「――ぐはっ!?」
草原に背中から叩きつけられ、シルバはたまらず息を詰まらせた。
ヌルリとした感触に唇を舐めると、とたんに鉄臭い味が口内に広がった。鼻血だ。
それを拭うシルバに、のんびりと六人のならず者達は近づいてきた。
「よう、やる気になったか、司祭さん?」
シルバを殴った大男が、好戦的な笑みを浮かべる。
「……どういうつもりだ、こりゃ?」
地面に腰を落としたまま、シルバは尋ねた。
小柄な少年が肩を竦める。
「だから、試合さ。何、タダって訳じゃない。そっちが勝てば5000カッド。新米パーティーには悪くない額だろう?」
「お前らが勝ったら?」
「お前らじゃなくて、ネイサンだよ。ネイサン・プリングルス。こっちは弟のポール」
少年、ネイサンが顎をしゃくると、大男がゴキリゴキリと拳を鳴らした。
「それで、僕達が勝った場合だっけか。そうだね、一人250カッドの1000カッドでどうだい」
「俺はともかく、仲間達はそんな金、持ってない」
「だったら君が全額払えばいいじゃない。パーティーは一蓮托生。そうでしょう?」
もちろん、シルバはそんな言葉に頷いたりしなかった。
「おい、返事はどうした?」
黙っていると、ポールの蹴りが腹に入った。
「がはっ!」
たまらず腹を押さえ、シルバは胃液を吐き出す――振りをした。
ようやく間にあった。
効果を発揮した祝福の術『再生』のお陰で鼻血は止まり、防御力を高める『鉄壁』の力で見かけほどダメージは受けていない。せいぜい枕を投げつけられた程度の威力にまで、落ちている。
「ん? なんか変な感触だな」
「よすんだポール。これ以上は必要ない」
怪訝な顔をする弟を、ネイサンは制した。
「今はだろ、兄貴」
「うん、今は」
模擬戦闘で好きなように、と暗にほのめかす兄弟だった。
「へへ……よかったな」
「それで、返事は?」
もちろんシルバは即答した。
「断るに決まってるだろ。アホかお前ら」
「ポール、やっていいよ」
「へへ、了解」
今度の蹴りは、顔面にきた。
「がっ……!」
いくら術で防御力を高めていても、鼻を蹴られてはたまらない。シルバが形成した魔力障壁に阻まれスポンジのような感触なのは変わらないが、それでも痛い事に違いはないし、少々息が詰まるのは無理もない。
何より『再生』の祝福は常時発動の為、やたら魔力を食うのである。
それに、この連中に術を使っている事を悟られるのも面倒だ。なるべく痛みに苦しむ演技を心がけるシルバだった。
「強情だなぁ。どうして駄目なのかな」
ため息をつくネイサンに、シルバは途切れ途切れに言葉を吐き出す。
「……交渉が下手くそすぎる。まず、暴力は最後の手段だ。次に……条件が悪い。素性の知れない相手と……けほっ……そんな賭けには乗れない」
一回咳き込み。
「じょ、条件がいいって事は……それだけ自信があるって事だからな。それに……俺一人で判断していい問題じゃない。仲間の了承が必要だ……」
「ああ、そう。そういう事なら、交渉は成功だ」
ネイサンはシルバの背後を見て、笑った。
「……そのようだな」
鼻を押さえながら、シルバはすっくと立ち上がった。
想像以上にシルバの元気な様子に、ポールが目を丸くする。
「断る必要は、何もないぞシルバ殿。むしろ、受けて立つ」
追いつき、間に割って入ってきたのは、黒髪の剣士・キキョウだった。どうやらトップスピードで駆けてきたらしい。振り返ると、ヒイロとタイランはまだ遙か後方だ。
シルバから、精神念波による救援要請を受け、キキョウを含む三人は即座に動いた。
が、その『即座』の速さが圧倒的だったのが、キキョウだった。ヒイロとタイランが事態を把握するより早く、キキョウは発信源であるシルバの元へと駆け出していた。
「っていうか、鬼速いよキキョウさん! 何あのスピード!?」
「うぅ……私、もう限界かも知れません……」
そのキキョウを、ネイサンは見上げた。
「へえ、リーダーさんの登場か。キキョウ・ナツメ。名前は聞いてるよ」
「リーダーは……」
――そのままでいい。
振り返ろうとするキキョウに、シルバは念波を飛ばす。
