「いや~遅れて済みません。ちょっと道が工事中でしてね、避けてきたら遅れまして……」
幼少の頃より天才と謳われ部下を持つまではこの里の稼ぎ頭として君臨していた者が言うのだから普通の慣性を持った者ならばそれで納得する筈だった。
「……観戦で人が沢山来ますから二日前には事前工事を全て終わらせてますよ」
片手に官能小説さえ持っていなければの話である。それと顔に反省という文字が存在していなかった。
ゲンマは笑う。偉くなっても変わらない、というその性格だけを。人格自体は破綻してしまっていると分かっているからその性格だけを。
何がカカシをここまでしたのだろう、と何度も思ったが答えが出るわけも無く必要でもなかった。
「ま、何だ…かんなり遅刻して登場しちゃったけど…サスケの奴って失格になっちゃった?」
「…大丈夫ですよ。失格にはなっちゃいません…うちはサスケの試合は後回しにされました」
ただでさえ前回の時の歓声を一つでさえまだ聞いていないというのにここでうちはサスケを失格にしてしまったら観客は帰ってしまう。
火影が言っていた戦争の縮図、もしそれが正しいというのなら今の状態をどう解釈する。
木の葉の忍びは残り既に二人しかいない。それ以外は全てが他の里出身の忍びばかり。
もしこれが戦争と言いたいのであれば木の葉は立派に敗退している。
「アハハハ…そりゃ良かった、なぁ?」
「ああ、これで失格だったら殺してるところだった……」
目の前には今大会の一番の目玉であるサスケが立っている。この一ヶ月で何が変わったか分からなかったがその疑問はすぐに解決することとなった。
「…………マジ?」
「マジだ」
一瞬、サスケの右手がバチッ、と放電する。
「(これが下忍かよ…)」
明らかに声質変化を習得していると言っているようなものだった。
たかが下忍が高等技術を一ヶ月で学べるものか、既に体得しているゲンマだから分かる。それは不可能だということを。
「こりゃ相当楽しめそうですね」
「分かる?」
遅れた分稼がせてもらいますよ、ゲンマはそういって口に咥えられた楊枝の表面を舌で舐める。湿っていなかった。緊張で口の中がカラカラだ。
この大会はおかしすぎる。毎度見てきた子供の遊戯のようなモノと呼べるものは一つとしてない。
この大会はおかしすぎる。毎度見てきた子供の殺気など存在せずあるのは本当に死と隣りあわせで手に入れてきた本物ばかり。
「試験官、もう既に死んだ奴は出たのか?」
ゲンマが始めようと心を入れ替えてすぐにサスケが尋ねた。
その顔は本当に不思議そうだった。
「んや、まだだ」
ゲンマは努めてそう言った。
その死人が出るのを止めたのが自分自身だということが分かっている。
あの時にすぐにうずまきナルトの名を上げていなければ確実にネジは殺されていた。試合前の目とは違いナルトは興味無さそうにネジを見ていた。あれは既に里を去ったゲンマの元上司の目と同じ、まったく同じ目だった。
この里は人を狂わす。
ある人間は暑苦しい激眉となり、ある人間は官能小説の虜となり、ある人間は官能小説の作家となり、ある人間はオカマとなり、ある人間は悪魔となった。
「さっさと始めるぞ」
ゲンマは自分はそうならんぞ、そう心に決意して木の葉全盛期の最後の中忍試験を始めた。
狂った歯車の上で
ある時、自来也は火影にこう零した。
「ワシは皆にワシ等三人が戦争で知った痛みやそれを乗り越えての平和を伝えたかった」
自来也はそう言う。なにを今更、と火影はキセルを咥える。
「直接皆にそれを伝える。しかし、それは何時か彎曲するか忘れ去られるだけ。それを理解した時には大蛇丸は里を去っておった」
自来也は常に大蛇丸を意識していた。しかし大蛇丸は才ある者を愛し自来也にはその才がなかった。しかし自来也が開花した時には大蛇丸には自来也に対して関心を完全に途絶えていた。
「本、そうだ。本ならば忘れ去られずに間違いも読むごとに解消されていく筈だ。そう思いワシはその本に全てを書き綴った」
それこそが自来也の作家人生の第一歩だった。ただでさえ勉学を好きとしていなかった自来也が初めて自ら筆を取った時だった。
「すまぬが…ワシはその本を読んだことがないぞ」
教授とまで謳われた四代目火影、根っからの読書好きである故に大概の本には興味はある。しかし自来也が著者である書物はイチャイチャ・パラダイスしか読んだことが無い。もちろん火影はその本を絶賛した。
「重版すらされなかった…そして残った原稿にワシの飲んでいた酒が零れて滲んで読めんようになっちまった……」
