<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

オリジナルSS投稿掲示板


[広告]


No.10571の一覧
[0] 旅人の精一杯【現実→異世界】[ねしのじ](2009/09/13 18:33)
[1] 第一章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:25)
[2] 第一話 ジャングルからジャングルへ[ねしのじ](2010/03/29 13:25)
[3] 第二話 おいしい晩御飯[ねしのじ](2010/03/29 13:26)
[4] 第三話 キャラ作りと不思議アイテム[ねしのじ](2010/03/29 13:27)
[5] 第二章 プロローグ[ねしのじ](2009/08/02 14:55)
[6] 第四話 涙の道[ねしのじ](2010/03/29 13:27)
[7] 第五話 タヌキなキツネと馬鹿試合[ねしのじ](2010/03/29 13:28)
[8] 第六話 屋台と軍と縁剣隊[ねしのじ](2010/03/29 13:28)
[9] 第七話 女性の神秘[ねしのじ](2010/03/29 13:29)
[10] 第八話 ダンスの手ほどき[ねしのじ](2010/03/29 13:29)
[11] 第九話 白い眠り黒い目覚め[ねしのじ](2010/03/29 13:30)
[12] 第二章 エピローグ 異世界での覚悟[ねしのじ](2010/03/29 13:30)
[13] 番外編1 腹黒領主[ねしのじ](2010/03/29 13:31)
[14] 第三章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[15] 第十話 王都への旅[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[16] 第十一話 好奇心は猫をも殺す[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[17] 第十二話 分身・変わり身[ねしのじ](2010/03/29 13:33)
[18] 第十三話 大学[ねしのじ](2010/03/29 13:33)
[19] 第十四話 手紙[ねしのじ](2010/03/29 14:30)
[23] 第四章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:51)
[24] 第十五話 薪割り[ねしのじ](2010/04/11 16:09)
[25] 第十六話 加護[ねしのじ](2010/04/11 16:11)
[26] 第十七話 意思[ねしのじ](2010/09/23 08:50)
[27] 第十八話 女神の抱擁[ねしのじ](2011/11/27 16:14)
[28] 第十九話 秘書とレベル[ねしのじ](2011/11/27 16:26)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[10571] 第十話 王都への旅
Name: ねしのじ◆b065e849 ID:b7c8eab1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/29 13:32
「……王都にですか?」
 クライフさんによる作法の勉強中に呼び出された俺は、デイトリッヒさんからの突然の要求に耳を疑った。
「うん、実はこの街にも大学を作ろうと思うんだ。そのための人員集めをお願いしたくてね」
 机に肘をついて手を組んでいるデイトリッヒさんは満面の笑顔だ。ここまで親バカな人が領主で良いのだろうか。
「いろいろ言いたいことはとりあえず置いておきますが……王都に知り合いなんていませんよ?」
「それはみんな同じさ。大学で学んでいる人間なんてかなり限られてるからね。誰が行っても条件が同じならできるだけ目が信頼できる人間にお願いしたいんだよ」
 特に仕事のない俺が最も適任だったというだけだろう。
「分かりました。具体的には何をすればいいんですか?」
「なに、そう大したことじゃないさ。向こうで優秀そうな学生や講師を探してこちらで働く気がないか打診してくれればいい」
「具体的な条件を示さないと人材なんて集まらないと思いますが」
「それはこちらから提示するよ。環境や待遇に満足していない人なら話だけでも聞いてくれるだろうしね」
 デイトリッヒさんの言うことにも一理ある。
「分かりました。ですが、せめて道中危険がないようにはしてください」
 デイトリッヒさんは俺の言葉に口角を上げた。
「それはもちろんだよ。……でも第三とはいえ私の秘書をやるなら武術の一つくらい嗜んでほしいのだがね?」
「秘書に武術を求めないで下さい」
 俺の言葉に目を丸くする。
「私が言うのもなんだけど、大多数の秘書は武術を修めているよ?いざというときに主を守れないようでは秘書失格さ」
 こちらの秘書が肉体派だったとは。
「ひょっとして……クライフさんもですか?」
 あのスラリとした体躯からは武術の武の字も感じることは出来ないのだが。
「もちろんだとも。彼はレベル・スキルともに相当の者だよ」
「そうだったんですか」
「そうだよ。それにそうでなければ服をそんなに防護性能に優れたつくりにしてないさ」
 自分の着ている服を引っ張ってみる。手触りとしては通常のものと大差があるようには感じない。
「……それも知りませんでした」
「以前君が襲撃されて生き残ることが出来たのもおそらく服のおかげだよ。一発程度なら強い斬撃でも防げるからね」
 通りで刀で切られて骨折程度で済んだわけだ。運が良かった……のだろうか? タイミングが良すぎる。目の前に居るデイトリッヒさんを見つめた。
「どうしたのかね?」
「……いえ、なんでもないです」
 真実を知りたい欲求に駆られるが、抑え込む。追求することのデメリットが頭をよぎったからだ。
「そうかね? それでは詳しいことはまた準備が出来てから追って通知するよ」
「わかりました。それでは失礼します」
 あの事件の黒幕はガリウス、それで何の不都合もない。そう頭の中で呟き、デイトリッヒさんの執務室を後にした。