「ああ、某だ。話ならまず、某を通してもらおう」
「条件は聞いてた?」
「某達が勝てば、5000カッドもらえるとか」
「そう」
シルバは再び、キキョウに念波を飛ばした。
キキョウの頬が一瞬引きつったが、すぐに冷めた表情を作る。
「安いな」
「何」
「こちらは10000カッド出す」
「何だと!?」
「こっちが十倍出す。だからお前達も十倍で勝負してもらう。50000カッドだ」
「そ、そんな額……あ、兄貴」
「いや、別に構わぬぞ。某達が10000カッド、そちらは5000カッドでも」
「いいでしょう。50000カッドで勝負といきましょう」
「兄貴!?」
不敵な兄の言葉に、ポールは目を剥いた。
その額は、ネイサン達のパーティーの全資産に近い。ポールが焦るのも無理はなかった。
「問題ない。タダのハッタリだ。こっちに勝算がある。確かに前衛の、彼は大したモノだった。他二人も手強そうだ」
「なら……」
「でも、後衛はあれ一人。僕の『アレ』をどうにか出来ると思うか? 出来るとしてもお前のスピードがあれば」
ポールはニヤリと笑った。
「……何とかする前に、潰せる。なるほど、さすが兄貴」
話は決まった。
ネイサンは、パンと両手を合わせた。
「そういう事さ。――いいでしょう、その条件で勝負といきましょう。では早速」
キキョウは、鼻を押さえるシルバを親指で指し示した。
「という訳にもいかぬだろう。まずは、ウチの後衛の手当が先決だ。何より大金が掛かっている故、それなりの準備が必要」
「おいおい」
「二時間の猶予をもらおうか」
「一時間」
「分かった。ではそれで」
ネイサン達の後ろ姿を見送りながら、キキョウが呟いた。
「しかし、無茶な条件だぞシルバ殿。そんなお金、どこにあるのだ」
「俺の蓄え全部漁れば、それぐらいあるさ。もし負けても、その点は問題ない」
実際、前パーティーの時に、そこそこ稼いでいるので貯金はあるのだ。
だが、キキョウが反応したのはそこではなかった。
「負けてもだと? 勝算はないのか?」
「まさか。なきゃ、やらないよ。まあ、絶対とは言えないけどな」
「それでは困るな」
「相手もこちらを倒しに来てるんだ。絶対安全な戦いなんて、存在しない。だろ?」
「む、むぅ……」
「ただ、向こうはそう思ってないようだけどな。……まあ、どこか休める所で話をしよう」
ようやく、ヒイロとタイランが追いついた。
術の効果で、シルバの傷は癒えている。
だから、手当の時間というのは嘘っぱちだし、提示した時間も『予定通り』一時間得る事が出来たので、たっぷりミーティングする事が出来る。
念のために、四人はネイサン達から見えない場所に移動する事にした。
「まず、向こうはチンピラと思ってよし。頭はそれほどよくない」
歩きながら、シルバはそう三人に説明した。
「っていうと?」
ヒイロが首を傾げる。
「腕力に訴えてきた。アイツらにも言ったけど、それは最後の手段。下手すりゃ憲兵が来て、大事になるしな」
「それに、某をリーダーと勘違いした」
「多分、さっきの練習を見てたんだろうな。俺達の事を良く知らないって事だ。良くは知らないけど、与しやすい相手と見て、勝負を吹っかけてきた。さて問題。ここから導き出される、敵の得意とする攻撃は? ヒイロ」
「ボク達より、強い攻撃? 前衛がボク達よりも強いとか」
「まあまあかな」
「えー、まあまあ?」
シルバの採点に、ヒイロは不満そうな声を上げた。
「理由を出せただけ、いい解答だよ。さて、タイランは?」
「え、えっと……私達の練習は見られていたんですよね?」
「うん、おそらくね」
「っていう事は、遠距離からの攻撃か……魔術を用いた攻撃、でしょうか。私達の攻撃は近接攻撃主体ですから、相性を考えると……それがよいかと」
「うん、だと思う」
満足げに、シルバは頷いた。
「向こうの前衛の要は、あのでかいの。ポールって言ったっけ。それなりに強い」
強い、という言葉にピクッとヒイロが反応した。
「ボクより強い?」
「装備に依る所が大きいみたいだけど、多分な。後衛は、あのネイサンって言う小さい兄貴の方。こっちがくせ者っぽいな。ただ、情報が足りない」
