試験会場の目の前にある物見席には既に三代目火影が席に座っていた。
そこから見える景色は人の海と言ってもいいほどの観客である。
「特に今年は人が多いのぉ…日向にうちは、それに旧家がおるからのぉ…」
にこやかに下を見下ろしていると後ろから数人この物見席にきた。
「…ぬ、風影殿良くぞいらっしゃった」
二人の護衛と共に五影の一柱である砂隠れの里を治めている風影が姿を現す。
「今年は一段と人が多いようで、随分と賑やかですね」
口元は布で見えないが目は友好的に笑みである。
「道中お疲れじゃろう」
「いえ、今回はこちらで良かった。今の火影様には、少し辛い道程でしょう。早く『五代目』をお決めになった方が良いのでは?」
忍びの本分は騙し合う事。大蛇丸はナルトが称すオカマ口調をカブトの協力を得てなんとか克服し会話を繋げる。練習中に何度も舌を切らせてくださいと頼まれたりする。
「ハッハッハ、そう年寄り扱いせんでくれ、今はまだ現役でのぉ、すぐにボロが出そうじゃわい」
そう軽快に笑って火影は観客達へ開幕の挨拶をするために立ち上がった。
狂った歯車の上で
「本戦で出場する事になっているうちはサスケ及びうずまきナルトの二名がまだ到着していないようです」
その言葉に三代目火影が顔を歪ます。
きっと彼は最後までカブトの実験に付き合っているのだろう。
話では自来也と修行をしていたと聞いていたけど殺されかけて帰ってきたらしい。
それが一層彼に闇を作った。もう彼はこの里に未練はない。
久しぶりの木の葉に帰ってきて面白いことの連続、思わず笑みが出てしまう。
しかしここでしっかり隠しておかなければバレてしまう。
「忍びが規律を破るということは多少でも良くないことじゃな」
規律だなんて破る為にあるんじゃないのかしら。
守っているだけじゃ馬鹿馬鹿しく思えてくるけど一応頷いておこう。
「そうですね、これ以上待たせると観客の皆さんが気を悪くするでしょう」
すでに観客達は興奮で薬をキメたような状態になっている。ここでこれ以上延長したらどうなるかしら。
「仕方ない、初戦のネジ対ナルトの試合を三分間だけ待ってやってくれ、三分を過ぎたらネジの不戦勝じゃ」
そう三代目がゲンマに伝えて私達は改めて観客を上から見下ろした。
「初戦は日向ネジの対戦相手であるうずまきナルトがまだ来ていないため三分間の猶予を置きます、三分間を過ぎると日向ネジの不戦勝となります」
ゲンマの声が観客や受験者に伝えられた。
受験者からは安心と動揺が波のように広がっていくのが分かる。
それは当たり前だろう。これは下忍だけの為の中忍試験、それに明らかに下忍という小さい枠からはみ出ている彼が出場されたら勝てるわけが無い。
音の四人衆ですら厳しいかもしれない。呪印を使わなければ対等に戦えすらしないかも知れない。しかし、それでは意味が無い。彼にだって呪印があるのだから。
いい線まで戦えそうなのは鬼童丸くらいね。音は通用しないから多由也じゃ無理だし。接近戦しか能のない次郎坊なんかその接近戦で負けている。
左近と右近なら鬼童丸と同じくらいできるかもしれない。それでもあの二人は暗殺用に鍛えたからその暗殺にしたって彼に負けている。
やっぱり君麻呂しかいない。
どうにかならないかしらねぇ。
そう悩んでいると気が付けば会場が少し荒れていた。
未だ来ないナルト君に対して野次を飛ばす観客が少なからずいる。相当嫌われているわね、まぁそれが今ではありがたいんだけど。
それを聞いて眉を顰めている三代目、自分の政策に失敗していると信じきれていない可哀想な人。
家族でも喧嘩をすれば殺しもする。皆が心優しいと思っているからそうなるのね。私も気をつけなきゃ。
未だに野次を飛ばし続けている観客に注意したくてしょうがない。彼なら貴方達の後ろで哂って立っていますよ、と。
