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No.11180の一覧
[0] 城塞都市物語[あ](2009/10/11 14:02)
[1] エックハルト公爵家伝[あ](2009/09/24 22:14)
[2] 子爵令嬢手記[あ](2009/09/24 22:14)
[3] 軍師公爵帰郷追記[あ](2010/07/14 20:32)
[4] 公妃誕生秘話[あ](2009/09/30 21:50)
[5] 隻眼騎士列伝下巻[あ](2009/09/24 22:15)
[6] 名人対局棋譜百選[あ](2009/09/30 21:51)
[7] 弓翁隠遁記[あ](2009/09/26 12:36)
[8] 従者奉公録[あ](2009/10/03 15:50)
[9] 小村地獄絵図[あ](2009/11/01 20:33)
[10] 迷走研究秘話[あ](2009/11/01 20:28)
[11] 王公戦役[あ](2009/11/01 22:05)
[12] 城塞会議録[あ](2012/01/09 20:51)
[13] ナルダ戦記[あ](2012/05/01 00:46)
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[11180] 名人対局棋譜百選
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/30 21:51
千里の道も一歩から、特別な才能もない者が己の能力を伸ばそうと欲するならば、
長く辛い修練に励むしかない。

朝起きたら、なでもかんでもござれのスーパーマンになっていた。
そんな荒唐無稽な話はまず有り得ないのだから・・・



【学成り難し】


シェスタに頼まれた所用をさっさと済ませて暇になったエリカは
自分を主人公とする女騎士物語がいま始まるのだと言う妄想を脳内で花開かせながら、
師となるゼスクが待つ武官長執務室を目指して意気揚々と廊下を歩いていた。


だが、武官長の待つ執務室に近づくにつれて、昨日の厳しそうな老人の顔を思い出し、
歩みを鈍らせたのだが、満面の笑顔でエリカを待ち伏せていたアーキスに連行され、
武官長ゼスクが待つ執務室の扉を潜る事となった。



◆◆



『武官長、エリカ嬢をお連れ致しました!』


エリカを案内したアーキスを下がらせると、ゼスクはエリカを自分の机の前に用意した
椅子に座るよう手で促した。
促されたエリカは大きな声で『よろしくお願いします!』と言って深々とお辞儀をしたあと
『失礼します』と言って自分のために用意されたかわいいクッションが敷かれた椅子に
腰掛けた。



『うむ、元気があってよろしい。子供と騎士は元気が無くてはいかん』
「ありがとうございます!」





元気な挨拶が出来たエリカに対して、隻眼を細めかわいい孫を見るような視線を向けた
ゼスクは昨日からは想像できないような優しい表情で礼儀正しい少女を褒め笑った。
その予想外に柔らかい武官長の対応にエリカは驚いたものの、直ぐに気を取り直し笑顔で
元気な返事を返し、やさしいお爺ちゃんと化した老騎士の表情を更に緩めさせていく。



もし、この場にアーキス等のゼスクに師事している騎士が居たら、その普段とは余りにも
掛け離れた厳格な師の様子に驚愕し、言葉を失ったであろう。
それほど、エリカに接する別邸武官長ゼスクの態度は甘く優しいものであった。

もちろん、ゼスクも最初からこんな甘い態度をエリカにする心算はなかった。
逆に、女だからといって特別扱いせずに思う存分鍛えてやろうと思っていた位である。

だが、目の前にかわいらしく座る少女の姿を改めて見ると戦死した二人の息子に
子供が生まれていたならとついつい考えてしまい。エリカの姿が弟子というより
目に入れても痛くない孫娘のように見え始めてしまったのだ。


出会った初日はなんとか威厳を保つことが出来たのだが、
二日目はもう色々と駄目だったらしい。

こんなかわいいエリカに厳しい剣術や体術の稽古をさせるのは無理と悟ったゼスクは
彼女に騎士に必要な知識を学ばせる講義形式の鍛錬を行うことを選択する。
この老人の選択はどちからというと体を動かす方が好きな野生児にとって
逆にありがた迷惑なものであったが・・・



◆◆


「兵は詭道なり、真の騎士たるもの主君の勝利のためなら、卑怯者の謗りを受けようとも
 あらゆる権謀を用い、その術数を多くして、相手を出し抜かなければならないのである」

『うむ、騎士たるもの常に正道を歩めば良いと勘違いしておる若者が多いが
 それは誤りである。戦を経験すれば直ぐに理解できることだが。騎士は主の剣
 その剣は主を勝たせるために存在しておるのだ。その為に策を用いることは
 決して騎士道から外れるものでは無いと私は考えておる。先ずは勝つ事が肝要』


