「……俺って結構強いかも」
すっかり暗くなった霧隠れの里の端っこで俺はそう呟いた。
聞こえるのは霧雨が地面に叩き付けれている音と、
「その様で何を言い出すかと思えば」
呆れ返っている君麻呂の声だけだった。
ザーザー、雨は止まらない。左腕から流れる血が雨と混ざって鮮やかな緋色を作り出していく。
左腕が死んでいる。
防御の術なんて覚えていなかったから唯一の盾として使っていたのが仇となった。
写輪眼は最も親しい者を殺そうとした時に更に進化すると言うが、まさかこんな時になるとは思ってなかった。
悪い気がしない。
更に強くなったカカシと、痛み分けだったのだから。
「もしかして、俺って天才かもな」
ほとんど冗談だった。
こんな間抜けな状態で笑っていられる俺が天才である筈がないのに。
まったく笑ってしまう。
君麻呂は呆れている表情を変えることはなかった。
そして、また呆れているという声で続けてくれた。
「ナルトは昔から天才だ」
狂った歯車の上で
知らない天井だ、と言いたかったが見慣れた病室だった。
俺は生きている。それだけを確認してまた目を閉じた。
再び眼を開くとそこには綱手がいた。
何のようだ、そう口に出そうとしたが顔中に巻かれた包帯で思ったとおりに喋れない。はっきり言って息苦しい。
どうにかして欲しかった。
それを申請しようとしたとき綱手の口が開いた。
分かっていた。今の綱手は機嫌が悪いということくらい。
「ナルトと戦ったらしいじゃないか」
今の俺はふごふごとしか言えない。否、口を動かせない。
「いつもの通りボロ負けだったようだね。今回は今までで一番の重症だよ。体中の骨が逝かれてる。全治五ヶ月でも短いくらいだ」
ここまでやられると本当は死んでいて実はうちはサスケとは他人なのではないかと錯覚に陥ってしまうな。
いや、確かに今回は今までで一番酷い目にあったと思う。
俺と綱手のため息は病室内で静かに重なった。
「俺は…どうやって帰ってきたんだ?」
口の包帯を取ってもらい俺は一番聞きたかった事を綱手にたずねる。
ナルトとその仲間が目の前にいるというのに俺を始末しなかった事が気になる。そして、如何にして木ノ葉まで帰ってこれたのかも、だ。
少なくとも動ける状態じゃなかった。死んでも不思議じゃない状態だった筈だ。
「後でカカシに礼を言っておきな」
綱手は静かにそう言った。
カカシ、か。あれほど罵倒を浴びさせたってのになぁ、やっぱり俺はガキだな。
カカシの言うとおりだったのによ。勝てるはずが無かったのに一人で突っ走っちまった。そんでまた死に掛けた。
「カカシは…どこだ」
謝りたかった。心のそこから、俺はカカシに謝りたかったんだ。
兄貴は言っていた。自分の器を試したい、と。
俺は自分の器ってのが分かったよ。
なんて、なんて、なんて――――ちっぽけなんだ。
さすが俺の息子だ…………懐かしい言葉だ。それがやけに眩しく見えてくる。
誰一人、俺の器に気付けやしなかった。気付いていたのは兄貴くらいか。なんたって兄貴は天才だもんな。こんな愚弟のことなんてお見通しだよ。
きっと期待なんて一欠けらもしてないんだろうな。
くだらな過ぎて、生かしておいたのだろう。今なら分かる。ナルトもそうなのかも知れない。いや、絶対にそうだな。
だから、そんな俺でも救ってくれたカカシに礼を言いたかったんだ。
しかし、綱手は渋っているようにこう言った。
「カカシはね……ずっと意識が戻らないんだよ」
頭の中で何かが砕けるような音がした。
「サスケがカカシと別行動を取って死に掛けた後にね、カカシは一人でナルトと殺し合ったのさ」
鳥が外で羽ばたく音さえも聞こえてしまうほどの静寂は初めてだった。
綱手の呼吸音も、俺の心音も、何もかもが聞こえてしまうほどに何かが壊れた。
「な…んで、だよ」
なんでカカシとナルトが殺し合わなければならないんだ。カカシはもう任務を降りると言ってた筈じゃなかったのか。
「だからガキは嫌いなんだよ。子供は何時だって公平だと勘違いしてる。全てが自分と対等じゃないと納得できないんだろ」
文句は言えなかった。
それに言える余裕もある筈が無い。実際に俺はカカシと対等になれた、そう思っていた。
カカシだけじゃない。ナルトともだ。ずっと対等でいようと思った。二年前のあの時から追いかけているつもりで何故か余裕があった。それはきっと俺の中で対等なんだと勝
手に勘違いしていただけに過ぎない。
「確かに、忍びの世界には子供や大人なんて存在しない。それでもこの世界で対等だと主張するなら、仕事も責任も対等に背負うんだよ。仕事を全うして責任を果たして結果
を出して、初めて対等だって主張できるんだ。なぁ、サスケ?」
「…ぐッ!?」
急に胸倉を掴まれる。
呼吸がうまく出来ない。視界に光点が幾つも見え隠れして目が痛い。何故こうまでされるのかが分からなかった。