「ゴホッ…ゴホゴホッ!!」
横に座っていたヒナタが突然咳を起こした。
「おい! ヒナタ、血が出てんじゃねーかよ!」
ヒナタは突然行方を暗ませたナルトを白眼で探し続けてまだ完璧に回復していねぇっていうのに無理し続けた。
あの馬鹿野郎、どこにいやがるんだ。
俺が医者がいないか探そうとした時、すでにナルトが目の前に立っていた。
「大丈夫か、ヒナタ?」
優しそうな顔でヒナタの腹部に手を添える。その手が淡い光で光っている。
きっと医療忍術なんだろう。青かったヒナタの顔色が戻っていく。
「う、うん…大丈夫だよ」
やっと見つかったナルトにヒナタは嬉しそうに、そして不思議そうに見ている。
何故消えたのか、それを尋ねたいのだろうが聞ける空気じゃない。そう聞かせない顔をしている。
だから俺が尋ねた。
なんで怪我をしていたヒナタをほったらかしにしていやがったんだ、と。
「ナルト、テメェ今までどこにいやがった! ヒナタがどれだけ心配していたか分かっているのか!」
怒気を込めていった筈なのに、ナルトの顔には何の変化も見えなかった。
全てを見透かしたような目でナルトはこう言った。
「オレだって狂っちまいたい位に苛付いてんだ。ヒナタがオレの為に戦ったんだぞ。それに対してオレは絶対に負けられねぇんだよ」
いつものナルトの筈なのに、いつもは覇気がなく苛立ちが目立っているのに、今目の前に立っているナルトは別人に思えた。
覇気とも殺気とも言えない気配が発されて何時も以上に危ないように見える。
本人が言ったように狂いそうなのかもしれない。
周りがなんといっているのかが分からない。きっとナルトに対して野次を飛ばしているのだろう。
良かったな、テメェ等。ナルトの怒りの対象がネジじゃなかったらもう二度と飯が食えなくなっているぜ。
「ヒナタ、遅れた礼はいつかするよ」
そう言ってナルトが消えた。本当に消えたように見える。
その直後に観客の声が会場中に響き渡る。後ろを向けばナルトが会場の中央に立っていた。
あの一瞬であそこまで移動するなんて、本当に戦わなくて良かった。予選で当たっていたら自分の弱さに絶望していたかもしれない。
「ヒナタ、賭けしねぇか?」
「えっ?」
分かる。自分が笑っていることが。
「ナルトが勝つに俺の小遣い全部だ」
アイツが負けるはずが無い。
今のナルトはどんな相手にだって負けない。
ヒナタは笑っていた。何が可笑しいっていうんだ、そう思っていたら。
「それじゃあ賭けが成立しないよ。ナルト君に私の貯金全部賭けるね」
「んじゃお互いに外れたらみんなでその金を使って盛大な打ち上げしようぜ」
「お店、予約する?」
「いらねぇな」
「うん」
今まで賭け事で勝った試しはねぇが今回は勝てそうだ。
「時間は大丈夫か?」
宗家の娘を治療し終わってやってきた彼は大して興味無さそうにゲンマに尋ねた。
戦えるのが当たり前だと思っているのだろう。のんきなものだ。
「…ギリギリだ」
きっと時間は過ぎている。それでもそれを言わせないような空気を彼は放っている。
「そうか…急いできた甲斐があったよ」
馬鹿にしたような笑みを浮かべて彼はそういう。
時間がギリギリまでカブトのところに居たくせによくいう。
これまでの大体の彼の行動で分かったことは木の葉の里の者に対して敬意というモノを一つとして見せていないところだろう。彼はきっとこの里を出て音の里へやってくる。
それを想像すると笑みが浮かぶ。マスクのおかげで悟られずに済んでいるがもし無かったら即座に怪しまれたかもしれないわね。
彼がこっちを見た。
私が風影としてこの場にいることを知っているのだろう。カブトが教えたのかも知れない。
「第一回戦、日向ネジVSうずまきナルト…始めッ!!」
ゲンマの腕が振り下ろされるのを観客含め受験者の全員が見つめていた。
