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No.11343の一覧
[0] 迷宮時代[チー太郎](2010/04/14 02:33)
[1] 一話[チー太郎](2009/10/08 23:07)
[2] 二話[チー太郎](2010/04/27 21:37)
[3] 三話[チー太郎](2009/10/08 23:40)
[4] 四話[チー太郎](2009/09/21 22:01)
[5] 五話[チー太郎](2009/10/08 22:06)
[6] 六話[チー太郎](2009/10/19 04:14)
[7] 七話[チー太郎](2009/11/03 22:56)
[8] 八話[チー太郎](2010/03/30 05:22)
[9] 九話[チー太郎](2010/04/14 02:32)
[10] 十話[チー太郎](2010/04/27 22:42)
[11] 十一話[チー太郎](2010/05/10 03:13)
[12] 十二話[チー太郎](2010/06/22 00:55)
[13] 十三話[チー太郎](2012/01/08 00:28)
[14] 十四話[チー太郎](2012/01/09 03:02)
[15] 十五話[チー太郎](2012/01/30 21:49)
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[11343] 六話
Name: チー太郎◆ada7dfa9 ID:13b80337 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/10/19 04:14
 シオンは茫然と目の前に現れたそれを見つめていた。仲間が三人吹き飛ばされたことも、剣を構えなければならないことも、全て忘れてしまっていた。


 そいつは二足で立っており、非常に大きかった。それなりに高さのある迷宮内で、頭をぶつけそうである。少なくとも三メートルはあるだろう。体毛はブラッディウルフよりやや黒く分厚い。鋭く伸びた牙から、よだれが止めどなく流れている。噛まれれば強力な顎の筋肉により一瞬で肉を持って行かれるだろう。しかしシオンがそれより気になったのは、だらんと垂れさがった腕の先である。


 指の本数と同じだけかぎ爪のような刃物がついており、光沢を放っていた。それ自体はそこまで珍しくない。暗殺者などが好んで使うか武器である。多種多様な攻撃に富んだ武器であり、敵にまわすと厄介である、とシオンは授業で習ったことがあった。


 ただそれは、人間を相手にした場合の話である。かぎ爪を使う魔物など、聞いたこともない。


 魔物は複雑な武器を使わない。それは長年の研究で証明されている。だからあれは、魔物であって魔物じゃない。となると、つまり――


「ああ、人間の血はやっぱりいい……」

「っ!?」


 かぎ爪についた血を眺めながら、目の前の物体が言葉を発した。それは、シオンが導き出した最悪の回答が、正解だったことを意味する。


「魔族か…………」


 人語理解し、なお且つ話すことのできる魔物を、魔族総称する。特定の迷宮の奥深くに生息し、時折しか姿を現さない彼らの生態は、よく分かっていない。外見はばらばら。知能にもばらつきがある。しかし一つだけ、全ての魔族に共通することがある。


 彼らは圧倒的に強い。いや――その強さにもばらつきがあるのだが、少なくともSランク以上ではないと相手にならないことは、歴史が証明している。


 過去、魔族が討伐された報告例は十四回。迷宮時代が始まりすでに五百年が経つのに、たったの十四回である。その点、人間が魔族に殺されたというのは、もはや数え切れないほど多い。というのも、魔族の能力は魔物と比べてずば抜けているのである。人間に劣らない頭脳。鋼のような肉体。そしてもっとも厄介なのは、魔力である。


 魔族は例外なく膨大な魔力を保有し、魔術までも操ることができる。しかも人間が見たこともないような、強力なものを。一部の説によれば、元々魔術は魔族が作りだしたものではないか、とさえ言われている。もっともその可能性は、根源の分かってない魔術において十分あり得るのだが、人間の無様な意地がそれを“可能性”の域で留まらせていた。


 なんでこんなことに…………


 時間の経過と共に、シオンは次第に冷静な思考を取り戻していた。魔族。魔族である。魔物の頂点に立ち、何人もの優秀な探索者を屠ってきた迷宮の王。そんな奴が攻略の終わっている迷宮に、いるはずがないのである。いていいはずがないのである。


