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No.11180の一覧
[0] 城塞都市物語[あ](2009/10/11 14:02)
[1] エックハルト公爵家伝[あ](2009/09/24 22:14)
[2] 子爵令嬢手記[あ](2009/09/24 22:14)
[3] 軍師公爵帰郷追記[あ](2010/07/14 20:32)
[4] 公妃誕生秘話[あ](2009/09/30 21:50)
[5] 隻眼騎士列伝下巻[あ](2009/09/24 22:15)
[6] 名人対局棋譜百選[あ](2009/09/30 21:51)
[7] 弓翁隠遁記[あ](2009/09/26 12:36)
[8] 従者奉公録[あ](2009/10/03 15:50)
[9] 小村地獄絵図[あ](2009/11/01 20:33)
[10] 迷走研究秘話[あ](2009/11/01 20:28)
[11] 王公戦役[あ](2009/11/01 22:05)
[12] 城塞会議録[あ](2012/01/09 20:51)
[13] ナルダ戦記[あ](2012/05/01 00:46)
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[11180] 軍師公爵帰郷追記
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/14 20:32
【若き英雄の帰還】


エックハルト公爵家、その歴史を遡ればフリード公国成立時にまで達し、
公国内はおろか近隣諸国までその名声を馳せていることは先に述べたが、
今現在、名声だけでなく、名家としての権勢も最盛期を迎えようとしている。


現当主の17代ヨハンス・エックハルトは城塞都市グレストンの副総督に就いて15年、
その叔父のオーフェルも城塞都市の五角の北の一角を守護する五星将軍筆頭の
地位に長くあり、軍権を握る重鎮として城塞都市内に強い影響力を持っていた。


また、オーフェルの孫娘イライザは総督の息子の婚約者で一年後の春に16才に達した後、
次期総督後継者の指名と併せて婚礼の儀が執り行われる予定である。


その他にもエックハルトに連なる人々はみな城塞都市グレストンの街の中で要職を占め、
その血筋に相応しい地位と権勢を誇っていた。



その隆盛を極めつつあるエックハルトの一族の中で、最も大きな輝きを現在放つのは
誰かとこの当時に問われれば、公爵の一人息子、レオン・エックハルトの名を
皆が挙げたであろうことは想像に難くない。



レオン・エックハルトは次期公爵という肩書きだけでなく、
5年前に没した大軍師マシュー・ジルバーグの最後の直弟子であるのもさることながら、
20代の若さで既に何冊もの軍学書の注釈書を世に出しており、実践経験こそ無いものの
その優れた見識を各国から高く評価されていた。
また、彼のその卓越した才は既に偉大なる師を超えるとまで多くの人々に言われていた。



そんな超絶エリート若手軍師NO1のイケメンでリア充が約束されレオンが、
フリード公国の形式的な宗主国でもある大国、キースリング帝国での遊学を無事に終え、
城塞都市グレストンに帰郷するという報せは、城塞都市中に喧伝されることになる。


そして、この報せを受け取った街の人々は、街の誇りでもある若き英雄の帰還に大いに
湧き、当事者のエックハルト公爵家はそれ以上の喜びと興奮で満たされることになる。


そんな盛り上がった空気は、田舎から一人で街に出てきた少女が無関係で居続けることを
許すことはなく、英雄の帰還という祭りの参加者に強制的に組込み彼女を巻き込んでいく。




◆◆



たかだか、どっかのボンボンのどら息子が帰ってくる位でお祭り騒ぎとは
お目出度いねぇ~と、大して興味のないエリカは湧き立つ街や屋敷の人々と違って
まったく気分は盛り上がっていなかった。


まぁ、そもそも彼女の出身は『ナサハ』なので若きグレストンの英雄と言われても、
それほどピンと来ないのも当たり前と言えば、当たり前であったが、
周りが大盛り上がりしている中で、一人普通のテンションなエリカは目立つため、
アゲアゲ気分の同僚達に『どうしたんだよ?もっと熱くなれよ!気持ち伝わんないよ!』
などなど、ウザイぐらい声を掛けられて辟易していたくらいである。



「ほんと、みんな浮かれすぎ!それに、何で私ばっかりに盛り上がれとか
 声掛けてくるんだろう?シェスタさんだって別にテンション高くないのに」


『貴女が声を掛ける側だったら、どちらに声を掛ける?多分、それが答えよ』


お茶休憩の時間に強引にミリアの向かいの席に座ったエリカは率直な疑問を
彼女にぶつけたのだが、冷静に切り返され『納得!』と一言呟いて頷きつつ

話しかければ律儀に答えを返してくれるようになったミリアのちょっとつんとした顔を
にやにや見つめながら、このまま行けば、案外早く仲良く成れるかも?と考えていたが・・・


