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No.11180の一覧
[0] 城塞都市物語[あ](2009/10/11 14:02)
[1] エックハルト公爵家伝[あ](2009/09/24 22:14)
[2] 子爵令嬢手記[あ](2009/09/24 22:14)
[3] 軍師公爵帰郷追記[あ](2010/07/14 20:32)
[4] 公妃誕生秘話[あ](2009/09/30 21:50)
[5] 隻眼騎士列伝下巻[あ](2009/09/24 22:15)
[6] 名人対局棋譜百選[あ](2009/09/30 21:51)
[7] 弓翁隠遁記[あ](2009/09/26 12:36)
[8] 従者奉公録[あ](2009/10/03 15:50)
[9] 小村地獄絵図[あ](2009/11/01 20:33)
[10] 迷走研究秘話[あ](2009/11/01 20:28)
[11] 王公戦役[あ](2009/11/01 22:05)
[12] 城塞会議録[あ](2012/01/09 20:51)
[13] ナルダ戦記[あ](2012/05/01 00:46)
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[11180] 隻眼騎士列伝下巻
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/24 22:15
夜明け近くまで続いた華々しくも豪奢な宴も終わりを向かえ、
会場のエックハルト公爵邸も新郎新婦の新居となる別邸も昨日の喧騒が嘘のように思える
静かな朝を迎えていた。



そんな何とも気だるい朝にゆっくりとする事が許されたのは、一部の地位ある者と
例外を許された極一部の使用人だけであった。
公爵家に仕える使用人達の大半は式や披露宴会場の後片付けに追われるだけでなく、
再び始まる日常の中で生まれる業務に既に慌しく追われていた。


そんな普段以上に忙しい朝の中、新婦付きの妖精さんとしての大役を果たした
二人の少女は、未来の公爵妃が大役を果たしたご褒美として特別に配慮をしてくれた御蔭で
午前の勤めを免除され、ゆっくりとした朝を迎えることが出来ていた。



◆◆




「ミリアおはよう♪」 
『・・、・・・・』


「えっと、昨日はすごい式でシェスタさんとってもキレイだったよね?」 
『・・・』

「なんか今日は昨日の疲れが残ってて気だるいよね。ミリアは大丈夫?」
『・・・・、・・・・・』 

「そういえば、面白い話が・・」
『・・・・、・・・』



「あの、その・・、昨日はホントごめんなさい!借りた服と汚した服も頑張って弁償します」

『別に弁償しなくていいわ。同じドレスは一回限りで二度も着たりはしないから
 ただ、一つだけ約束してもらうわ。もう、無理してお酒は飲まない。いいわね?』

「うぅっ、反省してます。あと、ミリアほんとにごめんね」



絡むわブチ撒けるわと家に送り届けられるまでに色々とミリアに迷惑を盛大に掛けた
エリカは朝からご立腹なミリアに平身低頭といった体で接し、ようよう許しを得ていた。

一方のミリアの方も多少は腹を立ててはいたが、実は態度ほど怒ってはいなかった。       
ただ、いつも強気で元気一杯なエリカがもじもじと不安そうな顔をしているのが
ちょっと新鮮でかわいい感じがしたので、ついつい意地悪をしてしまっただけである。

もっとも、同じような目には二度と遭いたくは無いという思いは強かったので、
エリカには無茶酒を絶対にしないようにと固く約束させていた。



『そういえば、貴女が来る前にシェスタ様から話があったことだけど
 新しく別宅に勤務する事になった人達の歓迎会を開いてくれるらしいわ
 一応、貴女と一緒に参加しますって伝えておいたけど、それでいいよね?』


「へぇ~そうなんだ。うん、もち参加で良いわよ♪日にちってもう決まってる?」



レオン夫妻やそれに付き従う形で本邸から別邸に移ってくる使用人達を歓迎するため
元から別宅の維持管理を行っていた人々は週明け早々に歓迎会の開催を企画していた。

古参と新参の者達が親睦を深める場を設け、相互の理解を深めることによって、
今後の業務の流れを円滑化する一助としたいというお堅い主旨の下で企画された歓迎会で
マジメ臭を表面上はぷんぷんさせていたが、内実は大いに異なっていた。


この一見してクソ真面目そうな企画を立てたのは、別邸勤めの武官達であった。
彼等の多くはまだまだ年若く見習い騎士や従騎士と言ったペーペーで
常日頃若い侍女が皆無の別邸勤務を嘆き、時には発狂しかけることすらあった。

そんな彼等の元に次期公爵夫妻に付き従って年若い侍女達がやってくるとなれば、
お近づきになろうと画策しないなどということがあるだろうか?

