「なんで子供達にそんな危険な任務を任せたんですか!」
長期任務から戻ってきたばかりのカカシは下忍が受け持ったという任務を直後火影にそう言った。
誰だって知っている。下忍が他国の忍びとは戦える任務を請け負うことが出来ないということを。そして相手は音の忍びであるということが今のカカシを困惑させる。
「一応、砂隠れの里からの応援も呼んである」
綱手の声に抑揚はなかった。相手は音の里、何が起こるかも分からないのだから。
それはカカシも分かっていた。分かりすぎていた。だからこそ声を荒げた。
「納得できません!」
納得、その言葉を吟味するように綱手は呻くように声を紡いだ。それは自覚している、そう伝えるように。
「誰だって納得できないさ…私だって、カカシだって…あの子達だってね」
ナルトが里を抜けた。その事実がカカシを打ちのめす。
ナルトが敵に回って今の下忍であるシカマル達が無事に帰ってこれるなんて考えられない。ナルトが昔の好で手加減してくれるだろうか、そんな筈がない。殺すときは容赦するまえに、躊躇する事無く殺すだろう。そうカカシは考えた。
考えたまでは良かった。だが、一度でも想像してしまったら身体は止まっていてくれなかった。
「ああ、納得なんて出来るか!」
カカシが火影の間から飛び出していくのを五代目火影は静かに見ていた。
なぜなら、
「私も…納得は出来ないからね」
誰も納得などした覚えなんてない。
狂った歯車の上で
黒い闇が晴れていく。
重かった枷が解き放たれた。重かった手足が羽のように広がっていく感覚、これがオレの新しい四肢となる。そう思った。
狭い世界から抜け出そう。そう本能が吼えた。鳴いた。叫んだ。
見え隠れする世界に手を伸ばし、堅い木の感触を堪能し、オレは世界を視た。
古かった身体から抜け出し成虫になる蝶の、そんな綺麗なもんじゃない、と笑ってしまった。まるで蛾のような気分だ。
それで力強く羽を羽ばたかせて空を駆ける。
「お目覚めは…」
左近は後ろにいた。そんなことにも気が付かないほどにオレは感動していた。
「お前達も感じたんだろ? この……」
「素晴らしさ、ですね」
「ああ」
体中が張り裂けそうなほどに力が湧き出てくる充足感、まるで薬でもキメちまったようだ。
「言っただろ。俺等は封印術のエリートだってな!」
鬼童丸がそう言った。なんか傷だらけ(後に逃げてきたことを知った多油也にボコボコにされたことを知る)だった。
どうやら意識が無くなってから少し時間が経っていたようだ。
「おい、そろそろ行くぞ! カス共ッ!」
「女の子がそんな汚い言葉使わない方が…」
「うっせぇ! チビが生意気なんだよ!」
タバコ、かなぁ。遺伝子のせいじゃねぇ、よな。そう思っとかないと期待が持てない。
つうか口悪すぎだろう。
そう思っていると次郎坊がオレの肩に手を載せてきた。つうかこいつもボロボロだし。
分かってるぜ、お前の気持ち、みたいな顔をされた。よく見渡すと他の二人も同じような顔をしている。
「お前等…」
辛かったんだなぁ。
「それで、こいつぁどう意味だろう。誰か説明してくれねぇか?」
目の前にはキバ、シカマル、チョウジ、シノ、リー、ネジが突っ立ってる。
どいつもこいつも殺気立ってうざってぇ。どうにかならないかな?
