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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 猿売り・解答編
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:0037dabc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/17 09:42

「なんや、何か見つけたか?」

 呼びかけに、猩々は足を止めることなく応える。
私は彼に追いついて隣に並び、見上げた。
猩々の背は低いから、普通の男の人よりも見上げる角度が低くすんで楽だ。

 日に焼けて浅黒い、目もとの笑いじわが目立つ年齢不詳の顔。
視線が合うと、猩々は私の足元を気にしてさりげなく速度を緩めてくれた。



 ――――― 戦国奇譚 猿売り・解答編 ―――――



「ん? この辺の木だと花芽が付くのはまだ先やぞ。
 ツキ達の餌は、一昨日収穫したので足りとるし。
 次は明日かあさってでええんやないか?
 新芽は摘みたての方がやっぱええし。こいつらの好みにしても、もうちっと低木の、」

「待って! 待って下さい。
 食べ物の話じゃないです」

「ほな、薬草か? 
 それやったら、葉の茂って日の当りにくいところの方の草が、」

「薬草でもないです。道です。
 私達、東により過ぎていませんか」

「先々日の集落で訊いた沢は東や言うとったろ?
 雨で崩れたところが崖になったから、次の雨が来たらまた崩れるかもと言って、」

「だから沢には行かないことにしたと、昨夜話して合意しました。
 沢の話ではなく、これまでの私達の進路です」

「方角ならなぁ。
 正確さを求めるなら、良いのは太陽を見ることやろ。
 それがでけへん木の多い所では、切り株があれば年輪を見ても、」

「猩々!」
 
「……。
 わかった。ああ、もう、わかったって。
 わかったから、そんな目で見るなや。
 わかった、わかった、わかったから。
 話す、話すからもう勘弁してちょ」

 
 「降参、降参」と、猩々はおどけたように喚き、両手をあげて後ろに跳ねた。
大げさなそのしぐさがあまりにも子供じみていて、笑いを誘う。
シリアスよりも、こういうノリの方がいい。
でも動作はおどけていても、彼はちゃんと話す気になってくれたようだ。
完全に足を止め、頭を掻きながら傍にあった木の根元を示し、先に腰を下ろして私を待っている。

 促されるまま隣に座ると、急に力が抜けた。
彼の雰囲気は変わらず、私に負けてくれる気になったこともわかって、何より安堵している自分がいる。


「あーあ、手加減されてたってことなんかねぇ。
 歳は取りたくないもんや。
 いやいや、これは例えや、例え。俺は若いよ。

 ああ、何、『手加減』か?
 ほんなもんお前さん、今までも俺の話に全部ついてきてたやないか。
 目を見ていれば、わかるっちゅうもんや。
 意味もわからずただぼんやり聞いとるだけなんか、そうやないのかくらいはなあ。
 いつでも突っ込めたんやろ? お前さんさえその気になれば。
 なんや、謙遜なんかせんでええて。怒っとるわけやない。

 ……確かに、お前さんは見た目まるっきりただの子供や。
 年相応にわからなくてええ話を、わかっとるのはおかしいのかもしれへん。
 でもな、わかっとるのにそれを完璧に隠されたら、そっちの方が気味悪いやろ?
 わかってまうのが自然なら、それはそういうもんや。しゃあないやん。
 まぁそう思うには、ちょびっと時間かかってしもたけどな。
 これだけ一緒に居って、お前さんを狐狸や鬼子の類と思ったりはせんて。
 
 それに、俺はこんなやから、好きで話しとるけどな。
 聞いてるふりされて、さっぱり聞かれへんゆーのはしょーないて。
 わかってないのにわかっとるふりされて、笑われるのもそうや。
 どんな話を振っても食い付いてきて、打てば響くように反応されるんはええ。話のしがいが違う。
 思う様に話しても、ようわかってくれる奴が聞いとるっちゅうのは楽しゅうてあかん。
 話しても話しても話しても、全然話したらへんと思うてまうんや。

