゃないか。『永遠』の美貌を。おめでとう」
 特に笑みを浮かべる事もなく、ネイトは悲嘆に暮れる舞台女優のようなノワに拍手を送った。
「で……」
 深く息を吐くシルバを、ノワが見た。
「俺を下男に何だって?」
「に……木のモンスターじゃなくて、木人。美人なのはリフが保証する。木人なら骨ぬき」
 リフが細かく修正を入れたが、それがノワの耳に届いたかどうか。
「彼女の言葉に嘘はないよ。木人ならみんな、君にメロメロだ。ポジティブに考えれば、木人社会の中で君の本来の望みは叶えられるかもしれない。……もっとも、木人の大半は水と太陽あればいいという、仙人みたいな生活を送っているのだが」
「うわああああん! 全然嬉しくないよう!」
 その場にうずくまり、泣き出した。
 巨漢のヴィクターがその横に正座し、背中を撫で続ける。


「これで、ノワも終わりか……」
 さすがにあの姿では、少なくとも人間の男に取り入る事は難しいだろう。
 商人としても、木人となってしまっては人間の時とは勝手が異なる。……それ以前に、牢獄行きなのは間違いないので、そもそも商人としてやり直せるかは難しいところだが。
 とにかくしばらくは立ち直れないだろう、とシルバは思った。
「せめて、花でも咲けばまだ綺麗なのにね」
「に……」
 ボソリと同情するように言ったヒイロに、リフが俯き、微かに赤くなる。
「ん? どうしたのリフちゃん」
「それはちょっと恥ずかしい……」
「へ?」
 よく分かっていないヒイロに、シルバが引きつった笑みを浮かべた。
「……あー、ヒイロ、あのな。花が咲くってのはつまり木人にとっては発情期で、生殖器丸出し状態って事なんだ」
 そりゃ、リフも恥じらうというモノだ。
「ぜ、前言撤回! うう、種族の価値観って難しいよう」
 ヒイロはバタバタと手を振った。
 一方カナリーは冷ややかだ。
「まったく哀れ極まるね」
「……だからやめろって言ったんだ」
 肩を震わせるノワを眺め、シルバは何とも言えない表情をした。
 警告はした。
 しかし、自業自得とはいえ、気持ちのいいモノではない。その一方でざまあみろとも思ってしまうのは、修行が足りないのか人として正しいのか。
「こうなる事が分かっていたのかい、シルバ」
 カナリーの問いに、シルバは頷いた。
「結末までは分からなかったさ。……ロクでもない事になるのは分かってたけどな」
「しかしもしも、ノワの望みが永遠の若さだったらどうなっていたんだろう」
 カナリーの疑問に答えるのは、それほど難しい事じゃなかった。
「そりゃそのまま願いが叶えられるさ。永遠に若いままだ」
「大したモノじゃないか」
 シルバはカナリーの紅い目を見た。
「吸血鬼のお前が言うのもどうかと思うけどな」
「ああ、それは確かに」
 吸血鬼の寿命は人間より遥かに長い。
 否、アンデッドという種族だけに、ほぼ永遠と言ってもいい。それを望み、人間の中には自分から吸血鬼に自分の身を捧げるモノだって存在する。
 もっともそれは、人間をやめる事も意味するのだが。
「でも、永遠の若さっていうのは死なない訳じゃない。若いまま、年を取らないってだけだ」
「あ」
 吸血鬼だからこそ、カナリーは気がついた。
「え? どう違うの?」
 ヒイロは首を傾げた。
「永遠に若い……つまり、寿命じゃ死ななくなる。って事は、ベッドの上じゃ絶対死ねないって事だよ。という事は、死因は老衰以外に限られるんだ」
「え……」
 まだピンと来ない風のヒイロに、シルバが補足する。
「例えば病死とか、事故死とか、自殺とか……誰かに殺されるとかな」
「うわぁ……」
 やっとヒイロも理解したようだ。ついでとばかりに、他の疑問も口に出してくる。
「じゃ、じゃあ、抱えきれない財宝って言うのは……」
 それか、とシルバは唸った。
 そして、指を一本立てるとクルクルと回す。
「この部屋いっぱいに財宝が出されたとしてさヒイロ、どうやってそれを全部運び出すのさ」
「え、それは……」
 考え、ヒイロは首を傾げた。
「うん?」
 分からないらしい。
「多ければ多いほど、隠すのにも限界がある。まず手にいっぱいの財宝を抱えて、鈍った動きでモンスター達を相手にしながら、地上まで出られるかどうか。急いで戻っても、その時には多分、他の冒険者に財宝の大半を奪われている事になるだろう。財宝の場所を別の場所に指定しても、その辺は大差ないだろうさ。人がいる場所なら奪われやすいし、そうでない場所なら財宝そのモノが足枷になる」
 そしてシルバは、葉の髪を持つ黒服の悪魔・ネイトを見た。
「悪魔に望みを叶えてもらうっていうのは、そういう事。契約はちゃんと果たす。ただし、それで契約者が納得するかは別問題だ」
「……シルバ、以前に他の召喚に立ち会った事があるだろう。詳しい話を聞きたいんだが」
 カナリーの問いに、シルバは微妙な表情をした。
「不老不死を望んだ人間を知ってる。けどその話をする前に、次の契約者を見よう」
 ネイトは、銀髪紅瞳の青年、クロス・フェリーを見つめていた。
「怖じ気づいたかい?」
「まさか、ね。ノワさんは残念な事になりましたが、問題ありません」
 柔和な笑みを崩さないまま、クロスは両腕を広げた。
「次は、僕の番です」


 ネイトは、クロスと向き合った。
「願いは確か『純血の吸血鬼になりたい』だね」
「一応確認しておきたいんだけど、変な落とし穴はないでしょうね。ノワさんにしたような」
 にこやかな表情を崩さないまま、クロスがうずくまるノワをチラッと見た。
「それは心外だな。これは当然の因果だ。僕が願いを叶えた事に、間違いはないだろう?」
 ネイトは首を傾げた。
「その質問に答えるのを、新しい願いにしたのか?」
 まさか、とクロスは肩で笑ってみせる。
「世間話ですよ。ただ、確認は、しておきたいんです。僕は、ちゃんと純血の吸血鬼になれるんですね。つまり今の混ざり物状態ではない完全な吸血鬼です」
「それが願いだからね」
「魔王領に存在するような理性を失った吸血鬼や、どこの馬の骨ともつかないような弱い血はいりません。あくまで、ホルスティン家の血を引いた僕です」
「贅沢だな。だが、いいだろう」
 よし、とクロスは内心安堵した。
 さっきのノワの願いを見ても分かる通り、この悪魔は一筋縄ではいかない。
 念押しをしておかなければ自分の身がどうなるか、分かったモノではなかった。
 純血の吸血鬼といっても、今の自分の血脈を失うのは論外なのだ。
「力が減ると言う事はないでしょうね?」
「特定の家柄の血を継承したままならば、それに準じる。そして吸血鬼としてのメリット、デメリットを考えてくれとしか言いようがない。常識で考えれば、物理的な力も魔力も相当に高まるだろう」
 これも問題ない。
 ホルスティン家は名門だけに、相当な魔力量を誇る。
 半吸血鬼である自分でも、余所の吸血鬼よりも強いという自負が、クロスにはある。
 弱点は、承知の上だ。だからこそ、ホルスティン家にクロスは拘っている。
 人との共存に生きるこの家門は、その多くの弱点を克服してきているのだ。
 平気という訳ではないが、太陽の下でも歩けるほどに、ホルスティン家の血脈は強い。
「デメリットというのは、弱点の強化ですね。まあいいでしょう。ここには流れる水もなければ、太陽もありません。太い木の杭ならありますけどね」
 言って、クロスは床に横倒しになったままの霊樹を見た。
 木の杭で刺されたら、どんな生物だってタダでは済まないし、吸血鬼でもそれは変わらない。弱点である分、刺さりやすくもあるだろう。……もちろん試した事はないが。
「さすがにあれは太すぎて刺せないだろう。なるほど、現在の半吸血鬼ではよほど不満という訳か」
 ネイトの問いに、クロスは肩を竦めた。
「ええ。社会的にも性能的にもね。ただ、半分人間の血を引いているだけというだけで、半端者と蔑まれるのも懲り懲りですし、彼らを見返す為にも、より大きな力も欲しいのですよ」


 シルバは眼鏡を掛け直し、右の袖を整えた。
「……見返すんだったら、その半端者の身体のままやるべきなんじゃないのか」
「部外者は黙っていて下さい。君に僕の何が分かるというのですか?」
 相変わらず笑みを浮かべたまま、クロスは慇懃無礼に返してくる。
「そう言われると、返す言葉もないけどな」
 シルバは吸血鬼じゃない。
 子供の頃に、そんな理由で迫害された経験などないのだ。
 もっともシルバの生まれ故郷は、種族云々で揉めていたらキリがないほどの種族の坩堝だったのだが。
 代わりに前に踏み出したのは、厳しい表情のカナリーだった。
「だからといって、これまでの罪が消えるという訳じゃないぞ、クロス。君が行った事は著しくモラルを欠く。人間達と共存していく僕達にとって、あまりに不利益な行動を取った。君を捕らえ、これらはすべて一族の決まりと併せ、法に照らし合わせてしっかりと糾弾させてもらう」
「どうぞご自由に。出来るモノなら、ですが」
 ふふ、と笑うクロスに、シルバは悟った。
「……逃げる気だ」
「……はい、逃げる気ですよね」
 肩の上のタイランも頷く。
 しかし、シルバ達に構わず、クロスはネイトに向き直った。
「他の事ならともかく、この願いだけは悪魔にでも頼まないとどうにもなりませんからね。さあ、悪魔さん僕を早く、完全な吸血鬼にして下さい!」
「その願い、承った」
 ネイトは手を掲げると、指を鳴らした。


 頭上からの光がクロスを包み、銀髪が輝きを増した。
 髪の色の変化に、カナリーが紅い目を剥く。
「金髪に……!」
 カナリーの指摘通り、クロスの髪の色は鮮やかな金髪に変わっていた。その髪の色は、ホルスティン家の直系の証でもあった。
 そして、途方もない魔力がクロスを中心に溢れ出す。その魔力は大量の稲光となって、クロスを包み込んでいた。
 クロスは両手を広げ、高らかに笑った。
「は、はは……これ! これですよ! この力が欲しかったんです! この膨大な魔力! いえ、想像以上です! 今の僕に勝てる者はここには誰もいない!」
「……えらく、狭い範囲で勝ち誇ってるな」
 離れた場所で眺めていたシルバが、どことなく呆れた表情をしていた。
「ほう、僕を敵に回す気か」
 同じく、ネイトもポケットに手を突っ込み、一歩踏み出してくる。なるほど、ここに勝てる者がいない、という言葉には、悪魔も含まれる。
 誤解を生んでしまったようですね、とクロスは思った。
「いいえ、貴方ではありませんよ。ただ、ロン君の願いを叶える前に、少し待って欲しいだけです。これだけの力があれば、逃げる必要もなさそうですし……」
 クロスの狙いは、最初からカナリーだ。
 ネイトの張った魔力障壁がクロスとカナリーの間を阻むが、彼は指先から紫電を迸らせて、それを破壊した。
「そんなあっさり……!?」
 ヒイロの目を両手で覆った状態で、キキョウが叫ぶ。そのキキョウ自身も、目を逸らしていた。
 今のクロスはあまりにも危険だ。
 ネイトはどちらに味方するでもなく、表情を崩さないまま、彼らを眺めていた。
「あくまで常識の範囲内の障壁だからな。規格外の魔力をぶつければ割れるとも」
「いや、お前そんな落ち着いて……」
 シルバが突っ込むが、構わずネイトはカナリーを見た。その手にはいつの間にか、小さな手帳があった。
「ちなみにそこの金髪の君……カナリー・ホルスティン君か。どうやら彼と因縁があるようだが、今の彼は君を圧倒しているぞ」
「守ってくれる気は、ないよね」
「ああ」
 それからシルバを見て、少しだけ表情を和らげた。
「シルバが命令するなら、今の立場を投げ打って、全力で守るが」
「必要ねーよ。こっちはこっちで、何とかなるから」
 ぼやくシルバに、クロスは目もくれなかった。
「たかが人間に何が出来るというのですか? 雑魚に構っているほど、僕も暇ではないんですよ」
 後はもう、カナリーを奪うだけだ。意識を保ったままでは難しそうなので、まずは気絶させる必要がある。
 それから外に出て、どこか人気のない場所を探そう。
「その傲慢さが、命取りだ」
 カナリーは喋っていない。
 シルバだった。ただの強がりだろう。
 そう思い、一歩踏み出した瞬間、胸にサクッと何かが刺さった。
「――え」
 左胸に、細い木の串が突き立っていた。
「あ……」
 吸血鬼の弱点。
 白木の杭を心臓に刺す事。
 痛みが訪れるほんの数瞬に、そんな言葉が頭をよぎった。
 直後、クロスの左胸から大量の血が迸り、彼は激痛に絶叫した。
「いあああああああぁぁぁぁっ!?」


「なるほど、半吸血鬼の時は確証がなかったから使えなかったけど、弱点もちゃんと吸血鬼らしいんだ。杭って言えるほど太くもないけど、効果は絶大みたいだな」
 篭手を嵌めた右手を下ろしながら、シルバは息を吐いた。
 クロスは血の海の中でのたうち回っている。
 それを尻目に、カナリーが少し呆れた様子で尋ねた。
「……シルバ。君、どこであんな串、用意してたんだい」
「出掛ける前の串焼き屋台」
 そういえば、とカナリーはシルバが木の串をポケットに入れていたのを思い出す。
 そして、心底頭を抱えた。
「そ、そんなモノに負けるのか……僕達吸血鬼は……」
 吸血貴族、串焼き肉の串に敗れる。
 そんなカナリーを余所に、シルバはクロスから視線を離さなかった。
「カナリー……奴の様子が変だぞ」
「うん?」


