この里に来てから、アカリに出会ってからすでに半年近く経った。
オレの前には構えを取っているアカリがいる。
なんでも明日は体術の実技があるらしく協力して欲しいと言われたので頼まれた。
アカデミー生であるアカリが強いわけが無いのだが、設定上オレも弱くなくてはいけないわけでこれは大変だ。
どうして筋肉が出来るか、というとそれは筋肉になっていない箇所に負荷が掛かり、それに対応しようとする適応能力がその負荷に耐えられるよう改造していくらしい。
ならばその負荷を増やせばいい。。
「死ね! この野郎ッ!」
ゲシゲシとオレを足蹴にするアカリ、それ以上に口が悪すぎる。
あれ? 第一印象って違ったような?
「オラオラオラ、くたばれ!」
急に重くなった(少しやり過ぎた)身体に対応できずに脳天への肘鉄をいれられよろめいた(マジで痛い)オレに奇襲技、カンガルーキックが顎に入り倒される。その間でもアカリに隙など無かった。カンガルーキックの勢いのままオレの目の前まで走りこんで喉元にギロチンドロップが入る。流れるかのような連続技を殺人技へと昇華させる。
あれ? 身体が弱いって聞いたんだけど?
なんでだろう。呼吸し辛い、いつからオレはカニになったんだ? 口から泡が……。
「おい、変態」
「誰が変態だ、コラ」
「この部屋に私達以外に誰が居る?」
オレのは無視かよ。
大蛇丸やカブト先生が覗いていそうだけど残念な事に気配が感じられない。
「……………」
ああ、自然と目線がアカリから逸れていく。
「目を逸らすな、自覚してんの?」
「兄ちゃんは悲しいよ……」
涙腺を緩ませて本当に涙を流す。これが効いたのは最初の三回くらいだったと思う。
まったく効果はなくアカリはオレの涙を無視して話を続ける。
「蹴られて喜んでる人って変態じゃないの?」
いや、睨まないでよ。
「……………普通じゃないかな?」
可愛いんだから仕方ないじゃん。
初めての家族だし、人間の家族だし。なんか嬉しくなってきちゃって……、なんてアカリにはいえない。
寂しかったんだね、と同情されそうだから。
アカリははぁ、と深いタメ息を吐いた。
「私を見るくらいなら早く団子作ってよ。今晩はお月見でしょ?」
「もう出来上がってるぞ」
張り切って朝から頑張ってたからね。
「もっと作って」
笑顔でそう言った。確かにそう言った。
「任されよう!」
さぁ、いい笑顔を見れたからもう少し作るか。妹の為に沢山。
節せと団子を作っているオレを見ながらアカリは
「満月って綺麗だよね、今日は満月なんでしょ?」
弾んだ声でそう言うアカリに「楽しみにしてろよ」と言って団子を作っていった。
家族ってサイコー、な感じ。
「もっと砂糖入れてよ」
アカリがヒョイと一つ団子を掴み口に入れる。それを黙認した甘いオレ。
「これくらいが丁度いいんだって、後でアンコ入りも作るからな」
やった、と小さくガッツポーズを取るアカリ。やべぇ、本当に作らなきゃならなくなった。
「兄さん、って呼んでくれたら作ってやる」
家族としてどうかと思うぞ、変態って。
「お願い、兄さん」
上目遣いは反則です。
「任せとけ!」
どんどん馬鹿になっていってるのを感じつつ小豆を沸騰した鍋に入れてオレは小豆を煮続けた。
面白そうに笑っているアカリの笑顔は不思議と後悔を感じさせずにオレを馬鹿にさせていく。
家族ってサイコー、な感じ。
「彼、家族に飢えてたのねぇ…」
ナルト達が和気藹々と団子を作っている部屋の天井裏には大蛇丸とカブトが笑いを押し殺して佇んでいた。
「そうみたいですね」
ナルトの足をゲシゲシと蹴っているアカリを見てカブトは笑みを浮かべる。
「あれも元気になったみたいですしね…」
幾つもの細胞が殺し合って消滅した結果生き残った訳であるが身体は壊れていた。そしてクスリの効かないアカリの精神ではあの空間は毒以外になかった。
病は気から、精神を病んでいたアカリと同じように精神が病んでいたナルトは惹かれ合った。
「本当ね」
大蛇丸はどういう訳か三代目火影が使っていたように水晶を使って彼らを見ている。。
「…………………」
傍から見ていたカブトは大蛇丸を物語に出てきそうな老けた魔女のようだと言いたかったが声が出なかった。
「今が壊れたらどうなるかしらね…」
大蛇丸は顎に手をやり真剣そうに悩んでいる。それをカブトは横目で見てタメ息を吐く。
「事故じゃなきゃ駄目ですよ。そうじゃないと殺されますよ」
大蛇丸がとことんアカリに対して無視しているのに対してナルトがキレて殺し合いが起きたのはかなり前だがその殺し合いのせいで音の里がかなり壊れてしまった。殺したなどと知れたらどうなるかも分からない。
