倒れるモンブラン十六号を前に、突然ちびネイトが声を発した。
「シルバ、アレを出すんだ」
「アレ?」
「練気炉だ」
「れ、練気炉って、アレか?」
「他に、何があるというのだね?」
言われ、シルバは懐からそれを取りだした。
赤ん坊の拳ぐらいの大きさの、独楽のような装置である。
元々は第六層で手に入れたそれは、この峡谷に着くまではトランクに入れていたモノだ。
持ち主であるナクリー・クロップの発明品という事もあり、奥に向かうと決めた時点でトランクから取り出して持ってきていたのだった。
「繋げられるかどうかは、カナリー次第だろうが、とりあえず見てみないと分からないだろう」
「あ、ああ。どうだ、カナリー?」
シルバは練気炉を、カナリーに手渡した。
「……基本的な接続は変わらない。うん、多少は専門的な知識がいるだろうが、何とかなるレベルだと思う。幸い、部品が足りなければ、そこらから調達出来そうだし」
言って、カナリーは川に沈みかけているディッツを指差した。
「ネ、ネイトさん、モンブランちゃん、助かるんですか?」
「まだ分からないな。シルバ、次は聖印だ」
タイランの質問に即答はせず、ネイトは更に注文を付けた。
「へ?」
首を傾げながらも、シルバは自分の首から聖印を外した。
「聖印を出して、練気炉と繋ぐ。鎖を巻き付けてもいいし、聖印の上に練気炉を乗せてもいい。とにかく早く」
「わ、分かった。これでいいか?」
シルバはカナリーから練気炉を返してもらうと、地面に置いた聖印の上に練気炉を重ねた。
「よし、祈るんだシルバ」
「へ? いや、俺今、祝福魔術は使えないんだけど……」
「祝福魔術は関係ない。助けたいって言う気持ちが重要なんだ」
「ど、どういう事?」
さすがによく分からなくなってきたシルバは、ネイトに質問する。
「だから、練『気』炉なのだよ。この機関は人の『気持ち』――想いをエネルギーに変えるんだ」
「ず、ずいぶんとロマンチックな動力炉であるな……」
キキョウが赤面し、シルバは眉間を指で押さえた。
「俺、てっきりヒイロの扱う『気』だと思ってたんだけど」
「一度方向付けられれば――まあ、スイッチだな――後は放っておいてもある程度は安定する。強いエネルギーを欲するなら、強い気持ちが必要になる。というか、ここまでの旅路で一度皆、見ているはずだ」
その言葉にシルバ達は、顔を見合わせた。
「ぬ? あ、あったか、そのようなモノ……?」
「太陽の神殿か?」
ふと思い付き、シルバは言ってみた。
どうやら正解だったらしい。
「そう。人の想いを一定の方向に導く為、あそこはあんな大きな施設が必要だった。太陽への信仰だ。もっとも、エネルギー効率の問題もあったのだろうな。それを、個人サイズにまでコンパクトにしたモノが、この練気炉だ」
そして、ちびネイトはシーラを見た。
「シーラも実物は見た事はあっても、使い道までは知らなかったようだが。まあ、使う必要がない生活だったのだろうな」
「――今、覚えた」
「祈りは、方向付けに必要なんだ。人、というかモンブラン十六号を助けたいという気持ち。司祭であるシルバの祈りほど、これにうってつけのモノはない。キキョウ君の剣気やシーラの闘気は少々方向性が違う。ヒイロ君ならば、活気や元気があって大変よろしかったのだが、いないモノはしょうがない」
シルバの考えていたヒイロの気、という意味ではあながち的は外していなかったようだ。
「た、助けたいって言う気持ちでしたら、私も同じですけど……」
おずおずと、タイランが手を挙げる。
「それなら、シルバと一緒に祈るといい」
「そ、某も助力しよう」
「――わたしもする」
練気炉に手を当てるシルバに、タイラン達が手を重ねる。
シルバの手の下で、少しずつ白い光が発され、その力を増してきていた。
