この二年間、とても長く感じた。
そうヒナタは感じた。
サクラと共に修行の旅に出た。出だしは快調であったがヒザシが渡してくれた資金は半年で底を尽きた。ヒザシは二年間も旅に出るとは思っていなかったという。
最初こそ宿に泊まりながらだったが一年を過ぎてからは住み込みで働きながらの修行だったが思いのほか良い出会いもあった。
気が付けば遠いところまで来たものだ、そう思ってしまうほどに二人は火の国から離れていた。
目の前には音の里、ここ最近他の里との交流が増え地下から地上に場所を移した。気が付けば、無意識的にそこを目指していた。二人で相談したわけでもなく、本当に無意識だった。
あの時から二年、気持ちが変わるのには長過ぎた。
二年あれば明瞭に顔が思い出せなくなる。
二年あれば仕草や口調が曖昧にだってなる。
それでも、心の奥底で根付いた核は変わらない。
「着いちゃったね」
サクラは音の里の北門を見上げてそう呟いた。
「……うん」
ヒナタは白眼を使わない。あの時のナルトの言った言葉を濫読繰り返す。何も思い浮かべない。浮かべられなくなるくらいにヒナタにとって二年間とは長かった。
サクラは迷っているヒナタにため息を吐く。
二年間、何度も見てきた表情。体を動かしていると忘れられる、そうヒナタがいっていたのをサクラは思い出した。
逆に体を動かしていないと常にナルトの事を考えているのだと最近になって気付いた。
「これ以上木ノ葉からは離れていられないのよ?」
修行のためだからといって二年間も里にいないというのは本来あってはならないこと。それくらいサクラには分かっていた。それでも止められなかったのは心の底では音の里に向かいたかったからだ。
確かめたい。一度でいい、会って確かめたかった。
きっと拒絶されるだろう。サクラには分かっていた。
何故なら、ヒナタと同じくらいにナルトの事を考えていて、あの時ヒナタよりも近いところにいたのだから。
狂った歯車の上で
目が覚めたらいつもの通りアカデミーの保健室だった。
自分の背丈にちょうどいいベッドをぶっ壊したくなる。
なんで俺はこんなところにいるのだろう、そう悩んだがすぐに答えは出た。
いつもの通りアカリの上忍に喧嘩売っていたらいつもの通りアカリにぶん殴られて気を失ったんだ。今日は鉄バッドだったな、前回は木製だったの。
「やっと目が覚めましたか」
白の声が聞こえる。
嫌味を言われる前にさっさと出たかった。
「このベッドは俺には少し小さいんでね」
「少し、ですか」
「うっせぇ」
何だかんだ言って白にも感謝している。毛布を掛けてくれているし枕の上には氷嚢が敷かれてあった。少し気持ち良い。
「ありがとな」
「いい加減に妹から離れたらどうですか」
「そりゃ無理だ」
即答だった。
「まぁ、いいんですけどね。僕も人のことは言えません」
だろうね。
「だけど忠告は出来ます」
「あん?」
先輩様からのありがたいアドバイスかなんかか? そりゃありがてぇ。
「どんなことが起きても妹を理由にするな。それはアカリちゃんに対する侮辱です」
分かってるよ、そう言えなかった。
つまらない意地だけでは生きていけなかったから無理矢理作った礎に頼りすぎていたのか。
随分と駄目な兄貴だなぁ、おい。
「ありがとよ」
「気にしないでください。勝手な老婆心です」
「はっ、白はまだまだ綺麗だよ」
綺麗すぎて時々眩しいんだ。裏付けの無い二人が眩しくって見ていて辛いんだよ。
俺は部屋から出た。気分は最悪だった。
人はいつか誰かを殺す。誰を殺すかを知らないだけで、ただ訪れた時にそれを知る。
他人なのかも知れない。自分自身なのかもしれない。それすらも気づいた時には殺してる。
俺は自分だった。自分を下げたんだ。自分自身の価値を他人から下げて勝手に怒り狂ってた。そして自分を最上の不幸として取り扱った。
