浮遊城フォンダン、宮殿裏手に保管倉庫は存在する。
一番近い例えとしては、シトラン共和国に存在する国立大図書館だろうか。
通路の幅も高さも数十メルトはあり、左右は段差状の多層構造となっている。
正面と最奥が広い門となっており、大抵の荷物は特に不便もなく出し入れが出来るようになっているようだ。
それは、怪鳥イタルラが空輸した巨大な『籠』も例外ではなく、ゴーレムが運び入れた幾つもの籠が壁にずらりと並べられていた。
食料、土産、差し入れの類の詰まった鳥籠はゴーレム達が宮殿に運び入れる為、開けっ放しになっており――内の一つが不自然に揺れていた。
「よいしょ、よいしょ……」
鳥籠の内壁と木箱の間から、汗だくになった助祭の少女が姿を現わす。
「ふぅ……非力な身体はきついですね」
チシャ・ハリーという名を持つ少女の身体は、地上での荷物の運搬の際、大量の積み込みに巻き込まれて、そのまま籠に押し込められてしまっていたのだ。
そして、そのまま誰にも気付かれないまま、この倉庫まで送られてしまった。
周りの気配を探るが、どうやらさっきまでこの辺りにいたゴーレム達は、戻ってくる様子はないようだ。
「身体の具合は問題なし。これより任務に移るとして……」
非常用ポーションの類も入れる事の出来る聖印の蓋を確かめると、彼女はそれを壊れた木箱の中に押し込んだ。
重要なのは、ここにシルバ・ロックールという人物がいるという事だ。
それが事実だとして、その姿を確認する必要がある。
そして、アーミゼストの冒険者ギルドの登録が事実なら、訓練場では確認出来なかったが自分達にとっての最重要人物もここにいる可能性が高い。
彼の地を離れたのは創造主の命令に反するが、それを差し引いても行動に移す価値はある、と彼女は踏んだ。
「……とはいえ、ここでは力が出せません」
少女は籠から出ると、倉庫の高い天井と梁を見上げた。
自分の真価は、広大な空の下でこそ発揮されるのだ。
周囲に気を付け、倉庫を出る。
幸いな事に、空はまだ充分に青く、夜には程遠いようだ。
まず目に入ったのは、正面にある大きな宮殿――の背中。
ならば、一番上が自分の目指す場所だ。
倉庫と宮殿の間には、滑らかな石畳と緑の芝生が広がっており、誰かが通りすがれば、どれだけ遠くても、無防備な自分の姿はすぐに見つかってしまうだろう。
がまあ、構うモノか。
そう考え、彼女は倉庫から一歩踏み出た。
その途端、頭上から声が響いた。
「――不審者じゃの」
「っ!?」
顔を上げると、そこには自分と同じ精神体なのか、それとも幽体なのか、ともかく半透明状の幼女が浮かんでいた。
彼女はくい、と眼鏡を上げると、自分の顔を見つめてきた。
「おや、お主は確かチシャとか言ったか。小僧を追ってきたのかの?」
「こ、小僧と言いますと?」
「シルバとか言う小僧じゃが? 違うのか?」
「え、あ、はい。そ、そうなんですけど……案内してもらえますか?」
「んー……」
幼女の眉間に皺が寄る。
「な、何か?」
「お主、本当に地上で見た、あの娘か? 何か変なのじゃ」
「そ、そうでしょうか」
バレてはいけない。
焦りを表情に出さないように心がけながら、彼女は愛想笑いを浮かべ続けた。
すると、宙に浮いた幼女はパチンと指を鳴らした。
「うむ。少し、話を聞かせてもらってからにするのじゃ」
「え……」
遠くから、地鳴りが響いてくる。
この音は、さっきまで聞いていた音だ。
すなわち、ゴーレム達の近付く音。
「何、大人しく質問に答えてくれれば――」
幼女の答えを待たず、彼女は宮殿目掛けて駆け出した。
