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No.11810の一覧
[0] ミルク多めのブラックコーヒー(似非中世ファンタジー・ハーレム系)[かおらて](2009/11/21 06:17)
[1] 初心者訓練場の戦い1[かおらて](2009/10/16 08:45)
[2] 初心者訓練場の戦い2[かおらて](2009/10/28 01:07)
[3] 初心者訓練場の戦い3(完結)[かおらて](2009/11/19 02:30)
[4] 魔法使いカナリー見参1[かおらて](2009/09/29 05:55)
[5] 魔法使いカナリー見参2[かおらて](2009/11/14 04:34)
[6] 魔法使いカナリー見参3[かおらて](2009/10/27 00:58)
[7] 魔法使いカナリー見参4(完結)[かおらて](2009/10/16 08:47)
[8] とあるパーティーの憂鬱[かおらて](2009/11/21 06:33)
[9] 学習院の白い先生[かおらて](2009/12/06 02:00)
[10] 精霊事件1[かおらて](2009/11/05 09:25)
[11] 精霊事件2[かおらて](2009/11/05 09:26)
[12] 精霊事件3(完結)[かおらて](2010/04/08 20:47)
[13] セルビィ多元領域[かおらて](2009/11/21 06:34)
[14] メンバー強化[かおらて](2010/01/09 12:37)
[15] カナリーの問題[かおらて](2009/11/21 06:31)
[16] 共食いの第三層[かおらて](2009/11/25 05:21)
[17] リタイヤPT救出行[かおらて](2010/01/10 21:02)
[18] ノワ達を追え![かおらて](2010/01/10 21:03)
[19] ご飯を食べに行こう1[かおらて](2010/01/10 21:08)
[20] ご飯を食べに行こう2[かおらて](2010/01/10 21:11)
[21] ご飯を食べに行こう3[かおらて](2010/05/20 12:08)
[22] 神様は修行中[かおらて](2010/01/10 21:04)
[23] 守護神達の休み時間[かおらて](2010/01/10 21:05)
[24] 洞窟温泉探索行[かおらて](2010/01/10 21:05)
[25] 魔術師バサンズの試練[かおらて](2010/09/24 21:50)
[26] VSノワ戦 1[かおらて](2010/05/25 16:36)
[27] VSノワ戦 2[かおらて](2010/05/25 16:20)
[28] VSノワ戦 3[かおらて](2010/05/25 16:26)
[29] カーヴ・ハマーと第六層探索[かおらて](2010/05/25 01:21)
[30] シルバの封印と今後の話[かおらて](2010/05/25 01:22)
[31] 長い旅の始まり[かおらて](2010/05/25 01:24)
[32] 野菜の村の冒険[かおらて](2010/05/25 01:25)
[33] 札(カード)のある生活[かおらて](2010/05/28 08:00)
[34] スターレイのとある館にて[かおらて](2010/08/26 20:55)
[35] ロメロとアリエッタ[かおらて](2010/09/20 14:10)
[36] 七女の力[かおらて](2010/07/28 23:53)
[37] 薬草の採取[かおらて](2010/07/30 19:45)
[38] 魔弾の射手[かおらて](2010/08/01 01:20)
[39] ウェスレフト峡谷[かおらて](2010/08/03 12:34)
[40] 夜間飛行[かおらて](2010/08/06 02:05)
[41] 闇の中の会話[かおらて](2010/08/06 01:56)
[42] 洞窟1[かおらて](2010/08/07 16:37)
[43] 洞窟2[かおらて](2010/08/10 15:56)
[44] 洞窟3[かおらて](2010/08/26 21:11)
[86] 洞窟4[かおらて](2010/08/26 21:12)
[87] 洞窟5[かおらて](2010/08/26 21:12)
[88] 洞窟6[かおらて](2010/08/26 21:13)
[89] 洞窟7[かおらて](2010/08/26 21:14)
[90] ふりだしに戻る[かおらて](2010/08/26 21:14)
[91] 川辺のたき火[かおらて](2010/09/07 23:42)
[92] タイランと助っ人[かおらて](2010/08/26 21:15)
[93] 螺旋獣[かおらて](2010/08/26 21:17)
[94] 水上を駆け抜ける者[かおらて](2010/08/27 07:42)
[95] 空の上から[かおらて](2010/08/28 05:07)
[96] 堅牢なる鉄巨人[かおらて](2010/08/31 17:31)
[97] 子虎と鬼の反撃準備[かおらて](2010/08/31 17:30)
[98] 空と水の中[かおらて](2010/09/01 20:33)
[99] 墜ちる怪鳥[かおらて](2010/09/02 22:26)
[100] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(上)[かおらて](2010/09/07 23:40)
[101] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(下)[かおらて](2010/09/07 23:28)
[102] 暴食の戦い[かおらて](2010/09/12 02:12)
[103] 練気炉[かおらて](2010/09/12 02:13)
[104] 浮遊車[かおらて](2010/09/16 06:55)
[105] 気配のない男[かおらて](2010/09/16 06:56)
[106] 研究者現る[かおらて](2010/09/17 18:34)
[107] 甦る重き戦士[かおらて](2010/09/18 11:35)
[108] 謎の魔女(?)[かおらて](2010/09/20 19:15)
[242] 死なない女[かおらて](2010/09/22 22:05)
[243] 拓かれる道[かおらて](2010/09/22 22:06)
[244] 砂漠の宮殿フォンダン[かおらて](2010/09/24 21:49)
[245] 施設の理由[かおらて](2010/09/28 18:11)
[246] ラグドールへの尋問[かおらて](2010/10/01 01:42)
[248] 討伐軍の秘密[かおらて](2010/10/01 14:35)
[249] 大浴場の雑談[かおらて](2010/10/02 19:06)
[250] ゾディアックス[かおらて](2010/10/06 13:42)
[251] 初心者訓練場の怪鳥[かおらて](2010/10/06 13:43)
[252] アーミゼストへの帰還[かおらて](2010/10/08 04:12)
[254] 鍼灸院にて[かおらて](2010/10/10 01:41)
[255] 三匹の蝙蝠と、一匹の蛸[かおらて](2010/10/14 09:13)
[256] 2人はクロップ[かおらて](2010/10/14 10:38)
[257] ルシタルノ邸の留守番[かおらて](2010/10/15 03:31)
[258] 再集合[かおらて](2010/10/19 14:15)
[259] 異物[かおらて](2010/10/20 14:12)
[260] 出発進行[かおらて](2010/10/21 16:10)
[261] 中枢[かおらて](2010/10/26 20:41)
[262] 不審者の動き[かおらて](2010/11/01 07:34)
[263] 逆転の提案[かおらて](2010/11/04 00:56)
[264] 太陽に背を背けて[かおらて](2010/11/05 07:51)
[265] 尋問開始[かおらて](2010/11/09 08:15)
[266] 彼女に足りないモノ[かおらて](2010/11/11 02:36)
[267] チシャ解放[かおらて](2010/11/30 02:39)
[268] パーティーの秘密に関して[かおらて](2010/11/30 02:39)
[269] 滋養強壮[かおらて](2010/12/01 22:45)
[270] (番外編)シルバ達の平和な日常[かおらて](2010/09/22 22:11)
[271] (番外編)補給部隊がいく[かおらて](2010/09/22 22:11)
[272] (番外編)ストア先生の世界講義[かおらて](2010/09/22 22:14)
[273] (番外編)鬼が来たりて [かおらて](2010/10/01 14:34)
[274] (場外乱闘編)六田柴と名無しの手紙[かおらて](2010/09/22 22:17)
[275] キャラクター紹介(超簡易・ネタバレ有) 101020更新[かおらて](2010/10/20 14:16)
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[11810] ご飯を食べに行こう3
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/20 12:08
 森の奥に続く道は、猪達が通っていたからだろう。かなり広かった。
 踏み固められたその道をしばらく進むと、やがて小さな村落が見えた。
 ずいぶんと昔に捨てられた村なのか、かなり古い感じがする。……しかし、矛盾するようだが、そのくせ人の住んでいるような雰囲気がある、不思議な村だった。
 その入り口前で、シルバは足を止める。
 すぐ後ろに続いていたカナリーも止まり、手で残りの皆を制した。
「ストップ」
「どうした、カナリー?」
 軽く驚くキキョウに、カナリーは金色の髪を掻き上げた。
「万が一の可能性もある。ここからは僕達が行くよ。ヴァーミィ、セルシア」
 赤と青、二人の従者が無言でカナリーに従う。
「いや、しかし」
「いいんだ、キキョウ」
 シルバはキキョウを制して、リフの背中を軽く押した。
「リフもいいか?」
「に……ごえい」
 いくらカナリーと言っても今は昼間であり、さっきの戦闘も考えると力はかなり落ちている。
 気配を探るのが得意なリフは一緒の方がいいだろう。
 カナリーは、小柄な盗賊を見下ろし微笑んだ。
「心強いね。じゃあ行こうか」
「に」
 従者を含めた四人が、村に向かう。
 それをシルバ達は見送った。


