「オレは最強なんだ」
んな訳ねぇだろう。
当たり前だ。お前は最も弱い、雑魚なんだから。
弱い、弱すぎる。だからオレは………。
狂った歯車の上で
「貴方たち…あの子に勝てる?」
目の前にはちょうど勝負が決まった瞬間だった。リーという少年が体内門をまさか五門まで開けて彼を倒した。
確かに想像外であった。体内門を独学で四門まで開けた上に体を改造漬けにした彼がまさか予選で負けるとは。
残念だ。甚振り甲斐があると思っていたのに。とんだ見当違いだった。
「厳しいぜよ…あれはやりこみゲームの主力キャラの領域だ」
「そうね…」
この子、ゲーム禁止にしようかしら。ゲームを攻略するたびに新技を身に付けていたから見ないフリをしてきたけど最近は我慢の限界がきたみたい。
「呪印を自力で抑制しつつあそこまで戦えるのは君麻呂くらいなものです」
次郎坊だけはまともに試合を見ていたようだ。四人衆の中で最も戦闘力が低いが一番まともかもしれない。
しかし、四人衆と彼でここまで差が開くとは思っていなかったわ。
呪印を使わなきゃ均衡も出来ないようでは厳しすぎる。
「お前らだけだろ、カス。ウチの音色だったらアイツにも十分に通用する」
それも怪しい。カブトなら真っ先に体の構造を教えて操作方法も教えているだろう。ならば痛覚や聴覚も簡単に操作できる。つまり五感に頼った戦い方をしていては勝てる要素は少ない。
「やっぱり召還ぜよ」
なぜそこで口寄せと言えないのだろうか。頭が痛くなってきた。
「無理よ、出した瞬間にいい的ね…」
鬼童丸の意見を否定して直ぐに、会場は再び震えた。
私は聞こえた、「ナルトが立ち上がったぞ!」という言葉を。
「まだ続けられますか…?」
審判の言葉に何の反応を見せない彼はどこか覇気がなかった。
戦いが始まる前に感じた猛々しい覇気が綺麗に無くなってしまったかのように感じる。
どこか空虚という感じでいる筈なのにいないように感じる。
リーも体中に激痛が走っているだろうになんとか構えを取る。この試合だけはしっかり終わらせたいのだろう。
彼、ナルトは構えを何一つ取らずにポツンと立っているだけ。気配は無いに等しいほど薄い。
最後のリーの蹴りが脳髄まで響いてなんかしろの障害を与えたのならば分かる、しかし脳髄を傷つけられた場合は真っ先に狂う。
理性は無く本能のままに狂い叫び暴れる筈だ。しかし、ナルトにはそれが見えない。
ただ、ブツブツと呟きながらリーの正面に立っている。
「では、続けてください…」
審判がそう言ってまたあの乱闘を想像したのだろう、すぐに離れていった。
リーも彼もすでに体力は残されていない、体内門を開いて余力を残すということは不可能なのだから。
それでもリーの気力は衰えることは無くギラギラとしていた。
「いきますよ!」
リーが地を駆ける、それは体内門を開けていたときとは明らかに遅く見えるが速いことには変わりない。
彼が気を失ったと見て体内門を閉じたということもあり余力はまだあったのかもしれない。
「木ノ葉烈風ッ!」
止めの一撃、皆がそう思っただろう。彼、ナルトに今までの覇気は無く立っているだけがやっとのように見えたのだから。
私はそれが逆に恐ろしく感じた。
希薄過ぎるのだ。彼の気配が。
空気を断ち、彼の体を切断するかの勢いで放たれたリーの蹴りが彼の体に接触すると思われた瞬間、彼は消えた。
身体中の関節を逆に折り曲げるという人間が出来る避け方ではない方法で。
「なッ!?」
受験者の皆も驚いた。あまりにも想像できない、体の動きに。
そして体中を折り曲げ、まるで箱のように折りたたまれていた彼の体が一気に弾けた。
開放された筋肉の縮尺の力で彼はリーの胸に飛び込んだ。
肩による当身、次郎坊の独特な格闘術である突肩の形に近い当身でリーを吹き飛ばした。
