「つまんないよ」
そう呟いた。何をしていても何も感じない。楽しいって何だったっけ? 覚えてないよ。思い出せないよ。
目の前で父上が血を吹いて倒れている。誰がやったんだっけ? 私だったかもしれない。
口の中に鉄の味が広がっていく。
私も父上の柔拳を受けて、それを無視して手を出したんだ。
父上は本気だったのかな、わかんないや。
ハナビは相手にならないし、父上もこんなだし。
日向家の宗家も当主も今の私からしたらちっぽけでつまらないよ。
「でね、サスケ君がーーー」
日常は平和です。
相手が笑っていればこっちも笑う。それだけで日常が保てます。
サクラちゃんは楽しそうにサスケ君のことを話してる。
最近些細なことで口喧嘩をしたらしい。
「いいね」
「え?」
「ううん…何でもないよ。それでーーー」
いいね、口喧嘩できる相手がいるって。そう言いたかったんだよ。
全然、手遅れじゃないよ。平和な日常で小さな、修復できる程度の喧嘩が出来て好きな男の子の距離を認識して、その距離を楽しめるのも男女の楽しみだよ。
……私なんか。……いないんだよ?
全然、手遅れだよ。
何処に行ってしまったのかも分かってるのにそこまで行けない。
いつ帰ってくるかも分からないのにこっちから行くことも出来ない。
それに比べたらサクラちゃんとサスケ君の関係がどれくらい恵まれてるか。
照れ隠ししながら笑って頑張ってみる、って小さく意気込んでるサクラちゃんに………なんだろう、ちょっと苛ってきちゃった。
駄目だって分かってるのに、止められないよ。
サクラちゃんが、サスケ君が、他に誰だって楽しく、そして自由に過ごしていても誰も咎めない。
私は宗家、私は次期当主、私は……一人なんだよ。
でも、私は羨ましいなんて思わない。それが唯一の救いだと思う。
妬んでもいない。彼が、奪われた訳でもないし。
私が妬んだとして、他の人が同じように私を妬んだんじゃ終われない。止まれないよ。
もう、あの時から一年経っちゃったんだよ。
もう、皆の頭の中は、サクラちゃんやサスケ君を含めた皆の中には今がいっぱいで、そこにはナルト君なんて残ってないんだよね。
ナルト君はもう過去になっちゃった。
今の皆にとって今がある。だから、いない。ナルト君が帰ってくる、帰ってこないは明日晴れないかな、みたいだよね。どうでもいいんだよね。
私は? きっと同じなのかもしれない。
いろんな事が、いろんな物が…木の葉みたいにはらはらと落ちてきて、地面を覆ってしまったように、……私が本当に想っていたものが…うもれて見えなくなってしまってた。
新しい生活とか、新しい友人とか、他の新しい、新しい、新しい何かに大切な古い物が埋まっていた。
久しぶりに掘り返してもね、見つからないの。
ナルト君の顔が。
どんな風に笑ってたのかな、どんな風に怒ってたのかな、どんな風に、どんな風に、
「ちょっと! ヒナタ、涙が…」
頑張って笑ってたんだけど、ちょっと失敗。
「ゴミが入っちゃったみたい。ちょっと水場まで行ってくる、ね」
忘れてなかったよ。
私、忘れてなかったよ。
まだ、覚えてた。まだ覚えてたんだよ。最後に笑ってくれたよね…まだ、覚えてた。
私は今のままじゃいられないんだよ。
もう少し、過去に縋らせて。
ナルト君。
狂った歯車の上で
「てめぇ、今アカリを色目で見てたな!」
「見てませんよ! 本当です、見てませんよ!」
和歌いろは、オレはアカリの担当上忍であるこいつの襟首を両手で掴んで全力でガンつけている。
なんかアカリのことをじっと見ていたからもしやと思って全力で事情聴取中だ。
アカリは可愛いからな、犯罪に走っちまうのも理解出来るぜ。
「テメェは今から折檻だァ…今朝の朝食は何食った? それがテメェの最後のーーーひぎゃッ!?」
後ろからガツンと激痛が走ってなんか意識が薄らいでいく。
最後に聞いたのは、
「すいません! 兄さんは少し頭がーーー」
そりゃねぇよ。
「気が付きましたか?」
