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No.11180の一覧
[0] 城塞都市物語[あ](2009/10/11 14:02)
[1] エックハルト公爵家伝[あ](2009/09/24 22:14)
[2] 子爵令嬢手記[あ](2009/09/24 22:14)
[3] 軍師公爵帰郷追記[あ](2010/07/14 20:32)
[4] 公妃誕生秘話[あ](2009/09/30 21:50)
[5] 隻眼騎士列伝下巻[あ](2009/09/24 22:15)
[6] 名人対局棋譜百選[あ](2009/09/30 21:51)
[7] 弓翁隠遁記[あ](2009/09/26 12:36)
[8] 従者奉公録[あ](2009/10/03 15:50)
[9] 小村地獄絵図[あ](2009/11/01 20:33)
[10] 迷走研究秘話[あ](2009/11/01 20:28)
[11] 王公戦役[あ](2009/11/01 22:05)
[12] 城塞会議録[あ](2012/01/09 20:51)
[13] ナルダ戦記[あ](2012/05/01 00:46)
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[11180] 子爵令嬢手記
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/09/24 22:14
【お部屋探しにGO!】



フリード公国第二の都市、城塞都市グレストンは人口と規模の点で
公都フリディニアを凌駕しており、それに魅力を感じた活力の溢れた多くの人々は
この地で成功を掴むために、故郷を捨て移住していきていた。


そのため、旅人や冒険者に、交易商人や観光客と言った人々のための宿屋だけでなく、
移住者や留学生用の長期滞在目的者向けの貸家や貸部屋も数多く存在し、
不動産仲介業も成熟しており、値段や設備といった様々な条件を選ぶことができた。


多種多様な宿泊施設に賃貸物件の充実と、城塞都市グレストンは外から来る人々を
受け容れる事に関して非常に寛容である言える。
もっとも、それは『カネ』を持っている場合と条件が少しだけ付いたが・・・


多くの人が来ると同時に、多くの敗残者が去る街、
それが、城塞都市グレストンが多く持つ顔の内の一つであった。






エックハルト公爵家での初日こそ、平民の侍女という物珍しさから、
意地悪な侍女達の嫌がらせを受けたエリカであったが、真正面からその嫌がらせを
受けて立ち、完膚なきまでに叩き潰したエリカの振る舞いに恐れをなした侍女達は
それ以降、直接・間接を問わず、彼女に嫌がらせをするという危ない橋を
決して渡ろうとはしなかったため、エリカは何事も無く日々のお勤めを
平穏無事に終える事が出来ていた。


また、最初のお使い以降、首根っこを押さえた店主を利用することによって、
小出しに調達物品のコストダウンを実現しなから確実に手柄を稼ぐエリカに対する
公爵家の評価は少しずつではあるが高まっていた。
そして、初出勤から三週間が経つ頃、そんな使えると判断された彼女に対して、
シェスタはご褒美として特別ボーナス10万レルを支給し、三日の休暇を併せて与えた。


エックハルト公爵家は才ある者を遇する術を知っていた。
もっとも、残念な事にそれを受けたエリカの忠誠心は主家ではなく、
直属の上司であり、褒章を与える為に動いてくれたシェスタの方に益々傾いていたが・・・




◆◆



ボーナス! なんて魅力的な言葉なのかしら!その上、休暇まで貰えるなんて最高ね!
明日から通常の休暇と併せて五連休なんて、ホント夢見たい。

これも、カッコよくて美人でとってもステキなシェスタさんの御蔭ね。
休み明けもお仕事バリバリ頑張って、引き立ててくれた御恩に報いちゃうぞー♪



『ふふ、なんか張り切ってるわねー』
『まぁ、元気があっていいんじゃないか?それがあの子のいい所さ』

『あら、貴方はエリカさんの良いところには直ぐ気付くのね』
『おいおい、サリアの良い所は多すぎて言えないだけさ』
『もう、調子のいいことを言って・・・、でも、ありがとう優しい旦那様♪』



あちゃー、お二人さんが盛大にストロベリ始めちゃったよ。
二人が仲いいのは凄く嬉しいけど、朝食時からそれやられちゃうとなぁ・・・、
うん、正直言うとしんどいし、精神的に胃ももたれてきます。

別にうらやましいなぁ・・・とか、何だかコンチクショーなんて思ってません。ほんとだよ!