一応、ナサハの村の寺子屋で読み書きを習っていたエリカはゼスクの持つ兵書が
読めたので、それを読み上げながらゼスクの注釈やそれを学ぶ意味を聞くといった形の
頭を酷使する鍛錬が行われることになった。


正直なところ、エリカが持つ騎士の鍛錬のイメージは武術や馬術などを中心にした活発で
動きのある物で、彼女はそれを期待していた。それが、ずーっと椅子に座って本を読み、
老騎士の講釈を延々と聞くことになるなど全くの予想外で、勉学より外で悪戯するのが
好きだったお転婆娘は鍛錬を望んだ事を半ば本気で後悔し始めていた。


そんなエリカの内心を知ってか知らずにか、
ゼスクは兵書を用いた実戦を常に念頭に置いた講義を自分の実体験を交えながら、
嬉々として続ける。



騎士の装束を身に纏い、輝く細身の剣を振り回す華麗な女騎士という少女趣味全開な
エリカの妄想は鍛錬開始早々に脆くも崩れ去っていた。





【鍛錬の成果】


昼食前まで続いた老人の道楽からようやく解放されたエリカは、聞き慣れない知識を
たっぷりと頭に詰め込まれた影響か、頭をクラクラさせながら食堂で食事を取っていた。
そんな今にも頭から蒸気を噴出しそうなエリカの姿は向かいに座る親友を心配させる。



『大丈夫?やっぱり、女の子が騎士の鍛錬を受けるなんて無謀過ぎたのよ
 私も一緒に謝ってあげてもいいから、武官長に断りのお願いしてみたら?』


「ありがと、たしかにキツイし、軽率だったなって後悔もしてはいるんだけど
 たったの一日で投げ出すのはちょっと悪いし。もう少しだけ頑張ってみるわ」



ぐでーんとしているエリカを心配したミリアにもう止めたら?と言うのだが
問われた方は苦笑いしながら、まだ大丈夫と力なく返す。
正直なところ、軍学なんかに全然興味などないので直ぐにでも止めたいと心底思って
いたのだが、嬉しそうに講義をしてくれるお爺ちゃんのがっかりする姿が容易に想像
出来たので、実際にお断りをする決心をすることが出来なかったという次第である。


ナサハの村でも年配の人に良くかわいがって貰っていたエリカはお年寄りには弱かった。



そんなこんなでエリカは老人の道楽に付き合うことになってしまったのだが、
そこで思いがけずに得た知識は彼女の身を大きく助けていく事になるのだが・・・

当然、この時の彼女はそれを知る由も無かった。



◆◆



「エリカ君がゼスク老から軍学の薫陶を受けていると聞いたけど本当かい?」

『えぇ、エリカさんは教え甲斐のあるいい子だと、准伯爵が大層気に入ったらしく
 なんでも、才能だけならレオン様すら凌ぐとことある毎に仰っていられるそうです』



別邸の主レオンは自分が注釈を加えた兵書を退屈凌ぎに読みながら、
最近、屋敷で話題によくのぼるようになった自分達付きの侍女について
自分の傍らにピッタリと寄り添っている美しい妻に尋ねたのは、
エリカがゼスクに師事を仰ぐようになってから一週間ほど経った頃であった。

一方、愛する夫に尋ねられたシェスタは彼女にしては珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
レオンにとって聞き捨てならないような答えを返していた。



「これは驚きだ。そんな賢人が身近にいたとはね。人物鑑定眼は
 私より君の方が優れているようだ。ところで、そんな賢婦人に
一つお願いをしたい事があるのだか、聞き届けてはくれないか?」

『分かりました。エリカさんをお呼びすればいいのでしょう?
 本当に貴方は昔と変わらず、『クレト』が大好きなのですね』
 



愛用の駒を指で弄びながら、笑顔で子供っぽいお願いをする夫に少しだけ呆れながら、
それに応えるため、シェスタは隣室でミリアと一緒に暇を持て余しているエリカを呼びに行く。

ちなみにレオンが大好きな『クレト』という卓上遊戯は6種類の駒を18個、二人併せて
36個の駒を9×9のマスで区切られた盤上で争わせる将棋やチェスみたいな遊びである。
また、この遊戯は比較的簡単なルールで取っ付き易いのと、
駒を象牙細工や宝石細工にしたり、盤を翡翠で拵えたりせずに廃材を利用した木彫りの
物で済ませれば安価に道具を用意できるため、
王侯貴族から平民や奴隷までといった風に幅広い層の人々に親しまれていた。
もっとも、戦をモーチフにした遊びなので女性には余り馴染みの無いものではあったが・・・



