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No.10571の一覧
[0] 旅人の精一杯【現実→異世界】[ねしのじ](2009/09/13 18:33)
[1] 第一章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:25)
[2] 第一話 ジャングルからジャングルへ[ねしのじ](2010/03/29 13:25)
[3] 第二話 おいしい晩御飯[ねしのじ](2010/03/29 13:26)
[4] 第三話 キャラ作りと不思議アイテム[ねしのじ](2010/03/29 13:27)
[5] 第二章 プロローグ[ねしのじ](2009/08/02 14:55)
[6] 第四話 涙の道[ねしのじ](2010/03/29 13:27)
[7] 第五話 タヌキなキツネと馬鹿試合[ねしのじ](2010/03/29 13:28)
[8] 第六話 屋台と軍と縁剣隊[ねしのじ](2010/03/29 13:28)
[9] 第七話 女性の神秘[ねしのじ](2010/03/29 13:29)
[10] 第八話 ダンスの手ほどき[ねしのじ](2010/03/29 13:29)
[11] 第九話 白い眠り黒い目覚め[ねしのじ](2010/03/29 13:30)
[12] 第二章 エピローグ 異世界での覚悟[ねしのじ](2010/03/29 13:30)
[13] 番外編1 腹黒領主[ねしのじ](2010/03/29 13:31)
[14] 第三章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[15] 第十話 王都への旅[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[16] 第十一話 好奇心は猫をも殺す[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[17] 第十二話 分身・変わり身[ねしのじ](2010/03/29 13:33)
[18] 第十三話 大学[ねしのじ](2010/03/29 13:33)
[19] 第十四話 手紙[ねしのじ](2010/03/29 14:30)
[23] 第四章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:51)
[24] 第十五話 薪割り[ねしのじ](2010/04/11 16:09)
[25] 第十六話 加護[ねしのじ](2010/04/11 16:11)
[26] 第十七話 意思[ねしのじ](2010/09/23 08:50)
[27] 第十八話 女神の抱擁[ねしのじ](2011/11/27 16:14)
[28] 第十九話 秘書とレベル[ねしのじ](2011/11/27 16:26)
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[10571] 第十四話 手紙
Name: ねしのじ◆b065e849 ID:b7c8eab1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/29 14:30
 アーリア様

 お元気ですか?
 仕事が一段落したということもあり、こうして筆を取りました。遅くなってしまって申し訳ない。
 ソニカの村ではバイツのことで落ち込んでいる方も多いのではないでしょうか。
 アーリアは優しいので、その人たちの悲しみに心を痛めているのではないかと心配です。
 気にするなというのも変だけど、あまり落ち込まないようにね。
 せめて縁剣隊が届けてくれた財でソニカの村に少しでも活気が満ちることを祈っています。
 
 縁剣隊の方に聞かれたとは思いますが、ガイス領主の第三秘書の仕事をもらいました。
 今はガイスの街に大学を作るとのことで、初任務として王都での人材集めに励んでいます。
 同時にガイスの領主曰く秘書たるもの武道の一つも修めてしかるべきと言われ、修業を受けることにもなりました。
 修行を始めて一ヶ月が経ちました。厳しいですが、師匠を始め、皆とても良くしてくれていますので、なんとかやっていけそうです。
 大学の人材集めもなかなかの滑り出しを見せてくれ、第一陣となる推薦者を乗せた馬車がガイスに出発します。

 期間が三年といわれたので、当分そちらへ窺うことはできなさそうだけど、何かの折に王都へ来られることがあれば案内します。
 俺もできるだけ早くそちらに顔を出せるように頑張るよ。
 ランツさんにもよろしく伝えておいて。
 末筆ながら、ご自愛のほどお祈り申し上げます。

 それでは

シュージ





「……こんなものかな」
 下書きした手紙を見直す。夜中に書いたせいと信じたいが、所々に痒くなるような台詞が入ってしまい、思いのほか手こずってしまった。
 消しては書き足しを繰り返していたので前後の文脈も怪しいのではないだろうか。異性に手紙を書くということ自体が初めてというのも原因の一つかもしれない。
 時間を置いてからもう一度見直す必要があるだろう。そんなことを考えながら、自分が考えたとは思えない恥ずかしい台詞を脳内から消去していく。
 明日、ノーディを見送った後に代筆屋に持っていき清書してもらう。そして配送屋に依頼すれば手紙はアーリアのもとへ届くとのことだ。
 代筆屋の存在を知らなかったとはいえ、王都に来てもう一カ月だ.かなり遅くなった。さすがに忘れられてはいないだろうが、怒ってないと、呆れられてないといいんだが。