 全身を血と埃で汚れながら、クロスは自分の手がどんどん希薄になっていくのに気がついていた。
 うっすらと手の平を空かして、カナリーやその仲間が見える。
 現象は手だけではなく、全身に及んでいた。
「うあ……ああ……消える……身体が消える……な、何が、一体、どうして……?」
 狼狽え、クロスはカナリーを見上げた。
「僕に聞かれても困る」
 シルバが、ネイトの方を向いた。
「……ネイト」
 クロスもそちらを向く。
 悪魔は相変わらず、そこにいた。
「ああ、因果律の問題だよ。彼は純血の吸血鬼である事を願った。しかし、クロス・フェリーという人物は……」
 ネイトは指を二本立てた。
「ダンディリオン・ホルスティンとマール・フェリーの間に生まれた子だ。しかしこの二人から生まれるのは、半吸血鬼のクロス・フェリーであり――」
 そのまま、ネイトはクロスを見下ろした。
 憐憫も軽蔑もない、ただ、興味のない通りすがりを見るような目つきだった。
「――純血種のクロス・フェリーが誕生する為には、マール・フェリーとは結ばれない歴史でないとならない。もしくは、マール・フェリーを吸血鬼にするかだ。だが、彼女を吸血鬼にするという望みは受けていない」
 となると前者しかない、とネイトは言う。
「吸血鬼と人間の間に生まれるのは半吸血鬼。しかしここに二人の間から生まれた純血の吸血鬼が存在する。矛盾が生じるんだ。だから、世界の方で辻褄を合わせたのだろう」
「つ、つまり僕は……」
 クロスが、ネイトを見上げる。
 声までかすれ始めていた。
「消えると言う事は、リセットの方向だろう。この歴史から、クロス・フェリーという存在が消滅する。何故なら、この世界で、純血の吸血鬼であるクロス・フェリーなんて生まれるはずがないのだから」
「よく分からないな」
 シルバは、いまいち納得しきれていないようだった。
「木人になったそこの奴とか、向こうで倒れてる魔人とどう違うんだよ。ただ、『変わる』だけだろ?」
 だがその問いにも、ネイトは首を振る。
「血筋に拘った結果だ。彼と彼女達との決定的な違いは、彼はホルスティン家の、吸血貴族としての血を望んだままでの変化を望んだ。つまり、他者の『歴史』が関わってくるんだよ」
「そうか……」
 カナリーが、クロスを見下ろす。
 僕を見下ろすな、と叫びたかったが、その気力さえ薄れつつあった。
 彼のそんな心境に構わず、カナリーは自分なりの解釈をシルバに説明する。
「条件付加だ。クロスは、ダンディリオン・ホルスティンの血筋の継承も、言外に望んでいた。他者の人生や歴史の左右が絡んでいる分、ノワ・ヘイゼル達とは異なるんだ」
 カナリーの視線がクロスから逸れ、シルバに向く。
 クロスは悔しげに、血を吸った床石の割れ目を握りしめた。
「……おそらく、『ただの』純血の吸血鬼や、まったく異なる何かへの変身だったら、クロス・フェリーはああはならなかった。『ダンディリオン・ホルスティンとマール・フェリーの間から生まれる純血の吸血鬼』という矛盾。悪魔はそれを叶えたけれど、世界が許さなかったんだ」
「そういう事だ。解説ありがとう」
 ネイトが、カナリーの説明に、軽く拍手で応えた。
 それとほぼ同時に、部屋が軽く揺れ始めた。
「に、地震……」
 リフがシルバの裾を小さな手で掴んだ。
「時空震の発生だね。世界が辻褄を合わせているって所だろう。何、シルバ。心配しなくてもすぐに終わるよ。ところで僕もしがみついていいかな?」
 ネイトもシルバに近付こうとする。
「ちょ、ちょっと待てネイト。リセットされるって事は……」
「原因の中心地点にいる僕達は、影響を受けないだろう。せいぜいこの部屋の範囲だけど……残念だ。終わってしまったじゃないか」
 少し唇を尖らせながら、ネイトは足を止めた。
「そ、そういう事じゃなくて……な、なかった事になるっていう事はつまり、アイツに魅了されて、吸血鬼にされた女の子達とかは」
 ネイトは再び手帳を開くと、茶色い頬を掻いた。
「なかった事になるだろう。マルテンス村とかいう所も、女性冒険者達のコミュニティになっているんじゃないだろうか」
「……カナリー。俺達の与り知らないところで、解決したみたいだぞ、お前んちの問題」
「問題そのモノが消滅したらしいけどね……」
 だが、それで誰よりも納得しないクロスが立ち上がった。
 赤黒い血と埃で全身が汚れていた。先程までの自信に満ちた表情はどこにもない。
 その身体は今にも消えそうな程、薄れていた。
「ふ、ふざけないで、下さい……そんな結末……僕は認めない! 断じて認められない!」
 手から雷撃を放とうとする。
 しかし、指先が微かに電光を放っただけで、もはや魔力そのモノも消滅しつつあるようだった。
 ネイトがポケットに両手を突っ込み、彼を見据える。
「世界が優しければ、マール・フェリーが吸血鬼である世界に行く事になるだろう。もっとも向こ……いる純血種のクロス・フェリーと二重存在……り、争い合う事……る可能性もあるけれど……」
 少しずつ、その声すらもクロスに届かなくなってきていた。
 ふと視線を感じ、そちらを見ると着物姿の狐獣人が、何とも言えない表情をしていた。
「…………」
「ま、キキョウにとっては、複雑な心境だろうな」
 シルバの言葉に、キキョウは頷く。
「……うむ」
「え、何で?」
 不思議そうに尋ねるヒイロに、シルバは曖昧に笑った。
「ちょっとな」
 その光景も、次第にぼやけてくる。
「僕は……きらめない! 必……ってきます……!」
 それがクロス・フェリーのこの世での最期の言葉となった。


「終わった……」
 クロスの立っていた場所を見つめ、シルバは呟いた。
 それからふとした疑問が頭に生じた。
「なあ、ネイト」
「婚姻届なら、出てからもらいに行こう」
「誰がそんな話をしてるんだよ!? そうじゃなくて、まさかこの世界の別の場所に、カナリーの父親とクロスの母親から生まれた『違うクロス・フェリー』が生じたりしていないだろうなって聞きたかったんだよ。この世界とやらが変に気を利かせて、あのクロスの代替として用意したみたいな」
「ないよ。そのケースもある事はあるけど、今回はない。クロス・フェリーはもうこの世界には存在しない。そして……」
 ネイトは、入り口の方を向いた。
「最後の一人、ロン・タルボルト。君はどうする」
 ネイトの声に、ハッと我に返る。
 残った望みは一つ、ライカンスロープであるロンの望みだけだ。
 全員が注目する中、壁にもたれて座り込んでいたロンが口を開いた。
「……決まっている。願いを叶えてもらおうか」
 そして、ゆっくりと立ち上がる。
 その瞳の決意は、恐ろしく硬い。
「この身で朽ち果てるぐらいならば、人として消える方を俺は選ぶ」


「先の二人を見て、なお願いを変えないとは、大したモノだね」
 ネイトの問いに、ロン・タルボルトは首を振った。
「今更だ。他に望みなどない」
「了解。なら、願いを叶えよう」
 ネイトが黒袖の腕を掲げる。
 それを見ながら、シルバは印を切った。
「シ、シルバさん……?」
「いいから」
 肩の上のタイランに構わず、シルバは呪文を唱える。
 ロンの頭上から光が降り注ぎ、光柱が彼を包み込む。
 そして。
「がっ、はぁ……っ!?」
 突然、喉笛から大量の血を噴き出した。
 目を剥き、ロンは首筋を押さえながら、床に倒れ込む。
「{回復/ヒルタン}!」
 すかさず、シルバは回復魔法をロンに飛ばした。
 俯せに倒れたロン・タルボルトは身体を痙攣させ、かろうじて死んでいない事を示していた。
「ふぅ……あ、危なかった」
 シルバは、額の汗を拭った。
 何が起こったか分からないのは、周りの人間だ。
 ネイトは無表情に血の海に沈むロンを見つめ、カナリーも腕を組んで難しい顔をしている。
 他の皆は一様に、戸惑っているようだった。
「な、何が起こったのだ……? それにシルバ殿も、何故……」
 キキョウの問いに、シルバは頭を掻いた。
「……アイツの望みは、『狼男になる前の身体に戻りたい』だったからな。俺も色々と考えたけど、『狼男になる直前』に戻る可能性は高いって思ってたんだ」
 うん、とカナリーが頷く。
「まあ、前の二人を見ていたら、大いにありえたね」
「後天的なライカンスロープは、大抵が別のライカンスロープに傷つけられて、生じる。今の出血は喉笛だったな。傷は瞬間的に塞いだけど、それでも命に別状がないか、確かめないと」
 シルバはパーティーの輪から離れて、倒れているロンに近付こうとする。
「あ、危ないよ先輩。ボクが……」
 付いてこようとしたヒイロが足下をふらつかせて、後ろに倒れようとする。
「とと」
「に」
 その背中を、リフが支える。
「お前だって出血多くてきついんだから無理するな。キキョウ、いけるか」
「うむ、ヒイロよりはマシなつもりだ」
 代わりにキキョウが、シルバに付き従った。
「むー」
「ヒイロ、拗ねちゃだめ」
 ぷくーっと頬を膨らませるヒイロの背中を、リフがポンポンと叩いた。


 床は血を吸い、それなりに乾きつつあった。
 シルバは、倒れているロンを見下ろした。
 もう一度確認してみるが、やはりもう傷は塞がっている。
 無理をしなければ、死ぬ事はないだろう。
 ただ、一抹の不安を感じ、念のためネイトに尋ねてみる事にした。
「……おい、ネイト。一応聞くけど、この後コイツまた狼男になるとかないだろうな?」
「それはないよ。狼男になる直前、だ。傷から原因となる体液が入り込む寸前で、止まっている。だから、彼はもう狼男になる事はない。もう一度噛まれれば、別だが」
「勘弁してくれ」
 あんな物騒な相手ともう一戦交えるなんて、冗談じゃないと思うシルバだった。
 いや、実際に戦ったのはキキョウとヒイロだったが、それを考えると胃が痛くなる。
「う……」
 俯せのロンの肩が震え、呻き声が漏れる。
 どうやら、意識が戻ったようだ。
 シルバの前に、キキョウが庇うように立った。油断なく、刀の柄に手をやる。
「シルバ殿、気を付けられよ。この男、今更奇襲を仕掛けてこないとは思うが、それでも敵である事に変わりはない」
「だから、お前を付けた訳だが。……お、気がついたか」
 ロンはゴロリと身体を転がし、仰向けになった。
 血と埃にまみれた顔で天井を見上げ、そしてシルバに視線を向けた。
「……ここは、どこだ?」
 妙な問いに、シルバは目を瞬かせた。
「どこだって、{墜落殿/フォーリウム}の第三層だろ?」
「何故、俺はそんなところにいる?」
 疑問が、シルバの中で確信に変わりつつあった。
「……俺の名前を覚えているか?」
 感情に乏しいロンの眉が、微かに寄る。
「初対面だろう。知っているはずがない」
 シルバは、ネイトに振り返った。
「……おい、ネイト」
「言っただろう。狼男になる直前に戻したって? ならば、記憶もそこまで戻るのは、当然の帰結じゃないか」
「やっぱりか!?」
 一同驚愕する中、カナリーだけは「やれやれ」と首を振っていた。
 シルバの代わりに、今度はキキョウがロンに質問する。
「お、お主、名前は、ロン・タルボルトで間違いないな?」
「ああ……何だ、ここは、どこかの迷宮か? 何故、俺はこんな所にいる。いや、あの親娘は無事なのか?」
「ぬぅ……狼男になった経緯は今ので大体分かったような気がするぞ」
 唸るキキョウに代わり、再びシルバが口を挟む。
「ここは、大陸の辺境アーミゼストの迷宮の中だ。詳しい話を聞きたいんだが……一回、迷宮を出てからの方が良さそうだな」
「アーミゼスト……だと? 何だって俺は、サフィーンからそんな所まで移動しているんだ。あの狼連中にそんな力があるとも思えなかったが……」
 理解出来ん、とロンは不思議そうに天井を見上げていた。
「あ、あの、シルバさん……」
 ちょんちょん、とシルバの耳たぶを、小さいタイランが引っ張った。
「何だよ、タイラン。こそばゆいんだけど」
「この人、その……狼男になった後の記憶が、なくなっているんですよね?」
「……そうみたいだな」
 囁くようなタイランの声に、シルバも自然、小声になってしまう。
「これまでの記憶がなくなるって……それも残酷ですけど、じゃあ、ノワさんのパーティーに入ってから行なった事に関しては、どうなるんでしょう?」
 それは大きな問題だ。
 シルバは腕を組んで唸った。
「分からん。だが、最悪の場合はノワ達と一緒に牢獄行きだ。肉体が逆行しようと記憶がなくなろうと、ロン・タルボルトがノワ達の仲間だった事実は覆らない。キモは、コイツの言葉が信用されるかどうかだろうな。先生にはちゃんと説明するけど……」
「よく分からんが……」
 ロンはキキョウを見上げると、身体を起こした。
 しかし、痛みが残るのか、首筋を押さえて顔をしかめてしまう。
「ぐっ!」
「お、おい、回復魔法は掛けたって言っても、溢れた血が補充された訳じゃないんだぞ。それにさっきのは相当な重傷だったから、完治って訳でもない。無理するな」
「ああ、俺もそう思う。思うが、しかし……」
 シルバの忠告を無視して、ロンは立ち上がった。
 おぼつかない足下を何とか踏みとどまり、キキョウを見据える。
「サムライだな。一手お手合わせ願いたい」
 キキョウは武器を抜くでもなく、ロンと相対する。
「某か」
「そうだ」
 青ざめた顔と、血に汚れたボロボロの黒衣装のまま、ロンは腰を落とす。
「俺が今、どういう状況にあるのかはよく分からない。だが、アンタとは戦わなければならない気がする」
「そうだな。そういえば、パーティーとしてはともかく某個人としては、ちゃんと決着がついていなかった」
 同じように、キキョウも腰を落とし、刀の柄に手をやった。
「よいだろう。お相手いたす」
 二人に挟まれ、シルバは戸惑ったように左右を交互に見た。
「おいおい、お前ら二人とも、一応普通に動くのも難儀なんだぞ?」
「シルバ殿、それは違う」
「ああ」
 ロンが右手を突き出し、構える。
 どうやら使うのは、拳法のようだ。
「腕がもげようが足が折れようが、戦士にとっては相手に向き合った時が常にベストコンディション」
 微かに笑うロンに、キキョウもニヤリと口元を歪めていた。
「うむ。たかが、足下がふらつく程度でやめる訳にはいかぬのだ。何、それほど時間は掛からぬよ。よいな、ロン・タルボルト」
「不満はない。やろう」
 ロンとキキョウが動き、ぶつかり合う。
 再び、高速での戦闘が開始される。
 それを眺めながらシルバは距離を取り、頭を抱えてパーティーの輪に戻った。
 すると、骨剣を杖にしながら、ヒイロが笑っていた。
「ま、先輩には理解出来ないよー、これは」
 そしてヒイロはネイトの方を向いた。
「魂に刻まれた戦いの記憶までは、リセット出来なかったみたいだね」
 ネイトは肩を竦めるだけだった。
「そこは僕にも理解出来ないね」
「ボクももう一戦やり合いたいところだけど……ま、やめとこ。お腹が空いてしょうがないし、戦う理由がないからね」
 残った体力と気力を惜しげもなく注ぎ込み、戦いに没頭する剣士と拳士を、ヒイロは羨ましげに見つめていた。


 キキョウの刀の腹をロンの拳が弾く。
 どちらもスピードを活かす戦術が得意だが、それでもロンの方が手数は多い。
「なかなかやるな……」
「お主もな!」
 二人が近付いては風を切る音と共に火花が散り、そしてまた離れる。
「どちらもよくやるね……」
 接近戦に関しては素人同然のカナリーとしては、もはや何が何だか分からないレベルだ。
 そういう意味では、ヒイロの方がよっぽど目が利いている。
「そんなに長い勝負にはならないよ。どっちも体力が限界に近いからね」
「回復されててもかい」
「血とか精神力とかまでは、ちょっと先輩の回復魔法でもどうにもならないからねー」
「なるほど。……しかし、ロン・タルボルトはもう、ライカンスロープとしての力を失っている。勝ち負けは明白だろう」
 肉体面では、例え変身していなくてもライカンスロープの時の方が相当に高かったはずだ。(本人には自覚がなくても)それが失われた今では、キキョウの方が有利なはずではないのだろうか。
 だがそれに応えたのはリフだった。
「に……そうでもない」
 リフは、へたり込んだままのノワを注意深く見張りながら、首を振った。
「うん?」
 カナリーも危うく忘れかけていた彼女の存在に再び注意を払いつつ、首を傾げる。
「そこなんだよねー……どうも、前よりいい動きをしてるって言うか」
 ヒイロもリフに同意していた。どうやら小さい二人組は、カナリーには分からない何かをロンに感じているようだった。
 実際、スピードという点に関しては、前のロンの方が早い。
 だが、今のロン・タルボルトの動きには、野生が失われた代わりに奇妙な歩方が使われ、かつての獰猛さをカバーしていた。
 いや、無駄がない分、下手をすれば以前よりも速い。
 しかしそれは、カナリーの知識にはない動きだった。
「にぃ……あれはサフィール拳法。それも形意拳のひとつ」
「ケーイケン?」
 聞いた事のない単語だった。
「動物をまねる拳法」
「あー。言われてみれば……」
 ヒイロが納得したように声を上げる。
 だが、そのまま「?」と首を傾げてしまった。
「でもリフちゃん。あれ、何の動物?」
「に……牙と爪。長いしっぽ……ほのお、それに空中からの急降下こうげき――」
 リフは、眉根を寄せた。


 手強い、とキキョウは思った。
 体力は限界に来ている。
 人狼の力も失われた。
 なのに、前よりもずっと、ロン・タルボルトは強かった。
「それがお主本来の戦い方か、ロン・タルボルト……」
「ああ」
「なるほど……理性を失う人狼となってからは、封じていたのだな――」
 その動きをする動物と、キキョウは直接戦った事はない。
 しかし、絵と知識では知っている。
 奇しくも、彼と同じ名前を持つ生物であり、サフィールではこう呼ばれている。