それを理由に色々殺した。
人だったり誇りだったり尊厳だったり、色々だ。
何度も見続けた。何度も殺してきた。泣いている人の前で何が何だかもう分からなくなってきた。
本当の俺を知らない奴らは俺を綺麗に見ようとする。俺が作ってきた最低な不幸野朗を真っ向から否定してくる。
分かっているのかな、俺は人殺しなんだよ。最低な奴なんだよ。即日死刑にされたって別にかまわないくらいに酷い奴なんだよ。
流れていった俺の血や他人の血が皮膚を焼き、俺の骨を砕き、俺の血の中に溶けていく。もう俺は俺だけの物じゃない。
左腕を見てみる。これは誰の腕だ? なんども付け替えられて誰の腕なのかも分からない。左目も俺の目じゃない。流れる血も殆ど入れ替えちまった。他人の血が順応してすでに変革して最初とは随分と変わっただろう。
音の里に住み着いて二年半、逃げ出してからの年月。ここは天国と地獄の紙一重。一歩踏み出して気が付けば地獄の時があれば天国の時もある。
昔が懐かしい。何だかんだ言って住み心地は悪くなかった。ただごねていただけだ。勝手に勘違いしろ、そりゃ俺のセリフだ。
もう、俺を赦してくれよ……つまらない逃げ口だ。叶う事なんて無いくらいに俺の罪は静かに静かに落ちて逝った。
あいつはもう俺に鳴いてくれない。誰も手を引いてくれない。
なのに、あの心臓の鼓動だけが俺の耳朶に染み付いて離れない。
肺がんになるぞ、次郎坊がそう言った。聞きなれた言葉だった。もう脳が拒絶しているワードの一つだ。
忍びの定理について忘れかけてもう何年も経つが俺は変わらずに人を殺し続けている。これが本当に忍びの役目なのだろうか、という疑問は絶えない。
田の国、そう云われるだけのことはある。辺りは田んぼと川ばかりだ。
煙草の残滓を取り消してくれるだけの効果はあるようだ。川を見ていると吐き気がしてくる。清涼で止まる事の無い川は嫌な奴らを思い出させてくれる。
そんな日々を過ごすだけで胸糞悪いのに不思議と心はスッとする。
「煙草は体に良くない」
随分と痩せた次郎坊が俺にそう言う。多由也とダイエットをしていたと聞いたが痩せたのではなくて随分と筋肉がついたようだ。殴られたら一発KOも笑えないな。
「ダイエットとやらは成功したみたいだな」
「俺は、な」
ああ、多由也は失敗だったようだ。そういえば次郎坊の体中に蹴られた痕があるような無いような。
「多由也はあれくらいがいいんだよ」
「俺もそう言った。そうしたらこれだ」
そう言って傷跡を見せてくる次郎坊の背中には更に踏まれたり蹴られたりの痕が多く残ってる。その途中で筋肉を見せてくるのは自己顕示欲が強すぎると思うが。忍びは隠す者だろうに。
俺は呆れつつ六本目の煙草に火をつける。そろそろ喉の奥が気持ち悪くなってきたがそれも味なんだと吸うのを止めない。
天を仰ぐと煙は風に消されていく。いつかは俺は煙のようだと思ったがそれも随分と格好いい表現だと呆れた。昔の俺は随分とガキだった様だ。
きっと今も変わらない。
「前の任務は君麻呂と一緒だったんだろ」
否定する事も無い。それに悪い事ばかりでもなかった。随分と懐かしい面々が見れて少し嬉しかった。
「ああ」
「随分と差が開いて皆焦ってるよ。鬼童丸以外だけどな」
ああ、鬼童丸か。あいつは最近新しいゲームを始めたらしい。昼間から変な奇声が聞こえたりして治療中に失敗しそうになる。
「グラフィックじゃねぇ! シナリオが大事ぜよ!!」
訳が分からん。部屋を覗いたら変なコードが散乱していたり随分と歩きづらかった。
それにしても皆は何に焦っているのかよく分からんな。俺の方が焦ってるというのに。
「俺が分からんよ。なんで皆焦ってんだよ」
次郎坊の顔色は困惑の色だ。それを無視して煙で輪を作ろうとしたが失敗した。あれってどうやるんだ?