 今日の修練は朝食前の朝修練のみらしい。ノーディがガイスへと出立するからとのことだ。ハーディさんも相当親ばかだと思う。
 朝食中は何か言いたそうな顔でちらちらとノーディの様子をうかがっているのだが、何を言ったらよいかわからないのだろう。ノーディが顔を向けると信じられない速さで顔をそらしていた。
 その様にネスティアさんはくすくすと笑い、ノーディはあきれ顔、俺は苦笑をこぼすしかなかった。






 準備を済ませ、家の外に出てきたノーディはいつかと同じ水色のワンピースに白いカーディガンという出で立ちだ。
「忘れ物はないかしら?」
「大丈夫よ」
「悔いのないようにやってきなさい」
 そう言ってノーディを抱きしめるネスティアさん。
「うん。ありがとうお母さん」
 一拍の後、二人が離れるとノーディはこちらを向いた。
「シュージ君もありがとうね。君のおかげで夢でもある大学教員への道が開けたし、……あっ、あとシュルトの奴も真面目に研究するようになったしね」
 その言葉に貴族の三男坊を思い出す。論文に駄目出しをした時の真っ赤な顔が出てきた。
「ノーディの研究を評価したんだよ。贔屓なんてしてないしね。それにシュルトの方は意図してやったわけじゃあないさ。あいつの持ってきた論文がめちゃくちゃだったから色々と質問しただけだよ」
「ふふ、ありがと。でもシュルトは相当頭に来たみたいだよ? 平民の分際でとか言って、相当おかんむりだったね。暴力に訴えるとかじゃなくて良かったけど」
「そこは俺も意外だったね。研究で見返してやる。なんてまっとうな方向に動いたのが」
「……そうだね。まぁおかげで色々と質問してくるようになっちゃって面倒は増えたかもだけど」
 そう言って苦笑をこぼしている。それが治まるとノーディはハーディさんの方を向いた。どうやら俺との会話は今ので満足したらしい。腕を組み、目を閉じていたハーディさんがその眼を開いた。
「……今までの努力を思い出して、やれるだけのことをやってきなさい」
「はい!」
 その返事に満足したのか、ハーディさんはうんうんと頷いている。
「それじゃ、行ってくるね」
 そう言って振り返り歩き出すノーディ。肩にかかる程度の金髪が嬉しそうにはずんでいた。少し歩くとシュルトが現れ、ノーディに走り寄って行った。手に丸めた紙のようなものを持っていることからおそらく研究のことで聞きたいことでもあるのだろう。並んだまま見えなくなるまで歩いて行った。






 縁側でたそがれているハーディさんはまるで一気に年を取ってしまったかに見える。今日の修練が休みなのはこうなることを予測していたからだろうか。
「あら、どこかに行くの?」
 いつの間にか真後ろにネスティアさんが立っていた。足音どころか気配すらしなかった。ちょくちょくこういった悪戯をしかけられるが、そのたびにこの人がレベル百を超える猛者だということを思い出す。
「あ、はい。ちょっと手紙を出そうかと思いまして、代筆屋と配送屋に行こうかと」
「もうあんまり驚いてくれないのね」
「いいかげん慣れますよ。それでは行ってきます」
「気をつけてね」
「はい」








 代筆屋と配送屋は並んで立っていた。代筆屋の方へ入ると若いお姉さんが受付をしている。
「手紙の代筆をお願いしたいのですが」
「はい。紙は持っておられますか?」
「……持っていません」
 ルーズリーフを使おうかとも考えたが、あれを異性への手紙代わりにするのは、なんというか気が引けた。
「では料金は一枚につき銅貨15枚となります」
「分かりました」
「それでは内容をおっしゃってください」
 お姉さんは紙とペンを取り出す。この可能性を失念していた。代筆を頼むということは内容を伝えなければならないのは自明の理だろう。
 夜に書いた手紙の朗読という辱めに何とか耐えきった俺は、すさまじい脱力感との戦いを繰り広げながら隣の配送屋へと入って行った。



「銅貨50枚になります」
「はい、よろしくおねがいします」
「あちらへの到着はおよそ十日後となります。ありがとうございました」
 配送屋への依頼を済ませ,帰路に着いた。