「てめぇが起きようとしている最中にちょうど来たんだよ。というかてめぇのせいだ、チビ」
あ、チビは固定なわけね。
「そういえばなんで鬼童丸と次郎坊は傷だらけなんだ?」
鬼童丸が半泣きで多油也を非難しているが、理由を聞いて呆れてきた。
次郎坊に至っては聞いてて痛かった。
ボコボコに殴られて死に掛けていたらしいが体の肉のお陰でなんとか生き延びれたらしい。それでオレ達が通るルートが分かっていたから近道をして追いついたようだ。
「これも日頃作っておいた筋肉のおかげだ」
「嘘吐くんじゃねぇ! そりゃどうみてもただの脂肪だ、糞デブ!」
お前等の会話も聞いてて痛いよ。
そしてオレは皆との会話を切り上げてシカマル達へ視線を戻した。
「んで、どういうつもりでここまで来たんだ?」
「ナルトを連れ戻す為に決まってんだろ!」
「お前には聞いてねぇよ、キバ」
うるせぇ奴だ。昔からそうだ。自分がムードメーカーだって勘違いしてんじゃねぇか? ただうるせぇだけなんだよ。
「ナルトを、連れ戻しに来た」
シカマルはかみ締めるようにそういう。白眼から伝わってくるよ、お前の苦悩や悩みやら辛さがよ。どれ一つも共感は出来ないけどな。
「オレが大蛇丸に勧誘されて里を抜けたとか思ってんだろ? 確かにそうだけどよ、この状況はオレがカブト先生に拾われたときから書き終えていた未来予想図だ」
最初から決まっていた未来を正しく伝っているだけなんだよ。誰のせいじゃねぇ、こりゃオレの意思だ。
「一つ聞いていいか、ナルト」
一歩踏み出してシカマルがそう言った。
「ん? なんでも聞いていいぜ」
聞くだけだがよ。
「ここにいるのは自分の、ナルトの意思なのか?」
「そうだ」
即答で答えた。
「今度はオレが一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
これが一番聞きたかったんだ。
なんでアイツがいないんだ? アイツなら一番来そうだったのによ。
「なんでサスケがいないんだ?」
なんか足りないんだよ。アイツがいなきゃこう、満足感? それとも優越感か? それが足りないんだよな。
アイツの壁でありたかった。アイツの目標でいたかった。アイツに渇望してもらいたかった。
だからオレはあんなうずまきナルトを演じていた。
馬鹿にして、虚仮にして、アイツが保っていた才能という優越感をぶち壊しにしてやった。
なんでだろう、それが一番楽しかったんだよな。
「サスケは使えなかった。死んでたよ、こっ酷く叱られたガキみたいにな…」
「ああ、そうなの?」
なんだ、つまんねぇ。テメェ等だけか、本当にくだらねぇ奴等ばっか寄越してきたもんだ。こっちもいい迷惑だ。
もうここにいても意味が無いな。帰るか、音の里に。まだ一度も言ったことが無い音の里だけど、帰るってのがいい響きだった。
「ん、じゃあな」
後ろの四人へ振り返ろうとしたときにまだ誰かが吠えていた。
「ヒナタはどうするんだ!」
今度はキバか。うるせぇな、騒ぐなよ。
こんなところでヒナタの名前を言われるなんて思ってなかったけどよ、残念だったな。ヒナタの名前を使えばどうにかなるとでも思っていたのだろうよ。馬鹿な野朗だ。
もうヒナタのことなんて名前しか覚えてない。全部、オレが忍術で消しちまったよ。覚えてるとあの苛立ちが何度も来るからな、邪魔だったんだよ。音の里の生活でさ。
「もう、どうでもいいね」
直後、キバとリーとネジが飛び込んできた。
キバの拳を左手で、リーの蹴りを反対側の足で、ネジの柔拳を右手で同じように柔拳で防ぐ。
「クク…なんだよ、ちゃんと答えてやったじゃねぇか」
なぁ? オレはちゃんと答えてるんだぜ。駄々こねてるのはどっちだ? てめぇ等だろうがよ。
「ヒナタは泣いてた。お前を連れ戻したいって、泣いてたんだよ!!」
キバが面前でそう叫ぶ。
やめろよ、唾が飛んでくるじゃねぇか。気持ち悪いな。
しかも暑苦しくってムカつくんだよ。
「だから? それがどうかしたよ」
ネジの柔拳のチャクラの量が爆発的に増える。怒りのせいだろうか、こいつもヒナタのことで怒るんだな。馬鹿みてぇ。
