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No.11180の一覧
[0] 城塞都市物語[あ](2009/10/11 14:02)
[1] エックハルト公爵家伝[あ](2009/09/24 22:14)
[2] 子爵令嬢手記[あ](2009/09/24 22:14)
[3] 軍師公爵帰郷追記[あ](2010/07/14 20:32)
[4] 公妃誕生秘話[あ](2009/09/30 21:50)
[5] 隻眼騎士列伝下巻[あ](2009/09/24 22:15)
[6] 名人対局棋譜百選[あ](2009/09/30 21:51)
[7] 弓翁隠遁記[あ](2009/09/26 12:36)
[8] 従者奉公録[あ](2009/10/03 15:50)
[9] 小村地獄絵図[あ](2009/11/01 20:33)
[10] 迷走研究秘話[あ](2009/11/01 20:28)
[11] 王公戦役[あ](2009/11/01 22:05)
[12] 城塞会議録[あ](2012/01/09 20:51)
[13] ナルダ戦記[あ](2012/05/01 00:46)
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[11180] 小村地獄絵図
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/01 20:33
【幸せな招待状】




国境付近の鄙びた村の朝はいつもより幸せな風に包まれていた。


村で一番のかわいいと評判の少女と村一番の色男と言われる青年の結婚式が
この日の午後から深夜に掛けて盛大に行われる予定になっていたのだ。


式を前にして緊張の色を濃くする新郎、此れからの蜜月に想いを馳せて頬を染める新婦に、
これからの明るい両家の未来に沸き立つ親族と馬鹿騒ぎする気満々の村人一同など、
国境付近の鄙びたナサハ村はちょっとしたお祭り気分の人々で一杯だった。




幸せな式が始まる直前までは・・・







騎士長として悪戦苦闘の日々を送るエリカの元に故郷の村に住まう親友と相棒から
彼らの結婚式の招待状が届くと、彼女はすぐさま別邸武官長に事情を説明して
休暇の許可を得ようと行動していた。



城塞都市グレストンとナサハを往復する日数を考えれば休暇の期間は最低でも15、6日は必要であり、
その期間の長さから、容易に許可は下りないだろうとエリカは半ば覚悟し、
決死の嘆願をする心算であったのだが、彼女の見込みは幸いにも外れることになった。
なんと、一月でも二月でも休んで構わないと別邸武官長が休暇申請をあっさり認めたのである。



武官長としては面倒毎の火種になりかねないエリカが自分からしばらく姿を消してくれると言うならば、
それを止める気はさらさら無く、喜んで送り出そうと考えたようである。



この武官長の余りにもうれしそうな反応と過分な処置に、一時的な厄介払い出来たことを喜んでいるのだと
気付いたエリカはちょっとばかしムカついたが、望外の結果を得たことには変わりがないので、
笑顔で内心を隠しながら、武官長に礼を言ってその場を辞した。




◆◆



『何で僕がエリカ様の休暇に付き合わないと行けないんですか!』

「えっと、アー君は一応私の従者でしょ?それに、女の一人旅ってやっぱ危ないよね?
 男の人が一緒に付いて来てくれると安心だし、ずっと一人ってのも寂しいし・・、ダメ?」




上目遣いで全然らしくないぶりっ子をしてお願いする主人の様子に怖気を感じながらも、
アーキスはしぶしぶエリカの帰郷に同行することを了承する。
一応、従者の役目として主を守るというものがある以上、エリカに付いて行かないと言う
選択肢を取ることは不可能なのだ。




「やった!アー君、ありがとう。それじゃ、早速だけど一緒に馬屋まで乗馬を選びにいこっか?」



強引に腕を自分の腕に絡ませて馬屋へと引きずって行こうとするエリカの
屈託の無い笑みを見ながら、アーキスは主のちょっとした我侭に付き合うのも悪くないかと思い始めていた。
少しずつ、エリカの術中に嵌ったアーキスは順調に飼い馴らされ始めているようである。



もっとも、貸し借りにかなりシビアの所があるエリカの方も、人の良いやさしい従者には
ついつい、甘えに近い我侭を言ってしまうなど借りを順調に増やしているようで、
その点からも、彼女がアーキスに心を許し始めている様子が窺えた。

あーだこーだ言いながらも一緒にいる、この二人のひよっ子騎士達は
このまま時間さえゆっくり掛けていけば、良いコンビになりそうであった。






【故郷への旅立ち】



もうそろそろ秋から冬へと季節が移ろおうとする中、かわいい顔をした従者と一緒に
ナサハを目指すことになるエリカは冬支度に旅支度と大忙しであった。


城塞都市グレストンを中心とする一帯は北方諸国と違って温暖で過ごしやすい気候であったが、
冬に半袖短パンで過ごせるような気候では当然無く、それなりの冬支度をする必要がある地域であった。

