砲撃の巨人ディッツは、半ば沈没したような形で川に浸かっている。
河原では、カナリーが停止したモンブランと接続した練気炉の調整に余念がなかった……が、今はその手を止めている。
というのも、幼女の幻影が突然現れたからだ。
そのサイズは、シルバ達の前に現れたモノより更に小さく、頭身も低くデフォルメされていた。
「――という訳で、峡谷奥での戦いは、もうすぐ決着がつくじゃろう。儂が味方につくのじゃから間違いないわ」
掌サイズの幼女――ナクリー・クロップは、ヒイロとリフらの戦い、シルバ達の位置をカナリー、タイラン、ネイトに伝えた。
「……とりあえず、おおよその状況は把握した」
どこも大変だな、と小さくカナリーは吐息を漏らした。
「あ、あの……でも、ここにいて、大丈夫なんですか? ヒイロ達の所にもいるって事は、違う場所に同時に存在出来る……とかって、そういう事になるんでしょうか?」
ヒイロ達に助太刀し、なおかつここにもいるという事は、理屈からいけばそうなる。
「うむ、そういう事じゃ」
タイランの問いに、小型ナクリーは満足げに頷いた。
それを更にカナリーが補足する。
「理屈としては、彼女のメイン人格がどこか拠点になる部分にいて、サブが行動しているって事になる。僕達の前に存在している彼女も、サブだ」
「うむうむ、飲み込みが早くて助かるぞ。正確には、彼女『達』じゃがな」
ナクリーは、川の方を指差した。
そこには、五、六人のミニナクリーがディッツの身体を眺めたり、触ったりしていた。
「ふぅむ、ディッツは八割破損と言ったところか……埋め込んである修復装置分では、少々時間が掛かるの」
「フォンダンから飛ばすか」
「そうしよう」
「イタルラは興味深いぞ。翼が別の素材に変質しておる」
「これは切り取って治療した方が早いの。切った部分は研究材料として、あとで回収じゃ!」
「高速培養とその間の痛み止めとなると、ちょっとした手術じゃのう」
「……ちょっとした悪夢だね、これは」
「な、な、なな……」
引きつった表情でカナリーが呟き、タイランは絶句していた。
それまで黙っていたちびネイトが、不意にそのタイランの肩をつついた。
「タイラン君は、複数の事を同時に考える事は出来るかね」
「は、はい? えと、計算しながら今晩の献立を考えたり……とかですか?」
「うむ、まあそんな感じだ。それの超高度な処理が、目の前で起こっているこれだ」
ネイトは、浮いたり飛んだりしながらディッツを観察しているナクリーの分身を指差した。
「これとはご挨拶じゃのう」
ネイトらと話をしている方のナクリーが、渋い顔をする。
だが、ネイトは気にした様子もない。
心だの意識だのは、ネイトの専門分野なのだ。
「思考の並列作業という奴だろう。もっとも、分身を作り出して行なうパターンは珍しいが」
興味深げにディッツの周囲を飛び回る幻影を眺めるネイトを余所に、今度はナクリーがタイランに近付いた。
「それよりも娘、気になっておったのじゃが」
「な、な、何でしょうか」
ジッと真面目な目で見つめられ、思わずタイランは怯んだ。
だが、ナクリーの表情は一転、年相応の笑顔で瞳を輝かせた。
「お主も誰かに造られた者じゃな! 何となく分かるぞ!」
「あ、は、はい。父に生み出されまして……」
「おおおおお、興味深いのう。精霊を人の手で造り出すとは大したモノじゃ! 父上殿はまだご存命か?」
「お、おそらく。父に会う為に、その、浮遊車を求めて、ここを訪れてたんですけど……」
「うむうむ、それならば問題ない」
何が問題ないのか、大変気になるカナリーだった。
が、気になる事は他にもあった。
「しかし、どうして今まで現れなかった貴方が、急に出現したのかな?」
「仕方あるまい。今まで、ガトーの防犯装置の故障の影響で、峡谷の最奥に封じられておったのじゃ」
