寂しいけど、すぐに慣れるよ。
さよなら。
狂った歯車の上で
愉しかった、それでいて楽しかった。そう言える時間だった。
顔を殴り続けたにしてもネジとの間はそうは変わりもなく、ただ殺伐としていた。
勝負を掛けられたら気を失うまで殴り続けた。
話しかけられたら白眼でも探し出せなくなるまで逃げ続けた。
オレは―――アイツが嫌いだ。
溢れんばかりの才能に生きるに苦のない環境が用意されている。
自分とは表と裏のような生き方、と思っていた。
それでも研究していれば宗家と分家についてくらいは分かってくる。
アノ日向ネジの生き様も知った、そして腹が捩れるまで笑ってやった。
冷静に考えると原因が自分だというのに気づいたが、アイツならオレを殺す権利も無くはないと思えた。
オレはアイツが嫌いだ。だけど、滅茶苦茶に嫌いなわけじゃない。どういう基準なのか自分でもわからないが、まぁどうでもいい。
そしてロック・リー、馬鹿みたいに真っ直ぐで、馬鹿みたいに綺麗だった。
人生を掛けて自分の存在意義を探そうとしていた。オレはもう諦めたっていうのに。すごい、と思った。
はじめて見た時とはもう違う、強い輝きを放って、今のリーは歩いている。
認めてやる、アンタは最高にカッコいい。オレの知りうる中で唯一、本当に唯一自分の道、人の道から外れた人だった。
最後にテンテン。本当によくわかんない奴だった。
試験の前日に一緒に合格しよう、だなんて言ってきやがって、本当に合格しようかと思うくらいに嬉しかった。
唯一、自分と普通に接してくれた生徒だった。本当に、本当に感謝したい。
出来ることなら、自分のしている事に気づいて、止めてくれていたなら、なんて思うくらいに愛しい。
きっと、オレって惚れやすいんだと思う。やさしくされちゃうとすぐに、好きになる。
手を引っ張ってくれたときにはきっと、既に狂い掛けてたかもしれない。
手裏剣の授業の時はもう壊れてた。きっとオレはアンタに壊されてた。
だけど、アンタは皆に対しても同じだった。だからこれはオレの片思い。
アンタが好きだったのはネジだった。だからオレはネジが嫌いだった。オレはきっと嫉妬深い。
でも、今回は捨てさせてもらう。
まだ、大切なものが見つけてないから。
「四代目の、、、、馬鹿野郎ッ!!」
罵声と共に拳が下され、いつもの狂乱が始まった。
「……ハッ……ハッ…」
痛い、とも言えずに地面に恥ずかしくも無く横たわる。
腕が折れてる。直るのに時間がかなり掛かるだろう。直った後も少し歪になるだろうし、いいことなんてありもしない。でも、これで試験なんてサボれる。
糞野郎、糞野郎、糞野郎と何度も言ったが効果はまったくなく逆に相手の怒りを買い何時もよりも長く殴られ続けた。これも仕方ないと思っていても、腹が立つ。
久しぶりにキッツイお仕事をして達成感と不快感が混ぜこぜになった感じ。
血が流れすぎた。視界が霞んでくる。きっと痛みも原因なんだろう。
まだ日が高い、斜陽が顔面に降掛り、眩しくって何も見えない。
だから昼は嫌いなんだ。なんでも眩しく見えて、綺麗に見えて、別の生き物に見えやがる。
なんかフッと思えた。
この眩しい光がオレの知っているナニかに似ているって―――――そう、テンテンの笑顔みたいだ。
綺麗だった。裏の無い、本当に綺麗な笑顔だった。
テンテンはこれで下忍になって、もう会えなくなるかもしれない。オレは下に残ってせっせと自分の為だけに動き続けるんだが、それでも、会いたいと思った。
もう一度、もう一度だけでいいから――――オレの為に笑ってくれ。
「時間かい?」
「はい」
先生が尋ねる。
オレはなるべく軽めの服を着て、春なのに肌寒く、故に上着を羽織って外に出る。