「「――{龍/ロン}・タルボルト」」
 リフと、キキョウの声がハモった。


 シルバもキキョウの戦いを見守りたいが、こちらはこちらでやる事があった。
「さて、仕事も済んだし僕はそろそろ消えようと思う。名残惜しいけどね」
 ネイトは少しずつ、身体の一部が粒子となって崩れていっていた。
 そのまま、キキョウとロンの戦いに視線をやった。
「ふむ、別れのハグやキスの一つもしたいところだけど、向こうの集中力が途切れそうだな。戦いを台無しにする訳にもいかないか」
「……向こうが戦ってなかったら、やってたのかよ」
 シルバの突っ込みに、ネイトは特に大きくもない胸を張った。
「当然だ。いや、もちろんシルバからしてくれるなら、僕はいくらでも受け身になるが、君はシャイだからね」
「……そういうのはシャイとは言わん。単なる見境なしだ。大体、いつまでお前、悪魔をするつもりなんだよ」
「……え?」
 シルバの問いに目を瞬かせたのは、肩に乗っていた水色に透ける人工精霊タイランだった。
 シルバはタイランの方を向き、ネイトを指差した。
「あー、コイツは元々は獏って言う霊獣だったんだがな、今回の霊樹みたいな形で生贄にされて悪魔になったんだよ」
「生贄……」
 恐ろしく重そうな話を、シルバは平然と言い、言われた方も特に何とも思っていないようだった。
「何、昔の話だ。気にしなくていい」
 ぶるぶるぶると、タイランが首を振る。
「い、いえ、普通そこはすごく気にするところだと思いますけど」
「あー、うん。その当時はシルバも必死になってくれたけどね。なっちゃった物はしょうがない」
 もっとも笑っていられるのも、本人が無事(?)なお陰だ。
 シルバはボリボリと頭を掻いた。
「本来は召喚された悪魔の方が主で捧げられた魂はその悪魔に回収されるんだが、コイツの場合は……ちょっと特殊なケースというか」
「シルバのお陰で逆に乗っ取る事が出来たんだ。もっとも本来の身体そのモノは失われたがね。それからは悪魔として、人々の願いを叶える素敵な仕事に就いているという訳さ」
「……素敵か?」
 さっきの三つの願いを見た身としては、疑問を抱かざるを得ない。
 ネイトは、小さく首を振った。
「残念ながら仕事に私情を入れる訳にはいかない。例えシルバといえども、新しい願いを叶える訳にはいかないんだ」
「誰もそんな事は言ってないし、叶えてもらおうとも思わねえよ!?」
「そうか、残念だ。ところでシルバ。君のパーティーに僕を入れてくれないかい」
「お前、本当に話がポンポン飛ぶなぁ……」
 つくづく、ペースを保つのに困る相手であった。
「……そういう話は、みんなと相談してからだ。今は忙しい。第一、悪魔ってのはそんな簡単にやめられる物なのか?」
「そこは僕の方で何とかするとして……ああ、どちらにしろもう一度会わなきゃならないのか」
「言っとくけど、お前を召喚するつもりはもうないぞ!?」
 自身の召喚を、さりげなく司祭に振る悪魔であった。
「冷たいなシルバ。愛が不足している」
「いちいち他の生き物の魂を捧げる訳にもいかないだろうが!? 俺の仕事を何だと思ってやがる!?」
「別にシルバの魂でもいいぞ? 一生大切にしよう」
「断固断る!」
「そうなると、現界にまだ留まってる状態で依代が必要な訳だが……うん」
 ネイトは、シルバの胸元に視線をやった。
「何だよ」
 何だか嫌な予感がして、シルバは後ずさる。
 だが、その分ネイトは距離を詰め、シルバの胸を細い指で指した。
「シルバ、君、いい物を持ってるじゃないか」
「あ?」
 何の事か、シルバには分からない。
 が、それに構わずネイトは話を進めた。
「よし、これを借りる礼として、一回だけ君を助けよう」
「何の話だ?」
 うんうん、とネイトは一人納得する。そして小さく呟いた。
「……後は、返却とゴドー氏への挨拶か。ルベラントにも回らなきゃならないな。うんよし、シルバ。精液を寄越すんだ」
「いきなり何を言い出すんだお前は!?」
「契約に必要なのだよ。別に血液でも髪の毛でもいいんだが」
「だったら最初から髪の毛って言えよ!?」
「陰毛でも別に構わない」
「ほれ、これでいいか!」
 シルバは自分の頭から、髪の毛を数本引きちぎって突き出した。
「何も引きちぎらなくてもいいだろうに……うん、ありがとう。しばしの別れだ」
 ネイトの身体の崩壊はいよいよ本格的になり、どんどんとその存在が薄れていく。
「本気で戻ってくる気か?」
「特にこの仕事にも執着はないし、僕一人いなくなったところで誰かが困るって訳でもないからね。君の所有物になれるなら、僕としても望む所だ」
「しょ、所有物……?」
「では、また会おうシルバ」
 戸惑うシルバを無視して、ネイトはそのまま消滅してしまった。
「待て! 最後の台詞が不穏すぎる! お前一体何をするつもりだ!?」
 シルバは抗議するが、ネイトはもうそこにはいなかった。
「……マ、マイペースな人でしたね」
「……ああ。全っ然、変わってないというか成長してねえ……」
 部屋が静まり返る。
 霊樹は静かに萎れつつあった。魂が奪われたのだから、当然だろう。
 地面に何だか粒のようなモノが落ちていたので、何となく拾ってみる。木の実か種か分からないが、リフに聞けば分かるだろう。
 ふと、キキョウの方を見ると、二人は刀と拳を構えたまま、対峙していた。
「あっちはそろそろ大詰めみたいだな。見守ってやりたいが、こっちはこっちの仕事がある」
「は、はい」
 シルバは、へたり込み俯いている木人の少女に近付いていった。


 キキョウとロンは同時に動き出した。
 だが、キキョウの方が遥かにその動きは速かった。
 ロンの目が、キキョウの背後に集中する。
「尾が三本に……!?」
「これが某の全力だ!!」
 持って三十秒。その後は完全に動けなくなる、諸刃の剣の攻撃でもある。
 赤光を纏いながら、キキョウは超高速の斬撃をロンに繰り出していく。
「ぐ、う……」
 必死に回避するロンだが、その肌には見る見るうちに切り傷が増えていく。
 だが、このままでは押し切られる。
「龍爪指!」
 そう判断したロンは、敢えてキキョウの一撃を指と指の間で受け止めた。
 白刃取りだ。
「な……」
 一瞬動きを止めてしまったキキョウの顎をロンの足が蹴り上げる。
「が……っ!?」
 そのまま跳躍し、ロンは天井に両足をついた。
「ならば、こちらも絶招で返そう! 龍顎双掌!!」
 揃えた両手を前に突き出し、紅蓮の炎を纏ったロンが頭上から襲撃する。
 高速回転しながら迫る絶技に、キキョウは刀を杖にして、かろうじて立っていた。
「失敗したな……某が力尽きる前に反撃したお主の負けだ」
「何……?」
 ロンが一瞬戸惑い、キキョウは最後の気力を振り絞った。
「四本目!!」
 キキョウの尾が四本に増え、その姿が霞む。
 否、その場で回転したのだ。遠心力を利用した大振りの強烈な一撃が、突進してきたロンの土手っ腹に斬りつける。
「げは……っ!?」
 血を撒き散らしながら、それでもその両手はキキョウの肩に突き刺さり、二人はそのままもつれ合ったまま、派手に地面に倒れた。


 埃が舞い上がり、カナリーは目を懲らした。
「……で、どっちの勝ちなんだ?」
「相打ち」
「に」
 土埃が晴れると、そこには目を回した血まみれの二人が横たわっていた。


 一方、シルバとタイランは、木人となったノワを見下ろしていた。
「さて、ノワ。これでもう終わりだ。いい加減、諦めてお縄につけ」
 ノワは肩を震わせていた。
 泣いているのか……?
 一瞬シルバは思ったが、すぐに思い違いに気がついた。
 ノワは、笑っていたのだ。
「うふふふ……戦力が一人減ったね、シルバ君?」
 もちろんそれは、キキョウの事に他ならない。
 今のロンが、ノワの味方につくとは思えなかったが、何にしろ彼はシルバの仲間の一人を討ち取ったのだ。
 これまで静かだったのは、情勢を見守っていたから……?
 つまり、ノワはまだ諦めていない。
 危機感を抱くシルバに、タイランが驚きの声を上げた。
「シ、シルバさん……この人、手が……」
「手?」
 言われ、シルバはノワの両手を見た。
 茶色の手の先が、床に埋まっている。いや、突き刺さっているのだ。
「準備完了……!」
 にぃっと笑顔のノワが顔を上げると同時に、床から大量の木の根が飛び出し、シルバ達に襲いかかってきた。


 床から出現した木の根達は、あっという間にシルバ達の身体に巻き付いた。
 特にリフの仲間になったモンスターの一匹、フレイムオーネットはノワの葉で出来た髪の間から出現した蔓で、真っ先にはたき落とされてしまっていた。
 木人となったノワにとって、炎は何よりの弱点だからだ。
「雷……もが!?」
 そして雷撃の呪文を唱えようとしたカナリーには、口の周りに蔓が巻き付いてしまう。
「くそっ……! なんて頑丈な木の根なんだ」
「と、解けません……!」
 小さな精霊状態のタイランも手助けしてくれたが、自分を縛る木の根はビクともしなかった。
 舌打ちしながら、シルバは考えた。
 振り返ると、皆、木の根に身体を縛られ、宙吊りにされていた。
 それにしたって、いくら何でもこんな短時間で、ここまで木人としての能力を使いこなせるモノなのか。
 だが、すぐに思い直す。
 人間に二本の手や足が備わっており、それを使うのはもはや本能。
 ならば、枝や木の根を伸ばすのもまた、木人の本能でありさして難しいモノではない。
 というのは、冒険者になる前、魔王討伐軍の補給部隊で先輩だった木人・ユグドの言葉だ。
 もっとも、この木の根の数は充分非凡と言えるんじゃないだろうか。
 それに精霊眼鏡でも見抜けなかったのは腑に落ちない。
 何らかの動きがあれば、シルバにも気づけたはずだ。
 視線を床に落としてみる。見えるのは長く伸びた緑色の霊脈だ。しかしそれは徐々に細くなってきている。萎れているのだ。
 それの正体にシルバはようやく気づいた。
「そうか……霊樹の根の裏……!」
 ノワは、そこを使って自分の木の根を伸ばしていたのだ。
 やはり一筋縄ではいかない相手だ。
 精霊眼鏡の事を、ノワが詳しく知っているはずがないから、本来は霊獣であるリフを警戒しての事だったのだろう。
 逆に言えば、ノワは霊獣であるという事を知っている。
 そのノワはといえば、勝ち誇りながらシルバ達を見上げていた。
「ぎゃっくてーん♪ ふっふーん、油断したねシルバ君。みんなもいい気味だよ。くぷぷ」
「むー!」
 ヒイロが顔を真っ赤にしながら、身体に巻き付いた木の根を引きちぎろうとする。
「無理無理。今のノワの木の根は、鬼でも千切れないよ」
「ぬうううう」
 だが、少しずつ軋みを上げながら、幾重にも巻かれた木の根の輪は開き始めていた。
「ちょ、うわっ……!?」
 余裕のなくしたノワは、慌ててヒイロを締め付けた。
「はううぅぅ……お腹空いて力が出ない……」
 ガクリ、と項垂れるヒイロだった。
「あー、ビックリした」
 安堵の吐息を漏らすノワを、シルバは宙吊りにされたまま見下ろした。
「……たった二人で、俺達相手に勝つつもりか?」
「そんな事言ったってシルバ君、現に負けてるじゃない」
 わっさわっさと葉になった髪を揺らしながら、ノワが笑う。
「ちょっと油断しただけだ。第一お前、ウチにはお前の属性に強い奴が一人いてだな……」
 そういえば、リフはどうしているんだろう。
 そう思い、改めて振り返ると。
「にゃう~……」
「よ、酔っぱらってるーーーーーっ!?」
 何だか真っ赤な顔をして、リフはポ~ッとしていた。
 その足下には、何やら木の実らしきモノが落ちていた。
「やっぱりその子が霊獣だったんだね~。効果覿面」
 同じモノを、ノワは枝となった手の中でも弄んでいた。
 シルバにもそれは見覚えがあった。
「そ、それはマタツア……!」
 猫系の霊獣を強烈に酔わせる木の実だ。当然、リフにも有効であり、ご覧の有様という訳だ。
「あれ、知ってるの?」
「ああ。以前、剣牙虎の霊獣の仔らが、罠に掛かった事があってな。その父親から詳しく話を聞いた事がある。……何で、霊獣だって分かった?」
「分かるよ、そんなの。クロス君が言ってたもん。モース霊山って、剣牙虎の霊獣が治める有名な山なんでしょ? それにリフ……ちゃん? 猫の獣人だし、精霊砲も使ってたっぽいもん。教えてもらってたの」
 あんにゃろう、とシルバは既にいなくなった半吸血鬼を呪った。
「だからね、もう一回悪魔を呼び出せると思うんだ~。霊獣の魂なら、三つ分使えるよね? しかも全部自分だけに!」
「どれだけ強欲なんだよ、お前!? さっきの失敗で何一つ学ばなかったのか!?」
「さっきの願いは、失敗としていい教訓だったと思うよ? だから、願い事はしっかり考えないとね。『元の身体に戻りたい』……だと、どの時期まで戻されるか分からないし……ま、とにかくリフちゃんは確保!」
「にうー……」
 木の根の触手に巻かれたまま、目を回したリフはノワの手元まで引き寄せられた。
 根の拘束が解け、代わりにノワは片腕でリフの細い首を固める。
「それからカードも返してもらうからねー」
 ノワはもう一法の手から蔓を伸ばし、シルバの懐を探っていく。
 シルバは抵抗するが、身体に木の根が巻き付かれてはどうにもならない。
 しかし、何が不満なのか、ノワは唇を尖らせた。
「ちょっと、何で『女帝』のカードがなくなってるの!?」
「え?」
 それは、シルバも予想していなかった事だ。
 確かに、カードは自分の懐に入れていたはずなのだが。