そこが悩みどころだ。
ネイサンが、あのパーティーの要である事は、ほぼ間違いない。
自分達のように念波で裏会話をしている可能性ももちろん考えられるが、弟のポールは表情が出やすかったし、それもないと見ていいだろう。
重要なのは、ネイサンが何をしてくるかだ。
「ど、どうすればいいんでしょう」
大きな身体をガチャガチャと震わせながら、タイランが問う。
少し考え、シルバはその問いに答えた。
「分からないなら、誰かに聞けばいいんだよ」
キキョウが、ポンと手を打った。
「なるほど、情報屋か」
「いや、今から街に戻るには、ちょっと辛いな。それより実際に手合わせした人達に聞く方がいいだろう」
何よりタダだし、と付け加えるとキキョウ達は小さく笑った。
「手合わせした人達とは?」
「うん、連中、俺に喧嘩を売る前に、二、三戦はしてたと思う。ポールって奴の鎧やブーツに真新しい血の跡が付いてた」
「ならば、結局治療室か」
初心者訓練場には出入り口に、小さな受付所がある。
あるとすれば、そこぐらいだろう。他には、草原に点在する東屋ぐらいしか建物はない。
だが、シルバはいや、と首を振った。
「残念だけど、この訓練場には治療室はない。適当に寝っ転がったり、辻聖職者が回復したりしてる。という訳で、ちょっと怪我人を探そう。時間もないし、急いで」
やや大きな丘を回り込んだ先で、四人は足を止めた。
「……二、三戦どころではなかったな」
キキョウの呟きに、タイランは身体を震わせた。
「酷い……」
草原には何十人もの怪我人が、苦悶の声を上げながらシートに寝そべっていた。
まだ元気な辻聖職者達や医師達が駆けずり回っているが、とても手が足りているようには見えなかった。
シルバは近付くと、十代前半の助祭の一人が気付いたようだ。どうやらシルバと同じ、ゴドー聖教に属する少女らしい。
「よかった! お仲間ですよね。治療を手伝ってもらえますか?」
「そりゃ当然。結構な数だな」
「百人以上います」
シルバが顔をしかめ、その後ろでキキョウ達は目を剥いていた。
「ひゃ、百人……!?」
「ひぇー……」
「ど、どうしてこんな事に……」
髪を後ろで一括りにした助祭の少女は、名をチシャといった。
「パーティーの回復係自身が負傷しているので……私達だけでは、とても手が追いつかないんです。何よりその……」
シルバは、怪我人の一人にしゃがみ込んだ。顔色が悪い……いや、悪いどころではない。紫色だ。
「この症状は、毒だな」
「そ、そうなんです。このままでは、私達の魔力も尽きてしまいそうで……」
チシャが目に涙を浮かべる。
なるほど……とシルバは納得した。
ここは、初心者訓練所だ。
そもそもまだレベル持ちにすら達していないランカー達では、『解毒』の術を習得していない者も多いだろう。
「やったのは、小さい魔術師とやたら大きい戦士のいるパーティー?」
「そ、そうです」
「街に連絡は?」
「し、しました。けど、遠いですから……」
「だよなぁ……」
ボリボリと、シルバは頭を掻いた。その右手首から覗く、黒い鎖にチシャも気付いたらしい。ギルドから支給された、レベル所有者の証『ブラック・ブレスレット』だ。
「あ、あの、そのブレスレットは……」
「ああ、レベル持ち。心配しなくても、{解毒/カイドゥ}は使えるよ」
「よ、よかった。ありがとうございます」
チシャがホッとした笑みを浮かべた。
「了解した。じゃあ、まずはみんなをなるべく密集させて」
「はい?」
「一気にやった方が、効率がいい。キキョウ、手伝ってくれ」
「承知。ヒイロ、タイラン始めよう」
「な、何するの?」
「貴公が頼りないと言った、シルバ殿の力が少し見られるぞ」
チシャやキキョウ達の手で、苦しむ声を上げている冒険者達が、一塊に集められた。
「こ、これでいいんでしょうか」
「上等上等」
シルバは小高い丘を登り、彼らを見下ろす位置に立っていた。
「それじゃ、行きますよー。まずは――{解毒/カイドゥ}!」