 本日のクライフさんの授業は“実践:紅茶の淹れ方”だ。紅茶は好きなのだが、合格するまで淹れ続けた紅茶を全て処理しなければならなかった為、お腹が胃の中にある液体が波打っているような気がする。
「ふむ、良いでしょう。合格です。五回でコツをつかむとは中々筋が良いですよ」
「はは、ありがとうございます」
 クライフさんの賞賛に顔が引きつるのが分かる。きっと筋の良くなかった人たちは紅茶を飲めなくなったにちがいない。
「今日はちょっと政務が多いので、ここまでにしておきましょう。昼食後デイトリッヒ様の所へ行くのを忘れないように」
「はい、ありがとうございました」
 挨拶を終えるとクライフさんはすぐに部屋を出て行った。
 相当忙しいだろうに、こちらのために時間を割いてくれている以上文句なんて付けようもない。とは言っても時間が空いたところで特にすることはないので少し早いが昼食へ向かった。
 領主の館とあって食堂は広く作られており、出てくる料理の質も他と比べても高いらしい。少なくとも今までは外れたことがない。食堂から厨房は覗き込むことができるようになっており、厨房に一番近い席に着くと料理人がせわしなく動いているのを見ることができる。
「今日のご飯はなんですか?」
 最近では指定席とも言えるその席に着き、厨房で鍋を振っている料理長に尋ねた。料理長はこちらに気付くと鍋の中で踊っていた野菜炒めを皿に移し、厨房から出てきて正面の席に座った。
 テーブルの上においてある灰皿を寄せると煙草をくわえ火を付けた。やや吊り気味の目が細められる。通気口方向に向かって満足げに紫煙を吐き出す表情は額に煌めく汗と相まって、妙に色気を感じるものになっていた。
「今日は早いじゃないか? どうしたんだい?」
「クライフさんが忙しいみたいで少し早く終わったんですよ」
「そうかそうか、悪いが今はデイトリッヒ様達に出す食事の準備をしてるから君らに出す食事はまだ作れないんだ。いいかい?」
「いいですよ。もし良かったらここから料理作るの見てて良いですか?」
「別にかまやしないが……そんなもの見て楽しいのかい?」
「ええ、一流の職人が作業している姿なんて中々見られるものじゃないですから」
「そんな大層なもんじゃないさ」
 そうつぶやくと半分程度になっていた煙草を灰皿に押し付け、厨房に戻って行った。
 男勝りに料理人たちに檄を飛ばす様はまるで戦場をかける戦乙女のようだ。女性にしては高い身長とその頭に乗っている誰よりも長い帽子からたとえ厨房の奥に居てもその姿は容易に発見できる。
 周りの料理人もワルキューレに続けと、流れるように調理が進んでいく。食材は魔法のように料理へと変わっていく。その様子を目にした後の食事は、いつもより一層美味に感じられた。