そのため、どちらかと言うと寒がりのエリカも初めてのグレストンでの冬を無事越すべく、
湯たんぽを三つも購入するなど、ほかほかベッドで就寝できる体制を整えていたし、



厳しい冬の旅を乗り切るため、厚手のコートに防寒・防水性に優れたマントや手袋等々、
防寒着をミリアと仲良く一緒に買いに行ったりしていた。




◆◆




「それじゃ、サリア姉さん行ってきます」



本来なら城塞都市内にあるルーデンハイム邸に転居している筈のエリカだったが、
叙任して一月以上経った今も優しい姉のいる宿屋での下宿生活をずるずると続けていた。

ことある毎に『もう、いっちゃうのよね・・』『私たちのこと出て行っても忘れないでね』と
寂しげに、時には涙ぐみながら言うサリアに引っ越しますとは言えなかったのである。


『うん、エリカちゃんくれぐれも気をつけて行ってね。ちゃんと夜は暖かくしてね
 アーキス様、くれぐれもエリカちゃんの事をお願いします。それから、それから・・・』



サリアが幼子にするような注意を始めようとすると恥かしくなったエリカは顔を真っ赤にしながら、
『もう、大丈夫だから!』と言ってなおも言い募ろうとする心配性な姉の言葉を強引に遮ろうとしたのだが、
『だって心配で心配で仕方が無いのよ』と返されると同時にぎゅっと抱きしめられ動けなくなっていた。


そんな微笑ましい二人の姿をサリアの夫とエリカの従者は優しく見守りつつ
待ちくたびれた二頭の馬がブリブリと地面に零す馬糞の処理を粛々と行っていた。





『アーキス君、もうしばらく掛かると思うから、裏の馬屋に馬を繋いで置いて
 中でコーヒーの一杯でも飲まないかい?出掛ける前に体を冷やしちゃだめだからね』

『すみません、わざわざ気を使って頂いて、お言葉に甘えさせて貰っても良いですか?』


『全然構わないさ。まぁ、あの二人は熱々みたいだし、ほっといても大丈夫だろう
 そうそう、ちょっと前にお客さんから貰ったいい豆があってね。それを煎れよう
中々の香りと濃くのある出物だから、きっと君にも気に入って貰えると思う』

『わぁ、ちょっとワクワクしますね。美味しいコーヒーのある朝って最高ですよね』




粗方馬糞の処理を終えた二人は、まだまだ終わりそうに無い熱い抱擁を続ける姉妹を放って
コーヒーブレイクを取ることにする。
盛り上がってしまったサリアの暴走が簡単にとまらない事を夫は良く知っており、
アーキスも彼女の事を良く知る人の言に従う方が賢明であると判断したようである。



ぎゅうぎゅうと愛情一杯の抱擁で熱くなる二人に、
湯気立つコーヒーの香りを楽しみながら静かに暖を取る二人・・・
少年少女の旅立ちはあったかく、それ以上にゆっくりしたものになっていた。









結局、城門まで見送ってくれた若夫婦を背にしながら、ナサハの村を目指す二人は
特に良い馬を見繕った甲斐もあってか、順調に草原を駆け抜けながら出発の遅れを瞬く間に取り戻していく。

小さい頃から騎士に憧れて馬術を修めてきたアーキスはもとより、
盗んだ農耕馬(エリカ曰く、黙って借りた)で悪友達と共に山野を駆けていたエリカの
馬術は我流特有の癖はあるものの、かなり高いレベルにあったので、
乗馬の能力をほぼ最大限に引き出して駆ける事が出来ていた。




「へぇ~、アー君ってカワイイ顔して結構やるじゃん。私のひんべぇ二号機に
 送れずに付いて来るなんて驚いたわ!やっぱ、騎士様の正しい馬術は違うわね」

『驚いたのはこっちですよ。まさか、平気な顔して早駆けできる女性が居るなんて
 それに、そんな馬の鬣を手綱代わりに引っ張る無茶苦茶な乗馬方法で早いなんて・・』



エリカから乗馬は得意だと聞いてはいたものの、彼女特有のハッタリと思って
余り本気にしていなかったアーキスは最悪、自分の後ろに乗せてしがみ付かせる心算だったのだが、
その目算は大きく外れ、全力で走らせる自分に平然と付いて来て並走する少女に驚嘆させられていた。




「まぁ、農耕馬のいつ切れても不思議じゃないぼろぼろの手綱なんか握って早駆けする
 度胸はさすがの私もなかったってこと。もうこの乗り方に慣れちゃったから手綱捌きは
 今一なんだよね。そうだ、アー君に手取り足取りイヤーンな感じで教えて貰えば良いよね」