高らかに空に掲げていた右手の指を鳴らすと、冒険者達の身体から紫色の禍々しい光が天へと昇って消失していく。
顔色のよくなった彼らに、シルバの二の術が発動する。
「続いて{回復/ヒルグン}」
彼らに向けて左手の指を鳴らすと、冒険者達を青白い聖光が包み込む。
「は、範囲回復……!?」
チシャが集められた冒険者達を見ると、傷と体力が回復した彼らが一斉に快哉を叫んだ。
それを無視して、シルバは丘からのんびりと下りた。
「本当なら全快使うんだけど、みんなそれほど体力高い訳じゃないから節約させてもらった。治ってない人がいたら、フォローはそっちで頼む」
「は、はい。あの、今の回復術……もしかして、高位の方なのですか? 実は司教様とか……」
聖職者のレベル持ちといっても、シルバの属するゴドー聖教の階級にはピンからキリまである。大雑把に分けると司教、司祭、助祭の階級が存在し、シルバは司祭に該当する。
だから、シルバは首を振った。
「いや、見た目通り、司祭。前の魔王討伐軍にちょっとだけ参加してた事はあるんだ。そのせいで、経験だけは歳よりちょっと積んでる次第で」
「ああ、道理で……」
魔王討伐軍をまとめるのは、世界中に広がるゴドー聖教の力が大きい。
故に、教会関係者も多く参加する事が多く、また生き残った参加者の多くは、戦いから多くの経験を学んでいる。
……もっとも、その討伐軍に関しては、シルバ自身が望んで参加した訳ではないのだが。
「経験も、微々たるモノだったけど……いや、それよりも聞きたい事があるんだ。各パーティーのリーダーを集めてくれないか」
集まったのは十九組あるパーティーのリーダー達だった。
シルバも彼らも、草原に座り込む。
その中の一人、二十になるかどうかという、革鎧に身を包んだ青年が頭を下げた。
「まずは、命を助けてもらった礼を言う」
「礼はいいよ。その借りは今、返してもらうから」
「というと?」
「欲しいのはアンタらをやった連中の情報だ」
「承知した。そういう事なら、オレ達は全面的に協力しよう。オレの名前はカルビン。何でも聞いてくれ」
「それじゃカルビン。アンタらに毒を与えたのは、小さいのと大きいののコンビだって聞いたんだけど、間違いないか?」
シルバの問いに、カルビンは悔しそうに歯ぎしりした。
「ああ……最初は紳士的に、接してきたんだ。それでこっちも油断した。そのまま模擬戦を行う羽目になり……いきなり本性を現わしてな……」
「全員、再起不能に追いやられたと」
要約すると、そういう事らしい。
「うむ」
他のリーダー達も一斉に声を上げる。
「アイツら、卑怯なんだ!」
「そうだそうだ! 何であんな高レベルの奴らが、こんな初心者用訓練場にいるんだよ!」
どうやら納得がいかないらしい。
しかし、そこはこの訓練場の規則にもあるのだ。
「パーティーの誰が一人でもレベル外なら、この訓練場には入れるんだよ。ここは、そういう規則になってる」
実際、シルバもレベル持ちだが、ヒイロとタイランがランク10の為、普通に出入りしている訳だし。
「それじゃ、そいつらの戦闘パターンを教えて欲しい。連携とかなかったか」
「それなら、俺達の憶えている範囲でいいなら……まず最初に前衛の防御力を下げられた」
他の面々もカルビンに同意する。
「あ、それ俺達も」
「ウチもだ」
防御力低下ね、とシルバは内心納得した。
確かにそりゃ、初心者にはキツイ。防ぐ術がまずないからだ。
体力を付けて地力を上げればいいが、そういう連中は大抵、既にこの訓練場を卒業している。これは、聖職者達の補助法術にしても同様となる。
もう一つの方法は装備を調える事だが、これも当然金が要る。金を稼ぐ為には多くの依頼をこなさなきゃならない訳で、その時点で『初心者』ではなくなるのだ。
ジレンマである。
「なるほど。他には?」
シルバが促すと、カルビンは唸った。
「それから連中の前衛が恐ろしく速くてな。向こうの攻撃は当たるのに、こっちの攻撃はほとんど当たらない」
「アイツら、鎧着てたよな」
「ああ。だから、不自然なんだ。鉄の鎧を着て、あの速さはおかしい」
