ゆっくりと建物は傾き、やがて元の浮遊城フォンダンの形に戻った。
「やれやれ。やっぱり普通の状態が一番だな」
「逆さまだと落ち着かないよねー」
「だな。たまになら新鮮な気分かもしれないけど」
シルバは、ヒイロと同意しあう。
殺風景な部屋の一室。
あるのはデスクと椅子、それにスタンドライトだけ。
ナクリーの話では、『尋問室』なのだという。
「ふむぅ。無重力状態も作れるようにしておこうかのう」
「無重力?」
「言葉の通り、重さのない状態じゃ。分かりやすく言えば、下に落ちる力を失うから磁力やヤパンを用いずとも、食器や調度品の心配をせずに済むのじゃ。ついでにいえば、皆、ふわふわ浮く事が出来るのじゃよ」
「おおぉー、実用化したらすぐに試したいかも!」
ナクリーの提案に、ヒイロが即座に食い付いた。
「ただし、領域からうっかり出てしまうと、地上に真っ逆さまなのじゃ」
「……何て物騒な」
案の定、そんな事だと思ったシルバだった。
ちなみにキキョウやリフ、ラグドールと言った面々は、ゾディアックスの力の放出に当てられ、今はベッドで休んでいる。タイランだけは、重甲冑の絶魔コーティング効果で無事だった為、この場にはいるが。
同じく先の攻撃でダメージを受けたナイアルを看病する為、サキュバスの姉妹達も席を外している。
ノインからは「とりあえず一発殴っといて」と頼まれたものの、相手がチシャの身体を使っている以上、それも難しそうだ。
「ひとまずそれは置いておいて、まずは捕らえた者の尋問ではないかの」
「んー……」
シルバは、拘束されているチシャに目をやった。
「破廉恥です」
半裸状態で縄に縛られたチシャは、シルバをにらみ付ける。ちなみに額に張ってあるお札は、ダンディリオンがジェントで手に入れた魔封じの札なのだという。
「心配するな。俺は気にしない」
「私が気にします」
「でも精霊体の時は……」
シルバは、後ろに控えていたタイランを振り返った。
「わ、私を見ないで下さいよ!?」
そして、重甲冑の太い指をゴニョゴニョさせる。
「そ、それは確かに裸に近いですが……」
「まあ、下手に全裸よりも扇情的ではあるか」
「いいね。実にいい」
うんうん、とダンディリオンはとても喜んでいた。
同時にシルバの背筋に、チリチリと焦げるような殺気が伝わってくる。
「あの、ダンディリオンさん。お子さんが超睨んでます」
「可憐な少女の肢体に欲情するのは、男の子として自然な事だ!」
ダンディリオンは清々しく胸を張った。
「オッケー、シルバ。しばらく僕達親子は席をはずすから、その間に尋問頼む」
ダンディリオンが霧になって姿を消したかと思うと、後ろで激しい雷光と稲光が続き、扉の閉まる音と共にそれらが遠ざかっていく。
「……元気だなぁ、あの親娘は」
「シルバの枯れっぷりも、かなりおかしいと思うが。元気にならないか、普通」
ちびネイトはシルバの肩の上から、彼の腰の辺りを覗き込んだ。
「確かめようとするな! このセクハラ悪魔!」
「しかし、このままでは生殖機能に不安が出て来るのも確かだ。私だけならともかく、将来後宮を作るのなら、ここはしっかりとしておかなければならないぞ」
ちびネイトは大真面目に、タイランを振り返る。
「……そういえば今更だが、精霊は人間との間で子を宿す事は出来るのだったか。人魚族はなかなかユーモアのある生殖活動だったと記憶するが」
「だから、そこで私を見ないで下さいってば!」
身体を抱くタイラン。
そして、ネイトは拘束されたままのチシャを指差した。
「こっちで試そうか、シルバ」
「貞操の危機を感じます!?」
「お前は俺が聖職者だって事を、時々本気で忘れてる節があるだろ!?」
はい、と元気よく手を挙げたのはヒイロだ。
「ちなみに鬼族は大丈夫だよ、先輩」
「ああ、一安心だな」