『何ですか、そのイヤーンって言うのは?まぁ、良いですよ。僕も人に教えるほど
 技量がある訳じゃないですけど、初歩の手綱の扱い位なら十分教えられますから』




二人目の師ニヤードを髣髴させるニヤケ顔で言うエリカの冗談をさらりと流したアーキスは
彼女のお願いを快く引受ける事を約束する。
そんな良く出来た心優しい従者に主は少しだけ照れくさそう顔をしながら感謝の言葉を述べる。



たった二人だけの旅は、間にある距離を確実に短くさせていく。
少なくとも、今回のグレストン-ナサハ間の旅路でエリカは
孤独の余りサラマンダーより速い馬に恋しちゃうような醜態を晒すことだけは無さそうだった。







【月明かりに照らされて】



昼食と馬を休ませる時間を除いて、ほとんど休まずに馬を走らせ続けた二人の上空は
いつのまにか太陽の輝きが届かぬ夜へと様相を変え始めたので、
旅の歩みを一旦止め、二人の旅人は明日を無事に迎えるための準備を始めることにした。

まだ三分の一も進んでいない中で、少しばかり無理をしたところで意味がないことを良く分かっていた。


月明かりと星の輝きに彩られた闇に包まれた頃、仲良く協力して寝るためのテントをようやく組立終えた
少年と少女は焚き火で暖を取りながら身を寄せながら座っていた。



何も無い草原の静かな夜に音を与えるのは、二人の話し声と焚き火の薪が爆ぜる音だけが鳴り響く。






◆◆



「ねぇねぇ!もうちょっとくっ付いて良いよね!そっちの方が暖かいよね」

『ちょっと、エリカ様!幾らなんでもそれは拙いです!』


「もう照れない照れない、一緒に旅するって主従の親睦を深めるには
 凄くいい機会でしょう?ここはグッと距離を縮めて語り合わなきゃ!」



唯でさえ隣り合わせて密接しているというのに悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
更にずいと其処から体を寄せて腕を絡めてくるエリカに、アーキスはあたふたさせられていた。

故郷のナサハで男女の分け隔てなく駆け回っていたエリカと違って、
幼い頃から騎士としての道を志して修練に励んでいたアーキスは
余り同年代の女の子と接する機会がこれまで殆ど無く、女性に対する耐性が余り無かったのだ。



そんな初心な所が彼の容姿とあいまって非常にかわいくエリカには見え、
弄りたい衝動を掻き立てるのだった。



『まったく、エリカ様はもうエックハルト騎士団の騎士長という地位にあるだけでなく
 准子爵という爵位も持った貴族の一員なのですから、もう少し慎みを持って下さい』

「大丈夫大丈夫。普段はちゃ~んと猫被ってるから、私が大胆になるのはアー君の前だけ」


『耳に息を吹きかけながら変な冗談は言わないで下さい!怒りますよ!』




しなを作りながら耳元に息を吹きかけるエリカの色香は残念ながら
隣の実直な騎士を迷わすほどの力を持って居なかったようで、
自業自得ではあるがちょっと不機嫌になった従者の御機嫌取りを彼女はすることにしたのだが、


その白々しい気の使いようを見てもアーキスは中々冷やかな態度を崩さなかったため、
彼女は新妻たるものはかくあるべきかと言った風に甲斐甲斐しく
彼のために夕餉のスープをよそって手渡すなど色々世話を焼いて
一度怒ると面倒な少年の歓心を買おうと苦心していた。



『はぁ、もう怒っていませんから普通にして下さい。それと、私の世話ばかり焼いてないで
 エリカ様もちゃんと食事を取って下さい。明日も朝から長時間馬を走らせる予定ですよね?』

「うん、ありがと。あと反省もしてます。ついついアー君が相手だと調子に乗っちゃって
 また、嫌なことしました。ごめんなさい。これからは『出来るだけ』気をつけるようにします」


『どうにも、『出来るだけ』って所が引っ掛かりますが、聞き流して置きます』

「うんうん、細かい事は気にしない気にしない!さすがはアー君だね!」




機嫌を直した従者に大喜びのエリカは再び調子に乗り始めるが、
アーキスにはもうそれを止める気力も体力も残っておらず、
エリカが残りのスープをペロっと平らげる頃には座ったまま頭を上下させていた。



そんないつも真剣に自分のことを怒って、心配してくれる優しい従者の笑顔に癒されながら、
エリカは月明かりと焚き火の炎に照らされながら、
この幸せな夜がいつまでも続けばいいのにと願わずにはいられなかった。



