その男は、生きている価値のない人間であった。
その男は生まれながら目が見えず、そして両足が動かなかった。
由緒正しい騎士の家の長男に生まれた彼はその家を継ぎ、武功を上げ、歴史に名を連ねるようにならなければならなかった。
産まれながら、そう言う宿命を背負っていた。
しかし、目が見えず、どうやって敵を定めよと言うのか。
しかし、足が動かず、どうやって敵に向かって斬りかかれと言うのか。
目が見えず、足が動かない騎士など、無用の長物に過ぎない。
そう、生きている意味など、何にも無かった。
彼が親から見捨てられ、家から追い出されるまでそう時間は掛からなかった。
彼は己が無価値である事に耐えられず、あらゆる努力を重ねてきた。
それは実らず、結局それにて父に追い出されてしまった。
終には、彼には悪魔が宿っていると言われる始末。
彼は、憎んだ。
己の運命を。己を捨てた家を。己を無価値とした祖国を。
憎み憎み、恨み抜いた。
そして、野垂れ死ぬ運命しか残されていない彼を救ったのは、当時悪魔の使者とされていた、――――――魔術師、であった。
幼く飢えて死に損なっていた彼の前を偶々通りかかった魔術師は、ほぉ、と彼を見やって頷いた。
その魔術師は、彼の才能を一目で見破ったのだ。
“魔導師”と呼ばれる存在であるその魔術師は、彼を連れて帰り、弟子とした。
力を望むその男は、師となった魔術師に教えを乞う事になった。
彼は、十年の月日を掛けて魔術の力を得て、彼は祖国へ復讐する事にした。
顔を変え、姿を変えて、彼は十年ぶりに祖国へと戻った。
祖国は百年戦争の真っ只中、彼はそれを激化させる事で祖国を滅ぼそうとした。
知略、謀略を駆使し、姦計を張り巡らせ、戦火を撒き散らし、屍の山を無数に築き上げた。
まさに悪魔と呼ばれた男は、悪魔のような所業を繰り返した。
それも、“奇跡”を纏った英雄の前には、絹のベールほども隠し通せなかった。
祖国の英雄、聖女ジャンヌ・ダルクである。
彼が、祖国の敵と認識された瞬間でもあった。
彼女と結託した恐るべき吸血鬼達との壮絶な戦いが何度も続いた。
決して歴史の表には出ない死闘の数々を経て、終に彼は敗北した。
彼は死んだ。
聖女に『闇の棺』と予言された、この世界最悪の魔術師は死んだ。――――――――――かに、思われた。
彼は生きる価値の無い人間であった。
それもそうだろう、彼の真価は死してからこそ発揮されたのだから。
彼は、人間としての素質より、死霊としての素質の方が何倍も勝っていた。
そう、彼は、死ぬ為に生まれてきた人間であったのだ。
生前に魔術師としての経験を生かして、己の精神を魂に縛り付けた彼は、不死身の化け物へと成り代わった。
嗚呼、憎い。
嗚呼、恨めしい。
嗚呼、呪わしい。
あの吸血鬼どもの手から逃れる為に、力を付ける為に彼は祖国から離れた。
貪り食うように、彼は力を貪欲に吸収した。
その為に、あらゆる悪行を尽くした。
小さな町をその魔術で飲み込むくらいは普通に行ったし、彼を有害だとする“処刑人”と呼ばれる魔術師を幾人も屠ってきた。
時には権力者に取り入り、時にはその力で脅し、着々とその力を増大させて行った。
だが、それも長くは続かなかった。
処刑人の筆頭魔術師。名前はカノンと言ったか。
彼女と対峙し、その力の殆どを使い切って、男はなんとか逃走した。
相性が良くなければ、男は確実に消滅していただろう。
それから、彼はずっと潜伏している。
惨い実験を繰り返しながら、おぞましい実験を繰り返しながら。
追っ手の魔術師を幾度も屠り、名を変え、姿を変え、さまざまな人間に擬態し、彼は実験を繰り返す。
彼は、怪物だった。