うんうん、とネイトも納得する。
「何がだ!? っていうか話が進まねえ!」
「貴方がシルバ・ロックール……」
チシャの姿を持つ者は、シルバをジッと見つめてきた。
「何故、俺のフルネームを知っている?」
「創造主が会われたことがあると聞きます。そして、何よりそれが今回、ここに侵入した理由の一つでもあります。『守護神』というパーティーについては、後からの情報ですが」
「どういう事だ?」
「教えません」
彼女はつれなく、そっぽを向いた。
「そこまで話しておいて焦らすってのもどうかと思うなぁ……」
「どれだけ隠した所で無駄だというのに」
ボリボリと頭を掻くシルバに、ちびネイトが続く。
「?」
しかし、チシャは意味が分からず首を傾げる。
「まあ、そりゃそうだ。で、創造主の名前は?」
「ですから――」
「――リュウ・リッチー」
相手の心をある程度読むことが出来るちびネイトが答え、タイランが動揺する。
「っ……!? ち、父の第一助手です!」
「これがか」
ネイトは、チシャの頭の中からイメージを拾い上げた。
二十代半ばの、コートを羽織った糸目の青年だ。
タイランは頷く。
「そして、彼から聞いているシルバ・ロックール像がこれだ」
シルバの頭に投影されたそれは、長い髪に目元の隠れた、長身の青年だった。
「…………」
「何か、どこにでもいるあんちゃんだね」
シルバは頭を抱え、同じようにネイトからイメージを送られたヒイロも感想を述べる。「何て傍迷惑な……」
「あ、あの、シルバさん、ご存じなんですか?」
「えー……一言で語る事も出来るけど、それを言うとすごくややこしいというか」
「創造主の言う『シルバ・ロックール』と貴方は別人ですね?」
チシャの問いに、シルバは肯定しつつも微妙な表情になる。
「別『人』どころの違いじゃねーんだがな……」
説明はしたいが、どうやって知り合ったかなど、説明がとても長くなりそうな予感がしたので、シルバは黙っておくことにした。
代わりにちびネイトが、『シルバ・ロックール』とリュウ・リッチーの因縁について、チシャの中に宿る存在から引き出した情報を説明する。
「コラン・ハーヴェスタを追い詰めた所で、妨害されたらしい」
「シルバさんの知り合いが父を……すごい縁ですね」
「……多分、タイランやコランさんが想像してる以上に、ものすごい縁を結んでるぞ、それ」
シルバは頭を振った。
「とにかく、隠し事は無駄だって事は分かったと思う。まず、チシャの行方を教えてもらおうか」
「…………」
けれど、彼女は黙りを決め込んだ。
ならば、と情報を提供したのは、ナクリーだ。
「確か、お主は倉庫に潜んでおったのじゃ」
それだけで、ちびネイトには充分だったらしい。
相手の連想するイメージから、本来のチシャの居場所を探り当てる。
「なるほど、聖印か」
どうやら、木箱に押し込まれた聖印に意識体の状態で、封印されているらしい。
「んん、どうするかな……俺が行ってもいいけど、尋問も続けたいし」
「人並みに性欲が出て来たようだな」
「だから、そっちに持っていくんじゃねえよ!?」
「この展開ならば、むしろこっちに持っていくのが自然な流れだと思うのだが」
「不自然でもいいから、違う方向に持っていけ!」
「――主、わたしが行く」
阿呆なやり取りをネイトとしていると、それまでずっと壁際で黙っていたシーラが立候補した。
「お、そうか?」
「――聖印」
「そう、これと同じ物だ」
シルバは、自分の胸元から聖印を引きだしてみせた。
「――了解した」
そして、シーラは部屋を出て行った。
「自分から動くとはいい傾向だ」
「だな」
「おそらく、後宮での立場を固める為でもあるのだろう」
「違うから。というか違うと思いたいから」
※久しぶりにネイトさん活躍。
生きる嘘発見器みたいな。