親友を祝福するために始まった旅路は当たり前の幸せに溢れていた・・・







【雨とテントと二人】



二日目の朝、出発の準備をするためにテントを崩そうとする二人の頬に
小さな雫が落ち始めたと思ったら、瞬くままに激しい雨へと変貌していく。

この突然の豪雨から乗馬を守る為、二人は携帯していた馬用の簡易な雨避けを慌しく組み立てたのだが、
その作業をする間に少なくない雨をその身に受けてしまう。
無論、防水性の高いマント等を羽織ってはいたが、それで完全に風雨から身を守れるわけでは無かった。



こうして、二人は雨が降り止むまで旅路を進めることは諦め、
テントの中で濡れた衣類を乾かしながら、冷えた体を温めるという選択肢を採らざるを得なくなった。




◆◆



「ねぇっ、アー君、そのっその・・、昨日の今日のでであぁアレななっんだけど!
 さっさむさにはかっ勝てないよね?ちょっっちょっと抱きつかせて貰うわよ!!」



寒がりなエリカの強引な抱きつき攻撃にアーキスはジタバタと無駄な抵抗をするが、
髪を濡らしてガタガタブルブルしている女の子を突き放すような仕打ちも出来ず、
茹蛸状態になりながら、薄着少女の為すがままにされていた。





『そろそろ服も乾きましたし、その、離れて頂きたいのですが?』

「えぇー、くっ付いてるほうが暖かいのにーって・・・、分かったから睨まないでよ!」




渋々、アーキスという名のカイロから離れたエリカは『寒い寒い死ぬ死ぬ!』とぶつぶつ言いながら乾いた上着を羽織ると
雨が当たらないようにして焚いた火の直ぐ傍に、再びちょこんと座りながら手をかざして暖を取る。



このエリカの目にも止まらぬ行動の速さをみて、
主の過剰な寒がりぶりは自分に抱きつく為の演技では無く真実だとようやく信じる気になっていた。
ほんのチョッピリだけ演技だったことを残念に思った気持ちを主に内緒にしながら。


アーキスもなんだかんだ言っても年頃の男なのである。
柔らか~い女の子の感触が嫌いなんてことは無いのだった。








「全然、雨止まないし、ヒマ~!ヒマだぁ~!」

『ちょっと、転がりながら足バタバタしないで下さい!当たってますって!』 


「え~、だって晴れないんだもん!ヒマなんだもん!」

『なにが「~だもん!」ですか、子供みたいなこと言ってないで大人しくして下さい
 駄々を捏ねたって雨は止みませんし、今はじっと大人しく待つのが賢い選択ですから』


「ちぇっ、そこは子供みたいじゃなくて、『かわいく言ってもダメですよ』とか
 笑顔で言って、主様をドキドキさせて退屈させないのが従者の務めだと思うんだけど?」

『そんな変な務めは従者にはありません。下らない事を言う暇があるなら寝てて下さい』





半日以上経っても止まぬ雨にエリカのイライラは限界値を大きく上回り始めていた。
もともと、女の身でありながら悪くない縁談を幾つも断って村を飛び出し、
故郷を離れた都会で女騎士にまでなってしまう行動力に溢れた彼女は
とにかくジッとしている事が我慢出来ない子であった。



そんな主に付き合わされる従者のアーキスは旅が始まって何度目か分からない溜息を盛大に吐いていた。
彼は思わずにはいられなかった。
公爵家別邸などの皆がいる場所では大人びた表情と態度をみせている主が、
自分だけがいる場所では年相応の無邪気な姿をみせるのか?と、


もしも、アーキスがあと4、5年の時を経てもう少しだけ人として成熟していれば
これほど分かり易い彼女の態度から、自分に寄せられつつある思いを感じ取ることが出来たのかもしれない。






「それじゃ、退屈しのぎに主従の親睦を深める為にお喋りでもしよっか?」

『まぁ、ジタバタと暴れられるよりマシなので良いですよ。何を話します?』


「うん、じゃ、アー君に質問です!貴族の結婚相手とかが
 平民や平民出身貴族の息女とかってのはアリなんでしょうか?」

『何か脈絡の無い質問ですね。まぁ、大人しくしてくれるみたいなので答えますけど・・
 確かに伯爵以上で平民の女性や成り上がった貴族の息女と婚姻する例は、殆ど皆無です』


「やっぱり、そうなんだぁ。シェスタさんの結婚披露宴でのボンボン達の反応で
 何となくは分かってたけど、改めてアー君に知らされると結構ショックだなぁ・・」

『まぁ、王子様と村娘が結婚するなんて夢みたいなシンデレラストリーは
 結局は物語だけでの話というのは仕方が無いですよ。でも、高望みしないなら
 そんなに心配しなくても大丈夫です。下級貴族が平民階級の人と結ばれることは
 多くは無いですが、そこそこあります。ちなみに、私の母は平民階級の出身です』




