「あら…一人で帰ってきたの」
部屋に入り次第に大蛇丸はそう言った。
想像していたのと逆だったのだろう。
「大蛇丸の言われた通りにしたつもりだぜ」
「私はてっきり連れて来ると思ってたんだけど」
「オレの目からして連れてくる必要は無かったんだよ」
あの時を思い出して、なんか腹の奥にムカついていく何かを感じた。
「オレのいない間アカリは大丈夫だったか?」
一応、聞いておいた。きっとオレが自分を安心させるために言ったんだと思う。
「多由也に預けてあるわ」
ちょっと安心できなかったわ。
「大丈夫なのかよ」
「多由也も一応は女の子だから大丈夫でしょ」
一応、ってつけるのか。
「知ってる? 意外とあの子にも女の子らしいところがあるのよ」
「マジかよ」
知らなかった。女の中の男だと思ってたからな、つうか五人衆の男全員が知らない事実だろうな。
「一週間って言っておいたのに随分と帰るのに時間がかかったじゃないか」
さっきの話を切って大蛇丸がそう言った。嘘はつけられない、そんな空気を醸していた。
「気分が悪くってな…他にも狩ってた」
草隠れの忍びを雇ってた大名を探し出すのには少し時間がかかった。思いの外に慌てたからな、あの時は。腹だ立ってそのままじゃ済ませそうに無かった。
二人の大名の家から取ってきた金を大蛇丸の目の前に差し出す。
「後味が悪い仕事ばかりさせるなよ」
殺気を込めて大蛇丸を睨みつける。
「それを完遂させる貴方も十分怖いわね」
大蛇丸にそうまで言われるようになるとは、中々出来るもんじゃない。
だが、なりたいなんて思いたくもねぇ。
今回の任務で思ったこと、そりゃ、
「割に合わない仕事だよ」
狂った歯車の上で
呪印を第一状態まで開放する。程よいイカレ具合になった脳には目の前の炎の竜巻は小さすぎた。
ベルトに携えていた刀の柄に手を掛ける。
蜘蛛粘金はチャクラを通さない。ならば、逆にチャクラはこの刀を通れない。
「暑いだろ? 風穴開けてやるよ」
腕を大きく上げて、唐竹に振るった。
チャクラに対して絶縁体であるこの刀に切られた炎の竜巻は縦一文字に大きく裂けた。竜巻ってのは常に動いているからオレが通った直後に穴は塞がってしまった。
「君…麻呂さん?」
その中にお嬢様はいた。
「残念だけど、オレの本当の名前はうずまきナルトだよ」
君麻呂ってのはオレの仲間の名前だ。
思ったとおりお嬢様は訳が分からない顔をしている。そのまま抱きしめているオレの身代わりにしといた里の青年が滑稽だった。
「君…麻呂さんなんだよ、ね?」
馬鹿みたいに聞き返してくるお嬢様に思わず苦笑してしまう。あまり深入りしないようにそっけなく扱っていたが思った以上に重症のようだ。
オレがお前のことなんて関係ないってことが分かんねぇのかよ。
「そりゃ偽名だ。オレの仲間の名前だよ、お嬢様」
なんかお嬢様ってのにハマってきたな、オレも音の里の奴等の仲間入りかもしれない。
「あぁ、寝起きだから綺麗だった髪がぐしゃぐしゃだよ」
起きてすぐにこっちに来たんだろう。単衣のままで来てやがるよ、この炎の塊を出すまで寒かったろうに。
そう思って後ろを向いてみる。回り続ける炎の壁がオレ等を囲って謡ってやがる。
いいね、ちょうどいい熱さだ。
「君麻呂さん…」
「ん?」
俯いたままの彼女がオレの偽名を呼んだ。つい答えてしまったのは四日間とはいえ使用人として接してきた習慣だ。癖になっちまった。
「私を…騙してたの?」
「そうだよ」
こういう時は変な嘘は言わない。余計な後腐りを残すといい気分で仕事が終われない。
「オレはね、人を殺すのが仕事なんだ。今日はまだ侵入者しかやってないけどね」
「可哀相なことって…そのことだったんだ」
「賢い子は好きだよ」
オレが気持ちよく寝てるってのに騒ぎを立ててた奴等は全部殺してきた。アカリが傍にいないってだけで眠れねぇっつうのに騒いでんじゃねぇってんだ。
しかも連日でやってきやがって、初日こそ眠らせただけだと次から殺してたね。殺して埋めて岩を置いてきた。
もう涙は流れていない、きっと枯れ果てたんだろう。可哀相なお嬢様だ。
「顔上げなよ、それともう泣かないでくれ」
オレがそう言って彼女の手を取って立ち上がらせる。その際にズルッと抱きかかえていた死体が床に落ちた。
「あっ…」
その死体に視線が向いていたのを顎をつまんでこっちに向かせる。
驚く彼女の顔は年相応の幼さを持っていた。アカリよりも二つ三つ年上だったと思う。
悲しそうな目でオレを見ていたね。
一人だったんだろ? ずっと孤独で、泣いていたんだよな?
