「ランクBの任務を頼みたいんだけど」
「来週からまた農業の講義にいかなきゃいけないんで無理だ」
初心者のオレに色々な方法を教えてくれる優しい農家の人々を無碍にすることは出来ない。
ここに来てからもう一年経つというのに中々上達しないオレを見捨てずに熱心に教えてくれるあのありがたみは言葉じゃ表現できないんだよ。
「依頼は良家のお嬢さんの護衛よ」
「興味ないなぁ」
「かなり美人らしいわ」
「どうでもいいよ」
言っとくがオレは顔とかじゃ女は選ばないよ。そりゃ絶対って事は無いだろうけどね、最低限の顔は必要さ。
だけど最後にはやっぱり心なんだよ。
だからオレはそんな知らない女に靡かない。
「休暇あげるわよ」
そういや最近はアカリと外に遊びに行ってないなぁ。
「それも長期よ」
キャンプ行きたいなぁ。温泉でもいいんだけどなぁ。
「でも自費だろ?」
「依頼料と別にもちろん出すわ」
なんか気前良いな。顔だけでも気持ち悪いってのになんだこの太っ腹さは。
「なんか良い事でもあったか?」
そうなんだよ、この大蛇丸の部屋に入ってからずっと気になってたんだよ。ずっと似合わない笑顔でいるし机の上に使用済みのクラッカーがいくつもあったり。
なんか祝い事でもあったのかな?
「尾獣も五匹殺せたし暁のメンバーも二人倒せて気分最高よ」
なんだ、こいつ人の死を喜んでたのか。最悪だな。
「鬼鮫は白くんが倒してくれたしデイダラは五人衆が倒してくれたわ」
パンッ! と大蛇丸は新たにクラッカーを鳴らして一人悦に浸っている。
誰かー! 変質者兼危険人物がいますよー!
「サソリからは逃げ帰ってきたけど、十分な収穫よねぇ」
そういや次郎坊は入院してたな、確か毒を食らってしにかけたらしいが、オレはてっきり拾い食いでもしたんだと想ってたよ。
徐に大蛇丸は机の棚から札束を取り出してオレにそれを渡した。
あん? 小遣いかなんかか?
「クラッカーが切れたわ…買ってきてくれない?」
「行かねぇよ」
こいつ酔ってんじゃねぇか? この前オレが持ってきた時よりも酒の空き瓶が増えてんぞ。
「そういや、そのデイダラってのはどうやって倒したんだ? 五人衆つっても上忍くらいの強さは君麻呂くらいだろ」
うん、君麻呂は強いよ。大蛇丸の愚痴を言う毎に殺そうとしやがって、その度に二人とも入院だからな。
いつか痛い目にあわせてやる。
「ああ、デイダラね、あの子は……」
大蛇丸が何かを思い出すように顎に手をやって悩んでいる。アルコールでとろけた脳みそで思い出せるとは思わないけどさ。
「確か…君麻呂の早蕨の舞で空に逃げたデイダラを次郎坊が岩を投げて追い遣って鬼童丸の起爆札を大量に貼った弓で狙い打って誘爆だったかしら?」
相変わらずえげつねぇな。
鬼童丸の弓って命中率100%とか言ってなかったか? そりゃ虐めって言うんだよ。
白にしても五人衆にしても相性が良かったんだろうけど、ほとんど虐殺だよなぁ。
君麻呂からしたら喜んでやりそうだし。大蛇丸が喜ぶことならなんでもさ。
ああ、怖い怖い。
「それで、引き受けてくれるの?」
ああ、忘れてたよ。すっきりと。
「まぁね」
キャンプにしようかな、温泉にしようかな。
まだどっちも行ったことないから帰ったらアカリに相談しよう。
狂った歯車の上で
昨日までは幸せだった。
たとえそれが与えられた仮初の幸せであろうとも、今日からのことを思うだけでそれは本当に幸せだったと思う。
見ただけで上質だと分かる壁と障子、そして障子から差し込む月の儚げな光。
昨日までの安くって薄汚い部屋と明らかに違う部屋の作りに未だ慣れはしない。確かに、今の部屋の方が綺麗で清潔だけど、きっと前の方が良かったって私は思う。
広すぎる部屋の中央に敷かれた真っ白な敷布団を恐る恐る触ってみた。
ずきん、と右手が痛んだ。
昨日、大勢の男の人たちに掴まれた時に捻ったことを思い出した。
知らずに涙が出てきて勝手に自問自答してしまう。なんでこうなったんだろう、なんでここにいるんだろう、って。
「……結局答えなんて出ないのにね」
私がお金持ちの人に見初められた。皆そう口を揃えてそう言う。
本当にそうなのだろうか、私には自分に対してそんなに自信がない。
世の中にはもっと綺麗な人が沢山いるのに、なんで私なんだろう。もう少し見る目が合ってもいいじゃないかな、って思う。
「お食事の時間です」
急な男の人の声に私は体を震わせた。
もしかしたら私を買った人じゃないかって思った。そう、この屋敷のお金持ちの人は私を見初めたんじゃなくって買ったの。私はちゃんと見ていた。私を養ってくれていたお母さんの兄さんがお金を数えているところを。