 昼食後デイトリッヒさんの部屋を訪れると王都へ明日の朝発ってほしいとのことだ。
「また、性急ですね」
「すまないね。代わりと言っては何だが準備はこちらで済ませておいたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「王都まではグランツが送ってくれるから。グランツは知ってるよね?」
「はい、何度か話したこともあります」
「なら特に問題はないかな。何か聞きたいことはないかい?」
「……二人だけで危険はないのですか?」
「一応ここから王都までは街道も走ってるし、治安も悪くない。最近は大型のモンスターを見たって話も聞かないから相当運が悪くない限りは大丈夫だよ」
 つい先日に相当運が悪い出来事に出合った身としてはあまり安心できないフォローの言葉だ。
「わかりました。何事もないことを祈ってます」
「まぁグランツは王都に何度も行っているから、いざ危なくなっても何とかしてくれるさ」
「そうですか」
「お父様!!」
 ファールデルトが勢いよく部屋のドアを開け、入ってきた。
「シュージさんもいましたか。丁度いいです」
 こちらを一瞥し、そうつぶやくとデイトリッヒさんの方へと向き直る。
「お父様。シュージさんが二人だけで王都に向かうということを耳にしたのですが? それは本当ですか?」
 デイトリッヒさんはいつも通りの笑みを浮かべているつもりなのだろうが、口元が引きつっている。
「確か以前私が大学に行きたいのを反対された理由は“旅程が危険”というものでしたよね?」
 聞き捨てならない言葉が聞こえた。ひょっとして騙されたのだろうか?
「いや、ファル、それは……ちょうど、そうちょうど大型のモンスターが退治されてね」
 どうやら騙されたのはファールデルトのようだ。態度があからさまに嘘だということを物語っている。
「おや? そうなのですか? じゃあ今なら王都に行っても良いということですね?」
「ぐっ……いや、それは……」
 狼狽していたデイトリッヒさんはたたみかけられるとまずいと思ったのか一度深呼吸をする。下を向いて深く息を吐きだし上げた顔はいつものデイトリッヒさんだった。
「確かに、今は王都に行くには安全なのだが、いかんせん君に割ける護衛の人数がいないんだよ」
「なぜです? 以前より縁剣隊との関係も良好。不穏な動きの貴族も逮捕したではありませんか」
「その貴族がこちらに密偵を送り込んでいたのは知っているだろう? そのため軍は一時的に人数が減っているし、まだその密偵が残っていないとも限らないんだろ?」
「それは……そうですが」
「それにこう言っては何だが、君とシュージ君では重要度が違いすぎる。シュージ君個人を狙う賊はいないがファル個人を狙う賊はありうるんだ」
 どうやらファールデルトは形成不利のようだ。最初の勢いがなくなってしまっている。
「……分かりました。失礼します」
 そう言うとファールデルトは下を向いたまま部屋を出て行った。
「……大学を作ろうとしてることを言ってあげればよかったじゃないですか」
「あそこまで熱意を持っていることに対して不確定なことは言えないさ。ファールデルトの行きたがっている工学部の人材が集まるかどうかも分からないんだ。まぁファルのためにも頑張って来てくれよ?」
「分かってます」














 翌日、デイトリッヒさん、クライフさん、ファールデルト、ライカに料理長の五人が館の前まで見送りに来てくれた。デイトリッヒさんは手紙を一通取り出し、渡してきた。
「シュージ君、この手紙をハーディという方に渡してほしい。場所についてはグランツが知ってるから」
 ハーディという単語に後ろで直立不動を保っていたクライフさんが反応を示す。だが、それは一瞬で消えてしまった。
「分かりました」
 デイトリッヒさんの後ろではファールデルトが恨めしそうにデイトリッヒさんを睨みつけている。デイトリッヒさんがこちらから離れると同時にこちらにやってきた。
「シュージさん、いくら危険が少ないとはいえ道中お気をつけくださいね」
「ああ、ありがとう」
 ファールデルトはちらりとデイトリッヒさんの方に視線をやる。つられてデイトリッヒさんの方へと視線が動く。次の瞬間、ファールデルトのきれいな金色の髪がすっぽりと胸の中に飛び込んできた。
「……は? え?」
 ファールデルトが抱きついている。二度目のこととはいえ頭の中はパニックだ。一拍の後、ぱっと離れたファールデルトの真っ赤になった顔が目に入る。
「それではお気をつけて」
「え、あ、あり……がとう」
「さぁ~てシュージ君。そろそろ出発しないとね~」
 いつの間にか俺の後ろに居たデイトリッヒさんがこちらの肩に手を置いてきた。
「あぐぁ!」
 肩の骨が砕けるんじゃないかと思うほどの力で。
「……は……はい。それでは行ってきます」
 なんともしまらない旅立ちになってしまった。













 グランツさんと二人、小さな馬車での旅は思いのほか快適なものとなった。以前乗ったものと比べて若干小さい馬車は、二人で乗る分には全く問題ない。
 初めて見たときの印象から怖いと思っていたグランツさんは気のいいおじいさんという感じで気さくに話しかけてくれる。
 天候にも恵まれ、陽光を反射しながら風にそよぐ草原の間に街道が遠くまで見えた。グランツさんは王都に娘夫婦が住んでいるらしく。毎年一度はそちらに行っているらしい。
「いつもは一人二人護衛を雇ってるんだが今年はその必要がなくなって良かったわい」
 かっかっかと豪快に笑っている。
「でも……ほぼ素人の俺との二人じゃ万一の時危ないんじゃないですか?」
「ん? シュージ、お主はレベル10なんじゃろう? わしは8じゃし街道に沿っていけばめったなことがない限り問題ないわ」
「……はは、そうですか」
 何事も起きないことを切に願う。











