里の空気が重々しい。
そりゃ里人の半分以上が殺されたら暗くなるさ。暗くならない奴がいたらそいつは余所者だ。
だけど、違う。
本心は違うんだと思う。
今まであった拠り所がなくなったからだ。
今まであった怒りの矛先を失ったからだ。
ナルト、それがその拠り所であり怒りの矛先であった。
里に具現した九尾が叫んだ。吼えていた。怒っていた。
今まで殺したくて殺したくて狂いそうだった。そして関係の無いナルトが辛い目にあっていた、と。
関係無い。勘違い。それを教えながら里人を殺していった。
嫌でも理解させれられただろう。恐怖がそれをさせたんだから。
「馬鹿だよな、ホント」
駄目だな。感情移入しそうだ。関係無い里の奴等まで嫌いになりそうだ。
今はそんなことをしている必要は無い。
今は自分を許すことのほうが大事だ。
そんなことをしなければ俺もそう長いこともなく狂いそうだ。
川の流れを見続ける。
止まる筈がないのに止まれと命令している俺がいる。
羨ましいと思う。何もしていないのに止まることをせずに前に進んでいる。目的地があるからだ。
今の俺の目的地ってなんだろう。
兄貴を殺す? 今じゃない。
一族の復興? そんなこと遥か先だ。
自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。
昨日のサクラの涙を見て分からなかったのか? なにが湧き上がってきただろ? 違うか? 違わないよな。
違わない筈が無い。もう決まってたんだ。
俺が立ち上がろうとした時、しっかりと聞こえた。
「悩んでいる時はいつだってそこに居たな…」
体中の身の毛が逆立った。
一瞬、本当に心臓が止まったとさえ思った。脳がぶっ壊れちまったんじゃないかってくらいに綺麗に働かなかった。
「………久し振りだな、サスケ」
何時だってそうだ。なんでアンタは、兄貴はそう冷静でいられるんだ。
俺は今にも全ての血が沸騰してしまいそうだってのに、
「うちは…イタチッ!」
なんでそんな冷たい目で俺を見るんだ。
「おやおや、今日は珍しい日ですね。二度も他の写輪眼が見れるとは、イタチさん。随分と貴方にソックリですねぇ」
知らない内に目が開いていた。随分と、キテいるな。冷静でいられるのも奇跡だ。ナルトのことがなければ逆上して突っ走っていた。
「………俺の弟だ」
まだ、俺を弟として見ていてくれている。
同じように、俺もまだアンタを兄貴として見ている。
忘れられない。忘れることなんて出来ない。忘れることなんて誰にもさせやしない。
「うちは一族は皆殺しにされたと聞きましたが? 貴方によって……」
さっきから五月蝿い。
なんだ、兄貴の横に立つ男は。生意気だ。何様だ。
「俺以外皆殺された。父さんも…母さんも」
それだけじゃない。本当に殺されたんだ。冷たくなっていった同胞達を全て見た。だから、分かる。皆、死んでいた。
それを、思い出すと、狂い始めてくる。
頭の中で正常に回っていた歯車が、一つずつ、狂ってくる。
狂う合図はいつだって変わらない。
あの言葉が歯車を狂わせていく。
『愚かなる弟よ……この俺を殺したくば恨め! 憎め! そして醜く生き延びるが良い……逃げて、逃げて……生にしがみ付くが良い』
壊れた映写機が動き始めた。やはり、止まれることなんてなかった。
「兄貴の……兄貴の言った通り、兄貴を憎み、恨み、呪った。そして……兄貴を殺す為だけに………生きてきたッ!!」
ハート、それは何を指すのだろう。心臓か? それとも心か? 両方だ。
今はどっちも焦げ付きながら燃えている。
燃えた炎を雷に、それを俺のこの右腕に。
皮膚が弾ける。そして俺の想像した心臓のように放電する。
「千鳥……?」
千鳥は三発が限界。それをちまちまと予備玉なんて考えられていられない。
この一発が俺の三発分だ。
「うああああああッ!!!」
俺は今、狂っていた。
今だけじゃない。ずっと、ずっとずっと狂っていた。
妄執に取り付かれて狂っていた。
憎悪に踊らされて狂っていた。
だから、だろうな。こう思っちまった。
「…少し、疲れた」
少しでもいい。狂うことを休みたい。
何にも囚われずに軽くなりたい。何にも縛られずに歩きたい。何にも寄せられずに許したい。
だから、本心の片隅で少しだけ主張していたモノが零れちまった。
途中で失速した俺の拳は意図も簡単に兄貴に止められた。
兄貴の手は少し冷たかったけど、同じように少し暖かかった。
「何故…止めた」
兄貴の声が久しぶりに近くで聞けた。
少し、くすぐったかった。懐かしすぎて何年も会ってなかったって思い出した。
過去へ誘われる。それでも今はここが大事だった。
「一番じゃ、無いからだ」
「……………」
兄貴の腕に力が入る。骨が軋み始めた。
兄貴の性格じゃあ本当に折るな。呆気なく折るんだろうよ。
だけど、もう怖くない。
「生きていたさ。兄貴の言った通り、兄貴を憎み、恨み、呪った。そして兄貴を殺す為だけに…」