あんな大金は生まれて一度も見たことが無かった。きっと売られたんだ、って理解した。
だけどこの男の人の声を聞いて少し安心した。
何の感情も篭ってなかった。事務的な声で、まっすぐに私に声を掛けてきた。
「どうぞ…入ってきてください」
私がそう言うと障子が音も無く開いて私と同い年か、もしくは一つ下くらいの男の子が入ってきた。
綺麗な髪、思わず見入ってしまう。金色で、まるで月みたいな冷たさを持ってるけど、それでもやっぱり綺麗だと思う。
「お食事はここでよろしいでしょうか?」
そう言って男の子は食事が載せられた膳を私の前に音を立てないように置いて尋ねてきた。
本当に感情が篭ってない声だった。
「すいません…貴方の名前を教えてもらえませんか?」
前、私がいた村では友達は一人もいなかった。同世代の子供がいなかった、というのもあったけど、それ以上に皆が私を見る目が怖かった。
何もしてないのに、私は何もしてないよ、そう言っても変わることは一度もなかった。
きっと諦めてたんだと思う。あの村では友達なんて作れない、って。
だからかな、村の外で始めて会ったこの男の子の名前が知りたくなった。
友達になれるかな、なんてちっぽけな望みを持って。
「君麻呂…皆は私のことを君麻呂と呼びます」
君麻呂、君麻呂、君麻呂…よし、覚えた。
「それじゃ…次から名前で呼んでも…いい?」
いきなり図々しかったかも知れない。これで嫌われなきゃいいけど…。
「私はただの使用人です。お嬢様のお好きなようにお呼びください」
また、感情が篭ってない声。
少し、寂しいな。お友達ってこういうのなのかな? 私、持ったこと無いから分からないよ。
「それじゃ…これから宜しくお願いしますね、君麻呂さん」
一応、私はこの屋敷の中では偉い方になる、と思う。違うかもしれないけど、やっぱり分からないよ。
でも頭は下げた。礼儀は忘れちゃ駄目だって死んだお母さんが言ってた。
「……………」
君麻呂さんは私が頭を下げているのに気が付いていないのか立ち上がって部屋を出て行った。
少し寂しかったけど、同じくらい少しだけ嬉しい。
君麻呂さんは一度も私を怖い目で見てなかった。まだきっとチャンスはある。絶対に友達になってやる。
「明日の為にご飯食べて早く寝よう!」
ご飯は少し冷めてたけど、いつもより美味しく感じた。
「…ちょっと眩しい」
目が覚めたとき、太陽は既に真上に来ていた。
朝食を食べ忘れてしまったことを悔やんでいる私はやっぱり貧乏人だ。お金持ちのところに嫁いだとしても一日二日で変われるもんじゃないと理解した。
夜中うるさくて全然眠れなかったよ。夜中に騒ぐんじゃない、とつくづく思った。
そのおかげで朝食は食べれなかったし、お腹は減っちゃったし。いいことなんてないよ。
「お腹が減っているのでしたら握り飯ならありますよ」
「へっ?」
ぐぅぐぅ鳴ってるのが聴こえちゃったのかな? そうだったら死ぬほど恥ずかしいよ。
それに、声を掛けてくれたのが君麻呂さんだったか尚更だ。
「いいんですか?」
ここで否定しない私の食い意地に殺意を芽生えた。悪いところばっかり見せてどうするのよ、私。
「賄いですから、それに食欲が無いんです」
気が付いたんだけど今日の君麻呂さんは機嫌が良いみたい。なにかいいことあったのかな?
「ありがとうございます!」
ああ、美味しい。食用は最高の調味料って誰が言ったんだろう。座布団でも何でもあげたくなっちゃうよ。
それにしても昨日の騒ぎは何だったんだろ? お腹が減ってるのもそのせいだし君麻呂さんに恥ずかしいところを見られたのもそのせいだよ。
いつか成敗してやる。
最後の一口を飲み込んで君麻呂さんが淹れてくれたお茶を飲んで一息入れて私は君麻呂さんに尋ねた。やっぱり友達になるには会話って必要だと思うよね。
「それにしても昨日はうるさかったですね、君麻呂さんはゆっくり寝れましたか?」
私は全然眠れませんでしたよ。憎い、憎いぞ!
「昨日は賊に入られまして、そのせいだと思います」
「へぇ…結局どうなったんですか?」
「夜中だったのでよく分からないのですが…可哀相でしたよ」
そう言ってまた君麻呂さんが少し笑っている。なんでだろう、賊に入られたのなら良い事なんてある筈が無いのに。
それに可哀相って、どういう意味だろう。
「可哀相ってどういう意味ですか?」
いやぁ、我ながらストレートな質問だと思う。
学校とか行かせて貰ってなかったから勉強はもちろん全然出来ないけどこれは無いんじゃないか、ってくらいにストレートだ。
「可哀相は可哀相ですよ」
意味が分からない。そりゃ可哀相は可哀相だけど、それって答えなのかな?