「ふ~ん、さすがに公爵夫人とかは無理でも、騎士様のお嫁さん位にはなれるんだ」

『そういう事です。以前、エリカ様が話された方々は、皆父親が高位の人
 ばかりでしたから、ああいった素気無い態度を取られたのだと思います」




修学旅行の好きな子いるの?的なノリで始まった主従の会話は
恋愛要素3に雑談1の割合で少々内容は偏ってはいたが、
お互いそういう事に興味津々なお年頃であったため、そこそこ盛り上がっていい暇つぶしになっていた。


ちなみに、アーキスの母親が平民と聞いた時にエリカが小さくガッツポーズしていたのは内緒である。






【ロネール王国】



ロネール王国はフリード公国の南方に位置する国家である。
その歴史は古く、300年の永きに渡ってその一帯の支配者として君臨していた。

また、国境を接するフリード公国とも矛を交える事が度々あり、
戦史に残るような大規模な会戦を幾度と無く繰り返したこともあった。


もっとも、30年程前から始まった『南蛮七国の大乱』に大規模な軍事介入を行うようになると
フリード公国を相手にする余裕が無くなったのか、
多額の戦費補償金を支払うことによって、休戦条約を結びニ正面作戦を避けている。



それ以後、2国間の間では武力衝突は起きてはいないが、現在でも殆ど国交は無く、
休戦当初はロネールとフリード両国の間には微妙な緊張感が国境線沿いに走らせていた。


だが、緊張の糸は細く脆いものである。頭を垂れて休戦を仇敵から乞われたフリード公国は
戦略上の方針転換から自国が侵攻対象から外れた事を自らの力による勝利と慢心し、
南方の乱が永遠に続く物と錯覚していた。



30年の時は、戦線に張り巡らされた緊張と防諜の糸を緩ませるのに充分な期間であった。
関税やら通行許可審査などの通商上の制限と比べて、軍事的な警戒心は随分と薄まっていたのだ。





◆◆




『第ニ部隊、既に国境を突破しております。明日の夜明けと共にロウハの村への
 攻撃を開始する予定となっております。第三部隊もニーヒトの村を同様に・・・』


「結構、些事を含めて万事に滞り無しということでよいな?ならば、我々本隊も
 腑抜けた公国の連中に動乱の時代が再び訪れた事を知らしめに行こうではないか」



副官のアリエル・ベルモンド伯の報告を遮ったゲルト・ルーデル侯は、
『剣王』が持つに相応しい大剣を振りかざしながら、
血に飢え殺戮に狂った部下達に戦いの始まりを告げると狂熱の歓声が瞬く間に部隊に感染していき、
さほど時間を要することなく、侵攻の準備は整えられることとなった。
獲物を前にしながら躊躇し、モタモタするような間抜けは
新任の副官を除いて彼の部下にはいないようである。




過酷な南方の大乱を生き抜いた『剣王』の部下達はよく訓練された獣の集団であった。




「どうした副官殿?これから我々が為すことがそんなに不満か?」

『不満です。戦う術を持たぬ小村を焼く事に何の意味があるというのです?』


「俺達に逆らえばどうなるか、それを知った弱兵は俺達に恐怖するようになる
 そうなれば占めたものだ。殺すのが随分と楽になる。まぁ、狙いはそれだけじゃないが」

『何ということを!貴方は栄えあるロネール五師団の師団長という地位にありながら・・・』




初陣のアリエルにとって尊敬すべき地位にある師団長の言葉は信じられない暴言の連続であった。
将兵の模範となるべき将が、大した事じゃないとばかりに虐殺を肯定するような発言をするのである。
その上官の態度に栄えあるベルモンド家の一員である彼女が納得できるわけも無く、
暴挙を止めさせようとに盛大に抗議しようとしたのだが、



『剣王』に鞘から抜き放たれた大剣に前髪を数本切り落とされ、
腰を抜かして情けない言葉を吐き出すだけだった。



「そうキャンキャン吼えるなよ。お前だって死にたくないだろう?」

『ひぃっ・・、なっ何を・・、わたくしはベルモンド家の者なのですよ!』

「知るかよ。このままお嬢ちゃんを斬り捨てて、栄えある戦死者にしたって構わんのだぞ?
 名家の御令嬢の女騎士様だか知らんが、俺のやり方の邪魔になるなら『戦死』して貰う
 お前は黙って俺の横に突っ立って居ればいい。死にたくないなら一切余計な事はするな」




シンプルで非常に分かり易い主張を行動と言葉示されたアリエルは
ただ首を縦に振ることしかできなかった。
地獄のような戦線を10年間生き抜いて、一介の部隊長から師団長にまで登りつめた化物に意見することほど、
命知らずな事は無いと、遅まきながら気が付いたようである。