「ああん?」


 魔族の双眸が、こちらに振り返った。虚を突かれたシオンは、慌てて剣を構えた。しかしその剣の切っ先は、小刻みに震えている。


「女か…………おれの子分を殺っちゃってくれたのは、お前かな?」

「そ、そうよ!」

「そうか……そうかそうか。これはいい。くははははぁ!」


 シオンは呆気に取られた。てっきり問答無用で襲いかかってくると思っていたのに、目の前それは笑っていたのである。高々に、心底愉快そうに。その顔は、ブラッディウルフに酷似していた。


「なにが可笑しいの!?」

「ああ? 全てだよ。全て。こんなに楽しいことはない。おれはさ、強い奴が好きなんだよ。あと、人間の――特に女の肉が好物だ。魔力が多く籠っていたら、なおいいな。ほら、お前は全部揃っている。最高じゃないか」


 ニタリと唇を吊りあげる魔族に、シオンは背筋が寒くなった。悪寒が全身を貫ける。こんなことは今までなかった。始めて迷宮に潜ったときも、命を失いかけたときも、こんな状態にはならなかった。シオンは始めて、本当の恐怖というものを感じていた。


「その目……悪くない。逃げまどう獲物の目だ。それはそれで愉快だが……今に限っちゃあそれじゃ足りないな」


 魔族の赤い瞳が針のように細くなり、魔力が溢れ出た。それは明確な意思を持って、シオンを蹂躙しようとする。


「お前はおれの子分を全員殺した。大した愛着がある分けじゃねー、それは別に構わない。だがな、面白くないんだよ」

「なっ!?」

「そこまでやったんだ。おれを楽しませろ。そうじゃないと、労働力を減らしたのに割が合わないだろ」


 シオンはたじろいで一歩下がった。それが気に入らなかったのか、魔族は露骨に顔を歪めながら足を踏み出した。腕が振りあげられ、かぎ爪が鋭く光る。


 殺される。


 シオンの戦闘意欲はすでに無くなっていた。全身から血の気が失せている。魔族はふんっと鼻を鳴らし、シオン視界から消えた。否、消えるほどの速さで疾走した。そして――


「高き山は何よりも尊く――『氷輪の壁』」


 シオンと魔族の間に、巨大な氷が出現した。魔族の一撃は、その氷に突き刺さり動きを止めた。それだけではない。突き刺さったかぎ爪は抜けず、徐々にそこから凍り始めている。


 シオンは何が起こったのか分からなかった。その声が聞こえるまでは。


「ごめんシオンちゃん。遅くなっちゃった」

「ミリア!?」


 ライ麦のような金髪を靡かせて、ミリアス・アルステイはシオンの前に現れた。


「少し、呆気に取られちゃってた。でも、もう大丈夫だから」


 ミリアスの声に、澱みはない。瞳にも、力強い意思が宿っている。言葉通り、彼女は平常を取り戻しているようだった。


「シオンちゃん、さっきブラッディウルフと闘ったときに怪我してるでしょ。座って見せて」

「でも、ミリア……」

「安心して。あれはそう簡単に破られない。大分時間かけて詠唱したから」


 淡々と言い放つミリアに、シオンは一瞬に口を挟もうか逡巡した。しかしこちらを真っすぐ見つめるミリアの瞳がそれを許さず、シオンは黙って腰を落とした。


 それを見ると、ミリアはすぐさま詠唱を開始した。ぼんやりとした淡い光が、シオンの傷口を包み込む。


「わたしの未熟な治癒術だと大して効果は得られないけど、気休め程度にはなると思う。後は回復薬でカバーしてくれるかな」

「ううん、すっごい楽だよ、ミリア」


 治療した腕をぶんぶん振り回すシオンに、ミリアは苦笑しながら小さく「ありがとう」と言った。そしてすぐに表情を引き締めると、いつもとは違うきびきびとした声でミリアスは続けた。


「そのまま聞いてシオンちゃん。あの魔族、ワイルドルーディ―だ」

「ワイルドルーディーって、あのワイルドルーディー? でも、そんなの…………」

「うん、言いたいことは分かるよ。けれど、手配書で見たものと容姿もそっくりだし、それ以外は考えられないよ。元々、ハトレ迷宮に魔族はいないんだから」


「それはそうだけど…………」


 シオンはどうしても信じられなかった。ワイルドルーディーとは、AAランクの未攻略地帯、ブリザン迷宮にて出現を確認された魔族である。シオンでは、潜ることすらできない。そんな危険地帯にいるはずの魔族が、学園指定の迷宮にいる理由が分からなかった。


