「・・・痛、い」折られた肋骨が痛む。穴の開いた右足が痛む。殴られた頬が痛む。焼かれた左手が痛む。視界が霞む、腹に力が入らない。---身体の各所に受けた傷が、呟いてくる。その囁きを聞いたアタシは、意識を失いそうになった。それも、何とか耐える。ここで意識を失ったら、何もかもが終わりだ。だが、全身を襲う疲労は酷く、このままでは時間の問題とも言える。---また、囁きが聞こえる。「・・・誰が」自然、口から出る言葉。強がりだと自分では分かっていても、発せざるを得ない。黙ったままだとそのまま負けてしまいそうだったから。でも普通に立つこともできなくなったアタシは、木にもたれかかる。そして、自分の元へと近づいてくる2人の男を睨んだ。「・・・終わりだな七尾。諦めろ」目の前の、眼孔鋭い男の忍びが告げてくる。見れば、滝隠れの抜け忍らしい。「そうそう。これ以上時間かけさせんなって」湯隠れの抜け忍であろう、銀髪の男も、同じ事を言ってくる。変な呪術を使う男。身体中に紋様を浮かべ、こちらをあざ笑っている。「・・・何がおかしい?」「・・・いや、みんながおんなじ事を言ってくるもんだから、さあ」全身を襲う痛みが、言う。---諦めろ。全身を襲う倦怠感が、言う。---諦めろ。目の前の、男達が言う。---諦めろ。滝の忍び。あのいけ好かない野郎を思い出す。あの男の口癖だったな、そういえば。---諦めろ、楽になれ、なんて。「だ、れが・・・諦めるか」チャクラも残り少ない。もう羽根を具現化させて飛ぶ事もできない。勝ち目が無いなんて、分かり切っている事だ。「最後まで・・・足掻いてやる」だが、認めない。今諦めてしまえば、今まで頑張ってきた意味が無くなってしまう。それに何かを諦めて楽になれる筈なんか無い。諦めればそこで終わってしまう。次も無いし、先も無い。「・・・仕方ないな。飛段」「りょーかい」地面に描かれた怪しげな紋様の上に立っている銀髪の男が、“また”自分の足に黒い刀のようなものを突き刺した。「っあああああああっ!?」同時、“また”自分の足に穴が開く。今度は左足だった。激痛に、立っていられなくなったアタシは、その場に崩れ落ちる。「・・・これでちょこまかと逃げられなくなったな」目の前の男が、近寄ってくる。アタシを捕獲しようとしているのだろう。「・・・糞。畜生。バカヤロウ」薄れていく意識の中、あらん限りの罵倒を繰り返す。そして、過去の思い出が頭の中を駆けめぐる。これが、シブキ様が言っていた走馬燈というやつだろうか。---何をした。一生懸命、滝隠れの里のために働いた。それが悪かったのだろうか。---アタシが何をした。忌み嫌われようが、疎まれようが、居場所は此処にしか無かった。だから頑張ったのに。---アタシが一体、何をした。だが、力を付けていけば行くほどに。里の忍びから向けられる視線に含まれた色は、黒く歪んでいった。『嫉妬』、『忌憚』、『畏怖』。アタシの中の虫野郎、七尾は単語でしか物事を語ってくれない。それを里長に聞くと、何故か申し訳ない顔をしていた。手を差し伸べてはくれなかったけれど。---アタシは一体、何をしたんだ。あの視線を思い出す。追い出された日を思い出す。・・・暴走した日を思い出す。一体どこからきたのか分からない、たくさんの黒い感情。衝動に身を任せたあの日。何もかもを諦めたあの日の事件。『憎悪』だと。虫野郎は、そう言った。当然滝隠れの里に残れる筈もなく、アタシは追放された。そして、この家にたどり着いた。森の奥にあったこの家に。誰が作ったのか分からない、この家。始め足を踏み入れると、虫野郎は言った『不変』、『再帰』とだけ。その意味は分からなかったけれど、虫野郎にしては珍しく何処か悲しげな声だった。目の前の男が近づいてくるのが分かる。そして、その意味も分かる。これが所謂、アタシの結末という奴なのだろう。全てを思い返し、考える。一体、何が駄目だったのか。何がいけなかったのか。大人しく道具であれば良かったのか。あの野郎、シグレが言うままに兵器として在れば良かったのか。しかし、言うとおりにしたとしても。其処には“アタシ”は居ない。