 初日の休憩ポイントである河原に到着した。河原は川に向かってなだらかな傾斜を描いており、転がっている石は小さくてこぶしサイズ、大きいものになるとそれより一回りほど大きい。
 グランツさんはデイトリッヒさんの言うとおり旅に手慣れており、以前誰かが組み立てたのだろうかまど跡を見つけると崩れてしまっているそれを瞬く間に組み直す。大きめの中華鍋のようなものを取り出し、サイズが問題ないことを確認するとこちらを向いた。
「すまんが薪になりそうなものをとってきてくれ」
「わかりました」
 辺りを見回すといくつか手ごろな大きさの木が落ちている。拾い上げてみると地面に接していた部分が若干濡れているがほかの部分は程よく乾いていそうだ。
 皮袋から刀を取り出し湿った部分を切り取る。10分もすればそこそこの量が集まった。材料を切っているグランツさんの元へと戻った。
「こんなもので良いですかね?」
「ああ、十分じゃよ。ご苦労じゃったな」
「いえいえ、ほかには何かないですか?」
「特になさそうだのう。ゆっくり休んでおれ」
「わかりました」




 グランツさんが作ってくれたのは干し肉と野菜を使った鍋だった。干し肉からゼラチン質でも出ているのだろうか。色こそ付いてない無いものの、若干とろみの付いているそれにシチューを連想させられる。
 塩だけの味付けだがその分野菜の甘みと干し肉の旨みを強く感じることができた。
「足りるか? 若者ならもっと精の付くもん食べたいじゃろうが」
「十分足りますよ。それに美味しいです」
 目の前では半分程度残っている鍋がこぽこぽと呼気を吐き出している。
「それなら良いんじゃが、以前孫に料理を振舞ったときなぞ……」
「そういえば娘の結婚式のときは……」
「依然雇った護衛が……」
 彼の豊富な人生経験の前に晩餐の時間は短すぎたらしく、語らいは彼が寝るまで続いた。













 明け方に護衛を交代し、寝床についた。起きると空には薄墨色のカーテンがかかっていた。
「おはようございます。今はいつ位ですかね?」
「正確にはわからんが、大体昼前じゃろう。飯というには味気ないがこれを食っとけ」
 そういって一切れの干し肉とパンを渡される。
「ありがとうございます」
 干し肉をかじる。結構な強度を誇るそれは一噛みしたぐらいでは切れないため、まずは咥えるだけにとどめ唾液をしみこませる。
「こんなもんですまんがの」
 そういうグランツさんの口にも干し肉がぶら下がっていた。
「いえいえ、十分ですよ」
 干し肉は臭みも少なくかめばかむほど味が出てくる。今までに食べたビーフジャーキーが陳腐に思えてくるほどだ。二人ともがじがじとそれをかみ続ける。
 後ろから見たらかなりわびしそうに見えるのではないだろうかなどと詮無いことを考えてしまった。
 寝ている間にそれなりに進んだのだろう。辺りの風景は昨日と打って変わって狭いものになっていた。
 街道の右隣は十メートルも進むと森になり、光をさえぎる厚そうな雲の存在もあいまって不吉そうな様相を見せている。空を見上げているとグランツさんが声をかけてきた。
「雨が降りそうじゃのう」
「やっぱりそうですか? どこか雨宿りできそうなところってあるんですかね?」
「基本的に馬車の中に居れば大丈夫じゃろうが、そうするとまた食事が干し肉になるしのう……この森を抜けたところに昨日と同じ川があるからそこで飯を作っておくか」
「危なくないですか? 俺なら別に干し肉でもかまいませんよ?」
「若いもんが何をいっとるんじゃ。いいもん食わんといざというとき力が出んぞ。それに一刻も進めばつくわい」
 いいもの食いたいのはグランツさんのほうじゃなかろうか。
「わかりました」
 ため息交じりの返答を返すとグランツさんは手綱を操り馬車の方向を変換する。
 比較的木の密度が低いところを探し出し森の中へ入っていった。グランツさんの操縦技術は思いのほか高く、木々の間を難なく通り過ぎていく。すぐに川原に到着した。
「わしはかまどを組むから薪集め頼むわい」
「分かりました」
 皮袋から刀を取り出し、昨日と同じように枯れ木を探す。だが、なぜか落ちている木の量が少なく、たまに落ちていても全体が湿っていたりと中々集まらない。
 とりあえず見える範囲にあるものをすべて集めたが昨日の半分程度しかない。グランツさんに渡すが、やはり足りないと言われてしまった。
 しょうが無いので森のほうに足を伸ばす。時間をかけずに、深いところまで行かなければ問題ないだろう。
 川原から中を覗き込む。見える範囲には危険はなさそうだ。森の中に入る。さすがに森の中にはそれなりの枝が落ちていた。これなら十分に集まるだろう。
 足元にある枝を拾おうとした瞬間、何も無かった地面から茶色の物体が突然現れ、奇声を上げながら突進してきた。
「シャァァァ!」
 ――しまった。完全に不意を付かれた形だ。できるだけ衝撃を殺すように動く。右肩に迫ってくる茶色の物体。反射的に右肩を後ろにそらす。茶色の異形は鈍く光る刃物を俺の肩へと伸ばしてくる。だが、その刃物と肩は触れることは無かった。
 突進の勢いのまま後ろに流れていく異形。信じがたいことだが、やつの突きとそう違わない速度で俺の身体が動いたということか。腰の高さほどの身長を持つ異形はその手に持ったナイフを地面に突き刺し、すぐさま振り返る。
 全身を茶色の毛皮に覆われた人型の異形は、荒い息を隠そうともせずこちらを睨み付ける。真っ赤に濁った目からはその感情をうかがい知ることはできない。薄く開かれた口からは禍々しいほどに長く伸びた犬歯が見えている。逆手に握られているナイフが怪しい光を放っていた。
 背筋をぞわぞわと虫が歩いているようだ。柄を握りなおすのと異形の身体が浅く沈むのはほぼ同時だった。刹那息を呑んでしまう。今回も動き出しは向こうのほうが早い。しかもこちらの武器はまだ鞘に納まったままだ。
 しかし、一度前傾に構えた身体は後ろには動いてくれまい。その体長と同じ高さまでの跳躍を見せたその異形は、ナイフを頭の上へと振りかぶりこちらへと降って来る。
 理性は避けろと考える。本能は逃げろと叫んでる。けれど身体は刀を獲物へと滑らせた。
 明らかに相手より悪い体勢、明らかに相手より遅い動き出し、明らかに相手より遅い武器。