「この時を長い間待っていた…」
ネジが構えを取ってそう静かにいった。それには子供が出せるとは思えない貫禄さえ感じる。
彼が苛めるだけ苛めて捨てたように目の前を去ったのを言っているのかもしれない。
「オレも待っていたさ…だけど直前で理由が変わった」
彼の眼の色が変わる。
今まで静かだった彼の眼が確実に変わった。それは憎しみすら込められた色に。
「テメェはヒナタを傷つけた。オレは絶対にお前を許せそうにねぇ」
彼が構えを取る。左足を後ろにずらした半身の構え。
それがどういう意味を成すのかは戦えば分かるかもしれない。
「腑抜けたお前が真剣になるようにした甲斐があったな…」
予選でのセリフや攻撃の一つ一つが彼に対しての挑発だった、と解釈してもいいわね。
よく考えてる。だけど、怒らせた彼のことも考えたほうが良かったんじゃないかしら。
「んな理由でヒナタに傷つけてんじゃねぇよ」
彼の中のチャクラが動き出した。
予選の時とは違いすぎる速さで体に浸透していく。
ネジも白眼を発動させて彼の内部のチャクラの動きに気付いただろう。
そして彼、ナルトが動いた。
観客から見れば不思議にしか思えないだろう。突然ネジの真横に彼が現れたのだから。
そして一般人の目からしたら彼の腕が見えない。首を折り曲げるつもりで彼は拳を振るっている。
「ッ!?」
ネジは急いで首を折り曲げる。そして折り曲げた方向にはすでに彼の膝蹴りが待ち受けている。
派手に鼻血を撒き散らしてネジが吹き飛んだ。
それがさらに動揺を呼ぶ。
日向家関係の者からしたら信じられないこと。何故なら白眼を持っているものが相手の攻撃に反応出来ないわけが無いのだから。
写輪眼よりも洞察力を。そしてその洞察力は接近戦で本領を発揮する。それなのに一方的に攻撃を受けた日向の歴史の中でも天才と呼ばれても遜色のない程の才あるネジが同じ下忍にだ。
私の見立てだと彼の体のキレが良すぎる。カブト、彼の体を相当弄ったようね。
軟の改造で関節という役割を省いている。あれでは体全体が関節じゃないの。
簡単に言えば股関節と膝の中間にも彼には関節があるのと同じ。
「おいおい、これで終わりかよ。拍子抜けも大概にしろよ」
本当に拍子抜け、という顔をして彼はおどける。
その態度が観客に怒りを覚えさせる。それも彼にはどうでもいいこと。彼にはこの里の人間など雑草くらいにしか思えてないはず。
まさか最後の調整を自来也がしてくれるとは思っていなかった。
「ナルト君、でしたかな。中々すごい体術を使いますね。これも木の葉の体術の一つですかな」
猿飛先生にも見えただろう。彼のしたことが。
非人道的な改造を施さない限り出来る筈が無いのだからこの人にとっても理解があるはずだ。私が編み出した方法なのだから。
「分かりかねます…一体どうやって…いや、誰がこんなことを」
あらら、もしかしたらカブト殺されちゃうかもね。相当怒らせちゃったみたいよ。
何故かカブトの笑う顔が思い浮かぶ。あの子楽しんでるわね、今もどこかで見ているかもしれない。
そしてどこか重なって見えてしまう彼の嘲笑、変なところまでカブトに似てしまっている。所詮は似たもの師弟ね。悪趣味だわ。
だけどそこは嫌いじゃない。私も悪趣味だから。
「こんなところで…終われる筈が無い!」
そういって立ち上がったネジ、気迫はすごい。それでもまだ彼には届かない。
「くく、上等だ。そうじゃなきゃつまんねぇって」
彼は哂う。自分を含めてネジを。それはこの里にい続けてしまった彼の後悔の結果なのだと思う。
なんで残っていたのだろう。本当にこの里が嫌なのなら去ればいいのに。ヘタレなのね、小心者なのよ。
ネジが彼に向かって駆ける。それは速い。速いけど予選の時に見せたリーの速さには到底追いつけていない。