そしてそれを肉薄するそれも在り得ない追い方、倒れ付すかのように体を地面と平行にし膝上げのみで前へ進んでいた。
それは足を前に振るという余分な動きを取り除いた、最も有効的な走り方だった。
「うあぁッ!!」
気配が限りなく無いに等しいほど希薄、見えないほうがリーにとってはありがたいだろうにそれでも見えている状態である彼が恐ろしい速さで肉薄してくるのだ。リーにはこれ以上にない恐怖が襲ったのだろう。声を荒立て蹴りや拳を振り出す。
自分に近づけさせない為に必死になって手足を振り続ける、それなのに彼は一度だってその鞭のように方向性のない攻撃を誤ることなく避け続ける、それは当たっている筈なのにすり抜けて行く幽霊のように。
そして彼はすぅ、と手足の隙間を通り抜けてリーの背後に移動した。彼からは見えなかっただろう、あれほど手足を振り続けている状態で見えるほどゆっくりではない速さだったのだから。
彼はまだぶつぶつ呟いている。逆にそれが恐ろしい。すぐ近くで呟かれているリーからしたら堪ったもんじゃないわね。
彼の両足がロープのようにリーの背後から腰に巻きつく、まるで蛇のように。
右腕を一振り、そして槍のようにまっすぐに伸びる。あれは身体操作の一つだろう、筋肉と骨の結合だけでどれだけの強度まで至れるか分からないが今のリーにはよく切れる刀とそう変わらない筈。
本来ならばチャクラで強化するのだと思うが如何せん、チャクラが切れていてそれができない。
しかし今の彼には関係などないかのようにその槍の右腕を突き出した。
「ぎゃがぁあぁッ!」
リーの叫びが会場中に響いた。
一瞬体を捻ったのだろう、彼の右腕はリーの右肩を貫いていた。ちょうど柔らかい関節と関節の間を針で縫うかのように彼の右腕はリーの肩に入り込んで突き抜けている。
もうこれでリーの右は死んだ、そう思った直後、
「ギャ…………あぁあッ!!」」
彼は今度は逆の左腕を貫いた。淡々と事務作業でもこなしているかのように腕を引き抜く。血塗れの右腕が一瞬悪魔の手のように思わせる。
リーの悲鳴は止まらない。これは拷問の領域だ。
ロープのように巻きついていた足もリーが倒れようとした瞬間に解かれていた。着地した彼はまだぶつぶつ呟いている。
「…もっと……強く…」と。
五門を開いていたリーの蹴りのお陰で蓋が閉まりかけていた記憶がぶり返ったのだろう。あの最も力を欲していたあの時まで。一種の混乱だろう。
そして形態変化や性質変化などを知る前の、最も人体の構造に対して貪欲だったあの頃に。
だから今の彼は性質変化などを知らない、知る必要がなかったからだ。きっとこれがカブトが長年作ってきた道具の真の姿なのかもしれない。
人間の体を全て把握し理解し己の肉体だけで相手を殺せる最高の操り人形。
持ちうるのは内側から破壊できる医術と獣の如く神経が研ぎ澄まされた神経強化、それだけで十分に相手を死を与えられる。
教える気がなかったのに彼は性質変化などを知ってしまい数年の時間がそっちへ移ってしまったのが残念だ。それを知ることなくその数年を殺す技能だけに費やしていればどれだけの化け物になれただろう。
「…最強…はオレだ」
ずっとそういう言葉を呟いていたのだろう。それだけでこの試験までどんな生活をしていたのかが分かってしまう。改造と研究のみの生活が。
勝利を手にしたかのように掲げられた右腕に残った全てのチャクラが集まりだす。そして自然と右回転しだし、そして乱回転し始める。
「あれは…」
螺旋丸、何故あれを知っているのか。九尾の記憶を垣間見たのだろうか、そうだったのならアレも夢見たのだろう。アレが本当の彼の力の象徴なのかもしれない。いや、そうなのだろう。
彼が好んで使うあの竜巻のような風の回転、あれは螺旋丸の範囲を広めただけのモノだ。
見たところ彼は最後の圧縮だけは成し遂げていないようだ。物凄い速度で回転してはいるが一向に自来也のような回転には至れない。