 ほやからな、お前さんは話し相手として完璧や。
 何? ああ、言葉なんぞなくたって、お前さんは雄弁やろ。
 何よりその目がいつでももの言うとるやん」


 猩々の籠から降りたハナが、私の膝に背を向けて乗り、毛づくろいを催促してきた。
乗せてやれば、苦にはならない重みと共に感じる、小さな命の温もり。
静かに伝わる暖かさと同じ速さで、猩々の言葉も私に沁み込んでくる。

 私達は、どうやら鏡の真似事でもしていたらしい。

 私は彼の話を聞くことで彼を探り、彼は彼で、話を聞かせることで私を探っていたということだ。

 不審を抱いていたのは、お互いさま。
二人とも表向きは友好的に接しながら、心の中では、互いの正体を見極めようとしていたわけだ。
しかも、疑いながらも相手を信じようとしていたところまで同じだったと気が付いてしまえば、恥ずかしさに顔が熱る。
俯いても逃げられず、「なんや、お前さんは読みやすくてなぁ。気質が合うんかな」とぼやく声が耳に入ってくる。
無意識に頷いてしまって、あわててハナのお腹のやわらかい毛の手触りに救いを求めた。

 年齢も性別も、見た目、外側は全然違う。
でも、ここまで同じ行動を裏でしていたのがわかってしまうと、中身はほんとに似ているのだと思える。
それに錯覚だと切り捨てていたけれど、実はかなり前から、どうしてか彼はあまり他人という気がしなかった。
遠い親せきでしたと言われれば、そうだったのかと納得してしまいそうな感じ。
その親近感が、思考パターンが似ていたことから来たものだというのなら納得だ。
似たタイプに対してだと同族嫌悪という最悪コースもあるから、そこにはまらずにすんだのは幸運だった。

 そして、そう思った気持も顔に出ていたのか、猩々からも「俺も同じ」と応えが返った。
「不思議やけど、悪い気はせんのや」とさらに続けば、まるで私の心を代弁されているみたいでもある。
面映ゆいので、もう少しこのテレパシーの実験をしてみようかと思う。


「はいはい、続きね。口で言いや、わかるけど。

 ……この旅の行き先はなあ、最初から尾張ではなかったんや。
 お前さんのことを連絡しようとしとった矢先に、『繋ぎ』が来てな。
 どうしても三河に行かなければならなくなったってことや。

 お前さんの話はその時、折り返しで言付けたから、あの時も嘘をついたわけやない。
 連絡はちゃぁんとしとる。
 向こうからの返事を待っとる時間がなかっただけや。
 もし何ぞ急ぎの連絡があるようやったら、誰ぞ追ってくることになるやろな。
 山道は人の足も馬の足もかわれへんから、来るにしても道に入ってからと思うけど、」

「それで向かう先っていうのは、三河のどこですか?」

「あ~、岡崎の近く。か、その周辺」

「岡崎……?
 ぁ、竹千代の、お父さんのとこ」

「竹千代? 
 お前さん、その方について何ぞ知っとるのか?」

「はい。以前に一度……、お目にかかったことがあります。
 今は確か、織田に居られるんですよね?」

「どこでそのことを?」

「どこでって、前に居た三河の、」

「三河の?」

「村です、小さな」

「氏は?」

「…………石川」

「はぁ、そぉ、いしかわ……、石川ね。
 何でまたそんな大物。
 さすが、傀儡子? 
 それともこれも、お前さんやからか?
 まいった、ほんとまいったね」

 
 猩々は「ははは」と乾いた笑いを零した後、続けて「はぁぁぁぁ」と気の抜けたようなため息を吐く。
私の返事を続けざまに聞き出そうとしたことにも加え、いつにない反応だ。
リアクションの大きさはいつもと同じだが、やはりちょっと何かが違う。

