アーミゼスト郊外、初心者訓練場。
怪鳥の足下に、狐獣人のサムライ・キキョウは突っ伏していた。
「あああああ……某はどうしていつもこうなのだ……」
そんな気分の沈んだ彼女を、冒険者達は遠巻きに眺めている。
もっとも、そんな事を気にするキキョウではない。
正直、それどころではないからだ。
「機会はあったのだ、機会は……それを自分からフイにするなぞ……うう……自分が情けない……」
シルバに同行するチャンスだったのに。
シーラに交代してもらったところで、特に誰が困るという訳でもない。
サブリーダーという責任が思わず頭をよぎり、つい居残りを決めてしまった。
そして大絶賛、後悔中なのだった。
女性冒険者達は特に心配そうにキキョウを見ているが、不幸のどん底みたいな表情に、近付く事のを躊躇しているようだった。
いや、一人近付いてきた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
キキョウの前にしゃがみ込んだのは、若い助祭の女の子だった。
「ぬぅ……? おお、これはチシャ殿……」
「ずいぶんと元気がないようですから……こ、これでも聖職者ですから、お悩みごとでしたら!」
ぐ、と両拳を作り、チシャが言う。
「うぅ、いい子であるなぁ……何、ちょっとした自己嫌悪に陥っていただけの事。気にしなくてよいのだ」
二人は向かい合って、正座した。
「そ、そうですか……それにしても、大きな鳥さんですね」
チシャは、巨大な影を作る鳥を見上げる。
「う、うむ……前の旅で手に入れたモノだ。見ての通り、空輸に使える」
「最初、大型のモンスターが現れたのかと思ってビックリしました」
「それも無理からぬ事。実際、一度やり合った」
「この鳥さんを相手にですか!?」
その視線に気付いたのか、鳥は視線だけをチシャに向けてきた。その瞳に殺意があれば、経験不足のチシャはそれだけで震え上がるだろうが、今の怪鳥イタルラにその気はないらしく、すぐに興味を失ったようにその目を逸らした。
「うむ。無論、某だけでは手に負える相手ではなかった。トドメを刺したのは、シルバ殿でな……」
「是非、その話を!」
「うむ!」
俄然乗り気になったチシャに、キキョウはウェスレフト峡谷での出来事を話し始めた。
キキョウがシルバの活躍を五割増しぐらいに増やした戦いの顛末を語り出した後、ふとチシャは何かを思い出したようだ。
「そうそう、こちらの方ほどではないんですが、最近になってアーミゼストにも中型のモンスターを使うパーティーが現れまして」
「ほう」
いわゆるビーストマスターという奴であるな、とキキョウは頷く。
「水棲生物タイプは珍しいっていう事で、結構な注目株なんですよ」
「水棲生物……それはもしや?」
ふと、キキョウの脳裏に軟体生物のシルエットが浮かび上がる。
となると、使い手は――。
「獲物発見ーーーっ!!」
頭上からの声と殺気に、キキョウは即座に刀を抜いた。
「ぬぅっ!?」
金属質な音が響き、相手の鉤爪をキキョウの刃が弾き飛ばす。
腰の辺りから蝙蝠のような羽を生やした、ボディにフィットした赤ワンピースの美女は空中で一回転すると、キキョウとチシャから少し離れた場所に着地した。
ロメロとアリエッタの事件で出会ったサキュバス、ノインだ。
「感嘆。初心者訓練場在中者癖腕見事剣士……阿?」
その言葉はサフィーンのモノであり、キキョウにはサッパリ分からなかった。
なので、もう構わず自分のペースで話す事にした。
「久しぶりであるな」
「貴様、司祭長一件遭遇剣士……?」
「よく分からぬが、某が敵でない事は憶えているであろう。後ろのこれも敵ではない。某達が味方に付けた鳥である。分かるか。この鳥と某はフレンドである」
「驚異。我酒場在中、大物怪鳥登場噂耳聞、即此処迄飛翔。冒険者内怪鳥討伐先着順決定、大変不具合我愚考也?」
何とかノインの身振りで、意味を把握する。