「この前みんなで手合わせしただろ。惨敗だったって左近が言ってた」
あの時は次郎坊だけダイエットを続けてその他のメンバーで手合わせをしたんだったか。
「土俵が違うんだよ。俺とみんなは違う。左近と俺も違う。多由也だって君麻呂だって全員土俵が違うんだ」
俺と君麻呂は似ているタイプだろうが、少し違う。俺は左近のような暗殺は出来ない。多由也のようなあそこまでの広範囲の幻術なんて次元が違う。次郎坊の腕力だってもう諦めた。
ほら、俺には出来ない事ばかりだ。
大蛇丸が集めた同世代の奴らには特出した才能がある。俺は自分が限界を決め付けた自分の特技があるだけ。それだけ、それがとても重く付きまとう。
数年して戦ったらどうなるかな、なんの変化の無い俺と成長して輝いた皆はどうなるかな。
四方に広がる清涼なる川、俺には溝川がお似合いだよ。
一呼吸置いた。
「忘れるなよ。俺がここに来たのはもう道が無いからだ」
久しぶりだ。俺の視線に殺気を乗せるのは。
「勘違いだろ。足掻き続けてるナルトが言う言葉じゃない」
次郎坊は呆れるだけ。俺も呆れた。こんな簡単に返答を受けるとは思ってもいなかった。
「まいったな、完敗だわ」
肩を竦めて空を仰ぐ。空は笑っていた。俺も笑っちまう。随分と弱くなっちまった、ってさ。
「ぶち切れたナルトの殺気はこんなもんじゃないからな」
笑うしか出来ねぇって。
「ナルト!」
サクラ、のような声が聞こえた。まぁ、どうでもいい。
無視する事にする。
「そろそろ昼だろ。なんか食うか」
「俺は遠慮させてもらう」
「次郎坊らしくないな」
「リバウンドは本当に怖いから」
「あ、そうだな」
前以上に太られたらこっちも困る。背中を任せられない。
「ナルトッ!!」
いい加減に苛立ってくる。昔からうるさかったよなぁ、お前。
「大蛇丸もいい加減だな。開放的にするのはいいがここまで開放的なのは頂けんよ」
「そう言うな。君麻呂にまたボコボコにされるぞ」
「うっせぇ。今のところ五分だ。さっさと行けよ」
「そっちで片付けろよ」
そう言って背を向けて歩き始めた次郎坊は少しかっこよかった。
「今度奢るよ」
「食い物以外なら喜んで奢らせてもらう」
「そりゃ残念だ」
「言ってろ」
そう言って瞬身の術で姿を消す。
あぁ、すんげぇ空気が悪い。
「久しぶりだな、サクラ」
俺の名前を読んでいたサクラには返事をする。隣で縮こまってる奴はどうでもいい。記憶なんてとっくに捨てた。もう戻ってこれるような状態じゃない。時間が経ちすぎた。
「ちょっと、ヒナタに言う事はないの!?」
うるさいね。
「ねぇよ。だからさっさと帰ってくれ」
なんか見ていると痛いんだよ。
「君麻呂達に見つからなくって良かったなぁ、おい。見つかってたら実験材料だ」
これは、脅しだ。早く帰ってくれ、そう願った。
頭が痛い。押し込めてた記憶が疼いてる。絶対に思い出す事は無いだろうが、なんだこの疼き。
「ヒナタはね、ナルトに会うためにここまで来たのよ!」
「知らねぇよ。勝手に来て何を言い出す」
「ナルトォッ!!」
サクラは俺を殴りに掛かる。
随分と速くなった。中忍の上くらいか、いい踏み込みだ。
体の動かし方を知ってるな。かなり強くなった。俺の知っているサクラとは随分と離れてしまったようだ。
それでも遅い。遅すぎる。
軽く、それでも特殊眼の無いサクラには目が追いつかないくらいの速さで避ける。
「言ったよな。今のサクラのままでいてくれってさ」
姿を見失って動きの止まったサクラの背後に回ってそう言う。