『なに人の顔見てニヤニヤしてるのよ!あんまり調子に乗らないでよ平民!』と言って
急に怒って席を立ってしまったため、
さすがに、もうちょいかかるかと苦笑いすることになった。



そんな遣り取りをする二人を他所に、他の年頃の侍女衆達の大半は脳天気に
まだ見ぬ若き英雄とのめくるめくラブロマンスを妄想していた。




【英雄のヒヨコと侍女のたまご】



レオンが城塞都市グレストンに到着する日は奇しくもエリカが公爵家に
雇い入れられてから、丁度一月が経った日であった。

そんな侍女としての経験も浅く、侍女のタマゴちゃんなエリカであったが、
レオンの帰郷に際して予想外な大役が与えられることになる。

この大抜擢ともいえる人事は、本人だけでなく周囲の人々も大きく驚かせることになった。


彼女が抜擢された役を簡単に一言で説明すると『暇つぶしの相手』である。
次期当主が長期外遊から帰郷した際の慣習として、現当主の公爵との面会まで
次期当主は控室で二時間ほど待たされることとされているため、その待ち時間の間、
次期当主が退屈しないようにするため、話し相手役が設けられることになるのだが、


この役に順当に選ばれたシェスタの補佐役になんとエリカが選ばれたのである。



◆◆



う~ん、若き天才軍師さまのお相手かぁ、他の子達なら『恋のチャンス?』って感じで
大喜びなんだろうけど、田舎の平民エリカ様には全く関係ない話だから
嬉しくもなんともないや。逆に、変に嫉妬されたりしてありがた迷惑な気がする。


まぁ、私が指名された理由も貴族の色恋から完全に外れてるからなんだよね。
せめて、シェスタさんが私の能力を買って推薦とかだったら嬉しいんだけどな。


『エリカさん。心配しなくても大丈夫です。基本的にはレオン様への対応は
 私が行うことになるでしょう。貴女には多少の手伝いをお願いするだけですよ』

「はっはい。分かりました。出来る限り頑張ります」 『えぇ、期待していますよ』



ふぅ、ちょっと考え込み過ぎちゃったな。今更ジタバタした所でどうこうできる
訳でもなし!どうせやることはお茶出し程度の雑用くらいなんだろうし、
噂のイケメン天才軍師さまの顔でも見物しちゃうぞって感じで行こうっと♪



『ふふ、だいぶ表情が解れたようですね。いつも通りの元気で明るい貴女なら
 きっと大丈夫です。心配しないで普段のお客様を相手にするのと同じ心算でいいですよ』

「はい!あの、お気遣いありがとう御座います」



はぁ、ほんとシェスタさんって仕事出来る上にやさしくて凄く綺麗だし、その上、
平民の私なんかにも分け隔てなく接してくれるなんて非の打ち所がなさすぎ!
ほんと頭下がります。これで尊敬するなって言う方が無理ってもんです!


唯一、腑に落ちないことがあるとしたら、なんで独身なんだろうってことかな?
確か、私より5歳位年上だって聞いたから、二十歳の大年増に片足突っ込んでるんだよね。
准男爵家でそんなに家格が高くないってミリアが言ってたけど、
これだけの器量良しだったら、ウッキーな男達がほっとく訳ないと思うんだけど?


なにか結婚しない理由とかあるのかな?もしかして、敵国の王子様との道ならぬ恋に
落ちてるとかだったりして。まぁ、今から会う英雄様と恋仲だったら笑っちゃうけど・・・




『レオン様、失礼します』




◆◆



謁見の間の直ぐ隣にある控え室に入ると、シェスタが三年振りに、エリカは初めて会う
次期エックハルト公爵家当主は部屋の中央で悠然と佇み、笑顔で二人を出迎える。



『久しぶりシェスタ、君の顔を見ると我が家に戻ってきた気がするよ
 そっちの子は新入りちゃんかな?レオン・エックハルトだ。よろしく』



これが本物の貴公子といった感じで爽やかな挨拶をするレオンにシェスタは恭しく
挨拶を返し、エリカはなんかスカしたお坊ちゃんだなぁという思いを
表に出すことなく、『こちらこそ、よろしくお願いします』と元気良く返事を返す。