「帰りました。……こんにちは」
 どうやら来客らしい。ネスティアさんとハーディさんに加え、玄関には見知らぬ男性が立っていた。こちらを確認したネスティアさんが尋ねてきた。
「シュージ君、代筆屋への途中でノーディを見なかった?」
「見てませんよ? もうガイスへ出発してるんじゃないんですか?」
 ハーディさんは腕を組んだまま虚空をじっと見つめている。
「それが……相乗り馬車の集合場所へ来てないらしいのよ」
 見知らぬ男性は困ったように頷きながら手に持った帽子をもてあそんでいる。
「もう……だいぶ前に出たのにですか? まだ着かないなんてことは普通ないですよね?」
「ないわ。集合時間には余裕を持って着くはずよ。何か……変なことに巻き込まれない限りは」
「!? それって」
「まだ、悪いことに巻き込まれたと決まったわけじゃないわ。あの子のことだから迷子を見つけて親探しをしてるとかも有り得るし」
「とりあえず探したほうがいいのは間違いないですね」
「そうね。じゃあ私は大学、シュージ君は門、あなたは地下街の方を見てきて、一通り探していなかったらここに戻ってくること。いいわね?」
「はい」「わかった」
 今まで虚空を見つめているだけだったハーディさんは、返事の直後家から飛び出していた。もうその姿は見えない。
「それじゃあ私たちも行くわよ」
「はい!」
 玄関から出たネスティアさんが地面に足を付けた瞬間、砂ぼこりが舞いあがる。本気を出したのだろう。ネスティアさんは一瞬で見えなくなった。人を轢かないといいのだが、などと的外れな感想を抱いてしまう。




 家から門への道を全力で走る。門への道はそれなりに活気に溢れており、人が多い。
「! ノーディ!!」
「えっ?」
「スイマセン、人違いでした」
もうこれで三人目だ。焦りから同じような服装の人が皆ノーディに見えてしまう。
「くそっ!!」
 人をかき分け、走る。走る。もしノーディが迷子の手助けをしているというのならこの辺りに居てもおかしくない。希望的観測だとは分かっていても辺りを窺うことは忘れない。だが、その中でそれを見落とさなかったのは僥倖と言えるだろう。


 ――時が、止まった。
 そこには、見覚えのある白いカーディガンと、束ねられた金色の毛を手に持ち、醜悪な笑みを浮かべる


 貴族の三男坊が立っていた。




 シュルトはこちらの存在に気づいていたのだろう。交錯させていた視線を外すと、路地の奥へと入っていく。罠の可能性が頭をよぎった。だが、かといってハーディさんを呼びに行けば、やつを見失うのは間違いないだろう。
「くそっ!!」
 選択肢の残されていない状況に、悪態が口をつく。人波を掻き分け、シュルトが消えていった路地へと駆ける。やつはこちらが見失わないように、かつ近づき過ぎないように路地の奥へ奥へと入っていく。細く、うねった路地裏はシュルトの腐った性根を現すかのように暗く、湿気っぽい。どこかに罠があると見て間違いないだろう。袋から刀を取り出し、いつでも抜けるように佩く。曲がり角を曲がるたびに現れるあいつの顔に、いい加減怒りを覚え始めた。


 もう何回角を曲がっただろうか。路地を出て通りを渡り、また路地へと入る。やつとの距離は全くといっていいほど縮まらない。だが、同時に離れもしない。またも通りに出た。そこで妙なことに気づく。周りの人間の雰囲気が今までと異なるのだ。
 この通りを歩いているものは大なり小なり皆武器を持ち、防具に身を包んでいた。おそらくこの近くにダンジョンがあるのだろう。
 誘導された。九割がた間違いないであろう。やつが消えた曲がり角を曲がり、それは確信へと変わった。
 そこには円形の広場があり、その真ん中には地下へと続く階段がぽっかりとその口を開いていた。