◆◆



「失礼します。何か私に御用でしょうか?」

『忙しい所をすまないね。エリカ君にちょっとお願いがあってね♪』


シェスタにピッタリとくっ付いて部屋に入って来たエリカを見やると
部屋の主人はその端正な顔に多くの女性を魅了して止まない微笑を浮かべながら彼女に声を掛け、
小さな円卓の前に置かれた椅子、自分の向かい側に座るよう促した。


促されたエリカは侍女の誰もが羨む様なドキドキのうふふなシチュにも関らず、
特に興奮した様子も見せずに、淡々と指示された席に座る。
実は、大好きなシェスタにエリカはお呼ばれされたと勘違いしており、先ほどまでは
上機嫌だったのだが、実際に要件があったのが温室育ちの気障なエリート色男であったため、
酷く落胆しており、気に食わないレオンの微笑みなんぞに愛想を返す気になれなったのである。


無論、そんな一方的で理不尽な敵意にレオンが気づく筈も無く、
無表情でどこか余所余所しいのは、次期公爵で高い声望を得ている自分を前にして
緊張しているのだろうとピントがずれた感想を抱いていた。


そもそも、『肥溜めクイーンと』恐れられた親無し野生児と、
『大軍師マシューの再来』と讃えられる次期公爵確定のエリート御曹司という
全く異なる生い立ちの二人の馬が合う方がおかしいのである。
いや、正確を期すなら、それなりの苦労を重ねて自分の道を力ずくで切り開きつつある
エリカがレオンを気に入る筈が無いといった方がよいだろうか?



『呼びたてて早速で悪いが、君はコレを知っているかい?』

「ええっと・・、男の子達が良くやっている『クレト』の駒や盤ですよね?」



円卓上に置かれた『クレト』の盤と36個の美しい象牙の駒を指差しながら、
エリカに知っているかと尋ねるレオンに返された答えは、ある意味予想通りの物であった。

この余り詳しく無さそうなエリカの返答に少しだけ落胆するレオンであったが、
そこは根っからの『クレト』狂い、直ぐに気を取り直してルールが分かるか?
やったことはあるのか?と、エリカに対して矢継ぎ早な質問をぶつける。


そんなレオンの態度にエリカは『うぜぇなぁコイツ』と内心思っていたのだが、
一応、シェスタと同じく直接の上司で未来の雇い主と思い直し、
その胸の内を巧妙に隠しながら曖昧な笑顔で対応していた。



『やった事は無くとも、一応、ルールは分かるんだね?なに心配することはない
 私が指導碁の要領で教えてあげるよ。エリカ君も直ぐに『クレト』に夢中になる!』

「えっと、あの・・、私なんかじゃ、レオン様のお相手なんて無理ですよ」


『もう、レオン?余りエリカさんに無理強いして困らせてはいけませんよ』


『シェスタ、邪魔しないでくれ。そうだ、エリカ君がこれから私に一度でも
勝つ事が出来たなら、どんなの望みだって叶えてあげよう。これでどうだい?』


「えっと、どんな・・願いでもですか?でも、私なんか勝てる訳も無いし・・」

『なに心配することないさ。私は人に教えるのもそこそこの物だと自負しているし
 シェスタのお気に入りのかわいいお嬢さんを相手にいきなり本気を出したりしないさ』



こうして、芝居がかったレオンの執拗なお願いに渋々と言う形でエリカは
『クレト』の相手をする事を了承した。


そんな二人の様子に溜息を吐きながらシェスタは
『では、邪魔者の私は一人寂しくお茶の用意をしますね』とちょっと拗ねた顔をしながら、
困った夫とそれに付き合わされる侍女を残して部屋を後にする。



決戦の場にはレオンとエリカの二人だけが残された・・・



◆◆



『このゲームは非常に単純なものだが、だからこそ奥が深いともいえる
 エリカ君は並べられた6種類の駒の中で、一番強い駒はどれだと思う?』

「はぁ・・、一番強い駒ですか?縦横無尽に動く事が可能な『鉄騎』でしょうか?」


『確かに、縦横に自由自在に動けるこの駒は、攻めるにも守るにも重用され
 非常に使い勝手の良い駒だが、一列に整然と並べられた『歩兵』に対して
 不用意に仕掛ける事はできない。直ぐに後ろの『近衛』や『皇帝』に易々と
 討ち取られてしまうからね。今は動かせても精々『歩兵』のニマス前までだ』



レオンは悦に入った様子で『鉄騎』を『歩兵』の攻撃範囲から一マス外の場所に進める。
この手にはなんら意味は無いのだが、エリカに駒の特性をより深く認識させる為に
敢えて無駄な手を費やし、駒を動かしていた。