自来也はこの世の終わりのような顔をしてそう言った。
火影は一つ疑問を持った。
自来也と言えば知らないものがいないくらいに今となっては有名である。それなのに売れなかったというのはおかしい。
もしや別の里で販売していたとか、そう火影が尋ねようとした時自来也は小さい声で震えるように言った。
「ペンネームのせいでゴーストライターと間違えられてたなんて……本人なのに…」
火影は今先ほど自来也にサインを描いてもらった自身のイチャパラを見た。
本人の名義で本名が書かれていた。
「自暴自棄で書いたイチャパラは売れたのに…」
もう自分の名誉などいらぬ、どうせワシが書いた本など誰も買わぬ。そう自分を乏して自来也の名義で販売されたイチャパラは独身男性に多いの支持を得た。
火影は思う。
この里は人を狂わす、と。
そんなくだらない事を思い出し現実に戻る。
くだらない想像は現実にうずまきナルトは狂っていた。
火影が思ったとおり、里が彼を狂わせた。
天才と呼ばれたネジを倒し、その上殺そうとまでした。何が彼をそうさせたのか理解できなかった。
自分が思う里とは美しく皆が家族と認識し協力し合っていた筈。だが里が協力し合っていたのは彼を苦しめることだけ。
謎は解けることは無い。解けることが無い故にそれは謎と呼ばれる。
その謎は解けることは無い。
それはこの試験の最後、火影が火影として死ぬ時まで。
「大変長らくお待たせしました。第一回戦四戦目、我愛羅VSサスケ…始めッ!!」
ゲンマの手が振り下ろされ、試合が開始すると同時に我愛羅のヒョウタンから砂が飛び出し、サスケは砂からバックステップで離れるのではなく更に前進した。
自分ならばどうするか。サスケの試合を観客席に座りながらそう思った。
しかし、それを考える前に解決しなくてはならないことがあった。
「ヒナタ…本当にお前だけなんだ」
「それであの人も落としたんだね…」
天才は凡人を理解できないか…。
素晴らしい発想力だ。どうやったらそこへ辿り着くのかが分からない。
「オレはヒナタ以外に愛してないさ」
「それであの人も落としただね…」
何故だろう。何人かはサスケ達の激しい戦いよりもオレ等の静かな戦いを観戦しているようにしか思えない。
オッズで言えばどっちが高いのだろう。ヒナタが1,2倍でオレが大穴じゃないかな。
勝てそうに無いわ。
「どうすればオレの話を信じてくれる?」
「好きって言って…」
「好きだよ」
「嘘だよ」
「なんでそう思う?」
「軽いんだもん。感情が篭ってないよ…」
「仕方ないじゃないか」
「どうして?」
なんでだろうな。
オレにもわかんねぇよ。
「初めてだからじゃないかな?」
「なにが?」
ヒナタ。お前は何も分かっちゃいないよ。
オレにだってよく分かんないんだから。
「人を好きになること、かな」
だからオレは本当にヒナタのことが好きなのか分かんなくなっちまった。
これが本当に好きという感情なのかどうかが分からない。
「ヒナタはどうなんだよ」
「え?」
呆けるヒナタは今のオレには滑稽だった。
「オレのことが好きなのか? だったらどうして好きなんだ?」
なんか冷めた。
今日にはこの里がなくなり同じ空間にはいられないというのにオレは何をやっているんだろう。
オレは馬鹿だから他人のことなんて分からない。自分のことだって分からないって言うのに他人のことが分かる筈が無い。
知らない人、つまり他人だ。
オレ以外の人物は全員他人だということだ。
それで好きな他人か嫌いな他人かが分かれていっていくだけのこと。
「私は…同じだったからかな」
同じ、それはどういう意味だろう。
意味をちゃんと分かっているのだろうか。
「誰にも認められなくって辛かった。きっと私だけ、って一人で自分の不幸に酔っていたんだと思う」
「それで?」
「そんな時にナルト君を見つけたの。この人なら、そう思って話し掛けて…」
「アカデミーで握り飯を持ってきたときか?」
「う、うん」
ヒナタは勝手に美しい思い出に浸っている。
ああ、やっぱりそうだったのか。
あの時感じたアレは、やっぱりアレだったのか。
そもそも何故オレがオマエに構わなければならないんだ。
オレが人を好きになるなんて許されるわけ無いだろう。ああ、オレが馬鹿だからこんな間違いに気付かなかったんだ。
「オマエ…リーとそっくりなんだよなぁ」
オレがオマエと同じ? 笑わせるなよ。でも本当は笑わない。
どこからどこまでがオマエと、名のある一族の宗家の天才であるオマエと一緒だ?
