「最近とある大名が血継限界を取り入れた」
「んで、オレになにさせようってんだ。まさか、本当にただの護衛じゃないだろうな」
大蛇丸はオレの言葉に薄い笑みを浮かべる。
依頼はその大名が妻として取り入れた女の護衛。依頼人はその大名らしい。
あの大蛇丸が血継限界を目の前にただそのままなわけが無い。なんらかのアクションをいれる筈だ。
「貴方の目からしてその血継限界の能力が優れていたら事故を装ってつれて帰ってきなさい」
その女を除いた全員を殺せって事か。
相変わらず悪趣味な奴だ。
「もし俺の目からしてその能力が優れてなかったらどうすんだ」
何もせずに依頼料だけを貰って帰って来いってか? なんかつまんねぇな。
「どちらにしても事故は起きるわ」
「あん?」
「能力が大したことなければその事故で一緒に死んでしまうのよ」
「ああ…そういうことね」
前言撤回。面白そうな任務をオレに寄越してきやがった。
最近、血を見てなかったからな。溜まってんだよ、ストレスが。
「依頼料はどうするんだ?」
依頼人が死んじまったら貰えるものも貰えない。
だけど大蛇丸は素敵なアイデアをオレに授けくれた。
「賊に入られたんだ。お金なんてみんな持ってかれるわよ」
「別にオレじゃなくてもいいんじゃないか? 君麻呂でも十分だろ」
そう言って大蛇丸の背後に立っている君麻呂を顎で示す。
「戯言だな」
「あ?」
「僕は大蛇丸様を見ているのに精一杯だ」
「え、ああ…そう」
オレが他の里の住民だったら絶対に音の里に依頼しないね。
つうか依頼人を殺そうとしている奴が里の長って時点でお仕舞いだろこの里。これを他国に言いふらせば仕事なくなるだろうな。これって機密なんじゃねぇ?
「期間は一週間、それまでに見定めて実行に移りなさい」
パンッ! とクラッカーを鳴らしながら大蛇丸はそう言う。なんかいい加減うざったくなってきたな。
つうか人の目の前でクラッカー鳴らしてんじゃねぇ、耳が痛いっつうの。
「その大名はあまり人に好かれてなく週何回か賊が入るらしいわ。いい暇つぶしだろう?」
真新しいクラッカーの袋を破ろうとしている大蛇丸に君麻呂が骨で出来たナイフを渡している。
なんだろう、オレはなんでこんな奴のために働いてんだ? 嫌になってきたよ。
「んじゃ、行ってくるからよ。オレの留守中にアカリになんかあったらテメェ等を殺すからな」
オレがいなきゃ無防備なんだ。だから誰かが守ってくれなきゃ困る。
「分かったわ。あと、任務の帰りについでにクラッカーを買ってきてくれると嬉しいんだけど」
「君麻呂にでも頼んどけ、馬鹿野朗」
ああ、早く終わらせて旅行に行こう。
狂った歯車の上で
「それでねーーー」
今日も君麻呂さんとお喋りをしている私はやっと楽しいって感情を覚えた。
一人で遊んでいる時に感じてた楽しいってのは偽者で、君麻呂さんとお喋りをしている時に感じるこの嬉しいって感情が楽しいんだってことを。
「君麻呂さんはここに来るまで何をしてたんですか?」
最近私が夢中になっているのは君麻呂さんのことを知ること。
それと同じくらいに私のことを教えること。
もっと知りたい。もっと知って欲しい。
君麻呂さんはどう思ってるのかな?
「私は百姓でしてお嬢様に楽しんでもらうことはあまり分からないんですよ」
そう言って君麻呂さんは苦笑しながら答える。
そうか、君麻呂さんは農家の人なんだ。
「そんなことないですよ。私は君麻呂さんと話せてすごく楽しいです!」
私と近い年でここまで話した人は君麻呂さんが初めて。みんな冷たい目で私を見てた。理由は分からない、でも拒絶されているのには気付いていた。
だから私はこんなに長く話すのをしたことがない。
「本当に、嬉しいんです」
「……………」
困っちゃうよね、目の前で泣かれると。
でもね、本当に嬉しいんだよ? こういう風に取りとめもなく会話が出来るってのが、友達なんだよね?
