落ち着け。
俺ならばこいつ等を殺せる。
命を賭さずとも、だ。
この程度の奴等に命を掛けてたら一生を賭けてあいつを護れやしない。
殴られて一度頭に行った血が元のペースに戻るのを待ち落ち着いて相手を確かめる。
二人の男。
その内に一人、俺を殴りやがった男だ。
随分と若く見える。そして筋骨隆々とまではいかないが十分に鍛えられた筋肉、先ほど味わったがこいつの体術はかなりすごい。
はっ、まるでリーと戦っているみたいだ。
目の前の男の目を見ても何も読み取れねぇ。直感と体で覚えた動きで戦っていやがる。
やりずれぇとしか言えないな。
もう一人の男は、なんか中途半端だ。
忍術も使いそうだ。幻術も使いそうだ。体術も使いそうだ。
そんな感じ。顔は少し疲れているような、そんな感じ。
格闘バカとは違って静かなチャクラを感じるが、それが脅威になることは無いだろう。本当に普通、普通過ぎる。
まぁ、ぶっちゃけて一番厄介になるのは――――サスケだ。
右後ろの建物の天辺で隠れているつもりなのだろう。木ノ葉には白眼があるということを知らないのだろうか?
教えたことは無いがさすがに気付くと思ったのだが、予想以上にうちはの末裔さんはバカのようだ。
笑えねぇよ。どっちにしても見られていることに代わりは無い。写輪眼でコピーさせられないようにしなくちゃいけねぇ分、めんどくせぇ。
それと、この雨も厄介だな。
これはサスケ以上の監視だ。俺の風と同じ性質を持っているのだろう。そして、ここまで広範囲に広げられる時点で実力は大体分かった。
勝てないわな、普通に考えて。
その上、ありゃなんだ?
紙吹雪のような物がちらほら視界に入っているのだが……これも監視と見ていいのだろう。
普通じゃ絶対にありえない物だらけだ。この里は。
暁の奴等なんだろうが、何故か戦う気だけはしてこない。寧ろ、逃げなくてはいけないよう感じてきさえする。
まぁ、どうせ先生の実験の後遺症か苦手意識が出来ちまったくらいだろう。
今はそう関係ない。無視だ。
一番の問題はやっぱり監視だ。
手の内は見せられない。
「ああ、やっぱりやりずれぇ」
君麻呂、まだかなぁ。
狂った歯車の上で
「ああ、やっぱりやりずれぇ」
そう言ったナルトの表情は本当に憂鬱そうだった。
きっと何かの演技だろう。
俺が知っているナルトならばどんな状況でさえも可能にする。どんな逆境だろうと相手を殺しつくす。砂隠れの里がいい例だ。きっとあれの主犯の少年とはナルトに違いない。
「おいおい、啖呵切っといて逃げるなんてねぇだろうな」
ナルトを殴った男がそう言うとナルト表情を変えずに、
「もし良ければ」
そう言った。
きっと演技だ。
あの表情の裏側にはきっと肉食獣のような表情が隠されているに違いない。
「ふざけんじゃねぇ! お前等だろ、俺等の仲間を殺して回ってるのは!」
「ちげぇよ。そりゃ人違いだ」
ナルトは真顔でそう答えた。
俺も疑っていたのに、相手も同じようだ。驚愕の表情を浮かべている。
絶句、その例えが似合っていた。
「いきなり喧嘩売られたからさっきの奴は殺したが、他の人は絶対に俺じゃない。誓ってもいい」
ナルトは本当にすまなそうにそう言う。
確かに、さっきの状況はやらなければやられる、というやつだった。きっと何を言っても戦闘にはなっていただろう。
今もそうなのだが、これはタイミングが良すぎた。
相手が質問してきたのだ。ナルト本人から始まっていない分、相手はナルトの話を聞こうとしていた。
もう一人の男も言葉を無くしたような状態だ。これは戦闘が収まるかもしれない。
そう俺が思ったとき、