骨が壊れてきた。もう少しで砕ける。
痛いか? んな訳ねぇだろ。サクラの泣き顔と今のナルトを見ているほうが何十倍も痛ぇよ。
「今もそれは、変わらない。だけどもっと大事なことが出来ちまったんだ」
骨が砕けた。
痛みで卒倒しそうになる。叫びそうになる。泣きそうになる。
だけど、それらすら今の思いに比べれば順位なんて低すぎる。
「理解出来んな」
ああ、そうだろうよ。
兄貴はもう捨てちまったんだもんな。俺も一度は捨てちまった。
だけど、もう一回作り直せた。
それは、
「絆だ」
「……下らない」
もう兄貴には無いのか。
一欠けらも残っちゃいねぇのか。
もう、『あの』時に綺麗に置き忘れたみてぇだな。
俺は拾い直したけどな。最初は気付けなかった落し物、それでもこの里でまた拾えた。
この里だから拾えたんだ。この里だからもう一回作り直せたんだ。
折れていない方の手で折られた腕を握っている兄貴の腕を握る。
今度は冷たく感じた。
どうだ。感じるだろ。俺の腕は熱いだろ。燃えてんだよ。心からよ。
だから伝えてやる。その熱が兄貴に通じるように、俺が拾い上げた全てを教えてやるよ。
「いいか…一回しか言わねぇ。だから、しっかりと……聞いとけ」
今までに無いくらいに俺は燃えている。体中が焼け死にそうだ。
だけど、今はそれくらいが丁度いい火加減だぜ。
「…それはな、俺の大切な………仲間なんだよッ!!!」
俺の左腕が兄貴の腕を握り潰した。
骨なんて鍛えることは出来ない。俺みたいに毎日牛乳飲みやがれってんだ。
「チッ……」
腕を振り払われた。
その力で少し吹き飛ばされた。振り払われる際に兄貴の蹴りが鳩尾に入ったことは忘れることが出来なそうだ。
相変わらず容赦ねぇ。
「やはり…イタチさんの血分けた弟ですね」
腕をダラリと垂らしている兄貴に片割れの一人がそう言った。
「そう言うな…」
相変わらずな無表情。他人にはそう見えるかもしれないが、俺には困っているように見えた。兄貴は表情が作り難かったからな。
俺が折れていない左手で立ち上がろうとした時、突然巨大な影が兄貴達を包んだ。
次第に影は大きくなっていく。そしていつか聞いた声が聞こえた。
「よく吼えたな、小僧ッ!」
兄貴達が立っていた場所に巨大な蛙が鎮座していた。上から落ちてきたのだろう。そしてその上には伝説の三忍、自来也が立っていた。
「クク……伝説の三忍と謳い称される自来也様ですからね、準備を怠っている私達には少し厳しいですね……」
いつ避けたのかすら分からなかった。傷一つ付かずに兄貴達は蛙から十数メートル離れた所からそう言った。
「弱い者苛めなんてするたぁ……暁も小さくなったもんだ」
暁? なんだそれは。
三人は俺をそのままに睨み合いが続く。明らかに兄貴達は緊張している。
兄貴が緊張するほどに自来也という男は強いのか。
我ながら馬鹿だと思った。
兄貴が躊躇する程の男に対して、
「邪魔すんじゃねぇよ」
と、こうも言ってしまうのだから。
「小僧が粋がるな。こいつ等は子供が相手できるほど可愛くない」
「他人の兄弟喧嘩を邪魔してんじゃねぇよ」
ああ、折られた腕が痛ぇ。蹴られた腹が死に程痛ぇ。普通の兄弟だったらここまでしないんだろうけどな。
さすがに意識が遠くなってくるわ。
それにしてもせっかくの援軍に対して野次を飛ばす俺に兄貴達は逃げることを忘れている。
だから、今が最後のチャンスだった。
「俺が、兄貴を守るよ」
今言わなきゃきっと後悔する。今言わなければ一生言えないだろう。俺は忘れちゃいねぇよ。しっかりと覚えている。脳味噌に叩き込んでるんだ。忘れられっこねぇ。
「気が狂ったか…」
そう言う兄貴に出来る限り笑ってやった。気付くの遅ぇよ。俺はあの時から狂っているよ。兄貴の為にさ。
だけど、今は他の奴等の為にも狂っているだけ。
「兄貴を殺そうとする奴等を俺がみんな殺してやる」
「………今、お前になど興味はない」
失望した。そう兄貴が目で伝えてくる。
今の俺に興味が無いんだろ? ならいつか俺にしか興味が向かなくしてやるよ。
俺が兄貴の敵を殺してやる。俺が兄貴を守ってやる。それの為にどこまでも強くなってやる。
だって、
「兄貴を殺していいのは俺だけだ」
俺が絶対にテメェを殺してやるよ。
これはナルトが知らない少し昔のお話し。それだけだ。
狂った歯車の上で
「いい天気だね」
気が付けばすぐ後ろにヒナタがいた。
「あ、ああ。そうだな」
気配が読めなかった。いつからいたのかも分からない。
つい頷いてしまったが、どう見ても今日の天気はよくない。きっと午後には雨が降るだろう。雨雲が近くまでやってきているのが見えてさえいるのに。
これがいい天気だっていうのか? 今の俺にはヒナタの中が読めない。
少し、怖かった。
「こんな朝から修行してるんだ…」
そう、俺は修行中だった。
この前の綱手から召集の後から自来也は姿を消していた。きっと大蛇丸の動向を探っているのだろう。