「私は私よ。変わってない」
んじゃ随分と俺は変わっちまったなぁ。もう思い出せねぇよ。くだらな過ぎて思い出そうとも思えないけどね。
少し、疲れた。
「俺はね、音の里の忍びだ。木の葉の忍びは嫌いでね、殺したいくらいなんだよ」
なんと言おうか。悩んでいたらそう言っていた。呼吸を音が静かに脳に伝わってくる。息が切れかけている。下を向いた。惨めな俺の両足が少し震えていた。
やばいな、少し参っている。
「…ナルト君」
二度と会おうとは思わなかった。記憶の欠如、俺は何をしていたのかが分からない。目の前のヒナタは俺にとってなんだったんだろうか、それだけが気になってくる。
音の里での支障を防ぐために記憶を殺した。その傷跡が疼いて止らない。
忘れていた波長、その声は俺にとっては重かった。
落ち着け、落ち着け。悟られない様に歯を食いしばった。きつく、強く、血が出るまで。血の味は俺に冷静を与えてくれる。覚ましてくれる。全てを――憤りすら。
アカリには見せない、作った顔で精一杯に顔を上げた。
「ヒナタ、だったかな」
顔すら思い出せない。声すらも、仕草すらも覚えてない。
怖いね、それらは未知になってしまった。
日差しとともに小さな影が交差する。地面ばかりを見つめてばかりなのは昔から変わらない、そう感じた。記憶はないのにな。
ヒナタの顔を見ようと徐々に視界を上へ上へと広げていく途中で、ついつい苦笑してしまう。理由が分からない、きっと昔の俺はこうしていたからだ。
「……変わってないね」
嫌味じゃない。ヒナタの目が語っている。記憶の通りであった喜び。
「どうだろうね。そこらへんはよく分からないな」
変わってないよ。俺が俺である事は。あいつが笑っていた俺、アカリの兄になった俺、変わっちゃいけないものばかりだ。
「久しぶり、でいいのか」
「うん」
ヒナタは目を細めるように笑う。なんだろう、何も感じない。頭痛は治まらないのに衝動的な物は感じやしない。こう言ったシチュエーションだと前の記憶が疼くってのが定番だってのに以前の俺は相当この娘の思い出を消したかったのだろう。
「そんなに変わってないか、俺は」
以前の俺と違うわないのか。それは本当なのか。俺は興味本位で零した。
「変わってないよ」
噛み締めるようにそう口にするヒナタの表情は痛々しい。感情を読み取るのに白眼なんて使う必要ない。使わなければならないような経験不足な俺でもない。
二年振りの出会いにしては妬けに感情的だなぁ、と一人心地する。
俺も二年前を振り返ってみる。
あそこにはサスケがいた。シカマルがいた。チョウジがいた。リーがいて、ネジもいて、テンテンがいた。シノやキバもいたな。もちろんサクラとヒナタも、だ。木ノ葉には少し長く居過ぎた。その記憶は美しくさえ思えてくる。
笑い合っていた。殴り合っていた。そして結局あいまいなままぬるま湯に浸かっていた。
だからこそ、笑えてきてしまう。
あんな綺麗なところに俺がいたことが、滑稽。場違い、ってのがこれほど似合う人間もそうはいないだろう。大蛇丸がキャバレーにいるようなもんだ。あっちゃいけないことだね。
「俺はね、木ノ葉にいちゃいけなかったんだよ」
そうだ。そう答える自分がいる。
「俺はただの人殺し。ヒナタ達は立派な忍びだ」
忍びの定理、何度も考えたが結局一つの答えしか出てこない。
「里の為、国の為、そして人々の為に任務をしたことなんて一回もない。どこかで打算して結局は自分の為なんだよ。里の皆を家族だなんて一回も考えた事がない。吐き気がするよ。正直、あの糞爺は死んでくれてホッとしている」