近所の悪ガキ達と徒党を組み、使える手はどのような卑怯な手であっても打ち、
『肥溜めクイーン』として、泥臭い実戦形式のような模擬戦経験を何十も積んできた
歴戦のエリカに対して、


大軍師マシューの私塾で机上の軍学を学び、その後、各地で遊学をする傍ら、
何冊もの兵書の注釈書を執筆し、高い評価を得てきたレオン。


エリート将校気質のレオンに、ゲリラ部隊の実戦指揮官のようなエリカはまさに水と油
レオンの方は初見ではその事実に気付かなかったようだが、
実戦形式の豊富な戦闘経験によって嗅覚を磨かれたエリカは本能的な感覚で、
レオンが気に食わない性質の人間だと気付いたようである。

もっとも、気に食わないからと言って牙剥き出しにしてツンケンするような
愚かな真似は当然しなかったが、そのせいでレオンに感じの良い元気な新人の女の子と
ソコソコに良い評価を下され、嬉しくもないことに顔と名前を彼に覚えられてしまう。



『エリカちゃんは、ナサハという国境近くの村の出身なのか。そこは閑静な場所で
 きっと伸び伸びと生活出来るのだろうね。実に羨ましいよ。都会の喧騒の渦中で
 望まぬ名声を得てしまったこの身では、心安く生活することなど望むべくもないからね』

『心中お察し致します。せめてこの屋敷内だけでもレオン様が心穏やかに過せるよう
 私を含めて家中の者一同協力し、出来得る限りのことをさせて頂きたいと思います』


なんか、まどろっこしい喋り方する男だなぁ~と思いつつ、エリカは適当に返していたが、
シェスタの方は真面目にレオンを慰めているので、『私も協力します!』と取りあえず
話を合わせていたが、正直、うんざりし始めていたので早く公爵との面会時間が来ないかな~と、一日千秋の思いで待ち続けていた。







レオンが遊学で広めた見聞を巧みに用いながら、シェスタやエリカに話しかけるといった
流れが終始続いた待ち時間は、一人の女性にとっては大変短い時間であり、
もう一人の少女にとっては長すぎる待ち時間であった。
そして、そのひと時は家宰がレオンを呼びに現れたことで、ようやく終わりを迎えることになる。



こうして、役目を終えた二人は控え室に残されたのだが、その表情は対照的であった。


部屋を去るレオンの後姿を切なげに見送る誰もが佳人と認めるシェスタに、
ようやく面倒ごとが終わったと天真爛漫な笑みを見せるエリカといった風に…


もっとも、その二人の表情は翌日に知らされた驚くべき発表によって、
全く正反対の者に変えられることになるのだが、この時は知る由もなかった。







【侍女として、女として】


シェスタ・バクラムがエックハルト公爵家に侍女として仕え始めたのは今から7年前、
彼女が13歳になるか、ならないかの頃であった。



シェスタはそれほど裕福ではない准男爵家の家計を少しでも助けるためにと
公爵家に来ただけあって、仕え始めた当初かしっかりした子として周囲の評判は良かった。

また、彼女は誰が見ても見惚れずには居られぬ容姿を備えていたため、彼女が16、7歳に
なる頃に自分や息子の嫁にせんと考える騎士階級や下級貴族達が、
彼女の周囲によく群がっていた。


そんな人気の高すぎる新人侍女は、こわ~い先輩方から厳しい指導と言う名の洗礼を
受けるのが慣例であったが、彼女はそれを受けることが幸いにして無かった。

彼女のこなす仕事は常に高水準レベルにあり、非の打ち所が無かったし、
子供じみた嫌がらせや、妨害工作など次々に看破して付け入る隙を全く与えなかった。

ある侍女が彼女にトカゲやゴキブリを盛大にぶちまけてやろうと画策し、
それを必死で集める侍女のことを害虫駆除に熱心な立派な人がいると
純真な笑顔を浮かべながら侍女長に敢えて報告し、
人々の賞賛による周知で動きを封じた機知は、とても少女の物とは思えない程であった。


そして、彼女は上に記したように自身に害を成そうとした侍女に対しても、
彼女が賞賛を受ける形にするなど、極力事を荒立てないように常に配慮を怠らなかった。


そんな彼女に対するつまらぬ嫉視は一月も経たぬ内に収まり、逆に良く出来る
しっかりものの頼りになる後輩として、先輩諸氏から重用されるようになっていた。



そんな頃に、彼女は運命とも思えるような出会いをすることになる。
城塞都市グレストンの総督に請われて二年前から逗留する大軍師マシューの
私塾で麒麟児と称され始め、その才を持てはやされ始めた貴公子
レオン・エックハルト付きの侍女として抜擢されたのである。