「信じてくれたら手術してやるよ。あまりにも重症のようだからな」
んなわけねぇだろ、そう言ってナルトは口に溜まった血を吐き出した。
またも驚かされた。もう俺等はなんの反応もできなかった。
それでもナルトの口は止まらない。
「昨日の二人は俺が殺したよ。本当に抜け忍なのかと疑うくらいに弱かったからあんた等の顔を見るまで信じられなかったんだよ」
刀を一振りし肩に乗せながらナルトはニヤリ、と唇を歪ませる。
ああ、あれだ。
ナルトは変わっていない。むしろ強くなってると思う。
ナルトが相手との実力差に気づけない筈がない。分かっている筈だ。この二人の実力を。
それでその態度、これで分かった。
俺とナルトとの差はまだ縮まってさえおらず、更に広がってしまった。
二人とも細かく肩が震えている。本当に頭にきているのは体中から溢れるチャクラでなんとなく分かる。
あれじゃあ、駄目だ。
ナルトには私情を捨てて挑まなければすぐに勝負は決まってしまう。
「ぶっ殺すッ!!」
ああ、もう駄目だな。
その時俺は写輪眼を使うことなく結論が視えた。
ゴロン、そんな擬音が似合う。
俺はそう思った。
ナルトと残りの二人がぶつかる、そう確信した直後にそんな音がした。
「「なッ!?」」
「……へぇ」
ナルトと二人の感想は逆だった。それはあたりまえだ。
音の発生した場所には四人分の頭が転がっていたのだから。
顔見知りなのだろう、だから声を上げて驚いたに違いない。
「だ、誰だ! こんなことをしやがったのは!? お前の仲間か!?」
錯乱気味の男はナルトにそう叫んだ。よっぽど驚いているのだろう、きっと里の中心まで聞こえる声量だった。
今日は既に四人の遺体が見つかっている。そして更に四人? 誰だ、そんなことが出来るのは。ナルトはずっとここにいた。
遠くからではよく分からないが遺体は死んでからまだ数分も経っていないと見える。ならば絶対にナルトじゃあない。
ますます混乱してきた。
男は更にナルトに叫びに近い声で問い質すがナルトは苦笑いをするだけ。何がなんだかわからない。
しかし、ナルトの代わりに答えを言う者が現れた。
「僕がこんな……変態の仲間だと思われるのは気持ちが悪いな」
そう言って建物の隅から現れたのは基本的に白色を基調とした服にまっすぐな黒髪が目立つ少年だった。
年は俺と同じくらい。しかし、壁を…とてつもなく大きな壁を感じた。
「俺よりも変態なお前に否定されるとは思ってもいなかったよ」
「黙れ幼女趣味」
「失せやがれホモ野朗」
どっちも最低だ。
「…お前等が俺の仲間を殺したのか」
ずっと黙っていた男、道を教えてくれた男がそう言った。
「その額当てから見て、音の里だろ」
ナルトは額当てを使っていない。後から現れた少年を見てそう察したのだろう。
「そうだよ。俺とこいつは音の里から来た」
「任務は貴様等を殺すことだ」
ナルトと少年はそう普通に答えた。何故、こうも平然としていられるのだろう。
カカシが昔言っていたな。同世代でもカカシよりも強い奴は多くいるんだと。
まさか、こうも実力差があるとは思っていなかった。
正直、俺が今までしてきたことが全て無駄だったかのように感じさえする。
「何故だ。俺たちはお前達にとって無関係の筈だ。任務とはいえ、どうしてこうまで出来るんだ」
子供が抜け忍の始末をするなんて、と思っているのかもしれない。
自覚しているのだろう。自分等はそこらの忍びに比べたら断然強いということを。それなのに臆することなく、それも無関係だというのに。
しかし、ナルトは言った。
愉快そうに笑いながら。
「無関係だから、だろ。どうでもいいんだよ、あんた等の命なんてさ」
