誰もオレを理解しようとしない。
だからオレも誰も理解しない。
狂った歯車の上で
里の一角にある古城跡。今ではこの隠れ里の観光スポットとなっている、と言われているらしい。言ったことも無いからそんなこと分からないのが笑える。
その鯱の上で砂隠れの我愛羅と呼ばれている少年は佇んでいた。上には綺麗な月が彼を照らしている。
月に照らされながら荒野を生きる子犬のように見えなくも無い。
その子犬と同様に彼も孤独なんだろうがね。まぁ、絵にはなっていると思う。
子犬は淋しくなると一人でも鳴いてしまう。誰かに気付いて欲しいと願って。
それと同じように彼も鳴く。だけど子犬とは一緒に出来ないなぁ、子犬の手とは全然似ていない大きな腕を振るって鳴いている。
残ったのは大きな傷跡が残った屋根だけだった。
子犬に戻った少年は淋しそうに月を見上げている。
「…やっぱり凄いですね、尾獣を宿らせただけはありますよ」
夜は寝れないらしい。寝不足、不健康、不衛生。それらは自然と病となってしまう。それをナルコレプシーと呼ばれる。ようは居眠り病だ。
それはとても抗い難く抗うという行為は苦しく辛い。
甘美な睡眠欲に負けてしまえば数秒で眠りにつける。しかし彼の場合は睡眠欲ではなく破壊衝動といったモノなのだろう。
「そのわりには大して驚いていないな…下調べをしていても現物を見ると皆は顔色を変えるというのにな」
僕のぼやきに返事をしてくれる人が横にいた。
交渉中だったのを忘れていた。
どうでもいいことにはどうも横道に逸れたくなってしまう癖があるようだ。注意しなくてはいけないな。
「…慣れってやつですかね。実際、私の助手にいますから」
僕のぼやきに返事をしてくれた、砂隠れの下忍達の担当上忍であるバキに僕もただ返事を返す。
まぁ、彼の方が研究する価値がありそうだ。最近のナルト君は少し腑抜けているからな、同じ世代の子供立ちと触れ合いすぎたかもしれない。
僕の実験もすっぽかす位だからね。
砂隠れの人たちにはちょうど良く身代わりになってもらわなければならない。だからこっちが頭を下げてまで協力を得る必要がある。
その後に情報処理の一環で口封じをする予定になっているはずだから今だけは頭を低くして交渉に徹しなくてはならない。
「大蛇丸様の介入で木ノ葉がどの程度動いて来るのか確かめたかったんでね…でも大したことはしていなくて助かった」
なるべく砂隠れには協力しやすい精神状況を造ってあげなければならない。連帯責任を持たせる為に音の忍びはどんな手でも打つ。
「アンタらがしくじるようならすぐに手を引く…元々、音の方から持ち掛けて来た計画だ」
砂隠れの忍びの環境を考えればこの里は極楽のようなものだ。チャンスがあれば喉から手が出てしまうほどに欲しいだろう。
「分かってますよ」
今、左後ろの柱の後ろに木の葉の忍びが隠れている。
バキでさえ気付けない気配遮断でも今の僕には筒抜けだ。心拍音が上がっているよ。怖いんだろうねぇ。
此処で僕と砂忍の上忍のバキが密会している事が木ノ葉に気付かれたら木ノ葉を崩す計画は水の泡になってしまうことも分かっている。そして条約違反で砂隠れの里は火の国に処断されてしまうかもしれない。
それはそれで音の里には有効だ。元から音の里は気付かれてもいいようにしてある。今ここで気付かれてはいけないのは砂隠れのアンタだけなんだよ。
「これが、此方側の決行計画書です…それと、そろそろ彼らにもこの計画を伝えて置いて下さい」
大丈夫。何時も通りの笑顔の筈、だ。
何食わぬ顔でこの巻物を渡してバキが受け取った直後に砂隠れは条約違反国となる。
「ああ」
受け取った。
隠れている木の葉の忍びの動悸が激しくなる。おいおい、ちゃんと逃げ去ってくれよ?