 どこが違うのか考えながら観察していると、さらに石川氏について他に何を知っているのかと尋ねてきた。
私に詳しい説明を聞いてくるなんて、もしかしたら初めてのことかもしれない。
全て話してもいいとは思えないので話は選ぶが、求められたのは嬉しかったので少し張り切る。
情勢的に問題ありそうな現時点での数値関連を除き、佐吉の夜話から石川氏の歴史を抜粋して話した。

 猩々は私の話を聞きながら、だんだん眉をハの字にしていく。なのに、話を切れば「もっと」とねだってくる。
こちらが心配して止めようとすれば、口には出さず雰囲気で文句をつける。
まるでもっと話してくれなきゃ寝ないとぐずる駄々っ子のようだ。
さっきの私達とは、立場が逆。「降参」と手をあげた彼の気持ちがわかった。

 視線の駆け引きは私が負け、昼間の訓練話とそこに行きついた詳しい成り行きについても話しを引き出される。
結果、彼が望んだことなのに、話をし終わる頃には、猩々は地面に懐きそうなくらいへたってしまった。


「はぁ、才能ってのはやや(嫌だ)ね。
 本物ってのは、おそがい。
 これはなんやろね、俺にお前さんの弟子になれってことなんかね。 
 それともお前さんを正式に跡継ぎにしろってことなんか。
 俺にどうしろと……。

 ……ずいぶん昔に手放した、ただの流れの子供。生きてるか死んでるかもわかれへんってのに。
 ほんな子に、蜂須賀の古老が今だ執着してるのは妙やとは思っとったけど、ここまでとはねぇ。
 
 頭のええ奴は、神輿(みこし)を立てる。
 力がなくて賢しい(さかしい)だけなら、裏にまわって利用されへんよう自分を隠す。
 あの城でお前さんのことを探った時、ずいぶんと中途半端な隠され方をしとった。
 ほやからきっと後ろに誰かいて、お前さんは身代わりに担がれとる思うたんや。
 空(から)の神輿に子供を据えるのは、昔からの常套手段やし。
 お前さんの評判を聞けば、「お人よし」そのものや。
 利用しやすそうなのも、丸わかりな性格もしとる。
 いい奴(やつ)ってのは、損する。
 ちょっとばかり賢くたって子供や、本当に悪い奴には敵わへんゆうんが現実やろ?

 はぁ、まったく……。見抜けなかったのか、見抜きたくなかったのか。
 人よりようけものを見て、知った気になっても駄目やっちゅうことなんやろな。
 世の道理がどうとしても、時にはそれがひっくり返ることもある。
 それを忘れるなんて、初歩の初歩の大呆けや。

 『天運』ゆうもんがある。
 道理を覆せるのは、この天運だけやと俺は思っとる。

 死地にいて死なない奴。死ななくてもいいとこで、死ぬ奴。
 一生懸命働いたって認められず、恨みばっかり買うてまうのもおる。
 逆に、本人は望んでない大きな物を偶然手にする奴もおる。
 そういう不思議な力が働いとるとしか思えんようなことが、時に世には起こり得る。
 
 でも普通は、そんな運は一人のところに偏ったりはせんもんや。
 やからその大きな気運、物事の流れを力ある者は見極めんと願う。
 時運を自分のものにするため、人は情報を欲する。
 誰が何を知っているのか、この先どう動こうとしているのか。動くのか。
 より多くを知り、流れをつかめば、敵に勝ち、己を救う道が拓けると知っているからだ。
 彼らは調べるために、金をかけ、人を遣り、見えないところまで手を伸ばそうとする。
 時には命を賭け、それを手に入れろと命じてくる」

「猩々?」

「命じられれば、人は動く。
 しかし、人を動かすには力がいる。
 幼かろうが愚かだろうが、生まれ持った権力があれば人は動かせる。
 だが、それはあくまで『家』の力だ。
 本人の物ではない、借り物の力だ。

 家の力を我がものと勘違いし、それを振り回すだけでは本物にはなれない。
 本物は、己が身一つで築くもの。
 譲られた力なら、その全てを失うかの戦で勝ちでもおさめねば、他者は認めまい。
 試練を越えられなければ、いつまでも力は借り物のまま。
 それにも気付けぬほどの愚物なら、他人に腹の中でせせら笑われているのがオチだ。

 しかし。
 もしも、もしもだ。
 最初から何も持っていない者が、人を動かせるとしたら、それは何故だ?
 力もない、金もない。尊い血筋も持たない人間が、それを可能にする理由は何だ?
 それを成さしめるものは、何だと考えられる?