「そうだな。貴様等の命など何処でも売っている団子以下にしか感じないな」
「お、珍しく意見が合ったな」
「僕達だけじゃない。きっと殆どの忍びがそう思っている」
「だろうね」
ナルトは笑顔で、その隣の少年は薄い笑みを浮かべてそう言い放った。
その言葉にもう一人の男がぶち切れた。
「ぶっ殺してやる! 絶対に生かしておけねぇ!!」
そう叫んでまたしてもナルトに殴りかかった。
四人も殺してきたもう一人の少年には危機感を感じたのであろう。そして一度ぶつかりあって殴るのに成功したナルトならば、とでも思ったのだろう。
こいつは脳みそまで筋肉のようだ。
「そっちは任せるぜ」
「ああ。すぐに終わらせる」
この二人には微塵も不安を感じさせない。
視線だけを交わして二人は互いの相手に向かって駆けていった。
「死ねッ!」
その一言と同時に拳が空気を穿つ。
「ボキャブラリーが俺よりも貧困だな、おい」
それを紙一重で避けるナルト。そして攻撃直後の隙を突こうと拳を握るが相手は既に次の攻撃の準備が終わっていた。
轟ッ! まさにその表現が正しかった。
大気を捻じ曲げるような蹴りがナルトの頭があった場所を通過していく。
ナルトは何度も隙を突こうとするがナルトが避けた直後に相手は既に準備が終わっている状態である。
さすがにやるよ。体術で普通の忍びを圧倒している。筋力は化け物のような特別なものは感じない。速さも神掛かったようなものでもない。一級品ではあるが超一級品ではない。
うまいんだ。とても、体のことを知っている。
どう動かせばいいのか、どうすれば如何に早く次の動作に入れるかを知っている。そんな動きを感じる。
技術が突飛して上手い。美しいとすら思える。
弾丸のような拳に剃刀のような蹴りが流れるように放たれている。それは一種の舞のように、既に準備されていたかのように迷うことなく。
今考えられる最高の手段を誰よりも速く行っているからこそ出来る芸当だ。それを人を殺せるまでに昇華させた奴の鍛錬と才能は感嘆だった。
「チッ!?」
それなのに奴は焦っている。
俺も困惑を隠せないでいる。
男の技量はずば抜けて高い。それは本当に、すごい。十分に鍛え上げられた筋力、そして切れのある動き。誰にも負けない判断力と度胸が男の体術を完成させている。
それなのに一度だって掠りもしない。ナルトには一度だって触れてさえいない。
「何でだ、って顔してるな」
そう言ってナルトは正面から襲い掛かってくる拳を易々と避けて後ろに跳び退った。
地面を擦りやっと動きが止まったナルトは息を切らしていない。その反対に男は少し息が荒くなっている。
「何故だ。何故俺の攻撃が当たらない」
相当自分の体術に自信があったのだろう。いや、自信を持っていい。あれはそれに値する程だった。
だが、ナルトには触れることすら出来なかった。
「確かに、あんたの体術はすごいよ。何がすごいって、そりゃ度胸もある。俺が言うのもなんだが、才能もある。そしてそれを支える鍛錬すら感じさせた」
そこまで言ってナルトは一息吐いた。
「だが、絶対的に足りない物があるんだよ」
「俺に…足りない?」
本当に困惑しているのが分かる。どう見たってかなりの年下のナルトが全てを知っているかのようにそう言うのだ。
「あいつ、君麻呂って言うんだけどさ。俺はあいつに助けてもらってばかりなんだよ」
そう言って少し離れたところにいる君麻呂と呼ばれた少年に視線を送る。男もつられて見てしまう。
俺も、そうだった。
ナルトがそこまで言う奴の実力が知りたかった。ナルトを助けることが出来るほどの実力、それを確かめたかった。