「よし、これを借りる礼として、一回だけ君を助けよう」


「あ……」
 頭の中に、悪魔となった幼馴染みの姿がよぎった。
「アイツかー……」
 そういえば、別れる前に胸を指していたっけ。
 とにかく『女帝』のカードをシルバが今、持っていない事は確かだった。
「まあいいよ。下僕にしようと思ったけど、そういう事ならシルバ君達はもう用済み。ここでまとめて全滅してもらうよ」
 諦めたノワはリフを抱えたまま、隣に控えていたヴィクターを見上げた。
「たった二人だけど、みんな動けないんじゃしょうがないよねえ。さあ、ヴィクター、やっちゃって!」
「おう」
 ヴィクターが、ずん、と重い足を一歩踏み出す。
「ちょっと待った」
 シルバが声を上げる。
「何よう。今更命乞い? こっちには人質もいるんだよ?」
「いや、そうじゃなくて。そうじゃないんだ」
 シルバも、命乞いをするつもりはない。
 確かに今はピンチだが、実はそれほど危機感を抱いていないのだ。
「……あのな、お前、二つミスってるぞ」
「何よぉ」
「一つ。その、マタツアの実での無力化ってのは、以前そのリフとその兄弟が経験してる。うん、そいつは霊獣だ。否定しない」
「だから?」
「……だからさ、同じ失敗を、二度すると思うか?」
 ましてや、とシルバは思う。
 あの過保護な父親が、何の対策を打たなかったはずがないのだ。
 いざという時、自力で危難を乗り切る力を、リフは有しているのである。
「にぅ……」
 脱力したリフがしゃがみ込み、するり、とノワの腕の拘束から抜け出る。
「え?」
 戸惑いの声を上げるノワ。
「にゃっ」
 まだ酔ったままのリフはふらりと立ち上がり、その顔面を後頭部で叩いた。
「きゃうっ!?」
 顔を押さえるノワ。
 しかしリフはそれに構わず、とろんとした眼で宙づりにされているシルバを見上げて小さく微笑んだ。
「にー……お兄、たのしそう」
「……いや、別に楽しくないぞ。それよりみんなを解放してくれないか」
「にぅ……」
 酔眼のリフは、少し首を傾げた。
「したら、だっことなでなで」
「……いくらでもしてやるから」
「にゃー」
 リフが両手を挙げると同時に、仲間達を縛っていた木の根が大暴れした。
「わーーーーーっ!?」
 石巨人が天井に叩き付けられ、ヒイロは頭から床に埋まってしまった。地面に倒れまだ目を回していたフレイムホーネットが、落とし穴に落とされてしまう。
「ちょっとちょっと何何何!? 何が起こってるのー!?」
 木の根の主であるノワも、突然の暴走に戸惑っていた。
 つまり、リフの霊獣としての力――木属性への強さ――をノワは把握していないという事なのだが、さすがに今は、シルバもそれを考える余裕がなかった。
「い、いや、うん、やっぱりいい! とにかく、ノワをやっつけろ」
 ピタッと、暴れまくっていた木の根が停止する。
「にー……だっこは?」
 リフは、それが気がかりらしい。
「ちゃんとするから!」
「にゃー……やたっ」
 くるんと振り返り、ノワと相対する。
「そ、そんな、千鳥足で、ノワに勝てると思ってるの!?」
 ノワは傍らに落ちていた斧を、指先から蔓を伸ばして拾い上げ、大きく横薙ぎに振り回した。
「にゃ」
 リフはぺたんと尻餅をついて、斧の刃を頭上にやり過ごす。
「……にうー」
 そのままごろんと前回りし、両足の踵でノワの太股を強く蹴った。
「ひきゃっ!?」
「なう……ひっく」
 しゃっくりをしながら立ち上がり、弛緩させた身体で拳を振ろうとするリフにノワは戸惑う。
 どれが本物の攻撃か予測が出来ないのだ。
 と思ったら、ハイキックが側頭部に来た。
「い、痛ーあっ!?」
 その後も、リフの膝蹴りや肘打ちが面白いようにノワに命中する。
 それを見下ろしながら、シルバはノワに言った。
「やめとけ。何か東の方に伝わる、酔っ払いの拳法らしいぞ」
「と、と、とにかくヴィクター!」
 予測不能な酔拳を操るリフに何とか抵抗しながら、ノワは命令を聞くべきかリフを止めるべきか戸惑っているヴィクターに叫んだ。
「おう? のわさま、やっていいんだな」
「そ、そう! とにかくリーダーのシルバ君を最優先で叩きのめして!」
「わかった」
 大きな足取りで、ヴィクターが迫ってくる。
 しかし、シルバは怯まなかった。
「もう一つ。お前は全員を拘束できたと思っているが、実は違うんだな、これが」
「で、です……!」
 水の人工精霊、タイランも頷く。
「その状態で何言ってもただの強がりなんだから! あーもう、何この変な動きー!?」
「なうー」
 ノワは、酔っぱらったリフの相手で手一杯のようだ。
 もっとも原因はノワ自身だ。自業自得と言うべきだろう。
 ヴィクターは拳を振り上げ、シルバの顔面を狙う。
 大きな拳が振り抜かれ――それが途中で停止した。
「ぬう……?」
 ヴィクターの拳を、鉄の掌が制していた。
「ガ」
 掌の主が小さく声を上げる。
 シルバを守るように、ヴィクターにも負けない大きな鎧が立ちはだかった。
 タイランを守る外装、パル帝国製の重甲冑だ。
 彼は掌に力を込め、ヴィクターを押し返した。
「うお……っ」
「ヴィクター!?」
 パワー負けしてたたらを踏むヴィクターに、ノワが悲鳴を上げた。
 金髪が揺れる。
 さっきのリフの大暴れで、口を覆っていた蔓が解けたカナリーだった。
「どうにも決まらない姿で失礼するけど、紹介しよう」
 紅い瞳が、ヴィクターを見据える。
「人造人間ヴィクター。まあ、いわば君の年の離れた弟だよ。名前をテュポン・クロップ老製自動鎧、モンブラン十二号という」
 ズン、と重い足音と共に、重甲冑が一歩踏み込む。
「ガオオオオン!!」
 重甲冑――モンブラン十二号は両腕を上げ、雄叫びを響かせた。
「僕の、最後の隠し球だ」


 モンブランの雄叫びに、一瞬気圧されたノワだったがすぐに立ち直った。
「ハ、ハッタリよ! ヴィクターやっつけて!」
「わかった。おれ、のわさま、まもる。せんとうもーどのきどうこーどをくれ、のわさま」
「え……? で、でも、あれって確か、戦闘モードから戻れないんじゃ……」
「つうじょうもーどでは、かてない。ぼうはつのしんぱいはないはず。せんとうもーどのきどうこーどをくれ、のわさま」
「『バトロン』! いっちゃえ、ヴィクター!」
「せんとうもーどにいこう。――おまえ、やっつける!!」
 主に命じられたヴィクターの肉体が、戦闘モード用なのか赤銅色に変化する。
 そのままモンブランに突進しながら、大きく拳を振りかぶった。
「ぬうんっ」
 振り抜かれた拳を、モンブランは揃えた太い鋼の両腕でガードする。
「ガ!」
 しかしヴィクターの拳の重さは尋常ではなく、モンブランはそのまま3メルトほど後ろに引きずられてしまう。
 すかさずヴィクターは拳を開き、赤い光を収束させる。
「せいれいほう!」
 だがそれはモンブランも予測していたのか、ほぼ同時に手の甲の射出口から放った青い精霊砲で迎撃する。
「ガガガ!!」
 赤い精霊光と青い精霊光が激突する。
 古代の人造人間VS自動鎧。
 新旧の人に造られたモノ同士の熾烈な戦いが始まった。


「カナリー!」
 シルバはこの中で唯一、特に何の制約もなく脱出できるはずのカナリーに呼びかけた。
「うん?」
 だが、当の本人はまるで分かっていない様子だった。
「いや、いい加減脱出しろよ!?」
「見ての通り、僕も君と同じ条件だが」
 確かに、カナリーはシルバと同じように木の根でグルグル巻きにされ、宙づりにされている。
 だが、条件は同じでも種族が違えば、この拘束はまるで意味がないのだ。
「ってお前、自分の種族把握しようよ!? 吸血鬼だろ!?」
「もちろん、僕はれっきとした吸血鬼だとも。それがどうかしたのかい?」
「霧化! 出来るだろ!?」
 あ、とようやくカナリーも思い出したらしい。
「ああ、これは迂闊……やはり、さっきの戦いで使った吸精の影響が少々残っているようだね」
 そしてスッとカナリーの姿が薄れたかと思うと、白いマント姿の彼女は床に降りていた。
 それを見下ろしながら、シルバは呆れて溜め息をついた。
「……時々、すごい抜けるよな、お前。ノワは霊樹じゃないから、{雷閃/エレダン}で焼き切ってもスモークレディとか出たりしないはずだ。俺なら木のパワースポットを見て、他の連中も解放出来るから魔力も使わなくて済むから最優先で頼む」
「なるほどね。では……」
 カナリーは、シルバに向かって指を突きつけた。
 指先が紫色に眩く輝き、さすがのシルバも少々怯んでしまう。
「頼むから、的を外すなよ。直撃したら俺死ぬからな」
 幸いな事にカナリーの狙いは確かで、シルバとタイランを縛っていた木の根は焼け焦げて、崩れ落ちる。
 ようやく拘束から解放されたシルバは、腕を軽く回した。
「リビングマッドの滑りを使うっていう手もあったけど、すごい服が汚れそうでなぁ。さて、それじゃみんなを解放しよう」
 眼鏡を直しながら、シルバは袖から針を取り出す。
 まだ戦っているリフ達に目もくれないシルバが心配になったのか、タイランが軽く彼の肩を引っ張った。
「あ、あの、シルバさん。リフちゃんやモンブランさんはいいんですか?」
「いや、ノワに関しては、俺達がこうやって仲間を助け出す事自体が、充分牽制になってんだよ」
「え?」
 シルバは、ノワ達の方を向いた。
 リフに翻弄されていた彼女も、シルバ達が脱出した事に気付いていた。
「あー! 勝手に脱出しちゃ駄目ー!」
 何しろ自分達を拘束していた木の根はいわば、ノワの身体の一部。気付かない方が不思議なぐらいだ。
 そしてシルバの足下から、新たな木の根が出現する。
 が、精霊眼鏡の効果で、土の中の不自然な動きをする緑の{線/ライン}がシルバにはちゃんと見えていた。跳躍して、回避する。
「同じ轍を二度踏むかよ! それに余所見してていいのか?」
「にぁー……」
 おぼつかない足取りで放たれたリフの裏拳が、ノワの側頭部を襲う。
「きゃうっ!? ええいもう鬱陶しいなぁもおっ! 集中出来ないじゃない!」
 指先から無数の蔓を出してリフを縛ろうとするが、ふらふらと千鳥足のリフを捕らえる事は中々出来ない。
「いいぞ、リフ! これ終わったら、魚タップリやるからな」
「にゃうー……」
 赤ら顔で、リフは嬉しそうに尻尾を振った。
 それを眺め、ようやくタイランは得心がいったようだ。
「……ああ、つまりシルバさんが動く事で、リフちゃんに集中出来なくなるって事、ですか?」
「そういう事。モンブランの方はクロップ老から精霊炉安定の方法を教えてもらう代償が、ヴィクターとの戦闘データ採取だったから、正直そもそも手出しがしにくい。……おおい、カナリー、ヒイロを地面から引っこ抜くのを手伝ってくれ!」
 シルバは地面に真っ逆さまに突き立った、ヒイロの片足を抱え持った。
「分かった。しかし、力仕事が専門じゃないのが二人でやるってのもどうかと思うね」
 もう一方の足を、ふわりと着地したカナリーが抱え持つ。
 そしてシルバは、印を切った。
「{豪拳/コングル}×2」
 シルバとカナリーの全身に力が漲り始める。
「……相変わらず、ひねた使い方をするね、シルバ」
「楽でいいだろ。せーの……」
「よいしょ!」
 シルバとカナリーが力を込めると、強化魔法の効果で思ったよりあっさりとヒイロは床から引き抜けた。
 ……ヒイロは、完全に目を回しているようだった。
「{覚醒/ウェイカ}がいるな。っていうかタイランは俺達に構わず、モンブランしっかり見といた方がいい。戦い方や身体の使い方がすごく参考になるはずだから」
「は、はい」
 シルバがヒイロの手当をしているのも気になったが、タイランはモンブラン達に意識を集中させた。


 モンブランの足の裏に装備された無限軌道が、ギャリリッと床を噛み締める。
「うお……!?」
 ヴィクターの巨大な拳を回避し、信じられないスピードで相手の側面に回り込む。
「ガ!」
 ロケットナックルが放たれ、ヴィクターの頬を直撃した。
「おお……っ」
 そのまま無限軌道をフル回転させ、一気に間合いを詰めたモンブランは胴部分の回転機巧を駆動し、上半身を高速回転させる。
 大きく広げられた両腕の連続パンチが、ヴィクターを追い詰めていく。
 遠慮がない分、普段のタイランとはまるで比べモノにならないぐらい、動きがいい。いや、この力強さは、中の人格が変わっただけでは説明がつかない。


「は、速いです……」
「無限軌道か。上手い事使ってくれる」
 シルバも手を休め、モンブランとヴィクターの戦いを見ていた。
 そこに、リフの相手をしていたノワが文句をつけてくる。
「ちょっとシルバ君、あれ、最初の時と全然動きが違うじゃない!」
「そりゃそうだ。今搭載してるアイツの精霊炉はいつものモノと違う、純度の高い精霊石を用いる大容量式でな。タイランが入っていた時に本調子じゃなくて、当然だったんだよ」
 そしてその精霊炉こそ、かつてクロップ老と戦った後、クスノハ遺跡で回収した設計図から作られた、結果的に対ヴィクター戦用に用意された事になった新型の炉でもある。


「ぬうん!」
 大きく仰け反ったヴィクターだったが、すぐに体勢を立て直し、足を払ってくる。
「ガァ!?」
 回転攻撃の弱点を突かれ、モンブランがバランスを崩してしまう。
 手を床につこうとするモンブランを、ヴィクターは両腕でがっぷり四つに組んだ。
「はんげき、する」
 ヴィクターの両目が、好戦的に輝いた。
「ガ! ガガ……!?」
 踏ん張りながらも、どことなく戸惑った声をモンブランは上げていた。
 重量級であるはずのモンブランの足が宙に浮いていた。何とか体勢を優位に立て直そうとするモンブランだったが、ヴィクターはそれを許さない。
「あまい」
 ググッとモンブランの身体を、さらに自分に寄せていく。
「ガ!?」
「むううぅぅ!!」
 足に力を溜めたヴィクターは、モンブランと組んだまま、大きく天井目がけて跳躍した。


「と、跳んだ!?」
「跳びました!」
 これにはシルバとタイランも目を剥いた。
 天井ギリギリまで高らかに舞い上がったヴィクターは、グルンと身体を回転させた。
「だい――」
 大きく腕を振るい、そのままモンブランの巨体を真下の床目がけて放り投げる。
「ガ!」
 石造りの床を破壊しながら、モンブランが地面にめり込む。
 それを追うように、両手両足を広げたヴィクターが頭上から追い打ちを掛けるようにボディプレスを仕掛けてくる。
「――ばくふおとし!!」
 真上から落ちて来たヴィクターの肉体が、モンブランを床に押しつぶす。
 衝撃波が、部屋にいる全員に伝わるほどの凄まじい威力だった。
「ガガガ!?」


「シ、シルバさん、私の身体……モ、モンブランさんが……!」
 声を震わせるタイランに、シルバは首を振った。
「まだ大丈夫」
 そう言いながらも、シルバ自身も汗をかいているのは否めない。
 しかし、まだ勝負が決まった訳ではないのだ。
「え」
「ちゃんと見とけよ。アレと同じ動きが、タイランにも出来るんだから。それにモンブランのやる気は落ちてない」


 ググッとヴィクターの身体が持ち上がり、そのまま跳ね上がる。
 そしてその下から、土埃にまみれたモンブランが起き上がってきた。
「ガ!」
 元気を証明するように、両腕を上げてガッツポーズを作る。
「ぬう……おまえ、がんじょう」
「ガガ……」
「でも、すぐにはうごけない。おれ、わかる」
 モンブランは、がダメージが抜け切れていないのは、明らかだ。
 容赦なくヴィクターは突っ込み、ラリアットをモンブランに仕掛ける。
「ガガガガガガ」
 引きずられるモンブランだったが、身を屈めてヴィクターをやり過ごした。
「おまえ、しぶとい」
 振り返ったヴィクターは、腕を振り上げると、霊樹に悲鳴を上げさせたあの拳の猛攻を繰り出した。
「ガ! ガガ! ガァ!」
 拳の形に甲冑を歪めながら、それでもモンブランは両腕でヴィクターをつかみに掛かる。
 それを見過ごすヴィクターではない。
 逆に腕を伸ばし、さっきと同じパターンで四つに組んだ。
「とどめ、さす」
 ヴィクターはモンブランと組んだまま、再び天井目がけて跳躍する。
 その時、モンブランの両目が強く輝いた。
「ガ……!」
 天井近くまで到達したところで、突然背後に衝撃が走った。
 直後、ヴィクターは浮遊感がなくなったのを感じた。自由落下に入った訳ではない。
「むう……!?」
 ふと横を見るとワイヤーが伸びていた。
 モンブランのロケットナックルが、天井にめり込んでいた。それが、空中で急停止した理由。
 それをヴィクターが悟るより早く、
「ガァッ!!」
 モンブランの膝蹴りが腹に入った。
「うお……」
 支えのないヴィクターはそのまま自由落下に突入する。ほんのわずかな時間差を置いて、モンブランが天井から己の拳を引き抜き、敵の背中を追った。
「ぐあ……っ!?」
「ガガガ……!!」
 そして、さっきとは逆の立場で、同じ技が炸裂する。
 大瀑布落とし。
 凄まじい衝撃が部屋を駆け抜け、ヴィクターが潰れたカエルのように横たわる。
「ガ」
 モンブランは起き上がると、痙攣するヴィクターの両足を掴んだ。
 そして、先刻と同じように腰部回転機巧を駆動させ、猛スピードで回転する。否、それに加えて今度は足下の無限軌道が左右逆に回転し、超信地旋回を行なっていた。
 二倍の速度で回転するその様はまさしく台風。