「本当に、嬉しいんですよ」
「……………」
君麻呂さんが話すの止めちゃった。
どうしよう、嫌いになっちゃったかも知れない。
そう思っていると、やっと君麻呂さんが口を開いてくれた。
それは、今まで以上に柔らかくって、初めて私に向けられた感情の篭った声だった。
「少し…分かりますよ」
そう言う君麻呂さんの私に向けられた目は声音以上に柔らかくってすこしくすぐったかった。
「私もあの人に拾われる前まで一人でこんなに話したことは無かったですからね」
私だけじゃなかった。
少し、心が救われたような気がした。
「あの人に拾われて色々な事を教えられて本当に心から救われました」
私もね、今救われたよ。君麻呂さんに、心から救われてるんだよ。
「誰も私を見てくれなかった。その中であの人だけが、私を見つけてくれた」
心が吸い寄せられる。
君麻呂さんの一言一言に心が共感して納得して理解していく。
私もね、この広い屋敷の中で君麻呂さんだけが見つけてくれた。
「それで気付くんですよ。どんなに気丈に振舞おうとも、結局は一人というのは寂しいんだと」
「尊敬しているんですね、その人を」
今の君麻呂さんは妹の事を話しているときと一緒だよ。
その人に思いを馳せてる。
どれだけ、本当にその人を想っているかが分かっちゃう。
「そうですね、妹と同じくらいに大切な人です」
だろうな。顔に書いてある。
「忘れられないんですよ。馬鹿な私がどれだけ覚えが悪くとも捨てずに最後まで待っていてくれたのを」
今日の君麻呂さんは饒舌だ。
今まで抑えていたのを止めたみたいによく私と喋っていてくれる。
「捨てられるのが怖かった。そう思うだけで必死になれた。それがやけに鮮明に残っています」
私もね、怖いんだよ。
君麻呂さんが私から離れていくのが、もう顔が見れなくなるのが怖いんだよ。
月が綺麗だ。
月は誰よりも強いと私は思う。
暗闇の中でもただ一人だけ、一人だけなのに力強く光っていられる。
私もいつか輝けるかな、お月様みたいに輝けるかな。
「ねぇ…君麻呂さん」
「はい?」
私達って、友達だよね?
結局君麻呂さんは困った表情で答えてくれなかった。
「私はただの使用人ですから」
そういって言葉を濁すだけ。
少し、寂しい。
少し、悲しかった。
そう言って部屋から出て行った君麻呂を今日は視線で追うことなく眠りにつく。
なにも考えたくなかった。夢の中で静かに自分を慰めたかった。
やっぱり、一人だったんだ、って泣きそうな私がいるのが分かる。
誰か一人でもそばにいてくれたら救われるんだろうな… 。
でも、無理矢理に君麻呂さんをここにいさせたのなら、きっと君麻呂さんは怒る。私を嫌いになっちゃう。
君麻呂さんは誰よりも妹と一緒にいたい。それをさせなくするときっと傷つく。
自分が傷つくのなら、平気だね。
仕方ない、それで我慢できちゃうんだよ。
誰かを傷つけると、悲しいね。
私のせいだって、我慢が出来ない。
「どうしたんだろ、今日は静かだよ」
私が来てからはうるさくなかった日はなかったと思う。
静かに部屋から出て行って屋敷を探検してみた。
部屋から出るな、とは言われてはなかったけど出ようとするといつも君麻呂さんが来ていけない状態が続いていたから。
今日は静かだし大丈夫だよね? 私はそう自分に言い聞かせて部屋から出て行った。
胃の中の全てを吐き出した。
吐き出しても止まらないこの悪夢。
嗅覚を無視して肌から浸透していく血の匂い。
肩から先に足があって、腰からしたに手がある変死体。
皮膚から全てをひっくり返されて死んでいる人。