分かるよ、彼女の目を見ていたら、自然と伝わってくるよ。
「頼むからさ、もう泣かないでくれよ」
そういって頭を撫でる。不安だったのだろう、震えていた体が手に伝わってくる。
彼女の頭はやっぱり小さくて女の子なんだなと思う。
腰まで伸びた黒髪は綺麗で誰にも汚すことができない美しさを持っている。崩れていた髪を手で櫛のように梳いて元の綺麗な状態に戻す。
「ほら、元通りだ」
いい石鹸を使っているのかな、彼女の髪からはいい匂いを感じる。石鹸も持って帰ろうかな? あ、もう燃えちまったか。残念だ。安い石鹸しか変えない兄ちゃんを許してくれ。
オレがあれこれ考えながら髪を摩っていると彼女はくすぐったそうに体を揺らした。
服越しに彼女の心臓の鼓動を感じる。そして同じように体温も伝わってくる。炎の中なのに別のぬくもりを感じた。
「もう大丈夫かな?」
そう聞きながら彼女の顔を覗き込む。
「君麻呂さん……」
さっきと違って体の震えも止まっていた。顔にも少し笑みが浮かんでいる。というか偽名って言ったのにな、そっちも癖になっちゃったかな。
「ん、大丈夫だね」
そう言ってまた頭を撫でる。小さい子にはこれが一番安心出来るって音の里に来てからそう学んだ。
だから言っておこう。
「泣き止んでくれて良かったよ。泣いている女の子を殺して喜ぶ趣味は無いからね」
「え?」
なにを驚いてんだ?
最初に言ったじゃん。
人を殺すのが仕事だって。
「後味が悪いんだよ。泣いてる女の子を殺すのがさ」
感情ってのは必要ないんだよ、人を殺す時は。あったらそれが枷になって腕が鈍るし後になって後悔するかもしれない。
震えだそうとしている彼女を軽く抱きしめる。
結局は殺しちゃうけどさ、嫌いじゃなかったよ。むしろ好きかな? でもね、アカリと出会ってから本当の恋愛感情なんて良く分からなくなっちまった。
惚れ込んでるんだよ、あいつにさ。他の奴なんか関係ないくらいにオレは惚れ狂ってるんだよ。
ぽっかり空いてた穴を埋めてくれたあいつがさ、今のオレの一番大事なんだよ。
ああ、よく分かんないわ。今の感情も、それがちょうどいいんだけどね。
「お嬢様、もう終わりですけど…最後に何かお願い事はありますか?」」
使用人の時の話し方で彼女にそう言った。これが一番安心出来るんじゃないかな? この話し方で話していた時が一番楽しそうだったしな。
彼女が顔を上げた時は、もうすでに炎の竜巻が建物の半分以上を飲み込んでいた。
「君麻呂さんが…欲しいよ」
小さな声だったが、ちゃんと聞こえていた。
悩む必要も無い。オレは答える。
「ちょっと、無理かな?」
オレの全てはアカリの物だ。あいつが望むなら心臓だって喜んで差し出すよ。あいつのおかげでオレはあのまま生きていられるから。止まれずに、壊れずに進んでいられるから。
「オレはね、もうすでに他人の物なんだ」
「そう…じゃあ」
本当は泣いているんだろうな、だけどもう残ってなくって泣くに泣けないから笑っている彼女がよく分からなかった。
よく分からない。オレが彼女をどう思っているのか、どう感じているのかが。
「本当のお友達が欲しい」
泣き腫らした目で、それでも今までで一番綺麗な笑顔でそう言った彼女をオレは抱きしめてた。
小さい、本当に小さかったんだな。
でも、それすらも許されていないんだよ。オレには、逆らえないんだ。逆らったら、今のオレが壊されちまう。
従っているから存在していられるオレの平和を守らなきゃいけないんだ。それの為に、自分に嘘はつけない。
「分かったよ」
オレは腕は振るった。
「おかえりなさい」
家に戻ると笑顔のアカリが待っていた。
大蛇丸が知らせを送ったんだろう。
「ただいま」
今は、アカリの笑顔を見ているだけで心が救われる。
この家で済むようになって帰りを待ってくれる人が出来た。それは奇跡のように嬉しく思う。
「一週間で帰ってくるって聞いてたのに…心配したんだよ」
そう言って服の裾を引っ張ってくるアカリの手は彼女よりも小さかった。
心配させ過ぎたのかな、家族失格だな。
「ごめん…」
つい腕を握ってしまう。どっちが年下かも分からない。
でも、アカリの手を握っていると不安が去っていく。暖かくて、冷めていたオレを解かしてくれる。
「なにか、あったの?」
顔を覗き込んできたアカリの顔を見たとき、頬に感じる冷たい感触に気づいた。
覗き込んできたアカリの顔があの少女の顔と被った瞬間、耐えられなかった。
オレが壊れた。