「では、僕はこれで……」
大蛇丸様に報告しに行こうと足に力を入れた瞬間、
カタッ……。
おいおい、頼むから忍びならば動揺くらい簡単に抑えてくれよ。
「……後片付けは私がしておきます…どの程度の奴が動き回ってるのかしっかりと確かめておきますから」
きっと雑魚だけどね。
「イヤ…私がやろう」
首を取りに行こうとしていた僕を止めたのはバキだった。
その顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。
バレたら砂隠れにとっては大打撃、確実に殺さなければならないから必死なのだろう。
「砂としても《同志》の為に一肌脱ぐくらいはせんとな。それに……ネズミはたった一匹。軽いもんだ」
そういって柱に歩みを進めようとした時、
「き、君は……ギャッ!!」
柱の後ろで困惑の混じった声と同じ声質の悲鳴が上がった。
あれ、気付けなかったけど誰かいたのかな。
「彼はアンタの部下じゃないのか」
そういって柱の近くまで様子を見に行っていたバキが戻って来次第にそう言った。
そこには木の葉の忍び、ハヤトの返り血を浴びたナルト君が立っていた。
ハヤトの血だけじゃない。かなり前の血なのだろう。ぬれている血と固まってしまった血が彼の金髪に付着している。
そして彼の右腕にはハヤトの頭がしっかりと握られている。
首の切れ口はとても綺麗で教えてあったとおりだったのが教師冥利に尽きる。
「教えたとおりに出来たみたいだね」
気配の隠し方もチャクラ解剖刀も完璧だ。最初にちょっと見せてあげただけなのに後は自力で覚えていくから楽だった気がする。
特に気配の隠し方は上忍相手にも気づかれ難いかもしれない。体の機能を半分以上停止させているから死体のように気配が無いからね。僕だって気付けなかった。
「先生の教えのお陰ですよ」
そう言って空いている左腕を上げようとしたのだろう。しかし上がろうとはしてくれない。
「折れてるね。結構酷いみたいだ」
足も折れている。そして肋骨も数本か。なんだ、体中ボロボロじゃないか。
「もう先生以外にいないんスよ」
そう言って唇だけで哂って彼は倒れた。
限界だったようだ。あの気配の隠し方は体の半分を機能停止していたんだじゃなくしてしまっていたのか。
あればっかりは見せただけじゃ分かる筈無いから仕方ない。
「私は一足先に消えさせてもらう」
そう言ってバキが背を向けてあの我愛羅の方角を向いた。
「もういいのか?」
行ってしまっても構わないのだが一応聞いておいた。
交渉とはとても相手に尽くさなくてはならないのだ。
「お前の部下をちゃんと見てやれ」
そういってバキは消えた。
僕はバキに聞きたいことがあった。
「骨折をどうやって治すんだ」
こればかりは自然治癒に頼らなくてはならない。僕が知りたいよ。骨折をすぐに治す方法を。
直接骨に仙人掌をやり続けたら治るかもしれないな、まだやったことないし。
僕は助手を背負ってとりあえず家に向かって跳んだ。
本当に最近はよく気絶するなぁ、と自分の家の天井を見ながらそう思った。
谷から落ちて死に体のまま木の葉の里に向かったら城の上に先生がいるのを見つけて治療してもらいにいけば誰かが聞き耳を立てていて適当に殺ってたらとうに限界を超えていた。
崖から落ちたときは死ぬかと思った。実際に一度死んだのかもしれない。それでも生きていた。
目が覚めたとき脳裏に響いた化け物の言葉がまだ頭の片隅に残っている。
『憎しみが足りない』
その一言がオレを生かしたのかもしれない。
意地でも生きてやる。死んでたまるか、と最低限の応急処置をして里へ向かったんだ。
血で固まったままの髪の毛をぼりぼりと掻いていて体が固まった。
なんで腕が動いてんだ? 完全に折れたはずなのに。
「先生がやったのか……」
そう確信して深い溜息を吐いた時、
「ふふ、これからはプロフェッサーと呼んでくれないかな…」
メガネをキラーンと光らせながら先生はオレの寝室に入ってきた。
どうやってるんだ? 忍術なのか。
「すげぇッス!」
「まぁね…」
「感激です! 折れた骨を一日で治すなんて新技術です!」
「もって言ってくれ…」
あれこれ一時間褒め続けた。
やっぱり先生は先生なのだ。
「んでどうやったんですか。骨折なんて自然治癒でしか治らないですよ。別に針金を入れた感じもしないですし無理矢理補強した感じもしない」
腕を振ったり叩いたりして確かめる。
完璧に治っている。
他の人の骨を入れ替えたわけでも無さそうだ。完璧にオレの骨だ。
「切開して骨に直接仙人掌をし続けたら治ったよ。単純なんだね、骨って」
「まじッスか」
「おおマジさ」
やっぱすげぇよ。この人。オレだからんな無茶なことしたんだろうなぁ、所詮実験材料さ。
普通の人じゃ怖くて出来ねぇよ。雑菌入ったらそれで一ヶ月不意に消えるし。
この人のオレに対するモノ扱いに慣れたと思えてきて嬉しい半分呆れてくる。ここまで容赦ない人は見たことねぇ。
「やっぱすごいな、先生って」
最初からこの人についていけば良かったんだと後悔した。
シンプルこそが最良なんだ。この人はオレを強くしてくれる。それは先生の欲求、そしてオレの願いが一致したからこそ。
オレは強くなる。この人についていけば強くなれる。
オレにこの里など必要ないんだ。
夕日が落ちるのと同じようにサスケの体もやっと落ちてくれた。