『あら、もう終わり?もっとゆっくり食べて行けばいいのに
 今日、エリカさんは特別休暇でゆっくり出来るんでしょ?』

「えっと、今日は部屋探しでもしようと思ってるんで
 ロンファン通りの不動産屋へちょっと早めに行こうかなって」


『なんだい、お嬢ちゃん出て行っちまうのか・・・』



「はい。ほんとはもっと早く出て行く心算だったんですけど、此処が凄く居心地が良くて
ずるずると居座ちゃいました。でも、この街で暮らすならちゃんとお部屋を探さないと」


『うん、そうよね。何時までも宿住まいじゃお金も掛かるから仕方が無い事よね
 私達夫婦を捨ててでも、エリカさんが貸し部屋を探すのはしょうがないの事なのね』



捨てるって・・・、また極端な、それにチラチラと私の顔見てるから嘘泣きなのバレバレです。
ほんと、いい人だけどしょうがない人だなぁ。まぁ、そういう所も好きなんだけど。

ここは大人しく妥協案をだして、納得して貰うとしましょうか。



「もう、ちゃんとこの宿屋に近い所で部屋探そうと思ってますから
捨てるとか変な心配しないで下さい!私も二人の事大好きですから♪」










自分でも『これは無いかな?』と思いつつも、サリアに媚びたエリカは盛大に
後悔する事になる。
エリカの大好き!攻撃が良いところに入って興奮したサリアは
『なに、このたまらんかわいい子♪』といった感じになってナデナデぎゅうぎゅうされ、
予定の出発時刻を大幅に修正することになってしまった。


度が過ぎる親愛の表現は必ずしも自分に良い結果を齎す訳では無いと、
エリカは身をもって知る事になった。



そんな二人の横で、グレアムは楽しそうだなぁ~と横目で見ながら
暖かいお茶を飲みつつ、朝の穏やかな幸せを一人だけ満喫していた。

こういう状態に入った妻と言うか、女性には関わらない方が良い事を
賢い夫である宿屋の主人グレアムは知っていた。



◆◆



結局、買物に行くと突然言い出したサリアにお留守番を強引に頼まれたエリカは、
予定より3時間以上も遅れて昼食後に不動産屋を目指すことになった。

こうして、エリカは出発前から疲れてゲッソリとした顔をしながら、
ロンファン通りを目指して歩くことになった。




『おう、嬢ちゃん!疲れた顔してるな?さては彼氏でもできて夜更かしか?』

「はぁ、そんな相手が居ればもっといい顔してますよ~」



そんな彼女を見かねた宿屋の近所のおっさんが冗談交じりに声を掛けるのだが、
返事を返すエリカにいつものような元気さがもどる事は無かった。
その様子に『しばらくはダメだな』と思ったおっさんはあっさりと元気付けるのを諦め、
『まぁ、がんばれよ』と適当な励ましを申し訳程度にし、
エリカの方も『お気遣いサンキュ~です』と力なく手を振って応えながら分かれる。


どうやら、興奮したサリアの『かわいがり』は彼女にとって
数時間経っても抜けないほどの疲労感を与える威力を持っていたようである。
もちろん、嫌悪感は微塵も感じておらず、若干嬉しく思った位なのだが、
それは、ちょっと限度を超えており、疲れるのだけはどうしようもなかったのだ。




◆◆


「よっし!とにかくちょっと疲れる事があったけど、なんとか目的地に着いたわ
 ここで、良い部屋を必ずゲットして生活基盤を固めないと!ごめんくださ~い!」

『はいはい、いらっしゃいまし。ようこそニヤニヤ不動産へ、お部屋をお探しですかな?』



不動産屋の前に着いたエリカはいつまでも疲れを引き摺っていられないと、
気合を入れなおして、その店に元気な挨拶と共に入る。


そんな、声を聞いてのそのそと出てきたのはにやにやと笑う
老店主のニヤック・ニヤードだった。
彼は苗字がある事から分るように貴族・騎士階級に属する者であったが、
小さな領地と騎士の地位を息子に譲って以後、暇を持て余すようになったのか、
この城塞都市で道楽がてらに不動産業を営むようになっていた。


そんな、少し気味の悪い老人の笑みを盛大に無視することに決めたエリカは
安くて良い部屋を紹介してくれとストレートに要求を述べる。
このエリカの清々しくも欲望に忠実な態度にニヤックは
皺くちゃな顔を更にくしゃくしゃにして笑いながら、
幾つかの物件資料を彼女の前に置いて見せる。