 それでも先に届いたのはこちらの刃だった。彼の身体は大した抵抗を感じさせない。
 一瞬にして異形は頭と両腕と身体の四つへと分離し、その体液を辺りに撒き散らした。遠心力で飛んでいった鞘が木に当たり,カァンッと甲高い音を奏でた.
 あまりに簡単に消えてしまった脅威に,こちらの戸惑は消えない。不意を付かれる連続。あまりにもまずい対応の連続。それでも目の前の脅威は脅威足り得なかった。
 鞘を拾い上げ,刀に付いた血を振り払って収める。チィンという鍔鳴りの音が妙に耳に残った。







「おわっ! どうしたんじゃ!?」
 薪を拾って帰るとグランツさんが驚いたように駆け寄ってきた。おそらく、モンスターの返り血が付いているのだろう。
「いえ、薪を拾っていたらモンスターに襲われまして」
「なにっ!? 怪我は無いか!?」
「ハイ。大丈夫です」
「それなら良かった。……すまんかったのう。もう少し気をつければよかったのう」
「いえ、無事に済みましたし、俺の不注意でもありますから」
「そうか……まぁ無事で良かった。……そのモンスターはどこじゃ?」
「森に入ってすぐのところですが……」
「そうか、お主は顔を洗っておけ、血だらけじゃぞ」
「分かりました」
 そういうとグランツさんは森のほうへと向かっていった。何をするつもりか疑問に思ったが、まずは顔を洗ってからだと川へ向かう。
 水面に写っている歪んだ顔には右頬にべっとりと血が付いていた。顔を洗い終えると、グランツさんが森からモンスターの胴体を引きずってくる。その顔は非常に満足げだ。
 川のほとりまでそれを引きずってきたグランツさんに尋ねる。
「……何でそれ持ってきたんですか?」
「ん? 決まってるじゃろう?」
 そう言って腰に刺さっているナイフを取り出す。
「今日は獣ゴブリン鍋じゃの」
 その発言に血の気が引く。
「そ……それ食べるんですか?」
「なんじゃ? おぬしも実物を知らない口か? モンスターの肉は基本的に美味じゃぞ。そもそも昨日から食べている干し肉もモンスターじゃ」
 美味いかどうかの問題ではない。少なくとも目の前で解体などされてはその後の食事は間違いなくのどを通らないだろう。
「な……なるほど。すいませんが少しトイレに行ってきます」
「ん? 分かった。もうモンスターに襲われないように気をつけるんじゃぞ」
「は、はい」
 そう言ってそそくさとその場から離れた。解体しているグランツさんを遠目に見ながら食べずに済む言い訳をどうするべきか考えた。