慈愛に溢れている。戦いを望まない。皆に愛されているオマエとオレが一緒だっていうのか?
目の前には理解していないという顔のヒナタがいる。なんでオレが彼女の隣に座っているんだ。
皆、勘違い捨てやがる。皆が思い違いをしてやがる。
オレは言った。勝手に勘違いしてやがれ、と。
だけどこれだけは勘違いして欲しくない。
「オレとオマエは違う」
「違わないよ」
「いや、違う」
「どうして?」
ヒナタの顔から冗談が消えた。彼女も感じ取ったのかもしれない。この空気を。
オレが真剣に言っているということを。
だからオレも真剣に言おう。
「オレは百凡の中に埋もれる凡人だ。だけどヒナタは違うだろう。オマエは名家の宗家で才能ある天才だ」
「そんなの関係ない。全然関係ないよ」
は? なに言ってんだ。 ちやほやされ過ぎて世間知らずだったのか?
だけどヒナタは悲しみを帯びた眼で真摯に言った。
「ナルト君も…孤独だったよね」
それが全てをぶっ壊した。
「私も孤独だった。必要ないと目で言われ続けた。なんでハナビが長女じゃなかったんだろうって考え続けた。誰も私を見ない。誰も私を知ろうともしない。誰も私を感じようともしなかった」
ああ、やっぱりオレはヒナタが好きだったんだ。
彼女だけが共感できていたんだ。
だけど、
「今のヒナタがオレと一緒だなんて思わない」
今のヒナタは強くなった。輝きを手に入れた。
逆にオレは随分と弱くなった。ヒナタの輝きが眩しすぎる。
何時からだろう。淋しく光を放つ月よりも燦々と輝きを発する太陽のほうが好きになったのは。輝きが欲しいと思えるようになったのは何時ごろからだろう。似合う筈も無いのに、分不相応だってことくらい簡単に理解出来るって言うのに。
歓声が沸きだった。そして静かに幻想的な羽根が舞い落ちてきた。
それと同時にオレの熱を冷やす雪が出現し氷魂が会場中に落下していく。
「…サスケの時もそうだ。なんでこう悪いタイミングで始まるんだろうな。オレ達は縁が無いって事かなぁ」
逃げ惑う観客達の中、オレとヒナタだけが止まっている。そこだけ時間が進むことを忘れてしまっているようだ。
「ヒナタ…」
ヒナタはオレの答えを待っている。
頑張って待っている。この周りの空気を無視することに神経を回している。
そこまでして聞きたいのかよ。オレは流して欲しいんだけどなぁ。
言うよ。聞き逃すなよ。もう一度言うなんて今のオレには出来ないよ。
悲しすぎてさ。
「今のヒナタがヒナタを幸せにしてくれるよ」
ヒナタの驚愕の顔。そしてオレの腹を突き破る化け物の爪。そして腹を食い破って姿を現す血に塗れた久しく見ていない化け物。
『この身に染みた憎悪を返そう。ワシの憎悪と共になァ!!』
化け物の咆哮と共に観客の悲鳴を感じた。
馬鹿な奴らだ。人間が作り上げた封印でこんな化け物を留めておける訳ねぇだろう。
オレの血が流れていく。目が薄らう。駄目だ。アイツ、オレの全部持って行きやがった。
内臓も全てグチャグチャだ。散々恩を売ってやったっていうのに最後はこれかよ。
オレは最後に化け物に向かって小さく言った。届いくか分からない。それでも言った。
「…あんま、殺しすぎるなよ」
コン、と化け物の鳴き音が里中に鳴り響いた。
「…遅ぇん…だ…よ」
やっと鳴けたじゃねぇか。オマエは頑張ってたんだな。だけどオレはここでリタイヤだわ。
ごめんな。