「万が一とはどういう事だ、シルバ殿」
 村の入り口で待ちながら、キキョウが尋ねてきた。
「いや、どういう事だも何も……あ、そうか言ってなかったっけ」
 そういえば、前衛には話が通ってなかった事を思い出す。
「女の冒険者。それも数十人。アーミゼストから半日の距離ってのは、遠からず近からずだ。そしてバレットボア達の暴れ始めたのは最近。イス達がやってるっていう雑鬼の退治ってのももしかすると、ここから追い出された雑鬼が流れた可能性もある」
 シルバのヒントに、真っ先に反応したのはタイランだった。
「あ、あの……それってもしかして……」
 どうやら気付いたらしい。
「……いやまあ、要するに当たりだったかもって話だな」
「んん? よく分からないよ、先輩」
 ヒイロもある意味、予想通りの反応だった。
 タイランが、シルバに代わってヒイロに説明をする。
「つ、つまり、カナリーさんのお仕事と繋がったかも知れないという、お話ですよ」
「うん?」
 ……遠回しな言い方は、やっぱりまずかったかなとシルバは今更ながら思った。
「つまりシルバ殿……もしや例の半吸血鬼の被害にあった女性達が、この先にいるかもしれないという事か?」
 さすがにキキョウも気付いたのか、核心を突いてきた。
 シルバは頷く。そう、クロス・フェリーの被害者達は、ここに潜んでいたのだ。おそらくは、元々は村外れにあった洋館に潜んでいたのだろうが、発覚した事で捜索されると踏み、森の奥にあったこの廃村に逃れていたのだろう。
「クロス・フェリーの事件の発覚と今回の件、タイミングはかなり合ってるんだ。この先には、もし噛まれたらえらい事になりかねない相手がいるって話さ。最悪もう一戦やり合う羽目になるかも知れない」
 だからこそ、先にカナリーを行かせたのだ。彼女なら、もし噛まれても元々吸血鬼なので問題はない。
「……心得た」
 もう一戦と聞き、キキョウも刀の柄を握って気を引き締める。
 しかし。
「ま、多分そんな事にはならないと思うけどな」
 お気楽に否定し、キキョウの雰囲気を台無しにしてしまうシルバだった。
 キキョウもたまらず、つんのめりそうになる。
「ぬ、ぬぅ、シルバ殿! いきなり気の抜ける発言をしないでくれ!?」
「いやだって、推測通りの相手なら昼間に戦うなんてまずないだろ。だからこそ、キャノンボア達が出てきたって考え方も出来るし」
「……そ、そうですね」
 タイランも納得したのか、臨戦態勢にあった斧槍を下ろした。
「とまあ、楽観的な事を言ってるけど、油断はしない方がいいのは確かだな。や、キキョウすまん」
「む、むぅ……気を引き締めていいのか、緩めていいのか分からなくなってきたではないか」
 ともあれ、カナリー一行が戻るまで、シルバ達は待つしかなかった。


 小一時間ほどして、カナリー達は戻ってきた。
 全員無事のようだ。
「ただいま」
「に」
「どうだった?」
 シルバの問いに、カナリーは肩を竦めた。
「問題ない。皮肉な話だけど、吸血鬼になってしまった彼女達が集まっていたのは、打ち捨てられていた教会だったよ。向こうには話し合う準備も出来ているようだ」
 カナリーの言葉に、リフがコクコクと頷く。
「推測通り、集まっていた彼女達の精神だけが、猪達に憑依していたようだ。大半はまだ、さっきの戦いのダメージで気絶しているようだったよ」
「……大丈夫か?」
 大半はまだ気絶しているという事は、少数は起きているという事だ。
 話し合う準備が出来ている、というのは、その起きている彼女達なのだろう。
 だがそれも皆、吸血鬼となっている者達だ。襲われては敵わない。
「そっちの心配はないと思う。……ただ、ある意味では、大丈夫じゃないかもしれない」
「……うん?」
 シルバはよく分からない。
 カナリーは、うんざりと、自分とキキョウを交互に指さした。
「ああ、そういう意味か」
 二人はかなり美形であり、アーミゼストでもかなりファンが多い。そのおかげでさっきの戦闘は勝てた部分もあるので、悪い事ばかりではないのだが。
「……分かってもらえて嬉しいよ。キキョウも気をつけろ」
「……なるほど、了解した。しかしむしろ、一番危険なのは前例のある、シルバ殿だと思うぞカナリー」
 言われてみれば、その通りだった。以前、シルバはキキョウのストーカーにその仲を嫉妬され、陥れられそうになった事があるのだ。
「じゃあ、シルバの護衛の仕事は、前と同じくキキョウに任せようか」
 その謀略に嵌められそうになったもう一人、カナリーの発言に、キキョウの尻尾が大きく揺れた。
「む!?」
「おや、うちの二人の方が適当かな?」
 カナリーが笑い、赤と青の従者が近づいてくる。
「い、いや! 問題ない! 某がシルバ殿をしっかりお守りしよう!」
「ま、全員気をつければ問題ないと思うけどな。それじゃ行こう」
 シルバ達一行は、村に足を踏み入れた。


 聖印すら傾き落ちている教会だったが、中は思ったよりきれいだった。
 おそらくは、こうした集まりに使う為に手入れしたのだろう。
 礼拝堂に並べられた木製の長椅子には、麻で出来た平服の女性達が何人も突っ伏していた。人間が大半だが、中には亜人種も混じっている。年齢は見たところ、上は三十代から下は十代前半まで様々だ。
 共通しているのは皆、顔がやけに色白な点か。
「ある意味、壮観だな。治療してやりたい所だけど……あれ? {覚醒/ウェイカ}っていけるんじゃないか?」
 シルバが聞くと、カナリーは少し首を傾げながら頷いた。
「それは……うん、確か大丈夫だったと思う。ただ、気をつけてくれ。いきなり皆に起き上がられると困る」
「むしろそれは向こうのリーダーに……」
 そこまで言って、シルバはふと思い出した。
「ところで、リーダーはどこだ? さっきの話しぶりだと、起きているっぽいけど」
 礼拝堂を見渡しても、起きている者はいないように見える。
 ヒイロもキョロキョロと、部屋を見渡していた。
「あ、そういえば、スオウ姉ちゃんもいないね?」
「この中で分かるのか?」
 シルバの問いに、ヒイロは大きく頷いた。
「分かるよ。目立つもん」
「目立つって……もしかして大きかったりとか?」
「うん。ボクよりずっと大きいよ」
「…………」
 見たいような見たくないような。
 すると、部屋の右奥の扉が開き、長身の美女が姿を現した。
 長い栗色の髪を後ろに束ね、温和な表情の上にある額からは二本の角が突き出ている。何より相当にスタイルがいいのが、布越しにでも分かった。
 彼女がヒイロの姉、スオウなのだろう。なるほど、二人を比べてみると確かに血の繋がりを感じさせられる。……むしろ姉の方が女らしい分、ヒイロが一層弟っぽく見えてしまうのが難点だが。
「すみません。こちらも準備が整いました」
「あ! 姉ちゃん!」
 ヒイロは喜び――跳躍した。
「久しぶり!」
 勢いよく振り下ろされた骨剣を美女――スオウは笑顔のまま、拳で弾き返した。
「ええ、お久しぶりね、ヒイロ」
 カウンターを受けたヒイロは器用に、近くにあった長椅子の背中に着地した。
 二人が構え合う。
「ちょっ、何いきなり殴りあってんだよ二人とも」
「あいさつ!」
「鬼族の挨拶です」
 仰天するシルバに、二人の鬼は笑顔で答えた。
 カナリーが進み出て、スオウに尋ねた。
「しかし準備が出来ていると言うけど……そういえばさっきここを訪ねた時も、リーダーは出てこなかったようだけど?」
「火の精霊を返されたので、代償に服が破れてしまっていたんです。それで今、着替えを済ませていた所なんです。ウチのリーダーの服は用意するのが大変なので、ちょっと手間取っていました」
「ああ、なるほど」
 カナリーは納得したようだ。
 シルバも、精霊を扱うのは難しいという事は知っていた。扱いに失敗すれば、そういう事もあるのだろう。むしろ、重度の火傷などではなく服程度で済んで、よかったのではないだろうか。
 ただ、服を用意するのが大変というのはどういう意味なのだろうか。
 ……やがて、半開きになった扉から声が響いた。
「待たせたわね」
 声はすれども、姿は見えず。
 シルバは扉が開くのを待ったが、一向に相手は姿を見せなかった。
「…………」
 ふと、扉の下を見ると、小さな少女が立っていた。
 年齢は十代半ばぐらいだろうか、ポニーテールの勝ち気そうな少女だ。服装もスオウ達と同じく、麻製の平服だ。
 しかし、そのサイズだけが違っていた。
 小さすぎる。というか手のひらに乗るんじゃないかと思われる、ミニチュアサイズだった。
「小さいからって驚いたみたいね」
「あ、いや、そんなつもりは」
 少女の問いにシルバは慌てて否定しようとし、嘘はよくないと思い返した。
「悪い。ちょっとあった」
「まあいいわ。正直に言った点は評価してあげる。あたしは小人族のユファ。職業は精霊使いよ。貴方達が破った、ね」
 皮肉っぽく言われ、シルバとしては苦笑を堪えるしかなかった。
「今はこの、吸血鬼にされた子達の集まりの、リーダーを務めさせてもらっているわ。……年功序列で」
「…………」
 シルバは口を開きかけ、何とかそれを我慢した。
「レディに歳を聞かないのは褒めてあげるわ」
 ふふん、とユファはシルバの心を読んだように笑い、さらに爆弾を投下する。
「ちなみに今年めでたく百五十歳」
「えぇっ!?」
 さすがに、シルバ達一行は、声を上げざるを得なかった。