「竜巻大回転投げ!!」
 シルバがグッと握り拳を作った。
 タイランが目を瞬かせる。
「え、あれ技名あるんですか?」
「いや、俺が今適当につけた」
「……私が使う時、憶えておきます」


 大部屋に巨大な風を巻き起こしながら、モンブランは加速のついたその勢いを利用して、ヴィクターを壁目がけて放り投げた。
 肉の砲弾と化したヴィクターは、猛スピードで壁に激突し、そのまま身体を三分の二ほど瓦礫に埋めたまま、動かなくなった。
 ヴィクターの戦闘不能を確かめ、モンブランは両腕を上げて咆哮を上げた。
「ガオオオオン!!」


「あの……シルバさん」
 タイランの問いかけに、シルバは頬から一筋の汗を流しながら頷いた。
「……うん、言いたい事は分かってる」
 タイランは、雄叫びを続けるモンブラン=自分の外装を、ちょっと困った顔で見つめていた。
「……あれ、あまり私の戦い方の参考には、なりませんよね?」
「……だな」


 壁に向かってヴィクターが吹っ飛び、背後からものすごい衝撃が伝わってきた。
 ノワもヴィクターが心配だったが、今は自分の事で精一杯だった。
「にゃー」
 おぼつかない足取りの不思議な体術で攻めてくる、赤ら顔の獣人の相手で大変だったのだ。
 だが、いい加減ノワも、彼女の狙いが何か分かってきた。
 しきりに、ノワが握りしめている右手を狙っているのだ。
「も、もしかして、マタツア狙ってるの……!? なら……」
 ノワは木の枝となった手を開くと、マタツアをリフの背後に投げ捨てた。
「にぅ……!?」
 即座にリフは反応し、クルッと背後を向く。
「い、今の内に」
 反撃をするのは容易だ。
 けれど、一人倒した程度ではもはや事態はどうにもならない。
 ここは撤退しよう……。


 投げ捨てられたマタツアの実を、シルバが受け止めていた。
「……どうやって奪おうかと思ってたら、自分から捨ててくれるとはありがたいな」
「シルバ君!?」
 バラバラに散らばった他の実は、せっせとタイランが回収している。
「にゃー」
 眠たそうな目で飛びかかってくるリフに、シルバは印を切った指をかざした。
「我に返れ、リフ。{覚醒/ウェイカ}」
 青白い聖光がリフを包み、直後彼女の中から酔いは消失していた。
「……にぅ?」
 キョトンとした眼で、リフはシルバを見上げる。その後ろでは、尻尾が緩やかに揺れていた。
「……危ない危ない。お前の酔拳は、敵味方の区別がつかないのが難点だな」

「に……ごめん」
 リフの頭をクシャクシャにしながら、シルバはもう一方の手でマタツアを懐に隠した。
 そしてリフを、ノワの方に向かせる。
「とにかくこれで終わりだ、ノワ」
「む! ノワは負けないもん! こうなったら……」
 ざわ……と、ノワの緑色の葉で出来た髪がざわめく。
 嫌な予感がして、シルバはリフの頭をポンと叩いた。
「リフ」
「にゃあっ!」
 強烈なリフの咆哮と共に、ノワの動きが硬直する。
「っ……!? か、身体が……」
 どうやら金縛りにあったらしい。
 霊樹ですら一瞬強張らせるリフの咆哮だ。どれだけ優れていようと、普通の木人であるノワなどひとたまりもない。
 シルバはノワから目を離さないまま、リフの頭を撫で直した。くすぐったいのか、リフの耳がピクピクと痙攣する。
「……リフ、今、何しようとしたんだ、コイツ」
「にぅ……たぶん花粉。目くらましとか……くしゃみさせたりとか……この部屋いっぱいにして火をつけるとか。そすると爆発するから……にぃ……自分は落とし穴に逃げる」
 リフはシルバにもたれかかりながら、解説した。
「お、おっそろしい事考えるな、おい。……さっき勝負がついた時、先にお前に頼むべきだったか」
 そうすりゃ反撃されずに済んだのにな、とシルバはぼやいた。
「にぅ……」
「キムさん!」
 金縛りにあったまま、ノワは突然叫んだ。
「!?」
 部屋にいる全員が緊張する。
「キムさん、いるんでしょ!? ノワ、危ないの! 助けてよ!」
 ノワの視線は、奥の部屋……ヴィクターが眠っていた研究室の方を向いていた。
「……誰か、隣にいるのか?」
 シルバの呟きに答えたのは、まだかろうじて元気なカナリーだった。
 彼女は、倒れている仲間や従者、リフの味方になったモンスター達を見渡した。
「見てこよう。リフ……は、駄目だな。キキョウも戦闘不能か。参ったな。獣人の鼻が欲しかったんだけど」
「に。ちょっと待って。お兄、だっこ」
 リフはシルバに背中を向けたまま、両腕を上げた。
「待て、リフ。この状況でその報酬を口に出すか」
「シ、シルバさん、真面目な話みたいですよ?」
「に」
 タイランのフォローに、リフは腕を上げたまま頭だけ振り返る。
 この体勢でだっこという事は……。
「……脇を持てってか?」
「に」
 リフに言われたまま、彼女を両手で持ち上げる。
 そして、ノワに近付くよう指示されたので、これも従う。
 すると、リフはノワの葉っぱで出来た頭を掻き回し始めた。
「ちょ、ちょっとノワに何してるの!? 頭まさぐらないでよ!?」
 リフは何かを探しているようだった。
 やがて、動きを止めるとその手を引き抜いた。
 その手には、金色の葉があった。
「あった。ヒイロとキキョウに半分ずつ飲ませる」
「分かった。ヴァーミィ、セルシア頼む」
 カナリーの指示で、ヴァーミィとセルシアが、半分に破られた金色の葉をそれぞれ、ヒイロとキキョウに持っていく。
 それを食べさせられた二人は、即座に身体を起こした。
「はうー……頭痛いー……クッキー、もっとほしいー……あれ? ボク、どうしてたの?」
「身体の痛みが完全になくなっている……一体、どうなっているのだ……?」
 キョトンとする二人の様子に、シルバはしぱたんしぱたんと尻尾を揺らすリフをだっこしながらノワから一メルト程距離を取る。
「リフ」
「ハゼルの樹。レア種。はっぱは長生きの効果」
「ホント!? それって高く売れるの!?」
 身体を硬直させたまま、目を輝かせるノワ。
 だがリフはノワの問いを無視した。
「に……キキョウおねがい」
「む?」
 事情がよく分かっていないキキョウは、戸惑ったようにシルバを見た。
「あ、わ、私が説明しておきます。シルバさん達は、ノワさん達の相手をお願いします」
 シルバの身体から、タイランが離れる。
「大丈夫か、タイラン?」
「ず、ずいぶんと、シルバさんの傍で休ませてもらいましたから」
 言って、タイランはカナリーの元へ飛んでいく。
 事情を聞いたキキョウは頷き、タイラン・カナリーと研究室の方に向かっていった。
 それを見届け、シルバはノワに向き直る。
「なあノワ。誰だ、そのキムさんって何者だ?」
「ノワ知らない」
 つーん、と顔を背ける……事は出来なかったので、目だけ逸らした。
「……お前な」
「べー! シルバ君は敵だもん。教えないもんねーだ!」
 表情は自由が利くらしく、ノワは舌を出してアッカンベーをする。
「……どうしてくれよう、コイツ。ん? リフ?」
 袖を引っ張られ、シルバはリフを床に下ろした。
 リフが、ノワと相対する。
「しゃべって」
「キムさん……キムリック・ウェルズは、ノワ達が追われた始めた頃に近付いてきたの……って、何でノワ、喋ってるの!?」
 モース霊山の木々を治める剣牙虎の長の娘は、表情を変えず口を開く。
「続ける」
 それだけ言うと、ノワの舌は本人の意思とは別に動いてしまう。
「な、な、南方の商人で、レアな商品とか情報をいっぱい持ってて、手を貸してくれたの。『女帝』のカードとか『魂の座』はキムさんから買ったの……って、言わせないでよ!?」
「続きは?」
「ほ、本来ならこんな手を使わずにもっとお金を貯めて、キムさんから『龍卵』を手に入れるはずだったのよ」
「商人いがいの素性は?」
 リフは淡々と、ノワを問い詰めていく。
「二十代の男。丸い黒眼鏡で糸目。ゆったりした狐色の衣服。笠と大きいリュック……ううう……背景はぜ、全然知らないけど、シトラン共和国出身って言ってた」
「ほんと?」
「キムさんの自称……」
 つまり、これに関しては、ノワも本当かどうかは分からないんだな、とシルバは考える。
「にぅ……他に手掛がかり」
「こ、これぐらい……取引用にもらったの……」
 ギギギ……とノワの手が動き、腰に下げた布袋から一つのコインを取り出した。
 リフはノワに近付くと、それを回収してシルバの元に戻る。
 コインの表面には、開かれた書物のレリーフが刻まれていた。
「トゥスケル!」
 『知的好奇心の集団』が絡んでいる事を知り、シルバは思わず叫んでいた。
 ノワは言葉を続けた。
「霊獣の事を教えてくれたのもキムさん……シルバ君と一緒にいた白い仔猫に見覚えがあるって……それで、マタツアを……」
「……リフの親父さんが聞いたら、すごい笑顔になりそうな情報だな」
「に……」
 シルバの言葉に、リフはコクンと頷いた。


 研究室の方から、カナリー達が戻ってきた。
「向こうにはもう誰もいないようだよ」
「……もう?」
 という事はやはり、そのキムリックという人物がいたという事か。
 主に臭いで捜索を担当したキキョウが、頷く。
「うむ。人がいた痕跡はあった。天井の方に隠し通路への抜け道があって、おそらくそこから逃げたモノと思われる」
「……何で、そんなモノが研究室にあるんだよ」
 シルバの突っ込みに、カナリーは親指で後ろを指した。
「ちなみに機能は死んでるけど、自爆装置らしきモノもあるよ、あの部屋」
「あー」
 そういえば、クロップ老の先祖もマッドサイエンティストっぽかったっけと、シルバは思い出した。
 なら、それぐらいあってもないかと納得する事にした。
「それでシルバ殿、そっちは大丈夫なのか?」
 キキョウが刀の柄に手をやりながら、ノワを警戒する。
「あー、うん、リフがちゃんと見張ってるから」
「にぃ」
 リフがコクンと頷いた。
 しかし、キキョウと同じくカナリーも心配のようだ。
「念のため、縛り上げておいた方がいいと思うけどな。さっきのように、どんな反撃をされるか分からないぞ?」
「ねーねー、縛れそうなモノならいっぱいあるけどどうするの? それとも、リフちゃんの用意してくれてた奴、使う?」
 いつの間にか立ち上がっていたヒイロが、リフに近付いていた。その指は、枯れた霊樹から垂れている蔓を指差していた。
「に、普通の蔓だと木人に操られるからだめ。あの霊樹の蔓にリフの霊力を込める。それならだいじょうぶ」
「おっけー。あ、こっちの人はどうしよ」
 蔓を回収しようと向かい、ヒイロはそのままロンの所で足を止めた。
「……せめて、事情ぐらいは説明してくれると助かるんだがな」
 気絶から立ち直っていたロンはまだノワの木の根に縛られたままだが、特に抵抗する気はないようだ。
「こういうややこしい事態の説明に向いているのは……」
 シルバは考え、カナリーと目が合った。
「やっぱり僕だろうね。あと彼女には猿ぐつわもしておいた方がいいかもしれないね。横から変に吹き込んで、彼が主犯にされかねない」
 カナリーのジト目が、憮然としているノワに向けられていた。
 その視線を受け、ノワがそっぽを向くのを、シルバは見逃さなかった。
「……今、目を逸らしたな、お前」
「そ、そんな事ないもん!」
 もっとも、もうちょっとノワには話を聞きたい。精神共有でも充分対処は出来るが、やはり直接話す方が、色々分かるというモノだ。
 その前に、出来れば他の雑事は全部、片付けておきたい所だが。
「……となると」
 ふわふわと宙に浮いた小さいタイランが、キョロキョロと壁に身体を半分埋めた巨人と、大の字に倒れた魔人を交互に見ていた。
「残るはヴィクターさんと、ま、魔人さんですね。動かすだけでも、一苦労そうですけど」
「やはり縛っておくか、シルバ殿。下手に復活されても敵わぬ」
 キキョウの申し出に、シルバは頷いた。
 一応ヴィクターを無力化した時用の準備だけはしてある。
「だな。ヴィクターの方は予定通りに。リフ、予備はあったか」
「にぅ」
 リフはポケットから豆を出した。
 小さな掌の中で萌芽したかと思うと、何本もの極太の蔓がにょろりにょろりと触手のように育成して、床を這っていく。
 足下を埋め尽くそうとする木の蔓に、シルバは大いに慌てた。
「って、そんなにいらねーって!? 四本でいい、四本で」
「いや、せっかくだし、それぞれ念のため、二本ずつ重ねて縛っておこう。それならさしもの巨人達も、動けはしないだろう。タイラン……ではなかった。モンブラン、手伝ってもらおうか」
 キキョウは太い蔓を両脇に抱え、大きな重甲冑を見上げた。
「ガ……?」
 重甲冑――モンブランは困ったように周囲を見、カナリーがロンとの会話に忙しいと見るや、タイランの方を見た。
「よ、よろしくお願いします」
 ペコペコとタイランが頭を下げると、モンブランは「が」と一声上げた。カナリーの従者二人と共に、蔓の束を抱え持ってそれぞれ魔人とヴィクターの方に向かう。
 その背を見送り、シルバはタイランに尋ねた。
「……タイラン、モンブランの言葉分かるのか?」
「あ、か、感覚で、ですけど……それなりに。一緒に中にいた間に、ちょっとお話しまして……こー、何だかピリピリ来る波みたいな言葉なんです」
「……よく分からないけど、念波みたいなもんか。ウチ預かりになるんなら、言葉が話せた方が便利だよなあ。っていうか、精神共有は使えるのかね」
 後で試してみようと考える、シルバだった。
 一方ロンへの説明も終わったのか、カナリーが戻ってきた。
「翻訳機能か。そういうのは作ったことがないから、学習院で老人達から色々と聞かなきゃならないね」
「で、でも、お話が出来ると、もっと、仲良くなれるんじゃないかと思います……」
「了解。検討しよう」
「ねー、この子達はどうするのー? せっかく手伝ってくれたのにー」
「ちょ、きついきついきついって、ヒイロちゃん! ノワ、その趣味はないんだから!」
「その趣味って?」
 よく分かっていないヒイロは、霊樹の蔓で、しっかりとノワを縛り上げていた。
 シルバはそれに構わず、部屋の隅に固まるカニやイガグリのモンスターを見た。
「あ-、そいつらの問題もあったな。確かに、このまま礼だけ言って別れるってのも、不義理だし……」
「にぅ……」
 どうするかなーと考え、この辺は専門家に任せるべきかと結論づけた。
「モンスター使いの連中か、召喚師の所に話をつけに行った方がいいな。確か、ギルドにモンスターの登録とか出来る制度があったはずだ」
「に。リフがする」
 シルバにもたれかかったまま、リフが見上げてきた。
「お、珍しくやる気じゃないかリフ。えらいえらい」
 シルバは頭を撫でると、リフはくすぐったそうに眼を細めた。
「に、にぃ……リフが呼んだから、リフが世話する。山の掟」