確かにあの筋肉ダルマが機敏に動く姿は、想像してなかなか不自然だ。というか気持ち悪い。
シルバの見立てでは、前衛は戦士が三人。屈強なポールがエースで他二人は、その劣化版といった所だった。
「魔術師か聖職者が、加速する術を使ったのか?」
「いや、違う……と思う。初速から尋常じゃなかった。けど、素の動きでもない」
「……となると、魔術付与された装備の類かな。攻撃は一度も当たらなかったのか?」
メモを取りながら、シルバは疑問を口にする。
すると、他のパーティーから手が上がった。
「俺んトコは当てた」
「ウチもー」
話を聞くと、だが当ててもまるで効いていないようだったという。
だが、ダメージがゼロという訳でもないようだ。
「つまり、当たってもほとんどダメージが通らない……鎧も相当いいのを使ってるのな。その前衛連中に、魔術攻撃は?」
すると、魔術師をやっている一人が首を振った。
「効果が低い。ウチは火炎を使ったけど、威力が半減されたっぽい」
補助系の防御力を下げる法術は使える者が一人いたが、それも弾かれたという。
「魔術抵抗アリ……また厄介だな」
シルバは整理してみた。
敵前衛はまず、おそろしく素早い。よって当て難く、当たり易い。
鎧自体が固く、生半可な攻撃ではダメージが通らない。そのくせ{魔術師/ネイサン}が防御力を下げるせいで、相手の攻撃は相当に痛い。
おまけに魔術も半減。補助系は弾かれる。
……初心者相手にこれはチートだよなぁ。
「後衛は?」
「あの小さい魔術師は、毒の術を使う。ウチは、それでやられた」
卑怯とは思わない。むしろ、うまいな、とシルバは正直思った。
毒は持続性があり、ジワジワと体力を削っていく。
それともう一つ、心理的に付随する大きな効果があるのだ。本来支援すべき後衛が、これでやられてしまう。
「前衛の連中は防御力を下げてから機動力重視で叩き、後衛は{猛毒/ポイゼン}でジワジワ弱らせるか……まったく初心者殺しだな」
大体、相手の情報が掴めた。
顔を上げると、カルビン達が縋るような目で、シルバを見つめていた。
「頼む。アンタら次、アイツらをやるんだろう? 俺達じゃアイツらに勝てない。仇を討ってくれ」
「そうだそうだ!」
「頼むぞ!」
ふむ、とシルバは腕を組んだ、首を傾げた。
「いや、それは断るよ」
「え」
シルバは手を振りながら立ち上がった。
「俺は俺の事情で戦うんだ。アンタらの仇は取らない」
呆気にとられるカルビン達を、シルバは見下ろした。
どういう話をしているのか気になったのだろう、周りには初心者パーティーの残りの面々や、キキョウ達も集まっていた。
が、構わずシルバは言葉を続けた。
「というか、何でみんなこの訓練場にいるんだよ。強くなる為だろ。冒険者になる為だろ。金目当ても奴もいれば、ここで一旗上げようって奴だっているだろう。この土地に眠るっていう封印された古代王の剣をガチで探している奴もいるだろうし、何かしらの使命を持ってる奴だっているはずだ。ただ、ここにいる連中に共通してるのは、まだ始まったばかりだって事だ。強い敵がいるからって諦めるには早すぎるぞ、おい。困難苦難は努力して乗り越えるんだよ。ここからみんな、始まるんだ。強くなって、それから外に出てもっと強くなって、アイツらを自分達の手で直接倒せよ。その方がスッとするだろ。俺達に頼むなんて、情けない事言うな」
辺り一帯が、しんと静まり返る。
だが、どこからか小さな拍手が聞こえてきた。
見ると、チシャだった。
やがて、拍手は周囲全体に広まった。
困ったのは、シルバである。別に拍手されるような事を言ったつもりはない。単に、本音を喋ったに過ぎないのだ。
「確かに、アンタの言う通りだ」
しかも、何かカルビン達が尊敬の目でシルバを見ながら立ち上がってきてるし。
「ま、まあ、まずは俺は俺の落とし前を付けるけどな」
若干腰が引け気味になりながら、シルバは言う。
「勝てるのか」
「勝負に絶対はないよ。でもま、アンタらのお陰で、大分勝算は高くなったがね。見たかったら、勝手に観客やってくれ。俺は知らん」