こうして邪な思いによって立案企画されることになった歓迎会、
そこで、エリカは新たな出会いを得ることになるのだが、
それは同時に悲しい別れの始まりでもあった。


エリカは出会いと別れを幾度と無く繰り返しながら城塞都市グレストンで少しずつ成長し、その地歩を固めていくことになる。




【買い物しようよ!】


週明け早々に行われる歓迎パーティに着ていく服を一緒に買いに行こうと約束した
エリカとミリアは週末の休日をお洋服選びに費やしていた。

彼女達が向かった洋服店はロンウェル商店街の表通りから少し奥に入った場所に
店を構えており、高級ブランド店とはとても言えないが、
若く力のある被服職人や裁縫職人が所属しており、あんまりお金の無い一般庶民の
若い女性達から高い支持と人気を誇る店であった。


その情報をサリアから聞いたエリカは早速ミリアのドレスを駄目にしたお詫びをする
好機到来として、『平民の服なんか・・』とNGワードを言いかけた友人を強引に黙らせ、
このセレナ洋服店を購入先第一候補として選択して訪れていた。



◆◆



「わー、ミリアかわいい・・。なんて似合うのかしらぁ・・・すごいすごーい」


自分の洋服を選び終わったエリカはすっかり軽くなった赤のがま口財布を片手に
完全に真っ白に燃え尽きていた。『何着でも買うたる!任せんしゃい!』とどこぞの
酔っ払い親父のように威勢のいい事を軽い気持ちで言った浅慮を盛大に呪いながら・・・



『ほんと?じゃ、これも頂こうかしら。普段、入らないようなお店だから不安だったけど
 かわいい服が色々あって驚いたわ。また、エリカと一緒なら買いに来てもいいかなぁ?』

「気に入って頂けたようで光栄で御座いますミリア様。あはは・・、ははは・・・うふふふ」



『ありがとうございましたー♪』とほくほく顔の店員が出した元気の良い感謝の言葉に
送られながら、ルンルン気分のミリアと真逆の状態のエリカはセレナ洋服店を後にする。


後に大陸随一のブランドとして知られることになる『セレナ』もこの当時は
エリカと同様にまだまだ駆け出しであり、侍女の日給をコツコツ貯めた金額を
涙目になりながら散財すれば何着も購入できるほどリーズナブルであった。

もっとも、半泣きから本気泣きになり掛けているエリカにとっては未来の
ブランド展開などどうでも良いことであったろうが・・・



『もう、お昼過ぎですし、何処かで昼食でもとりましょうか?エリカが
食べたい物何でも良いわよ?今日のお礼に私がご馳走してあげるから』

「ほんと?なんか悪いわねー。でも、折角の親友のご厚意を無碍にするなんて
 失礼な真似はできないし、もう、遠慮なくパクパクパク~って食べちゃうからね♪」


『ええ、それで構わないわよ。でも、食べ過ぎて
太っても私は知らないからね!体重管理は自己責任よ』

「分かってるって♪私はそんな事で文句言ったりしないってば!」




昼食がミリアの奢りになった途端に再起動し始めたエリカは
商店街で美味しいスイーツが笑えるほど出てくると有名な料理店『スイッツ・ノウ』で
評判のケーキを山ほど食べるため、ミリアの手を引っ張りながら商店街を早足で進んでいく。


両親の死後、周りの助けは当然あったものの、身一つで生計を立てる内に
世の中の世知辛さを良く知り、シビアな点も所々見受けられる少女ではあったが、
所詮は15歳の小娘、甘い物一つではしゃぐ子供っぽい所も多分に残していた。

そんな彼女と同様かそれ以上に幼さを残すミリアもしょぼくれたエリカを
元気付けるための提案だったはずが、いまはお店に並んでいる美味しいマロンケーキの
事で頭が一杯になっていた。



色気より若干食気が勝る、そんな微妙なお年頃の二人であった。





「あっんま~い!!」 『うっんま~い!!』


「この蕩ける様なマロンクリームの甘過ぎず、さりとて物足りなさを感じさせない甘さ
 まさに一つのクリームに己の全てを賭ける!そんなパティシエの姿が目に浮かぶわ!」

『ふぅ、分かってないわね。これだから安物食いの平民はって言われるのよ
 このマロンケーキの真髄は一見して地味に見えるスポンジの方にあるのです!
 そう、このスポンジには溶かしたあっんま~いマロンが絶妙な配分で加えられ
 スポンジのふっくら感とマロンのしっとり感が奇跡的に共存しているのです!』




