外にいたリフは、全身から少しずつ何かが消耗されていっているのを感じていた。
「にぅ……ちから、ぬける」
このままだと、長時間は過ごせそうにない。
相手の狙いは直感で分かったので、それさえ封じれば……と考えていると、頭に誰かの声が流れてきた。
(大丈夫か、リフ)
声の主は、シルバだった。
「少しなら、だいじょうぶ。チシャのねらいはリフじゃない」
(って言うと?)
「に……たぶん、タイラン」
宮殿の頂上に立つチシャの視線の先を想定して、リフは答えた。
そのチシャは、普段の豊かな表情を欠片も見せず、右手を下方に向けた。
聖職者が扱う攻撃用祝福魔術『{神拳/パニシャ}』が放たれ、直後、半地下になった格納庫から悲鳴が聞こえた。
「ひぁっ!?」
タイランのモノだ。
「な、な、何ですか!?」
タイランに、正確にはタイランの装備している重甲冑に、魔法は効かない。
にも関わらず、『{神拳/パニシャ}』を打ち込んだという事は、その事実を知らないという事か。
とにかく狙いが向こうならば、自分はその間に割り込もう。
駆け出しながら、リフはグッタリしながらも意識を保っている、サキュバスの女の子を振り返った。
宮殿の窓から、怒ったその姉が飛び出していた。
「ナイアルはだいじょぶだけど、ノインが怒ってる」
宮殿、エレベーター前の大通路。
「オッケー。大体把握した」
シルバ、キキョウ、ラグドールの三人は、その場で臨時の作戦会議を開いていた。
「どうする気だ」
ラグドールの問いに、シルバは自分の考えを述べる。
「まずチシャ……上で暴れてる助祭だけど――が本物かどうかが気になる所だけど、それに関しては確かめる術がある。けど一番優先すべきなのは、相手の狙いと思われる、タイランの無事を確保する事だ。それと……えーと、そろそろ戻って来い、キキョウ」
壁に額を当て、ドンヨリと沈んでいるキキョウに、シルバは手招きした。
「うぅ……炉のせいとはいえ、某は何というふしだらな事をしてしまったのだ」
「俺は別に気にしてないから」
「それはそれでショックであるぞシルバ殿!?」
キキョウは涙目で振り返った。
「一種の生理現象のようなモノだ。割り切れブシドー。不幸な事故だろう」
「お主はもう少し慎みを持つべきだ! せめて上は羽織るべきだと某は思う!」
ちなみにラグドールは、上は下着姿であった。
「今着ようとしていたところだ」
「とにかく今は、手早く作戦を練って、動くのが最優先だ。リフが頑張ってる」
シャツを着るラグドールを尻目に、シルバはキキョウと共に本題に戻る。
「う、うむ……承知。しかし、だとすると某達は動かなくてよいのか?」
「焦る気持ちは分かるけど、相手の事が分からないと返り討ちに遭う」
「シルバ、あれは間違いなくチシャだ。少なくとも、身体はな」
リフの『目』を借りたのか、それまで黙っていたちびネイトが言う。
「という事は?」
「中身は別物という事だ。本人の意識が眠らされている気配もないな。消滅させられた、という事はなさそうだ。そうならば、何らかの後遺症が見えるはずだ。追い出されたとみるべきだろう……だとすると、敵は精神生命体の類という事になる」
「ゴーストとか?」
「そう思ってくれて差し支えない。タイランを狙っている事を考えると、精霊と考えるのが一番妥当だろう。となると、その属性が重要だ」
シルバは頷いた。
「光かな」
「さすがだ、シルバ。聖職者であるチシャとの相性も悪くなく、影に入っていたナイアル、ヒイロも比較的無事という事を考えると、悪くない。ただ、光の精霊にあんな術はない」
「少なくとも、俺達が知っている限りはな。――まあ、でも光じゃないかもしれないけど」
「うん?」
シルバの頭に浮かんだのは、天候を自在に操る暴力的な巫女だった。
「光系なら、もうちょっと攻めるだろ。アイツらの最大の売りは雷系と同様スピードなんだし」
「確かに。戦術を変えるか?」
ネイトの提案に、シルバは首を振った。
「いや、とにかくキーワードが光である事に変わりはない。なら、相手を倒すのはそれほど難しくないんだ。影に隠れればいいんだから、建物の中に入ればいい。もしくは夜になるのを待つか」
そこで、ラグドールが口を挟んだ。
「あたしとしてはもう一つ気になる点があるが……」
「何だよ」
「ここから奴はどうやって脱出する気だったのだ?」