 解体作業が終わったのか、グランツさんは川辺から離れ鍋の方へと向かう。俺も何時までもここで座っているわけにも行くまい。立ち上がるとグランツさんが作業していた場所が視界に入らないよう鍋のほうへと歩く。
「おう、やっと戻ってきたか」
 グランツさんの前には昨日の二倍は水が入っているだろう鍋が火にかけられていた。
「はい。すいませんでした」
「モンスター食ったこと無いと言っとったが血抜きしやすいように手と頭を切ったわけじゃないのか?」
「いえ、無我夢中でしたから……特にそういうわけでは」
 まな板の上には獣ゴブリンのものだろう肉が乗っている。捌かれてしまったそれはただの肉にしか見えない。グランツさんの後ろにある残骸を見なければ。どの肉がどの部位かは分からないが赤身に脂肪が網目状についているものから、赤黒い塊、ひだがびっしりと張り巡らされている薄い肉など様々な肉が結構な量ある。
「食べ方に希望はあるかいの?」
「いえ、……火を通してくれればなんでも良いですよ」
 食べたくないと言う思いは、すでに半分程度はどこかに飛んで行ってしまっていた。
「そうかそうか。まぁ調味料も少ないしの、できることと言ったら煮る、焼くぐらいなんじゃがな」
 そういうとグランツさんは火にかけていた鍋に肉をどぼどぼと加えていく。どうやら肉を半分残しているのは、夕食用と言うことだろう。グランツさんの様子から、おそらく今食べないと言う選択肢はなさそうだ。鍋の中の液体は沸騰をやめ、一瞬静まる。その水面上に油が浮き上がってくるのが分かった。








 ゴブリン鍋はグランツさんが灰汁を丁寧に取ったこともあり、輝くような薄い琥珀色の液体となった。いや、実際に浮かんでいる油がキラキラと輝いている。こんこんと湧き出る湯気の香りと合わさり、見ているだけでよだれがこぼれそうになる。
「美味そうじゃろう?」
 そう言って、中身をなみなみと蓄えたお椀をこちらに渡してくる。
「ありがとうございます」
 受け取ってお礼を言うがグランツさんの関心はもはや目の前の鍋に独占されているらしい。自身のお椀を満たし、すぐさまそれをかき込んだ。あまりの勢いに唖然とするが、気を取り直してこちらも食べることにした。
 スープを一口含み、衝撃を受ける。
 ただのお湯かと勘違いするほど滑らかな液体は、口の中に広がるとともに舌へ圧倒的な存在感をぶつけてくる。キラキラと輝いている油が放つ香りは呼気とともに鼻先を抜けていくが、その香りにすら味を感じるようだ。気が付くとグランツさんと同じように中身をかき込んでいた。すぐに椀の中身はからになった。
 二杯目をつごうとすると、いたずらが成功したような笑顔を浮かべているのが見えた。
「どうじゃ? こんな美味いもんが食べれて良かったじゃろう?」
 こちらの考えが除かれているようで若干恥ずかしいが、事実なのでしょうがない。つぐ手は止めない。
「はい。まさかここまでのものとは思いませんでした」
「これぐらいならまだ序の口じゃよ。美味いもん食いたくてハンターやらサーチャーやらになる連中も沢山居るんじゃからな」
「そうなんですか?」
「そうじゃよ。何せ強いモンスターの方が美味いんじゃからな。高レベルのサーチャーがとってきた肉など家が買えるような値段で売られることもあるんじゃよ」
 なんとも豪勢な話だ。だが、そこまで言われてしまうとどんな味か食べてみたいものである。無理ではあろうが。だが、とりあえず今は目の前の鍋を堪能することに専念すべきだ。グランツさんも同じ意見なのか自身のお椀に二杯目をついでいる。二人してニッと笑う。一拍の後、中身をかきこんだ。









 結局、グランツさんが4杯、俺が5杯食べると鍋の中身はからとなった。あれだけあった料理が無くなっていくさまは壮観だったが、今は苦しくて動けそうに無い。ごつごつとした川原の石を背に寝ていると、先ほどより幾分か薄くなった雲間から光がこぼれ出ていた。
「グランツさん」
「おう、なんじゃ?」
「うまかったです。ご馳走様でした」
「いいんじゃよ。そもそもあれが食えたのはお主の手柄じゃ。こちらこそありがとうよ」
「これからどうします?」
「少し休憩して残りの分を調理したら出発するかの」
「そうですね」
 どうやら今しばらくはこの至福の時を味わえるらしい。風になびく髪も喜んでいるように見えた。