現代まで生きる、正真正銘の怪物であった。
彼は、冷たい地下室でいつも棺桶に囲まれて、実験を試みている。
冷たい暗室に、女の悲鳴が幾度も響き渡る。
パシン、パシン、とそれは雷の音にも似た、鞭の迸る音であった。
「ふむ、失敗作か。」
彼は鞭を振るう手を止めて、それを眺めて嘆息した。
そこに両手を縛り上げ、吊るされていた女―――――少女と言った方が良いだろう―――――が息絶えていた。
そこには、彼の失望の嘆息がもう一度響き渡った。
「この身の代用となる肉体の適正を調べて育成してみたが・・・・・・この程度で息の根が止まるか。
もっと頑丈でなければ・・・ただ若いだけでは意味が無い、か・・・・・。」
都合、15時間絶え間ない拷問にも似た実験を続けてきた男の台詞ではなかった。
だが、彼はその程度ではその肉体を死んだとは認めなかった。
息絶えた少女に手を翳し、二言三言呪文を紡ぐと、――――――死んだはずの少女が身震いした。
擬似的な生命を与えられた少女は、息を吹き返したのだ。
そして、
「いやああああああああああああああああぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!
もうやめて、ゆるして、やめてぇええええええ、おねが、い!! 死なせてぇぇぇえぇえええええ!!!!!!」
そして、都合25度目の蘇生でもあった。
だが、
「それは適わぬ。
まだこちらの検証が残っている。悪いが、まだまだ付き合ってもらう。」
正真正銘の外道は、そんな彼女の願いを軽く一蹴した。
「お前にはこの身の肉体たる適性は無いと判断した。
お前はこの間開発した魔術の実験台となってもらおう。」
彼は、淡々と、楽しむでもなく嘲笑うでもなく、ただ必要であるからその悪魔の所業を行い続ける。
「い、いや、いや、いやああああああぁぁあああああああああ!!!!!!!」
少女の願いは、自ら狂死するまで途切れる事は無かった。
「・・・・・・・・・・ふぅ、存外に脆い。まだ38度しか死んでいないと言うのに。」
面倒だ、と彼は思った。
また実験体を調達しなければならないからだ。
その時間の、なんと無駄な事か。
流石に、狂い死んだ人間を生き返らせても意味が無い。
彼は人間の力の源は、精神にあると思っている。
故に、狂った人間に興味は無い。また実験体にする意味すらない。
生憎と、彼は外科手術や肉体関連の回復術は脳死さえしていなければ、たとえ心臓が破裂していようとも、肉片一つからでも再生できる腕前であるが、精神防護や精神汚染に対する魔術はあまり得意ではない。
本当に脆い、と一人ごちる。
―――――――――自分はそれこそ何千回と死んだ。
彼が行動するには、肉体が必要である。
無論、現在使用している肉体は間に合わせに過ぎない。
神経回路から痛覚を遮断しているが、霊体と肉体が拒絶反応を示し、指一つ動かすだけで壮絶な激痛が走るのだ。
そして腐敗し、朽ち果てる。十代後半の男性の肉体で、精々20日持てば良い方である。
流石に彼も、腐った死体を再生するほど酔狂でも、また暇でもない。
他所から補充した方が、ずっと効率的なのだ。
だが、それでも肉体と霊体が適合する数百万分の一の確率を求めて、彼は命を貪り食う。
たった数十年、彼が活動する為だけに。何十万、何百万と生贄にする。
彼は、それを平気で行う外道である。
・・・・・・・いや、訂正しよう。
肉体の寿命であるたった数十年、――――――――否、彼はせっかく手に入れた肉対すらも即座に実験で使い潰してしまう。
それまで実験し続けた不老不死の研究の為に。その度に、失敗し続けているが。