リーの蹴りの強さも同じくらいに強くなる。素直なのは好感を持てるけどよ、ここまでくるとうざってぇ。
それにしてもこの三人、といっても一人は雑魚だが、リーとネジを相手に余裕を持てる今の自分が好きになってきそうだ。
呪印、大いに結構。それがオレを更に強くしてくれるのなら、それが才能という足枷から解き放ってくれるのならオレは幾らでも受け入れてやる。
「なんだ? ヒナタが泣いたからっててめぇ等感化されてここまで来たってのかよ、馬鹿じゃねぇの?」
オレが幾ら泣き叫ぼうが誰も手を差し伸べてくれなかったのにさ、これって不公平だよな。
「てめぇ、ナルト! それ以上言ったらーーーッ!?」
「なんだってんだ、あぁ!?」
キバの腕を圧し折る。紙でも折るみたいに簡単に折れやがる。この体、最高だぜ。
「キバッ!?」
シカマルもよ、もう少し頭いいと思ってたのとんだ勘違いだ。
キバが倒れて空いた左手でリーの顔面をぶん殴る。
「ぶ、うぉッ!?」
数メートル吹っ飛んで体痙攣させて鼻が折れて泡吹いてやがる。はは、これがあのリーか。
オレはどうやら強くなりすぎたみたいだ。
もちろん殴る際に体の強化もしたさ、間接の回転も、筋肉の捻りもいれて完璧に全力で殴ったさ。でもよ、以前はそうじゃなきゃ通じなかったんだよ。それが今じゃどうした。通じる以前に一撃でノックアウトだ。
「呆気無さ過ぎだと思わねぇか…なぁ、ネジ」
そう言ってネジを見る。
へぇ、お前ってこんな顔にもなれたのか。
ネジは薄い笑みを浮かべていた。
「お前は今、暗闇の中にいる」
「素敵な詩だね」
全然意味が分かんねぇよ。
オレの右上昇蹴りがネジの脇下に入った。肩が砕ける感触とネジの苦痛の声だけが耳に聞こえた。
オレが望んでいた強さはこうも簡単に手に入ってしまった。
それがやけに寂しく思えた。
「これからどうするんだ? こいつ等を里へ連れて行ったほうがいいと思うぜ」
腕を押さえてるキバ、完璧に気を失ってしまったリーとネジを指差してオレはシカマルに言った。
この小隊のリーダーはネジかシカマルだろう。ネジが使えなくなった今、リーダーはどちらにしてもシカマルの筈。
「里を抜けたのは自分の意思だって言ったよな?」
「ああ」
「何でだ? ナルトにとってあの里はそこまで嫌な里だったのか?」
やっぱり、シカマルが頭いいと思っていたのはオレの勘違いのようだ。
生まれてずっといたあの里がいい里に思えているようだ。
だが、ここであいつの考えを治してやろうなんて思わない。
勝手に勘違いしとけってやつだ。
「大嫌いさ」
「ヒナタはどうするんだ」
またかよ。引っ張ってくるな、いい加減苛立ってきた。
「もう興味ない。どうでもいいってやつだ」
言葉通り記憶に無いしな。全部消しちまったからこう引っ張られてもこっちが混乱しちまうよ。ただ残っているのは消した理由くらいだ。
「そうか」
「そうだ」
早く目の前から消えてくれよ。殺したくなっちゃうじゃないか。
ただでさえ享受したばっかりの呪印のおかげでウズウズしてるっていうのに長話させんじゃねぇよ。
風が吹く。それにはまだ凍てつく何かが込められて体から熱を奪っていく。それを嘲笑うように木々が枝や葉を鳴らしている。
そう感じている間もシカマルは必死に思考を巡らしているのだろう。
きっとどうでもいいことを、ね。
シノとチョウジとシカマルだけで今のオレ等を相手にすることなんて出来る筈が無い。無理さ、お前等三人でもリー一人分なんだからな。
「帰るぞ」
シカマルの苦渋に満ちた声が森に木霊した。
チョウジとシノがそれに静かに頷いてキバとネジとリーを背負う。
「俺等はもしナルトが本心で里を抜けたとしたら何もしないって決めてたんだ」
「言い訳だよな、それって」
「分かってる」
なんでそんな悲しそうな顔をしているのだろう。オレ達はそこまで深い仲じゃなかっただろうに。
また勘違いか。きっとそうなのだろう。俺が考えているよりも皆は俺と仲良くしているように勘違いしている。
立場の違いってやつだ。立場が違うと自然と思考も違ってくる。オレは奴等に嫉妬していた。だが奴等はオレを追いかけようとしていた。全然違うじゃないか。