◆◆



『来て貰ってそうそうで悪いが、私は自分のことを何一つ出来ない無能ではないからね
 君の、いや侍女の手助けなど必要ないという訳さ。何かあれば呼ぶから下がってくれ』


レオン付きの侍女を拝命したことを彼に告げ、挨拶をするシェスタに返されたレオンの
反応は非常に冷淡であった。彼はようやく18になったばかりのまだまだ若造であったが、
その才は既に周囲にも認められ、自らの能力に強い自負を持っていた。


そんな彼は、自分が認めるだけの才を持たぬ者に対して徹底的に無関心であった。
特に空っぽの頭で自分の血筋や才に容姿と言った俗な要素に目が眩んで、腰を振りながら
恥じらいも無く、必死に自分に言い寄ってくる売女のような侍女達を軽蔑すらしていた。


レオンにとって彼女達は慎みも恥じらいも無く、無遠慮に自分の領域に踏み込んで
置きながら、それをすればするほど、自分に好かれるだろうと考える
到底理解しがたい思考を持った知恵を持たぬ、まったく躾がなっていない
見てくれだけが良いペットのようなモノであったのだ。






「畏まりました。御用がありましたら直ぐお伺い致します。いつでもお呼び下さい」




そんな取付く島もないようなレオンの態度に対したシェスタは、主の心無い最初の命に
特に傷ついた顔を見せることも無く、スカートの両裾を少しだけ持ち上げ、
深々と頭を下げつつ、彼が最も好むだろう答えを返した。


この少女らしからぬ完璧な振る舞いにレオンは多少の驚きを感じたが、
多少マシだからといって侍女風情に興味を持つ気も無かったので、
それを表に出すことなく、彼女の退室を少しだけ温度を高めた視線で見送った。






レオン付きの侍女はシェスタで何代目になるか分らぬほど代わっており、
その在任期間も平均2週間程度と短かった。

シェスタがその若さにも関わらず彼付きの侍女に大抜擢された理由は
彼女なら気難しい若様の侍女を何とか務める事が出来るのでは?という周囲の
淡い希望によるところが大きかった。


レオンはすべからく最初の対面から直ぐに侍女を自室から追い出し、
後は基本的に何も用付けずに放置という形を取るため、
これまで大半の侍女達は部屋の前で立ち尽くしながら、ご用命が無いかと待ち続けていた。


だが、彼からは一度たりとも声をかけられる事は無く、その多くは一週間もせぬ内に
配置換えを望み、残りの少しの子達も三週間以内に音を上げて配置換えを望んだ。

何もしなくても良いとはいえ、ただ立ち尽くすだけと言うのは世間知らずで貴族育ちの
侍女達にとっては耐え難い苦行であった。




そんな恒例の仕打ちを受けたシェスタは勤務時間中には片時も部屋の前から離れず、
昼食の時は勿論のこと、用を足すために部屋を離れる際も少女らしい羞恥心を堪えて
ノックの後に報告してから離れるなど、律儀にレオンの侍女を務め続けた。


そして、レオンから一言も声が掛けられない状態のまま一週間が経ち、ニ週間が過ぎ、
やがて、これまでの最長記録を遥かに超える二月が経った。

この頃になると、彼女に期待してこの役を申し付けた者達は
それにもう充分応えてくれたから、任を辞しても構わないと彼女を心配して
レオンの侍女を降りるように頻繁に促すようになっていた。


だが、シェスタは主から暇を出されない限り、彼付きの侍女を辞する事は不忠であると
言って聞かず、そのまま3ヶ月間、レオンの部屋の前で立ち尽くし続け、
いつ何時御呼びが掛かってもよい様に備えていた。




◆◆



シェスタがレオン付きの侍女になった初春から季節が晩夏に変わろうとする頃、
彼の部屋の扉から小さいがチリーンと鈴の音が確かに聞こえた。
その音を部屋の前に侍り続けた侍女は聞くと、早過ぎる事も無く、強過ぎもしない
丁寧なノックをして、主から入室を許可を認める声を聞くと丁寧に扉を開けた。



 「失礼致します。何か御用がありましたら、何なりとお申し付け下さい」



レオンの目の前に立った少女は、三ヶ月以上も前に部屋を出る際に彼に見せた
完璧なお辞儀を完璧に再現して見せた。
この完璧なまでのシェスタの立振舞いにさしものレオンも敗北を認めざるを得なかった。