「誰にだって人を殺す時には感情は隠せない。後悔、憤怒、哀愁、そして愉悦。誰だって隠したふりをして何かしろを感じている。俺だってそうだ。隠そうとしてもそうしている自分に気付いちまう」
ナルトの言葉は何の抵抗もなく俺の中へ吸い込まれるかのように入っていく。男も同じように反応なく、小さく頷いた。
それはナルトの言葉に重さがあったからだ。まるで、自分のことのように話す。
俺は、駄目だ。後悔が、殺す奴の家族や仲間のことを考えると殺せなくなってしまう。だから、きっとずっと下忍のままでいたかったのかもしれない。
誰も傷つけることの無い下忍という立場を利用していたんだ。
自分はナルトを待つ、だなんてかっこつけて、結局は誰も傷つけたくないなんて女々しい良い訳だった。
「俺なんかよ、殺した女のことを忘れられずに死にたがってたよ。誰か俺を殺してくれ、そう思って人の恨みを買おうと躍起になってた」
雨のせいで分からないが、ナルトは泣いていたのかもしれない。
くそ、俺も今は泣いているかもしれない。
情けなさ過ぎて、自分が嫌いになり過ぎて、ちっぽけ過ぎる自分が…。
ナルトは絞るように声を出し続けた。それは全てを振り切ったように軽い声だった。
「だけど、君麻呂は違ったんだよ」
そう言われつい君麻呂と呼ばれた少年を見た。
君麻呂と戦っている、俺と最初に出会った男は一言で言えば器用だった。
全てが一流、でも全てが超一流ではなかった。
極める一歩直前で止めたかのような実力だ。
それで分かるのは奴の強さは過去に戦った再不斬並の実力だということだ。
判断力もある。全体的にバランス良く鍛えられている。安定した高い実力だ。ただ、ナルトと対峙している男と違うのは何一つも突飛した特徴がないくらいだ。
だからだろう。こう思ってしまったのかもしれない。
「どいつもこいつも子供らしくないな」
君麻呂と戦っている男はそう言った。
「大人というのは年が決めることではない」
「はっ、そりゃ確かだ」
君麻呂も体術タイプだ。
とても速く、それでいてバネをよく使った柔らかい動きをしている。男がクナイで応戦するがそれを腕でそのままガードをしているところからして服の下に防具でも隠しているのだろう。
とてもゆったりとした服の下には他にも何かがありそうだ。
「何故、お前達はここまで危険な任務を意図も簡単に実行できる」
君麻呂の蹴りが男の腹に入り少し飛ばされた。そして蹴られた箇所を押さえながら男はそう言った。
「怖くないのか!?」
君麻呂は無表情のままだった。しかし、少し笑った。年相応に。
「大蛇丸様の役に立てるなら、何でもやりたい」
その言葉にナルトの目が少し細くなった。
「その大蛇丸に良い噂は聞いたことが無い…利用されているだけだぞ」
男は搾り出すようにそう言う。
俺だって、何度もそう言いたかった。お前は利用されているだけだ。だから帰ってきてくれ、そうナルトに言いたい。
しかし、事実というのはここまで酷いものだとは思ってもいなかった。
「利用…いいじゃないか。してくれよ、それだけのことはしてくれた。ならば返さなければならない。何だってしてやるよ。本当に、それだけの事はしてくれたんだ」
ナルトがそう言ったんだ。理解するのに少し時間が掛かった。
「人に安定さなんて必要ない。不安定だから惹かれるんだ。大蛇丸様ほど引かれた人など、今までに会ったことがない」
「全ての辛い事や苦しい事、悲しい事を拒絶する必要が無いって教えられたのさ。間接的にだがな」
「噂など、所詮は客観的に見た感想だ。それは本人にとって空気よりも価値がない」