 魔人を縛り上げながらその様子を見ていたキキョウが、緩く尻尾を揺らしていた。
「……むー、うらやましい」
「ガ?」


「じゃあ、後は地上への運搬だけか」
 シルバは天井を見上げ、真上で待機しているはずの男に思念を飛ばした。
(ういっす、終わったか)
 第二層を飛ばし、第一層で待っていたカートンが、念波で返事を返してくる。
(まーな。クロエと一緒に、こっちに来てくれ。大きいのが二人に増えたから、二回往復になる)
(力仕事は面倒だな……当然、お前んとこのデカイの借りるぞ)
 デカイの、とはタイランのことだろう。
(当然。お前らの仕事は、俺達の護衛だっつーの)
 それからふと、シルバは思いついて、カートンとの精神共有を部屋のみんなにもオープンにした。
 これで、全員にカートンとのやり取りが伝わるはずだ。
「……あ、それと温泉郷の方だけどさ、シンジュの調子はどうだ?」
(あ? 何でそんなこと聞くんだよ)
 不思議そうなカートンの思念が響く。
「いーから」
 クロス・フェリーが消えた今、吸血鬼の被害にあった女性冒険者の安否は、特にカナリーも気にしているはずだ。
(まー、例の百眠草の後遺症はもうほとんどないっぽいな。ピンピンしてるはずだぜ)
「百眠草……」
 強力な睡眠効果のある薬草だ。
 口にすると、飲み食いせず年も取らずに100日間眠り続けてしまう。解毒剤はあるが、それを服用してもしばらくは睡眠不足に悩まされてしまうのだ。
(で、人身売買組織に売っ払おうとした主犯はちゃーんとそこにいるんだろうな)
「……まーな」
 シルバは天井から、ノワに視線を戻した。
「という事になってるらしいぞ、ノワ」
「人身売買組織となんて、繋がり持ってないよ!?」
「ホントに?」
「……な、ないってば」
 ノワの目が泳いだ。
「に。ホントのこと言う」
 リフの『強制』に、ノワは切れたように告白した。
「知り合いにはいるけど、取引はないってば! まだ!」
 シルバはボリボリと頭を掻いた。
「まだって辺りが終わってるっぽいなぁ……」
「人材派遣組織の裏って事になってるから、繋がりはあってもおかしくないの!」
「その辺で、キムリックと繋がった訳か」
「……それに関しては、ノーコメント」
 これに関しては、もうちょっと問い詰める必要があるかな、とシルバは思った。もしかすると、トゥスケルと繋がりがあったクロップ老人からも何か分かるかも知れない。
 ともあれ、吸血の問題はそのまま、人身売買事件にスライドしてしまったらしい。
「ま、この辺がクロスが消えた分、吸血騒動の辻褄合わせになってるんだろうな」
「アレは、クロス君の趣味だもん! ノワは悪くないし!」
「その辺のことは、俺に言われても困る。詳しくは教会の方で釈明してくれ」
 多分無駄だと思うけどなーと、シルバは思う。
 何しろ、クロス・フェリーという存在を憶えているのは、この部屋の中にいた者達だけなのだ。彼が罪を犯したという証拠も何もかも、消えているに違いない。
「むー……絶対に仕返ししてやるんだからぁ」
 ノワは蔓のロープでグルグル巻きにされたまま、恨みがましくシルバを見上げていた。
 カナリーは、肩を竦めて苦笑する。
「はは……全然反省してないね」
「に」
 ピンとリフが尻尾を立てた。
「ん、どうしたリフ」
「おこった」
 尻尾の先端を揺らしながら、リフが表情を変えずに言う。
「ちょ、ぼ、暴力は駄目だぞ、リフ」
「に。しない」
 リフが指先を、ノワに向けた。
「な、何?」
「お兄にあやまる」
 リフが言い、ノワの身体が傾いた。
「やだ……って、う……ちょ、ちょっと……きゃうっ!?」
 ノワは芋虫状態のまま、前のめりになった。
 完全な俯せにはならず、どちらかといえば中途半端な土下座の形に近い。
 しかも、手が後ろ手に縛られているため、額がそのまま石床に叩きつけられていた。
 この構図は正に、シルバ達が最初にこの部屋に入ってきた時と立場を逆転しての再現であった。
 リフは土下座するノワの前に、正座した。
「ごめんなさいは」
「い、言わないもん」
 頭を床に付けたまま、ノワが強がる。
「言わなかったら、ずっとその体勢」
「……!」
 ビクッとノワの肩が震えるが、リフは言葉を続けた。
「光合成してる時も寝る時もずっとその体勢のまま。ずっとそのまま」
「お、脅しだよね?」
「人間社会だと、迷惑かけたらお金はらうって父上から聞いた」
 リフの手が、何かを探すようにノワの葉になった髪を探り始める。
「黄金の葉っぱとか実とか花とか高く売れる。育ったらぜんぶ回収してもらう。で、ギルド行き」
「えぇっ!? や、やだよ。これ全部ノワのだもん!」
「だめ。はらい終わるまで、ぜんぶ収穫」
 恐ろしいことを口にするリフに、ふとシルバの頭に浮かんだのは悪魔の笑みを浮かべる幼馴染みだった。
「……その辺見越して、アイツ、ノワを木人にしたのかもなぁ」
 ちなみにリフに後で聞いた話によると、黄金の葉は滅多に生えないのだという。
「早く罪をつぐなえば、奪われつづけることもない。どれだけの時間がかかるか分からないけど、それは無限じゃない」
 リフが言い、手が葉を掻き分ける音が響く。
 やがて、土下座するノワが、振り絞るような声を上げた。
「……す」
 数秒後、その言葉はシルバの耳にもちゃんと届いた。
「すみませんでした……」
「に」
 リフの短い鳴き声に、ガクリ、とノワの身体から力が抜ける。
「……リフは、あまり怒らせない方が良さそうだね」
「……まったくだ」
 カナリーの言葉に、シルバは心底同意するしかなかった。


 夕方。
 酒場『弥勒亭』の個室ルームにいたのは、キキョウ一人だけだった。
「いよう」
 真新しい儀式用の司祭服のシルバは軽く手を上げて、荷物を下ろしいつもの席に座った。
「おお、シルバ殿。ずいぶんとよい格好ではないか」
 一人、杯を傾けていたキキョウは尻尾を軽く揺らして微笑む。
「からかうな。仕事だ仕事」
「はは、嘘ではないぞ。……む? リフはどうしたのか?」
 ノワ達との戦いから、一ヶ月ほどが経過していた。
 地上にいるほとんどの期間、リフは迷宮で約束した『報酬』として、白い仔猫の姿で『だっこ』と『なでなで』をシルバに履行してもらっていた。
 だから、リフがいつものようにシルバの頭に乗っていないのは、珍しい事だった。
「俺がパル帝国の役人と会食だろ。だからリフは今日、別行動でエトビ村の方」
 パル帝国の国立博物館から盗み出された『魂の座』を取り戻した礼として、アーミゼストにあるパル帝国の大使館から会食に招待されたシルバは、パーティーを代表して赴いたのだ。
 襟を緩めながら言うシルバに、キキョウは納得した。
「リフは朝から出たけどまー、戻るのはもうちょっと掛かりそうだな」
「ああ、例の件であるか」
 リフの仲間というか友達になったモンスター達に関わる話である。
「そ。いや、その話は後にしよう。とりあえず飯だ飯。どうも食った気がしねー」
 テーブルの上は、キキョウの米酒以外には、何も載っておらず、シルバは呼び鈴を叩いた。甲高い金属音が鳴り響く。
「飯ならじきにヒイロが戻ってくるので、先に多めに注文をしておいた。飲み物だけの注文にしておくべきであろう。しかし、会食の食事はそんなにまずかったのか?」
「美味い事は美味かったけど、どーも堅苦しいのは駄目だっていうか、だから代わってくれって言ったんだよキキョウの薄情者め」
 テーブルに突っ伏しながらの恨み節に、キキョウはぶんぶんと首を振った。
「そ、そそ、某とて、そのような場は好まぬ。ジェントの礼儀作法が通じるかも怪しいモノだ。第一、リーダーであるシルバ殿が赴くのは妥当な筋であろう。それに、某は某で前々から予定があったのは知っているはずだ。でなければ、同行はしていたぞ」
 その時、ノックの音がしてウェイトレスがやってきたので、シルバはリンゴジュースを注文した。
 ウェイトレスが去り、シルバはボリボリと頭を掻く。そのせいで、せっかく整えた髪も台無しになってしまっていた。
「うー……大体『魂の座』の返却なんて、単なる偶然なんだから礼を言われる程じゃねーんだよなー。リーダーじゃなきゃ、カナリーに丸投げだったっつーのもー」
 そしてそのカナリーは現在、里帰りである。
 皮肉な事に、彼女の実家はパル帝国にある。
「しかし、せっかく頂けるという報酬をみすみす見逃す訳にもいくまい」
「まーな」
 そしてその報酬も冒険者ギルド預かりなので、感謝状やら勲章やらだけがシルバの荷物の中にある。
「何か、面白い話題はなかったのであろうか。さすがにずっと、緊張しっぱなしだったという訳ではあるまい」
「土産話になるような話は……んー、強いて言えば何か、えらい学者や錬金術師が総動員して、空飛ぶ実験をしてるとかそんなのか」
「ほう、空を。魔法であるか?」
 魔法で空を飛ぶ事は出来るのは、シルバも知っている。
 もっとも、魔力に限界がある為、長時間の航空は難しいというのが現状だ。
 だが、パル帝国の大使の話は、そんな常識を二、三段軽く跳び越えたモノだった。
「んにゃ。高出力の魔高炉を使用して、船を浮かせたらしい」
「……は?」
 キキョウの目が点になった。
 うん、普通そういう反応するよなーと、シルバは思う。シルバもそうだった。
「いや、だから、船」
「船が空を飛ぶと申すか」
 眉の間に皺を寄せながら、キキョウが問い返す。
「俺も、眉唾と思うんだが、その天空艦とやらで軍を運び、空から魔王領を攻めるらしい。まー、確かに面白い試みだとは思うけどな。あとは同じ機関を使って東西を横断する列車を作るとか」
「ホラではないのか?」
 キキョウはまだ、半信半疑のようだった。
 無理もない、とシルバは思った。
「……いやあ、シトランのプレスも入ったって言うし、公表がまだここまで来てないだけで、既に機密じゃないらしい。むしろ広めてくれって感じだったなぁ」
「ふむぅ……空を飛ぶ船か。浪漫であるな」
 難しい顔をしながら、キキョウは唸った。
「だな。さすが鋼鉄の国だけの事はある。ついでに言えば、軍事の話でしか盛り上がれないってのは、聖職者としてどうなんだ俺」
「シルバ殿も男子という事であろう。ああいう格式張った場では、本来カナリーが一番強い。ああ、そういえばそのカナリーの里帰りからの帰還も、今日辺りだったはずであったな」
 瓶の中身が減ってきたな……と呟きながら、キキョウは杯に残りの米酒を注いだ。
「という事は久しぶりに全員揃うか」
「うむ。こちらは、フィリオ殿とシンジュについて牢獄の視察の方、無事に終えた」
「元気にしてたか、アレ」
「……元気すぎるぐらいであった」
 キキョウは、この日の昼の事を話し始めた。


 アーミゼスト南部にある、周囲を堀で囲まれた要塞のような建物。
 それがアーミゼストの刑務所、アンロック牢獄である。
 広い中庭の一角がさらに茨の垣根で隔離され、そこはさながらちょっとした庭園か植物園のようになっていた。
 同業者への強盗や誘拐に多く関わり、現状何十年かはここから出られる見込みがない。
 光合成と時折降る雨で充分な上、ヴィクターが身の回りの世話をする為、看守は訪れない。
 面会も、極度に制限されている。
 ほぼ陸の孤島と化している日当たりのいいそこと小さな小屋が、木人となったノワ・ヘイゼルの牢獄でもあった。
「やーもー、返してよう! ノワが育てたんだからー!」
 金縛りにあったノワの頭を、ボーイッシュな軽装の盗賊娘がまさぐっていた。
「駄目駄目駄目ー。まだまだノワっちの被害にあった人達への全賠償金には程遠いし、サクサク取り立てるよー。はい葉っぱゲット、果実ゲット。花はまだ七分咲きかな勘弁してあげよう!」
 言って、取り立て屋でもある盗賊娘、シンジュ・フヤノは大きな籠に金色の葉や赤い木の実を入れていく。
 その他の作物は、この庭園で育った果実や木の実であった。
「うぬー! よくもよくもよくもノワの成果をっ!」
 質素な上下だけという服装のノワは、棒立ち状態のまま動く事が出来ない。
 が、念を込めて木の枝となった指先を伸ばし、シンジュを襲おうとする。
「おっと、やめておいた方が……」
 シンジュは慌てず騒がず、ノワから離れた。
 そのノワの頭に嵌められた、茨のリングがギュウッと締まる。
「にゃあああああ!? 痛い痛い痛いーっ!?」
 金縛りが解け、ゴロゴロゴロとノワは転げ回る。
 シンジュの収穫を黙って見ていた巨漢、フィリオ・モースがゆっくりとした足取りで近付き、ノワを見下ろした。
 もちろん、それまでノワを金縛りに遭わせていたのは、彼である。
「馬鹿者が……。頭に巻いた茨の冠は悪意や敵意に反応して締め付ける。もう先日言った事を忘れたか」
 その茨の冠は、この空間の収穫物に手を出した場合も同様に締め付けるように、細工が施されている。ヴィクターに命じた場合も同様だ。
 フィリオはノワの襟首を掴み、自分の目の前に吊り上げた。
「ううぅー! ノワ負けないもん! 必ず脱走してやるんだから!」
 涙目になりながら、ノワはフィリオに挑戦的に指を突きつける。
「……我がまだ未熟な獣であったなら、ほだされていたであろうが、生憎とその涙に心は揺らぐ事はないぞ、ノワ・ヘイゼル。牢獄の周りには蔦の結界を張ってある。貴様が動けば、即座に気付くぞ。それに……」
 フィリオの両目が、強い緑色の光を放つ。
「貴様が女であるから、精霊砲五発で済ませてやったが、まだ喰らいたいか……? 本来ならば我が姫を拐かそうとした者、この程度では済まさぬのだぞ……!」
「ひぅっ……い、いらない! も、もう粉微塵に吹っ飛ぶのはいらないもん!」
 全財産の没収。
 そして自身の身体から育った作物を片っ端から収穫されるのは、強欲なノワにはとてつもなく苦痛らしかった。
 特にそれらの作物が高価である事が分かっていれば、尚更であった。


「……と、まあ、こんな感じであった」
 キキョウは、ノワの様子を話し終えた。
「……超元気だな。いつか脱走しかねねー勢いだ。っていうかキキョウは何してたんだよ」
「うむ。一通りその作業を眺めた後、せっかくなのであそこにもリフの屋敷と同じ、ジェント産の稲を植えさせてもらった」
 キキョウは、杯を掲げた。
 常日頃から、キキョウが米酒の出来にうるさかったのを、シルバは思い出した。こちらの米酒は今一つなのだそうだ。
「……田んぼまであるのか?」
「本当に小さいモノであるがな。あそこの土壌はなかなかと、フィリオ殿も言っておった」
「でも、ノワが壊したりしないか?」
「作物に害を与えれば茨の冠の締め付けが増すのは、変わらぬよ。私物であるし、本人には食う分は少量分けてやるという事で交渉は成立もしてある。基本、水と太陽の光以外、今のノワは口出しが出来ぬのでな。飴と鞭で言えば、これが飴に当たるか。世話係はヴィクターに任せる事にしてある。……ああ、それと、ついでにロン殿に面会を申し込んだら先客がいたぞ」
「知り合いか?」
 シルバの問いに、は、とキキョウは笑った。
「知り合いも何も、ヒイロであった」
 その時、扉が勢いよく開いて、話題の当人であるヒイロが飛び込んできた。
「ご飯ー! あれ、まだ二人だけ?」
 大きく手を上げたヒイロは、キョトンと部屋を見渡した。
 額に手を上げながら、シルバは、はぁ……と吐息をついた。
「……どういう挨拶だ」