カカシが任務の無い時は一緒に修行をするということでそれ以外は自己鍛錬が主だった。
ナルトに追いつきたい。そして横に並びたい。それが今の目的だ。
「そうだな…まだ追いつけそうにないけどな」
あいつの背中はまだ遠い。もう少し、もう少しだと思っていても実際には程遠かった。
手が届く、そう思ってもそれは幻想。実際のあいつの背中は大きく遠かった。
「すごいんだね…」
ヒナタは顔を俯かせてそう言う。
声の質からしてまったくそう思っていないのが分かった。
俺はなんて答えればいいんだ? 皮肉かもしれない。嫌味かもしれない。何度もナルトに言われ続けてた俺はあいつに何も答えられなかった。それが事実だから、それが本当だったから。
だけど俺はヒナタになんて答えればいい? きっと俺は答えらない。
「どうだろうな…俺には分からないよ」
なんでだろう。
今のヒナタは、怖い。
説明できるもんじゃないが、何か得体の知れない物を抱え込んでいるような気がする。
場所は木ノ葉の裏山、中忍試験中にカカシと修行していた場所だが、ヒナタといるとここは本当にその場所なのだろうかと思えてくる。
ひどく殺風景で、ひどく冷たい場所に感じた。
「そんなことないよ。きっとそれはすごいことだよ」
ヒナタが開花した花のような笑顔でそう言ったが、俺は背筋が凍っていくのを感じた。
「お、おい…ヒナーーー」
俺は止めるべきだったんだ。
すぐにでも、ヒナタとの会話を打ち切るべきだった。
そうじゃなきゃ、こんなにも悲しいことを聞かずに済んだ。
「もう手遅れなのにね…」
やっと思い出せた。
今のヒナタが浮かべている笑みが。
あれは、ナルトの笑い方だ。
違うな、ナルトに似せてるんだ。あいつみたいに露骨な笑い方じゃないが、きっと思っていることは一緒だ。
嘲り、哀れみ、怒り、殺意、憎しみ。そんな、同世代の奴がとうてい込められないような感情が込められた笑いだった。
「それは…どういう意味だ」
喉がカラカラだ。背中にはじっとりと汗が滲んでくる。
手遅れ、それがどういう意味なのかは分かっていた。だけど、納得できるはずが無い。
「組み手しよ?」
ヒナタの笑みは止まったままだ。まるで最初からそんな笑い方しか出来なかったように。
「組み、手?」
「うん」
意味が分からなかった。だけど、断れなかった。
きっとここで断っていれば、ヒナタが壊れそうだったから。
大量の感情を抱えたまま、どこかへ落ちていきそうだったから。
「……分かった」
「良かった!」
ヒナタは年相応の女の子のように喜んでいる。思っていることは年不相応だってのに。
可哀相だと思った。本当なら笑って好きな奴と一緒に話したり笑い合ったりしているってのに、可哀相だと思った。
「ただし、一つだけ条件がある」
「なに?」
動きを止めて俺を見てくれた。
少し、嬉しかった。
「組み手でもさ、俺が勝ったらヒナタが担ぎ込んでる全部を…教えてくれないか?」
塞ぎ込んでるとさ、辛いんだよ。
一人だけでいるとさ、心が痛むんだよ。
一人で大丈夫だと思ってもさ、やっぱり心が泣いてるんだよ。
俺がそうだった。
きっと俺も辛かったと思う。
きっと俺も寂しかったと思う。
だからさ、少しくらい分けてくれよ。
「負けること無いと思うけど、いいよ」
「そうか…」
それじゃ、ちょっと負けられねぇな。
一応、人生の先輩ってことで後輩に教授してやるよ。
「それじゃ、始めようか」
「……そうだね」
暗い目だな。昔は綺麗だったのにさ。ナルトが好きになったのも分かるくらいにさ、綺麗だったんだよ。ヒナタの目はさ。
それを取り戻せるというのなら、現実を忘れて否定して、この時間を取り零さないようにしよう。
確か、綱手を連れ戻しにヒナタと俺で自来也について行った時、ヒナタはずっと俺とは別の修行をしてたな。
《柔拳は既に完成された術だけにこれ以上変な術を覚えてもマイナスとなる可能性さえありえる》
自来也が確かそんなことをいっていた気がする。
ヒナタはどんな修行をしてたんだっけかな。
ああ、確かーーー滝登りだった。
滝を上らせるなんて馬鹿げた修行だと思ってたけどよ、今になって思うよ。
ヒナタにあれほど効果のある修行は無かったってな。
「どうしたの? 少しくらい攻撃してきてよ」
そう言って接近してくるヒナタの動きは中忍…いや、それ以上だった。
上半身と下半身が別の意思を持っているかのように理想的な動きで俺の間合いを侵していく。
体の動きにチャクラが追いつかないなんてそんなこともなく、脳が指令を出しているのとほぼ同時にチャクラが動いている。
こんなにも動きが変わるとは思っていなかった。
「サスケ君が攻撃しないなら…私からいくよ」
声は静かだっていうのに、ヒナタの攻撃は苛烈だった。
サァッ、と風が流れるような音がした。そう思いたくなるようなヒナタの左手。
微かに見えた軌跡を頼りに全力で身を捻り回避する。
そのヒナタの左手は俺の背後に生えていた木を抉っていった。