「さて、何から話そうかしら」
 礼拝堂の奥の部屋には、立派な食事の用意がされた八人掛けのテーブルがあった。
 メインの肉料理の他、前菜やスープ、パンも揃っている。
 部屋の鎧戸が閉じきり、燭台の明かり以外は夜のように薄暗い点を除けば、シルバ達に不満点はなかった。
 席に着いた途端、早速食べようとするヒイロを、スオウが片手で制する。タイランも、既に中の正体を知られているようなので、重甲冑から出て精霊体で席に座った。
 ヴァーミィとセルシアは例によって壁際に控え、ユファとスオウも着席する。
 さすがに小柄なユファは普通の椅子に座る訳にはいかず、テーブルの上にある小さな椅子に座った。テーブル代わりの台座と、やはり小さな料理が彼女の食事だ。椅子や食器も誰か手先の器用な娘が作ったらしい、木彫りの品々が使われていた。
「この肉は……」
「む、むぅ……まさかとは思うが……」
 シルバとキキョウは、メインディッシュらしき肉料理を見て、複雑な表情を浮かべてしまう。さすがに、さっき戦ったばかりの相手……の中身が目の前にいるのだ。少々食べづらい。
 ユファは、シルバ達の躊躇を察したのか、苦笑を浮かべた。
「ああ、心配しなくてもいいわよ。{猪肉/ボア}じゃなくて、彼らが狩った野兎や鹿の肉だから」
 シルバ達は安心し、食事が始まった。
 よほどお腹が減っていたらしいヒイロは、一口で肉料理の皿を空にする。
 スオウが笑みを浮かべたまま自分の皿をヒイロに渡し、背後のヴァーミィが素早く動いて新しい肉料理の皿をスオウの前に追加した。
 一方シルバも、料理の味に唸っていた。
「この味は……血のソースか」
 生臭さは感じなかったが、血の濃厚な味はしっかりと口に広がっていく。
「こっちのプリンはスオウ姉ちゃんの料理だね」
 コースの段取りなど無関係とばかりに、ヒイロはデザートを食べていた。
「あ、赤いプリンなんて珍しいですね……?」
 ぶどうジュースを飲みながら、タイランが首を傾げる。
「血のプリンだからねー」
「血!?」
 ユファが、トマトサラダを食べながらヒイロの言葉を補足する。
「鬼族は、肉と血を使った料理が得意なのよ。おかげで、あたし達も助かってるわ」
「恐縮です」
 スオウは微笑み、ソースをパンの欠片に塗って頬張った。
「こっちはチイチゴのじゅーす」
 ぶどうジュースと違う色のグラスの中身をリフが言い当て、カナリーもワインを一口飲んだ。
「それに、赤ワインか……いい味だ。この辺は血の代用品としては定番だね。本題だけど、僕が進めていいのかな、シルバ」
「ああ、お前の件だからな。そして俺は飯を食う」
「うまうま」
 上機嫌に肉料理を食べまくるヒイロの隣で、シルバは静かにスープを啜った。
 もちろん、話はちゃんと聞いているが、進行はカナリーに託す事にする。
 カナリーは苦笑し、ユファの方を向いた。
「……やれやれ。まずは状況を整理しましょうか。ここにいる人達は、半吸血鬼であるクロス・フェリーの魔眼に魅了されて、拐かされた女性達だ。そうですよね」
「ええ。そしてつい先日までは、エトビ村の外れにあった洋館の地下に潜んでいたわ」
「どうやって生活を? もしも誰か村人が襲われたなら、さすがに事件になっていたはずですが」
 吸血鬼は血を吸う種族だ。それは吸血鬼に血を吸われた者も同じである。
「あたしやスオウを見ても分かる通り、吸血鬼としての深度は、まだそれほど深くないの。だから、血への『渇望』は代用品で補えているわ……まだね」
「なるほど」
 代用品……血のソーセージを切り分けつつ、カナリーは頷いた。
 しかしユファは少し顔を俯けた。
「もっとも、何人かまずいのがいてね……『渇望』の限界が超えた子達には眠ってもらっているわ」
「眠る?」
 首を傾げるヒイロに、カナリーは説明する。
「この場合は、仮死状態を意味するんだよ、ヒイロ。僕の見た所、この村で動けている人間は軽度から中度レベルのなりかけ吸血鬼だ」
 一定量の血が吸われる事で、一般の人間は吸血鬼になる。逆に言えば、何度かに分ける事で、段階を踏んで吸血鬼になってしまうのだ。
 礼拝堂にいた女性の人数から考えても、クロス・フェリーは複数の女性の血を味わう為、小分けにして吸っていたようだ。完全な吸血鬼になった女性はまだ、いないというのがカナリーの見立てだった。もちろん、『眠っている』女性達はまだ見ていないので完全な結論はまだ出せていないが……かなりまずい段階の女性もいるらしい。
「クロス・フェリーは、村を訪れたりはしていたのですか?」
「ええ、当然。たまに新しい女の子達を連れてね。何人かの血を吸って、また出て行ってたわ」
「ん?」
 今まで黙って話を聞いていたシルバのナイフとフォークが、思わず止まった。
「何よ?」
「吸っていっただけ?」
 シルバの問いに、ユファは頷く。
「そうよ?」
 聞いていたカナリーは、シルバが何を言いたいのか理解したようだ。
「ああ、その心配か」
「あー」
 遅れてユファも、得心がいったらしく声を上げる。二人揃ってニヤニヤ笑い始める。
「い、いや、その、だな……」
 つまり、性的な行為の強要がなかったのかという事なのだが……。
 ヒイロやリフがキョトンとしているので、シルバとしてもさすがに明言しづらい内容だった。
「まず、吸血行為は快楽を伴うというのは、シルバも知っている……あー、はずだ」
 最初はからかうように笑っていたカナリーだったが、途中から自分も何度か冒険のたびにシルバの血を吸わせてもらっている事を思い出したのか、頬を赤らめ目が泳いだ。
「そ、そうだな」
 同じように、シルバも目を明後日の方向に背ける。
「に?」
「……むうぅ?」
 よく分かっていないリフと、疑いの眼差しでゆらゆらと尻尾を揺らすキキョウ。
 赤ワインを口に含んで気を取り直し、カナリーは小さく笑った。
「満腹になるまで吸えば、そりゃ性欲も上回るさ」
「でもさ……」
 それではちょっとシルバは納得しづらい。
 何せ、内容は男の生理現象である。自分がクロスの立場になって考えると、それは今一つイメージが沸きにくい。
 ……血を吸ったからって、性欲は減るのか?
「うん、それと性欲は別だって言いたいんだろう? 確かにその通りではあるけどね、クロス・フェリーは半吸血鬼でありながら、吸血鬼の矜持も高い。やってる事はロクでもないけどね」
「矜持?」
 ふん、とカナリーは鼻で笑った。普段のカナリーを知らなければ、いけすかない美青年そのものな笑い方だった。
「吸血鬼は血を吸う怪物だって事さ。彼の行っている行為はね、おそらく人の血を吸う事を法によって制限している本家に対する抵抗なんだよ。だから、むしろ彼は僕達以上により吸血鬼であろうとする。分かるんだよ。そういう奴はね、性的行為を強要なんてしたりしないのさ。相手から求めてこない限りはね」
「い、いやしかしカナリー。彼女達は、奴に魅了されているのだろう?」
 戸惑うキキョウが口を挟むが、カナリーはキョトンとしていた。
「魅了は合意とは言わないだろう、キキョウ?」
「そ、そういうモノなのか?」
 キキョウとシルバは顔を見合わせた。
 自分達には理解しづらいが、吸血鬼とは、そういうモノらしい。
「ああ、他の種族には分からないかもしれないけど、それは、相手を落としたとは言わないのさ。まあ、それだけじゃ根拠は薄いだろうからもう一つ根拠を示すとだ」
 カナリーは形のいい鼻を小さく鳴らした。
「ここにいる者達は、大半が{処女/おとめ}の臭いをしていた」
 キキョウはぶわっと尻尾の毛を逆立て、顔を真っ赤にした。
「おと……!? わ、分かるのか、そういうのが……!?」
「分かるんだよ。何、そんなに驚く事はないだろう、キキョウ」
 ニヤニヤと意地悪く笑うカナリーに、キキョウは言葉に詰まる。
 やがて、ごにょごにょと小さく呟いた。
「……カ、カナリー……後で話がある」
「うん、後でね」
 カナリーは表情を引き締め、改めてユファを見た。
「つまり、クロス・フェリーの嗜好はまず第一に美女、もしくは美少女である事。かつ、相手が処女であれば言う事はなし……って所でしょうか」
「そうね。……だからって許される事じゃないわ。中には、待ってる恋人や婚約者がいる子だっているんだから」
 彼女は悔しそうに、食器を握りしめた。
「何より、アレに魅了されたって事自体が、あたしには許せない。屈辱よ」
「お察しします」
 大真面目に、カナリーは目を伏せた。
「男のあんたに……」
 ユファはカナリーをにらみ付け……戸惑った。
「う、うん? 貴方、もしかして……」
「話を戻しましょう」
 小さくウインクをして、カナリーはユファの言葉を制した。
「あ、あの……私、疑問があるんですけど……よろしいでしょうか?」
 それまで静かに話を聞いていたタイランが、遠慮がちに手を挙げた。
「いいわよ。何かしら?」
「見た所……その……もう魅了は解けているようですけど、どうして皆さん、逃げないんでしょうか?」
 その質問に、ユファは苦い笑いを浮かべた。
「ああ、その事。あの半吸血鬼の{強制/ギアス}があるからよ。だから、あたし達はここから動けないのよ」