「ふはー、落ち着いたー」
 大量の皿が、満足げなヒイロの前に積み重ねられる。
 シルバ達はまだ、食べ始めて半分といった所だった。
 うん、とヒイロは自分の少しだけ大きくなったお腹を撫でた。
「とりあえず、腹五分目って所だね」
 ガタ、とシルバとキキョウが椅子からずり落ちかける。
「まだ食う気かよ!?」
 何とか立ち直り、シルバはヒイロに突っ込みを入れる。
「あ、うん、適当につまむから先輩達は気にしないで食べてていーよ」
「そうさせてもらうけどな。んで何、お前今日、牢の方に行ってたんだって?」
「あれ、何で先輩がその事……あ、キキョウさんか」
「左様。別に隠すような事でもないであろう?」
「うん。ロンさんに気の扱い方を教わってたの」
 扱い方と言っても……と、シルバは考えた。
「確か、面会しか出来ないはずだよな? どう教わったんだよ」
「だから、コツだけね。自力で回復する方法とか、肉体強化とか。出来れば実践で教わりたかったんだけど、後はスオウ姉ちゃんに教わったり独学だねー」
「相変わらず、技の吸収に貪欲だな、お前」
 一度戦った相手から、必ず何かを持ち帰っているような気がする。
「うん。鬼族の中じゃボク、かなり弱い方だしね。そういうの、どんどん取り込んでいかないと」
「……あれで弱いとか。戦闘種族の強さって、どれだけなんだよ」
 シルバとしては呆れるしかない。
「それに、どんどん強くなって、俺の仕事がなくなってきそうだなぁ……」
 自力回復に強化までされたら、自分は何をすればいいのだろう。
 そんな事をシルバは考えるが、何故かヒイロは慌てて首を振った。
「や、そそ、そんな事ないよ!? 先輩がいるといないとじゃ、戦闘全然違うもん!」
 ヒイロに、キキョウも深く同意する。
「うむ、背後に回復してくれる人がいる安心感は、某にもよく分かるぞ」
「そういうモンか。で、ロン・タルボルトはどうしてた?」
「ん、んー、特に何かあったって訳じゃなくて、元気にやってたみたい。牢の中でも鍛錬は積んでたみたいだけど」
「……精進しているようで、何より」
 俺の知ってる前衛職の人間は、こんなのばかりだな……と、シルバは内心思った。
「ま、狭い牢獄の中でも修業は出来るし、狭いからこそ出来る稽古もあるって言ってたね。ただ、記憶がないから反省できないのが難だって」
「そりゃしょうがないな。そういう意味だと、本来牢獄にいちゃいけない人になってるんだが……」
「……さすがにそういう訳にもいかなかったであるな」
 悪魔召喚に関しては、教会から口外してはならないよう命令が下されていた。
 それに関して一番危険なノワは牢に封じられ、隣の部屋にいたと思われるキムリック・ウェルズという男は現在も追っ手が掛かっている。
 ライカンスロープという事もあり、外見はほとんど変化のなかったロンなので、若返ったと言っても周囲の人間には分からない。今のロンが、ライカンスロープになる前のロン・タルボルトである事を立証するのは、難しかった。
 だが『今の』ロン・タルボルトは記憶がなくても『かつての』自分が罪を犯したのは事実であるし、それで丸く収まるのなら、と牢獄に入る事を承知したのだった。
「看守さんの話だと、模範囚で通ってるし、それほど長く掛からず出られるかもだって」
「ま、それが救いといえば救いか。牢獄と言えばもう一人――」
 その時、ノックの音がして大きな甲冑が入ってきた。
 タイランだ。
「あ……こ、こんばんは」
 巨躯に見合わない、腰の低い物腰でタイランは部屋の端に立った。
 シルバは樽型のジョッキをタイランの前に滑らせる。
「ようタイラン来たか。今日は学習院の方に行ってたんだっけ? 今、ノワとかロンの話をしてたんだ。ある意味、丁度よかったかもな」
 重甲冑の胸部が開き、タイランの本体、青白い燐光を纏う人工精霊が姿を現わした。
「……あ、ヴィクターの話、ですか?」
「うん」
 席に着き、ジョッキを両手で抱み込みながら、タイランは昼間の事を思い出しているようだった。
「んん……大人しくは、しています。カナリーさんの所属する研究室が中心になって、古代人造人間の研究は、少しずつ進んでいるみたいです。詳しい話は、カナリーさんの方が出来ると思うんですけど……留守なので……」
「研究かぁ。一時期は大変だったからなぁ……」
「ですねぇ……」
 ノワが牢獄に入れられた直後、当然のように彼女はヴィクターを焚きつけて脱走を試みようとしたのだ。
 もちろんその時点で、既に彼女を牢に封じる茨の冠は施されていた。その上で、ヴィクターに暴れさせたのだ。
 そしてその阻止をしたのは、その時、クロップ老に面会に来ていたシルバとタイラン(モンブラン)だった。
 もっとも、本気で茨の呪詛がノワの命を危ぶむ事をヴィクターが察し、破壊活動は停止したのだが。以後、ヴィクターは大人しくしている。
 少なくともノワが、茨の冠を何とかしない限り、彼がノワの脱走を手伝う事はないだろう、とカナリーや学習院の古老達は保証している。
「今はノワさんが釈放されるまでは、囚人とノワさんの世話係と研究サンプルを全部兼ねるみたいです」
「その辺は、モンブランちんと違うよねー。同じ造られたモノなのに」
 また腹が減ってきたのか、ヒイロは大皿のチキンソテーをぱくつき始めた。
「……その辺の定義付けはなかなか、難しいみたいですね」
 タイランはジョッキを傾けながら、困ったような笑みを浮かべる。
 『人に造られたモノ』という意味ではタイランも同じなので、複雑な思いなのかも知れないな、とシルバは考える。
「だな。もっと分かりやすい礼で言う人形族なら逮捕され、自動鎧はそもそも裁く法がない」
「そのモンブランは今も、中に組み込んでいるのか、タイラン?」
 キキョウは自作の箸で、せっせと焼き魚の骨を取り除いていた。
「あ、い、いえ。モンブランの頭脳部分だけ、やっぱりカナリーさんの研究室に、預けてあります」
 そう言って、タイランは思案顔をする。
「これからどうするかは未定でして……私にまた組み込むか、カナリーさんに仮の身体を用意してもらうか……どちらにしても、クロップ氏の意思もありますから」
「ああ、あの老人か。今日ついでに見たが、嬉々として先日の戦闘のログデータの分析をしておったな」
「ねーねー。仮の身体って多分、人形族のだよね」
 自分の皿に、フォークでグルグル巻きにした大量のパスタを載せながら、ヒイロはタイランに尋ねた。
「は、はい、おそらくは」
「……もしその身体で悪さしたら、どうなるの? 捕まるの? それとも分解?」
 心底不思議そうなヒイロの疑問に、タイランは困惑し、助けを求めるようにシルバを見た。
「ど、どうなんでしょう、シルバさん……?」
「あんまり不吉な事は考えたくねーなぁ……」
 出来れば敵は増えて欲しくないシルバだった。
 そんな事を考えていると、再びノックの音がした。続けて二人が入ってきた。
「さすがにこの辺りは暑いな」
「に……カナリー、厚着しすぎ」
 フード付きの白い冬用マントを羽織ったカナリーと、いつもの帽子にコート姿というリフだった。


 カナリーとリフは、それぞれコートとマントを壁のフックに引っかけた。
 そして空いていたシルバの両隣の席に座る。
 その間に、シルバはカナリーのワイングラスとリフの水を用意していた。
「お疲れさん。やっぱりパル帝国ってのは、寒いのか?」
「そうだね。人間はよく痛いって表現するけど。火酒と防寒着は必須の土地だよ。これからもっと寒くなる」
 言って、カナリーは赤ワインを傾ける。
 その彼女の裾を、骨付き肉を囓りながらヒイロが引っ張っていた。
「ねーねー、カナリーさん、お土産は?」
「悪いが、今ここにはないよ。運送屋に任せてあるから、明日にはウチに届くだろう」
 そして思いついたように、笑った。
「心配しなくても、食べ物もちゃんとある。熊肉とか鮭とか」
「やたっ!」
「にぅ!」
 ヒイロとリフは互いに手を打ち合わせようとしたが、席が遠くて適わなかったので、揃って両手を挙げた。
 それを眺めながら、カナリーは深く席に座り直した。
「何というか色々大変だった。何しろ、僕は今回の事件を全部知っている事になっているからね。もう一回学び直すのに苦労したよ」
「今回のって、吸血事件?」
 ヒイロが眼をぱちくりさせる。
「違う。クロスがいなくなって、それがパル帝国に流れる人身売買事件になっちゃっただろう? 温泉郷の事件経由でノワ・ヘイゼルがそれに関わり、僕もそれを知っている事になってるんだ。辻褄を合わせるのに、必死だったんだよこっちは」
 そして、かつてのクロスの件はすべて、カナリーが担当する事になった。
「わ、私達だと、すぐにボロが出てしまいますからね」
「うむぅ……もう少し、某達も駆け引きなどを憶えるべきであろうか」
 『守護神』は、嘘をつくのが苦手なパーティーであった。
 シルバは野菜スープに千切ったパンを浸しながら、手を振った。
「いーよいーよ。そういう面倒事は俺達の仕事。その間に、キキョウ達は存分に強くなってくれ。……しかも外交問題にまでなったら、俺の手にも余るっつーの。その辺はマジでカナリー、すまなかったな」
「ふ……適材適所という奴さ」
 軽く微笑み、カナリーも食事に手をつけ始める。
 一方で、耳をへにゃりと倒してしまうのは、リフだった。
「……に」
「リフは場数を踏んで、もっと盗賊スキルを磨く事だなぁ」
「にぅ……」
 シルバに頭を撫でられ、リフはコクンと頷く。
 偵察や解錠と言った冒険者としての盗賊スキルはともかく、リフの人見知りはまだ残っている。交渉事は、あまり得意ではないのだ。
 リフの髪を引っ掻き回しながら、シルバは話の続きを促す。
「そういえばカナリー。クロスの件って、どうなってるんだ? 大雑把な所は今聞いたので分かってるけどさ、別荘とか愛人とか何か色々あっただろ」
「その辺も全部、変わってたね。余所の貴族の妾用邸宅になってたりしていた。……お陰様で、妙な所で有力者達の趣味性癖を色々と知る事になったよ」
「……嬉しそうだなぁ、おい」
 くっくっく、と邪悪に笑うカナリーに、シルバ以外の仲間もやや引き気味になっていた。
「その中には、軍の幹部もいてね。せっかくだから帝国軍基地も視察させてもらった」
 お、と反応したのはシルバとキキョウだった。
「まさかあの天空艦にも乗ったのか!?」
「あれ、何でキキョウがもう知っているんだい? まだこっちには情報が流れていないから、驚かせようと思ったのに」
「てんくうかん?」
 それまで頭をいじられ気持ちよさそうにしていたリフが、首を傾げる。
 それに対しては、シルバが答えてやる事にした。
「……パル帝国では、船が空を飛ぶんだ」
「またまたー」
 ヒイロはまるで信じていないのか、笑いながらまたモリモリとタルタルソースの揚げ物を中心に食べ始める。
 カナリーの土産話は続く。
「しかし天空艦よりも、むしろタイランの装備の方がなかなか興味深かったよ」
「わ、私ですか?」
 カナリーは頷き、壁に立てられた重甲冑を指差した。
「うん。あの重甲冑は、元々パル帝国で正式採用されている物を、君のお父上が改造した物だろう? なら、それに合う装備が色々あるに違いないと思ってね。ふふふ」
 そして再び、悪人のような笑みを浮かべた。
「カ、カナリー、悪い顔になってるというか狂錬金術師的な何かになってるぞ!」
 何だかまるで、クロップ老のようだな、とシルバは思った。
「ついでにさっき、クロップ老と話して来たよ」
 まるでシルバの感想が伝わったかのように、カナリーは話を変えた。
「ほう、某やヒイロとすれ違いであったようだ。しかして、如何な用事だったのだ?」
「決まってる。モンブランの件だよ。前の事件では助かったけど、今後どうするかって問題でね。あると大変助かる」
「そもそも、爺さんはどう思ってるんだよ」
 シルバの問いに、カナリーは短く「は」と笑って見せた。
「牢獄の中じゃモンブランの研究や改造もままならんし、データが取れるなら貸してもいいとさ。良くも悪くもあの爺さんは研究命だからね。そういう意味ではモンブランが裏切る事もないだろうと思う。それにタイランが甲冑から出てシルバと融合した場合、あの甲冑のほったらかしも勿体ないだろう?」
「という事は、使うとして普段は眠らせとくのか」
「……そこが迷う所でね。やはり人形族の身体を使うべきかなぁと。これに関しては僕一人の一存では決められないし、全員の意見が必要だろう。という訳でこれに関しては保留だね」
「その辺の話はちょうどさっきしてた所だ」
 シルバの言葉に、タイランはコクンと頷いた。
「残る土産話と言えばそうだね。実家に帰った折、父上を一発殴ってやろうと思ったんだが、よく考えれば『今の』父上には殴られる心当たりがない。僕のこのやり場のない怒りはどこにぶつければいいんだろう」
「あー、クロスの件の続きね……」
 確かにノワの事件の半分は、クロスの問題だったと言ってもいい。
 カナリーにしてみれば、回り回ると自分の父親に原因がある、という事なのだろう。
「もっとも、その父上は何やらまた、家を抜け出したようでね。会う事は出来なかったが」
 不満げに、カナリーは赤ワインをグラスに足した。
「またて」
「……放浪癖があるんだ。そして、その先で女を作る。困った人なんだ」
「へー、吸血鬼の貴族って、なんかすごい椅子に座ってワイングラスとか膝に猫とか、そんな感じなんだけど。服はもちろん真っ黒なの」
 ヒイロのイメージでは、そういうのがカナリーの父親のイメージであるらしい。
「……いやいや、あの父上に、そんなポーズは似合わないさ。まったくね」
「というかそれって、悪の首領じゃねえか……」
 シルバの突っ込みに、海老やホタテの蒸し料理を頬張っていたリフが顔を上げる。
「に?」
 そして仔猫状態に戻るベルトに視線を落とす。
「いやいや、真似しねーから。カナリーも俺の分のワイングラスを用意しようとするんじゃないっ!」
「残念だ。意外に似合うと思うのだがね」
 引っ込めた分のグラスは、ヒイロが有り難く頂いていた。
「……お前は司祭を何だと思ってるんだ」
 シルバの問い詰めに、ふ、と神を信奉しないカナリーは笑う。
「神にだって色々いるだろう?」
「……生真面目な聖職者なら、ぶち切れてもおかしくない発言だなぁ、おい」
 髪を掻きながら、シルバは特に怒りもせず、反対の席を向いた。
「で、リフの方は村の方どうだった?」
「に。みんなで温泉入った」
 海老に海鮮ソースを塗りながら、リフが答える。
「あ、リフちゃんいいなー。ボクも行きたかったかも」
「に……スオウ、ヒイロが元気にしてるか気にしてた」
「んんー、そっかぁ。じゃ、また今度稽古をつけてもらいにいかなくちゃね」
 試したい技もあるし、とヒイロはリフから海老を分けてもらいながら言う。
「肝要なモンスター達の扱いはどうだったのだ?」
 オムレツをライスで食べつつ、キキョウが問う。
「に。だいじょぶ。みんな、療養地の建設てつだってる。世話係はウェノ」
 シルバの頭の中に、黒い軽装鎧を着た色白の女の子の姿が甦る。
 ウェノ・サイゴ。吸血事件(だった)の被害者だ。
「動物使いの子だっけか。確かキキョウ派の」
「……シルバ殿。その表現はやめて下され」
 キキョウが情けない顔をしながら、尻尾を萎れさせる。
「にぃ……キキョウによろしくって言ってた」
「よろしくと言われてもな……」
 キキョウは困るしかないようだ。
 それとは別に、シルバには別の問題があった。
「モンスター使いの登録も済ませた訳だけど、あんまり大きいモンスターは難しいよなぁ、リフ。連れて歩くなら、どんなモンスターがいいんだろうな」
 一応六人パーティーとはいえ、カナリーの従者が二名、それにもしモンブランを足すとすればこれでもう八人。結構な大所帯だ。
 迷宮の通路の広さを考えると、一パーティーの人数は基本六人が理想とされている。大きいモンスターはかえって動きを妨げる可能性が高いのだ。
「に……それは、リビングマッドのダンから聞いてる。同族にリビングメタルいる」
「リビングメタル? ……動く金属?」
「に。リフよりお兄の為になる。ただ、数がすくないらしい」
 何だか分からないが、リフには考えがあるようだ。
「ふぅん……じゃあそれを手に入れるのが、リフの次の目標かな」
「に。あとこれ」
 リフは、壁に掛けたコートから細い銀管と小さな箱を取り出した。
 シルバは、銀管の方を受け取った。
「煙管?」
「いざという時用。霊樹の葉を使う」
 リフは、シルバの前に小さい箱の方も置いた。
 霊樹の葉を煙管で燃やす……となると、シルバの頭に浮かんだのは、 窒息や煙幕、誘惑の煙、稀に風系の魔法を使う一体のモンスターの名だった。
「……スモークレディ?」
「に」
「あ、そういえば、霊樹の件はどうなったんだい。僕が帰省している間に、第五層の件は進展あったのかな」
 トマトスープをスプーンで掬いながら、カナリーがシルバに尋ねてきた。
「第五層は先日突破されたよ。表彰式が明日で、しばらくはお祭騒ぎじゃないのかな」
「霊樹の苗は、先輩の幼馴染みが魂吸い取っちゃったけど、その前に種だけいくらか残してたんだよ。それを回収して、育てたの」
 霊樹が枯れた時、シルバが拾った粒がそれだった。
「が、学習院で、フィリオさんとリフちゃんが……その、ある程度再生を……」
 タイランが説明を付け加え、カナリーは納得したようだ。
 ノワとの決戦前、第五層の冒険者ティム達から苗を頼まれた場には、カナリーもいたのだ。
「なるほどね。一応の義理は果たせてた訳か。しかし、そういう事なら僕も帰省を見合わせて、みんなで第五層突破戦に参加すればよかったかな」
 残念そうなカナリーに、シルバは腕を組んで天井を見上げた。
「んんー、どうだろうなあ。何だかんだでノワ戦で結構疲れてたし、やめといて正解だったと思うぞ」
「けれど、様々な特典もあるんだろう? もったいないとは思わなかったのかい?」
「そりゃあるけどなー。ただ、歴代の突破者見てると、後々動きづらいんだよ」
「ふむ?」
 カナリーの疑問には、アーミゼストにいる時間の長いキキョウが、答えた。
「階層突破ホルダーは、名が高くなる為、注目されやすい。よろしくない者に狙われる事も多くなるというのだ。これまでの突破パーティーの中には、プレッシャーに負けて引退された者もいるという」
「なるほどね。確かに目立つのは……僕もこれ以上は、ねぇ?」
 カナリーに同意を求められ、キキョウも渋い顔で「うむ」と頷いた。
 それに、人造精霊であるタイランと霊獣のリフも、出来れば注目を浴びて欲しくないんだよなーというのが、シルバの考えだった。
「そ、それに色々と事情が複雑だったみたいなんです。私達が霊樹と戦った事自体、悪魔の問題と関わりがあるので、口外も出来ませんし」
 ジョッキの水を飲みながら言うタイランに、カナリーは眉を寄せた。
「難儀な話だ……あと残ってる問題は、魔人にされた冒険者と、トゥスケルか」
「に。トゥスケルは教会と父上が追ってる」
「……無茶苦茶怒ってたよな」
 笑いながら激怒するフィリオを思い出す、シルバだった。
「にぅ……父上、都市中の野良猫と野良犬つかってた」
「で、分かった事と言えば、キムリック・ウェルズっていう行商人は存在しないって事さ」
「偽名かね、シルバ」
「おそらくね。魔人に関しては、教会担当。俺達じゃ現状どうしようもない」
 と、そこまで言った所で、ノックの音がした。
「ん?」
 シルバが立ち上がり、タイランはスッと大テーブルの下に潜んだ。
「サウンザー運送っすがー。よろしいっすかー?」
 シルバが扉を開くと、帽子に作業着の男が小包を持っていた。
「場所間違えてるんじゃないすか? ホントにウチに?」
「えーまー。ほらここに『守護神』シルバ・ロックール様宛ってなってるんですが、ここで間違いないっすよね」
 間違いなかったので、シルバはサインをして受け取るしかなかった。
 荷物は平たく薄かった。
「うわ」
 送り主を見て、思わず声を上げてしまう。
「誰からだい、シルバ」
 カナリーの問いに、シルバは扉を閉め、自分の席に戻りながら答える事にした。
「ネイト・メイヤー」
「げ」
 呻いたのは、席にいた全員だった。
「しかも、住所がルベラント聖王国の王都大聖堂。アイツ一体何やりやがった」
「何やりやがったとはずいぶんだな、シルバ」
 まだ梱包も解かれていないその荷物から、声がした。
「うわ!?」
「やあ、暗くて狭いから開けてくれると助かる」
「お、おま、お前、その声は……まさか」
「出来れば脱がすのは、シルバにして欲しいモノだ」
「ただの包装紙だろうが!?」
「なら、そんなに遠慮する事はない。さあ、ビリビリと力任せに破いてくれていいぞ」
 この台詞だけを抽出すると、大いに誤解されかねない発言であった。
「シルバ、僕に任せてくれてもいいぞ」
「某でも構わん」
「待て! その爪と刀を引っ込めろ二人とも!」
 カナリーとキキョウが身を乗り出すのを、シルバは慌てて制した。