目の前に天使がいました。女神でもいいかな、とオレは思った。
「白か…ここは?」
なんで白衣着てんの? とは敢えて聞かない。もうこいつのそういうところには諦めがついた。
「アカデミーの保健室ですよ」
「ふ~ん」
どうりでベッドが少し小さいわけか。
「君にちょうどいいベッドが沢山あって良かったですね」
「おい」
「そろそろ授業が終わって再不斬さんが来ますのでここを離れますね」
「無視かよ」
「知ってましたか? 再不斬さん、ここで臨時教師してるんですよ」
完璧に無視されてるよ。つうか再不斬の名前が出た時の表情が明らかにオレの時とは違うんだけど。
「僕も再不斬さんの教え子になりたかったなぁ」
完璧に別の世界に旅立ってますよ。オレの存在を無かったことにしてるし。どこで間違えたのかな? ここに逃げ込んだことだろうけどさ。
キーンコーンカーンコーン、となんか平和ボケした鐘の音が鳴る。ああ、そういえば再不斬が来るって言ってたな。
わいわい子供達の声が聞こえてくる。平和だなぁ、と思っているとなんか声質の違う声が聞こえた。
なんか、こう「再不斬先輩」って。
気のせいかと思って白を見ると、
笑顔の状態で固まっていた。
こめかみが引くついてどんどん笑顔が壊れていく。
保健室の前を歩いていたアカデミー生徒がこう叫んでいたのも聞き逃さなかった。
「白先生が暴走するぞ! 皆逃げろー!!」
え?
「あの糞虫が…僕のいない間に再不斬さんに近づいて……」
なんか白がぶつぶつ呟いてる。
気のせいかな、窓ガラス全部が白くぼやけてるし。室温もかなり下がってるんだけど。
「お、おい? 白さん?」
「いい度胸です、水月ッ! 今日こそ氷付けにしてやります!」
目にも止まらない速さで保健室から出て行く白を見つめオレは手元にあった毛布で身を包んだ。
外から「また君か! いい加減邪魔するな!」 とか「邪魔しているのはどっちですか! 今日は再不斬さんと買い物に行く予定なんです!」なんて聞こえてくる。
窓越しで高度な水遁忍術や血継限界の氷遁忍術がぶつかり合っている。
「貴方達ねぇ…なんど施設を壊すなって言ったら分かるのよ!」
今度は大蛇丸が来たりしてるし。しかも眉間に皺が寄ってる。滅茶苦茶怒ってるようにしか見えない。
しかし、白と水月と呼ばれてた男との戦いが止まることはない。つうか完全に無視してる。
大蛇丸の眉間の皺が更に増えてるし。あ、白髪見つけた。結構大変そうだよ。
大蛇丸が高速で印を組んでいる。つうか指の動きが見えないんだけど。速すぎだし。
突如大蛇丸の前に初代と書かれた棺桶が現れて中から土色の肌をした男が現れる。白眼で見ても生きているようには見えない。それでどうするつもりだろう。
「穢土転生か……禁術でワシ等を呼んだのは、お前か……大した奴よ」
あれって禁術なのかよ! んなもんいきなり使ってんじゃねぇよ。
「あの子達をどうにかして欲しいのよ」
「いつの世も戦いか……」
いや、そうだけどさ。絶対に間違ってるって。
オレがそう思っている間に大蛇丸が札を付けたクナイをその男に差し込む。そうすると土色だった肌が人間の色になっていく。そしてまだ人間らしさがあった瞳が機械のように無感情になった。
「はぁ…貴方達のせいで貴重の実験材料が一人減ってしまったわ。一日後悔してなさい」
そういうと大蛇丸の前に立っていた男が印を組み始めた。こいつも恐ろしく速い。それに見たこと無い印の並びだ。
何が起きるんだ、とオレが思っている最中、それが起こった。
白と水月が立っている地面の真下から巨大な木が生えてきて二人を拘束した。
木遁忍術!? そんなの使える人間がいたのか!?
「大蛇丸さん! 僕が悪いんじゃないんです! こいつが、こいつが!」
「君はいつだって僕のせいにするね! いつも攻撃を仕掛けてくるのは君じゃないか!」
樹木に拘束されながら二人はなんか言っているが大蛇丸はそれを無視してアカデミーを去っていく。
なんか哀愁が漂っているように感じた。
今度酒でも奢ってやろうかな。