「・・・ん?ごめんミリア、何か言った?ちょっと食べるのに夢中になってて」

『はぁ、もういいですわ・・」



力一杯にスイーツの真髄を語るエリカを更なる高みへと導こうとしたミリアであったが、
スプーンを咥えてケーキを夢中に頬張る食い意地の張った友人の姿を見て諦めた。
スイーツ道の果てしない坂道を登りつめることができるのは、自分のように選ばれた者
だけと悟ったのだ。



『もう、四つ目よ。まだ、食べる気・・?』
「ひゃふえる!」




二個目のケーキで満足したミリアに呆れられながら、エリカはもっと食うぞーと
5個目のケーキを片付けに掛かる。
彼女の住んでいたナサトのような田舎にあるスイーツはふかし芋や果物と言った物が
精々でケーキやプティング等の手の掛かるスイーツは存在しなかった。
その反動もあってか、エリカは城塞都市グレストンで知ってしまった
未知の甘味に嵌ってしまっていた。
実際、エリカは仕事帰りに自分へのご褒美として期限切れ前の夕方限定のセール品を
ちょくちょく購入してはサリアと一緒に楽しくお茶したりしていた。


どうやら、エリカはいつの時代も女の子は甘い物に弱いを地で行く少女のようである。






仕事場の身分違いの同僚と休日にショッピングに楽しいお食事とお喋り、
城塞都市グレストンに来てからわずか数ヶ月の間にエリカは公私に渡って充実した生活を
送ることが出来るようになっていた。羨ましい限りの充実振りを見せていた。

多くの都会に出てきた田舎者は市場や宿ではボラれて財布を軽くし、
職を探しても自分の希望するような職にも就けない。
その結果、定住することもできないまま故郷に逃げ帰るのが、
おのぼりさんが辿る一番ありがちなパターンになっていたのだが、それとは大違いである。


もちろん、彼女がそれを運だけで手に入れたとまでは思っていない。
彼女は持前の明るさや元気の良さを最大限に生かす行動力を持って
一生懸命に生活基盤を確立するため動いていた。その結果として、
いまの心地よい環境を短期間で手に入れた事は否定の出来ない事実と言えよう。

例え、そこに運の要素が大きく関っていたとしても、それを掴むことが出来たのも
彼女が自分で動いて行動したからこその結果なのだ。


彼女は追い風に乗るだけの力をこの時点で備えていのである。
ただ、向かい風に立ち向かう力を備えているかどうかは、この時点では分からない。
その答えが出るのは、軽い彼女の身を吹き飛ばすような強い逆風に晒されたとき。
果たして、エリカは逆境の中でも挫けずに前に進むことが出来るだろうか?



風はいつも同じ方向に吹き続けることは無い
     これはいつの世も決して変わることのない真理である





【歓迎会は恋の予感!?】


エックハルト公爵家別邸で行われるささやかな歓迎会は
つい先日に行われた新たな屋敷の主人となる夫婦の結婚式と比べれば規模も小さく、
予算も少なかった。だが、かわいい子ゲットだぜ!な熱く邪な意気込みと、
新人さん達に早く新しい環境に馴れて欲しいという年長者達の思いやりが込められており、
盛り上がりも、暖かさも引けを取らない楽しい宴会になっていた。




◆◆


「へぇー、あーくんって見習い騎士さんなんだー。偉いねぇ~」

『アーキスです!ヘンな呼び方は止めてください!』


件の披露宴以後、しばらく男はいいやとなったエリカは皆からチヤホヤされまくる
ミリアやそれ以外の年若い侍女達と別邸付き若い武官や家令の集団から抜け出て
年下っぽい見習い騎士の少年を楽しそうにからかっていた。ワイングラスを片手に・・・



『もうっ!頭撫でたりしないでください。僕は子供じゃありません!』

「うんうん♪あーくんはもう立派な見習い騎士様だもんね!おねーさん感心感心
でも、もっと一杯食べて大きくならないとね?じゃ、あーん?ほら、あーん♪」

『いい加減にしてください!僕はもう16です。立派な大人です!!』

「へっ、私より年上?私より全然かっわいい~のに?」



顔を真っ赤にして怒る童顔の見習い騎士が自分より一つ年長だと知ったエリカは
衝撃の事実を前にして危うく料理を乗せたスプーンを取り落としかけたのだが、
それも無理も無かろう。