ルーデルはすっかり大人しくなった世間知らずのお嬢様に満足したのか、
大剣を鞘に収めると、座り込む副官を無視して自ら部下を呼び、
進撃の銅鑼を叩かせるように指示を出す。


愛馬に跨った『剣王』の進撃の始まりは、フリード公国南部の悲劇の始まりと同義であり、
出陣の時とは打って変った暗い表情を見せる初陣の少女は、望まぬ惨劇の目撃者となる。






【華やかな朝】


村で一番かわいいと評判のリアと美丈夫のレイド達二人の結婚式当日は
それまでの雨が嘘であったかのような晴天に恵まれていた。

そのため、止む無く屋内で行おうとしていた披露宴も当初の予定通り外で行おうと
村人総出で会場の移設作業で大忙しであった。


また、この対応から新郎新婦が村の人々に大事に思われていることや、
ここに住まう人々がどれだけ暖かいかという事がよく窺うことができる。



エリカの故郷のナサハは本当にすばらしい村であった。
新郎新婦も多くの人々に祝福されるような素晴らしい親友であった





◆◆


何とか昼前までに披露宴会場の移設を終えた村人たちは、
美しい花嫁衣裳に身を包んだ少女がいつ現われるかと首を長くして待っていた。
そんな最中に、幸せな式には相応しくない激しい轟音が南方から届く。





『何の音だ?あれ?』 『地鳴りもしていないか?』





最初は小さく、間の抜けた会話をしていた村人達であったが、
それが、恐ろしい怪物達が近づく足音だと気が付くのに時間は掛からなかった。





『盗賊だっ!!!』 「バカ野郎!あんな大軍の盗賊がいるかよっ!」





千騎を優に超える騎兵が村に一直線に突撃してくる。この悪夢のような現実は村中をパニック陥れる。
様々な条件が重なった村に取って最悪のタイミングでのロネール師団の襲撃であった。




この日は偶然にも二人の有望な若者の結婚式であった。
そして、数日来続いた雨が止んだ為に披露宴会場を屋外に移設するため、
見張り役の男衆もその作業に借り出されていたため、物見台には誰も人は居らず、
信じられないような襲撃に気付くのが致命的に遅れてしまったのだ。





「男は殺せ!!殺せ!女は犯せ!子供は嬲れ!」 『奪え!目の前の奴等は家畜だ殺して喰らえ!』

「逃げろ!村の外にっが・・・」 『いやぁっ、お父さん!』 「女だ!女いるぞぉおお!!」





馬上の騎士達が無差別に村人に槍を、剣を振るってその命を哂いながら刈り取る。
その悲鳴に心地よさを感じながら組み伏した女を相手に腰を振り続ける何匹もの獣達に、
身の程知らずにも自分達に牙を剥いた男の首級を手に携えた槍で突き刺し、高らかと掲げる英雄達・・・
絶対的な勝者達はその勝利に相応しい戦利品を貪っていた。




幸せの式の変わりに最悪の宴が始まったナサハ村の彼方此方で火の手が上がっていく・・・





◆◆


『こんな、こんな酷いことが許されるなんて・・うっぅ』

「おいおい、高々この程度の事で一々吐いていたら、この先持たないぜ?
 悲鳴と血のスパイスが効いた最高のショーはまだ始まったばかりだ!!」





蹲る副官に声を掛けた『剣王』であったが、その返事を待つ事はなかった。
惨劇を目撃して崩れる彼女を観察することより、彼は目の前で燃え盛る惨劇の炎に油を注ぐ事を優先したのだ。
心の底からの湧いてくる喜びに震えながら剣を抜き放ち、『剣王』は惨劇の中心地へと駆ける。