「はっ、どんな鍛え方をしてんだ」
「それほどでもないよ」
嫌になるくらいに涼しい声音、それとは段違いに激しい攻撃に俺は冷や汗を感じつつ体を動かし続ける。
もし、俺が体を止めたのなら、それはヒナタの攻撃を受けてしまった時だろう。
真横に降られた右手を半回転し受け流して下方へ落とした。
半回転の反動で空いていた左手を突き出す。
攻撃の後で隙があった筈のヒナタの肩に俺の左拳が食い込んだ瞬間、ヒナタは触れるか触れないかの距離に移動していた。
当たっている筈なのに、芯に響かない。
完全に体に触れているのに、ヒナタに届かない俺の拳。
「くっ………!」
当たっている筈だ。そう信じ拳を振り続ける。俺の拳が何度もヒナタの体に当たっている筈なのに、芯に響く感触は一つも無い。
「写輪眼じゃ…こんなこと出来ないもんね」
一瞬で俺の隙をついてヒナタが唇と唇が触れてしまうような距離まで肉薄してそう言った。
「どういう……」
最後まで言えなかった。
怖かった。ヒナタの目が。
ヒナタの白眼に全てを見透かされているような気がしてならなかった。
「それが何だってんだ!」
これ以上ヒナタが見たくなくて我武者羅に腕を振るった。全てがヒナタに届いているってのに、感触が一つもなく、まるで空気を殴っているようだった。
「見えるよ。サスケ君がどうしたいのか。どこを狙っているのか。どうしたらそれを当たらずに済むかもね」
そう言いながらヒナタは微かに体を揺らすだけで俺の拳を避けていく。
見えている筈だ。俺にも写輪眼という特殊な目があるんだから。
俺の写輪眼が写してくれた。
俺が拳を振ると同時にヒナタが体を揺らして、俺の拳がヒナタに触れた瞬間に最低限の力で無力化していく様が。
「白眼ってすごいよね…こんなことも出来る。それにね…あの時も白眼で見てたんだよ」
「言うなッ!」
寅の印を組んで、ヒナタが言ってしまう前に俺は豪火球の術をヒナタに放った。
それすらも、ヒナタの白眼の前では意味が無かった。
俺の豪火球の術が抉った地面の少し離れた場所に音も無く、静かに着地して。また音も無く、嫌にゆっくりと感じるくらいに降り立って、そして笑った。
見開いたヒナタの両目は、何も映してなく、何処を見ているのか、或いは全てを見えているかのように静かに俺を見ていた。
「ネジ兄さんに言われて里で待ちながらずっと見てたんだよ。ネジ兄さんがナルト君にやられる所も、キバ君が腕を折られるところも、ナルト君が…私のことを…ッ……どうで…も…良いって言ったこともね…ッ!」
ヒナタは泣いていた。
静かに、涙を拭くことも無く、泣いていた。
さっきまで大きく、怖いとさえ思えていたヒナタは、やっぱり女の子だった。
「サスケ君にも譲れない物があるんだよね? 私にも、私にだってあるんだよ?」
なんだよ、早く言ってくれよ。
俺まで、悲し過ぎるんだよ。
あの時、自分に力が無いって、本当に分かっちまったんだから。
それがいやでも戻ってきちまって、駄目になっちまうよ。
「なんで駄目なの? なんで…私じゃ駄目だったの?」
ナルト、今頃お前は何してんだよ。
お前をこんなに想ってる奴がいるんだぞ。なんでいなくなっちまったんだよ。
「分からないよ…私が何をしたかったのかも…私が何を思ってたのかも…なんで一人なのかも」
お願いだよ、ナルト。
お願いだからこれ以上ヒナタを傷つけないでくれよ。
壊れちまう、ヒナタ一人じゃ背負えないくらいにお前はヒナタに託しすぎたんだよ。一人じゃ抱えきれないんだよ、二人分の思い出なんて。
「ヒナタ…」
「私ね…頑張ったんだよ? 一生懸命、なにがいけなかったのか考えてね、一生懸命頑張ったんだよ」
頑張ったよ…お前、本当に頑張ったよ。
だけどな、一人で頑張ってもさ、辛いんだよな。相手の気持ちが分からないとさ、何をすればいいのかも分からないよな。
怖いよな? 不安だよな? 一人じゃさ、すごく寂しいもんな?
「もう…分かんないよ。どうすればいいの? どうすればナルト君はもう一度、この手を握ってくれるの?」
ヒナタはもう駄目だった。
よく一年以上も保ったよ。そんなに重い思い出をさ、二人分の思い出を支えていられたよ。
だけどな、知ってたかナルト?
ヒナタは女の子なんだよ。お前がどう思ってたか知らないけどな、ヒナタだって弱いんだよ。一人じゃ、我慢なんて出来ないんだよ。
「俺はさ、ヒナタみたいに頑張ってもないよ」
俺は、ヒナタみたいになれない。
ヒナタみたいにさ、心が潰れるまで好きな人を想えられないよ。
「俺はさ、ヒナタみたいに強くもなかったよ」
俺は、ヒナタみたいに強くいられない。
ヒナタみたいにさ、一人ぼっちで好きな人のことを悩めないよ。
すごいよ。
ヒナタはさ、どれだけ辛くってもあいつの事を想っていられたんだよな?
どんなに潰れそうでも、どんなに辛い時でも、どれだけ時間や思い出が散り積もってもあいつの事を想っていられたんだよな?