それで良い筈が無いのだ。(じゃあ、どうすれば良かったんだよ)その問いに答えてくれる人もおらず、祈るものもなくここで終わるというわけだ。そこで、アタシは理解した。身体を襲う激痛と疲労感。そして目の前の男が言っている意味が。諦めろ、と。楽になれ、と。ああ、そうか、そういう事か。---死んで、楽になれと言うのか。理解したと同時、視界が黒に染まった。限界が訪れたのだ。だが、その一瞬前、金色の何かが見えた気がしたが、あれは幻覚だったのだろうか。確かめる事もできない。視界はとうに闇に染まっているしかし、声は届いた。「・・・・そこまでだ」フウを背後に、メンマは暁の2人と対峙する。「・・・・よくもまあ、大の大人が2人でさ。少女を相手によくやるもんだよ。拍手していいか? ぱちぱちぱちと」「・・・時空間跳躍忍術。それに、その金髪・・・成る程、お前がうずまきナルトか」「へっ、一尾の方には行かなかったって訳か。リーダーの予想は大外れ。まあ、どうせ結果は変わらないんだろうが」「・・・少し黙れ、飛段。喋り過ぎだぞ」「・・・一尾? お前ら、まさか我愛羅にも手を出しているのか」「・・・さあな。それよりも、先のお前の問いに答えようかうずまきナルト」角都は少女を指さして、言葉を発する。「あいにくと、そこのそれは化け物。少女なんて可愛いものではないだろうが。ならば、どう扱おうが文句を言われる筋合いは無い」角都の言葉。それに、メンマは嘲笑を浴びせかける。「はっ、人間止めてんのはお前らも同じだろうが。あとそこのそれ、だと? 成る程、品性に関しても人間を止めてんのか、お前らは」「・・・ふん、忍びに品性を求める方が間違っている。そういう意味ではお前も同じだろうが」「俺は忍びじゃ無いってえの。ほら、額当てもしていないだろうが。正真正銘の一般人だ。つけ加えると、一般の忍びでもお前らと一緒何てえカテゴライズはして欲しくないだろうよ」「それは未熟だからだろう。それに、誰が一般人だ? 一般人は普通、時空間を越えて飛んでこないと思うが。それに、ただの一般人が、あのペインに傷を負わせた上に、逃げられる筈も無かろう」「・・・命からがら、だったけどな」メンマは眉間に皺を寄せながら答える。そして、内心で焦っていた。一尾と、リーダーの予想。二つの単語から、状況を導き出す。(つまりは砂隠れに誰か向かっているのだろう)メンマは心中でそのことを察し、状況の厳しさを悟って思わず舌打ちをしてしまう。つまりは、この相手をどうにか凌いだ後、砂隠れの救援にも向かわなければならないと言うことだ。「けっ、どうでもいい事をぐだぐだと、くだらねえ。リーダーから逃げおおせたとか聞いたが、何て事はない。ただの、バカガキか」「・・・そうさ、ガキさ。お前らのようなオッサン達に比べればな。特にアンタは加齢臭が酷そうだ」「・・・貴様」角都の眼光がより一層鋭くなる。傍らの飛段は角都の様子を横目で見て内心で笑い転げながらも、視線は標的を捕らえたまま。一歩踏みだし、地面に置いていた愛用の鎌を拾う。「へっ、随分と大層な口を聞いてくれんじゃねーか。ウチのリーダー相手にして逃げ回る事しかできなかったお前が、俺達2人同時に相手にできんのかあ?」「・・・やるさ」背後の少女、フウを後ろ目でちらりとみて、メンマは答える。「いや、やってやる。だから・・・かかってこいよクソヤロウ共」最早、口上は意味を持たない。言いたいことは数あれど、それを言っても意味が無い。2人の目を間近で見たメンマは、ある事を悟っていた。角都の目は、まるで虚無の様。光りはあれど、何を映しているのかメンマには理解できなかった。80年近い戦闘を経ての、この眼光。正直、メンマは角都の異様な眼光に戦慄さえ覚えていた。何を考えているのか、さっぱり理解できない。片や、飛段の目はまた違う意味で異様だった。どうにも別世界を見ているようにしか思えない。旅の間にも、噂には聞いていたジャシン教の教えを狂信しているのだろうか。曰く、『汝、隣人を殺戮せよ』。なるほど、全てを殺すのであれば、人を人とも思えないのは道理だ。