無力な副官は宮廷では見た事も無いような、おぞましい光景を目に焼きつけ、
悲鳴と歓声をただ聞き続けることしか出来なかった。



鄙びた村で起きた惨劇は、まだまだ始まったばかりであった・・・





◆◆



「も~う、三日も連続で雨振るなんてどうなってるのよ!
 折角、余裕見て出発したのに、このままじゃ完全に遅刻じゃない」

『愚痴を今更言っても仕方がないですよ。とにかく急ぎましょう』





数日続いた豪雨によって旅の歩みを止められた主従は、何とか結婚式当日には到着を間に合わせようと
あらん限りの速さで駆け、ナサハの村を目指していた。

エリカは親友のリアとレイドの晴れの舞台を絶対祝福したいと思っていた。
そして、アーキスもそんな主の思いが叶うように願っていた。


もっとも、そんな二人の純粋な思いは少し先の空に昇る黒煙によって消し飛ばされてしまうのだが、





「アー君、あれ・・・、あそこの下が私の故郷・・・」

『本当ですか?ふぅ、何とか間に合いそうですね』

「そうじゃないの!あの煙!!」


『煙ですか?彼方此方で焚き火でもしてるか、お昼時だから煙突からの煙でしょうか?』

「バカっ!そんなのがこんな離れた所から見えるわけないでしょっ!
 何十も上がってるなんて、絶対おかしい。アー君、もっと急ぐわよ!」






自分の疑問に間の抜けた返事を返す従者を叱りつけると、
エリカはアーキスの返事も待たずに馬の腹を勢い良く蹴って駆け出した。
胸に次から次へと湧いてくる不安を振り払う為には、
故郷に一刻も早く戻らなければならないと彼女はすぐに理解していた。



一方、良く分からないまま急に怒られてしまったアーキスは、
傲慢な主に文句の一つでも言い返してやろうか?と、
ちょっと思ったりしたのだが、そうこうしている内に既に前へと駆け出したエリカの姿が、
どんどんと小さくなっていたので慌てて馬を走らせて、既に死地と化した主の故郷を目指す。







【従者として・・・】


電光石火とも言える進撃でナサハの村を瞬く間に制圧したルーデルとそれに従う獣達は、
閉じた貝のように硬く扉を閉ざした家々から金目の物や食料といった物資や
そこに怯えながら隠れていた哀れな女子供達を引きずり出す作業に追われていた。

許しを請う声や子供の泣き声は、彼等の被虐心を掻き立てるのに役立つ位で何のプラスの効果もなかった。





◆◆



「しかし、純白の衣装を纏った美しい花嫁が手に入るとは
 今日の俺は運がいいらしい。そうは思わないかアリエル?」

『・・・・』




心底愉快だといった顔をした上官から声を掛けられた副官は
目の前で繰り広げられる非道に怨嗟の叫びをあげ続けながら、既に動かなくなった若者と
喘ぎ声か呻き声ともとれぬ声をあげながら汚され続ける少女から
目を逸らしながら沈黙することしか出来なかった。





「ふん、詰まらん奴だ!コイツもロクな反応もせんし、そろそろ処分かねぇ
 なぁ、どう思う?そこの影でコソコソ隠れて覗いているお二人さんはよぉ?」






突然、『剣王』の鋭い視線と殺気をぶつけられたエリカとアーキスの主従は、
気付かれたという事実以上に目の前で凶行に及び続けた化物から放たれる威圧感で
膝が笑ってしまい立って姿を晒すことも、逃げることも出来そうに無かった。


エリカは恥辱に塗れさせる親友の救出も、無残な死を与えられた親友の復仇をしようと言う気は既に吹き飛ばし、
土地勘を活かして隠れながらこんな死地まで、アーキスを伴って潜入したことを死ぬほど後悔していた。





「どうしたぁ?俺はもう鎧を纏い終えちまったぞ。早く逃げるなら逃げる
 挑むなら挑むと、決断をしなきゃならんだろう?なぁ?なぁっ?どうする!」






虚ろな瞳をした少女を手に持った大剣で突き刺し地べたに縫い付け、
その瞳から永遠に光を奪った化物は新たな獲物に涎を垂らす獣と化していた。



その余りの狂気じみた、人間離れした殺意に押し潰されそうになったエリカは
『コイツは人ではない。人じゃないから勝てなくても殺されても仕方が無い』と、
生ではなく、自らの死を納得させる思考を行い始めていた。




それだけ、目の前に立つケダモノは絶対的な死を感じさせる存在だった・・・










自分は今日死ぬ。騎士として死ぬときが来たことをアーキスは頭ではなく、心で理解した。
いま自分が為すべきは、主を従者として守る・・?
否、震える少女を騎士として、人の男として無事にグレストンまで逃がすことだと
そう思った瞬間、震える手の汗は引き、乱れた呼吸は知らず知らずの内に収まる。
そして、自分に死を与える怪物ですら怖しき存在とは思わなくなっていた。





 この瞬間、アーキス・ネイサーは人だけが持つ勇気によって死を克服していた!!