ならさ、
「少しくらい我侭になってもいいと思うよ」
「え?」
その時のヒナタは酷く小さくて、酷く幼く思えた。
ヒナタはおとなしいから自分がしたいことをあまりしたことなかったんだろうな。
いつだって他人を優先して静かに笑ってたよな。
そんなに頑張ったんならさ、次は自分のしたいことをしても誰も文句言わないよ。
「ヒナタは頑張ったんだからさ、十分に頑張ったんだからさ…今度はヒナタが本当にしたいことをしてみようよ」
それがたとえ人として間違っていたとしても、みんなはヒナタがどれだけ考えて悩んだかも分かってるんだよ。
どれくらい悩んだか、どれくらい苦しんだか、どれくらい我慢していたかもみんな分かってくれるよ。
「…本…当?」
「そうに決まってる」
「嘘…じゃないよね?」
「もし、ヒナタを咎める奴がいるのなら、俺がそいつを許さない」
ああ、許さないよ。そいつには分からないんだ。一人の辛さも、一人じゃ抱えきれない想いの重さも。
「宗家なんだよ?」
「それがどうした」
「次期当主なんだよ?」
「当主になれるのならそれこそしたいことをすればいいじゃないか」
誰も咎められない、それこそ本当のお前の居場所だよ。
いつだって誰でも自分を一番にしなきゃいけないんだ。他人の為に自分を犠牲にすることは確かにすごいよ。だけどな、一番大事なときくらい自分の為に、他人を無視してでもしなきゃ絶対に後悔するんだ。
「後悔するんじゃ、どれだけ頑張っても意味なんてないよな」
どんな事にさえ選択肢は存在するんだ。正解なんて何処にもない。だけどそこには後悔って間違いは絶対にあるんだよ。その選択肢を選ばないように俺達は必死になって正解を探しちまう。
きっとそれは間違ってない。最後まで必死になって後悔したくないように自分の為だけに答えを選ぶことに間違いなんて絶対にないんだよ。
「いいのかな、私が好きなことしても」
ヒナタの曇っていた目が、涙と一緒に流れていったのかな。今はすごく綺麗だ。
泣けないってのは辛いもんな。泣けない奴だっている、どうしたって答えが見つからない奴だっている。でも、結局最後には自分で立ち上がらないといけないんだ。
必死になって答え探しても、泥だらけで這い蹲りながら答えを探しても、誰も笑わねぇよ。
「俺は笑わない」
それがたとえちっぽけでつまらない物だとしても本人にとっては最良で最高なんだ。
それはヒナタにとってきっと世界で一番綺麗なんだよ。
俺や他人じゃ絶対に得られない答えさ。
「続き…」
「え?」
今度は俺が驚く番だった。
立ち上がったヒナタはとても綺麗でかっこよかった。
最初みたいに作り物の笑顔じゃなくって、誰もが見たかった、ヒナタの、ヒナタにしか出来ない笑顔だった。
「組み手の続きしよ?」
声音も違った。
柔らかくって、その中に凛としたした芯が篭っていた。
「あ、ああ」
俺はヒナタの変わりように呆然と答える。
うまく答えられない。それくらいに今のヒナタは綺麗だった。見惚れてたのかもしれない。
あの悩んでいた時のヒナタとも違う。
その前の気弱だった時のヒナタとも違う。
初めて見るヒナタだった。
「重り外してよ」
「え、ああ?」
やばいな、構えたヒナタがあまりに極まってて言葉が出ない。
俺はヒナタに言われたとおりに慌てて両手首と両足首につけていた重りを外した。
宙に浮いているような感覚が更に俺を混乱させたがなんとか深呼吸をしてヒナタに言った。
「…よく分かったな」
「白眼を甘く見ないほうが良いよ」
微動だにせずに静かにそう言ったヒナタの周りだけ時が止まっているように見えた。
音も立てずに、それでいて誰も近づけさせない雰囲気を持っているヒナタを見て内心舌打ちをする。
「(重りを外しても勝てる気がしてこねぇ…)」
先ほどのヒナタなど霞んで消えてしまうくらいの存在感が今のヒナタにはあった。
最後にナルトと殺し合ってから久しく感じてないくらいに緊張している自分に笑ってしまう。
平和が心地よかった。だけど、きっと俺はその中でも同じくらいの実力を持った強い奴を求めていたのかもしれない。
ゾクゾクしてきやがる。
「全力で攻撃してね…もしかしたら死んじゃうよ?」
これまた、更にゾクゾク感じさせることを言ってくれるヒナタに俺もこう言っていた。
「いいね、それ」
「火遁、鳳仙火の術ッ!」
ヒナタの下段回し蹴りを空に逃げ込んで地面にいるヒナタ目掛けて鳳仙火の術を放つ。
通常よりも多くチャクラを込めたそれは視界を完全に隠す程にまで展開していく。
それに紛れるように飛ぶ際に掴んでいた数個の石をヒナタに向かって投げる。
白眼を持っているヒナタにこれが通用するとは思えない。
ならば、俺は更に寅の印を組み、
「火遁、豪炎華ッ!」
昔の俺の全力の豪火球が三つ俺の口から吐き出されヒナタに向かって飛んでいく。
正直、これですら今のヒナタには通用するとは思えない。
嫌な予感は絶えなかった。
「まだまだだよ!」