忍びの定理、それは国の為、里の為に命を掛けて任務を全うする奴等のことだ。
それならば、俺なんかただの人殺しだ。
自分の為にしか人を殺せない。アカリの為だっていつもの通り自分を正当化して勝手に勘違いしているただのガキだ。
一人で安穏を噛み締めたかった俺をアカデミーなんて世間を知らない糞ガキ共の巣窟に放り込んで自分は良い事をしたとほくそ笑んでいたあの火影を心底ぶっ殺したかったんだ。あの時ほど人の気持ちが分からない人間を不良品だと罵った事はなかった。
俺に死んで欲しい奴等のために命を賭して任務をする必要はあったのか。そんなことはある筈がない。死んで欲しいくらいなんだ。出て行くのが普通じゃないのかよ。それで出て行ったらしつこく戻ってこいだ? 死ね。
ああ、俺は心底この世にうんざりしてる。
神様は世に対して不平等だ。親はこの誕生を望むがその子が自分の誕生を切と望むとは限らない。
こんな醜く美しい世界を見るくらいなら誕生なんてしたくなかった。そう、したくなかった。
今は感謝しているところも少しはある。仲間をくれた。家族をくれた。生きているという実感をくれた。
だが、それは木の葉で手に入れたものじゃない。木の葉からは失望と絶望しかもらえなかった。それならば俺はそこに居続ける必要なんてなかった。
だけどお前等は違ったよな。
「なぁ、ヒナタ」
俺はきっと笑顔だ。これほど滑稽な事はない。どうやらこいつ等には俺にこびり付いた汚れが見えないようだ。何度も重ねてきた罪というのを感じない。
こいつ等の中では俺は真っ白な存在なんだろう。木の葉で少しは真っ白なところを残したいなんて思っていたが無駄な行為だったようだ。こいつ等は俺の想像を超えるほどの馬鹿だ。
ヒナタは俺の呼びかけに期待の色を添えている。馬鹿だねぇ。いや、本当にさ。白眼なんて大層な目を持っているのに一番最初に気付かなきゃいけないことに気付けやしない。
「帰れ」
その一言で時が止まるように動きが一切止まった。
ヒナタは俺の言葉を噛み締めるように吟味しこう言った。
「嫌」
カブト先生の話では気弱だった筈。何がこの娘を強くしたのだろう。俺かもしれない…いや、それは自惚れだ。
「調子に乗るなよ」
押し切る。
「調子に乗っちゃいけないかな」
知らない。記憶にない、なんて次元じゃない。きっと記憶を持っていたとしても今のヒナタは知らない。
「調子に乗らなきゃ誰だってここまで来ないよ」
押し切れない。完璧に俺は飲まれてる。数回しか言葉を発していない目の前の女に俺は飲まれてる。
今の感情はなんだ。楽しいのか、悲しいのか。愉悦、きっと楽しんでいる。
面白いね、これはこれで楽しみがある。
「前の俺のことは知らないが今の俺ははっきり言ってお前が嫌いだよ」
「そうだよね。私も私が嫌いなの」
「だろうね。かなり自己中心的だよ」
「ナルト君には負けるよ」
「あんまり褒めるなよ。ただ追い返すつもりだったのによ」
「やっぱり変わってないね」
「ありがとう」
「二人とも不器用すぎよ」
サクラの言葉が合図だった。
ヒナタが俺の背後に現れた。
現れると同時に次の動作が終えている。風が教えてくれているから白眼を使う必要なく俺はしゃがみこみヒナタの蹴りを避ける。
脚が通過した後に風を切る音が聞こえる。
「なんつー蹴りだよ」
感嘆を通り越して呆れてくる。無駄な動作は普通の目では分からないほどに洗練されていて美しくすら感じる。