お互いに勘違いしていたんだよな。お互いに馬鹿なんだよ。
「次…」
シカマルがそうポツリと言った。
そういや見たこと無かった。シカマルが殺気立ってオレを見ている顔なんて。
「次に会ったときはお前を殺すぜ」
寂しくは無かった。これで最低限の関係が繋げられるなら、
「それもいいね」
オレもお前を殺すよ。
「貴様! どういうつもりだ!」
確かテマリだったかな、あんまり覚えてないから自信はないけど。
「そっちこそどういうつもりかな? あれは音と砂の共犯だった筈だけど」
「風影様をこっそり暗殺しといて何をいうじゃん!」
んであっちの歌舞伎役者みたいな化粧をしているのがカンクロウだったか。気色悪い顔をしているな、と僕はそう思った。
「風影を殺したのは君達が了承してからだよ、確か君達の上司のバキだったっけかな」
強面で頑固そうだったな。元気でしているかな、デスクワーク。あの後だしね、かなり仕事が回ってきただろうね。というか打ち首じゃないのかな、あの人だし、最初に木の葉崩しに乗っかってきたのは。
「くっ…ぐぁ!」
「我愛羅ッ! 大丈夫か!?」
ああ、彼と同じ化け物か。おっと、もう彼は化け物じゃなくなったんだったか。いい研究材料だったのにな。
それと彼には少し眠ってもらうよう脳神経を緩ませてもらった。寝ると尾獣が出てくるらしいしね、眠ってもらえれば任務は完了だ。
まだ中忍の枠を出ていないといっても上忍に近い二人と中堅程の実力を持った人柱力を相手にこの余裕を持っている僕。結構強いのかもしれないな。
「君達はまだ殺さないよ」
「どういうつもりだ!」
そう叫ぶなよ、五月蝿いじゃないか。
「もう少し熟してから摘むつもりだからね、彼等が」
砂崩しは絶対に実行されるだろう。全てを音に罪を着せて悠々と過ごしている砂に腹が立たないほど大蛇丸様は聖人君子じゃない。元から聖人なんてものよりも悪人だしね。
あの人は人の幸せを奪う方がきっと好きなんだ。
それでも気紛れで人を幸せにしてしまうときもある。他人から見るとそれは幸せじゃなくとも本人からしたらこれ以上に無い幸せだ。
他人の幸せなんて誰も理解出来ない。
「もう十分に足止めが出来ただろうから僕は帰るよ。その化け物君は休ませたほうがいいよ、簡単に暴走しそうだからね」
彼と違って精神が弱すぎるみたいだからね。そこだけの違いだよ。彼と君の差ってのは。
ああ、疲れた。
道中で次郎坊が死に掛けてたから治療したりして思わぬ浪費もしたから早く帰って一休みしたいね。
僕は元からデスクワーク派なんだ。下らない事に使う体力なんてこれっぽっちも持ち合わせては無い。
王様は一人で十分、それをどれ程の高みまでデコレート出来るかが僕の楽しみさ。
ずっと気になっていた三人組と一人がこの森から消えた。風が教えていてくれたが、所詮は場所と人数だけ。白眼を使ってもいいがめんどくさくて使わなかった。
シカマル達が去るのと同じくらいだったから増援だと思ったのだが違うのかな。まぁ、どうでもいいか。俺等には相手にすらならないだろう。
だけどさ、それとはまた別に二人組みだこっちに来てんだよ。それも物凄い速さで。
あと数分もせずにここに辿り着くだろう。誰だ? こんな速さでやって来るのは。上忍か? いや、それは無いはずだ。今は里の復旧のために任務に全力を費やしている。
「木ノ葉もしつこいぜよ」
鬼童丸には分かったのだろう。そういやこいつ森中にワイヤー仕掛けてるって言ってたな。それでか。
「またかよ、いい加減諦めりゃいいのによ」
左近も苛立っているね。つうかこいつも短気だよ。怒らせないようにしておこう。
「つうか誰だよ、見えんだろ? チビ」
「チビって言わないでくれたら見てやるよ」
「んじゃ見なくていい」
「お願い見させてください」
後輩虐めだよな。これって。そこまで言いたいのか、チビ。チビチビチビ、聞いてて身長が本当に気になってきたよ。音の里に着いたら測ろうかな。
渋々白眼を開眼する。見えたのはサクラを背負ったサスケだった。
シカマルから聞いた話と違って目が輝いているんだけどね。
さて、どうしたんだろ、オレ。なんか嬉しい。