その殺し合いの際にナルトは右腕を切り落とされて右太腿を十八針縫い、大蛇丸は体中に切り傷と数箇所の骨折を負った。本当に殺そうとしてくるとは思っていなかった大蛇丸は久しぶりに全力でナルトを殺そうとした。だが体内門を開け呪印の第二形態にまで入ったナルトは手強かった。
「彼の身体の中にまだ九尾の残滓が沢山残ってるわ」
そんなことを言い出す大蛇丸にカブトも顔色を変える。
「よく生きてましたね」
「四代目が使った封印術……確かそれには九尾のチャクラを彼に還元する陣も組み込まれてたわね」
木の葉で暴れていた九尾はもうチャクラが残っていない滓のような状態だった。そうでなくては数時間暴れただけで死にはしない。
「暁には九尾が死んだという情報が伝わってると思うから今が好機ね」
カブトはそれを見て大きくタメ息を吐いた。
「強行になるか凶行か、ですね」
カブトは静かに嗤った。
コン、と鳥が窓を叩いた。召集の合図だ。オレは反応しないことに努めて団子を作ることにした。
「ん?」
アカリがナルトを見る。
「この際、よもぎも入れるか?」
自然に会話を繋ぎ笑顔を作る。
「いいの?」
「よし、近くの森まで行ってくるから小豆をよく煮といてくれよ、砂糖はアカリに任せるからな」
「任せといて!」
そう言って量も測らずに砂糖を入れてるアカリを見届けてナルトは部屋から出た。
「急いで帰らなきゃな」
あの小豆を食べてぇ、と笑みを浮かべて速度を上げて走る。
もうあの時から半年か、とオレは走りながら思った。
わざわざ最高級の畳を送っておいてその代わりに与えられた辛い任務というが今なのだろう。この半年は一度も任務が無かったから久しぶりだ。ずっと畑仕事と家事しかしていなかった。修行も混ぜてだが。
明日は満月、アカリと一緒に月を見よう、そう思っていただけに残念だが忘れていたオレも悪いな。それにこの任務があったおかげで他の余計な任務も入らず穏やかな日々が過ごせた。
月見団子の約束をした時はめんどくさい、と言いながらも顔を赤くさせてアカリは喜んでくれた。
それが見れないのが残念だが、それは今度も出来る。否、絶対にいつかやる。
オレはそう魂に刻んで音の里まで久しぶりに全力で走った。
大蛇丸を含む男七人と女一人は音の里の奥の蛇が祭られているホール状の空間で対立していた。
対立ではない。カブトと大蛇丸が立っている前で六人は大蛇丸が口を開くのを待っていた。
「はっ、本当にうざいのよねぇ…何でも私の里のせいにしてほのぼの生活してる砂がね」
木ノ葉崩しは砂と音の了解の下で行なわれた。しかし木ノ葉が音を憎む力が大きすぎた。
砂が言ったことを全て鵜呑みしてしまった。そして軽い罰で砂を許した。もう今では砂の里は前とほとんど変わりない。
「つまり今度の貴方達の任務、今度は砂崩しよ」
大蛇丸は振り返りながらそう言った。絶対に潰す、そう眼が語っている。
その眼に君麻呂とカブトを除いた全ての者が怯んでしまう。
「いいね、それ」
その時、ナルトもホールの端に立っていた。
「遅いわよ」
「迷路のように作ったアンタが悪い」
「白眼を使えばいいじゃないか」
「ずっと使ってなかったからな…忘れてたね」
ナルトは両手をひらひらと振ってそう言う。完全ないい訳だ。
それは皆が理解していた。
「あの不良品が真面目に風影になろうとしてるらしい」
「あの不良品って…ああ、あの…」
大蛇丸の言葉を聞いて中忍試験の際に参加した全ての者がすぐに分かったがナルトだけは忘れていた。
それを無理矢理思い出して顔色を変え始めた。
「真面目って…どんな具合よ」
「チープな話よ。認められたいですって、馬鹿みたい」
ナルトは本当に腹の底から笑いそうになりそれを堪えた。堪えている顔が怒っている顔に見えたのは両方の意味が正しいから。
自分がやらなかったことを成功させようとしている我愛羅を心から哂い、心から嫉妬している。
「本当に、馬鹿みたいだ」
「…………」
「不可能だからな」
「あら、そうかしら」
ナルトの断言した言葉に真っ向から鼻で笑う大蛇丸。ナルトから殺気が迸った。
「どういう意味だ」
「少しずつ、変わってきている。あの不良品を中心に」
それは大蛇丸にも不愉快だった。大蛇丸はもう止まってしまった。故に進もうとしている者が腹立たしい。
あの世には何も無かった。解き明かすべき物など存在しなかった。死者の口からそう出たのだからその時点で大蛇丸がしたかったこと、知りたかったこと、守りたかったものは終わった。
