小僧、相変わらず弱いな
これ程の傷を修復するのに私がどれほどのチャクラを使うか考えたことがあるか
小僧、お前は弱い。誰よりも
だが、お前は誰よりもいいチャクラを持っている。
誰よりも禍々しい
この私よりも
狂った歯車の上で
ブォン! と何かが振り落とされる音と共に何かが切れる音が聞こえた。
気がつけば俺を縛っていたチャクラの糸は消えていて、足元には大蛇丸の首が落ちていた。
「オマエを、殺す」
ナルト、なのか?
噴出すチャクラは綺麗な蒼、なのに大蛇丸が発していたチャクラよりも更に重い。
「出て来いよ、殺してやる」
見ればナルトの傷が塞がっている。衣類には血が染み込んでいるが血は止まっていた。
ナルトが手に持っているのは刃のついたアイアンナックル、しかし周りがぶれて見える。波の国であの仮面の氷を斬ったアレだと気付くのに時間が掛かった。
サクラも動けるようになったのかすぐに俺のそばに近寄ってきた。
「ナルト! 無事だったのね!」
「………」
ナルトは答えない。きっと聞こえていないのだろう。
集中しているのは大蛇丸のみ。しかし、首を切られて生きているのだろうか。
「よくも…やってくれたわね」
そう思っていた矢先、大蛇丸が先の無い首から這い出てきた。
サクラが悲鳴を上げる。もはやアイツは人間じゃないのかもしれない。
「よく生きてたわね、死んだと思ってたのに」
俺もそれには疑問があった。
ショック死でも納得がいくほどにナルトは斬られ、そしてその上に人間を吹き飛ばすほどの蹴りを喰らっていた。
生きていられる筈が無い。
少なくとも俺だったら即死だ。
「俺は先生の助手だ。くないや刀、のこぎりさえあれば腹を切開し、草の蔓や服の糸でも、髪の毛さえあれば縫合する」
先生、というのが誰なのか分からない。
しかし一つ分かった。ナルトは自分で自分を手術した。
そんなことが可能なのか、ナルトが生きていること自体が証拠なのだろう。
もうこれは人間同士の戦いじゃない。次元が違いすぎる。
「貴方を殺してサスケ君を貰うことにするわ」
「出来ないよ。オマエには、無理だ」
ナルトの顔から、感情が消えた。
その冷たい目は、大蛇丸の恐ろしさを知っているのに、ナルトが負けることが想像できないほどの冷たさだった。
ナルトの空気が一変したことを脳が悟り、全身が総毛立つ。
触れてはいけないスイッチに触ってしまったような恐ろしさを感じた。
俺の時とはまた違う。あんなもん今のとは比べもになりもしない。
「オマエの羽は、もう一枚も残ってはいない。全てむしり取られる、このオレに」
ナルトが消えた。
写輪眼でも追いつけない。いつ動いたのかも見えやしなかった。
ドンッ、と何かが吹き飛ばされる音が聞こえた。
音の先には大蛇丸が驚愕の表情を上げて大木にたたき付けられているところだった。
一瞬、ナルトが大蛇丸の前で姿を現しあの風の集まったナニかを振り翳した。
「なにを…ッ!」
大蛇丸は一瞬で体勢を戻し体を捻りそのナニかが通り過ぎた紙一重のところにいた。
一番上が見えない程に高い木が耳障りな音を経てて真っ二つに裂けた。それを呆然と見ていた大蛇丸の顎にナルトの膝が入る。
「―――ッ!?」
声も出せない。夢でも見ているかのように人間が跳ねる。
何度も何度も跳ねる、大蛇丸がまるでボールのようにナルトの蹴りが吸い込まれていくかのように入っていく。
ナルトの肘鉄が大蛇丸の上腕の骨を折るところが見えた。
ナルトの全てを吹っ切り返すかのようなアッパーが大蛇丸の鳩尾に入る。
最後にナルトの全身を捻った状態からの踵落としが決まり大蛇丸が流星の如く地面に激突した。
二十秒も経っていない。
地面が捲りあがりクレーターのようになっている中心に血まみれの大蛇丸がいた。
その前にナルトが降り立つ。
最後の一撃を与えようと腕を上げた瞬間、ナルトの腕が破裂した。
腕だけじゃない。身体中の節々から血が噴出す。
「……まだ、届かないか」
そう言ってナルトは倒れた。
俺とサクラは呆然と見ていることしか出来なかった。
オレの腕が壊れた。腕だけではなく体中が壊れ始めた。
それはすでに覚悟していたこと。だから時間までにコイツを殺せればと思っていたのに、
「……まだ、届かないか」
オレは結局変わることなく無能のままだった。