それに向かって彼が拳を振るい続ける。当たるとは思っていないカウンター、何故ならネジはリーが持っていない白眼を持っている。リーが何故アウトボクサーのようにヒットアンドウェイで戦っていたのかは避けられない相手のカウンターを恐れてだろう。リー自身の速度は長所にして短所となりうる。あの速さでカウンターを受けたら一溜まりもない。だけどネジにはそれを回避できる術がある。
そしてネジのカウンターが彼の右肺に叩き込められた。
しかし彼はそれに対してのカウンターでネジを蹴り飛ばす。
跳ね上がったネジに対して更に下段上昇蹴りで蹴り飛ばす。空中で大勢の取れていないネジに対して更に腰を砕くかのような中段蹴りがネジの腰に入って壁まで叩きつける。
もう一方的だ。見ていてレベルの違いが分かりすぎる。
傷一つない彼とすでに立ち上がれ無さそうに壁に寄りかかるネジ、それは当たり前ね。
「ネジ、お前がここまで柔拳を極めるとは思わなかった。普通肘や脇腹、まして腰で柔拳までしてくるとはな」
手だけじゃない。ということかしら。それだとしたら凄いわね。頭突きでも柔拳が出来るってこと。
それならば彼が蹴るたびに柔拳をしていたってことかしらね。対策を持っていない者だったらゾッとするな。
「なら、何故…」
効いていない、そう言いたかったのだろう。
普通の人間ならば内臓なんて鍛えられるもんじゃない。普通ならね。だけど彼はカブトの実験道具兼助手よ。
「五臓六腑全てを鍛えてあるオレにはちょいと足りねぇな。オレは年単位でお前の対策を練ってたんだ。コレくらい出来なかったのなら対等張れねぇよ」
当たり前ね。ネジが彼を見ていたのと同じように彼もネジを見ていた。お互いに策を練っていたけど彼の策のほうが優れていた。
どんなことをしてでも柔拳を当てようと考えたネジの攻撃は賞賛にあたる。肘でも臍でも鼻でさえ柔拳が放てるというのなら相手が攻撃をした時にカウンターでどこからでさえ柔拳を与えられる。
それはどんな相手にでさえ脅威だ。それでも彼には柔拳が効かない。普通では鍛えていないところを鍛えているから。
打つ手がないというのにネジは負けぬ様に全身に力を込めて立ち上がる。腰に力が入っていない。最後の彼の蹴りが効いているようね。
「ならば…俺はこれからこれでいく」
そう言ってリーのように右手を持ち上げる。実力者達のどよめきが走る。
まぁ、下忍のくせにこんな技術まで持ってたら驚くわね。
ネジの右手に弾けんばかりのチャクラが収束していく。それはカカシの雷切りのように視覚で見えるくらいに。あのネジという少年、異常なポテンシャルの持ち主ね。
それを見て彼は口を歪ませる。目算でもすぐに分かる。
あれ程にまで込められたチャクラを防げるほどに内臓は鍛えられていないということが。
その上ネジ本人のチャクラが跳ね上がった。あの上がり方、予選で二度も見たから忘れようにも無い。
「お前も…かよ」
彼が呆れ気味に口ずさむ。そりゃそうよ。禁術使いばっかと戦ってんだからいい加減疲れるわね。
「ガイ班の三人は一度は修行している。安心しろ、俺はリーのように化け物じゃあない」
「ちっ!」
ネジの姿が消えて彼の真横に姿を現す。
中々に速い。リー程ではないにしろかなり鍛えてるようね。体捌きも彼に引けを取らないほどに洗練されている。白眼は動きながら自分の体をチェックできるからそれで微調整をしていたのね。
面白くなりそうだわ。
彼が肉体活性化を施して全力を出したとしてもネジが体内門のたったの一門を開けただけで凌駕されるなんて遣る瀬無いわね。
迸るチャクラと風を切り裂くネジの柔拳、それは大いに彼を苦しめている。
どうせカブトに体内門を開くななどと言われたのだろう。それのおかげで今彼は肉体活性化と軟の改造のみで戦っている。