「…いいぜ、砂崩しだ」
ナルトは大蛇丸から放たれる自分以外への殺気に怯えた。
いつも遊びで放たれる殺気とは違う、怒りや嫌悪から来る殺気はナルトが知るどの殺気よりも濃く嫌だった。
「二日で潰して来なさい」
その言葉でカブトと大蛇丸を除いた全ての人影は消えていった。まるで最初から居なかったかのように。
「ただいま…っと」
帰ってきてすぐに包丁が飛んできた。
投げたのは……アカリか。
「取っちゃうんだ、簡単そうに」
ああ、いつもならワザと受けてるんだけどな。この包丁はおもちゃだった。刃なんてついてねぇ。
今は、無理だ。
「顔…」
「ん?」
オレの顔を指差すアカリ。
この時はまだ、アカリが何を言いたいのかに気付けなかった。
「怖いよ…」
ああ、ちょっと緊張してた。
一つの里をたった六人で落とすということに、なにが辛い任務だとオレは怒っている。
ただじゃ帰れないだろう。これはS級の任務だ。いや、たったの六人の子供だからそれ以上だと考えた方がいい。
帰る途中で怒りが冷め恐怖へと変わってきた。
この生活が終わるかもしれない、そう思っちまった。
腕が震えた。止める気なんてなかった。それが自然なんだと、それが当たり前なんだと気付いたからだ。
オレは決めたんだ。
この子の前だけでは笑っていようと。
木ノ葉にいた時にそうしていたように最高の笑顔を作った。
しかし、アカリは最高の笑顔を作ってくれなかった。寧ろ、嫌な顔をしていた。
「私に…その顔を見せるの?」
「笑っている…筈なんだけどな」
頬が釣っている。それは笑っているとき特有の圧迫感をちゃんと感じている。
今は誰が見ても、笑顔の筈だった。
「顔はね、笑ってるよ……でもね」
そう言って急に後ろを向いてしまう。
少し淋しくなった。急に壁が出来たみたいだった。
「心がね…笑ってないんだよ」
全てが壊れた。
作っていた笑顔どころじゃない。体中に罅割れが生じてばらばらになっていくような落下していく浮遊感を感じた。
「ああ…そうだった」
ああ、本当にそう。オレは馬鹿だ。
こんなことも、
「………忘れちまってるなんてよ」
オレがアカリの前で笑顔を一度でも作ったか? 教えられたじゃねぇか。笑顔は作るもんじゃない。
それは、作られるものだ。
その時の感情、風景によって、意図して作るもんじゃない。
オレがアカリの前でいつだって見せていたのは作ったヤツじゃない。アカリが作らせたんだ。
仲間を信じない奴こそ仲間じゃねぇ、か。シカマルがよく言っていたな。
同じだ。家族を信じない奴こそ家族じゃねぇ。
そう思うと自然に頬が釣りあがっていく。
この感覚だ。忘れちゃいけねぇ、もうこれ以上は。
「いつまでそっぽ向いてる気だよ」
オレは意図もせずにそう言った。自分でも驚くほどに口調が柔らかかった。
「もういいの? そっち、向いても…」
お前もよ、信じてみろよ。家族をさ、ってもオレしかいねぇがよ。
「オレが、」
もう、心配いらないよ。
もう、大丈夫だからよ。
「あっ……」
そっと頭を撫でた。
身体が弱いって聞いてたけどよ、本当に小せぇな。
だから、オレが守ってやるよ。
「お前の兄ちゃんだ…」
オレがお前の兄ちゃんだよ。
「一日だ」
そう言ったオレの頭上では人を馬鹿にしたような陽気さで晴れ渡っていた。
砂漠から吹く熱い乾燥した風がオレ等の首筋をなぶっていく。
「本気か?」
「熱で頭がやられちまったか、チビ」
君麻呂はしっかりと聞き返してくる。木ノ葉崩しの際にはカブト先生の病室で寝ていただけで終わってしまったから今日だけは覇気が違って見えた。
手術が成功し拒絶反応の兆候が見えずに過ぎ去ってから君麻呂の修行を何度か見たことがあるがコイツがいるのなら砂の手助けなど必要なかっただろう。
多油也は完全に馬鹿にしている。
もう諦めている。
「約束したんだ。今日中にアイツ等皆殺しだ」
昨日、一緒に団子を食べながら約束したんだ。残った団子は明日、つまり今日の夜に一緒に食べよう、と。
それを聞いた左近が呆れた顔でこう言った。
「馬鹿兄だな…俺の兄貴もそうだがよ…こりゃただの馬鹿な兄だぜ」
おいおい、いきなり兄弟喧嘩すんなよ。
「簡単そうにいうぜよ」
「出来ると思っているのか?」
鬼童丸と次郎坊もそう聞き返してくる。
なに疑ってやがる。昨日こそ、このメンバーでは不安だったがもう大丈夫だ。
このメンバーは最高だ。負ける筈がねぇ。
「出来るさ、砂崩し。やってやるんだよ、大蛇丸が言っていた二日を簡単に塗り替えようぜ」
オレは死にたくない。
殺して殺して、生きて生きてやる。