「{強制/ギアス}って?」
 首を傾げるヒイロに、カナリーが説明する。
「そのままの意味だよ、ヒイロ。呪いの力で相手の行動を制限するのさ。つまり○○しろって命令を出されたら、逆らえないんだ」
「そう。あたし達はクロス・フェリーにいくつかの{強制/ギアス}を受けているの。一つは、クロス・フェリーとその仲間達を攻撃してはならないね。それに、この村に来てからは――」
 ユファは、ほとんど芸術品のような超小型のティーカップを口元で傾けた。
 誰もこの村に、近づけてはならない。
 自分達は、人里に下りてはならない。
「――と、こういう二つの{強制/ギアス}が追加されたのよ。この場合の誰も近づけてはならない、っていうのはもちろん力尽くの意味ね」
 しかし、ヒイロはキョトンとしたままだ。その上で骨付き肉を齧る口と運ぶ手が休まらないのはある意味、天晴とも言える。
「でもボク達こうやってご飯食べてるよね?」
「ええ、狙い通りね」
「?」
 やっぱりヒイロにはよく分からないようだ。
 カナリーもワイングラスを傾けながら、ニヤリと笑う。
「{強制/ギアス}の効果が落ちるほど、弱らせられたって事だよ。そもそもこの廃村で、誰も近づけるな、しかし自分達は人里に下りてはならないじゃ、いくら吸血鬼でも衰弱して死ぬよ。だから――考えましたね。{強制/ギアス}の穴を」
「ええ」
 同じように戸惑っているキキョウやタイランに説明するように、ユファはテーブルを見渡した。
「つまりね、あたし達は人里には下りられない。けれどこのままじゃ、飢え死にしちゃう、だからクロスにはこう提案したの。猪達を使って、自分達で食料を調達するって」
「例の憑依術ですか。それにしてもあの規模の数をよくまとめましたね」
 シルバは素直に感心した。
「吸血鬼のなりかけって言うのも、デメリットばかりじゃないのよ。魔力量がこれまでとは桁違いっていうのもあるし。憑依術の方は、あたしの精霊術と仲間の何人かの魔法使いで協力して、安定化させたわ。意識はあたし達とボア達半分こずつって事でね」
 バレットボア達は動物使いの娘がいたので、その子が交渉したのだという。知恵を持ったボア達は効率的な狩りを行え、それはそれで感謝されていたらしい。
「それに精神共有で群れをひとまとめにするのは難しくない、と」
「あら」
 シルバの言葉に、ユファは興味を覚えたようだ。
 構わずシルバは続けた。あれは実に参考になる動きだった。
「あの陣形魔法も、その応用ですよね」
「貴方ももしかして……ああ、そうなんだ。あの戦いぶりはそういう事だったのね」
 互いに、納得がいったようだ。
 精神共有による意志統合もまた、あのバレットボアの軍団をまとめるのに一役買っていたのは間違いないようだ。
 見つめ合い、不敵に笑う好敵手同士の空気を破るように、カナリーは手を叩いた。何だか慌てているようにも見える。
「は、話を戻しましょう。とにかくバレットボア達に憑依して、貴方達はこの山で暴れた」
 それに続くように、やはり慌てた様子のキキョウも口を挟んだ。
「し、しかし、村の農作物を荒らすのは少々やり過ぎではなかったのだろうか?」
 ユファは残念そうに、顔を俯けた。
「アレは素直に反省。動物に憑依すると、いくらか向こうの本能にも引っ張られるのよ。言い訳にもならないけどね」
 カラン、と音が鳴った。
 鬼女スオウが、食べ終えた骨付き肉の骨を皿に置いた音だ。
 よく見ると、ヒイロとほぼ同じぐらいの量の骨が山積みになっていた。いつの間に……という顔をしているのはシルバだけでなく、カナリーやキキョウも同じだった。
「そういえば、コモエに襲われた青年は大丈夫だったかしら?」
「コモエ?」
 シルバには、覚えのない名前だった。
「昨日、ヒイロが倒したバレットボアに憑依していた子よ。本職は盗賊なんだけど」
 つまりそれは、昨日の晩餐になったバレットボアであり。
 ……襲われた青年というのは、あれだ。
 農夫をやっていると言っていた、アッシュル青年の事なのだろう。
 悲鳴を聞いて動き出したシルバ達の目の前に、突然空から降ってきてみんなで驚いたものだ。
 その時の事を思い出し、何とも言えない表情になるシルバ、タイラン、リフだった。
「にぃ……。だ、大丈夫……のはず」
「タイランが悲鳴を上げたんで、リフが精霊砲でちょっと攻撃を……いや、うん、心配ない」
 ちょっと派手に吹き飛んで湯船で気絶しただけだし、問題ないと宿の主人であるメナも言っていた……思い返すと、本当に大丈夫か、ちょっと不安かも知れない。
「す、すみません……」
 騒いだタイランも、恥ずかしそうに俯いた。
 気を取り直すように、カナリーが咳払いをした。
「派手に暴れる事で、自警団を森に呼び込み、さらに冒険者を雇わせる。もし彼らが負ければさらに強い冒険者が現れ、いずれ自分達は敗北する。そして彼らはここを訪れてくれる。それを見込んだ訳ですね」
 猪に憑依した状態で助けを求めれば……ともシルバは思ったが、それは誰もこの村に近づけてはならないという{強制/ギアス}に反するのだろう。
「ええ。思った以上に早く、来てくれたけどね。……自警団の人達、かなり派手にやっちゃったみたいだけど無事だったかしら」
 案じるような表情のユファに、シルバはふと思い出した。
「ああ、そういえば、宿の主人も頭に包帯巻いてたっけ」
「やややり過ぎの感もあるようだが、それも、やはりバレットボア達の本能なのでしょうか?」
 キキョウの問いに、ユファは微妙な表情を作った。
「そっちは誰も近づけてはならないっていう{強制/ギアス}もあったわね。かなりここに近付いていたから……言い訳にもならないけど」
 一方ヒイロは姉であるスオウに尋ねていた。
「っていうか、スオウ姉ちゃんボクとの勝負、本気だったよね?」
「あら、それは礼儀でしょう。憑依していた彼も、本望だったみたいよ」
「まあね」
 シルバ達の視線が、ユファに集中する。
 確かに{強制/ギアス}の効果にしては、やけにバレットボア達の戦い振りは積極的だったような気がする。
「……え、えーと、好敵手と渡り合うっていうのも、冒険者の楽しみというか」
 気まずそうな愛想笑いを浮かべるユファだった。……ユファ本人としても、戦闘に刺激される部分があったのだろう。
「ともあれ、そういう事情ならあまりノンビリとはしてられないな」
 シルバが手を合わせ、ピクッとキキョウが反応する。
「む?」
「{強制/ギアス}が弱まっているのは、今の間だけだ。これ以上、現状のままでいると今度は生身のこの人達と争う羽目になる」
「ど、どうすればよいのだ、シルバ殿」
「{強制/ギアス}を解く」
 当然の事だ。
 この見えない鎖を何とかしない事には、ユファ達に自由はない。このままでは、この村を出る事すら出来ないのだ。
 しかし、ユファは難しい顔で首を振った。
「無理よ。こっちにだって聖職者は結構いたけど、誰も{解呪/デカース}出来なかったわ。相当に強力なのよ」
 カナリーも彼女に同意見らしい。
「僕も厳しいと思う。吸血鬼の{強制/ギアス}は、さすがに荷が重いよ。下手に触れるとシルバにまで害が及ぶかも知れない」
 心配そうな顔を向けられ、あっさりシルバは頷いた。
「うん、俺じゃ無理だ」
 その答えに、カナリーは眉根を寄せた。
「……もしかして、僕の上書きを狙っているのか?」
「う、上書き?」
 キキョウの問いに、カナリーは答える。
「今、彼女達はクロス・フェリーの精神的支配下にある。だが別の吸血鬼が噛む事によって、{強制/ギアス}はキャンセルする事が出来るんだ。……ただしそれは、今度は僕が彼女達を支配する事を意味する」
「……それはちょっとどうかと思うぞ、シルバ殿?」
 キキョウだけではなく、ほぼ全員から非難の目で見られても、シルバは動じなかった。
 小さく唸りながら、額を掻く。
「いや、俺が考えてるのはちょっと違うって言うか……出来るかどうか、ちょっとカナリー、検証を頼めるか?」
「……うん?」
 シルバはそれを、カナリーに話した。
 聞いたカナリーの顔は、呆れと困惑が混じり、ますます難しくなった。
「……本気かい、シルバ?」
「出来るかどうかが、問題なんだけど」
「いや、出来る事は出来ると思うし……ある意味では現状ベストな選択かも知れないが、しかし……君ね」
 カナリーは、大きく息を吐き出した。
「その考え方は、聖職者のそれじゃないよ絶対?」