いつもは戦いの場でも冷たい表情の彼が必死な表情でネジの攻撃を避け続けている。
禁術ばかりに頼っているからね。それをカブトは言いたかったのかもしれない。
「ふざけるな! 本気を出せ!」
ネジは激昂する。
それは彼が体内門を開こうともしないから。予選でのリーとの戦いに比べたら今の戦いは低すぎる。
それに対してネジは頭にきているのだろう。
それでも彼は静かに避け続ける。
ネジの猛攻は続く。それは観客の目を引き美しい舞を見せるかのように。
右、左、上、下、どんな状態でも絶妙なバランスを取って最高の攻撃を繰り出すネジの実力は高い。
その上体内門の第一門を開けている。下忍から見れば速すぎる動きといってもいいかもしれない。
それなのに彼には一手として触れることが出来ない。
「何故攻撃をしてこない!」
更にネジは叫ぶ。しかし返事は返ってこない。
次第に不自然に思えてくるこの攻防。誰かこの二人の動きに気付いた者はいないだろうか。
もし気付いた者がいたとしたらまっさきに驚くだろう。
ふふ、本当に面白いことをしてくれる。あの子は。
タン、タン、タタン、タン、という地面を叩くようなリズムが小さくなっている。それは規則正しく鳴り続け誰かが気づいた時にやっと本人も気付けた。
ネジが腕を振るう。そして振るう動作に入るのと同時に彼も避ける動作に入る。
在り得ない光景だ。まるで鏡。二人が同じタイミングで動いている。
「チッ…!」
ネジが腕を振るう動作を急に止めた。それは彼にとっては完全なイレギュラー。だから彼はとめる事が出来ずに避けてしまった。来ることのない攻撃を。
「あら…バレてたか」
彼は笑う。とても楽しそうに。
気が付けば、今日は風が止まない。会場の中を風が駆け巡っている。
あのリズムを刻む音、それは彼の足踏み。そしてそれは、
「お前の鼓動は力強くて常に正常だな」
ネジの心拍音。
ああ、そうか。彼は体内門を使う必要すらなかったのか。
いい鼓動だ。
聞き逃すことの無い力強い心拍音。そして常に冷静でいられるネジの精神力。
お前は本当に強くなった。そしてそれが仇となる。
「本当はよ…お前のその右腕のチャクラの柔拳を喰らってもビクともしないんだぜ」
唐突にそう言った。
きっとオレは許せていないんだと思う。
そりゃそうだ。許してしまっているオレがもし心のどこかにいるんだとしたらオレが殺してやる。
「なんだと…」
ネジはキレてんだろうなぁ。
そりゃ頭にくるし苛尽くしムカつくよなぁ。お前がオレを倒し為に注ぎ込んできたんだからよぉ。
「試して見るか? 一発殴ってみろよ」
そういってオレの左頬をネジに向ける。
アイツはプライドが高い。そしてそのプライドに釣り合うほどの才能もある。そしてその才能を錆付かせない程の努力を惜しまなかった。
認めてやるよ。お前は強い。
「できねぇのかよ。腰抜け野郎」
オレは中指を立ててネジにそう言い捨てた。
「ふざけるなよ!!」
そういって走りこんでくるネジは最高にかっこよかった。
力強い踏み込み。そして軋む筋肉。全身から発せられる覇気。全てがオレを凌駕し飲み込んでいく。
ネジの右腕がオレの左頬に触れるその直前に、
「んなわけねぇだろ。馬ァ鹿」
上半身を有りっ丈捻じ込んで避け、その筋肉の軋みの開放の力を利用したオレの渾身の裏拳がネジの左眼に直撃した。
「ギャアアァアアッ!!」
「チッ…潰し損ねたか」
手には堅い骨の感触が残っている。
アイツ、最後の最後までオレを疑っていやがった。相当オレを信じられねぇみてぇだ。
それと、ネジの身体能力と白眼の力を侮っていたみてぇだ。
当たる直前に首を捻って避けようとするのがしっかりと視界に入っていた。
「まぁ…しばらく使いもんにならねぇだろうよ」
殴った手には破れて漏れた眼房水が付着していた。