 敵対するものには、家の名など意味はない 
 誇り高ければ、矜持を金で売り渡したりはしない。
 けれど、金にも権力にも頼らず、人を動かすことが出来る何かがあるならば……。

 …………。
 お前には利用価値がある。

 だがな……、俺はお前さんを利用しようという気はない。
 どんなに都合がよかろうが、俺は身の程は知っている。
 ……天に逆らおうとは思わん。
 俺は、ただこの世の行く末を、この目で見届けたいだけだ。

 なあ、もうわかっているのだろう?
 俺の仕事は、あちこち歩きまわって話を集めること。
 耳役だの伺見(うかがみ)、そう昔から呼ばれているのが俺の本職だ」


 猩々は言葉を途中で変えた。
それを繕うこともなく、いつもよりもずっとゆっくりとした調子で、一つ一つを確かめるように口にしていた。
流れるような語り口もなく、抑揚も抑えられ、まとまりもない。
背にした木に寄りかかり、四肢は地にだらしなく投げ出され、完全に力を抜いているのも見て取れた。

 でもその姿が、何よりも正直な彼の答えだった。
行儀は悪い。けれど、こちらを攻撃する意思はないと、全身で示している。
少し前までの彼と比べればわかりやすいほど、私に対する身構えた部分がなかった。
玄人の擬態を見破る目を持っていなくたって、目の前に変わった本人がいればビフォアアフターは瞭然だ。

 私はその態度から彼のスタンスのアウトラインを受け取り、残りの細かな部分を言葉の中から分析する。

 彼の言葉は、彼の心の動き。
話の道筋は、私にとっての正解ではなくても、彼にとっては正しいものなのだと思う。
誰が間違っていると言ったところで、彼を説得することなど出来はしないだろう。
私も自分の心に遵って答えを出す人間だから、そこを他人に踏み込まれてもどうしようもないのは知っている。

 猩々が私に求めているのは、彼の言葉を受けて、信じるか否か。

 「話す」ことは彼の性。言葉こそが、彼の武器だ。
その武器を手放して見せるのは、一見、無条件降伏をしているようにも見える。
でも、それは、たぶんハズレ。
ここまでして私が信じるかどうかを、彼は試している。どう応えるのかを、計っている。
これがきっと最終試験―――。

 猩々の言葉を吟味し導いたその結論に、私は内心で吹きだした。

 ほんとにもう、これだから男って!

 何でこう、細かなところまで力関係を計りたがるのか。
理屈で隅(すみ)から隅まで埋められなければ、安心できないとでも言うのだろうか。
相性がいいせいかわかっちゃうけど、私は彼の主にまで立候補した覚えはない。
そこまで見極めてもらう必要なんて、爪の先ほども感じない。

 何だろう、まったく。
ここで一発、さらに彼が感銘を受けるような台詞でも言えば、私に落ちてくれるとでも?
彼の信じる私の「天運」とやらに、人生賭けてくれるって? ……冗談にしてもたちが悪い。

 彼は危険な職業に就いているらしいから、独自の価値観や判断基準を持っているのはわかる。
でも、疑いと信用の間が極端すぎだ。
敵か味方、それも味方なら主としても合格かという基準まで私に適応されても困る。
それこそ武将デビューしたいというのでもあればいざ知らず、今の私に他人を召し抱える余裕などない。
猩々だってそのくらいわかっているくせに、何故それをちらつかせるのか。
それも含めて決断を迫るのが試験だっていうなら、ますます悪趣味。