「……いや、うん、その模索をする前に、ナクリーに気付かれたっぽいからな。多分、向こうも予定外の行動になってるはずだ」
シルバの推測では、おそらく敵の本来の目的は偵察。こちらの戦力を測るのが第一だったのではないだろうか。あわよくば、タイランを掠う事も考えただろうが、普通に考えて、彼女と魔法の相性は最悪だ。
チシャの身体を使ったのも、こちらがやりにくくする為というより、純粋な変装の意味合いが強いような気がする。
戦闘が主の相手とは思えなかった。
それなりに考えてはいたのだろうが……そもそも、この建物全体がナクリーの管理下にあるという所までは読み切れなかったらしい。
「それでは儂が悪いみたいではないか!」
シルバ達の頭上に、ナクリーの幻影が出現した。
「悪いとは言ってないぞ。侵入者がいる事が早く分かったのは、むしろいい事だ」
「であろう」
ふん、とナクリーはない胸を張った。
「しかしシルバ殿。襲撃している本人自身、行き当たりばったりでは、なかなか手を打ちにくいのではないか? 実際、我々は脅威にさらされているのだし」
キキョウの心配はもっともだが、シルバとしてはそこはあまり大したモノとは思っていなかった。
敵の、地上を制した力は圧倒的だ。
だが、完全無欠の存在など、そうはいない。
カーヴ・ハマーでも、『一人である事』が弱点だったのだ。
敵の属性がある程度推測出来るのなら、反する属性をぶち当てればいいのである。
「ん、んー……光系の敵、となると一番手っ取り早いのは、頑丈な箱に詰める事なんだよな」
「火の精霊ならば水、のようにな」
うん、とナクリーが頷く。
「ディッツの格納庫に誘い込むのは……」
「それは難しいな」
ググ……と、砲撃の巨人ディッツが上体を起こし始める。
その瞳に光はない。
宮殿の頂上にいるチシャが、操っているのだ。
おそらく、意識を失わせた相手を自在にする力があるのだろう。
「ひ、ひゃああああっ!?」
タイランは、ヒイロを担いで地上に逃げ出した。
格納庫内の地下通路がベストだと分かってはいたのだが、そこは真っ先にディッツの足で塞がれてしまった。
もっとも、タイラン自身も分かっている。
ディッツを操る力があるという事は、抱えているヒイロもまた利用される可能性がある。
シルバの背後のエレベーターが、開いた。
「――こちらに降りてきたらどうじゃ? 分散するより、まとまって話し合った方が効率的なのじゃ。地上からでなく、地下からも通路はある事だし」
「…………」
そうだな、とシルバは考え、直後ふと閃いた。
座ったまま、宙に浮くナクリーを見上げる。
「なあ、ゾディアックスの出力って、アレで全力か?」
「馬鹿な事を言うでないわ。あの程度、まだまだ序の口じゃ」
「とすると――」
シルバは、自分の考えを述べた。
「――ってのは、出来るか?」
「…………」
ナクリーは無表情になった。
キキョウは信じられないものを見るような目でシルバを見ていた。
ラグドールは相変わらず読めない表情だったが、眉をひそめていた。
ちびネイトは、楽しそうに含み笑いをしていた。
「無理か?」
もう一度、シルバは確認した。
「お主、アホじゃろ」
ナクリーは呆れた顔をし、おずおずとキキョウも口を挟んでくる。
「あの、シルバ殿。それは某も、いくら何でもどうかと思う。第一、某達も無事には済まぬような気がするのだが……?」
「ああ、食器とか?」
どうやらその答えは、相当ずれていたらしい。
「いや、そうではなく……ううぅ」
「ともあれ、試みとしては面白い。儂ですら、考えもせんかったぞ、それは」
「とにかく出来るのか、出来ないのか。上じゃ、仲間が頑張ってるんだ。答えによって、俺達の行動も変わってくる」
「可能じゃ。よかろう。今すぐ始めるから、お主はその二人から急いで離れるとよいのじゃ」
「分かった。それじゃ……サキュバスの二人の場所まで誘導してくれ。足場がなくなると考えると、空飛べる奴の方がこの後の行動は向いてる」
シルバが立ち上がると、キキョウもついて来たがった。
「そ、某もお供を……」
「この後、淫らになるから駄目」
「う、うぅ……シ、シルバ殿がいじめっ子になられた」
ともあれ、作戦はスタートした。
※次で決着。
実際、圧倒的と言うほどの敵ではないので、酷い方法を使います。