 礼拝堂で眠っていた女性達を{覚醒/ウェイカ}で起こすと、カナリーやキキョウを見た彼女達で一悶着があったがそれはそれとして。
 長椅子を壁に寄せて中央に大きくスペースを取り、30人以上いる女性達はユファやスオウも含め、輪になって木の床に座っていた。
 中心に立つのは、シルバ、カナリー、キキョウの三人だ。
 カナリーは、ユファから預かった女性冒険者達のリストと座っている彼女達の顔を確認していた。
 今回の{強制/ギアス}解除は、ある程度、人間関係にも気を配る必要がある。仲の悪い者同士を隣にするのは、望ましくない。
「つまり、エーフィスからシヴァ、シヴァからファラジカ、ファラジカからヨヨ、ヨヨからシンジュ……」
 名前を読み上げるカナリーに、シルバとキキョウは同時に振り返った。
「「シンジュ!?」」
「あ、はーい」
 のんきに手を挙げたのは、ボーイッシュな軽装の盗賊娘だった。
「やっ、シルバとキキョウ。お久ー」
 シルバ達は明るく笑う少女、シンジュ・フヤノに駆け寄った。
「お久しぶりじゃないだろ馬鹿!?」
「何でお主がここにいる!?」
「え? やぁ、みんなと同じ、探索中に色々あって拐われちった」
 ペロッとシンジュは舌を出した。
「てへ♪」
「『てへ♪』じゃねー!」
「シルバ殿の言う通りだ! 親父殿は心配していたぞ!? 急いで連絡を取るのだ!」
「やー、だから連絡取れなかったんだって。事情ならもう知ってるでしょ?」
「……そういえば、そうだった」
 突っ伏すキキョウだった。
「あ、そう言えばシンジュだったわね」
 少し離れた場所から、小人族のユフィが声を上げた。
「何が?」
「君達のパーティーは闇討ち不意討ち騙し討ち上等で、手加減要らないから大丈夫だって言ってたの」
「うぉい!?」
 シルバはシンジュの胸倉をつかんだ。
 しかし、シンジュは一向に堪えた様子はなかった。
「あははー。でも実際生きてるじゃん。無問題無問題」
「問題大有りだ、この馬鹿者!」
 キキョウもシンジュを怒鳴りづける。
「ど、どういう関係なんだ、シルバ、キキョウ」
 後ろから声を掛けてきたカナリーに、シルバは説明してやる事にした。
「……クロエんとこの何でも屋の仲間。本業は金融業者の取り立て屋……っていうか、裏ギルドの大物の娘でな。取り立て屋は、実家の手伝いな訳だ」
「つまり金融業というのは……」
「うん、闇金融。他に賭博場とか表裏両方幾つも経営してる。フヤノ一家って聞いた事ないか?」
 貴族だけに名士は一通り覚えているのだろう、カナリーは頷いた。
「……ある。そこの娘か」
「一人娘だ」
 そこが肝である。
 父親であるカブキーノの娘の溺愛っぷりは、リフの父親フィリオにも劣らない。
「そうそう、テーストしばらく会ってないけど、元気してた? 死んでないよね。あれ? そういえばシルバってプラチナ・クロスどうしたのさ?」
 失踪してから数ヶ月、シルバと悪友の奇異な人生も、シンジュは知らないようだった。
「……テーストなら元気にしてるよ。名前は変わるし、身体は縮んだし」
「縮んだ?」
 シルバは自分の近況と合わせて、テースト……現カートンの状況もシンジュに伝えた。特に薬品の人体実験を複数繰り返す事によって若返ってしまった事に、彼女は興味を覚えたようだ。
「へー……そういう事になってるんだ」
 シンジュは考え込み。
「……やっぱ、五つも紹介したのはまずかったか」
「お前が元凶かよ!?」
「だって、借金返してもらわないと駄目でしょ?」
「……お、鬼かお前」
「借りたお金は返さない方が悪い!」
 放っておくといつまでも続きそうな会話を、カナリーが強引に割り込む事で終わらせようとする。
「と、とにかくシルバ、作戦を進めるよ。ここにいる吸血鬼になりかけの人間が、それぞれ隣の人間の血を吸う。スタートは最初に指定した通り、エーフィスからシヴァへ」
「う、うす。分かっただよ」
「心得た」
 山妖精の戦士娘エーフィス・ビルと、犬獣人の吟遊詩人シヴァ・エイトが頷く。
 シルバはこの場をカナリーとキキョウに任せて、出口近くに引っ込んだ。ここから先は二人に任せた方がいいだろう。
 カナリーの説明は続く。
「そのシヴァは隣のファラジカの血を吸い……順番に吸っていく。こうする事で、クロス・フェリーの{強制/ギアス}は、吸った人間の{強制/ギアス}で上書きされていく」
「よろしいでしょうか、カナリー様」
 手を挙げたのは、二十代前半の眼鏡を掛けた理知的な女性だった。
「はい、どうぞ。それと様はいらない。ええと、ヨヨさんだっけ?」
 カナリーはリストを確かめた。
 名前はヨヨ・G・ゼミナル。職業は魔法使いだ。
「はい。そうなると、私は私を吸ったファラジカさんに逆らえなくなる……という事になりますよね? 他の皆も相手は違えど同じですが」
 ヨヨは、隣に座る巫女風の服装の少女ファラジカ・メージングを見た。
 ファラジカは、やや困惑した表情だが、カナリーは構わずヨヨを見た。
「うん。そこが今回の作戦の肝でね。自分を起点に、吸う者と吸われる者を追ってみて欲しい」
 カナリーはヨヨから順番に、指を時計回りに滑らせていく。
「……そして、ユファがスオウの血を吸い、スオウがエーフィスの血を吸う。エーフィス、シヴァ、ファラジカときて……」
 ぐるっと一周したカナリーの指は、やがて再びヨヨに戻った。
「そう、君だ。という事は遡ると、君の上位にいる人間は回り回って……」
 今度は反時計回りに滑ったカナリーの指が、もう一度ヨヨを指す。
「あ……」
「君に戻る訳だ」
 ようやくヨヨは意味を悟ったようだ。
 しかし魔法使いでない何人かは、理解していないようなので、カナリーは改めて周囲に説明した。
「このように円環状の連なりを作る事で、{強制/ギアス}を上書きし、かつ吸血による主従関係を崩壊させる。自分の血を吸った上位者は、つまり巡り巡れば自分が血を吸う相手のずっと下位の存在になる訳だからね。だが、もちろんまったくリスクがない訳じゃない。結果的に一度血を吸う訳だから、君達は一段階、吸血鬼に近づいてしまう。その点は納得して欲しい」
「某からも、頼む」
「はーい!」
 カナリーとキキョウが頭を下げると、ほとんどの女性達から元気な声が返ってきた。消極的なその他数人も、不安そうにしながらも頷いた。
「それじゃ、始めようか。まずはエーフィスから」
「う、うす!」
 吸血は別に首筋にする決まりはない。
 彼女達は腕をまくり、それぞれ手首近くを吸い、吸われる事にしていた。
 そして、円環の強制解呪はスタートする。