 考えて考えて、ちょっといらっときた私は、彼を横目で見た。猩々は飄々と猿達におやつの準備をしている。

 私の膝でくつろいでいたハナも、おやつに釣られて行ってしまう。
温もりがなくなり、寂しくなった手元を見つめ、私は決めた。
スルーだ。スルー、しよう。
「手に負えない物には挑まない」と、猩々本人だって断言していた。
私も、同じ。似ていると互いに認めたのだから、私が同じ結論を出したって文句は言わせない。

 私は立ち上がると座って付いた土を払い、猩々に両手を差し出し、餌を受け取る。
おやつ時に芸の訓練をするのは、すでに日課になっている。
この時、わかりやすいくらい明確に、しっかり意識していつもと同じ表情と言葉を選ぶ。
深読みしたければすればいい。けどたぶん、これで伝わるはず。
午後はいつもの調子で、三河に行く目的も話してもらおう。

 関係の再構築は大賛成。
でもまずは、適切な距離を探し直すところから、―――「お友達から始めましょう」。



 天運も本業も、各個人の一面にすぎない。
人と人として向き合う再スタートを望んだ私の気持ちがどれだけ通じたのかは、確かめていないから微妙。
猩々は私に関してちょっと勘違いしている節があるから、似ている私も彼を勘違いしていない保証はない。
でも、猩々の言葉は前と同じに戻ったし、独演会も好調。彼はしゃべりまくっている。

 だけど、時々だけど、猩々は私の意見も聞いてくれるようにはなった。

 というか、突っ込み待ちされている気がする。
話の中の隙と呆けの配分が、絶対増えている。
彼が私に望んでいたのは、もしかしたら主ではなく、漫才の相方だったのかもと思うほどだ。
それとも、私の望んだ「友人」を猩々なりに解釈した結果がこれなのか。とにかくフレンドリーではある。
やっぱり思いは、少しズレているのかもしれない。
まあ言いたいことを口にしやすい環境になったのはいいことなんだろうと、私は頑張って思うようにしている。

 あと変わったことと言えば、猩々が私に仕事についても話してくれるようになったことだ。
三河に向かう理由も、あの後ちゃんと話してくれた。

 『岡崎にて変異あり』という報が届けられ、その真偽を確かめに行くのが、彼の旅の目的だった。

 この時代の情報は、人が運ぶ。
場合によっては何人もの手を介して伝わってくる。
だから、現代の通信のように、タイムリーかつ大容量で精密なものは、元から望めない。
伝達に時間がかかれば、当然、報告内容と現在進行形の現場の実状との間にも差がでてくる。
殊に敵地の情報は、わざと偽情報を流してくる可能性もあるから、一報だけで信じることなど決してない。
でも、「確認して折り返し連絡を」とか、「複数の証拠を」とかは、超難題。
電話やネットで全てがつながる時代とは違うのだ。

 しかし、三河の盟主のいる岡崎の状況を知ることは、常に戦線を構える尾張にとっては最重要事項。
難しいからと言って、放っていていい情報ではない。
尾張は一時、その岡崎城主の嫡男竹千代を手に入れ、交渉で有利に立てたかと思ったところを逆転されている。
岡崎城主は息子より、駿河今川との信義を選んだのだ。
尾張は竹千代を人質にするのは諦め保護することに決めたらしいが、戦ではその後一年、三河に負け越し。
負けに負けた負債を補うために美濃と手を結ぶことになったのが今の流れなのだから、猩々の任務は重大だった。



 岡崎城下への潜入は難しかった。
猩々が私を娘と言いはり、猿に芸をしてみさせ、祓詞(はらえことば)に私が節つけて踊り、ようやく入ることを許された。
無害そうな親子連れの猿売りで、厄払いの技も本物と思わせることが出来たからだろう。
彼の無き落としの演技と、子猿達のかわいさと、私のちょっとした機転が揃ったから上手くいったのだと思う。
……それとこの城下町に、普段より多く馬がいたことも、潜入の一助になっていたのかもしれない。