空調の整えていない家から出ると、多少でも暖かさを感じてしまう。最近の夜は今が春なのか怪しいくらいに寒々としている。
「新学期だなんて、やっぱり子供だってわかるねぇ」
「そうですね、ぞろぞろと面倒なことをしてますもんねぇ」
わざわざ子供を新しい学校へ連れて行く保護者達、孤独が原因でもないが、なんだか心が荒む。
「嬉しいんだよ、子供の成長の証だからね」
「そんなもんなんですか?」
そう尋ねると先生は手を顎にやり悩むだけのポーズをとって
「さぁ? どうなんだろ」
予想してた通りそう言った。
「そうですよね、経験も無いのに分かるわけ無いですよね」
深いため息を吐いて外を見る。さくらの花びらが此方まで飛んでくる。綺麗だなぁ、と思った。
「どうだろうね。少しくらいは分かるつもりだよ」
「え、なんて言ったんですか?」
そう言っても先生は言ってくれなかった。
ただ、笑ってオレを見ていた。
その笑みは不快感を感じさせずに、ただ恥ずかしいな、と思えた。
あの夜、気絶していたのに誰かのオレを呼ぶ声で眼を覚めた。
「……て…………きて……」
「ん」
血で固まった瞼を無理やりに開かす。
視界は壁に挟まれており、いつも見ている、見飽きない夜空が少ししか見れなかった。
「起きて! ナルト君!」
ゆさゆさ、と身体を揺さぶり続けているのは、、、テンテンだった。
血の足りない状態で頭を揺らされるというのはあまり気持ち良いものではなかった。
「ちょっと…待って」
そう言って腕に力を入れて立ち上がる。
そしてガクッと倒れこむ。そして身体中に走る激痛。気がつけば叫んでいた。
「痛ッ!!」
折れていたのを忘れていた。曲がってはいけない方向に肘が曲がる。
「大丈夫ッ!?」
それを見て顔を青くするテンテン。少し嬉しかった。自分の為に心配してくれる彼女がいることに。
「………はは、本当にいい笑顔するなぁ、アンタ……いや、本当に」
そういって折れていないほうの腕でテンテンの髪を梳こうとする、でもコイツ、髪を束ねて団子だったから梳けなかった。ちょっと残念。
「なにやってるの! 早く病院に―――」
そう言って身体を持ち上げようとするが、如何せん力が足りなくて持ち上げられない。
「いいよ、どうせいつも通りだから、気にすんなって」
知らなかったのか、意外だな。結構みんな知ってるんだけどな、いや、本当にアンタ意外性No.1だよ。
「誰よ! こんなことしたの!」
うわ、本当に知らないでやんの。流行に遅れてるってやつかな。
「知ってどうするつもりよ?」
ゼェゼェ、と浅く呼吸をしながら楽しそうにテンテンを見る。
なんて言うんだろう。コイツ。
「一発ぶん殴って、それで謝ってからここに連れてきてナルト君に謝らせる」
はは、やっぱりアンタ最高だ。やべぇ、惚れそう、いや、もう惚れてるな。
「淋しがり屋ってのは惚れやすいんだぜ」
「え?」
トン、と首筋を軽く叩く、それで全ては終わる。
倒れてくるテンテンの重さを、布団代わりにして、身体を暖めて、幸せなひと時。
「重ぇ……でも暖けぇ」
少ししか見えなかった夜空が、テンテンの顔で侵食されて、視界が全てテンテンの顔となる。
いいなぁ、こんな天井があったらいつでも幸せな気持ちで寝れるだろうなぁ。
いつでも笑っててほしいなぁ、オレのために。
だから、
「アンタは……優等生のままでいてくれ、オレの為によぉ」
いつでも笑っていてくれ。
全てに平等で、薄っぺらい関係のままでもいい、それでも、笑っていて欲しい。
「はは、最高の夜だよ―――――最高だ」
オレは忘れない、でも忘れてください。
寂しいけど、すぐに慣れるよ。
さよなら。