 壁の飾りみたいになっていた重甲冑のタイランが、壁にもたれかかるシルバに声を掛けてきた。
「あの……シルバさん、本当にいいんですか……?」
「何が?」
「全部カナリーさんが考えた事にしちゃいましたよね? どうしてですか?」
「何だ、その件か。確かにあの方法を考えたのは俺だけど、ありゃ別に謙虚にした訳じゃないぞ。俺が考えたって言ったって、何の得にもならないだろ。それよりは、カナリーがあの子達に恩を売った方が得だって判断したからさ。何人か有力者の娘もいるみたいだし、ホルスティン家と繋がりが出来るのは悪い事じゃない」
 それに、とシルバは指を二本立てた。
「もう一つ理由があって、彼女達をより吸血鬼に近づけるこんなやり方、教会に知られたらほぼ間違いなく俺は破門食らうしな。出世しようにも、その足しにもならないだろ?」
「は、はぁ……」
 我ながら腹黒いなあと思うシルバだった。
「それよりもお前の方も、気をつけろよ」
「え?」
 シルバは腕を撫でながら順番を待つ、大人しそうな巫女の少女を指さした。
「……ファラジカ・メージング。メージングって言えばサフォイア連合国の一つ、コランダムの姫巫女の出だ。多分、修行中の身なんだろうな。お前の身元を考えると、万が一って事もある」
「あ……」
 タイランは、故郷であるサフォイア連合国から追われる身だ。
 もしも彼女がタイランの事を故郷に伝えればどうなるか……それを考え、タイランも言葉に詰まったようだ。
「今更だけど、偽名って手もあるが……」
「……それは……ちょっと……」
 実際、身元を詐称するのが一番なのだが、シルバもタイランの躊躇いは分かるので、強制はしなかった。そうするぐらいなら、国一つ相手に喧嘩を売る方を選ぶシルバは、苦笑いを浮かべた。
「親父さんからもらった数少ない物だしな。……じゃあ、むしろ逆に仲良くなって、親父さんの現状とか、こっそり情報を教えてもらうってのも手だぞ」
 その提案に、タイランはギョッとする。
「く、黒いですね、シルバさん」
「うん、我ながら結構悪辣だと思う。そういえばヒイロはずいぶん大人しいな」
 シルバは身体を傾け、タイランの身体に隠れるように座っていたヒイロに視線を向けた。
 ヒイロは腕組みをし胡座を掻いていたが、やがて頭を振って壁に立てかけていた自分の骨剣を手に取った。
「んー……そだね。やっぱイメージトレーニングじゃ駄目だ。ちょっと外で剣振ってくる」
「おう」
 大きく息を吐き出し、ヒイロは礼拝堂を出て行った。
 シルバはその背をタイランと一緒に見送った。
「お姉さんの件ですね……」
 この集まりが始まる前、スオウがクロスに噛まれた理由をヒイロに話したのだ。

「私はクロス・フェリーに魅了されたんじゃないんですよ。ライカンスロープのロン・タルボルト。正面から戦い、彼に負けたんです」

 姉の言葉を聞いてから、ヒイロはずっと唸るようになったのだ。
 これまでの情報で、シルバもロン・タルボルトの戦い方も、ある程度把握していた。普段は人間状態だが、本気になると狼獣人形態となり、牙と爪で超高速の攻撃を開始する。パワーも相当にあるらしい。
「スピード勝負となると、相性から考えると、一番いいのはキキョウなんだけどなぁ」
「お姉さんの分の敵討ち、ですからねぇ……」
 二人は視線を人の輪に戻した。
 順番に行われる吸血行為も、そろそろ終わりに近づいているようだ。
「……残るは、吸血鬼化の治療か」
「方法はあるんですか?」
「そうだな……」
 シルバが話そうと口を開いた時、そっと扉が開かれた。
 ヒイロかと思ったら、猫耳の突き出た目深にかぶった帽子と尻尾の出ているコート――リフだった。
「に。ただいま、お兄、タイラン」
「おかえり、リフ」
「お、おかえりなさい、リフちゃん」
 リフはシルバの前に立つと、背中を向けてそのまま両足にもたれかかった。
「どうだった?」
 とりあえず拒否せず、シルバはリフにこっそり頼んでいた事の首尾を尋ねてみた。
「深いけど、いけると思う」
「な、何の話ですか……?」
 タイランは、遠慮がちに尋ねてくる。
 これはまだ、シルバとリフしか知らない情報なので、無理もない。
「それはまあ、もうちょっと後の話として話を戻そう。吸血鬼化の治療だ。これには大雑把に分けて二つある。解呪系の儀式なんかを使って長い時間を掛けて地道に人間に戻るか、自分を吸血鬼にした相手を倒すかだ」
「……わ、私達が行うのは、個人的には後者かと思いますけど」
 タイランの答えに、ニヤニヤとシルバは笑った。
「ずいぶんと血の気が多いなあ、タイランは」
「に」
 リフにまで無表情なまま同意され、タイランは慌てた。
「あ、で、でも、その……私、地道な治療の方法なんて分かりませんし……」
「地道な方法の方だけど。手順としてはまず、冒険者ギルドとホルスティン家に連絡。これは必ずやらないといけない。公表されるかどうかは別問題としてだ。大切なのはこの後でね」
 シルバは指を一本立てた。
「一番常識的な方法は、教会に預けるって手だ。ただ、あんまりお勧めは出来ないな」
 教会関係者であるシルバは、深く鼻息を上げた。
「規則正しい生活といえば聞こえはいいけど、相当に行動を制限されるからね。アーミゼストじゃ先生が頑張ってくれると思うけど、それでも吸血鬼関係には教会は厳しい」
「そ、そりゃそうですよね……」
「何より、解呪儀式は延々何時間も続いて、しかもその間、動いちゃいけないって言うんだ。かなりしんどいんだよ」
 シルバは、二本目の指を立てた。
「もう一つの方法は、ホルスティン家預かりにする。こっちは解呪の儀式じゃなくて主に投薬らしい。周りが吸血鬼ばかりっていう環境さえ我慢出来るなら、こっちもありだけど、やっぱり行動に制限が掛けられるのは変わらないな。一族の秘伝らしいから、外出とかも出来ないだろうし」
「どっちもどっちですね……」
 頷くタイランに、シルバは三本目の指を立ててみせた。
「でまあ、もう一つの方法っていうのが、吸血鬼本体を倒すってのと連動する訳だけど……」
「にぃ」
 リフの耳がピコピコと揺れた。
「吸血鬼の進行は、カナリーの話だと霊泉でも食い止められるんだって。小難しく言えば、大地の生命力を吸精する事で、渇望を抑制する……っていう事らしい」
「あ、それでリフちゃんが……」
「にぃ」
 タイランに任せてもよかったのだが、出来るだけ彼女には力は抑えさせておきたかったので、リフに頼んだのだ。
 シルバはこれからの事を考え、指を折り始めた。
「……村の人間、ギルドマスターに先生と、ホルスティン家の連中……ちょっとまあ、色々忙しくなりそうだ、と」