 そこまでの戒厳令を敷いて隠していた情報は、やはり厳しさに見合う大きなものだった。

 表立っては伏せられていたが、岡崎城主・松平広忠は、すでに亡くなっていたのだ。それも、一ヶ月も前に!
私達は、それからこの戒厳令が三河内部から出たものではないことも知る。
竹千代の父が亡くなってから間をおかず、今川が城代を送りこんできたのだそうだ。
城代の到着は、半月以上前。逆算すれば、死後10日から二週間で、軍が届いたことになる。
人目を避けて早馬を走らせたにしても、そこから軍を集め二国を渡って来たにしてはかなり手際がいい。
疑惑を招くに充分な早さだ。

 広忠の後ろ盾は、彼が松平を継いだ時点からすでに今川だった。
国力の差もあり、傀儡政治との見方は以前からされていたが、それでも一応三河は松平のものだった。
しかし、新たに入った城代が、竹千代以外にもいるはずの松平の血族を後継に立てたという噂は聞こえない。
このまま異議申し立てがなければ、事実上三河は、今川の支配に完全に下ることになる。
そうなれば、尾張の織田vs三河の松平から、尾張の織田vs三国(三河・遠江・駿河)の今川という構図に変わる。

 大きな情報を手にし、私達は岡崎を脱出。そして、そこで猩々は、決断を迫られる。

 一つは、『今持っているこの詳しい情報を手に、尾張に戻る』か。
それとも、『今川の強引な支配に対し、三河の他の郷士がどんな反応を示しているかをもっと調べる』か。

 三河の支配が上手く行けば、今川は必ず尾張との戦端を開くはずだ。
その時期を正確に知りたいなら、三河やその周辺の意識を調査する必要がある。
一度尾張に戻っていたら、時間がかかりすぎ、手遅れになってしまうかもしれない。
しかし、情報収集の危険度は増す。
今回は私を連れていたことで上手くいったけど、次はどうなるかわからない。
早い移動には、子供の足はどうしても不利になる……。

 猩々は、考えをまとめるためと言いながら、私に全部喋った。
わざとらしいくらい、知った機密を駄々漏れにして、選択の責任の一端を背負わせようとする。
彼はずるいのか、それとも私を尊重してのことなのか。
私が帰りたいと言ったら、ほんとに帰る気になっている猩々を見て、息を吐く。
この有能なくせに、以外とお人よしでもあった耳役(スパイ)には、わかってもらわなければならないことがある。

 私は、足枷になる気はない。
情報の重要さは、何よりもわかっているつもりだ。
仲間だと思ってもらえるなら、守られるよりも頼られる方が嬉しい。
近くは小六や吉法師達の役に立っていると思えばやる気は尽きず、遠くは将来のためになるのも確実。
本職について学べるならこれ以上はない実地訓練と考え、私は充実している。

 私の貪欲さを舐めないでほしい。今さら危険が増したって、怯むと思ったら大間違いだ。



 猩々は情報を船で京へ行く商人に託す。寄港途中、津島経由で情報を届けられるらしい。
私達はさらに周辺を調べることを選択したのだ。
小さな村々もまわり、人と対話し、調査を重ねながら東へと進む。

 そして、浜名湖の湖北を回り、そろそろ引き返す時期を見計らっていた頃にその事件は起きた。

 数日降り続いた雨のせいで細い川があふれ、周りはどこを見回しても泥田のような風景だった。
その中で、比較的乾いた場所に私達は、兵らしき人達の一群を見つける。
馬が三頭に、人影はわかるところで10人前後。
川の堰でも切れて修復に来たか、周辺の村の状況でも確かめに来たかそんなところだろう。

 あまりにもいきなりで、何故こうなったか、ちょっとよくわからない。

 たまたま機嫌の悪い人間が適当に投げたのか、それとも悪意があったのか。
不意に飛んできた石が、籠から出たばかりのツキの足元で跳ねた。
驚いた彼女は、混乱のまま兵たちの方へ駆け込む。
それで馬が騒いで、気がつけば、兵に囲まれ因縁つけられていた。
手に長い棒を備えたおじさん達が、「怪しい奴め」と詰め寄ってくる。