 広場には見張りなのか、衛兵が一人立っている。
「すいません、金髪の男が来ませんでしたか?」
「ん、ああ。なにか白いもの持ったやつが地下街に入っていったが,なにかフードをかぶってたから金髪かどうかはわからなかったな」
 やはり、あいつがあの中に行ったのは間違いないらしい。このままハーディさんが来るのを待つという誘惑がその鎌首をもたげる。だが、もしノーディが既にあの中につれられていたとしたら?ハーディさんが見回りを済ませ、もう家に集合しているとしたら?
 不確定要素が多すぎる。
「……さっきの男なんですが、今日ダンジョンに何回入ってるかわかりますか?」
「んなもんいちいち覚えちゃいねぇよ。俺の仕事は人間の監視じゃなくて、地下街の監視なんだから」
「そう……ですか」
 どうする。どうするべきだ。……選択肢が無いことはわかっているのだが、どうしても考え込んでしまう。あそこに入るということは命のやり取りを行うということになるのだろう。それがわかるからこそ、わかってしまうからこそ足がすくむ。
 だが、俺がシュルトを見つけたときから、いや、ノーディがいなくなったと聞いたときから既に選択肢は無かったのだろう。
「すいません、ハーディさん……ハーディ・インセリアンをご存知ですか?」
「ん? 勇者のだろう? そりゃ知ってるよ」
「もし、此処に来たらシュージが中に入ってるということを伝えてもらえないでしょうか?」
「そりゃいいが、さっき、少しだけ様子を見て慌てて帰って行ったからもう来ないと思うぞ?」
 やはり既に来ていたのか。助けに来てもらえる可能性が一気に小さくなってしまった。
「それでもいいので、お願いします」
「ああ、分かった」
 刀を抜いた。毒を食らわば皿までという格言が頭を掠める。せめてこの毒は致死性でないことを祈りながら、階段を下りた。







 それは不思議な経験だった。階段の途中は完全な闇となり、一瞬恐慌状態へと落ちかけたが、すぐに視界は回復した。
 先ほどまで地下への階段を下りていたはずなのに、降り立った場所でも空に太陽が浮かんでいたのだ。階段は壁から生えており、その先は暗闇に包まれていて見えない。
 どういう原理かは想像もつかないが、この世界でも更に謎とされているような場所なのだ。こういうものなのだろう、と疑問を無理やり押さえつけた。
 ダンジョンというには余りに明るい。だが一方で、壁により影が出来ている部分は不吉なほどに暗くなっている。
 王都が持ち合わせている陽と陰がそのまま迷宮内に残っているようだ。
 地面は土がむき出しになっており、所々草が生えている。両脇は高い壁に覆われているものの、その幅はかなり広く、端から端へは優に二十メートルはあるだろう。
 階段が生えている後ろの壁はすぐに見える位置に有るが、前方は何百メートルも先にあるように見える。これで只の一通路だというのならこのダンジョンの全体像は計り知れないものになるに違いない。
 進行方向は一つしかないため、前方へと歩を進める。隠れるような場所が無いことは事実だが、獣ゴブリンの前例もある。刀を抜き、臨戦態勢を崩さない。崩せない。
 二分ほど行くと横道が有った。まっすぐ進むべきか迷っていると、横道を少し入ったところに白い服の切れ端が落ちているのが見える。そしてそれは等間隔におかれている。
 動物を捕らえるための簡易トラップと同じだ。これは、こちらにいるという、こちらに来いというアピールなのだろう。それに沿って進む。最大限の警戒を払って。




 周りに注意を払いながら進むと、不意に後ろから異音が聞こえた。ジャリッというその音は何かが大地を踏みしめる音だ。咄嗟に振り返る。
 そこにいたのは予想外の、だが、見覚えのある相貌だった。
「ゴァァァァッ!!!!!」
 背後からの奇襲に失敗して苛立っているのか、それとも獲物を見つけたことに対する喜びだろうか、いつかと同じような雄たけびを上げた、ワニ顔の化け物はこちらに突進してくる。リザードマンは以前と同じ様な鎧に身を包み、その手には槍とも斧とも着かない武器を持っている。
 刀を抜き、今ではもうなじんだ構えを取る。怪しく光る斧の先に背筋を怖気が走る。響く足音に眼を背けたくなる。それらを全て纏めて息を一つ吐いた。腰を落とすと頭の中が白くなっていく。
 リザードマンがその得物を槍として使い、切っ先をこちらへと突き出してくる。
 迫り来る槍先にあわせ、右腕を振るう。自身としては合格点には程遠い一撃であったが、それは槍の横っ腹をたたいた。
 舞い散る火花、そらした切っ先、体勢の崩れていく敵。
 振り切った刀を引き寄せ、そのまま左足を前に出すと同時に刀を左手へと持ち変える。そこから放たれた合格点の一撃に、ワニの首が飛んだ。


 たったの二撃により荒くなってしまった息を何とか静める。こんな状況では長期戦は無理だろう。自分の未熟さに怒りすら覚える。だが、自身の成長に場違いな感動も覚えていた。
 実践と修練の違いを痛感した。同時に、出来なかったことが出来るようになっていることを実感した。リザードマンの使っていた槍を袋に入れると、再び、通路を先へと進む。