 出発してからの道のりは順調なものだった。
 グランツさんも美味しい食事が取れたことで満足している様子だ。あれほど泣き出しそうだった空も、唇をかんでぐっとこらえている間に涙が引っ込んでしまったのだろう。今では雲も減り、青空の割合が増えている。
 グランツさんに馬車の操縦を習いながら進む。馬車を引いている馬の名前はグリアというらしい。軍の馬でグランツさんも時折世話をするとのことだ。
 前方から二台の馬車がやってくるのが見えた。
「あれはなんの馬車ですかね?」
「ん? ……あの大きさは商人の馬車じゃろうな。ちょうどいいわい。調味料でも売ってもらうかの」
 グランツさん曰く、獣ゴブリンの鍋は一度冷ましてしまうと臭みが出るらしい。近づいてきた馬車にグランツさんは馬車を降り、大声で叫ぶ。
「すまんが、調味料を売ってもらえんかのー?」
 どうやら声は届いたようだ。歩みを止めた向こうの馬車から一人の男が出てきた。グランツさんとその男は互いに歩み寄っていく。何事か会話を交わすと、双方馬車へ戻っていった。
「調味料売ってもらえたんですか?」
「おう。といってもハーブ数点だけじゃがの。それなりに良心的な値段じゃったぞ」
 そう告げるグランツさんの顔は実にうれしそうだ。すれ違う際、互いの馬車が大きく街道を外れ、離れて進んだのが印象的だった。
 ハーブを加えて食べた鍋は昼食ほどの衝撃は受けなかったものの、印象が大きく変わったそれに舌鼓を打った。







 三日目はついに雨に見舞われてしまった。小雨がぱらぱらと降っている程度だが、遠望が利かないというのは中々まずいことらしい。
「大型のモンスターが居ても分からんからのう」
 サラッと怖いことを言ってくれる。
「大型は現れないと言うようなことを聞いたような気がするんですが……」
「何事にも例外は付き物じゃろう? そもそも道中では万一に気をつけるぐらいでちょうど良いんじゃ」
「じゃあ今日はここで待機ですか?」
「いや、進むのは進むが今日はわしが手綱を握る。いざと言うときに対応するのは難しいからのう」
「なるほど。了解しました」
 グランツさん一人に任せたため、進みはいまいちだったが、特に問題は起きなかった。その日は雨で火が使えなかったということもあり食事はすべて干し肉とパンだった。グランツさんの機嫌が悪くなったのは言うまでも無い。










 四日目ともなるとグランツさんも疲れたのだろう、朝から手綱を任された。
「おぬしもまぁまぁ操縦できるようになったじゃろ」
 そういうと肩をポンとたたいて、荷台へと移ってしまった。若干の不安は残るが、自分を奮い立たせる。グリアはこわごわと手綱を握る俺など気にも留めないといった風にゆっくりとその歩を進めた。