彼自身、この世に人間が存在する限り事実上不老不死であるのだが、彼はそれを良しとはしない。
―――――――――そんなのは、不老不死とは言えない。ただ、生きていないだけだ。
アンデッド、――――――その中でも、とりわけ強力な“リッチ”と称される最高位の死霊こそ、彼の正体である。
復讐にも飽き、憎む事も怒る事も疲れ果て、―――――数百年もの月日は、彼から全てを磨耗させていた。
望むのは、ただ魔術の研鑚、真理の探究、究極への到達―――――――ただ、それだけであった。
そうやって、彼はこの俗世とは一線を超えた領域を、世界を見てみたかった。
そう、全てはただ淡々とした探求。
生も死も見境の無い、終わり無き旅路。
さて、次は如何しようか、と彼は思案に耽っていると、
「・・・・・・・・・・・お前か、何用だ。」
いつの間にか、地下研究室の入り口に給仕服を纏った女が佇んでいた。
その女は一礼し、
「――――――――出資者からの連絡です。」
と、言った。
「なんだと・・・・・・・あの女から?」
わかった、と彼は頷き、指を鳴らすと彼は地下室の暗黒に沈み、――――――――地下室を後にした。
またしても薄暗い暗室に、彼は来ていた。
「何用かね?―――――――盟主。」
電源の入っていない大インチの薄型テレビには、妙齢の女が映し出されていた。
魔術連合総司令部、盟主リュミス・ジェノウィーグである。
「最近はテレビや新聞やらによく御目に掛かる。
お忙しい中にわざわざ時間を割いて御身を拝見できるとは、光栄の極み。」
『建前はいりません。』
皮肉の込められた彼の言葉に、彼女はばっさりと斬って捨てた。
そして、彼は嫌味っぽく唇を歪めた。
「――――――――盟主、この身が遂に邪魔になったか?」
今度は、言われた方も眉を顰めるほど直球の台詞であった。
彼女は、その言葉に口を開かなかった。
「盟主よ、我々は実に長い間上手い関係を築いてきた。
この身は神秘の秘匿を守り、そちらは粋が良い“検体”を差し出してくれる・・・・」
『“検体”、とは嫌な言い方ですね。私に逆らうゴミ魔術師を貴方にくれてあげているだけでしょう?』
「ああ、だがその言い方の方が嫌ではないのかな? 貴殿はそう、・・・・もう無闇に失言を放てる立場ではあるまいて。」
『ああ、そうでしたね、気をつけなければ。』
テレビの奥で、リュミスは苦笑した。
「勿論、多少の“こと”に目を瞑ってくれた事は感謝している、しかし、ギブ&テイク。」
『ええ。こちらの都合の悪い魔術師を秘密裏に抹殺してくれていた事にも私は感謝していますよ?』
そうだとも、と彼は笑いながら言った。
分かっている。彼女が何故にこうも突然に連絡をしてきたのか。
「だからこそ、だからこそ。もう、貴殿とこの身は相容れない。相容れてはいけない。」
『ええ、実に残念に思いますよ。その利害一致も、魔術師が闇に蠢く存在であってからこそ。
歴史の表舞台に大々的に登場した我々に、――――――――貴方と言う暗部は、存在していて欲しくは無いのですよ。』
その直球の言葉に、流石の彼も苦笑を禁じえなかった。
そして、彼は最後の友好とも言える言葉を吐いた。
「こちらとしても、大っぴらに吹聴する気は無いがね。」
『ですが、貴方はこれからも研究を止めるつもりはないんでしょう?』
それを、リュミスは笑顔のまま返した。
「――――――――――応である。この身が存在しえなくなるまで、永遠に。」
だから、彼も淡々と返した。
それが全てであるが故に。
『そうですか、残念ですよ。・・・・・本当に。』
最後の最後に、一瞬だけ悠久を生きる魔術師の瞳が哀愁を帯びた気がした。
それは、古くからの知り合いを亡くすからなのか。全て磨耗しきった彼にはわからない。