アーキスの身長はさすがにエリカよりは高いものの、華奢な体つきで大きな瞳に付いた
睫も女の子のように長く、当然髭など一本も生えてない始末。
見習い騎士の礼装ではなく、侍女の作業服でも着込んでいればショートの超かわいい
侍女さんの誕生である。同僚や先輩騎士達の一部も熱い視線を送ったりしており、
実はついてなくて、男装のボク娘と言われて納得してもおかしくないほどであった。


この騎士の道をひたむきに走るアーキス・ネイサーはかわい過ぎる自身の容姿に
強いコンプレックスを感じており、それを遠慮なく突っついたエリカの第一印象は
『何て失礼で酒癖の悪い女の子なんだろう』という最悪な部類に入るものだった。

いくら悪気はなくとも、酒に酔っていようとも、人の最も言われたくないことを
執拗に言って良い訳ではない。エリカはアーキスを侮辱したのだ。


この悪意無き侮辱にとうとう我慢の限界に達したアーキスはレディを置いて
その場を立ち去るような非礼を取りはしなかったが、憮然とした表情で押し黙り、
それ以後、自分から決して口を開こうとはしなくなってしまう。


ここに来てようやく、やっちゃったと気付いたエリカは何とか自分の非礼を
詫びようとするのだが、アーキスの口は既に堅く閉ざされてしまっており、
何度か話しかけて、ようやく最低限の返答がされるだけになっていた。
周りが楽しい雰囲気のまま宴の終わりを惜しむ中、エリカとアーキスの周りだけ
重い空気が流れていた。


この日、エリカは自室に戻ると酒癖の悪さを深く反省していた。
ミリアにアーキスといった迷惑を掛けてしまった人のことを思うと申し訳無さで
夜も眠れぬほど胸を締め付けられるため、止むを得ず寝酒の力を借りて眠りに就く。



【新しい職場】


レオンとシェスタ夫妻付きの侍女として仕えるエリカとミリアは基本的に
二人のお世話をする事が専らの生業となるのだが、それほど出の身分が高くなく
夫の侍女として仕えていた経験が長くあるシェスタは大半の事を自分で済ませてしまうため、
エリカ達は二人の話し相手になったり、もっぱらお茶の用意をする程度の仕事をするだけで、
非常に楽で暇な日々を重ねていく。


子爵令嬢でもともと貴族気質が強いミリアはこの余裕のある職務に直ぐに馴染んでいたが、
貧乏暇なしの生活を貧しい村で送っていたエリカは手持ち無沙汰に耐えることが出来ず、
別邸で消費される物品や別邸詰めの武官達の装備品の購入を度々引き受け、
1レルすら惜しむ鬼の調達品購入担当として、新たな職場でもその地歩を着々と固めていた。


一方、暇を満喫しているミリアも半ば無理やりに誘われる形で
エリカの仕事を手伝っていたのだが、ぶーぶー文句を言うだけでしっかりとやる事を
やっている所を見ると、エリカと一緒に働くことに多少なりとも楽しさを
見出しているのかもしれない。



そんな一生懸命で仕事の出来る二人の侍女は別邸に移ってから、
一月もしない内に屋敷の中では誰もが半目程度は置く位の有名人になっていた。

特に軍需品という一番ぼられやすい装備品等を必要としていた武官達は支給される
モノの質が大幅に向上するだけでなく、コストも2割減じたため大喜びしていた。
この彼女等の働きには報いるべきと別邸の武官長も考えたのか、
何か望みがあれば可能な限り応えたいと二人に提案するほどであった。



◆◆


「それで、あーくんじゃなくて、アーキス様が私達の所にわざわざ来てくれたって事?」

『そんな事のためにわざわざお越し頂くなんて、見習い騎士って大変なんですね
一番下っ端だからほとんど上官のパシリか下僕みたいな酷い扱いと聞きますし
 給金も低い上に休みも訓練三昧なんて、本当にかわいそうです。頑張って下さい』