炎の波の下からヒナタの声が聞こえた。
避けてない!? 何をするつもりだ。
ヒュッ、と風を切る音が聞こえた。
チャクラが込められ青く発光するヒナタの足が炎の波に生え、それが細く美しい弧を描いた刹那、暴威を振るっていた炎の波が霧散した。
「マジかよ…」
そんなただ蹴るってだけの力ずくで無理矢理な方法で防ぐか? ありえねぇよ。
炎の残滓に体を燃やしながらヒナタが灼熱だった空間を突き抜けた。
体全体を捻るように足を振り上げて、溜めて、そして放った一撃を空中で避けられない俺は両腕を交差させてなんとか受け止めた。
「……ッ!!」
ご丁寧に柔拳同様チャクラがかなり込められたその足と同等のチャクラを両腕に込めた。
だが、空中でじゃその攻撃に耐えられなかった俺は簡単に吹っ飛ばされる。
地面に叩きつけられた俺の方が早く体制を整えられたがその時には既にヒナタは俺の方へ向かって走っていた。
攻撃、着地、そして移動までの流れが以上に速い。滝を走っていたヒナタはさすがにやる。
「やられっぱなしでいられっかよ!」
俺の手刀を白眼の動体視力と最低限の動きだけでいなしていくヒナタ。接近戦で初めて手に入れた攻め手を活かす為に勢いを殺さずに見様見真似の木ノ葉烈風を放つがヒナタは軽く地面を蹴ってまたしてもギリギリのところで風のように避けてしまう。
ここまではヒナタが間合いから離れていくまでのフェイク、本当の狙いは。
「死ぬなよ、ヒナタッ!」
バチッ! という放電が一瞬で右腕に纏わり俺はその右腕を避けたばかりで隙があったヒナタに突き出した。
雷は誘導体、たとえ紙一重で避けたとしても雷はヒナタを追って電撃を与えるだろう。
「私を甘く見ないでね」
右腕を突き出した時にはもうそれは既に遅かった。ヒナタの顔には薄い笑みが浮かんでいた。
チッ、読まれてた! だからヒナタは避けるのにも最低限の力しか込めずに体制を整えていたのか。
俺の千鳥がヒナタの体に触れるよりも、先にヒナタの体からチャクラが噴出すのが速かった。
伸びていった雷をチャクラが押しのけ、それと同時にヒナタは膝を折りながら上体を急回転させた。
「なっ!?」
驚くのもしょうがない。ヒナタの体から間欠泉の如く噴出したチャクラが千鳥を弾いただけでは収まらず俺の体までふっ飛ばしやがった。
そのまま大木に叩きつけられ背中に激痛が走った。
中忍試験中にリーとナルトの動きをコピーした俺がヒナタの動きにうまく対応できない? ヒナタがそれ以上に動きが速いわけじゃない。
ヒナタは戦うのが上手いんだ。
白眼の使い方を熟知している。写輪眼以上に洞察力が長けた白眼は俺のどんな動きでさえ察知し今考えられる最高の手段をヒナタに教えている。
それを後押しするくらいに滝を登って培ったチャクラコントロールとスタミナがヒナタを更に強くしている。
もとより忍術を使う必要の無いヒナタは写輪眼の天敵だ。こっちがどれだけ先を読んだとしてもあっちは更に先が読めている。
俺がどんなに忍術を使ったとしても今のヒナタならさっきの火遁と同じように強引な方法でも突破してくる決断力を持っている。
今のヒナタは誰よりも短い時間で誰よりも優れた決断が出来る。
困ったな、打つ手がない。
無いわけじゃないが、使いたくない。
「もう降参?」
ったく、答えを知っているくせによく言うぜ。
「まさか、勝つ為の方法を考えてただけだよ」
打つ手はある。あるけど使いたくない。
でも使わなければ負けてしまう。負けたくないから使うしかないんだけどな。
しゃあねぇ、コピるか。
「いくよ!」
躊躇することなく飛び込んでくるヒナタの動きをただコピーする為だけに集中する。
右手の手刀。
そこから勢いを殺さずに左膝蹴り。
動きを止めて相手のタイミングをずらしてから左手の突き。
丁寧に、そして迅速にコピーしていく。そこからヒナタがどうしたいか、何を狙っているかを着実に読み取っていく。
動きは俺の方が速い。それでも常に主導権はヒナタにあった。
それは先を読むことだけに気を取られていた俺の心をヒナタが白眼で読み取っていたから。
だから俺もヒナタの心を、何をしたいかを読み取って少しずつ攻撃を加えていく。
「ッ!?」
ヒナタも気づいたようだ。
俺がヒナタの行動を読み取っていることを。そしてその上で先を読んでいることも。
着実にヒナタの心に焦りが溜まっていく。
それと平行に俺の攻撃もヒナタに当たっていく。いなされずにちゃんとヒナタの体に触れている。
それと同時にヒナタの攻撃も俺に掠ってきた。
俺と違ってヒナタの攻撃は柔拳だ。ただ掠っているだけっていうのに脳みそがグルングルンと回っているような浮遊感を感じている。そして徐々に積もりつつある内側からの痛みが俺の動きを妨げる。。
こりゃ早く終わらせねぇとこっちがさっきに参っちまう。
「どうしたよ、俺の攻撃が当たるようになってきたじゃねぇか!」
俺が虚勢を張って大声でヒナタを揺さぶる。