メンマには理解できない世界ではあるが、彼には彼としての視点があるのだろう。何処か遠い世界で、独り何かを断言している。そんな風に思えた。いつか見たうちはイタチとも、干柿鬼鮫とも違う。俺が何を言おうが、この2人には決して届かない。そう、悟ってしまう程の異様。この2人、あるいは尾獣よりも化物な、正に怪物的存在ではないのか。---人間は、時には怪物にも成れるのよ。そう言って、悲しく笑った少女を思い出す・・・いや。急に、頭が痛くなる。(これは誰だ?)---群れた人間の怖さを教えられたあの日、確かにそれは成る程、“あり”な理屈だと思った。(・・・いや、あの日?)思い出せない。だが、目に浮かぶこの光景は何だ。彼女はいったい、誰だ。『集中して!』(・・・了解)ひとまず、後回しだ。まずはこの戦闘。言葉が役に立たない怪物を前にして。言葉も思想も倫理も感情も意味を成さないのであれば、後は殺し合うしかない。戦場に、日常に。今まで数多くの人間に出逢った。だが、殺し合うしかないと思った人間を見たのは2回目だった。「・・・こいよ、殺してやるから」そう、言わざるを得ない相手と出会ったのは2回目だった。頭が痛いが、気を逸らしてはいけない。一方。メンマの言葉に、あまりにも見え透いたその挑発に、飛段が乗った。「ああ、行ってやるよ!」鎌を構え、突っ込んでいく。「死ね!」振りかぶられる鎌。メンマはその鎌が振り下ろされる前に、一気に懐へと飛び込んだ。飛段とて暁の一員。暁内では最も体術の練度が低い彼だが、それでも上忍並のものは持っている。その飛段をして、不意をつかれるような速度で踏み込んだのだ。「なっ!?」近づく事ができなかった先の戦闘とは違い、今度は近接戦が有効だ。まずは、無言のまま飛段の肺に掌打を放つ。同時に、チャクラのマーキングを施す。「ぐあっ!?」掌打の、連撃。独特の打法により、肺へと衝撃を浸透させた上で、更に掌打を重ねる重剄だ。心臓に打てば殺し技となる、いわば禁じ手に近い技。だが、それでも飛段は死なないだろう。そう考えたメンマは、肺へと衝撃を集中させる。そして目論見どおり、飛段の呼吸が止まる。「口寄せ」吹き飛ぶ飛段に構わず、忍具口寄せを使い、捕縛の布を呼び寄せる。「・・・精霊麺」マーキングをした場所、飛段の胸へと布が迫る。布は広がり、飛段を捕らえるだろう。対抗する術は、持っていない筈だ。「これで封じた」一体二という状況下において、飛段の能力は厄介につきる。どれだけ攻撃しても死なず、その上、その鎌には決して傷つけられてはいけないからだ。傷を受けたら終わり、というのは精神的にも厳しいものがある。だから、初手で封じる。こちらの戦力が把握されない内に、一手で決める。チャクラを相当に消費したが、これはこの2人と相対する以上、避けられない一手だ。最善を選んだと割り切って、戦闘を続ける。残るは、もう一人。齢90にも及ぼうかという、不死身の戦鬼だ。---手は抜けない。油断すれば一瞬で持って行かれる。そう判断したメンマは、チャクラを開放。対する角都は、見慣れない封印術に驚いていたが、それも束の間に精神を平静状態に戻す。そしてすぐさま封印の弱点を見破り、火遁系の術で布を焼き払おうと印を組もうとする。だが、その一瞬前にメンマが踏み込む。地面を蹴る音に反応した角都は術を中断、迎撃の体勢に移る。それを見たメンマは、行動の優先順位と判断の速さが尋常じゃない、と角都に対し再び戦慄を覚える。---長引けば不利。そう判断したメンマは、初手から全力で行くことを決める。角都の迎撃の拳を掌で捌き、かいくぐる。懐へと入り込んで、一撃。「しっ!」呼気と共に、右の掌打を放つ。角都は常時使用している“土遁・土矛”があるので通じない、と判断していた。だが、それはまともな打撃に対してのみである。メンマの掌打は鉄壁の外郭を浸透し、その内にある部分まで衝撃を通すのだ。思いも寄らない衝撃に、角都の動きが止まる。「・・・もう一つ!」メンマは追撃を仕掛けようと、短めの印を組み、また一歩踏み出す。---雷・螺旋螺旋。いつかカカシに放った術。千鳥ほどの貫通力はないが、相手の動きを止めるには最適である雷遁術だ。