 切れ端は扉の前で途切れていた。この先にあるのが、部屋なのか通路なのかは分からないが、扉で閉ざされたその先に何かしらの空間があるのは間違いないだろう。
 その頑丈そうな扉はまるで地獄へ続く門のように見える。周囲を厳重に確認し、罠や伏兵がいないか確かめる。入った瞬間に挟み撃ちになるのが最も恐ろしい状況ではないだろうか。
 辺りには特にそれらしい痕跡は無かった。正直、俺に判断できないほどの使い手がいるのなら、既に死んでいるだろう。つまりは敵は中にのみいるということになる。嬲り殺したくて此処まで誘導したという最悪のパターンは思考から除外しておく。その場合、もはや俺にはどうしようもないのだから。

 刀を抜き、扉を開いた。



 意外な事に、その先にいるのはシュルト一人だった。もちろん伏兵がいる可能性は充分にある。だが、扉を開けた瞬間に攻撃してこなかったのも事実だ。こんな状況でこちらが油断するとでも思っているなどというのはさすがに考えにくい。
「やぁ、シュージ君。良く此処までやって来れたね。私のプライドをずたずたにしてくれた君がモンスターの餌食になってしまわないかとヒヤヒヤしていたよ」
 会話により気をそらすつもりなのだろうか。大げさに両手を広げ、芝居がかった口調で話しかけてきた。
「残念でしたね。俺が此処に来た以上、あなたはこの前以上に貴族としての矜持を無くすことになりますよ」
「安心したまえ、そのようなことにはならんさ。なぜなら、正々堂々した勝負の末に、勇者の弟子を打ち破るのだ。観客がいないのが残念なぐらいだよ」
 やはり狙いはノーディではなく俺だったのか。
「その為にノーディを利用したのか?」
 その言をシュルトは鼻で笑う。
「利用? 何を言ってるんだい? このままでは愛しい人と離れ離れになってしまう彼女のために私が一肌脱いだのさ」
 戯言を。と吐き捨てたい衝動に駆られるが、その前に聞いておくことがあるだろう。
「で、彼女は今何処にいるんだ?」
「ふん。お前が心配する必要などない。どうしても知りたければ私を倒すんだな。だが、それは叶わない。そして貴様を倒した私に彼女は愛を誓うだろう」
 下卑た想像に興奮したのか、その頬が赤くなっていく。
「こちらでも馬鹿につける薬はなさそうだな。有ったらこんな馬鹿が生息しているはずがない」
これ以上話しても無駄だろう。やつの目線は先ほどからこちらを見据えている。伏兵は本当にいないのだろうか。それを確認するすべはない。
 今出来ることを,精一杯。息をひとつ吐いた.
 刀を構える。
「きたまえ」
 やつの尊大な物言いにより、戦いの幕は切って落とされた。


 空気が変わる。ダンジョンとは思えない陽光が差し込む中、重く、暗く、その密度を高めていった。シュルトはポケットに手を入れると、そこから二本の剣を取り出し、地面に落した。あの剣がおそらく奴の武器なのだろう。間合いはまだ遠い。投擲必中の射程圏内までもあと十歩はあるだろう。
 ランツの時とは違い、今回は虚を衝いていない。突進してもいいものか逡巡する。だが、他に手がないのも事実だ。息を一つ吐き、吸い込む。身体を瞬間沈ませ、大地を蹴った。
「ふっ」
 反動で肺に溜めていた空気が漏れ、口をついた。シュルトはこちらの突進に合わせるように広げていた両手を仰々しく天へと向けた。その手に合わせるように二本の剣が重みをなくしてしまったかのように浮かびあがる。驚いている、暇はない。
「オオッ」
 張りぼての気合を放ち、すくむ足を無理やり動かした。シュルトは両手を振り下ろす。その動作に合わせ、二本の剣がこちらへ向かって一直線に飛んできた。並んで飛んできたそれらを横なぎの一撃で迎え撃った。
 剣本体の重みしかないのだろう。それらは簡単に弾き飛ばすことが出来た。だが、弾き飛ばした二本の剣はシュルトの手に呼応するように再び宙へと浮かび上がる。
 相当まずい状況だ。断続的に攻撃されればすぐにやられるのは火を見るより明らか。長期戦に持ち込んまれたらその時点でアウト、間合いに入れなければアウト。攻撃を受けて動きが鈍ればアウト。
 考えろ。思考を加速させろ。一歩でも前へ。
 剣がこちらに飛んでくる前にシュルトの方へと走る。シュルトが両手を手前に引く。その動作に合わせて右に飛ぶ。先ほどまで俺がいた場所を剣が通過した。
 やはり、シュルトの手を見ていれば、ある程度は軌道予測が可能だ。射程圏内まではあと二、三歩。地面を転がる。その勢いに逆らわず立ち上がり、進む。
 シュルトが大きく広げた手を交差するように振り下ろした。いつの間にか左右に広がっていた一対の剣が交差するように振ってくる。地面を蹴ってさらに間合いを詰める。奴は手を引こうとし、ためらった。
 ――かかった。
 企みが成功したことに思わず笑みがこぼれる。距離が縮まった状態で剣を手前に引くことはできまい。
 その隙をつき、一気に間合いを詰める。そこはすでに刃の届く距離。右腕を疾走させる。だが、こちらをあざ笑うかのように、奴は後ろへと飛び、間合いを外す。もともと範囲ギリギリだった俺の刃は、奴の身体に達することなく過ぎていく。
 空振った。そしてそれと同時に重心が右へ流れていくのを感じる。
 しまった。そう思ったが、流れていく身体は止められない。これでは先ほどのリザードマンと同じ状況ではないか。