「束縛があるから、また立ち上がれる。悲しいと思えるから、喜びを実感できる。辛い現実があるから、夢が見れるんじゃないか?」
「それを与えてくれたのが大蛇丸様だ」
「ぬるま湯はつかっているのは気持ちいい。それが冷めたらきっと後悔するだろう。だけど忘れられないんだよ、そのぬるま湯ってのがどれだけ気持ちいいのかさ」
「冷ましてくれないよ。だからこそ、それが束縛に値する」
「ああ、そうだな」
短い会話だった。
それでも俺の人生を振り返ってもこれほど重い物は感じなかった。ナルトと君麻呂の全てを語っているような、そんな感じ。なんだろう、この嫌な感じは。
「君麻呂だけは本当に人を殺す時に他の感情が無い。必要ないからな、君麻呂にはさ」
そうナルトが言った直後のそれが現実になった。
「あいつが言っていただろう? 無関係とは本当に、どうでもいいことだ」
右手を掲げた。そこに風が集まる。辺りに降り続ける雨を吹き飛ばして尚風は集まり続ける。
写輪眼で覗くとそこにはかなりのチャクラが一本の棒のように収束されている。もうすでに性質変化すら終えている。速い、俺の千鳥と同じ速さだ。
形状変化もすぐに終わった。最初こそただの棒だったのが先端が針の如く鋭利に変わって一本の槍になった。
「はは、俺の人生は良いことが一度だって無かったぜ」
君麻呂のこの技の前でもう分かっているのだ。これで終わりということを。
「それは自分で決めることだ。良かったと思えなかった弱い貴様がその人生で唯一の悪いことだ」
更に風の槍は細くなる。風が空気を軋ませて鳴いている。歪ませて切り刻んで鳴いている。
「いい言葉だな」
それが最後の言葉だった。もしかしたら続きが合ったのかもしれない。しかし、もう言えない。
君麻呂がいつ放ったのかも分からないくらいに速く、男の頭部が吹き飛んだ。
「おいおい、あっちは終わっちまったぜ」
「……………」
「なに黙ってんだよ。安心して良いぜ、あいつはこっちには来ねぇよ」
「……チッ!」
こんな年下に見透かされている。そう奴の目が物語っている。
相変わらず素晴らしい体術だが一度もナルトに触れることはない。
どんなにスタートが速くてもナルトはすぐに追いついて避けることが出来る。俺ならばたとえ写輪眼を使ったとしてもすぐに終わるだろう攻撃をナルトは意図も簡単そうに避け続ける。
奴の瞳にも既に諦めの色さえ写っている。
「なんか飽きるんだよ。あんたみたいに何がしたいのかも分からずに努力した奴とじゃれるのがさ」
そう言ってナルトは消えた。そう見えるくらいに速かった。
そして男の背後に現れる。
もう、なんか次元が違いすぎる。
自分でも分からないくらいに、離れている。
コピー出来る速さじゃない。
圧倒的に惨めだった。
「分からないだろ。どうして俺が強くなりたいのなんかさ」
また消えて男の正面に現れる。
写輪眼を発動させているのに写してくれない。夢を見ているようだった。
「教えてくれよ。正直、強くなれば何かしたいことが出来ると思ってたが何も無かった。だから俺は里を抜けた」
「そうか。目的が無くても強くなれるんだな。良かったな、あんたは神様ってのに好かれてんだよ」
壊れた映画を見ているようだ。会話は正常なのに映像が途切れているようにナルトが消えては現れて何かを言っている。
「大切でさ、守りたい女の子がいるんだよ」
誰だよ。その女の子がヒナタじゃなかったのかよ。
「どんなに力があっても、どんなに技術があってもよ。間に合わなかったら助けられないって分かった」
ヒナタは苦しんでたんだぞ。泣いてたんだぞ。助けるために強くなったんだろ? なんで助けなかった?