何時だったか、どうすれば強くなれるかを真剣に悩んだ時期が合った。
リーのように筋肉を付ける。体を鍛える。
確かにそれは必要だ。それがなくては速く動くことも一撃で相手を倒せる腕力もつかない。
しかしそれが正解なのか? まだ遥かに小さかったオレでも間違いだと分かった。
人間は筋力の一割も使っていない。ならば筋力を100まで鍛えたとしても10も使えないということだ。
ならば、脳の抑制と取り外し、限界を超えさえすれば簡単に強くなれる。
たとえ筋力が30だとしても三割の筋力が使えるようになるのならば筋力が100の奴とも互角以上に戦える。
その理論に達したその時から先生との修行以外ではそれのみに費やしてきた。
抑制を外す、それを八門遁甲の陣と呼ぶ。
頭を掻っ捌き脳を毎日観察した。毎日、毎日脳を見続けた。薬を使ってどんな反応をするか、どこまでが限界なのかを観察し続けた。
実際に全てをバラバラにして体内門の実物を見たときもあった。
自分の限界に何度も挑戦し失敗しつづけていた。
そしてガイという上忍と出会った。自由自在に体内門を扱える忍び、最高の実験材料だった。
ガイは馬鹿だからカカシとの戦いに簡単に体内門を開いていた。何度も白眼で観察して自分で同じようにチャクラを通し実験を繰り返した。
そして得た八門遁甲はオレの奥の手となり大蛇丸を倒す為だけにあった、筈だった。
傷門まで開いた。リーならば耐えられるだろうが鍛えていないオレでは一分とて持ちはしない。
時間との勝負、オレは負けた。
もって20秒、短すぎる。
「いい様ね」
大蛇丸がオレの前で立っている。
もうオレの体は動かない。
自分が無能でないかを証明する為に全てを架けたのに負けてしまった。このまま殺されてもいいとオレは諦めている。
「アンタ見たいな才能の無い物には似合う死に方をしてあげる」
視界に大蛇丸の姿は見えないが声だけで分かる。
本当に楽しそうに笑っているんだろう。このオレを殺したくてうずうずしてるんだろう。本当にオレを殺したいのだろう。
首筋を噛まれた感触を感じた。
「…呪……印?」
何かが血管を通して流れてくる。異物を察知し抗体が排除しようとするが忽ち壊されていくのが死に掛けのオレにさえ分かる。
「生き残れる確立は十に一つ。それは才能に左右される…アンタに生き残れる筈が無いでしょうがね」
はははははははは、と高笑いが耳に木霊する。
才能に左右される、それならばオレならば生き残れる。
そう確信できる。
なぜなら、オレは努力の天才だ。
あのロック・リーに肯定されたんだ。嘘な筈が無い。
「ああぁぁぁぁああぁッ!!」
全力で血管の中を這い回る何かを殺そうと力を込める。
オレならば出来る筈だ。それを信じて叫び続ける。
体の内側から作り変えられていく感覚、全てを壊して再構成していくオレの体。
吐き気や今までに無い頭痛、体中の痙攣に感覚がなくなっていく喪失感。
絶え間なく襲いくる激痛、指先から崩れ落ちていく感覚。
「アンタが生き残れる筈が無いでしょ、無能なんだから」
今まで頑張っていたのが馬鹿馬鹿しくなるような一言だった。
心のどこかで分かっていた。自分に自己の破壊を止められる術がないことを。
だけど頑張っているふりをしていたならば何かが起こるかもしれない、そう思っていた自分の心に気付いていた。
「…ァ……アゥ…」
初めて、悔しくて泣いた。
こんなもんだったのか、リーが認めたオレは。
こんなもんだったのか、先生が認めた助手は。
そう、オレに対して呪詛を吐きながらオレは意識を手放した。
自分であった最後を手放した。
「やっぱりね、体内門を開けたとしてもこんなもんなのかしら」
圧倒的な戦闘力を見せ付けられたときは一瞬でさえ恐怖を感じた。
特に殺すためだけに特化されたかのような性質変化と形状変化の暴風の塊には。
それでも一瞬の為だけに得られた力で私に勝とうなどと未熟の極まり。
ああは言っていたが少しくらいは期待していた。
呪印を受けながらも生還し私の前で立ち上がるのを。
しかし、所詮はムリなものだった。彼には天から授かった物が小さすぎたのかもしれない。
ああにまで不幸の具現といってもいい彼に才能を持っていないとは同情に値する。