しかも相手は土遁で防御している。性質変化の理により、雷は土に勝る。その理の通り、メンマの雷の一撃が角都の土の鎧を剥がしていく。「まだだ」呟き、再び印を組み影分身を使う。チャクラ消費を抑えるため、多重ではなく、一体のみの影分身。その影分身と共に一歩踏みだし、同時に左右から回し蹴りを放つ---偽・双竜脚。左右から挟み込むような回し蹴り。だが、角都はそれに対処した。全身に痺れを感じながらも後ろ向けに倒れ込み、左右の回し蹴りを回避したのだ。そのまま転がり、後方へと跳躍。そこで、角都はメンマの力量を悟る。ペインから話には聞いていたが、成る程あるいは暁に匹敵するかもしれないと。長年の経験から、角都はメンマの力量についての位置付けを修正。---この相手は、強い。意識を切り替え、全力で戦う事を決意する。まずは慌てず騒がず、再び土遁・土矛を行使する。雷遁でなければ、この術は破れないためだ。実際、この術の防御力はかなりのもので物理攻撃ならば、そうそう貫かれない。手裏剣影分身のような、数にものをいわせた投擲系の術。また、大カマイタチの術程度の威力であれば、傷無く全て防げるぐらいの堅固さがある。それに、攻撃力も増加する術だ。雷遁によって破られる事もあるが、同じ手は二度食わない。ようするに、近づかなければいい話だ。雷遁を放つのではなく、掌打に纏わせて放ってきたという事は、そういうことだ。つまり、近接しなければ使えない。近距離が不利だという事も判断した角都は、中距離で戦う戦法を取る。それは、相手も分かっているのだろう。顔を顰めながらも、追い打ちを仕掛けてくる。角都は突っ込んでくる敵に対し、迎撃するべく右腕の先を向けた。そして、切り札を使う。秘術・地怨虞による、遠隔攻撃だ。さながらペイン六道が使うような、怪腕ノ火矢の如く。切り離された角都の腕は勢いよく飛び出し、メンマを襲う。土矛によって硬化された拳の一撃だ。まともに当たれば骨をも砕く。だが、メンマはそれにも驚かずに、至極当然のように避ける。---おかしい。角都が、呟く。今の一撃、敵は当然のように反応して、そして避けたのだ。そこに、角都は引っかかるものを感じた。初手で飛段を封じた事といい、今の対応といい、嫌な可能性が思い浮かんでしまう。---こいつ、何を知っている?ゆうに四桁を越える回数の戦闘を、それでも乗り越えてきた角都は、メンマの反応に疑念を抱く。驚いていないのだ。今自分の身体の内から出ている触手群にも、嫌悪の念は抱いているが、そのものに驚いてはいない。秘術・地怨虞は自分以外に使える者のいない、禁術だ。それは誰より自分が知っている。なのに、こいつは“まるで知っているかの如く対処した”のだ。違和感を感じた角都はひとまず距離を取った。そして、訊ねる。「・・・貴様、何を知っている? いや、何故知っている?」情報は忍びの命。術の詳細を知られる、と言うことは死に等しい。「・・・何のことか分からないな」額に青筋を浮かべながら問うた角都に対し、メンマはとぼけた表情をしながら、視線をそらすだけ。その様子を見た角都は、答えを返さないメンマに向け、肩口にある顔から忍術を放つ。火遁・頭刻苦。地面に落とした小さな火を、風遁によって活性させ、あたり一面焼け野原にする術だ。あわよくば布に包まれて地面に転がっている飛段にぶち当て、その布を焼き払うつもりで放った一撃。不死身を利用した、このコンビならではの戦術。「危ねっ!」それを、メンマは対処する。転がっていた芋虫飛段を、思いっきり蹴り飛ばしたのだ。「てめええええええぇぇぇぇ・・・」蹴り飛ばされた飛段は罵声を上げながら、向こうの方へと飛んでいった。メンマの、瞬時の判断による行動だった。行動を見た角都は、内心で舌打ちする。---火遁の範囲の外まで逃がしたのか。しかし、あまりにも的確すぎる。術の範囲について、あらかじめ知っていたとしか思えない程に、メンマの行動は速かった。そこで、角都は確信する。メンマが、自分たちの能力について知っていると言うことを。「・・・もう一度、問おうか。俺達の能力について・・・・貴様、一体誰から聞いたんだ?」