キムリック・ウェルズの勝利条件は、ヒイロとリフを倒す事ではない。
「――と言うておるが、どういう事じゃ?」
そう、ミニナクリーに伝えられ、シルバは小さく頷いた。
確かに、別に二人を倒す必要はない。
最初、シルバが仲間達に三魔獣を倒す事はないと言った(結果的に倒してしまったが)のと、理由は同じだ。
「そりゃ浮遊車――ガトーが目的だからな。別に勝てなくても、あれで逃げれば、トゥスケルの二人の勝利って訳だろ?」
「なるほど……。乗る為に造ったのじゃし、別にくれてやってもよいが、負けるのは気に食わぬなぁ」
「とりあえず俺からまた伝言。向こうさんにも聞こえるように頼めるかな」
「ふむ?」
少し興味深げに、ナクリーは首を傾げた。
「――ふむ、逃げるが勝ちと言う訳じゃな」
「さいでおます」
キムリックが頷く。
覆面魔女トルネードは、グルッと周囲を見渡した。
そして、ヒイロとリフを見る。
「ところでそこな二人の子らに、仲間の状況を伝えてやろう。基本的に皆無事じゃ」
「そうなの!?」
「に……よかった」
「ただ、重甲冑の子が少々重傷を負ってしまっての。今、吸血鬼が修理中じゃ」
「タイランが!?」
「…………」
驚くヒイロに、何故かキムリックがわずかに表情を動かした。それは胸元の傷の痛みでは決してない。
だが、トルネードはそれを無視した。
シルバの読み通りの反応だったからだ。
「それは精霊の子の名前じゃな。違うぞ。甲冑の中にいた子じゃ」
「にぅ……モンブラン十六号」
「おお、とてもナイスなセンスの名前じゃ! 誰じゃ、その名を考えたのは!」
「と、とにかくモンブランは大丈夫なの?」
心配そうなヒイロに、覆面魔女は頷く。
「うむ。シルバとやらが練気炉を持っておったからの。それを代わりに組み込んだ。――そこ、逃げるでない。聞きたい事があるのじゃ」
「ウチにはありません。ささ、ラグはん、そろそろ逃げましょか」
ラグドールを運転席に押し込み、キムリックも浮遊車ガトーに乗り込もうとする。
その背中に、トルネードは問いかけた。
「件の重甲冑の中に仕込まれた、炉を模したガラクタ。アレを入れたのはお主じゃろ?」
「――ガラクタ?」
よく分からない、と目を瞬かせるヒイロに、トルネードは意地の悪い笑みを浮かべながら説明する。
「左様、見せかけだけで、何の機能もないガラクタじゃ。しかし分からぬのじゃ。そんな事をする必要がどこにあるのか? 炉が欲しいならただ奪えばよいだけではないか。もっとも、奪えば彼の者は既に機能停止の上、おそらく思考回路部分も長時間エネルギーが通わず復旧不可能になっておったじゃろうが……」
本当は全て分かっているのが分かる、実にいやらしい口調である。
「……考えられるとすれば、例えば不殺をモットーとしている同行者がいて、その者に殺したことを悟られたくない、とかな」
うむうむ、と小さく頷き、小さな魔女はキムリックの背中に再び問いを投げかけた。
「で、一体誰を騙そうとしたのか、聞きたいのじゃが、どうじゃろう?」
金属の鳴る音がした。
と思ったら、ラグドールが腰から短銃を引き抜いた音だった。
車中で細剣は振り回せない、そう判断したのだろう。銃口は流血しているキムリックの胸元に突きつけられている。
「……どういう事か、あたしも聞きたい。無用な殺生は控えろとあらかじめ約束していたはずだ」
キムリックは両手を挙げ、やれやれと首を振る。
「はぁ……ラグはんは甘すぎますわ。敵の数はこっちよりもかなり多いんどすえ? 削げる戦力を削ぐのは当然ですわな」
「足止めをさせるのならば、治療や修理の方が人員を割くことが出来る。……いや、そんな事はどうでもいい。正直な話、単純にアタシは殺しが好きではなく、そしてお前はそれを知っていたはず。騙したな」
「はいな、騙しました。んでラグはん、ウチを殺しますか?」
特に切羽詰まった緊張感もなくキムリックが尋ねると、ラグドールは表情を変えないまま、首を横に振った。
「いや、殺しはしない。今も言った通り、私は殺しは嫌いだ」
「ほな」
「だから、アタシを騙した罰としてここに置き去りにする」
「そら殺生な」
パチン、とキムリックの右の指が鳴った。
その直後、キムリックの胸元の血が不自然に広がったかと思うと、浮遊車を中心とした数メルトを赤い霧が覆い始めた。
東方のニンポウ『血煙の術』である。
慌てて、リフが後方に下がる。
が、ラグドールは逃げようがない。
「くっ……!?」
視界を真っ赤に染められ、とっさに正面をガードした。
「残念どす。ここまで仲良うやってこれたのに」