「どうすれば、どうすれば、どうすれば……こればっかり考えてたんだ」
その間、ヒナタはずっと苦しんでたんだ。
「誰よりも速くその女の子を助けたい。誰よりもその女の子の許へ向かいたい。それだけを考えてると不意に分かったんだ」
正直、我慢の限界だった。
「ちょっと見てろよ。逃げてても良いぜ。すぐに殺してやるから」
ナルトがまた消えた。そんなことはどうでもいい。俺は生来から我慢強くない。もう無理だったんだ。だから叫ぼうとした時、
「あんまり殺気立てるなよ。せっかく見逃してたのによぉ」
目の前にナルトがいた。
「………ここは八階建てだぞ」
「足には自信があるんだ。聞いてただろ」
「…ああ、他にも色々と聞かせてもらった」
「よく聞こえてたな…いや、写輪眼で読んだのか」
全部気付かれている。さすがに、やる。
「ナルト…守りたい奴がいるって言ってたな」
「ああ」
「ヒナタか」
「誰だ、そりゃ」
「ッ!」
殴りつける。しかし、簡単に受け止められる。
「子供のままだな、うちはの坊ちゃんは」
「皆、お前を待ってい―――」
視界が一瞬歪んだ。殴られたということに気付く。
しかし、軽い。軽すぎた。これくらい、今の俺ならば何度だって我慢できる。
「皆、お前を―――」
「うざいよ」
今度は視界が大幅にスライドした。色彩が歪んで気が付けば俺は建物から落っこちていた。
ナルトの右足の配置がさっきと少し違う事に気付けなければ蹴られたなんて思いもしなかった。それくらいに速すぎて視界に影が見えたと思ったらもう吹っ飛ばされていた。頭が割れたかのように痛い。
このまま気を失いたかったが、このままでは死ぬ。唇を噛み切って血の味で冷静に戻り体制を整えてなんとか着地する。
「――――――ぐ、ぇ」
着地して数秒後、急に胃の中が逆流した。
膝が震えて肺が脈動するように、本当に気持ちが悪い。
視界も歪んで抽象的。滲んだ絵の具の中にいるように、すべてが緩やかにさえ見える。
これは――――柔拳。
はは、久しぶりすぎて忘れてた。病院でもやられてたな。
きっと、視界は最後の蹴りだな。あれは強烈だった。
「うわ、まだ立ってるよ」
俺の背後にナルトがいる。
もう苦笑いしか出来ない。こりゃ、追いつけやしないぞ。俺だって上忍だっていうのにたった二回の攻撃で倒れかけている。
「…悪いか、よ」
喉が震えてうまく声が出ない。本格的にやばい。
次で死ぬかもしれない。
いくらか修羅場を潜って来たが、俺は自分の勘が鋭いということを知っている。だから分かる。
次で終わりだということが。
その、前に――――
「ヒナタが泣いてたんだぞ!! ナルトがいなくなって、お前がいないことを悲しんでくれてたんだ!!」
伝えなければ、
「弱いんだね、そのヒナタって子は」
だけど届かなかった。
ナルトの右足にチャクラが収束していく。それは原色の青のように濃く力強かった。
それは一瞬で風と変わった。辺りの雨や水溜りを一気に吹き飛ばす。俺は飛ばされないよう余力を使ってなんとか踏みとどまる。
「自分だけで精一杯、他人を幸せに出来ない俺は未熟者だ」
違う、人は自分だけしか幸せに出来ない。
声に出してそう叫びたかったがそれよりも速くナルトが動いた。
微かに見えた蹴りの軌跡、それに合わせる様に両腕を交差させて、ナルトの蹴りを受け止めた。
両腕が軋むのを最初から諦めていたかのように砕けていく。そして蹴りが終わる同時に体中が何かに押し潰された。
「あれ、生かしといた奴は?」
後ろで死に掛けているサスケを無視して振り返るとさっきまで這い蹲ってた男がいなくなっていた。
逃げたのかな。まぁ、どうでもいいんだけどさ。
「殺したよ。逃げようとしてたからな」
「可哀相だろ」
「任務だ」
白眼で遠くを見渡すと一人の男が倒れていた。胸にぽっかりと穴が開いていると処を見ると即死だな。