「事実は受け止めるしかないよ、シオンちゃん。それに、そっちの方がまだマシだよ。正体不明より、情報があるだけ対処のしようがあるから」

「対処のしようって…………ミリア、あなたまさか……」

「うん、闘うよ」

「何考えてるのよ!?」


 シオンは思わず怒鳴っていた。ここまで声を張り上げたのは、久しぶりである。そのくらい、ミリアスの言ったことは無茶苦茶だった。ワイルドルーディーには、今まで幾人ものAAランクやSランクの者たちが殺されてきたのである。そんな相手に、ミリアスは勝負を挑むと言った。シオンを入れても、闘える者はBランクがたったの二人しかいなのに。それは蟻が象に挑むような、無謀な宣言だった。


「無理に決まってるじゃない! 相手は魔族なのよ。闘うだけが探索者じゃないし、どうにかして逃げるしか――」

「無理だよ」


 狼狽したシオンの言葉を、ミリアスは冷徹に遮った。


「逃げれるはずがない。どんなに急いでも、ここから一番近い転移装置までは二時間かかる。あいつは絶対追ってくるよ」

「でも……」


 シオンは次に続く言葉が出てこず、黙りこんでしまった。ミリアスの言っていることは正論である。ワイルドルーディーは自分たちよりよっぽど足が速い。逃げられる可能性は、億分の一もないだろう。しかしだからと言って真っ向から対決できほど、簡単な問題ではないのである。


「それにもし逃げ切れたとしても、わたしにはディオスくんやケルムくん、それにミキヤくんを置いていくことなんてできないよ」


 シオンとミリアスは視線を横に遣った。ワイルドルーディーを挟んだ先に、三人は揃って倒れている。起き上がる気配はない。無防備な状態であれほど強く叩きつけられれば普通は生きていはいないだろう。さらに、ワイルドルーディーのかぎ爪にはべったりと血がついていた。少なくともあれは、軽傷では済まないだろう。


 もう死んでしまっているのだろうか。それを確認することはここからの距離だと無理である。だからシオンはミリアスの気持ちが痛いほど分かった。


 十中八九は死んでいても、必ずではない。しかしここに置いていけば、必ず彼らは死ぬのである。死体も残らない無残な姿で。彼らを置いていくこと、それはミリアスに取って裏切りになるのだろう。


 シオンは大きくため息をついた。


「あのさ、ミリア。学園に入学するとき最初に色々と心得を聞くよね。あれ、正直面倒だった」

「・・・・・・シオンちゃん?」

「だって、暗唱できるまで覚えないといけないんだよ。なんの意味があるのか全然理解できなかったし」

「うん、それはわたしもだけど…………」

「まさかこんな所で役に立つとはね」


 シオンは天井を仰ぎ、目を瞑った。


「パーティーは結成したその時から家族同然である。探索者たるもの、いついかなる時でも死を覚悟しろ。行こうか、ミリア」

「う、うん!」


 快活に頬笑みながら立ちあがるシオンに、さっきまでの恐怖はない。剣を抜く手も、震えは納まっている。


 これは試練なのだ。


 シオンは心中で呟いた。そうこれは、神が用意した試練なのである。ならば乗り越えられない道理はない。わたしには、まだやることがあるのだから。


「さて、そろそろいいかな?」


 剣を抜いたシオンの耳に、そんな言葉が響いた。驚き目を遣ると、ワイルドルーディーが牙をむき出しにして笑っていた。


「いい面になったじゃねーか。それを壊すのが楽しみだよ」

「いいの、そんなこと言って。あなた、今動けないのよ」

「ああん? これのことか。こんなもの――」


 突如ワイルドルーディーの身体が膨張すると、氷にひびが入った。それはすぐさま全体へと広がり、呆気なく轟音と共に砕け散る。


「…………嘘」


 ミリアスが幻を見ているかのように呟いた。あれは、中級魔術の中では最も拘束力を持つものである。彼女の中では“とっておき”の一つだったに違いない。それが事もなげに壊されたのである。驚くのも無理はないだろう。


 けれど――


「ミリア、落ち着いて。相手は魔族なんだから」

「……ごめん、そうだね」


 ワイルドルーディーに視線を向けたままシオンは言葉に、ミリアスは落ち着いて返事をした。シオンは表情に出さずそれを安堵する。相手は魔族。この程度のことで驚いては、先が持たない。


「わざわざ待ってやったんだ。ありがたく思えよ。だから――――早く味見させろ」


 言い残して、ワイルドルーディーは滑走する。たったそれだけのことで、迷宮の王はシオンの視界から姿を消した。


 速いっ!?