 リザードマン

 浮かんだ単語に身体が反応した。左手を道具袋へと突っ込み、柄を逆手に持つイメージ。回転して行く身体に合わせてそれを振り抜く。
 主を変えたばかりの戦斧は、新しい主の意思に従い、奴へと迫って行った。ガキッ、という硬質な手ごたえ、その勢いを止めることかなわず、俺の身体はそのまま地面へと倒れ込む。希望を込めた一撃は奴の身体には届かなかったようだ。すぐさま体勢を立て直す。追撃が来ない理由を考えている暇はない。
 奴の手には鞘におさめられたままの直剣が握られていた。鞘の一か所に切れ目が入っていることから、先ほどの一撃はあれに防がれたらしい。鞘から解き放たれるその剣は、氷のように透き通った刀身を持っていた。
「まさかこれを抜く破目になるとは……ねっ!」
 そう言うや否や踏み込んでくる。速い。一瞬にして詰められた間合い。予想をはるかに上回る体捌きによって完全に虚を突かれた。見えてはいる。だが、足は地面に縫い付けられているかのように動かない。こちらへ剣を振り下ろす。とっさに刀を頭上へと上げる。主を守ろうとその身を呈し、真っ二つに折られ、飛んでいく刃。そんな妨害を意に介さず俺の頭へ迫ってくる刃。二つの刃が、ゆっくりと動いていく。時が止まって行くかのように








