「一体サスケになにがあったんだ?」
気合がね、この修行を初めて少ししてから違いすぎる。
サスケが変わった次の日当たりに自来也様がナルトの怒り方を尋ねに(気持ちよく寝てたのに水を掛けられた)来たがそれにはサスケが自信を持って答えていた。
一ヶ月の半分近くを身体活性化に費やそうと思っていたのに悉く裏切られる羽目になった。
異常すぎるサスケの成長速度に驚きを隠せない。
これはイタチの影を追っていただけの時とはまったく違う。これこそリーが感じていた別の追いつきたいという欲求なのだろう。
憎しみだけじゃない。サスケに対等であろうとする気持ちが向上心を刺激したのかもしれない。
いい傾向だ。闇ばかりではなく光すら見えているのだ。この歳で、たかが10を超えたばかりの少年が。
その経験が才能を活性化させ開花させる。
写輪眼を使いこなしチャクラで肉体を活性化させる。その二工程は子供がする修行なんてもんじゃない。それを苦もなく完遂させたサスケの才能は本物だ。
ナルトとサスケ、どちらも闇に見えるが実は対照的な存在。
時代は変わっている、俺等みたいな中年じゃなく若い波が世界を一掃していく時代が近づいてきている。
俺がそうサスケを見ながら思い深けていたとき、自来也様が現れた。
そして一言、
「ナルトが消えた」
そういった。
「な、なんと言ったんですか?」
聞き間違いかもしれない。俺も老いたな、本当にすぐに入れ替わってしまうかもしれない。
「ナルトが消えたといった」
「なにやってたんですか!」
「九尾のチャクラを覚えさせる為に谷から落とした。もしや、と思っていたが何も起こらずに下を見に行っても血の跡しか残っとらんかった…」
そう言ってすまなそうに自来也様、これは無責任すぎる。
貴方が言ったんだぞ、
「貴方が『修行をつけてみたい』って言ったんですよ! そんな賭け事のようなことをするのなら最初から譲りはしなかった! 本当は私が修行をつけてやりたかった……」
たかが会って数日でナルトのことが分かる筈が無いんだ。
俺でさえ分かっていないというのに。
リーと戦っているときから不安定であったのくらい俺にでさえ分かった筈なのに。
「ワシは自分の力で九尾に勝って欲しかっただけ…」
「それが無責任なんですよ…貴方でさえ勝てない九尾をナルトに任せた。ナルトはまだ十分に子供だ。それがたとえ強くても、呪印を操れたとしても、子供だ」
九尾は尾獣の中でも最強、それをたかが齢十二の子供に任せるか? それこそふざけている。
どんな誘惑をされるか分からない、なにが起こるかさえわからないと言うのに。
「貴方はしてはいけないことをしてしまったんだ」
大量の爆薬に火をつけてしまった。
今まで積み重ねてきて溜まりに溜まった憎悪という火薬に火をつけてしまった。
呪印を受け入れて生きていられるというだけで十分に脅威、それは生き残るという執念の結晶。
「分かっておる。最後にワシを見ていたナルトの眼は忘れられそうにない」
そりゃそうだ。あのナルトが殺されそうになっているのに殺そうとした人間を呪わない筈が無い。
ナルトは縛られている、それは異常なまでの強さに対しての欲望に。
雁字搦めでそれは相手が成長していたら自分が止まっているかのように思えてしまうほどに敏感な。
自来也様が右肩に巻いている包帯、それはナルトがやったのだろうか。
伝説の三忍に怪我を負わせるほどの力を持ち合わせていたのか。
「この怪我はナルトにやられた」
俺の視線で感づいたのだろう。自来也様が肩を擦ってそう答えた。
「重症のように見えますが…」
どうみても重症だ。この場に現れてから自来也様は右腕を指一本すら動かしていない。
動かしていないのではなく動かせないのかもしれない。
冷や汗が流れる。ナルトはどれだけ強いんだ。もしかすると俺ではすでに止められないのか。
「九尾の力に体内門、そして呪印を使ってきやがった……本気でワシを殺しに来とったぞ」
頭痛がする。
なんだその禁忌のオンパレードは。
体内門だけでさえナルトは驚異的に強くなれるというのに、それに九尾の力に呪印だと? それこそ脅威だ。
「二度、三度殺されそうになった…この里はとんでもない化け物を作っちまったようじゃのォ…」
たかが齢十二の子供がだぞ。まだ五年、十年ある。その時にはどれほどにまで強くなっているんだ。
初めてだ。ここまでに想像不可能な才能の持ち主は。
天才じゃない。これでは鬼才だ。
「もし暴走してしまったのなら……責任はワシが取る」
自来也様が厳しい面立ちでそう言った。
俺は一瞬なにがなんだか分からなくなった。
「なんと、言ったんですか」
責任を取る、ということはどういう意味だ。
暴走を止める、そんなことじゃあない。
それは、
「ナルトはワシがの殺す。一人でも多く殺めてしまう前に、ナルトに未来を託した四代目の為にのォ」
どっちを守る?
あんな方法でしか里を守ることが出来ずに未来を捨ててしまった師匠の為か。
理不尽な運命に未来を狂わされ何も悪く無いというのに殺されてしまうかもしれないナルトか。
俺はどちらを選べばいいんだ?
頭が白くなる。そして視界も白くなり黒くなり、元に戻ったときには自来也様の姿はなかった。
俺は悔しい。
今より力があれば、全てを止められていたかもしれない。全てが狂ってしまう前に。
皆狂っていってしまう。