『ひょっひょっひょ、どれお嬢ちゃんのお気に召す物件はおわりですかな?
 この物件などどうです?今滞在の宿からも近く、家賃は一月39800レルですぞ』

「確かに魅力的ね。でも、前の人は首吊り、その前の人も首吊って
 おじいちゃん、この部屋絶対呪われてるって無し無し!お化けとかダメ!」


『おやおや、お嬢ちゃんはそういう曖昧なモノなど全然気にしない子じゃと思いましたが
 どうやら、私の見込み違いでしたかな?しかし、そうなると困った事になりましたなぁ』




たかだか一件の物件が条件に合わないといっただけで、心底困ったというニヤックに
疑問を感じたエリカが、その点について質問するとニヤニヤした笑顔見せながら
老店主はとんでもない理由を説明する。



『いやのう、困ったことにこの街の不動産屋がお嬢ちゃんに紹介できるのは
 一件を除いて、訳ありの呪われてそうな部屋しか紹介する事が出来んのじゃよ』

「はぁ?なにそれ、意味が分らないんだけど?まぁ、良いわマシな一件を先ず見せて」




返された意味不明な返答に『ぶち殺すぞクソジジイ』状態になり掛けた少女であったが、
相手がニヤニヤしているとは言え殴ったら死にそうな老人だったため何とか我慢し、
例外の一件について、質問することにした。
やっちゃうのはそれを聞いてからにすることにしたようである。


『ひひっひ、そうカリカリしなさんな若いの、短気は損気じゃよ?
 そうそう、例外の一件じゃったな。ほれ、この物件がそうじゃよ』



プンプン状態になっているエリカに動じる様子も見せず、食えないジジイが見せた
物件の説明書は、彼女をいとも容易く驚愕させることに成功する。

その説明書にはこう書かれていた。



『グレアムとサリアの築30年のラブラブハウス♪二階に素敵な空き室あり!
 なんと朝夕に昼食はお弁当との選択が可でお家賃なんと5万レルポッキリで格安!
 此処に済まないエリカさんは鬼か悪魔!PS、他の不動産屋に行っても無駄なの☆』





QBK(急に、弁当の材料を、買いたい)と訳の分らないことを言って自分に
お留守番を命じたサリアが何をしていたのか悟ったエリカは、
物件の説明書が置かれたテーブルに勢い良く突っ伏した。



『ひょっひょっひょ、お嬢ちゃん潔く諦めなさい。お嬢ちゃん位の年頃の子が
 背伸びして独り立ちしたいという気持ちも分るんじゃが、まだ慌てることも
ないじゃろうて。折角、心配してくれる人が居るんじゃから、もう少しだけ
甘えてみるのも良いのではないかのう?折角の縁じゃ、大切にしなさるといい』

「はいはい。もう、この物件にすれば良いんでしょ!分ったわよ!」


『ひっひっひ、お嬢ちゃんは賢い子じゃな。長い物に巻かれるのが長生きの秘訣じゃ』



ニヤニヤと笑いながら良く覚えておくと良いというニヤックを見ながら
このお爺ちゃん、無理矢理綺麗に纏めようとしているなとちょっとだけ思った
エリカであったが、この物件をもしも蹴ったりしようものなら、
なにか恐ろしいことになる事位は想像できたので、
大人しくちょっとアレな超お買い得物件を選択することにした。



どうやら、エリカが城塞都市グレストンで築いた最初の縁は
斧でも切れなさそう強靭さを備えているようである。




【困ったお姉ちゃん】


不機嫌そうな顔をして帰ってきたエリカを満面の笑顔で盛大に迎えたサリアは、
エリカにお茶とお菓子を勧めながら、素晴らしい物件のことについて
彼女が話しだすのをそわそわと待ち続ける。


そんなちょっと過保護すぎる姉のような態度を示すサリアを見ながら、
エリカは溜息を吐くのとクッキーを頬張るのを交互に起用にこなしながら、
話を切り出すの待つ彼女の期待を盛大に裏切り続けることにする。


サリアの好意はほんとうに嬉しかったのだが、ちょっと子供扱いされた気がしたし、
事実、子供だから素直にありがとうと言えないのが分ったエリカは気恥ずかしさもあって、
ちょっとだけ拗ねて、かわいい意地悪をすることにしたのだ。