私よりも君麻呂さんの方が頭がよさそうだから私じゃ分からないようなことなのかもしれない。
「すいません、仕事に戻らせてもらいます」
君麻呂さんが頭を下げてそう言うと置いてあった箒を手にとって門の方へ歩いていった。
「お仕事頑張ってくださいねー!」
私がそう言うと君麻呂さんはもう一度こちらをみて頭を下げた。
それが少し寂しかった。他人行儀のようで、私が夢見ていた友達というのと掛け離れた関係なんだと理解させてしまう。
だけど、今日の君麻呂さんはやっぱり機嫌が良いんだ。
だって、最後に私に声を掛けてくれた。
「今日は風が強いので体にはお気をつけください」
君麻呂さんが私に気を使ってくれたことにやっぱりこういう関係じゃない、という残念な気持ちと声を掛けてくれた、という嬉しい気持ちが交差した。
もう少し、もう少し話せたらきっと私達は友達になれる。そう思うと少しこの屋敷での生活もいいと思えてきた。
「君麻呂さんなんでこの仕事をしているんですか?」
夜になって君麻呂さんが食事を持ってきてくれた。今日、君麻呂さんと別れてから思いついたことを聞いてみた。
「お金が必要だからです」
君麻呂さんはそう簡潔に答えた。
君麻呂さんは私と同じくらいの年なのにこうやって仕事をしている。何かの事情があるのかも知れない。
「聞かない方が良かったですか?」
聞いちゃいけない事情があるかもしれない。私だって何故この屋敷に嫁いだのかを聞かれたら嫌だもん。同じかもしれない。働かなければらない事情があるかもしれないのに。
「いえ、そういうことは無いです」
そういえば君麻呂さんはいつも夜になると月を見ている。昨日だって私が食事をしている間はずっと月を見ていた。
なにか感慨深い物があるのかもしれない。
「ただ、私には妹がいまして」
「妹さんがいるんですか、やっぱり同じ金色の髪の毛なんですか?」
「黒ですよ。目の色も黒くって私とは似てません」
そう言った君麻呂さんの目はとても優しげだった。君麻呂さんは妹のことを大事にしているんだというのがひしひしと伝わってくる。
私と話しているよりも君麻呂さんは妹の話をしている時が一番安らぐということを知ってすこし悔しかった。
「大事にしているんですね、妹さんのこと」
何気ない一言だった。ただ、君麻呂さんから伝わってきて私が感じたことをそのまま口にしただけだ。
それだけなのに、君麻呂さんは優しい目で笑ってくれた。
「ええ、私の命よりも大事です」
ああ、本当にそうなんだろうな、って分かってしまうくらいに今の君麻呂さんは嬉しそうだった。
やっぱり悔しい。今の君麻呂さんは私を見ていてくれていない。妹のことを想って、妹のことだけを見ている。ここにいなくても、きっと頭の中で思い描いてる。
だから少し意地悪を言ってみた。
「君麻呂さんが金色の髪の毛なのに妹さんは黒色だなんて少し変ですね」
それに君麻呂さんの目は綺麗な青で透き通っているようだった。それなのに妹の目は黒いらしい。全然似てないよ。
「そうですね、私は嫌いなんですよ…この髪も、この目も」
「え?」
どうして? そんなに綺麗なのに、なんで…。
「出来ることなら…妹と同じ黒い髪と目で生まれてきたかった」
そう言って自分の髪を撫でている君麻呂さんからはそれが嘘じゃないって空気を感じた。
「なんで違うんだろう。どこか一緒だったら、せめてどこか一緒の場所さえあれば、といつも思ってます」
いいな、君麻呂さんにこんなに想われてるなんて、ちょっと嫉妬しちゃう。
私にはこんなに想ってくれるお兄さんもいないし、想っていてくれたお母さんももういない。一人ってどんなに無理していてもやっぱり寂しいなぁ。
「ちょっと…羨ましいです」
そう零していた。伝わって欲しい、私がどう想っているかを、私が君麻呂さんを求めていることを。
だけど、世の中は一番伝わって欲しいことがうまく伝わらないように出来ているってことが分かった。
「まさか、妹はこんな私に迷惑してますよ」
違うよ。きっと照れてるんだよ。
こんなに想われてるのって、そういないと思うな。
同じくらいの年なのに私と違ってしっかりしてる君麻呂さん。私と違っていろいろなことを考えて家族の為に働いている君麻呂さん。
なんでこんなに遠いんだろ。
なんでこんな出会い方しか出来ないんだろ。
君麻呂さんは私のことをお嬢様って呼ぶ。どんなに私が君麻呂さんって努めて親しく呼んだとしても。
それが義務だから? それが仕事だから?
二人の時だけでいいから名前で呼んでよ。
呼び捨てでいいから、サユリって呼んで。
いつまでたっても会いに来なくて、顔すらも知らない未来の夫なんていらないから。
私は君麻呂さんが欲しいよ。