悪魔だな、こいつは。
「うちはサスケの方にはそういう感情がないのか?」
君麻呂は気を失っているサスケを見てそう言う。
形状変化と性質変化で風の塊を作って蹴りと一緒に風圧というのを作ってみたのだが、どうも威力が高すぎたようだ。
ありゃ骨中バキバキだな。生きてるのが不思議だよ。
「死ななきゃいいんじゃないか」
「そういう問題か」
「これは任務外だよ。殺せとは言われてない」
生きてりゃ面白いことになるだろうさ。
「それにしてもどうにかならないのか、この雨は」
「監視、だろ」
「殺し難いとしか言えないな」
「そうだな、俺はお前と違っていつも術に頼ってるから大変だったぜ」
「僕のは血継限界だからな。この任務では使ってないよ」
「即席で作った術も成功だったしな」
「それはお互い様だ」
そう言ってお互いに深いため息を吐く。
今回は疲れた。ターゲットが多かったこともあるがそれ以上に監視が多すぎた。
暁の奴等に、サスケに………そしてカカシもいやがる。
「おい、カカシ。いつまで見てるつもりだ?」
サスケが隠れていた建物の更に奥にある建物、そこにカカシがいた。
「ナルト、いつから気付いてた?」
瞬身の術でサスケの傍らに現れるカカシは真剣みを帯びている。
はっきり言ってさっきまで遊び半分で戦ってた抜け忍なんかと比べ物にならない空気がある。
こりゃ、少しやばいかも知れない。
「白眼を使った時に丸見えだったよ。逆に言えば白眼を使わなければずっと気付けなかった」
それは君麻呂が逃げようとしていた奴を殺したのを確認する時まで気付けなかったということだ。正直焦った。
「ん、忘れてたな。ナルトが白眼を持っていることを」
カカシはそう言って左目の布を取り外す。そこにはサスケ以上に存在感のある写輪眼がある。
どいつもこいつも写輪眼や血継限界、そして才能溢れる者達でいっぱいだ。
胸糞悪い。打っ壊してぇ。
なんで世間ってのはこういう不平等なんだろうね。怒りも過ぎりゃあ冷めてくるってもんだ。
「なんでサスケと一緒に行動してなかったんだよ。それが気になってたんだ」
この里の監視をし始めてすぐに分かったよ。あんた等二人がこの里にいることくらいな。
だからずっと一緒に行動しているんだと思ってたんだが。だからこそあんた等は殺さずにいたのに。だからあんた等の前に現れることなく全てを終わらせようとしてたのにさ。全部意味がないじゃないか。
「やる気がないと言われることには慣れたけど、ちっぽけだと言われたのは初めてだったよ」
右手で顔を抑えて空を仰ぐ仕草が、まるで泣いているのを雨で誤魔化そうとしているように見えた。
もちろん、サスケとカカシの会話も覗いていた。
どういった経緯でそうなったのかは分からない。何しろ途中までしか見ていなかったからだ。
だから二人が別行動を取っているのが不思議だった。何しろサスケは戦おうとしているのだ。実力差が分からないでもないのに。そしてそのサスケを止めるストッパー役のカカシもいない。
そのカカシは濡れた髪を書き上げて、
「俺は言ってやりたいよ。こんな人生死んだも同然だってね」
やばい、な。
こりゃ来るぜ、捨て身で、殺して死ぬつもりで。
正直、カカシに勝てる自信は半々だ。俺はまだカカシ級の奴と殺しあったことがない。大蛇丸は抜きにしてもだ。イタチなんて逃げるのがやっとだった。
真剣な場で殺しあうのでこれが一番強い相手だということを嫌でも知らされる。
「こんな俺でも、ちっぽけでもプライドはある。それを支えさせてくれ」
その為に俺に死ねとでもいうのだろうか。
同じことだ。俺だって支えたい物はある。それがたとえ矮小で崩れかかっていたとしても。
決まっている。
「どいつもこいつも勝手に勘違いしてやがれ!」
あんた、最高にかっこいいよ。
皆が勘違いしているだけだ。