 ここ数日の、エトビ村の忙しなさは尋常ではなかった。
 キッカケはどこかとなると、例の猪の群れを、たまたまここ『月見荘』に宿泊する事となった冒険者達が倒してくれた事になるのだろう。
 そこから派生した、森の奥に隠れ潜んでいた吸血鬼化された女性達の保護。
 彼女達をどう扱うかの話し合いの場が、そのままこのエトビ村になってしまったのだ。事件の大きさから、オフレコの内容となる。
 冒険者達の縁もあって、ギルドマスターや吸血鬼の貴族達といった本来ならまず訪れそうにない重要人物達が、この宿で会議を開く事になった。
 基本的にお忍びと言う事もあり、酒場部分を貸し切っての話し合いだったが、失礼がないようにと村民が一体となって準備に取りかかったが、その苦労は並大抵のモノではなかった。
 てんやわんやの大騒ぎが、遠い昔に思える自警団団長であり村長代理でもある、アブである。
 幸い、今日は晴天に恵まれ、会議も多少のドタバタはあったものの、何とか乗り切る事が出来た。。
 ちなみに客人達の多くは、自分の実家である村長家や、他の宿に逗留している。
 この宿はそこそこ大きいとはいえ、秘書官だの護衛官だの使いの者だのといった、数にしてみれば五十を超える(しかもこれでも少なくしたという!)人間は収容が不可能だった為だ。


「終わったー」
 会議の後片付けを終え、アブはカウンター裏の椅子に崩れ落ちた。
 赤毛の、精悍な印象を受ける青年だ。
 見かけ通り力仕事は得意だが、その分馬鹿である。
 その代わり不思議と愛嬌があり、村長の孫という事もあって若い者の中でも頼りにされている。
 彼の頭脳分をフォローするのは、もっぱらこの『月見荘』の若主人、メナである。
 黒髪をショートカットにし、ゆったりとした平服を着込んでいる。
 アブもメナも、宿泊客であるシルバが施してくれた治癒により、ボア達との戦いで生じた怪我はすっかり治っていた。
 なお両親は宿をメナに託すとさっさと隠居して、アブの両親と共に現在、世界のどこかを旅行中だ。最新の便りでは、しばらくはルベラント聖王国辺りにいるらしい。
「お疲れ。ほれ」
 メナはアブに背を向けたまま、後ろのアブに陶器を差し出してきた。
 中身はレイムの蜂蜜漬けだ。
「美味いな、これ」
「そうか」
 メナが後ろを向いているのは別に愛想が悪い訳ではない。単に仕事中だからに過ぎないし、アブもその辺は気にしない。
「いやもう、マジ疲れたって。ないだろ、あれは。何だってこんな村にあんな偉いさんが集まるんだよ……」
 今更な事を言うアブであった。
「こんな村とか言うな、村長代理」
「あんの糞爺……! 都合のいい時だけ、腰痛になりやがって……! 何が湯治だコンチクショー!」
「寿命が縮んだか」
「ああ、三十年ぐらいな」
「……余命数年か。葬式の方は任せろ。ウチの宿を選んでくれたんだ。今なら金は結構ある」
「そうか、頼んだ。化けて出てやるよ」
 実際プレッシャーは相当だったアブである。
 モシャモシャと、レイムを口に放り入れていく。レイム自体の酸っぱさと蜂蜜の甘さが相まって、いくらでも入りそうだ。
「しかし、アブ。本当にうちでよかったのかね。他にもデカイ宿なら結構あったのに」
「別にここがボロいって訳でもないだろうし、いいんじゃないか? もしくは今回の報酬で、全面的に改装するとか。まあ、しないだろうけどな」
「当たり前だ。こう見えても老舗の宿だからな」
 ふん、とメナは胸を張ったその時だ。
「ふぉっふぉっふぉ。そうそう、今のまま是非続けて欲しいもんじゃの」
 そんな声が、カウンターの向こうから響いてきた。
「や、こ、これは、ギ、ギルドマスター!」
「し、失礼しました」
 アブが慌てて立ち上がり、メナも接客用の口調で深く頭を下げる。
 背丈はアブ達の股下ぐらいまでしかない、鷲鼻が特徴的な小柄な老人だ。今は仕事用の紫の衣ではなく、老人用の平服に着替えている。
 ギルドマスター、ポメル・キングジム。
 この辺境周辺で、最もえらい人物である。
 あまりに小さかったので、カウンター前にいたメナですら気付かなかったらしい。……いや、おそらくこっそりと近づいてきたのだろうと、会議の時の老人を知っているアブは思った。
 この老人、かなり悪戯好きらしい。
「よいよい。それに今はお忍び故、その呼び名は控えておくれ。そうじゃの、ご隠居とかその辺でよいわ」
「は、はい!」
 メナはビシッとかしこまる。
「して、紙とインクが欲しいのじゃが。出来れば水ににじまぬものをな」
「はい?」
「何、洞窟温泉の自作マップ作りでもしてみようかと思っての。偉うなると、迷宮探索もしにくくなっての。せめてもの手慰みじゃて。あ、インクはこっちに入れておくれ」
 言って、ポメルは首にぶら下げていた小さな瓶をカウンターに置いた。
「わ、分かりました」


 老人が去り、メナは小さく息を吐いた。
「あ、あれがギルドマスターか。緊張はしたが……思ったよりは、気さくな爺さんなんだな。もうちょっと偉そうだと思ってた」
「……失礼な事言うなよ。いや、そう思うのも無理ないけど」
 そういえば、メナがポメルと話したのは、今のが初めてだったなとアブは思い出した。
 お出迎えの挨拶はとても会話とは言えないし、ほとんどのやりとりは秘書官を通していたのだ。
「会議の内容ってどうだったんだ?」
 アブに背中を向けたまま、メナが尋ねる。
「お前、それ、俺が話すと思うか?」
「話せる範囲なら話すだろ」
 アブな少し考え、確かにその通りだと納得した。
「……まあ、どうせいずれ広まる話ならいいか。まず吸血鬼にされたっていう娘さん達だが、ひとまずあの森の奥にあった廃村・マルテンス村に残留。というかその辺の権利関係で俺が……っていうか、ジジイが会議に呼ばれたんだが。元々は炭鉱掘る為に作った村だったが、地下深くから上質の温泉が出るらしくてな」
「へえ、確かな話なのか?」
「精霊使いとやらが複数言ってるんだから、疑う理由はないだろ。出なかったとしても俺達の責任じゃない。とにかく、温泉って言うのは治療にも効くらしくてな。そういう話になった。ただな……」
 そこで、アブは口をつぐんだ。
 新たな客が、カウンターに近づいてきたからだ。