ただ、目をキラキラさせながら話を切り出すのを待ち続ける
自分と同じくらい行動力に溢れた女性を相手にすぐ降参することになったが、


◆◆



「サリアさん、その、これからも、よろしくお願いします」

『うん、よろしくねエリカさん♪あと、入居にあたってのちょっとした条件なんだけど
 あの、別に全然大したことじゃないのよ!嫌だったら、聞き流してくれれば良いから』


エリカの言葉にぱぁっと花が咲いたような顔を見せたサリアは、
顔を少し赤くしながら、手をもじもじしながら、
なんだか言いにくそうに入居条件につい続けてて話そうとする。

そんな様子に、もう諦めました。何でも言ってくださいって気になった
エリカは『どうぞどうぞ』とサリアを促す。




      『エリカちゃんに、お姉ちゃんって呼んで欲しいの!!』




いきなりのちゃん付けに驚けばいいのか、姉宣言に驚けばいいのか判断が付かなかった。
このサリアからのビックリなお願いにエリカは空になったティーカップから
空気を啜りながら、期待の眼差しを向けてくる姉に降参し、『サリアお姉ちゃん』と呼ぶと、
今朝の二倍超の時間抱きしめられ、エリカは早まったと再び後悔することになる。


まぁ、多少は疲れる部分もあるが、心底を自分を好いてくれる家族が、
移住先で一ヶ月も経たずに手に入ったのだから、それ位のマイナスポイントには
目を瞑るべきであろう。エリカ以外の移住希望者の大半はそんな幸福を手に入れるより、
大なり小なり騙されたりする確率の方が高いのだから・・・




『俺はこの宿屋では要らない子・・・、存在自体忘れ去られているんだ』




また、横で愛する妻にすっかり忘れ去られて、落ち込んでいる哀れな男についても
盛大に無視するべきであろう。ウジウジと落ち込む男に関わったって得する事はないのだ。
放って置くのが一番良いのである。そのうち、妻から甘い言葉の一つでも囁かれれば
一瞬にして復活してしまう程度の落ち込みなのだから尚更である。







こうして、かわいい姉と気の良い兄を手に入れたエリカは
城塞都市グレストンで確固たる生活基盤も同時に手にする。


これは、彼女が大きく勇躍しようとする際に大きな力となるだろう。
帰れる家と大切な家族がいると言う事は心に余裕を生み、前に進む活力を与えてくれる。

事実、宿屋の若い夫婦との関係は様々な形で少女の歩みを助ける存在となっていく。
もっとも、その効果は目ではっきりと見え、言葉で説明できるようなモノではなかったが、


ただ、どんな素晴らしいものにも一つや、二つ欠点はあるものである。
彼女が手に入れたとても素晴らしい物件には一つだけ欠点があった。
入居する二階の部屋は、二人が眠る寝室の真上にあったため、
耳年増なエリカであっても、耳栓をいくつか購入せざるをえなかった。

まぁ、大切な家族でもある二人が仲睦まじいことは良い事でもあるので、
一概に欠点と言うこともできなかった。
欠点と長所が表裏一体という場合は結構多いのである。






【借りは返す】


五日間の連休の内、部屋探しと新たな生活の準備にエリカは四日を充てる。

その期間でエリカは市場で気に入った家具や小物を購入して部屋に持ち込み、
いつも朝の挨拶を交す大工のおじさんに格安で壁紙の張替えや
戸や窓の立て付けを直して貰ったりして、新しい住処の住み心地を一気に向上させる。


また、そんなエリカの手伝いをサリアは嬉々として行うだけでなく、
自分の望むかわいい妹の部屋を実現する為、お手製の縫いぐるみや
『ふぁんしー』なパジャマなどをエリカに新居祝いとして無理無理に押し付ける。

そんな暴走気味の血の繋がらない姉のはしゃぐ姿に何度かエリカは頭を抱えながら、
その好意やサリアの気持ちをついつい嬉しく思ってしまい、
サリアの暴走を掣肘する所か、完全に黙認してしまっていた。