『(ひとまずは成功、か)』マダオはメンマに聞こえないよう、胸中で一人ごちる。情報を逆手に取った戦術。これで、相手は迂闊に動けない。加え、仕上げはもっと極悪だ。情報源が大蛇○である事を悟らせ、反応を見る。相手が音と結んでいるかどうかは分からないが、その反応で何かが分かるだろう。どちらであっても、こちらはこまらない。『(しかし、無茶をする)』先程の大距離跳躍を思い出し、マダオは呻き声を上げる。彼の行動理念に沿った行動だとしても、毎回毎回、冷や汗が出るような事をする。『(自分のルールだけは曲げない、か)』大したものだと思う。今まで彼は、この二つのルールを破った事がない。一つ、手を出したら最後までやる。二つ、女の子と子供は助ける。一つめは、彼は生来の気性からくるものだ。最初に出逢った時からそうだった。手を出すまでは悩むが、手を出したら決して最後まで手を引かない。何があろうともだ。二つめは、この世界に来てから出来だルールだろう。恐らく、その事を自覚していない筈だ。確かに子供を助けたいのいう気持ちに嘘は無いだろうが、それでも命を賭けてまでと言われると、この世界にやってきたばかりの彼ならば首を傾げただろう。出来た原因は分かっている。鬼の国での、あの時の事件によるものだろう。だが、彼はそれを覚えていない。覚えているのは、僕とキューちゃんだけだ。でも、完全には忘れてきれていない。昔一度だけ聞かされたあの娘の誕生日に、紫苑の花を持って川口で佇んでいる彼の姿を見れば嫌でも分かるというものだ。そして酔っている時、ふと口ずさむ事もあった。『(・・・先程は、はっきりと思いだしかけていたがな)』思い出してしまったら、またあのような状態になってしまうと思い、今まで話題でも匂わせなかった彼女の存在。そんな、忘れていた筈の存在を、彼は先程思い出しそうになっていた。『(・・・記憶の共有が進んでいるのか)』または、同じような状況を見てしまって、フラッシュバックが起きたのか。『(そうかもしれないね。時にキューちゃん、魂の調子はどうなの?)』『(・・・何とか持ち直した。だがあとせいぜい五度が限度だぞ)』『(・・・何から何まで、ごめんね)』『(なに、自分で決めた事だ。お主があやまる必要はない。伝えないと決めたのは我だ。・・・それに、言っても止まらんだろうな、あいつは。いや、我もあいつが止まるというのを見たくないのか)』キューちゃんが苦笑する。『(相変わらず、じゃな。4年前のあの時以来ずっと、誰かを助けたいとか思っている時は“自分の価値を忘れる”。全身を襲う痛み、忘れたわけでもあるまいに)』先の長門戦とは、動きもまるで違う。相手の殺気に呑まれていないのもあるが、それにしても動きが速すぎる。動きが鋭くなる理由について、2人は考えてみる。『(・・・忘れた後悔を、無意識の内に背負っているのか)』在る意味で歪んでしまった彼を見て、キューちゃんは何を思っているのか、マダオには分からなかった。嬉しそうにも、悲しそうにも見える。『(・・・お主、止める気はないんじゃろう?)』『(それは、ね。彼をこの世界に呼んだ、責任もある。何をしようとも彼の選んだ事に異は唱えない)』それがマダオのルール。呼んだ者として、最低限守らなければいけないルールだ。アドバイスはすれど、行動を導こうとも思わない。漏れた想いが彼の考えに影響を及ぼしているのを知った時は、己を恥じたものだ。『(我も、人の事は言えんよ)』キューちゃんが俯く。彼が女性を好きにならない理由。好意を受け取らない理由は、自分の想いが漏れているのでは無いかと考えているのだ。『(いや、それは・・・)』『(無いとも言い切れんじゃろう?)』その言葉に、マダオは何も言えなくなる。『(魂の歪みも酷くなっておる。言いたくはない、決して言葉に出したくはないが・・・・・・そろそろ潮時、かの)』手に持った、血がついている短刀を見てキューちゃんが呟く。『(まだだよ。希望は捨てないで)』『(・・・そうだな。醒めるまで、まだ時間はあるか)』笑えるならば、最後まで。2人は、それだけを願っている。