「サスケ君こそ、よくまだ立っていられるね!」
虚勢も意味がなかった様だ。ちゃんと読まれている。立っているのもちょっと辛いってことが。
だが、ヒナタはまだ理解していない。この状態でおかしい事が起きているって事を。
それに気づいた時はヒナタが攻撃を止める時だ。
「あ…れ?」
そう言ってヒナタの動きが止まった。
ちなみに俺はちょうどぶっ倒れていた。頭の中がメリーゴーランドだ。
「どう…して、体が…」
ヒナタも俺と同じように倒れていくのを俺は横目で確認して大きく深呼吸した。
賭けだったよ。こうなるギリギリまで失敗したかと思ってたがちゃんと成功していたようだ。
「動かないだろ?」
そう言う俺にヒナタが小さく頷く。もう喋ることも出来ないか、顎にも一発入ったからな。痺れて喋れねぇだろう。
「おかしいと思わないか?」
ヒナタは何も分かっていないような顔で頭を左右に振る。きっと分からないということだろう。
「ヒナタの柔拳で倒れかけてた俺の攻撃がなんでヒナタに当たるんだ? 動きが鈍くなってるのに、狙いが上手く定まってもないのに」
吹いている風が心地よかった。やっと終わったんだと思いながら俺は動けないヒナタの為に説明していく。
「千鳥を形状変化で体全体から放ってたんだよ。だから俺の攻撃がヒナタの体に触れるごとに少しずつヒナタの体は痺れていったんだ。試作中で出力に問題があって少しずつしか電気が出ないから逆に気づかなかったんだろうけどな」
こんなんじゃ本番で使えないんだけどな、と俺は心の中で呟いた。
螺旋丸や千鳥にしても威力が強力すぎてヒナタに使えなかったし。一度使っちまったが冷静になって考えたら青ざめたよ。
「ああ…マジ疲れた」
誰にでもなく呟いた俺の言葉に返す奴がいた。
「お疲れ様、サスケ君」
サクラか。
「いつからいたんだ?」
「サスケ君が修行を始める少し前から」
なんか俺の予想を斜め上をいく答えが返ってきた。
「速すぎだろ」
いくらなんでも速すぎだろ。つか、気が付かなかった。なんだかんだ言ってもサクラも強くなったよ。時々気配が読めん。
「一緒に朝食食べようと思ってお弁当持ってきてたんだけどね、食べられる状況じゃなかったわ」
そういって笑っているサクラが少し羨ましい。
俺は自分で笑えないから俺の代わりに笑ってくれる人が羨ましいよ。
「まだ弁当は残ってるか?」
サクラは予想を裏切らずに中々料理が上手いからちょくちょく飯を作ってもらっていたんだ。今は腹へって気持ち悪い。朝からヒナタと組み手を始めてもう昼だぜ? 腹減ったよ。
「あはは…全部食べちゃった」
そういって空っぽの弁当箱を見せるサクラはやっぱり俺が羨ましがるくらいに楽しそうに笑っていた。
なんだろう、ナルトが里を出て行って以来サクラがやけに落ち着いたと思う。子供っぽくないっていうかなんというか。
食欲は変わらないようだが、そういえば最初の演習の時も俺が食うなといわれている時もサクラは一人で食ってたな。
「しゃあねぇ…ヒナタを起こして楽一にでも行くか!」
そう言って一気に立ち上がる。
うお、まだ立ち眩みがしやがる。体の中もぐちゃぐちゃだし、あんま食べれないかもしれない。
「ヒナタもよくやるわよね」
サクラがいつの間にか気を失っていたヒナタを背負って俺の横に立っていた。
「まったくだ」
ああ、曇りだった空がいつの間にか晴れてるじゃないか。
「これもナルトの伝染病かしらね」
「ん?」
サクラが歩を進める。俺は置いていかれまいとサクラについていくのに精一杯で質問にうまく答えらなかった。
「不器用なのよ、二人とも」
ああ、
「まったくだ」
この空の下で今頃お前は何やってんだよ。帰ってこないならこっちから行くから一発殴らせろ。
四本のクナイが飛んでくる。
大した動作もしていないってのになんだこの反則的な速さは。
しかもほぼ同時に炎の塊が飛んでくる。印を組む速さも反則だ。
今、俺は目を瞑った状態でうちはイタチと戦っているところだ。戦っているというよりは逃げているような状態なんだけどな。
写輪眼を見ないために眼を瞑って旋風のみで相手を見定めて戦っているのだが思った以上に戦い辛い。
激しい動きをすると視線を下に向けていてもイタチの写輪眼が視界に入ってしまうかもしれないので目を瞑っているのだがイタチの動きが速すぎる。
正直、印を組む速さなら大蛇丸よりも速い。体術も大蛇丸以上だろう。幸いなのはイタチが使ってくる忍術が大蛇丸に比べて凶悪じゃないってことだけだ。強い術には変わりないがそれも印を組む速さで凶悪になっていやがる。
飛んでくるクナイと火遁忍術を扇で作った風で吹き飛ばして距離を稼ぐ。俺がどんなに速く腕を振ろうがイタチが持つ写輪眼の前じゃ簡単に見極められてしまうから接近戦じゃ一生勝てない。
「君は…随分と強くなった」
そんな軽口を言いながら瞬身の術で一気に俺が稼いでいた距離を食いつぶしてイタチが接近してくる。
どんな脚力をしてやがる! 本当に人間か!?