『それで・・、お二方には!なにかお望みがお有りでしょうか!!』

「あはは・・・、うん、この娘も悪気は無いからあんまり怒らないで・・って、無理だよね」



武官長から命令されてきたアーキスは気に食わない女と認識したエリカの所に
子供のお使いのように訪れるのも正直嫌であった。それに耐えて来たにも関らず、
更にその友人の侍女から心をグサグサと抉るような理不尽な励ましまで頂くに至って、
アーキスはその別邸一愛らしいと評判な顔を怒りで歪めさせていた。


最早、怒り心頭のアーキスであったが、武官長からの任を個人の感情で放棄するわけには
いかないし、もしそんな事をしたら・・と思い直し、口調は荒くなったものの何とか耐え、
さっさと目的を果たそうと彼女達の返答を促していた。


そんなお冠なアーキスと、それを見て『かわいいなぁ』と思いつつ宥めるエリカに、
何で怒っているかよく分からないミリアと、彼等は三者三様の態度を見せていたのだが、



『そうねぇ、私はエリカのお手伝いをしただけですから、特にお礼はいりません
 ただ、このお屋敷で困っている女性をもし見かけたら、助けて頂けたらと思います』



促されてミリアが発したお願いと言っていいのか良く分からない猫かぶり全開な提案は、
『騎士たる者はかくあるべき』という新米騎士にありがちな青臭い考えを持っていた
アーキスの琴線に触れるものがあり、彼の正当な憤りを瞬く間に沈静化させるのに成功し、



『それは騎士として当然の振る舞い。ですが、貴女の願いをよい契機として別邸詰めの
武官一同再び襟を但し、その願い、今後も騎士の責として果たすことをお約束します!』




・・・と、クリクリした二つの眼をキラキラと輝かせながら気障な台詞を謳いあげる。
本人的には格好を付けている心算なのだが、高すぎる声と愛らしい顔が邪魔をするのか
残念なことに、かわいい頑張り屋さんな『女の子』が、
微笑ましい決意を新たにしているようにしか見えなかった。



そんなアーキスの姿にエリカもミリアも『かわいいなぁ』とウットリ見惚れていたのだが、
男が見たら襲っちゃいそうな笑顔をしながら、
アーキスはエリカの望みを続けて問うてきたので、彼女は渋々観賞を中断し、
ある意味、彼女らしい風変わりなお願いで見習い騎士の少年をビックリさせる事に成功する。



『騎士の鍛錬に参加したいですって!正気なんですか?』

「正気って・・、そんなにおかしいこと?光輝のリィーファや紅蓮のエルーナとか
 女騎士として活躍して后妃になったり、侯爵に封じられたりする人もいたんでしょ?」


『確かにそうですが、今グレストンにいる女性騎士は10名足らずしかいないし
 爵位を継いだ方々の殆ども、次代が成長するまでの後見として継がれているだけです』

『そうそう、それにエリカって平民でしょ?よっぽどの武勲でも立てない限り
 爵位に封じられるどころか、見習い騎士にだって叙任なんかされないのよ?』


「もう、とりあえず普段やってる鍛錬に参加したいだけだって言ってるでしょ!
 いくら私でもトントン拍子に騎士になって貴族様になれるなんて頭に蛆の湧いた
妄想なんかしてないわよ!最近、結構暇だし、文武両道を目指す騎士の鍛錬にでも
参加したら、無為に毎日を過ごすよりは充実した日々を過ごせるかなって思っただけ」



予想外に向上心の高い友人の発言にミリアは『へぇ~』と驚きつつちょっぴり感心し、
己の研鑽に励むのが騎士道の第一歩と考えるアーキスはエリカに対する評価を
気に食わない女から、ちょっと気に食わない女へ変え、幾分かの上方修正を行う。

ただ、この騎士の鍛錬を受けたいと言うエリカのお願いは余りにも予想外な希望である。
見習い騎士に過ぎぬアーキスでは、この場でその可否を到底即答しえず、
一度、武官長に確認を取った上で正式な回答をすると述べるに留めた。


こうして、アーキスは一旦二人の前から辞し、武官長が待つ執務室へと足を運ぶ次第となる。





【老騎士と侍女】



「ほぉ、騎士としての鍛錬に年若い侍女が参加したいと願い出るとはのう・・・
しかも、その侍女の出自が平民とは、人生は驚きに満ちていると言った所か」




アーキスからの報告を受けた武官長ゼスク・ルーデンハイム准伯爵は静かに笑い、
突拍子も無い侍女のお願いに腹を立てないかと不安顔の見習い騎士を安堵させる。


アーキスを含めた別邸詰の騎士達を束ねるこのルーデンハイム准伯爵はかつて公爵家の
筆頭武官としてエックハルト騎士団を率いて度重なる戦役を生き延び、
受けた傷と等しい数の武勲を積み重ねた隻眼の猛将であった。