「これから貴女も狙われる事になるだろう。それこそ世界中の魔術師から。」
『百も承知ですよ。ですが、貴方はそれを心配する立場ではないでしょう? なにせ、我々はもう、無関係なんですから。』
「そうであったな。」
そう言って、彼は失笑を漏らした。
いや、彼が笑っていると分かる人間は居ないだろう。
血肉は削げ落ち、皮膚や血管は一つも見当たらない。
骨だけだった。
現代RPGで最早定番となったモンスター、スケルトンにその姿を彷彿させるだろう。
それが、ローブを着て歩いて会話をしているのだ。
彼こそが、史上最悪の死霊魔術師=ネクロマンサー。――――――――『闇の棺』ダリッシュ・リブルハイム。
最早何も残っていない、暗黒に生きる魔術師はテレビの電源が落ちるのと同時に、静かに立ち上がった。
そして、
「――――――――――弟子たちを集めよ。これより後継を決めさせる。」
己の、近しい滅亡を予感した。
「こいつはひでぇな・・・・・」
あと数年で定年を控えた刑事、山田源次郎は火の点いていない煙草を咥えながら現場に赴いていた。
彼が今居るのは殺人現場である。
人気の無い路地裏で、猟奇的殺人。
二十台後半の若い女性がナイフらしい刃物で腹部を一刺し出血多量で死亡、と先に現場に来ていた鑑識はそう言っていた。
致命傷となる腹部の傷以外にも、実に十数か所も滅多刺しにされており、血が周囲に散乱している。
相変わらずこの日本は病んでいるな、と源次郎は思う。
今の時代では、半端な動機で突発的に殺人を犯してしまうなんて、ここ数日の新聞を紐解けば必ず一件は載っている。
所謂、通り魔殺人だ。
長年の経験から、彼はその類だろうと辺りをつけた。
最近の化学捜査は進歩している。
よく捜査すれば、下手人を捕まえる事は不可能ではないはずだ。
だが、その間にも第二、第三の犠牲者が出る事になるだろう。
それだけは、彼に許容できないことだ。
彼は部下を呼び、
「まぁ、死体の事は、死体の専門家に聞けぁ良いだろ。おい、――――――――“BM特別捜査官”を呼べ。」
彼はその場のぴりぴりした空気が別種の物へと変化するのを肌で感じて、若いな、と笑った。
“彼女”は、連絡から10分も待たずにその場に登場した。
虚空から突然、初めから其処に居たかのように。
今の時代、ただでさえ周囲から浮いてしまう警察服より更に周囲の空気にそぐわない漆黒のローブを身に纏った若い金髪のセミロングを持った少女が不機嫌を隠そうともせずにずかずかと踏み込むように彼に近づく。
胸の辺りに、後から付けました、と言わんばかりの警察のマークが付けられている。
その行進を止める人間は居ない。
そう、恐ろしいのだ。―――――――――この現世に実在する、本物の魔法使いが。
「警部、わたくしとても怒り心頭していますの、どうしてか分かりますか?」
そして、いきなり彼に文句を言うように話し掛けてきた。
「あんたみたいな色ボケた魔女の考える事なんざ、どうやって男を誘惑するかどうかだろ。それより仕事だ、協力しな。」
「飽くまでわたくしは民間協力者という扱いになっているのですけどね。
これだから原住民はずうずうしくて嫌いなんですの。彼と一緒に真剣に“本部”へ引っ越そうかと考えてしまいましたわ。」
頭が痛い、と少女はこめかみを押さえる。
「こっちはあんたらの社会的立場の為に貢献してやってるんだ、少しは感謝の言葉も欲しいもんだぜ。」
「私たちを利用しようと言う野心すらない身も心も枯れた男が何を言いますの。
私たち魔術師は生涯現役、むしろ年を重ねてからが本番なのですけど?」
「ああ、よくテレビに出ているあんたらの首領もそうなんだろう?