◆◆




「エリカ様、ここでお別れです。逃げて下さい」

『あっ、アー君・・、なに、なに言ってるの・・?』




振るえる自分の手をその身から優しく引き剥がしたアーキスの言葉を受け容れることを
エリカの理性は許すことができなかった。
だが、本能は生に対して何よりも忠実であり、彼の発言が自身の生存率を高めるものだと
分かるや否や、歓喜の感情を呼び起こす物質を脳内で爆発させていく。




そんな、矛盾した主の理性と本能の鬩ぎ合いなど知ってか知らずか、
アーキスは彼女の行動を決定付ける言葉を紡いだ。





「グレストンにロネール王国の侵略を知らして下さい。アイツは僕が止めます!」




『城塞都市グレストン』にこの非常事態を告げ、侵略の危機からそこに住まう大切な人を守る。
その甘美な言葉がエリカに従者を見殺しにする決断を選択させる。
『早く行ってください!』尚も動こうとしない主に業を煮やした従者の言葉で
エリカは堰を切ったような勢いで、無様に転げるように逃げ出した。





『くっくく、先ずは、坊やが俺の相手をしてくれるってことかい?
 精々、楽しませてくれよぉ?あっさりと坊やが死んじまうと
 ここで転がっている子と同じ目に、あの子もあっちまうからなぁ~』



「下衆がっ!貴様だけはエックハルト騎士団正騎士、アーキス・ネイサーが討つ!!」





自分の足元でうつ伏せになった少女の死体をぞんざいに足で転がして仰向けにし、
無残な表情をこれ見よがしアーキスに見せたルーデルの非道は
エリカの従者を激昂させるのには十分すぎる行いであった。


抜剣したアーキスは最速の一撃をルーデルに躊躇する事無く叩き付ける!!









【人間失格】


淡い恋心を抱いたこともある親友が愛する人の名を叫びながら息絶えるのを・・、
両親が死んで落ち込んだ時、唯だまって抱きしめて慰めてくれた親友が何度も汚され、
無残に殺されるのを物陰で怯えながら見守る事しかできなかった少女はひたすら走っていた。



自分の我侭に付き合ってくれる優しい、いつの間にか大好きになり掛けていた従者を見捨てて、
エリカは自分だけが助かる為に、城塞都市グレストンを目指してひたすら逃げていた。
そこには誇りや尊厳も、人として正しい姿など無く、生への見苦しいほどの執着だけがあった。





◆◆




「シニタクナイ、シニタクナイ・・・、ワタシシニタクナイ!!」





矢を肩に受けながらも、何とか乗馬に辿り着いたエリカは見えない追っ手に怯えながら、
昼夜を問わず、食事も取らずにブツブツとうわ言を呟きながら、北へ向かって馬を走らせ続けた。

止まれば追っ手に追い付かれて殺されると怯えた彼女は馬上で何度も眠り落ち、何度か落馬しかけたが、
手だけはしっかりと馬の鬣を掴んで離さなかったため、寸での所で助かっていた。





「はぁ、誰も追ってきて・・・ない。助かったのかな?
 うぅぅ・・、みんな死んじゃった。レイドもリアも・・」

「きっと、アー君も殺されてるんだ。私は全部見捨てて逃げたんだ!
 それなのに!それなのに今嬉しくてしょうがないよ・・、罪悪感より
 助かった。生きてるって実感して、死ぬのが私じゃなくて良かったって
 そう思ってる。今流してる涙、間違いなく嬉し涙だ!私、人間じゃない!」




疲労と無理やり矢を引き抜いた傷の痛みからか、朦朧とした思考の中、
どうしようもない感情をエリカは独り喋り続ける・・・

そして、血に汚れ、汗で汚れた彼女の姿は自身が言うように人ではなく、
自分の大切な人々をあっという間に奪い去った獣と良く似ていた。






     うあぁぁっぁあぁっ、あぁっぁあがぁっぁああぁっ!!!






草原の中心でエリカはただ狂ったようにひたすら馬上で叫び続ける。
自分が生きていることを確かめるかのように・・・





◆◆


え~とっ、あのそのぉ~、うん、何これ?
正直、無理なんですけど?エリカって聖女で、
城塞都市物語っていうのは、何かキャッキャウフフしている内に
立身出世していく話じゃないの?


無理、ちょっと、これは無理です!
私はどちらかというと、『ぽわ~』とした感じの女性立志伝研究の専門化なんです!
こんな血塗れエリカなんて、私の研究対象じゃない!

もうダメ!打ち切り!城塞都市物語なんかぽいぽい捨てちゃおう。

私はいま『ぽややん公女秘録』の研究で忙しいのだ!
そう、別の研究なんかしてる暇なんかないの!なに、びびってる?

そんなわけないでしょ!私の学術的嗜好にマッチしなかっただけなの!
もう、帰れ!帰れ!何だって?捨てるなら集めた資料をよこせだってぇ?


やるよやる!こんなクソ見たいな本や資料なんか全部タダでやるよ!
とっとと持ってどこへでも行ってしまえ!!






熱意ある学者によって失われた『城塞都市物語』は、
何度かその形を取り戻しかけたのだが、その度に研究は中断され、
完全な形での復元は未だに果たされていない。


小さな田舎町から、単身で大都会に乗り込みその名を成したエリカ、
彼女の波乱万丈の人生は残念なことに謎に包まれたままである。


                                 〔  完  〕




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