そんな、計画通りに行った部分と行かなかった部分があった部屋の模様替えを四日間で
なんとか終わらせたエリカは『借り』返すため、休日の最終日にある場所へと向かった。







目的地についたエリカは『ようこそいらっしゃいました。さっさ、奥へどうぞどうぞ』と
執事や侍女に案内されるまま、屋敷の貴賓室で美味しいお茶とお茶請けを
ゴクゴクモグモグと堪能していた。


立派な屋敷の門の前に立って呼び鈴を鳴らし、エックハルト公爵家の侍女仲間と
言って身分証代わりに支給される公爵家の家紋入りの髪留めを見せるだけで、
碌に確認もされずに中に入れたのだから、チョロイものである。


悪友のレイドと一緒に昼下がりの情事を覗き見るために農家の天井裏に
忍び込んだ時のほうが余程大変だったのでは無いか?と
余りの簡単さにエリカも拍子抜けしてしまっていた。



これは、『エックハルト公爵家』の侍女と言う身分の信頼性が如何に高いかを
よく表している事例と言えよう。普通の二流、三流貴族の家の侍女では
こうも上手く行くような事は先ず有り得ないであろう。



エックハルトの名はギュスターク子爵家の敷居など、いとも容易く低くしてしまうのだ。




◆◆


『へっ平民!?なんで貴女が、わっ・・、私の家の貴賓室に平然と腰掛け、
ふてぶてしいほど優雅に来賓用の最高級のお茶とお茶請けを味わってるの?!』

「あっ、ミリアお帰りぃ~♪お邪魔してご馳走になってます。食べる?」


『食べる?・・・じゃないわよ!何しに来たって言うの?なに?今度は家まで
攻め入ってきた訳?下克上?下克上か?そうなのね平民!!下克る気ね!』

「いや、そんなに興奮しないでよ、ただ、お友達の家に遊びに来ただけだって」


『あljgふぇlじdpこjげいぎgrぎrhjktl!?・・。ンガググ!?』



倣岸不遜な招かれざる客に子爵令嬢ミリア・ギュスタークはその美しい眉目を
盛大に痙攣させながら言葉にならぬ叫びをあげるのだが、
エリカは素早く手に掴んだ茶菓子を彼女の小さな口に突っ込み黙らせる。

大切な『友達』に貴族らしからぬ無様な叫び声をあげさせるのは耐え忍び難く、
余計な人に来られて自体がややこしくなっても困るので緊急処置を取らざるを得なかった。


『んふふっ!へひひひゃあああ!?』

「ミリアちゃ~ん?下手に叫んだりしたらどうなるか分ったわよね?
 今から手を離してあげるけど、口が自由になったからって大声出したら
 どうなるかは、誰よりもミリアちゃんがよ~く分ってるよね?手離すよ?」

『んん~んふんっふんっ!』



密着状態で口を仇敵で、天敵としてなによりも恐れている平民の化物に抑えられた
かわいそうなミリアは『エリカのお願い』にふんふんと全面的に従う意志を見せ、
窒息の危機から介抱されるとプハァーと一気に息を吐き出してゼェハァーゼェハァーと
出した分以上の酸素を取り込まんと、小さな胸を限界まで膨らます。



「ミリアちゃん、落ち着いててくれた?」 

『御蔭さまで落ち着きましたわ、はぁ・・・、それで今日は一体どんなご用件ですの?
 生憎ですけど、私は貴女のような野蛮な平民とこれ以上は関わりたくありませんの』


「あはは、随分と嫌われちゃったねぇ~。まぁ、仕方ないか?そうそう、用件は
 全然大した事じゃないんだけど・・・って、『大した事ないなら帰れ』って顔は
止めてよ。地味に傷つくから!もうっ、さっさと済ませて帰ればいいんでしょ!
はいっ!これ借りてた貴女の懐中時計返すわ。丁寧に扱ったから壊れてないから」


『えっ?返して・・くれるの?』



三週間前にエリカをいじめた際に反撃された後、半ば奪い取られるようにというか、
奪い取られた大切な懐中時計をすんなりと返して貰えるとは思って居なかったミリアは
キョトンと大きな目を更に大きく見開きながら呆けてしまう。

そんな、彼女に対してエリカは更に時計を取った手を前に突き出して、
ミリアに強引にそれを握らせて受け取らせたのだが、それでも信じられないといった風の
彼女の態度に少しだけ傷つきながら、理由を彼女に教えてやる。