なかなかの別嬪さんだがあれでも何百歳の婆さんだとか。」
「いえ、数千歳の怪物ですわよ。」
忌々しそうに、少女は呟いた。
この少女の名は、ルーシア・シェムフィード。
それが公式な名前で、親から別に隠すべき本名も貰っているらしい。
つくづく、源次郎には分からない理由だったが、文化である、と言われてしまえばそれまでだ。
彼は思う。
ここ一年で、世界は変わった。
一番の変化と言えば、常識が変わった事だ。
この世には、魔術師なんて存在が跋扈しているらしい。
らしい、と言うのはそれを実感できない日本人の感想だ。彼らの主な情報の収入源はテレビのニュースだ。
彼はルーシアの起す超常現象を目の当たりにしている。
「あの、魔術を原住民どもに売った売女が・・・・」
「おいおい、法治国家でそう言うことを言うもんじゃない。公共の場ではないとは言え差別用語はタブーだ。」
ぷるぷる、と震えているルーシアを彼は諌める。
現在、盟主の評価はそんなものである。
去年の夏の終わりに始まった国連の会議、そこから歴史が変わった。
魔術師の存在の公表から、その地位の確立まで、ほぼ一ヶ月でとんとん拍子に進んだ。
その立役者が、盟主リュミスと呼ばれる人物だ。
少しでも政治を知るものならば、そのあまりにも鮮やか過ぎる手並みに身震いをしただろう。
出来の悪い喜劇、そう呼ばれる会議だった。
そして季節は廻って新年を迎え、もう四月の初頭だ。
それまでに様々な魔術結社が表舞台に顔を出し、様々な魔術師が頭角を現した。
先月、魔術に対する世界的な法律が発布されたばかりでもある。
それを執行するのが、『魔術連合“国”総司令部』の執行部隊。一方的な独占であると批判の声も有ったが、才能の有る者に対して盟主は門を広く開けると言っている。これが、彼女が魔術を原住民に売ったと言われた所以である。
しかしながら、結局の裁量は全て魔術連合国が決める事と相成った。
どの国の代表も会議で、魔術をずっと管理して来た方に任せるのが良い、と口を揃えて言うものだから、作為を感じるのも無理は無いだろう。だが、事実としてそっちの方が都合が良い場合の方が良くあった。
なぜなら魔術とはその体系や特性によって裁くのが不可能だったり、科学的に証明できない魔術は正しく現代の天敵。
証拠も出さずに呪殺など行ったりできる魔術師を、その国では裁けないなどの事態も容易に予想できるのだ。
餅は餅屋、と言うことでこれに関しては比較的に反感は少なかった。なにせ、比較できないのだから言い返しようが無い。
そして現在では世界中から魔術連合国の本部や各国支部に魔術を学びに主要な各教育機関が募っているらしい。
そして、同時に世界各国の宗教国では抗議デモやテロが続発したが、それは盟主が任せろと言わんばかりに治安組織を立ち上げ、デモ発生の翌日には軍隊によって一蹴されたり、各宗教にあった神官を派遣したり、元々その国に根付いていた有力な魔術師が門徒を募る事で何とか収束した。
宗教観念のある魔術は、多勢であるほど良い為、概念が劣化しにくいと言う特性があったのが幸いだった。
テロに関しては事前に察知し、犯罪者達は訳も分からず御用となった。
皮肉な事に、それが魔術師の有用性を示す最初の切っ掛けとなったのであった。
この世は、いつの間にか神代の時代に向けて逆行しようとしているのだ。
「それより、分かるのか? 犯人。」
ルーシアが警察なんかに協力しているのも、その一環である。
「普通、人間は死んだら精神を喪失して魂だけになります。悪霊の類は本能によって他人に取り憑くのはその為ですわね。
ならばそれを利用し、悪霊を誘発させて感情を発露させれば、相当恨まれているはずの下手人の元に勝手に行ってくれますわ。」
「大丈夫なのかぁ、それ。倫理的に。」
「国際魔術師条約第一条、公的な魔術の使用において国際的倫理観や宗教上に縛られないものとする。