私はそのことを忘れようとサスケ君の下へ向かおうとしていた時、風が吹いた。
風じゃない、質量を伴ったチャクラの塊だ。
「オマエはこの男の身体に傷をつけたな」
ゆらりと立ち上がる彼の眼を見て私は久しく感じていなかった恐怖を感じた。
逆らってはいけない。逆らうという意思自体が無駄だということを教えられた十年前のあのバケモノが脳裏に横切った。
そう、私を睨みつける彼の眼は今まで診たことが無いほどの金色、爬虫類のような細長い瞳孔が走っていた。
「貴方は…」
私は膝が笑いそうになるのを厳しく鍛え上げた精神力で律しなんとか持ちこたえてそう口に出せた。
「これ程の傷を修復するのに私がどれほどのチャクラを使うか考えたことがあるか、ないだろうな」
そう言いながら吹き荒れていたチャクラが彼の身体に吸い込まれるかのように収束していく。
なんということだろう。抗体に細胞を殺され血色を失い紫色していた彼の体が元通りの肌色に戻っていった。
「もう二度とこんなことをするな。私は小僧以外にオマエも気に入っているのだからな」
彼が癖になりつつあった唇だけを歪ませる自嘲に近い笑みを彼、九尾がする。
彼がしても大して気にもしないほどであったのに今の九尾がすると肌がざわめく。
「ど、どういうことかしら…私を気に入る? 貴方の宿主を殺そうとしたのよ」
震える声でやっとのこと言葉に出来た。彼の今の眼は殺気などというモノではない。彼そのものが死の象徴のようだ。
「何を言っている。気に入るに決まっているだろう」
初めて愉快そうに笑った。お前は馬鹿か、とでもいうかのような笑いに不思議と怒りは来なかった。
意味が分からない、そう言う前に彼が再度口を開いた。
それは思いもよらない一言、そして私にとって衝撃的な一言でもあった。
「オマエが小僧のチャクラをここまで歪ませたのだぞ、それを喜ばずにいられるか」
ククク、と喉の奥からの笑い声。
無能、それが私が彼に言い続けた一言。
彼はそれに焦りを感じ自分を呪いながら私すら呪っていたに違いない。
「小僧のチャクラは私にとって心地よい」
本当に嬉しそうに笑う。それが自嘲や嘲笑の笑みにしか見えなかったのは私だけなのかもしれない。
籠の中に飼われ、雄大な大地の感触を忘れてしまった、無気力であった狐が再び世に現れたことに哂っているかのような。
「そして小僧に巣食うこの破壊衝動の塊はさらに小僧を歪ませ禍々しくするだろう」
両手を振り翳して腹の底から笑い出した。九尾にとって彼が壊れていくのは本望なのかもしれない。
確かに、彼は壊れている。本性は確かに禍々しい。私を殺すためだけに全てを架けてきたくらいに壊れている。
その捻じ曲がった信念を九尾は気に入ったのかもしれない。
「私は憎しみを抱えている小僧を気に入っている。なぜなら私も同じように憎んでいるからな」
突然彼の眼の金色の瞳孔が更に細くなる。一瞬で過労死してしまいそうになる疲れがドッと押し寄せてくる。この威圧感、長く感じていたくない。今すぐに逃げろと本当が吼える。
今すぐ消えてくれ、心からそう願った。
「さて、中身も全て修復し終えたようだ。私はまた眠りにつくとしよう」
九尾の濃厚であった気配、そしてチャクラが徐々に薄れていく。
願いが届いた、そう私は歓喜した。
すぐにでもこの場を離れてしまいたい。すぐにでも全てを忘れてしまいたい。
このままでは私の願いが叶わなくなってしまう。私は死ぬわけにはいかない。私は生き続けなければならないのだから。
「今後、二度とこの身体に傷をつけようと思わないことだ。オマエに次はないからな」
また、唇だけを歪ませて私に皮肉な笑みを浮かべて彼は倒れた。
もう九尾の気配は感じない。それでも九尾が私に残した恐怖は健在だった。
隆起する心臓、彼は見事に生還した。九尾というイレギュラーがあったにしても九尾に気に入れられ生き延びた。
運も実力のうち、運なんて存在せずにすべては必然なのだと自分に言い聞かせてきた私はこれも必然なのだと考える。
つまり、彼は実力で生き延びた。
このままサスケ君に呪印を植え込むのが正しかったのだろうが、私はすぐにでもこの場から離れたいという一心で全力で後ろに跳んだ。
この恐怖を忘れない。忘れられない。
そしてそれを糧に私は生き延びてやる。