「ううううう……こっちは頭がショートしそうだよ……」
一方カナリーは一人、自身の金髪を掻きむしっていた。
技術的には可能と言ったモノの、それでも精霊炉と練気炉は別物であり、接続には調整が必要だった。
それもあるがモンブランの入った重甲冑は、ディッツとの戦いでかなりガタが来ているというのもあるのだ。
動けるようにするのは、かなりの骨だろう。
「ああ、カナリー君は練気炉を受け取る時、気をつけた方がいいな。聖印に触れたら火傷するだろうから」
「ぶ、物騒な!?」
「事実だ。ふむ、シルバ達の方は準備が出来たようだ」
「こ、これでいいのか?」
シルバは低い唸り音を上げながら光を発する練気炉を、持ち上げた。
「よし、充分だろう。後は、カナリー君次第といったところだな」
「……プレッシャーの掛かる事を言ってくれるね」
カナリーは、シルバから練気炉を受け取り、重甲冑の胸に押し込める。
心配そうなタイランが、カナリーとは反対方向から覗き込んでいた。
「ともあれ助かった、ネイト」
「ふふふ……何、当たり前の事をしたまでだ。私もこのパーティーの仲間なのでな」
練気炉の接続と言った技術的な事に関しては、下手に口を挟むと逆にカナリーの妨げになりかねない。
シルバらのやれる事は、ひとまず終わったと言ったところだった。
ただし、それもこの件に関しては、である。
「シルバ殿。ひとまずは、一安心といったところか」
安堵するキキョウに、シルバは首を振った。
「そうでもない。まだ、ヒイロとリフの行方が心配だ」
そして荷物袋から地図を取り出し、地面に広げる。
まずは居場所を探らなくてはならない。
「そ、そうであった! 二人は今、どこに!?」
「ここに来る前に、ある程度の居場所は掴んでたけど、結構時間が経ってるからな」
そしてシルバは地図上に金貨を七枚散らす。
すると二枚の金貨が、ゆっくりと移動を開始していた。
向かう先は、キャンプのあった方角とは逆、峡谷の奥の方だ。
それを見て、キキョウが唸る。
「……動いているという事は、無事という事か」
「敵に拉致されてなけりゃな」
「え、縁起でもないぞシルバ殿!?」
「想定はして然るべきだろ? まあ、そうでない事を望んでるのは当然として、このまま先に進めば合流出来そうだ。で、ここに残るのは……」
「某は当然、ヒイロ達を追う。ここにいても、あまり役に立てそうにないという理由もある故」
キキョウに続いて、シーラも手を挙げる。
「――任務の条件から、わたしかネイトのどちらかはいた方がいいと判断する」
「ならば、私が残ろう。シルバと離れるのは辛いが、カナリー君に助言は出来る」
「わ、私は……」
しばし躊躇した後、タイランはモンブランの方を見た。
「……モンブランちゃんが心配ですから、こっちに」
「そうだな。タイランは、そっちに付いててくれ」
「はい」
それもあるが、この先、精霊体のタイランが素のままで行くのは危険かも知れない、とシルバは考えていた。
魔法無効化の力が、どう働くか不安だからだ。
いざとなれば水袋に潜んでおいてもらう、という手も考えてはいたが、タイランの心情を重んじる事にした。
ちなみに別の場所で、リフがほぼ似たような思考の末、三魔獣の一体を倒した事を、当然ながらシルバはまだ知らない。
そして、シルバ達は先を急いだ。
……否、正確には急ごうとした。
魔法の使えない領域に入り、時折野生のモンスターを相手にしながら登りと下りの勾配が続く道を走り続け、真っ先に息切れしたのはシルバであった。
「だ、大丈夫か、シルバ殿!?」
「――少しペースを落とすべき」
前衛の二人は、わずかに息を上げているだけだったが、シルバは呼吸すら困難であった。
「……ふ、二人とも、体力ありすぎ」
※という訳で練気炉の回。
あともう一つ未出の機関炉がある訳ですが、それはまだという事で。