 さっきとは別だ。しっかり相手をみていたはずなのに、視界にさえ映らないなんて。右か、左か。


「シオンちゃん、後ろ!」


 振り返る暇はない。ミリアスの言葉にシオンは咄嗟に背中へ剣を回す。キンッと金属音が響くと、シオンは前のめりに吹き飛ばされた。


「くっ!? なんていう馬鹿力してんのよ!」


 悪態をつきながらもシオンは器用に受け身を取り、転倒を回避した。目に映らないほどの速さで動くワイルドルーディーを相手に、地面に腰を打ちつけることは死を意味する。絶対条件として、常に動いておかなければならないのである。シオンはそのことを直感で分かっていた。


 そしてそんなシオンをあざ笑うかのように、顔を上げた正面にワイルドルーディーは立っていた。


「――悪くない動きだ」


 ヒュンッと風を切る音。シオンは持ち前の反射神経でかろうじて右からの蹴りを読んでみせるが、身体がついていかない。今度こそ、彼女は派手に地面へと頭から落ちた。


「シオンちゃん!?」


 ミリアスの行動は早かった。彼女はシオンが蹴られるや否や、すぐに走り出していた。勿論、ワイルドルーディーはそんなこと許さなかったが。


「おい、魔術師。お前はじっとしとけ」

「っ!? 氷の壁よ!」


 魔術師が単体で戦闘を行うというのは、自殺行為に近い。よほどの格下以外でないと、詠唱をしている暇がないのである。ゆえにワイルドルーディーの一撃を簡易魔術で防いだことは、ミリアスが優秀な魔術師であることの証明である。そしてそれが泥土のように瞬きをする間もなく壊されたことも、“天才ではなく優秀止まり”ではまた当然のことだった。


 ミリアスは簡易魔術で威力を軽減させ、杖で受けてなおワイルドルーディーの一撃で意識を失った。そして重力落下に従い地面に打ち付けられ、人形のように転がった。


「おいおい、カッコだけか。脆すぎる――――あ?」


 トドメを刺そうと歩き出すワイルドルーディーの背中に、何かが当たる。コツンッと、小石が当たったような感触だった。煩わしく振り返ると、腕の体毛が僅かに焦げていた。


「待ちなさいよ、犬」


 それをやったであろうシオンは、剣を杖の代わりにして立ちあがっていた。


「人間様が脆いかどうか、教えあげるわ」

「ハーッ! お前はやっぱり楽しめるな」


 たった二合。それだけ打ち合っただけで、シオンの身体はボロボロだった。立っているのもやっとである。それでも、シオンは言わずにはいられなかった。自分自身を奮い立たせるために。


「わたしは、絶対にお前を倒す。何があっても死んでやらない」

「今からお前は死ぬんだよ」

「うるさい! あぁぁぁぁああ!」


 慈悲なく迫るかぎ爪に、シオンは身体を低くして踏み込んだ。彼女の瞳に、やはりワイルドルーディーは映らない。しかし、音と気配だけで大体の予測を立てることはできる。さらにシオンとワイルドルーディーにはかなりの身長差がある。こうして身を低くすれば、攻撃はしにくいはずであった。


 今だっ!


身体全体が危険を訴えたとき、シオンは加速する。はたして斬撃は――空を斬った。ワイルドルーディーの眉間に皺が寄る。


「もらった!」


 ここぞとばかりシオンは剣を振り――それも空を斬った。そしてワイルドルーディーの姿も、眼前から消えていた。後ろから声が響く。


「ゲームオーバー」


 振り下ろされるかぎ爪。恍惚の表情を浮かべるワイルドルーディー。シオンは力任せに身体を捻ろうとして、次の瞬間、ワイルドルーディーの顔面が爆発した。


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