 髪の毛を二、三本切り落とした死神の刃は俺の命を刈ることなく、その場にたたずんでいた。シュルトは悔しそうな表情を見せたが、一瞬の後にその表情はニヒルな笑みを浮かべたものになった。
「合格」
「……は? え?」
「だから合格だって」
 そういうとシュルトは落とした鞘を拾い上げ、剣を収め、ポケットへとしまう。両手をあげるシュルトに身構える。だが、浮き上がった剣はそれぞれがシュルトのもとへと戻って行き、それらもそのままポケットへとしまわれた。
「そういうことなんですよね?」
 後ろを振り向き問いかけるシュルト。
「ああ、合格だ」
 何もない空間から出てきたのはハーディさんとネスティアさんだ。
「むしろシュルト。最後の一撃は不要のはずだが?」
 そういうとハーディさんはシュルトの方を横目で見た。
「……スイマセン。鞘に傷を付けられてちょっと熱くなっちゃいました」
 シュルトは頭をかきながら答える。どう見ても旧知の知り合いといった風だ。その様子に思考がついていかない。いや、想像はつくが信じたくない。ネスティアさんに尋ねた。
「あ……あの……どういうことなん、ですか?」
「ほら、あなた。お師匠様でしょ、弟子にちゃんと説明してあげなさい」
 ハーディさんをせっつく。
「うむ。……まずは、この通りだ。すまなかった」
 そういうとネスティアさんとともに頭を下げてきた。いやな予感が頭をよぎる。
「どういう……ことでしょうか?」
「以前行った見込みの話しは覚えているか?」
 ハーディさんはなぜか視線を微妙にそらしながら尋ねてきた。どうやら予想は外れていないようだ。どっと疲れが襲ってくる。
「はい」
「まぁつまり、そういうことだ。不利な状況で、今まで身に付けたものを使えるかどうか、諦めることなく戦えるかどうかを見るために、な」
「……ちなみにノーディが行方不明っていうのは?」
「うむ、嘘だ」
「シュルトが持ってた服と髪は?」
「あの服はその為に私が買っておいた物なの。髪は……シュルト君が頼んだんじゃない?」
「いや、だって恋人が遠くに行っちゃうんで何か欲しいって言ったらあれをくれたんですよ? 僕が自ら欲しいと言ったわけでは」
 こちらを無視して会話を進める三人。あまりの内容に頭皮が逆立つ感覚を覚える。怒りで口元が引きつり、奥歯をかみしめ顎が震えた。
 冷静になれと告げてくる自分がいる。殴りかかれという自分がいる。雄たけびをあげて切りかかれという自分がいる。思考が支離滅裂になっていった。
「……シュルトのあの頭の悪そうな演説は?」
「嫌だって言ったんだけどネスティアさんが……恥ずかしかったんだよ?」
 シュルトはそう言って恥ずかしそうに頬をかいている。俺は一つ深呼吸を行う。落ち着け、落ち着けと煮えたぎる頭の中を理性が必死に走り回った。
「じゃあ、あの論文も?」
「……あれは本気でした」
 そういうと、今度はうなだれた。本気で落ち込んだ様子を見せるシュルトに若干溜飲が下がった。下がった頭をはたきたい欲求に駆られたが。
「貴族の三男坊というのは?」
「……僕の名前はシュルト・デルフォールっていうんだ」
 そう言って首をかしげるシュルト。先ほどまでの不遜な態度は鳴りをひそめ、今では見た目に反した少年のような雰囲気をまとっている。
「…………それが?」
 何か話が続くのかと思ったがシュルトは何も言ってこない。どうやらそれで察するものだと思っていたらしい。だが、ド田舎出身という体で通しているのだ。分からないものは分からないというスタンスで問題ないだろう。
『……』
 三人とも絶句している。どうやらしょうがないとは言ってもらえなさそうだ。
「……シュージ君、今日の晩御飯は君の好きな物にしてあげる。何でも言ってちょうだい。食材はこの人とシュルトが調達してくれるから」
 ネスティアさんが悲しそうな顔でこちらを見てくる。良く分からないがものすごく同情を買ったらしい。
「食材の調達は良いが……ちなみにシュージ、この国の名前は知ってるか?」
 ハーディさんと視線が交錯する。その瞬間脳裏に閃くものがあった。おそらく、そういうことなのだろう。
「……やっぱ知らない人ってあんまりいませんか?」
「少なくとも私の知り合いにはいないな……この国の名前はデルフォール王国、シュルトはこの国の第三王子だ」
 ハーディさんは想像通りの回答を示してくれた。
「あ~、そうですか。なんでその王子がこんな所でハーディさんのお手伝いを?」
「師匠の頼みとあっては弟子は中々断りにくいものがあるから。それに僕にもうまみのある話だったからね」
 シュルトが答えてくれた。
「うまみと言うのは?」
「師匠と言う方には驚かないんだね?」
 悪戯が失敗に終わった為か不服そうにするシュルト。実はネスティアさんの弟子なのだろうか?
「まぁ十分あり得る話だと思ったんで」
「そっか。うまみって言うのは……国の名前を知らないんだから王位継承についても知らないよね?」
 頷く。長男が引き継ぐというパターンが一般的だとは思うが。
「だよね。この国は成立ちの関係もあって王位は強い人間が取ることになってるんだ」
「……強いって言うのはレベルとしてってことですか?」
「総合してかな。ただ、レベルとしてという側面が強いのも事実だけどね」
 色々と質問したいことはあるが耐える。
「その強さを測る指標としてこのダンジョンを使うんだ。具体的には王位継承権を持つ人間はパーティを組んでダンジョンを下って行く。もっとも深い階層まで行って戻ってきたものが王位を継承できるんだ」
なんて決め方だ。しかも賞品は王位。それは王族同士で殺し合えと言ってるも同義なのではないだろうか?
「その王位継承のためのダンジョン探索が二年後にあるんだ。そのとき一緒にダンジョンに潜ってくれる仲間を探しているんだよ」
 話の流れがとてつもなく不吉な物になってやしないだろうか。
「ハーディさんやネスティアさんに頼んだらどうです?」
「連れていく仲間にはレベルに制限がある。というわけで、有能な仲間を探しているんだ。レベルがさほど高くなく、これから強くなる可能性が高く、そして何よりも信頼に値する人間であるシュージ君に是非仲間に加わっていただきたい」
 そう言って手を差し出してくるシュルト。後ろにいるハーディさんとネスティアさんは好きにしろと言った風にうんうんとうなずいている。なぜか卒業式の日に後輩から告白されていた友人を思い出した。確かに愛の告白と通じる部分はあるなと苦笑してしまう。
 その様子を見て不思議そうな顔をするシュルト。王族と言うぐらいだ。この顔もおそらくはその本質を隠したものなのだろう。どこぞの親ばか領主が思い出された。
「お断りします」
「……え?」
「いや、だからお断りします」
「な、なんでかな?」
 シュルトは信じられないと言った様子でこちらを凝視してくる。うろたえている様子に若干溜飲が下がった。
「いや、むしろそんな危険な所に突っ込んでいく奴の気がしれないです」
「もし僕が王になったら富も名誉も思いのままだよ?」
「……デイトリッヒさんからもらってる給料で十分なんで」
「諦めろシュルト。今回は間違いなく脈なしだ」
 ハーディさんが会話に割り込んできた。
「諦めきれないならまた一年後にでも勧誘しろ。俺が鍛えておく」
 そう言って笑うハーディさんはなぜかとても楽しそうだった。