ネジは左眼を両手で押さえながら後ろに跳んだ。分かっている。そんなくだらない行動くらい。
倒れるように体を地面と平行になるまで倒し、一気に駆ける。
今のオレの足には関節が六つにも八つにもなれる。それは鞭のようにしなやかに、そして恐ろしい力の伝導率を生み出す。
それがカブト先生の実験の成果。今のオレは普通じゃない。
ネジが着地するであろう場所を予測し感知し先回りをする。そしてネジが着地する直前で足払いを放った。
「ッ!!?」
訳が分からないだろう? 半分以上信じて殴りにかかってカウンターで片目を潰されて恐怖で逃げたっていうのにまた訳が分からないことが起きてんだからよ。
オレだって怖いさ。だけど今は楽しい。
この状況、この光景、この高揚感がオレを楽しく感じさせてくれる。
「オレを本気にさせたいだ?」
腹這いの状態で横たわったネジが攻撃されるだろうと背中に意識が向かうのが手に取るように分かる。
それはまるで小動物が己を守ろうとするかのように、うざい。
「オレが一体何時テメェを相手に手を抜いたことがあるってんだ」
全力の蹴りがネジの手前に地面に突き刺さった。そして振りぬく。
「ギャァアァア!?」
会場の土台は堅い。それは試合用に踏み固められた試験会場の地面が砂になることなく形を保ったままネジの腹の真下で隆起する。岩の塊やその破片が一斉にネジに刺さる。
ネジの叫び声が会場中に響く。それがまるでオレを讃えているかのように聞こえてきた。
もう一度言おう。
「オレが何時お前に対して手を抜いたことがある?」
オレは何時だってお前に対してだけは全力を出していた筈だろう? 自分が強くなったって錯覚してっからんなことが言えんだよ。
お前だけは、とオレは常に思ってきた。
才能のある奴だけには負けたくなかった。先生がオレを見なくなってしまうんじゃないかと怖くなって必死にオレが一番強いと見せたかったからだ。
リーにも。サスケにも。そしてお前だけにはオレは本気だったんだ。
「オレを本気にさせたかったってほざいてたよな…」
必死になって抑えていた黒い感情が噴出す。
それは首筋から甘美な力を源泉のように流しだす。
「オレはな。お前等だけには何時だって全力を出してたんだ。対等でありたい、そう夢に描いていた時もあった」
そう夢が醒めたら現実をみなきゃならねぇ。
夢は甘く気持ちがいい。
現実は苦くとても不公平で痛々しい。
「だけどなぁ…」
やっぱり、オレは許せそうにない。
もし許してしまったオレが別の世界にいるとしてもどんな手でも使ってそいつの目の前に現れて五臓六腑引き千切ってやんなきゃ気が収まらねぇ。
そうだ。オレは、
「大そうな眼を持っておきながらオレのことを理解しようともせずに、んなくだらねぇことでヒナタを傷つけてんじゃねぇよ!」
ヒナタに依存している。
いる時はどうでもいいって思えてくるのに離れていたら心に隙間を感じる。
それが生み出す苛立ちを煙草でどんなに覆い隠そうとしても埋まりきれねぇ。さっき久しぶりにヒナタに会ってやっと分かった。
やっと、やっと二人目なんだ。オレを必要としてくれている人をやっと見つけられたんだ。
先生には感謝している。それはどんなに恩返しをしたとしても返しきれねぇくらいに感謝している。それでも先生が必要としているのは人柱力としてのオレなんだ。
だけどヒナタは違う。オレだけを必要としてくれていた。それがどんだけオレには分不相応であるか分かっているだけに嬉しかった。
ああ、オレはヒナタがいなければ潰れてしまう。そう分かっちまった。
狐が哂う。
殺せ、そう言い続ける。
大切な者を傷付けた奴に容赦などするな、と鳴き続ける。
そうだな、とオレは化け狐にそう言った。
ポケットからアイアンナックルと取り出す。