今は70を超えた高齢を理由に別邸の武官長に退いて後進の育成に力を注いでいるが、
その威風は一向に衰える気配を見せること無く、公爵家以外のグレストン中の騎士達にも
尊敬の眼差しと煙たいものを見るような目で見られる大きな存在であった。



そんな彼は既に武人としての名誉や実績を充分過ぎるほど得ていただけでなく、
准士爵から始まった爵位も准伯爵まで進め充分すぎる栄達を果たしていた。
だが、人の欲望と言うものは際限が無いものである。最晩年にも関らず彼の欲望は尽きず、
今は自分のこれまで培ってきた経験や知識を授けるに足る粋の良い多くの若者達を
渇望するようになっていた。
これは忍び寄る死に対する老人にとって最後の戦いなのかもしれない。



そんな彼の前に飛んで火にいる夏の虫の如く現れた変り種の侍女のエリカは、
見てくればかり気にする他の小娘と違って仕事も出来る点で一応の基準は満たしていた。
加えて、その褒章には宝石やドレスではなく、更なる高みを目指すための力と知識を
望むとは・・、まるで、野心をギラつかせていた若い頃の自分にそっくりではないかと
ゼスクは考え、久しぶりに鍛え甲斐のありそうな弟子が手に入るかもしれぬという期待に
その頬を綻ばせることになる。




老いた隻眼の猛獣が静かに笑う声の持つ迫力の圧され、
濡れたウサギのように震えるアーキスに鋭い眼光を放つ獣は彼に命令を与える。
その内容は『エリカの首に縄を付けてでも自分の執務室に連れて来い』という
非常に分かりやすくシンプルなものであった。


この命を受けた瞬間、アーキスはこの後に行われる地獄のような鍛錬を想像し、
『かわいそうなエリカ』と少しだけ少女に同情するが、彼の足はその思いとは裏腹に
老将の命令を全うするため、エリカの下へと一刻も早くいざ征かんと歩みを速めていた。

エリカを売ることによって老将の目が自分達から逸れ、血反吐を吐くような鍛錬から
少しでも逃れられるなら、翻って自分達にとって幸いなことでもある。


それに、元々は無知な少女が自ら望んだこと・・、そう、彼女の希望が叶うのである。
それに、武官長が小娘の鍛錬を引き受ける気になるなど誰にも想像できない筈と
アーキスは自己弁護しつつ、『そうだ、自分は悪くない!何も悪くないんだ・・・』と
罪悪感を無理やり打ち消していた。


度を越した厳しさを持つ老将から少しでも逃れられるなら、
アーキスはか弱き女性を守る等と言う糞の蓋にもならぬような騎士道精神など幾らでも
投げ捨てることが出来るようである。


騎士道だ、友愛に博愛主義と言った大層なお題目を掲げて見たところで所詮は人間。
自分の保身をついつい優先しがちになるのは仕方がなかろう。アーキスは多分悪くない。




◆◆




心なし申し訳なさそうな顔をしているアーキスに連れられて別邸武官長の執務室を訪れた
エリカは人並みに緊張し、表情を少し強張らせながら背筋をピンとさせていた。
どうやら、公爵家に仕えてまだ日の浅い彼女にすら恐れを抱かせるほど、
この部屋の主が持つ厳格さは本邸、別邸を問わず、公爵家内に広く知れ渡っているようで
あった。




『アーキスご苦労であった。下がって宜しい』 『ハッ、失礼致します』



退室の許可を得た見習い騎士は嬉々として、いまにもスキップを始めそうなほど
軽やかな足取りで厳しい武官長の執務室を辞す。
その光景をしょうがない奴だと思いながら見送ったゼスクは豊かに蓄えられた顎鬚を
撫でながら目の前に立つ少女に視線を向ける。


未だ緊張した面持ちを崩すことなく立ち続ける老人と半世紀以上年を隔てた少女は
この騎士が剣や鎧を見定めるかのような隻眼の鋭い視線に晒され、
ますます緊張の色を濃くしながら、エリカは一歩後ろへと退きかけたのだが、
ここで退けば『肥溜めクイーン』として君臨した矜持の全て失うと理屈では無く、
本能で察し、嘗ての子分達に顔向けできないような醜態を晒すまいと
浴びせられる圧力に必死に耐え、何とかその場で踏み堪える事に成功する。