それなのに、俺は綱手の目線から逃げる事は出来なかった。
「なぁ、サスケ…お前は何時からカカシと対等になれたんだ?」
「あ」
「数日前までたかが下忍だったサスケ、同じほどの年で上忍になって幾つもの戦場を駆けていたカカシは対等なのか?」
崩れていく。今までの俺の全てを俺が否定し始めている。
「仲間と共に里で暮らしている写輪眼の真の継承者、仲間の全てを殺されて…死んでしまった仲間の写輪眼を片目に抱え続けているカカシは対等なのか?」
「…あ……ぁ…」
もう、俺の中には何も残っていなかった。
全部壊れた。
防波堤の無い俺の瞳からは何かが零れていた。
綱手は泣いているサスケを一人置いて病室から出て行く。その表情は不気味なほどに無表情だった。
カチャッ、と軽い音を立ててドアが閉まるのを確かめて綱手は深い溜息を吐く。
「いや~本当にすいませんね。綱手様」
そう言って軽く頭を下げたのは意識がない筈のカカシだった。
「もう歩けるのかい」
「ナルトに見逃してもらったようなものですから」
そう言っているカカシの体には幾重にも包帯が巻かれている。
当たり前だ。カカシの体には幾つもの風穴が開いていたのだから。
「あの状態で木ノ葉に戻ってこれるのはお前くらいだよ」
綱手は呆れたような表情でまたため息。
「三度くらい死に掛けましたからね」
腹を摩りながらカカシは朗らかに言い切った。医者である綱手からすればそれは十分なほどに重症だった。
「でも綱手様、嘘はいけませんよ」
「嘘なもんか。実際にお前は意識不明だったんだからな」
「起きたのはついさっきなんですけどね」
「十分だ。生きて帰ってきて私は嬉しいよ」
綱手は本心からそう言った。カカシも分かっている。木ノ葉にたどり着いたときに最初に見たのは半狂乱に陥っていた綱手なのだから。
カカシは苦笑して再度、頭を下げた。
頭を上げたカカシは何かを覚悟した目で綱手を一度見た後、後ろを向いて歩き出した。
「そっちは部屋と逆方向だろ」
綱手は苦笑してそう言う。怪我のせいで調子が悪いのだろう、その程度の考えだった。
「ん、こっちですよ」
カカシは振り向こうとはせずに体を引きずるように足を進めていく。
「………どういうつもりだ」
綱手の眉間に皺が寄る。カカシが何を考えているのかが微かに分かった。
「どういうつもり、と言われましても」
苦笑する事しかできない様子のカカシはそれでも足を止めない。
「お前の体はサスケ以上に重症なんだぞ!」
いい加減苛立ってきた綱手は少しずつ進んでいくカカシの腕を掴もうとする。
しかし、それを止める一人の人物に気付けなかった。
「…ガイ」
カカシでさえ驚いている。綱手はそれ以上に驚いていた。何故ならガイは班員と共に長期の任務の筈であるのに。
「カカシが帰ってきたと聞いて死ぬ気で終わらせてきました」
歯を輝かせてガイは綱手にそう言うが綱手はガイに掴まれた腕で振り払おうと力を込める。
「驚いたぞ。カカシが倒れたと聞いて少し暴れ過ぎたくらいだ」
にこやかに笑顔を作っているガイの右腕は先ほどまでの倍は膨れ上がっている。体内門が開きかけている。そうでなくては綱手の怪力は止められない。
「ちょっと任務でね、俺も少し暴れ過ぎた」
カカシはガイがしようとしていることを理解してまた足を進める。
そんな二人を目の前に綱手は平常ではいられない。医者であるから分かるのだ。カカシがしようとしていることは今の体では無理だという事が。
「どういうつもりだ! 分かっているのか!? カカシは本来まだ意識がなくても不思議じゃないんだぞ!」
腕に更に力を込めガイを振り払う。ガイは綱手の怪力に押し退けられ壁に激突する。
しかし、ガイは更に吠える。
「綱手様はカカシのことをまったく理解していない」
静かであるが綱手の怒りを買うのには十分だった。
「カカシはやる気が無い様に見えて、誰よりも負けず嫌いなんですよ」
ガイが勝った次の戦いではカカシは更に強くなってガイを返り討ちにしてきた。そんなことを思い浮かべながらガイは言う。
「馬鹿なんですよ。私達は、誰よりもね」
カカシにはガイが眩しく見えた。綱手は理解できない。
見た目や性格はまったく違うのにこの二人は嘗ての仲間と重なって見えたのだから。
「……カカシは、分かっているのか。その体の状態を」
綱手はもう諦めていた。この問いの答えなど数十年前から知っている。この二人はあの二人と本当に似ているのだから。
カカシは苦笑いをしているような声で本心をぶつける。
「現状維持なんて、本当に糞だってことくらい誰にだって分かるんですよ」
ナルトと戦っている間だけで写輪眼に体力を奪われた。雷切りも刀で切り払われた。ナルトの速さに翻弄され続けて無力さを思い知った。
「現状維持に意味なんか無いんですよ。人は上がるか下がるかの二つしかない。俺は……下がるわけにはいかない!」