なるほど、怪鳥イタルラは討伐対象になっているようだ。
「大いにマズイ。タイランに頼んで、ギルド本部の方には話は通したはずなのだが、どうやら噂の方が早かったようであるな」
「唸……」
何らかの行き違いがあったのだろう、とキキョウは考える。
「だ、大丈夫ですよ。キキョウさんは割と有名人ですから、冒険者のみんなもまず、話し合いに応じてくれると思います。それに、ギルドに話を通したのでしたら、おそらく役人が派遣されると思いますし」
「ふむぅ……やはり某が残っていて正解であったようだな」
シーラは無口だし、ヒイロも交渉ごとはあまり得意ではない。
キキョウ自身もそれほど慣れているという訳ではないが、それでも年長な分だけ、マシである。
「ですね」
チシャと頷き合っていると、人垣の向こうから重い物を引きずる音が響いてきた。
やがて、中型の軟体モンスターハッポンアシが現れた。
その頭上には、二人の女性が乗っている。
二人とも、ワンピースなのはノインと同じだ。
青いワンピースのおっとりした感じの黒髪美女と、白いワンピースの無表情な黒髪少女。
耳の辺りと腰の辺りにある羽から考えても、ノインの姉妹であろう。
「もオ~、ノインったら早すぎるわヨ~。こっちの言葉駄目なのニ、すぐ飛び出しちゃうんだかラ~」
青いワンピースの女性が言う。
「…………」
「ほラ、ナイアルも言ってるワ。先走りし過ぎだっテ」
「お主の姉妹か?」
キキョウが尋ねると、ノインは頷いた。
「是。彼二人、我此処滞在理由」
「むぅ……」
何となくは分かるが、やはり言葉の壁というのは厚い。
あいにくと、精神共有を使えるネイトもここにはいないのだ。
「ノインちゃんのお知り合いですカ~?」
ハッポンアシの頭から、青いドレスの女性が話しかけてくる。
「左様。出来れば、通訳をお願いしたいのだが」
「いいですヨ~。お話しましょウ~」
青いドレスの美女の方は、カモネといい、ノインの姉。
白い無表情な少女の方は、ナイアルといい、ノインの妹だという。
アリエッタを連れ戻しに故郷を出ていったノインを心配し、二人とも追いかけてきたのだという。
幸い、行き違いになる事はなく、このアーミゼストで合流する事が出来たらしい。
そして彼女達の目的は、いなくなったアリエッタとの再会だった訳で……。
「なるほど……つまり、資金が貯まり次第、ドラマリン森林領に向かうという事か」
「そうなりますネ」
カモネはニコニコと頷いた。
「……となると、シルバ殿の生まれ故郷に寄る、という事であるな」
「シルバ?」
首を傾げるカモネに、ノインが口添えする。
「なるほど、貴方の所のリーダーですカ。そこにアリエッタがいるというのなラ、そうなりますネ」
「ふむ……む?」
「…………」
考え込むキキョウの顔を、ジッとナイアルが見上げていた。
それに、カモネも気がついたようだ。
「あら、貴方、そんな格好していますけド……」
キキョウの顔を改めて見て、カモネはにこやかに両手を合わせた。
「何やら訳ありのようネ~」
一方、ノインは退屈そうに周囲を見渡し、ハッと奇妙な複数の視線に勘付いた。
そう、キキョウを取り囲む自分達への、女性冒険者達の嫉妬の視線だ。
それを眺め、ノインは何かを思いつく。
「周囲連中、翻弄我愉快面白予想、実験!」
叫び、キキョウに抱きついてみた。
「ぬ、な、何をする!?」
もちろん、同性であるキキョウは動じない。
動揺したのは、周りの冒険者達である。
初心者用訓練場に、怒号と羨望の悲鳴が巻き起こった。
「あらあラ、いい情欲の炎があちこちから漂ってきているワ。ナイアル、しっかい吸収しておきましょうネ♪」
「…………」
サキュバスの姉妹達は動じず、頷き合うのだった。
※ええ、書いてる途中でそう言えばノインは、こちらの言葉を使えない事を思い出しました。危ない危ない。
あと作者が言うのも何ですが、キキョウはそろそろこの自爆癖を何とかした方がいい。