その声は、背後からした。
運転席の扉を開き、回り込んだのだ。
そして、キムリックの短剣を持った手が瞬くと、ラグドールの首は胴体と切り離された。
身体がくの字に倒れ、頭部はゴロリと車中から落下し、荒地に転がる。
「にぅ……!?」
「く、首が……」
思いがけない仲間割れと、血煙の中から現れた生首に、リフとヒイロの表情が引きつった。
「ウチの方が一枚上手でしたな。正面から戦う思て、防御したんが間違いどすえ」
そして、脱力した胴体も、キムリックは車から滑り落とした。
「夜討ち不意討ち騙し討ち。それがウチの戦い方どす。ほな、さいなら――」
半ば勘での操作だろうが、浮遊車は無事に地上を離れ、浮かび上がる。
血煙がうっすらと晴れる中、ゆっくりと地面に倒れたラグドールの胴体が起き上がる。
もちろん、首がない胴体である。
そして。
「――逃がすか」
声は、相変わらず表情を表さない生首が発した。
「…………」
さすがに一瞬、絶句するキムリックだった。
キムリックの能力をラグドールが全て知っている訳ではないのと同様、逆も然りなのだ。
トゥスケルの同胞とは言え、切り札を互いに明かすほどの信頼関係はないのだった。
とはいえ、今更和解をする状況でもない。
「ほな、これならどないどす」
助手席に転がっていた拳大の装置を、ラグドールの胴体目掛けて投げつける。
装置をぶつけられ、ラグドールの胴体は再び地面に倒れた。
装置は、赤く点滅しているのが、何だか不吉だった。
そして、作り手である者にはそれが何なのか、一目瞭然であった。
仮面ウィッチ・トルネードが飛び上がる。
「自爆装置じゃ! さてはあの娘、さっきの作業で解体しておったな!」
「にぅっ!?」
「何でそんなモノがあるの!?」
当然ながら、リフとヒイロも仰天した。
赤い点滅はスイッチが入ったのか、少しずつその明滅を早め始めている。
「馬車に車輪があるように! 船に舵があるように! カラクリに自爆装置が積まれているのは常識じゃ! 爆発範囲が広い故、急いで下がるがよい!」
色々と突っ込みたい所も多かったが、それどころではなさそうだ。
浮遊車ガトーは既に空高くに舞い上がり、おそらく爆発範囲からは逃れているだろう。
「に、でもこの人……」
リフは、転がっている生首が心配だった。
どうするか迷ったのは一瞬、すぐに飛び出し、ラグドールの頭部を抱えると、今度こそ一目散に逃げ出した。
その生首が、口を開く。
「問題は、ない」
「生きてるの!?」
一緒に逃げ始めたヒイロが、ビックリした顔をした。
爆発が起こったのはその直後。
「やば……」
「に、間にあわない!」
(ならば、私の出番ですね)
リフの口の中で、それまで潜んでいたヤパンの一部が呟く。
そして口の中から飛び出すと、二人を丸い玉で包み込んだ。
背後からの爆風に、鈍色の球に包まれた二人は吹き飛ばされた。
遠くで爆発音が響き、しばらくして黒煙が立ち上った。
それを河原から見上げる、カナリーやタイランである。
現場で何が起こっているのかは、ナクリーから聞いていた。
「ヒイロ達、無事だといいんですけど……」
「ガガ! ひいろ頑丈! りふスバシッコイ! 心配イラナイ!」
「で、ですよね……」
タイランを励ますモンブラン十六号も、あちこちの破損はまだ目立つが動けるレベルに修理されていた。
その肩には、砲撃の巨人ディッツから回収した中型のミサイルを一基担いでいる。
再起不能と思われていた当のディッツも鋼の骨格が見えるような半壊状態ながら復帰し、空には一度、片翼を切断したせいかやや羽を薄くしたイタルラが、旋回を繰り返している。
そして、地面の亀裂から鈍色の液体が溢れ出たかと思うと、頭部を螺旋状にした獣がそこから出現した。
「ほう、これは珍しい。動く金属じゃないか」
感心したようにネイトが呟く。
ナクリーは、現れた生きた液体金属――ヤパンに向かってコクンと頷いてみせた。
「さて、ヤパンは今働いたばかりで悪いが、頑張ってもらうぞ。そろそろ標的が来るのじゃ。二人とも、準備はよいか」
「は、はい」
「ガガガ! 復讐ノ時!!」
さっきまでモンブラン十六号の修理に追われていたカナリーは、ヴァーミィにマントを平たい大石に敷かせ、セルシアに膝枕をしてもらい、疲れた表情で寝転んだ。
「……やれやれ、僕はしばらく休むよ。なるべく、静かにしててくれたまえ……おやすみ……」
※ちなみに河原での戦闘ははしょります。
いや、今更ですがこれはファンタジーモノであって、変形ロボットモノではないので。(汗