『そうだな。先ずは君の名を教えて貰えないかな?その後に
君にこれまでの非礼を詫びたいと思うのだが、構わないかな?』

「シェスタ・バクラムと申します。あと、レオン様は非礼と詫びたいと申されましたが
 そのようなことをされる必要は御座いません。レオン様は礼を欠くような行動など
 されておりません。また、そうであったとしても、臣下の私などにする必要はないかと」



主に問われて初めてその名を告げた少女は、詫びる必要どころか、
そもそも非礼すら無かったといって、彼の謝罪を受取ろうとしなかった。

だが、レオンは礼を尽くすべき者に礼を尽くさなかったことは非礼に当たると言って、
シェスタに深々と頭を下げて、これまでの非礼を詫びて許しを少女に請う。



「分りました。私はなんら非礼など感じておりませんが
レオン様がそれを望むのなら、慎んでお受け致します」









これ以後、シェスタは名実ともに時期当主レオン付きの侍女となったのだが、
レオンに取って彼女は臣下の侍女ではなく、対等の才ある人物であった。

そして、彼は私塾で軍学やその他の学ぶべきことのために費やす時間以外に余った時間を
シェスタとの会話に費やすようになっていく。


彼女との会話は、自分より随分年上で同姓の識者ばかりを相手にしてきたレオンにとって、
新鮮で驚きに満ちたものであり、有意義であるだけでなく、
純粋に楽しいと思える非常に貴重なものであった。
また、彼女と過ごす内にレオンの大きな欠点の才走った点は少しずつ薄れ、
才なき目下の者に対する態度も信じられないほど軟化し、丁寧な物に変わっていく



一方のシェスタも、准男爵という下級貴族の娘に過ぎない自分に対して、
声望高き次期公爵のレオンが対等の相手と認め、臣下ではなく話し相手として
自分を必要としてくれることに大きな喜びを感じていた。


そして、二人の間にある尊敬と喜びの感情は季節が何度も変わり、
二年を過ぎようとした頃にはすっかりとお互いを想い合う恋慕へと変わり、
身分違いの許されぬことと認識しながらも、お互いを求め愛し合う関係になっていた。



このままレオンの自室で過ごす二人だけの時間が永遠に続けば良いと、
レオンとシェスタは愛し合いながら何度思ったことだろうか、
その回数は両手の指の本数で足りる数では無かった




やがて、そんな二人の許されぬ幸せな時間も終わりを迎える日が来る。



故マシューの薫陶厚いレオンの才をより伸ばす為、
エックハルト公爵は彼にキースリング帝国へ3年間遊学するよう命じたのである。


その命はレオンに取ってまたとない物であった。マシューの死後、
貪欲に知識を求める彼の欲望に応える者は城塞都市グレストンには存在せず、
彼はより優れた知識が集積されたマシュー祖国でもあるキースリング帝国への
遊学を強く望んでいたのだ。



彼はこのことを父親である公爵から命ぜられると、
その事実を一番最初に誰よりも愛するシェスタに告げた。

美しい少女から美しい女性へと生まれ変わろうとしつつある彼女に
レオンは何度もキースリング帝国への想いを語っており、それが実現した事を
誰よりも彼女に祝って欲しかった。


レオンからその話を聞かされたシェスタは我が事のように喜び、彼に祝辞を述べた。
だが、彼が続けて共にキースリング帝国に付いて来て欲しいという願いには
頑なに首を縦に振ろうとしなかった。


出会った頃と違い彼女はもう17歳、いつ結婚してもおかしくない年齢である。
そして、レオンも若いとはいえもう20代である。彼の家柄と声望があれば、
一国の姫君の降嫁すらありえぬ話ではない。


彼女は夢の終わりが来た事を瞬間的に悟ったのだ。
例え目を背けようとも変わることの無い事実があることを、
どんなに恋焦がれようとも目の前の男を自分のモノにすることは叶わないことを・・・





何度も彼女を翻意させようとしたレオンであったが、
やがて、彼女がこうまで頑なになる理由に思い立ってしまった彼は言葉を失った。
そして、同時に激しい後悔に襲われた。結ばれぬことなど最初から分っていたのに、
結果として、愛という都合の良い言葉で、己の欲望のまま彼女を汚し、
ただ、傷つけただけという事に気付いてしまったのだ。