またそれに反した場合、個人団体国家に関わらず、魔術法の第三条の罰則が発生する。」
「先月からだったよなぁ、それも。」
参った参った、と源次郎は手を挙げた。
ルーシアは淡々と噛み締めるように言ったが、彼から感じられるのはおちょくった様な態度だったので、余計に彼女はイライラとさせられた。
ちなみに、今ルーシアが言った言葉は、先月名前を変えて内容に殆ど変わらずに正式にこの国でも発布された法律でもある。
現地に根付いた魔術師にとって、これほど忌々しいものは無い。
こうやって何かしらの社会奉仕をして定期的に具体的な研究レポートを提出しなければならないのだ。
そうでなければ強制送還、悪い場合には本部の人間に魔術師的に“粛清”される。
本部でなければ治外法権が利かないので、特にルーシアのような死霊魔術なんて人聞きの悪い魔術を学ぶ魔術師はそれが義務付けられた訳なのだ。
基本的に魔術師は排他的で、他者からの干渉を好まない。
本当に彼女達にとって迷惑以外の何物でもないのだ。
「本当に、今までは上手く行けていましたのに。なぜここまでする必要があるのでしょうね?」
「俺に言うなよ。だがぁ、俺はお前達みたいなのが表に出てきて安心半分恐ろしさ半分って所だね。
これで世界の迷宮入り事件が減るなら俺はそれで良いさ。あんたらの事も、居ないって思っているよりはずっとマシだ。」
「無知は神が与えた唯一の慈悲ですわよ。愚かにアダムとイブは知恵の木の実を口にしてしまいましたけど。」
「ハッ! 確か、教会じゃあ霊とか否定しているんだろ、それを扱うお前さんが言っちゃあ説得力な無ぇな。」
「あら、この嫌味が分かるなんて、意外ですわ。下半身の枯れた原住民のくせに」
「ほっとけ!!」
なんだかんだで、この二人は仲が良いんだなぁ、と周囲は思っていたりする。
「良いよなぁ、そう思わないか、二人とも。」
「何がだ?」
始業式だと言うのに午後から授業と言う悪魔が考えそうな日程の半分を消化し、昼休みに机を合わせて昼食を食べているいつもの三人組がいた。
真水に北沢、国木田の三人である。腐れ縁によるものなのか、三人はまたしても同じクラスと相成った。
「魔術だよ、魔術。」
国木田の言葉に、約二名の魔術関係者はピクリともせずに固まった。
「要するに魔法みたいなものなんだろ?
良いよなぁ、俺も使えねえかなぁ。そうすりゃ、剣道の試合も楽勝なのに。」
こんな事を言えるのは本当に魔術と言う物を知らないからなのだろうが、二人は心底呆れた。
こいつはこんなんだから強く成れんのだ、と。
「「止めとけ。」」
と、二人は口を揃えて言う。
「最近テレビのトーク番組でよくやってるだろ、あんなシビアな世界は御免だ。」
「全くだ。」
その真っ只中に居る真水が忠告し、北沢も同意した。
「そぉかぁ? 俺は便利だとは思うけど。」
「お前には才能のさの字も見えない。門前払いが関の山だろ。」
「同感だ。」
「がーん!!」
二人の総攻撃に国木田撃沈。事実なのだからしょうがない。
「ところでさ、去年から二人とも公欠多かったよな。部活もしてないのにお前ら何やってるんだ?」
「なにって・・・・」
「学校公認の国際コミュニティサークルだ。
世界各国から有志を募ってな、様々な“課外活動”を行っているのだ。」
主に暴動の鎮圧とかテロの撃滅とか違反魔術師の捕縛とか。
「ああ、そうだ。」
北沢の機転を生かして、真水は愛想笑いを浮かべながら言った。
微妙に嘘じゃないところがミソである。
「へ、へぇ・・・・」
英語が苦手な国木田はそれを聞いただけで興味を失ったようだ。
「だけどさ、お前達がそんな事をするなんて変わったよな。」
「「・・・・・・」」
思わず国木田の言葉に二人は顔を見合わせる。
確かに変わった、色々と。
「ああ、変わったよな。この世界も。」
静かに、真水は呟いたのだった。