体が半分以上溶けてしまっている人だった物。
屋敷の奥で地獄が私を待っていた。
君麻呂さんの死体。
それが私の目の前に鎮座している。
今まで見てきたいろいろな人たちのなかで一番それがひどかった。
顔は分からないくらいに切り刻まれてお腹の中身がすべて撒き散らかされている。
それなのに君麻呂さんって分かったのはきっと髪の毛が血に塗られていても金色が残っていたからだと思う。
胃の中はもう空っぽ。それでも胃液だけを吐き出して私は泣いていた。
涙がかれても泣いている。心が泣いている。
もう入らない。何もかもいらない。
そう思ったら体が弾けた。
「ったく、今度は忍びを雇いやがって…面倒だな」
そう言いながら襲い掛かってくる草隠れの忍びの首を飛燕で切り落とす。夜だから風なんて見ることも出来ずに思ったよりも簡単に倒せた。
そうとうオレの雇い主は嫌われていると見るね。他の大名が忍びを雇ってまで殺しに来るなんて。
汚いことにまで手を出してたみたいだからな、嫌われるのもしゃあねぇ。
オレが気づいたときには数人の忍びがこの屋敷に入り込んでほとんどの奴等が殺されていやがった。金目に糸目もつけずに上忍を雇ったんだろう。バレたら失脚だからな、金で解決してくれりゃいくらでも払うか。
しかし、もう雇い主も殺されてるだろうな。もとから殺す気だったから別に気にしないが。
好き勝手に注文ばっかしてた奴はオレが殺したかったのに。
あのお嬢さんも気の毒にな。血継限界を持っているか知らねぇが覚醒せずにつれて来られて訳も分からねぇみたいだったし。
ちょうどタイミングよく事件も起こった事だし殺っとくか。気が乗らねぇけどさ。
金切り声が聞こえた。
「ちっ…まだ生きてたのか」
忍び込んだ忍びに殺されてたら良かったんだが、オレが殺さなきゃいけなくなっちまったじゃねぇか。
女と子供は殺したくないんだけどな。それも両方とも備え付けてるあのお嬢さんはあんま殺したくない。
そう思っていたら思い掛けないほどの力強いチャクラを感じた。
敵か? そうオレは思い白眼を開眼させる。
そこに映ったのは巨大な炎の竜巻だった。それが周りを燃やして吹き飛ばしている。
視界の端に残り一人になった草隠れの上忍が燃やされて死んでいる。
際限なく肥大していく炎の竜巻を見てオレは思ったね。
あのお嬢さんは覚醒したんだと。白眼で炎の竜巻の中を見るとオレがこの時の為に作っておいた偽者の死体を抱え込んで泣いている。
「まったく、困ったお嬢様だな」
属性は風と火ってとこだな。風のおかげで火力が上がっていて普通の忍びじゃあんな曲芸染みた忍術できないわな。
このままじゃこの屋敷は全壊しちまう。その前に金だけは拾わなくちゃいけないと思いオレは金庫へ向かって走っていた。
影分身に盗んだ金を安全なところへ持って行かせてオレは改めてお嬢さんの方向へかけていった。
何故オレがあの女のことをお嬢さんと呼ぶのか、そりゃ名前なんて知らないからだ。
依頼人は教えてくれなかったしあの女はオレに聞くだけで自分の名前を教えなかったからな。ついつい君麻呂の名前を使ったのもなんだが相手も失礼だよな。
そんなことを思っているうちにもう炎の前に辿り着いた。迫力あるな、こりゃ。
最初の時の二倍近く大きくなってるのに竜巻の回転も炎の激しさも変わっちゃいない。むしろ強くなってやがる。
とは言ってもコントロールも出来ていないし暴走ってのが正しい表現だ。ここに来る際に考えていた基準を上回った評価は得られないね。
さて、どうしようかね。