「で」
 開いた荷物の中には、一枚のカードが入っていた。
 悪魔の絵が記されたそのカードから、幻影のように半透明な黒服金ボタンの麗人が手の平サイズで浮き上がっている。
 だが以前のような葉の髪に茶色の肌の木人ではなく、黒髪に色白の肌となっていた。
「やあ、みんなも久しぶりだね」
「……何でまた、そんな姿になってるんだ。いやいい。やった人の検討はついている」
「教皇……猊下とやらか、シルバ殿?」
 カナリーの推理は、送り先を考えれば妥当な所だろう。
 だが、シルバは首を振った。
「その、もう一段階えらい人だろ」
「うん。前に話していた通り、やり残していた事があってね。それを果たしに来たんだ」
「……某達のパーティーに入れろという話か? まだ、話し合っていないぞ?」
 キキョウは、難しい顔でネイトを見ていた。
「そもそも、やり残していた事とは何だい、悪魔」
 問うカナリーに、ネイトは無表情な微笑みという、複雑な顔で応えた。
「ネイトでいいよ。ほら、身体を造り変えられた冒険者がいただろう? 彼を元に戻しに来たんだ」
 靄によって、魔人にされてしまった冒険者、グースという戦士の事だ。
 まさしくつい今し方、この集まりで話していた人物である。
「出来るのか」
 シルバが尋ねると、ネイトは無表情なまま答える。
「やるのは君だよ、シルバ。僕はもう、自分ではほとんど何も出来ないのだ。完全にこの札に封じられているからね。契約者である君の魔力を借りなければ、獏としての能力・心術も使えない」
 シルバは契約した記憶はなかったが、そういえば第三層で別れ際、髪の毛を渡したのを思い出した。
 あれが契約か。
 一方、荷物の中に入っていた手紙を、シルバから預かったカナリーが目を通し、頭を抱えていた。
「……その手紙には、何と書いてあるのだ、カナリー」
「譲渡契約書だ。そのカードは、シルバが管理するようにという任命書でもある。ゴドー聖教総本山直々のな」
「つまり僕はシルバの所有物という訳だ。好きにしていいぞ」
 えへん、とささやかな胸を張るネイトである。
「……お前に一体何をしろって言うんだ」
「それは君次第だ、シルバ・ロックール。そうだな。いい加減、僕の説明が必要か」
 ネイトは、ここに運ばれるに到った経緯を話し始めた。
「僕がシルバから奪った『女帝』のカードを本来の所有者の元に戻しておいた。サフォイア連合の有力国の一つギブスにね。……もちろんタダでじゃあない」
 言って、ネイトはフッと微笑んだ。
 ギブスは連合内でもかなり発言力のある国であり、コランダムやカコクセンを始めとしたいくつかの国との繋がりも強くして派閥を成している。
 ネイトはチラッとタイランを見たが、ほんの一瞬だったので、気付いたのはシルバぐらいだった。
「……お前、何か、さっきのカナリーの顔そっくりになってるぞ」
「ちょっと待つんだ、シルバ。それは一体どういう意味かな?」
 カナリーが身を乗り出したが、シルバは完全に無視した。
「あとは、サフィーンの砂漠を歩いていたゴドー氏に頼んで、この札に封じてもらった。そこから先は東サフィールから海路宅配便でルベラント経由だったから、結構時間が掛かったようだな。一ヶ月ぐらいか」
 ゴドー? とキキョウが首を傾げる。
 説明するとややこしい事になりそうだったので、シルバはすっとぼけた。
「それでわざわざ戻ってきて、後始末をしに来たって訳か」
「ゴドー氏からの言伝もあるんでね。『お前に出来るんなら面倒くせーから、そっちに任す』だそうだ。うん、頭を抱えたくなる気持ちはよく分かるが、あの男らしいと言えよう」
「に」
「あー、ありがとう、リフ……」
 シルバは、リフから受け取った水の入ったグラスを、一気に煽った。
「ふむー、やはり君は強力なライバルのようだな。対抗意識がメラメラと燃えてきたぞ」
「にぅ……」
 相変わらずの表情をするネイトと、尻尾をゆらゆらと揺らすリフが見つめ合う。
「うわ、何か火花が。えと、でもネイトさんって何が出来るの?」
 ちょっと怯みながらもヒイロが手を挙げると、あっさりとネイトはリフとのにらめっこをやめてしまった。
「さっきも言った通り、今の僕は何も出来ない。やるのは、シルバだが――つまり『女帝』のカードと似たような使い方が出来る」
「い……っ!?」
 シルバが、ノワの『強制』を受けるのを目の当たりにしたヒイロは、明らかに怯んでしまった。
 それを宥めるように、シルバが言い添える。
「ヒイロは『魔術師』のカードも知ってるだろ。あれのバリエーションだ」
「悪魔と聞いて、君は何をイメージする?」
 ネイトの問いに、ヒイロは少しだけ考えながら答えた。
「えっと『悪』?」
「では、君」
 ネイトは、リフにも質問する。
「にぃ……『黒』?」
「タイラン君とカナリー君はどうだ」
「こ、『混沌』でしょうか」
「決まっている。『魔』だ」
「サムライの君だと、どういう解釈をする」
「某の国には悪魔というのは馴染みがない。だが、お主のした事を考えれば、『誘惑』ではないか?」
 ネイトは一通り聞き終えると、満足げに腕を組んだ。
「そう。それらはどれも間違いではなく、つまり『悪魔』という概念を現象として発揮する。それがカードの力なのだ」
「うぅ? 何だかよく分かんないよ」
 難しい話はとても苦手なヒイロだった。
 一応カードの知識のあるシルバが、説明を付け加える。
「持ち主によって使い方も消費魔力も異なるからな。ストレートに使うなら『混乱』の意味で敵を惑わせられるし、同じ『魔』であるカナリーの力を強める事が出来る」
「……僕としては大変複雑な気分なんだけどね、それ」
 悪魔と一括りにされてしまったカナリーは、苦笑いするしかない。
 シルバは、カードの使用法のバリエーションを、頭の中で考える。
「悪魔ってのは確か、蛇の化身とも聞くし……操れるのか?」
「だから、それは所有者次第だシルバ。古代の魔法と同じで、系統立っていない。君だって、知っているはずだ。家事を専門にした魔術師に知り合いがいるんだから」
 魔王討伐軍の補給部隊にいる、コウ・マーロウの事をシルバは思い出した。
「……つまり、それの『悪魔』版か。いや、分かる。分かるし便利なのも理解はする……しかし……」
「教会の司祭である自分が悪魔使いとは、と」
 シルバが悩んでいるのは、モラルと言うより自分の立ち位置だった。
「そうだよ。何だこの展開。こんなの有りか?」
 悪魔と一緒にいるのが周囲にバレたらちょっとシャレにならないよなあと思う、シルバだった。
「議論なら後でしよう。それに使い方は実践の方が手っ取り早いんじゃないか?」
「……それもそうだな」
 食事もあとはデザートを残すのみ。
 それを食べ終えたら、礼拝堂に行こうと考えるシルバだった。


 墜落殿第五層突破の煽りを受けてか、夜も始まったばかりの大通りは、まだまだ明るかった。
 シルバ達一行は、その大通りを歩く。
 ネイトは、以前のちびタイランのように、シルバの肩に乗っていた。もし誰かに問われたら、黒妖精の一種だと誤魔化すつもりだ。
 ちなみに黒妖精というのがどういう種類なのかは、シルバも知らない。
 そして十分もしない内に、ゴドー聖教大聖堂に到着した。
「いらっしゃいませ~、ロッ君と皆さん。それにネイトちゃんも~」
 山羊の角と槍のような尻尾を持つ白い大司教、ストア・カプリスが出迎えてくれた。
「……えらい眠そうですね、先生。昼間、あれだけ眠っておいて」
 しかもまだ、宵の時間なのに、とシルバは思う。
「だって、こんな時間まで起きているんです……ノイン君達の授業の準備もありますし……ふああぁぁ……とにかく、こちらです~」
「ったく……」
 大あくびをするストアに案内され、シルバ達は奥に進んだ。


 魔人は、いくつかの燭台が灯る大部屋の石祭壇の上に寝かされていた。
 四方と天井に、何やら呪文の刻まれた札が貼られている。
「今は{強眠/オヤスマ}で、動きを封じています。この世界の変身術ではないので、教会でも治せないんですよ。唯一どうにか出来そうな人は、今、大陸の正反対の場所にいますしね」
「そしてその彼は、シルバに丸投げだ」
「という訳でロッ君、よろしくね」
 ストアとネイトの言葉に、シルバは懐から『悪魔』のカードを取り出し、溜め息をついた。
 だが、キキョウやカナリーには、このカードの使い道が分からないようだ。
「しかしシルバ殿。『悪魔』のカードでは、これを治癒する事など出来ぬのではないか?」
「もしくは、この悪魔を脅すのか」
「脅された所で、今の僕は力を発揮出来ないさ」
 ネイトが答え、やはり他の皆は困惑する。
「じゃあ、力ずくなの?」
「きょ、教会で戦闘ですか?」
「に、それならお兄、前に言う。多分ちがう」
「まー、戦闘にはならないよ。多分、俺の考え方で合ってるはずだから」
 シルバはネイトを連れて、祭壇に近付いていく。
「改めて見ると、大きいねー」
「にぃ……大変だった」
「だねぇ、リフ」
「某達は、ひとまず見ているだけか」
「そ、そうなりますね……シルバさん、どうするんでしょう」
「まあ、黙ってロッ君を見守っていましょう」
 他のメンバーは、後ろで待機している。
「さあ、始めようかシルバ」
「ったく……こうでいいんだろう?」
 シルバは魔人の枕元に立つと、カードをかざした。
 そして、悪魔の図柄を反転させる。
 逆さまになったカードを見て、シルバの意図に最初に気付いたのはカナリーだった。
「そうか……逆位置! 悪魔の所業を『ひっくり返す』!」
 うん、とシルバの肩の上で、ネイトが頷く。
「そう、それが正解だ。悪魔によって変えられた身体を、逆行させる。これが今回のこのカードの正しい使い方となる」
 シルバを中心に、膨大な魔力の渦が発生する。
 髪をなびかせながら、シルバは魔人に向けて宣言した。
「異界の法に染められし哀れな子羊よ。『悪魔』の札の契約者、シルバ・ロックールが命じる。元有る姿に還るがよい。――解放!!」
 直後、カードが黒い光を放ち、部屋を闇に染め上げた。


 大聖堂の礼拝堂。
「今日はもう遅いけど、他の犠牲者も治さないと駄目なんだよな」
 あれから五分後、長椅子に座り魔力ポーションを飲みながら、シルバはぼやいていた。
 周囲には、心配そうにパーティーのメンバーも椅子に腰掛けている。
「別にシルバが治したくないなら、いいんじゃないか?」
 実に悪魔らしい事を言うネイトであった。
「そういう訳にもいかねーだろが」
 そして、シルバは大きく息を吐いた。
「ひとまずこれでようやく一区切り、か」
「そろそろ、探索再開であるな」
「ねーねー、トゥスケルとかいうのはいいの? 放っておくとまた厄介そうだけど」
 ヒイロの疑問に、シルバが応える。
「追うより追わせる。このパーティーは、あの連中の好奇心を刺激するには充分だからな」
 ふむ、とカナリーは得心いったようだ。
「そうか……悪魔召喚に居合わせたパーティーなんて、稀だ。奴らが再び近付いてくる可能性は高いのか」
「に。追う方は父上がやってるし」
「で、では本日はお疲れ様……でしょうか?」
「だな。ま、明日は祭みたいだし、それを楽しんでからという事で」
 そう言って、シルバは締めくくった。


 アパートへの帰り道。
「……それで、僕の扱いはどうなるんだい?」
「あ」
 すっかり忘れていた、シルバだった。


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