出発の前夜、最後の夜を共に過ごした二人は何も言わず分かれた。
出立の朝、レオンの乗った馬車が遠ざかるのを、シェスタはただ黙って見つめる。

彼等はレオンが遊学する3年間一度たりとも手紙を交すことなく過ごし、
その輝きに満ち溢れた一時を思い出としてその胸の奥へとしまい込んだ。

高い身分の壁が存在するこの世界では珍しくも、面白くも無い話であった。




そう、ここで話が終われば・・・





◆わがまま坊ちゃん◆



断ち切った筈のレオンに対する想いが、いまだ灰の奥に隠れて眠る火のように
しぶとく燻り続けていることを知ってしまったシェスタは、


公爵とレオンの会談が既に始まり、その任を終えているにも拘らず、
彼がついさっきまで居た部屋を離れる事が出来ずに居た。


ごく自然に自分に接してくれたレオンが過去の愚かな一時のことなど、
とうの昔に忘れ去っているであろうというのに、
彼の笑顔を見て、その声を聞いてしまった瞬間、燻り続けた炎は何度も燃え盛ったのだ。


エリカが『ささっと帰りましょうぜ姉御!』といった風に退室を促すが、
彼女の足は棒のように固くなり、たったの一歩すら踏み出せそうに無かった。


そして、時は流れて彼女の前に最愛の人が姿を現した。
エリカは再び不機嫌な顔を見せた。



◆◆


『シェスタ!私はいまここに宣言する!レオン・エックハルトは誰よりも
 シェスタ・バクラムを愛していると、どうか、私の生涯の伴侶となってくれ!』


『レオン様!!』  「はぁ?なにそれ?」



公爵との面会の間から飛び出るように出てきたレオンは、
シェスタの存在を確認すると飛び出た勢いのまま彼女に求婚する。

その突然すぎるプロポーズにシェスタは歓喜の余り冷静さを失い、
まったくの部外者で第三者のエリカは『なんだぁーそれ?』と言った感じで
完全にポカーン状態でシェスタに抱きつくレオンを呆然と見る。


一方抱き付かれたシェスタの方も若干冷静さを取り戻し、身分がどうのやら、
もう二十歳で年増女だと今更な事を言ってその抱擁から逃げ出そうとするが、
そんな悪足掻きをレオンは許さない。矢継ぎ早に『父を説得して既に了解を取った!』
『それなら、私以外に誰がお前を貰うんだ!』と赤面物の言葉を惜しげもなくぶつける。


もう、エリカは帰っていいですか?状態である。




『さぁ、シェスタ!どうか私の妻になってくれ!君を生涯かけて愛すると誓う!』

『はい。レオン様。私・・、わたくしを貴方の妻にして・・ください!!』



再度問いかけられたシェスタは涙を流しながらも
くちゃくちゃの笑顔でそれを受け入れ、レオンを強く、強く三年分の想いを込めて抱きしめる。


そんな二人の横でエリカは高そうなソファーに寝転がりながら、
足をぱたぱたとバタ足させながら、はいはいお幸せにねぇ~と軽く適当に祝福しながら、
控室に用意されていた茶菓子のクッキーを、お行儀が悪い事に寝転がりながらパクついて
ボロボロと滓をソファーや絨毯に零していた。



二人と一人の間に著しい温度差がある中で、新たなハッピーエンドな物語が
城塞都市グレストンの歴史に追加される。


エリカは、未来の公爵妃シェスタ誕生というちょっとした歴史的瞬間の証人となった。









大軍師レオンとエリカは全くタイプの異なる人間であったことはよく知られており、
しばしば、その意見を対立させることがり、その仲は険悪であったとも伝えられるが、
私はそうは思わない。


彼女たち二人の関係は敵対していると言うよりも、お互いの力を認め合ったライバル関係
であったと私は考えており、恐らくそれが真実であると断言しよう。


もちろん、断言するのはそれなりの根拠があっての事ではあるが、
その中でも最も大きく分り易い根拠を一つ紹介するとしよう。


エリカは、レオンの妻であるかつての上司でもあるシェスタと
大変仲が良かったと伝えられ、それは終生変わることが無かったらしい。

もし、エリカがレオンと骨肉を争うような関係であればその妻と仲が良い事など
ありえないだろう。この当時、夫婦は一心同体であると言う考えは
今以上に強かったのだから、先ず間違いないだろう。


エリカと英雄レオンはお互いの才を認め高めあう非常に理想的な関係を築いていたのだ。











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