タイランを見る目とは一転、ムスッとした顔になるナクリー。
「この姿で現れる事が出来るのも、本来の儂のフィールドと、電界石というエネルギーを蓄える力を持った石が埋まっているところだけじゃ。同時にディッツらの行動範囲でもある」
それに関しては、カナリーにも心当たりがあった。
「ああ、魔力がアップしている場所か」
「然り。……ふむ、そろそろじゃの。下がるのじゃ」
「うん……?」
疑問に想いながらも、カナリーは素直に下がった。
タイランとネイトもそれに倣う。
するとすぐに、横たわった重甲冑から白い煙のようなモノが噴き出した。
「な、何ですか、これ……!?」
「練気炉に組み込んでおった、儂の造った自動修復装置じゃよ。超小型の作業用機械じゃな」
見ると、破損した甲冑の部分が少しずつ、元に戻り始めていた。
「で、でも、絶魔コーティングなんですけど、この甲冑」
「ふん、儂のこの子らには魔力など関係ないわい。強いて言えばそう、『科学』という奴じゃからの。……とはいえ、これだけでは少々不足しておるので補充を呼んでおいた」
「呼んだ?」
何だか不吉な予感を覚え、カナリーが尋ね返す。
空の彼方から、何かが風を切って飛んでくるような音がしたのは、その直後だった。
「カ、カナリーさん、何か飛んできます!」
タイランの言葉に青空を見上げると、円柱形の何かがこちら目掛けて飛来している所だった。
「ミサイル!?」
仰天するカナリーに、ナクリーは全く動じた風もない。
「今話しておった、補充じゃ。心配せずとも爆発したりはせぬ」
「そ、そうかい」
「当たれば死ぬが」
「ちょっとっ!? 退避! みんな退避! ヴァーミィ、セルシア、タイランの身体急いで運んで!」
重い音と振動が響き、一抱えほどもある極太の円柱が河原に突き刺さった。
長さは3メルトほどもあるだろうか。
「ビ、ビ、ビックリしました……」
それを見上げながら、タイランが言う。
「まあ、精霊体のタイランは無事だっただろうけどね……」
おそらく、直撃を受けてダメージを受けたのは、カナリーと従者達だけだろう。
だが、相変わらずナクリーは気にした様子もない。
「よしよし、これでウチの子らの修理も出来るぞえ」
「……は、傍迷惑なところは子孫にしっかり受け継がれてるな」
「……ま、まったくです」
カナリーとタイランは頷き合った。
それからふと、カナリーは重要な事に気がついた。
「っと、そうだ! ここで、あの巨人とか直して大丈夫なのかい!? こっちを襲ったりとかないんだろうね!?」
「その心配は無用じゃ。原因であるガトーの防犯装置が停止したのでな」
「……どういう防犯装置だ」
「墜落のショックで論理回路に不具合が生じたのじゃ。そういう事もある。とにかく、あれが停止した以上、儂の命令なら絶対遵守するから大丈夫じゃよ。そこに関しては、あの赤い女に感謝じゃな」
「赤いって、貴族風の服装をした?」
崖で出会った女性を思い出し、タイランが尋ね返す。
「僕?」
「違います」
言われてみれば、確かに色以外はカナリーと被っているような気もしないではないが。
パン、とナクリーは小さな手を叩いた。
「ま、その辺の話はやるべき事を終わらせた後でよいじゃろう。この子、モンブランじゃったか。この子を動けるようにするのが第一じゃ。急ぐぞ」
「何か、新しい危機とかが迫っているのかい?」
「違う違う」
カナリーに手を振り、エネルギーが満ちてきたのか身体を震わせるモンブラン十六号を、ナクリーは見下ろす。
そしてニヤリと笑った。
「仇は自分の手で討ちたいじゃろう? そういう事じゃよ」
※ミサイル飛ばされて慌てるのは、前回と同じパターンな訳ですが、もしかしたらまたやるかもしれません。
……カナリーとナクリーで名前の韻ががが。
思考の並列作業とか、どこのアトラスの錬金術師だ。(汗