 帰り道はネスティアさんと二人、まだ昼前の街は喧騒に包まれている。ハーディさんとシュルトは本当に晩御飯の材料を調達するためにダンジョンを奥へと進んで行った。
「そういえば来る途中でモンスターにはあわなかった?」
「一体。リザードマンに襲われましたね」恨みを籠めた視線を向ける。
「出て来ちゃったか。一応あの部屋までの敵は一掃しておいたんだけどね」
「死ぬかと思いましたよ」
 精一杯の嫌みを込めた。
「強いモンスターだったの?」
 ネスティアさんは心底驚いた表情を見せる。……この人の感情表現ほど当てにならないものもないだろう。
「……レベルは上がりませんでしたけど」
「なんだ、そっか。……あのね、シュージ君。倒してもレベルが上がらない相手っていうのは基本的なことさえできてればレベル差だけで圧倒できる相手なんだよ。特に低レベルモンスターなんて単調な攻撃しかしてこないしね」
「……はぁ」
「まだ一ヶ月とはいえ、うちで鍛えられてる人が第一層で発生したばかりのモンスターにやられるなんてことはないよ。多分だけど一合で決まったんじゃない?」
 リザードマンとの戦闘を思い出す。確かに拙い一撃だったが、奴の攻撃を払うことはできたし、返す刀は簡単に奴の命を絶った。
「まぁ……そうですね」
「でしょ?こういっちゃ悪いけどそこまでお膳立てしてもダメならそこまでの人間だったとしか言えないよ。うちは命がけの戦い方を教える場所なんだ。そこに来ている以上は覚悟を決めてもらわないとね」
 半ば騙されるような形で連れてこられたのに、とも思ったが、過程がどうあれ今もまだ道場に居ると言うのも事実だ。そしておそらく、道場から逃げ帰れば秘書はクビになるだろう。その場合、結局武力が必要になる。
 今俺がやれることは一人でも生きていけるように強くなることだけだ。選択肢がない状況に苛立ちを覚えた。最近はこんなことばかりだな、と。
「どしたの?」
 その様子を不審に思ったのか、ネスティアさんがこちらを覗きこんできた。ハーディさんもまだ何か隠し事がある様子だった。シュルトにいたっては人となりすら不明。ネスティアさんは場をかきまわすことを楽しんでいる、と周りに信頼できる人間がいないことに気づいた。
「いえ、大丈夫です……そういえば、ネスティアさんはともかく、ハーディさんとノーディに騙されるとは思ってませんでしたよ」
「あら、確かにあの人は芝居が下手だから騙すときは黙っててもらったけど、ノーディはなんで?」
「だって、ハーディさんに似て分かりやすいじゃないですか」
 そういうとネスティアさんはくすくすと笑いだす。
「え、違うんですか?」
「シュージ君、この世には男性から見たら二種類の女性がいると思いなさい。騙されるわよ?理解できない女性と、理解したと勘違いさせる女性。私の娘がどちらかくらい想像がつくでしょう?」
 ネスティアさんと会話する自分を一歩後ろで見ているような、そんな感覚を覚えた。おそらく、このスタンスが変わることは金輪際無いだろう。
 くすくすと笑い続けるその声は風に運ばれて溶けていく。この街は今日も変わらず、全てを映し出すように明るく、それらを残さず飲み込むように暗かった。




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