「借りたものはちゃんと平民だって返すわ。それに、その時計って親からの誕生日
 プレゼントでしょ?蓋の裏にメッセージ書いてあったし、大事なモノって分ったから
 その、悪かったわ。どうせ、金持ちの貴族様だからいくつも持ってるモノの一つで
 全然大した物じゃないと思ったから、仕返しにちょっと取り上げてやろうと思っただけ
だけど、殴った事は謝らないわよ。貴女も私の姉さんが朝早く作ってくれたお弁当を
私にとって大切なものを侮辱して壊したわ。そのことを我慢するなんて絶対いやだから」




二度と戻らぬと思って諦めていた母親の形見ともいえる大切な思いでの品が手元に戻り、予想外の謝罪を受けたミリアは喜びと驚きで混乱する思考を上手く収めるのに
大幅な時間を必要としそうであったが、返事をしないまま黙り続けるのも
おかしな事であると思ったので、何も考えずに幼い子供のように言葉を返してしまう。



『返してくれてありがとう。あと、ごめん・・・なさい』



◆◆



なにこれ?ちょっと、この子かわいいんですけど!思わず抱きしめちゃった。
今なら、サリアさんの気持ちがちょっと分かるかもしれない。

うん、素直なミリアって反則的にかわいいわ。背もちっちゃくてお肌もスベスベで
お人形さんみたいにかわいい顔してるし、もう家に持って帰りたいんですけど?
妹が欲しいって気持ちが猛烈に分ってきましたよ!もう、我慢するなんて無理☆




『ちょっ、ちょとぉ離しなさいよ!平民!平民聞いてるの!!』

「う~ん♪キコエナーイ。ワタシ、ヘイミンジャナイアル。エリカヨー」

『訳の分んないカタコト喋りしてないで、離してよ!
平民、もしかして、そっちの趣味じゃないでしょうね?』



「あ~、それもありかも!ほれほれ、もっとくっ付いて頬っぺたスリスリしちゃうぞ~♪」

『ちょっとやめなさい!やめてったら、平民!聞いているの!?エリカやめて!』



「うん♪『エリカ』がやめたげる」
『違っ、今のはえっと・・・』


「それじゃ、今日はもう帰るね。ミリア!またお屋敷でね♪」







心底してやったりと言った顔のエリカに無性に腹が立ったミリアであったが、
それほど嫌な気分はしなかった。
彼女はエリカという同い年の平民が自分と同じように家族の事を思いやる心を持ち、
家族を辱める行為には騎士のように堂々と立向かう姿をその身を持って知った。


以後、ミリアはエリカの事を今まで馬鹿にしてきたただの平民では無く
『侮れない平民』と目するようになる。


彼女達が友人となるにはもう少しだけ時間がかかりそうであった。









ミリア・ギュスタークとエリカの出会いは厚い壁で隔たれたような身分の差ですら
人は乗越える事が出来るのだと後世の人々に大きな希望を今尚与え続けていることは
広く知られている。


行き過ぎた貴族社会による血統至上過ぎ教育によって悪しき選民思想に洗脳されていた
哀れなミリアを聖女とも称されるエリカは根気強く説得し、その真摯な言葉によって
呪われた階級思想からミリアを解放する下りを読むたびに、私は感動を禁じえない。


その後、改心した少女が最も大切にしたモノをエリカに差出して許しを乞う潔さと、
その場で返すのではなく、それを敢えて受け、再び彼女に無償で返したエリカの
年に見合わぬ配慮というか、深謀遠慮には驚嘆しずにはいられない。


妄信的な忠誠を受け容れて彼女を僕として扱うのではなく、
あくまで預かったと言う形にし、二人の間に信頼という名の強い絆を生むことを望んだ
彼女の清純さはどんな宝石よりも美しい輝きを放っている。


だからこそ、私はエリカがミリアを腕力で屈服させ、
一時的に彼女の大切なモノを巻き上げたと言うような野蛮な記述を許す事が出来ない。

そして、同時に情けなく悲しい。いつの時代にもこのように美しい話を歪曲し、
汚そうとする者達が後を絶たないことに何度絶望しそうになったことか!


だが、私は諦めない!真実が書かれた城塞都市物語を全編発掘し、
必ず正しい主人公像を世に明らかにして広めたいと思う。

例え、その道がどんなに困難に満ちていようとも、
彼女通った道と比べれば、どのような道ですら平易なものに過ぎないのだから・・・


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