ナルトを止められなかった。自分で全てを終わらそうとした。そして全て失敗だった。完璧な、敗北だった。
思い出すだけでカカシは自分を殺したくなってくる。仲間を守る事を教えてくれた仲間を犠牲にして手に入れた力は自分が守りたかった物を何一つ守れなかった。
「このまま黙って何もせずにいて強くなれるのならその通りにします。しかし、そんなことはある筈が無い」
「だからってその体は無理できないんだぞ!」
それはカカシも理解している。自分の体だ。一歩ごとに悲鳴を上げているその体のことは誰よりも理解していた。
しかし、カカシは笑みを浮かべる。
それは綱手に対する物ではなく、ガイに対する笑みだった。
「自分を信じない奴なんかに努力する価値はない、か。良い言葉だよ、ガイ」
自分の班とはまったくの逆だ。カカシはそう思う。何故こうなってしまったのだろう、そう改めて考えようとして止める。
これは俺のせいだ、とカカシは結論付けた。
独善、そんなことは知っている。それがどうした。自分が悪いと思って何が悪い? カカシは常にそう考えている。
「俺は誰よりも自分を許せそうに無いんですよ。俺はなんて無駄な時間を過ごしてきたんだ、ってね」
思い浮かべたのは二つ。血を浴びながら駆け抜けた戦場と惰眠を貪って修行を疎かにしていた現在。
ぬるま湯に浸かって冷え切るまで気付けなかった自分に激しい苛立ちを感じていた。
ガイが班の担当になっても修行を続けていた事に呆れを感じていたがそれはまったく違っていた。ガイこそが唯一の正解だったということにカカシは気付いた。
「サスケにちっぽけと言われた。そんな人生は死んだも同然だと俺は言った。ナルトは俺の事をかっこいい、そう言ってくれた。もう何がなんだか分からないんですよ」
あんた、最高にかっこいいよ――――ナルトの目は最後までそう語っていてくれた。
それに気付いた直後、体は思ったとおりに動かなくなって殺されかけた。
ナルトは砂隠れの里を壊滅させた。数え切れない程の人を殺した。
それがどうした。ナルトだって自分の里のためにしただけじゃないか。俺とどこが違うというんだ。木ノ葉の為に何百、何千の人々を殺し続けてきた俺とどこが違うというん
だ。
あの時、あの時だけはカカシとナルトは対等だった。同じ頂上で殺し合っていた。
「世の中、納得のいかないことが沢山ある。何故こうなる、どうして、どうして…そればかり」
流れるままに忍びになり上忍になり暗部として生きて担当となって今に至って後悔をし続けている。
答えくらい選ばせてくれよ。俺の最高の答えを、くれよ。
カカシは止っていた時間を動かす。
「最後くらい…納得したいんですよ」
そうだ。納得の出来る答えなんて今までに在りはしなかった。だから、最後くらいは納得させてくれ。カカシの願い、それだけだった。
「行かせても良かったんですか?」
病院を出て行ったカカシを見送ってガイは横で同じようにカカシを見ていた綱手にたずねた。
綱手はまたため息を吐く。これほど簡単な答えなんてありはしない。
「止めようとしたってお前が止めただろ」
「さぁて、どうでしょうかね」
ガイはそう言って瞬身の術で姿を消した。それはカカシのように飄々としていた。
「男ってのみんな馬鹿ばっかだねぇ」
綱手はそう言って振り返って自室に戻ろうとするがその前にはサスケがいた。
カカシと同じようにまだ歩ける状態じゃないのにサスケは身体を引きずってここまで歩いてきた。
それが完治までの時間を延ばしているということに気付いていないのに綱手はまたため息。
本当に男は馬鹿ばっかだ、綱手の顔に笑みが浮かぶ。
「一ヶ月で俺を治せ」
カカシとの会話が聞こえていたのかもしれない。もしかしたら違うのかもしれない。そんなことは綱手にはどうでもいいことだった。
どんな事を言っても話は聞いてもらえない、それは分かった。
「死んだほうがマシなくらいにキツイよ」
「綱手は黙って俺を治せばいい」
未来が見えた。サスケの瞳にはそこまで遠くない先に面白い事が起こりそうな未来が綱手には見えた。
綱手は生来からギャンブラーだ。勝つ事が楽しみじゃない。その場では経歴など関係なく対等だから好きなのだ。
負ける賭けには慣れている、それが綱手だった。
「治療費は高いよ」
「払ってみせるさ」
「そうかい」
「勿論、後払いだからな」
「身体で払いな」
後に木ノ葉に新たな英雄が誕生した。
その英雄は絶滅したと言われたうちは一族の名を世界中に知らしめる事となる。
ここで一年飛ばして原作と同じ里抜けから三年後、という感じです。
あと二話くらい付け足してからそれを始めようと思います。かりんとじゅうごをどうしようかと考えてます。どうしよっかな~
最近はスイス製のアメにはまってます。美味しいですよ~