「今ここで殺すつもりは無かったんだが…」
そう言っているイタチの右腕にはクナイが、
「言ってる事とやってる事が滅茶苦茶なんだよ!」
指輪にチャクラを注いでほぼ一瞬で作り上げた五本の飛燕で切りかかる。
「オレなんかに構ってねぇでサスケでも追いかけてろ!」
見事としか言えない反応速度でほとんど不可視の五本の飛燕を全て避けきったイタチに刀を投げる。
「……サスケを知っているのか。いや、同じ木ノ葉だからな…知っていて当然か」
なんかぶつぶつ言いながら意図も簡単に至近距離からオレが投げた刀を掴んで止めやがった。
相手にされてないんじゃないかと思ってきたよ。
あれだよな、相手にされてないと苛立ってきてさ、苛立ってくると、
「殺したくなってくるんだよ!」
呪印を発動させて一気に大きくなったチャクラを扇に込めて空気の塊をイタチに向かって放つ。
その直後にオレの真下に向かって扇を振るって足の裏だけでは作り出せない加速力で一気に間合いを詰める。
「返しておこう」
そう言ってオレがさっき投げた刀をイタチが投げてくる。
「どうも…こりゃおつりだよ」
飛んできた刀をそのまま鞘に差し込むように受け止め全チャクラを左腕に収束させる。
「…螺旋丸?」
そうか、イタチは螺旋眼を知っているのか。
「残念だったね、これは螺旋丸じゃないよ」
これは螺旋丸よりもちょっとだけ、凶暴なだけさ。
空消の不完全版なんだけどな。
「あの世でサスケに謝っとけよ!」
そう言ってオレはイタチ目掛けて左腕を突き出した。
腕が削られない程度に集めたチャクラを一気に風に変換させた不完全版の空消はイタチの肩を削っただけだった。
「チィ…いいもん貰っちまった」
イタチのカウンターである体内門を開いたリー並の蹴りが膨張した空消で出来た死角からオレの肋骨を数本砕いた。
「まさか…今の術が囮だとは考えていなかったよ、ナルト君」
蹴られた反動で近くにあった森にまで吹き飛ばされたから今何処にイタチがいるのかが分からないがそんな声が聞こえた。
空消を放つために余分なチャクラを全部カットしていたから旋風を張ってなかったのが失敗した。もう近くにはいないだろう。
「へっ…余裕ぶっこいていやがるからだ、ボケ」
かなり溜まっていた緊張が解け半ば腰が抜けた状態で後ろにあった木に寄りかかる。
イタチが言っていた囮ってのはオレも空消で出来た死角から刀でイタチの腹を切り払ったことだ。
お互いに空消で出来た死角から攻撃したのはいいがお互いに行動不能になるとは思ってなかった。もちろんイタチが最初から本気でオレを殺しに来ていたらんなもん空消を出す前に殺されてるね。
ありゃ別格だ。
サスケ並みの才能の持ち主かそれより少し下で努力したって感じだな。
次元の違う奴等とは戦いたかねぇや。
「時間稼ぎご苦労様でした」
「ん……白か?」
「はい」
気を抜きすぎて白が接近しているのにも気が付かなかったな。
元から白は気配を隠すのが上手いから確立は五分なんだけどさ。
「オレがあんな目にあったんだ。ちゃんと刀は取れたんだろうな?」
オレがそう言って振り返った。
絶句って言葉はこんな時の為にあるんだろう、と思った。
「もちろんです! 再不斬さんの誕生日プレゼントにこれ以上の刀はありませんからね!」
血塗れの白がそう言って氷付けの岩をそのまま削って作ったような刀をオレに見せてきた。
こんなゴツイ刀よりも、血塗れの白よりも、オレは白の後ろに展開する風景に呆気になっていた。
最初は無かった湖があったり、その湖の少し奥は白銀世界が広がっていた。
山も岩も湖も全てが凍りついて白銀に煌いている。そこから冷たい風がオレ等に向かって吹き付けてくる。
「何驚いているんです? 血ですか? これは返り血ですよ。安心してください。僕には怪我一つありませんから!」
手に入れたかった物が手に入ってはしゃいでいる白が何か言っているがオレは何もいえなかった。
「僕の攻撃は水が必要ですからね、どうしようかと思ってたんですよ。だけど相手が水遁しか使ってこなかったおかげで無駄なチャクラを使わずに済みました」
なんか白銀世界の奥の方に何十本もの氷の錐に刺されている人影が見えるんだけど。
「寒いんですか? 震えてますよ」
怖いんだよ! お前が!
「ん…ああ、ちょっと寒い、かも」
ああ、見なきゃ良かった! 怖すぎる!!
「あの人が悪いんですよ…あの人が再不斬さんを侮辱したもので……つい我慢出来ませんでした。殺るつもりは無かったのに」
薄い笑みを浮かべている白が怖すぎる。
水と氷って相性が最悪じゃねぇか。しかも白の武器って相手の水遁忍術から作ってるし。相手が可哀相だよ。
「さぁ、早く帰りましょう? この刀をラッピングしなきゃいけませんしね」
「さ、さすがに氷付けのまま渡せないしな」
「水月もこれ以上のプレゼントは見つからないでしょうからね…楽しみですよ」
きっと白は水月が悔しがるところを想像しているのだろう。どう見ても悪女の笑みにしか見えないところが痛い。
綺麗な顔だけに一層痛く見える。
「さぁ、早く帰ろうぜ。これ以上ここにいたら凍えちまう(早くこの場から離れたいんだよ)」
「そうですね、ただでさえ小さいナルト君が寒さで縮んでしまったら君の妹に会う顔がありません」
「ねぇ、ちょっと言いすぎじゃない?」
「早く再不斬さんの顔が見たいですしね、行きましょう!」
そう言って来たときと同じスピードで走っていく白。
あのぉ、オレ肋骨折られて速く走れないんですけど。
ねぇ、もうちょっとスピード下げて!
置いて行くなって、おい止まれって!
おーい!