どうやら彼は勘違いしているようだ。死の森で倒れていた彼をみたところ、彼の旋毛は左回りだった筈。そして今の彼のチャクラの回転は右回転だ。
それを正せばすぐに使えるようになる。そしてあの風の結界という奴も更に強くなるだろう。
「ちっ…」
うまく圧縮できないのに舌打ちをして彼はそのまま腕を突き出した。
あの回転量だけで簡単に樹や地面が抉れるのだから螺旋丸を考案した四代目はやはり天才だ。
そしてリーをミンチにしようと迫り来る彼の右腕を防ぐべく一人の男が前に現れた。
「つまんないわ…」
久しぶりに大量の血が見れると思ったのに。
オレは何をしていたんだ? 気が付けば右腕には痺れるほどの痛みが走っていて、蹴ったのだろう張本人であるガイが目の前に立っている。
そしてその後ろには両肩に穴が開いたリーが倒れ付している。リーの体の周りには肩から流れていったのだろう夥しい量の血が流れている。
酷く頭が痛い。中身がぐちゃぐちゃだ。
オレは頭を抑えようとして利き腕の方でこめかみを押さえたとき違和感を感じた。ねちゃ、と感じの悪い肌触り、そして何かの液体が髪の毛を伝って染み渡っていく感じ。
そしてオレが良く知っている香りが酷く鼻につく。
「なんで…」
オレの右腕が血みどろなんだよ。オレの血じゃない。これは、
「……リー」
リーの血だ。
本当に、オレは何をしてたんだ。
最後にリーに蹴られてからの記憶が無い。気を失っていたのなら何故オレは今立っていて腕が血塗れなんだ。
「…う…ぁ……」
リーが小さく、それでも呼吸を繰り返し何かをしようとしている。
皆の視線がリーに集中し、そして、
「…ぁぁぁあぁああぁッ!!」
もう禄に動かない筈の両手で叫びながら立ち上がった。
そして一歩、足を踏み出して構える。
癖になっているのだろう、あの右手の甲を相手に見せる独特な構えを取ろうとしている。しかし、腕は上がってくれない。
それでも、あのギラギラと前を見続けてきたあの眼は燃え続いている。少なくとも、燃え尽きてなんかいない!
腰が抜けそうになる、それだけではなく既に両足は震えている。
涙腺が枯れていなかったら、オレは泣いていただろう。
リーが更に一歩歩みを進める。そしてオレは逃げ腰になって後ろに下がる。
相手になれるか、殺される。
体内門を開いた副作用で体中の筋肉に亀裂が走っている、それがオレを逃げさせてくれない。もし、走れる力が残っているのなら背中を見せてでも逃げていた。
殺されるわけにはいかない、オレを殺していいのは先生だけなんだから。
唐突にそんなフレーズが脳へ語りかける。まるで呪いのように何度でも。
急に込みあがってきた殺意、そしてオレを殺そうとするリーに対して怒りが沸いてきた。これはオレのじゃない、分かっていてもこの奔流に抵抗できる心の余裕など既にはなかった。
首筋から甘美な痺れが体中に走っていく。呪印、そして衝動に突き動かされ目の前に立つリーを睨んだとき、分かってしまった。
すでにリーに意識は無く、執念だけで立ち上がったのだということを。
「りー…」
ガイが涙する。オレも、泣きたかった。だけど泣けなかった。
いつ千切れるか分からない両腕で立ち上がった、それこそリーの想いの強さなんだと何も考えずに戦っていたオレには眩しかった。
醜悪だ。これで分かった。
オレがリーと対等で在りたいなどということ事態が可笑しな夢だったんだ。愉快で出来たらいいな、それくらいの夢だったんだ。
「リー……よくやった! 誰よりも、オレよりも立派だったぞ!」
そういってガイは抱きしめた。
オレには? そんな人がいやしない。
先生、オレって独りだったんですか?
体中に感じる酷い痛みすらも、オレの疑問ですらも、初めて感じたこの疼きすらも静かに静かに堕ちていく。