そんな演出過多なレオンの打ち方に心底呆れながら、
エリカは『歩兵』を一マス前進させる一手をしっかりとした手付きでパチリと打つ。

そんなエリカの様子を、答えを考えている故の無表情と誤解したレオンは
自駒を超えて敵の駒を取れる『弓兵』や『鉄騎』と違って斜めに自由に動ける
『宰相』といった駒の持つ特性を説明しながら、次々と実際に動かして見せていく・・・



「つまり、駒の特性を生かすことが出来るかが一番で
 最強の駒など最初から存在しないと言うことですか?」

『ご名答、それぞれの特性を理解し、そこから最良の一手を選ぶ
 これは、実際に軍を動かす戦いにも通じていると私は考えている』


「その考え方はごもっともですが、私の考えは違います
 兵は詭道なり、ゲームも戦も如何にして相手の裏を取るか
 これが一番重要です。そろそろ、貴方の『皇帝』を頂きますよ」



エリカの言葉に驚くレオンを無視して、ピシャリと良い音と共に打ち込んだその一手は
この一局の最良手となる。

べらべらと喋りながら不用意に駒を動かし、薄くなったレオンの陣を
エリカの『鉄騎』が切り裂いたのだ!!


愚かにも自らの手で、その陣を乱した公子レオンに向けられる視線は
刈り取られる獲物に対する哀れみが篭った物へと既に変わっていた。


『エリカ君・・・、君は一度も『クレト』をやった事が無いのでは・・?』

「レオン様、先程申し上げた通り『兵は詭道なり』です。それにちゃんとヒントは
 出していましたよ。私の駒の打ち方、素人にしては結構堂々としていませんでしたか?」



『こっ・・、この私を君は嵌めたというのかい?』

「戦いの場で騙される方が悪いです。それにしても、大軍師の再来と言うワリに
 レオン様って、存外チョロイですね♪そうそう、負けたら約束守って貰いますよ」




絶対的な有利の状況を手に入れたエリカは先ごろまでの大人しい表情とは一変し、
確実に獲物を仕留める蛇のような嫌らしい笑みを浮かべていた。
大好きなシェスタが居ない今、猫を被る必要性を認めなかったのだ。


必死の形相で圧倒的不利な状況を覆すべく、レオンはその時点での最上手を返し続けるが、
村の子供や大人相手に握った『クレト』の勝負では一度足りとも負けが無い少女が
ミスをすることはなく、シェスタが二人のために紅茶とお茶請けを持って
部屋に戻ってきた時には、既に勝負は決していた。


百手にも届かぬ少ない手数で終わった一局は、エリカの圧倒的な勝利で終わりを迎えた。
もしも、最初からレオンがエリカの本性に気が付いていたら、このような不覚を取る事は
無かったのかもしれない。だが、それも所詮は敗者の言い訳に過ぎない。




笑顔でシェスタを迎え入れたエリカに、真っ白になって項垂れる愚者・・・
本当の強者がだれであるかを、その姿が何よりも雄弁に物語っていた。








老騎士ゼスクから戦の真髄を学んだエリカが、今でも広く人々に親しまれている
『クレト』の名手であったことは余り知られていない。
恥ずかしながら、私もその事実を知ったのは彼女のことを調べ始めた最近のことである。


彼女は『クレト』愛好家であり、当代一の『クレト』名手として多くの『定石本』を
現在に残したことでも知られるレオン・エックハルトを真剣勝負で完膚無きまでに
叩きのめしたと言う記録が残っているのだ。


ただ、それ以外に彼女が『クレト』を指したという記録が全く残っていない為、
レオンが手加減をしていただとか、エリカがイカサマをした等と言う声もあるが、
私はその愚劣な声を全て否定する事が出来る!!


何故なら、エリカはレオンとの一局に勝利した褒美として、
エックハルト公爵家の至宝とも言える『アイスダガー』を受取っているのだ。
レオンから9代遡るエックハルト公がガラハッドと名乗る男から殺してまで奪い取った
名剣中の名剣を賭けて争っていながら、易々と負けてやる訳が無いのである。


以後、『アイスダガー』は新たな所有者エリカの太腿に身に付けられ、
彼女と共に激動の時代を駆け抜けていくことになるのだが、その先のページは
まだ発見されていない。だが、私の熱きエリカへの想いがあれば失われた記録が埋まる日も
そう遠い未来ではないだろう。



いつの日にか、私が完全なる形の『城塞都市物語』を完成させて見せよう。








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