 太陽もそろそろ天頂に差し掛かろうかと言う頃、急にグリアがその歩を止めた。尻尾を丸めている。手綱を引いても緩めても一向に動こうとしない。こうなるともう嫌な予感しかしない。急いでグランツさんに助けを求める。
「グランツさん!! グリアが動かなくなりました!!」
「なにっ!?」
 横になっていたグランツさんは俺の言葉に馬車から飛び降りるとグリアの元へ駆け寄る。その様子を一瞥すると今度は首を振って辺りを見回した。俺もつられて辺りを見回すが、馬車の左手には草原、右手には森が見えるぐらいだ。今は近くを通る馬車もない。
「おそらくそう遠くないところに中型以上のモンスターが居るようじゃのう」
 予想はできていたが、あんまりな言葉にめまいを覚える。
「それは……大丈夫なんですか?」
「グリアは賢い馬でな。モンスターには自分が逃げれると思う距離までしか近づかんのじゃ。これ以上進むと危険と言うことじゃろう」
「ではどうするんですか? このまま危険が過ぎ去るのを待ちますか?」
「せめてどんなモンスターか確認ぐらいはしておきたいんじゃがのう……」
 グリアは小さくいななくと視線を森のほうへ向けた。
「これは……森の中に居るんでしょうね」
「そうじゃのう。どこにいるか正確にわからん以上、このまま街道を直進したいところじゃが……」
 グランツさんのその声に呼応するようにグリアが一歩だけその歩を進めた。
「グリア……いけるのか?」
 グランツさんのしゃべっていることが理解できるのか、その問いかけに小さないななきを返す。その返事に対しグリアの首筋をそっとなでた。
「すまんの……シュージ! 行くぞ!!」
「はいっ!」
 二人が馬車に乗るとほぼ同時にグリアは駆け出す。
 しばらく走ると森の奥からやすりで金属をこすったような音が聞こえる。おそらくグリアにはあの音が聞こえたのだろう。馬車の速度は今までに無いほど早く、草原を走っているが石が落ちているのだろうか、時折大きく揺れる。
「ぐ、グランツさん! 石畳走ったほうが良くないですか!?」
「無理じゃ! グリアが足を痛める!!」
 右側の車輪だけが石畳に乗っているのだろう。規則的にガツガツと鳴りそれに合わせて馬車が振動する。気のせいだろうか、車輪の音にかき消されそうだった音が徐々に大きくなっているような気がする。
「ギジャァァァァ!!」
 間違いない。今度の鳴き声は明確に聞こえた。明らかに近くにいる。そのとき全力で馬車を引っ張っていたグリアがその力を緩めた。
 後ろの馬車に追突されないように徐々に速度を落としていくところを見ると本当に頭が良いんだなとのんきな感想を持ってしまう。
「グ、グリア! どうしたんじゃ!!」
 グランツさんの必死の激励もむなしく、グリアはついにその歩みを止めてしまった。
 その瞬間
 木々をなぎ倒しながら森の中から現れた茶色の異形は俺たちの目の前を横切り、10メートルほど進み地面へとダイブした。どうやって逃げるかなどということすら頭の中から抜け落ちてしまっていた。
 目の前に居る鳥のような生物はその全長が優に6、7メートルはあるだろう。その黒い嘴は俺など一飲みにできるのではないかというほど大きく、その血塗れた様に赤い足は俺の胴体など瞬く間に真っ二つにするだろう。あまりに想定外の化け物が出てきた。まるで頭と身体をつなぐ神経接続が途切れてしまったかのように動けない。隣のグランツさんもおそらく同様だろう。目線を目の前の怪物から離せないため確認はできないが。
 猛禽類を思わせる相貌に爬虫類のような縦に割れた瞳がギョロギョロと動き回っているのが見える。一拍おきに動く翼は嵐のような風をこちらへとたたきつける。足は走っているかの様に動き、つま先で徐々に地面を掘っている。だが、モンスターは起き上がらない。ようやく硬直が解けた俺は隣のグランツさんを見た。グランツさんも怪訝そうな表情をしている。グリアは特にあわてた様子も無く小さくいなないた。
 モンスターの動きはだんだんと緩慢になっていく。
「ひょっとして……もう死んでたりしますかね?」
 グランツさんにそう問いかけると以外なところから回答はあった。モンスターの上部が光を発し、一本の大剣を生み出した。
「祝福が起きるということは……死んでるんじゃろ」
 よく見ると頭に剣の柄のようなものが生えている。あれによりこの生物は絶命したのだろう。死んでからもあれだけの動きをするとは何たる生命力。
「げっ!? 大丈夫ですか!?」
 そのとき森の中から4人の男女が現れた。こちらを見て狼狽の声を上げた男性が駆け寄ってくる。
「あ、はい。何とか……これは貴方達が?」
 確信を持ちつつも尋ねる。
「良かった……そうです。やったと思ったらいきなり走り出しましてね、驚きました」
 駆け寄ってきた男性以外は何かしら凶悪そうな武器を持っていたことから、おそらくこの男があの大剣の持ち主なのだろう。
「驚いたのはこっちじゃよ」
 グランツさんの言うことは尤もだ。
「はは、そうですよね」
 男もそういいながら頭をかいている。
「おい! バルディー!! 大剣が出てるぞ!!」
 ハンマーを持っていた男が声を上げる。
「なにっ!? すぐ行く!! ……すいません。怪我が無くて良かったです。ぼくはバルディアといいます。今度から王都でサーチャーをやろうと思っていますので何かあったら頼ってください。それでは失礼します」
 そういうとバルディアはモンスターの元へ駆け寄っていった。後には唖然とした俺とグランツさんが残る。
「……ホントに失礼なやつじゃったのう」
 グランツさんの言葉に苦笑以外返せそうに無かった。グリアと馬車の様子を確認するが特に問題はなさそうだった。グリアが止まったのはあそこを通ると轢かれると分かったのか、モンスターが死んで危険がなくなったと判断したからなのか、あるいはその両方かもしれない。
「お前はホントに賢いんだな……」
 そう言って首をなでると当然だろ、といわんばかりに鼻息をかけてきた。思わず笑みがこぼれる。
「なんか無駄に疲れちゃいましたね。王都までは後どれくらいなんですか?」
「おそらく夕方までには着くかの……後はわしが走らせるわい」
「ありがとうございます」








 それから王都までの間、グランツさんはバルディアたちに憤慨しっぱなしだった。
「まったく、少しぐらいあの肉分けてくれても良いじゃろうに」……と。





前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.033643007278442