「聞きたい事がある」
 メナの声を掛けたのは、年齢は二十代の半ばほどだろうか、身なりからして貴族と分かる銀髪紅瞳の誠実そうな青年だった。
 名前はネリー・ハイランド。
 アブの記憶では、会議に参加していた吸血貴族、カナリー・ホルスティンの関係者だったはずだ。本家から派遣されてきた使者であり、今回の事件の担当補佐だという紹介……だったが、正直人数が多すぎて、アブはあまり覚えていなかった。
「何でしょうか、ハイランド様」
 メナの応対に、ネリーは戸惑ったように周囲を見渡していた。
「カナリー様が見あたらないんだ。すまないが、心当たりはないだろうか?」
「カナリー……ホルスティン様ならナツメ様、つまり狐獣人の方と一緒に温泉に行くと言ってましたよ。ですが……」
「そうか。すまない、感謝する」
 彼は頭を下げると、特に急ぐ様子もないのにすごい速度で露天風呂の方に向かっていった。
 アブとメナは呆然と、彼を見送るしかなかった。
「……どこの温泉か、聞かずに言っちゃったな、あの人。ここの温泉とは限らないのに」
 アブの感想に、メナも頷いた。
「ああ、ずいぶんと早とちりな人だな。吸血鬼というのはもう少し、優美なモノだと思っていた」
「俺もだ。ああ、それでさっきの話の続きだけどな。マルテンス村の件。うちの村の連中集めて、こっちでも会議開かなきゃならない。マルテンス村の吸血治療には、ゴドー聖教の司祭らと、吸血鬼の一族もしばらく付き合うらしいからな」
 このエトビ村は温泉が主な観光資源だ。
 すぐ近くで新たな温泉が出るというのなら当然その相談は必要だし、何より異種族が住み着くというのなら、村人達の不安もある。
 村民達での話し合いの設定も、当然の措置だった。
「教会と吸血鬼の共同治療とは……また、聞いただけで仲が悪そうだな、それ。どうするんだ?」
 背中越しなのでメナの表情は分からない。だが、苦笑しているのは明らかだ。
 アブも同感だが、首を振るしかない。
「分からん。どうにかするんだろう。俺としては、こっちに迷惑が掛からないなら別にいいけど、村全体の意志は別モンだろ。教会の人達はともかく、もう一方は魔族だからな。杞憂に終わるとは思うけど、話し合いはやっぱりしとかないと」
 はぁ……と、アブは深く溜息をついた。
 その様子が分かったのか、くっくっくとメナの肩が揺れた。
「……気が重いのはそっちじゃないだろう? 酒弱いもんな、お前」
「おう。どうせ後半はグダグダの飲み会になるんだよ、畜生……」
 精悍な見かけによらず、アブは酒が苦手なのだ。決して飲めない訳ではないが、それでもせいぜい一杯が限界だ。それ以降は記憶を失う。
 下戸にとって、田舎の会議(と言う名目の酒盛り)は、正直重荷以外の何物でもないのだ。
「勧められても断れよ。酔った挙句、介抱してやろうとした女を無理矢理手込めにするのは一度で充分だろう」
「あははははー」
 ちくしょーと半泣きで笑うしかないアブであった。
 責任を取る為に、今は遠方にいる相手の両親に手紙を送ったが、さすがに外国宛では届くのも時間が掛かるらしく、返事は戻ってきていない。一応金細工師に、指輪は作ってもらったが、まだ渡すタイミングに困っている最中でもあった。
 幸いな事に、メナはその話を深く追求する気はなかったらしい。
「しかしまあ、炭鉱跡の奥にすごい財宝が眠っていたとはね」
 あっさり話を変えてくれ、アブはホッとした。
「ん、ああ、それか。今、賞金首にされてる連中の隠し財産らしくて、相当な額らしい。換金してない魔法アイテムもかなりあるとかかんとか、『ご隠居さん』がおっしゃってた」
 半吸血鬼、クロス・フェリーとその仲間達はため込んでいた財産も、女性達と一緒にマルテンス村の奥にあった炭坑跡に隠していた。
 それらは一旦、冒険者ギルドが預かり、彼らの被害に遭ったという申請の分は返却という扱いになっている。
 それ以外に、マルテンス村の再建などの計画もあるのだが、とにかく確実に言えるのは、そのクロス某らの成果は、基本的にギルドが事実上の没収という事になった。
 その賞金首連中も長くはないだろうな、というのは、素人であるアブにも分かった。金がなければ困るのは、冒険者だろうが村人だろうが同じである。
「残ってる資産はほとんど、裏ギルドが運営してる金融業者に預けてたらしいが、こっちはこっちで、吸血鬼にされた令嬢の一人が裏ギルドの重鎮の一人娘だったらしくてな」
 その時、ホールの方が騒々しくなった。


 騒ぎの主は、着替えを持ったボーイッシュな少女と、それを早足で追う太った髭面中年男だった。
「だーかーらー、付いてこないでってばー! 今からお風呂なんだから!」
 少女、シンジュ・フヤノの抗議に、裏ギルドの大物にして彼女の父親であるカブキーノ・フヤノは大仰に両腕を広げた。
「おお、ハニー。せっかくの再会なのになんてつれない言葉を吐くんだい。パパがどれだけお前の事を心配したか……」
「だ・か・ら、それは分かったからついて来んなー!」
 キュッと足を鳴らして立ち止まりそのまま反転、サマーソルトキックがカブキーノの顎に炸裂した。
「うごぁっ!?」
 そして一目散に、シンジュは逃げ出した。
 しかし、カブキーノもめげない。
「待つんだハニー!」
「やだよもー!」


 嵐が過ぎ去り、メナが口を開いた。
「あれか」
「あれだ」
「娘の方は言っちゃなんだけど、令嬢といった感じじゃなかったな」
「俺もそう思う」
 しかも吸血鬼になりかけているというのに、昼間からずいぶんと元気なようだった。


 などと二人が話していると、新たな客がやってきた。
 旅行鞄を手に持った、丈の長い緑色の貫頭衣を着た壮年の男だ。
 眼鏡を掛けた冷厳な目つきと顎髭から、アブはどことなく学者を連想した。
 ただ、背が高いせいですごい迫力だった。
「宿は空いているか」
「い、いらっしゃいませ……お一人様でしょうか」
 メナが尋ねると、男は頷いた。
「……一人だ。それと、リフ・モースというむす……いや、少年が泊まっているのもここだと聞いたが確かか」
「は、はい。シルバ・ロックール様とご一緒の部屋で」
「ご一緒!?」
 男の叫びと共に、比喩ではなく突風が吹いた。
「ひやぁっ!?」
 たまらずたたらを踏むメナの背中を、アブが立ち上がって支えた。
 メナを自分が座っていた椅子に急いで預け、代わりにアブがカウンターに立った。
「ど、どど、どちら様でしょう!?」
「父親だっっっ!!」
 怒鳴りつけられながらも、アブは宿泊名簿を出した。
 殴り書きでも達筆なその名前は、フィリオ・モースとあった。
「おのれ小僧……生かしては帰さんぞ……っ!」
 男は鍵を受け取り、ドスドスと足を鳴らしながら自分の部屋に向かっていった。


「ち、父親って……お前もああなるのかね?」
 椅子に腰掛けたメナは、まだ動悸が収まらないのか自分の胸を押さえていた。
「そんな先の話なんか知らん。大丈夫だったか?」
「ああ。ただ、庇うならもう少し優しくしてくれ。体に障る」
「?」
 何故か腹を撫でるメナが、アブにはよく分からない。


「すみません」
 その声にアブが振り返ると、右手の出入り口から全身真っ白の女性がカウンターに近づいてきていた。
 年齢は二十代半ばほど、ほんわかした印象だ。亜人の血が入っているのか、耳が長く伸び、山羊のような丸い角と先端が槍のような細い尻尾を生やしている。
 ストア・カプリス。アーミゼストの司教を務めている女性だ。
「あ、はい。カプリス様。どうかなさいましたか?」
「なさいました」
 のんびりとした口調のちょっとずれた返答に、一瞬アブは言葉に詰まった。
「……は、はぁ。どういったご用でしょうか?」
「その、露天風呂に行こうと思ったんですけど、ちょっと道に迷ってしまいまして」
 頬に手を当て戸惑うストアに、アブは右手の出入り口を指さした。
「……今、カプリス様がやって来た方向を、まっすぐ突き当たりとなります」
「まあ」
 深々とお辞儀をするストア。
「これはありがとうございます」
 そして彼女は『左手』に向かった。
「どういたしまして。――方向が逆です、カプリス様」
「あらあら」
 微笑みを絶やさないまま、ストアは反転し、右手に消えていった。


「……あれが、ゴドー聖教の司教様なんだよなぁ」
 カウンターから身を乗り出してそれを見送り、アブは息をついた。
「頼りないか?」
「いや、これがなかなか。例の吸血鬼の一件でも、何だかんだで教会側として引かなかったしな。そもそも教会と吸血鬼が手を組んで人を助けようなんて、普通考えはしても実行に移すまでは中々難しいだろ」
「確かにな。……そうか、心配はいらなさそうだな」
 何だか含みのある物言いをするメナに、アブは振り返った。
 大分楽になったのか、メナは椅子に座ってくつろぎ、残っていたレイムの蜂蜜漬けを食べている。
「何の話だ? 俺の葬式の話か」
「惜しい。黒じゃなくて白い話だ」
 意味がよく分からない。
 黒というのは葬式の事だろうが……。
「……さっきから、今一つ、話が見えないぞ?」
「責任の問題さ。それと、あと何ヶ月かしたら私は働けなくなるからな。それまでに仕事を覚えておいてくれ、『お父さん』」
 言って、『彼女』は差出人が父親の手紙を懐から取り出した。


※という訳で、一応今回で温泉編は終わり。
 といっても、シルバ達が何やってたかとかは書いてないので、これから単発でちょこちょこ書いていきます。
 戦闘少なめになりそうですがー。
追記:途中の描写の件ですが、この二人は半ば合意なのでそういう解釈でお願いします。
酒が関わる度に、アブがしょっちゅうネタにされてるような感じです。
……って本来本編の中で書かなきゃいけない事なのですが、ひとまずここに。
やあ、感想で言われて、確かにそういう風に読まれますよねと。(汗


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