「――なぬ!?」
その速度は、尋常ではない。
もしも、シルバが見ていたら、目を剥いただろう。
キキョウやリフにも劣らない、風を切る速さであっという間に裏庭を駆け抜けると、そのまま垂直にジャンプした。
宮殿2階の縁に足がついたかと思うと、再び跳躍。
あれよあれよという内に、宮殿の頂上近くに辿り着いていた。
その背を追いながら、幼女は叫ぶ。
「ぬう、人の業にあらずじゃ! 皆の者、出合うのじゃ出合うのじゃ!」
少女の眼下では、宮殿の四方から茶色のゴーレムが溢れ出ていく光景が広がっていた。
「こんなにあっさり、発見されるとは予想外でした……我ながら、迂闊です」
「クックック、ここは儂の腹の中も同然じゃからの。この程度、造作もないのじゃ」
「普通の人は、お腹の中を自在に動き回れません」
「何と、言われてみれば」
逃亡者と追跡者のやり取りにしてはどこか呑気なやり取りを繰り広げつつ、彼女は宮殿の屋上――の更に高みにある尖塔に到達していた。
ここからならば地上が一望出来る、そんな場所だ。
幼女は、彼女の狙いは分からないモノの、どうやら地の利を取られた事は理解したようだ。
「しかし弱ったの。ここまで潜り込まれては、排除にミサイルも撃ち込めぬ。よし、ここは一つ自爆装置で――ぬ、カナリー、駄目か。そうか」
どこか別の場所でも、何やらやり取りをしているらしい。
「ではやはり、ゴーレム隊に任せるのが良策じゃの」
屋上にも、茶色ゴーレム達がわらわらと現れ始める。
「大人しく捕まると思いますか?」
「小娘一人でどこまでやれるか、見物なのじゃ」
「では、お見せしましょう」
「む?」
少女は、尖塔の頂上にある槍を左手で掴むと、右手を天に掲げた。
そして、声を上げる。
「――{天滅/セフォル}」
掲げた手の平に、眩い光が生じたかと思うと、茶色ゴーレム達は次々と力を失い、倒れてしまう。
そして、それは幼女も例外ではなかった。
「なうっ!?」
短い悲鳴を上げると、そのまま消滅する。
頭上に、小型の太陽のような光球が輝かせたまま、少女は眼下の戦力を確認する。
「……無事なゴーレムは52体」
とはいえ、光を浴びると、その数は更に減っていく。
宮殿右手にある鳥小屋で、怪鳥イタルラはのびていた。
「巨大な鳥が一体。――戦闘不能」
あれは無視していい類の存在だ。
一方左手、池の方でも軟体モンスターがグッタリとしていた。
「中型モンスターが一体。――同じく活動不能」
建物の影から、小さな人影が現れる。
ハンチング帽にコートを着た、獣人だ。
しかし、疑問が残る。
「……獣人、が一人?」
ただの獣人ならば、『{天滅/セフォル}』の光を浴びて無事でいられるはずがない。
精霊に対して何らかの強い耐性を持っているという事か。
その獣人は、ジッと彼女を見つめていた。
その池と、巨大倉庫の丁度間ぐらいに、地上より一段低い長方形のプールのような場所があった。
そこには、一際大きな鉄の巨人が横たわっていた。
「巨人が一体。活動可能かは不明」
そして、その胴体の上に、二人、いた。
重甲冑の戦士が、グッタリとしているもう一人を心配そうに揺さぶっている。
「……活動不能の鬼と、重甲冑。重甲冑の特徴がターゲットの家にあったモノと近似。一致はせず。――判断は保留。最優先事項を、シルバ・ロックールとの接触から重甲冑確保に変更する。状況、開始」
※ぐぐぐ……台詞が少ないと、しんどいです。
今回の視点は、チシャの姿をした何か、です。
何かちょっとシリアス入ってますが、次からはいつも通りのノリで。