 猩々はツキを追ったから、少し私と距離が開いていた。
私が怯え騒ぐ残りの二匹を離すまいと、引き綱に気を取られたその一瞬。
私よりも多くの兵に詰め寄られていた猩々は、長い棒で足元を払われでもしたのか。

 大きな水音。

 「日吉」と、名を呼ばれた気もする。
でも、彼が私の名を呼んだことはないので、空耳かもしれない。

 運の良いことに、猩々が落ちたのは浅瀬ではなく、それなりの水量のある水路だったようだ。
彼の姿を追って兵たちが騒ぐが、水に踏み込むほど勇気のある者はいないらしい。
猩々は腐っても川並衆の一員で、泳げないなんてことはありえない。
刃の無い棒では傷を負ったとも考えられず、心配するだけ無駄だ。

 それよりも、今は、私が大ピンチ。

 猩々を追っていた兵まで戻ってきたら、もはや逃げる隙はない。
ツキは上手く彼が逃がしたようだけれど、私の手元にはユキもハナもいる。
この子達を置いて、猩々のように水の中に逃げるというわけにはいかない。

 どうするか、と、活路を探して視線を巡らせていると、兵達の後ろから偉そうな人が割って入ってきた。

 「松下様」と声をかけられている人の装束は、簡易の戦仕立て。
他の兵よりもあきらかにいいものを着ていることから見て、この人が一番上のようだ。ということは、馬の持ち主。
せめて少しでもこの猿達に興味を示してくれれば、売り込みの仕様もあるのにと望みをつなぐ。
が、どうも興味なさげ。僅かな引っかかりも見せない一瞥が、私達の上を通り過ぎる。

 いやもう絶対絶命、打つ手なしか!?

 考えても妙案が浮かばない悔しさに歯ぎしりしそう、そう思ったその瞬間、さらに、新しい人物が登場。
まだ声変わり前の、少女にも似た高い声が人垣の後ろからかかる。

「父上、あの者達をお止め下さい。
 あのように小さなもの達に武器を向けるなど! どうか、父上」

 うわっ、救世主っ!
 
 声の持ち主を探せば、先ほどの偉そうな武士の斜め後ろに赤い顔した小さな姿が見えた。
偉そうな男とよく似た戦装束を身につけた少年武士。
「父上」と呼んだのだから親子なのだろう。
少し頬を紅潮させ意気込むように言い募るのは、急いで来たからか、正義感からか。

 しかし彼の出現は、私にとって蜘蛛の糸。
少年は期待を込めて父親を見、私も同じくその沙汰を待つ。

「ふむ、だが、小さいとはどちらのことだ?」

「え?」

 が、返ってきたのは直接的な答えではなかった。
逆に父に問いを返され、彼の視線がこちらに戻る。

 さっきのごたごたで、私はハナの引き紐に足を取られて転んでいた。
綱のちゃんと付いていないユキを離さないために、地面の上で背を丸くして彼女を抱え込んでいる。
私の腕の中にいるのは、その腕に隠れるサイズの一歳の小猿。
足元で威嚇中のハナも、成体の雄に比べれば段違いに華奢(きゃしゃ)な、若い雌猿だ。
 
 少年は眉根をきゅっと寄せ、私と猿の間で目線を彷徨わせる。

 人から猿へ。猿から人へ―――。

 口を引き結び気真面目に考える少年の視線は彼の父親と違い、私にも猿にも熱心に平等に注がれる。
そして彼は、いい加減痺れを切らした父親が割り込むまで、延々と悩み続ける。


 ―――『人かと思えば猿(も小さい)、猿かと思えば人(も小さい)』

 これが、私の命の恩人となる少年、松下嘉兵衛之綱との出会いだった。


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