もう無意識になってしまった形状変化、それは三つのチャクラを吸い上げて初めて理性を保ちながら刃を生成した。
オレのチャクラと呪印のチャクラ、そして化け狐のチャクラが合わさって黒く変色した飛燕。
二枚の薄い線が磨り合わさるようなイメージ、そして更に細い線が出来上がる。
「もういいだろ? 死んどけよ」
この試験ってのは殺してもいいゲームみてぇなもんなんだからよ。どうせ恨むなら自分と主催者の火影を恨めや。
これで終わる。この里に対しての未練が全て終わる。そう安堵を吐きながらオレは腕を振り落とした。
その筈なのだが腕が重い。
いや、腕だけじゃない。体中が重く身動き一つ出来ない。
あと数センチだというのに腕が動いてくれない。
「止めとけよ、ナルト」
聞き慣れた声が聞こえた。
「お前か…シカマル」
よく見れば、オレの影にシカマルの影が入り込んでいる。影真似の術か。
解けるか? そう自分に尋ねた。
しかし帰ってきたのは化け物の答えだった。
それを聞き入れ頷くとプツン、とシカマルの影が千切れた。やっぱなんつう化け物だ。出来ねぇことがねぇんじゃねぇか? おい。
「ッ!? ……お前、自分の影を見たか?」
一瞬驚きこそしたシカマルが慎重にオレにそう言ってくる。
なんだっていうんだ。ただの化け物影じゃねぇかよ。別段驚きもしねぇよ。
そう。照りつける陽が作り出すオレの陰は次第に化け物そっくりになっていた。そして今では化け物の影そのものになっている。なにかの前兆かと思えば変わりも無い。
まぁ、もうどうでもいい。勝手にしてくれと化け物に言ったら嘲笑しか返ってこなかった。
「こいつはオレだ」
九尾は哂う。あんだ? そんなに可笑しいってか。
いい加減哂うの止めろよ。耳鳴りがしてくるじゃねぇか。ああ、そうだよ。もう少しボリュームを下げてくれれば何もいわねぇよ。
「ああ、つまんねぇ」
興が冷めちまったじゃねぇかよ。どうしてくれんだ、シカマル。それと飛び掛ろうとしている暗部諸君。シカマルは兎も角オレに飛び掛ろうとしているテメェ等には手加減できねぇぜ。嫌いだからな。
ネジは放心状態のようだ。
だが、オレはもうネジなんてどうでもいい。
どうでもよくなっちまったよ。まるで空気だ。目の前を通っていっても別段どうでもいい、そんな感じだ。
それと同じようにこの試験もどうでもよくなってきた。
「ん…」
誰かに覗かれているような感じ。ああ、こんどはアイツか。
爪を尖らせて腹に差し込む。焼けるような痛みが走る。それでも余裕を見せてこう言った。
「どうだ…乗り移って見ろよ。発狂するぜ、お前みたいな甘ちゃんが入れるとは思えんがね」
山中イノの転心の術は厄介だ。それでも先に相手が入り込められない状態にしておけばそれだけで十分。アイツはそんな状態のオレに入り込めるほど強くない。
観客共が騒ぎ出す。あんだ? 殺し合いを見に来といて血を見たくねぇのか。
ふざけんなよ。こっちが遊びでやってるわけねぇだろう。
この最終試験に辿り着くまでに何人死んだ? そして殺してきて罪を背負ってる奴もいる中で有意義に観戦してぇってか? 舐めんじゃねぇぞ。
「審判、もう止めにしね? 殺しそうだよ。コイツ」
ウズウズして止まりそうになんねぇ。周りがうぜぇ。世界がオレを拒絶している。ああ、オレはなんでこんなに長い間もこんな綺麗なところにいたんだ。本当は汚らしい筈なのにほとんどの人間が綺麗に見繕って自分は正常です、と主張しあう馬鹿馬鹿しいここになんで十年以上もいたんだ。無駄だよ。無駄な十年をありがとう。気付かせてくれた。オレがこの里の不適合者だってことをさ。
「勝者、うずまきナルトッ!!」
歓声が上がらない中忍試験なんて史上初なんじゃね?
まぁ期待なんかしてねぇけどさ。
すぐに終わらせて荷造りしようかな。なぁ、化け物。
ガオーじゃねぇよ。狐らしくコンって鳴けよ。