蹴りまでも柔拳になっているから掠っただけで悶絶だろう。体術だけなら上忍級だ。嘗めていた訳ではないが改めてヒナタの実力を体感する。
「風を使うんだね」
ヒナタの肘鉄、払い、蹴りの連携を同じ程度のチャクラを込めた左腕で受け止めながら俺は答える。
「ナルト君がいた頃はいつも風が吹いてた。それもナルト君だったんだ」
「へぇ、気付いてたんだ」
「うん」
そこそこの速さで動いている筈なのだがヒナタはしっかりとした踏み込みで追尾してくる。白眼で俺の動きを視てかなり修行したのだろう、良い足運びだ。
「サスケなんかよりもよっぽど強いぜ」
「サスケ君に会ったんだ」
「この前の任務で重なってね」
「今頃は病院?」
「はっ、よく分かってるね。死んでるかもしれないけどよ」
ヒナタの拳がぶれて見えた。紙一重で後ろに跳ぼうとしたが空気が揺れた。俺は空気を踏んで更に後ろに跳ぶ。
俺の風の結界に穴が開いたのを確認した。拳から掛け離れた場所まで穴が開いている。
「柔拳の遠当てなんて知らねぇぞ」
ヒナタは俺の速さについていけなかったのか一呼吸後に此方を向いた。その目は驚きの表情で占められている。
「おいおい、さっきまでのが全速力だなんて思わないでくれよ。結構高く評価してるんだぜ、ヒナタ」
写輪眼すら追いつけない速さを手に入れるだけに二年は必要だった。違うな、誰の目にも映らなくなるのに二年も使った。
リーが何年も体術に使ったのと同じだ。俺は速さを欲した。それだけだ。
例えよく切れる刀を持っていたとしても振るう速さが並ならば意味がない。
例えよく切れる刀を持っていたとしても何処を切ればいいのかが分からなければ意味がない。
例えよく切れる刀を持っていたとしても先に斬り付けなければ意味がない。
妥協なんて出来る筈がない。アカリの兄貴が誰よりも強いんだって証明したかった。これが強くなろうと思った本当の理由だ。
「正直俺をあんまり困らせないでくれ。女子供は傷つけたくないんだ」
写輪眼も白眼も所有者の実力に伴って成長していく。写輪眼のみが最強なのではない。所有者と共に強くなければ宝の持ち腐れだ。
今のヒナタでは感知できない速さで背後に回り込んで脳髄から意識を落とさせる。
「ヒナタッ!」
サクラの叫び声、うざい。倒れ伏すヒナタ、うざったい。
なんでだろうかな。気分がとても悪い。間違った事をしたんじゃないかと心に呵責を感じる。
「もう一度俺の目の前に現れたら次こそ殺す」
駄目だ。俺が崩れそうだ。
「う~家に帰っても誰もいないし」
「ごめんよぉ」
そう言って頭を下げる。なんでだろう、まるで道化だ。
家に帰るとアカリがいて、そして俺は笑う。ホッとしてしまう。ここが自分の居場所なんだと言い聞かせてしまう。する必要も無い筈なのに言い聞かせてしまう。
自己嫌悪、堪らない。全てが夢のように思えてしまう。目が覚めるとそこは未だ木ノ葉でこれは俺の願望なんじゃないかと思えてしまうくらいに俺は幸せだ。
「兄さん…顔色が悪いよ。大丈夫?」
顔を覗き込んでくるアカリの頭を俺は優しく撫でて、
「あぁ、大丈夫だよ」
全てが狂ってやがる。
もう、止らない。止れない。
簡単なあとがき
私の体調が文に表れているのがよく分かる。ナルトの実力は速さしか成長してません。腕力は中忍試験の時よりも落ちてますね。後、ヒナタファンの人はすいませんでした。説明臭い文章だったので書き直す確立はかなり高いです。寝不足と集中力不足が重なるとこうなることが多いようです。