『立ったままでは辛かろう。ほれ、そこの椅子にでも座るがよい』



一先ずの値踏みを終えたのか、幾許か眼光を弱めた隻眼の老人に促されたエリカは
背中に流れる氷のような冷たさを持つ二雫の汗を感じながら、
不用意な音を立てぬように細心の注意を払いながら、彼に座るように促された椅子に
ちょこんと借りてきた猫のような大人しさで腰掛ける。

もし、ここまでの一連の様子を普段の彼女を知る者達が見たら、いつもと全く違う
様子の異なる姿に驚き言葉を失うことになっただろう。
それほどエリカは目の前に座る威容を誇る老人に萎縮してしまって、
元気で快活な彼女とは程遠い大人しい清楚なお嬢さんにしか見えなくなっていたのだ。


そんな、いつもらしからぬ様子の彼女であると知ってか知らずが、特に気に留めた様子も
見せずにゼスクは簡単な自己紹介をする様に彼女を促す。
これに対し、エリカを時折緊張で言葉を震えさせる事はあったものの、何とか自分の中で
及第点を付けられるのではないかと言う受答えをすることが出来たと思ったのだが、
それが目の前に座る厳格そうな隻眼の老将のお眼鏡に適うものであったかどうかを
判断することは出来なかった。


エリカは目の前にどっしりと座る老人を真っ直ぐに見据え、彼から言葉が発せられるのを
じっと待った。




『なるほど、ただ日々を無為に過ごすのでは無く高みを目指し、研鑽に励むか・・
 エリカは若いのに似合わず、殊勝な心掛けをしておる。また、それを実現しようと
 する強い意志もお主の話しぶりから感ずることが出来た。騎士の道を求め進むだけの
 資質はしかりとあるようじゃな。よろしい、明日よりわしが直々に稽古をつけてやろう』

「ほんとですか?ありがとう御座います。私これから頑張ります!」


アーキスからエリカについて大まかな説明を受けて見込がありそうだと
ゼスクは最初から考えてはいた。ただ、実際に会って取るに足らぬ小娘と判ずれば
『先ずは侍女としての勤めに励むが良い』などと言って適当にあしらい、
少女が喜びそうな菓子やら髪留め等を適当に与えて、礼の代わりとする心算であった。


だが、緊張した面持ちで自分に騎士の鍛錬を施して欲しいと話す少女の真直ぐな姿は
若者らしい清々しさに溢れていた。
ゼスクはエリカの話に真剣に耳を傾け、それを最後まで聞き届けた彼には彼女の申し出を
断るという選択肢は除外されていた。


こうして、エリカは翌日から侍女の本分を果たさなければならない時間以外は
ゼスク自らの手で騎士の鍛錬を施して貰える様になったのだが、


女騎士物語の最高傑作クイーンサーガ全235巻に嵌って読破しただけで、
自分がもしかしたら騎士になれるかもなんて甘い考えを
ちょっとだけ持ってしまったエリカはこの日の騎士の鍛錬を受けたいと望んだ
不用意な選択を直ぐに後悔することになる・・・







老騎士の下で侍女だけでなく、女騎士としての道を歩み始めたエリカは、
強気を挫き、弱きを助けんという理想に燃えていたのではないだろうか?


そんな将来有望なエリカの素質を正確に見抜いたゼスクの慧眼には畏れ入るばかりである。
まさに、亀の甲より年の功といったところであろうか?

これ以後、彼女は数少ない女騎士の端くれとして、
様々な難事を克服していく事になるのだが、それを成し遂げるために必要な力は
ゼスクによって施された騎士の鍛錬によって培われたのだと考えられる。
エリカにとって、ゼスクという老騎士は師と言う非常に大きな存在であった。


一部の口さがない研究者は、少女向けの女騎士物語にどっぷりとはまった単純な小娘が、
騎士って簡単になれるかも?なんて甘い考えでゼスクに師事を仰いだなどという
非常に浅薄で愚かな俗説を組み立てているが、私はそんなことはないと断言できる!


名将は名将を知る、老騎士ゼスクは未来の英雄エリカの資質に
誰よりも早く気付いていたのだ。

とにかく、エリカは凄いのだ!異論は認めない!!








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