「おー、よく落ちるなぁ」
よくもここまで掘ったもんだ。忍術じゃなきゃ無理だろうなぁ。
忍者絡みかぁ、めんどくさいことだ。
たっぷりと十秒は落ち続けている。光は既に途絶えて暗闇の中だ。
「――クッ!?」
バキィッ! と突然の着地に左足首が折れた。
「相変わらず貧弱な身体だな…ッ!」
リーのように鍛えてみようかと本気で悩みそうになってくる。
成長しきっていない身体で無理矢理筋肉を作ったとしても効率が悪い。今は我慢だと考えていたがさすがにこれでは弱すぎると思えてきた。
応急処置を施して先ほど山に火をつけようとしていた道具を口寄せから呼び出して松明に火を灯す。
穴の奥底はかなり雑で掘った後はそのままのようだ。
「造形美にかけるな………ん?」
パラパラと何かが髪の上に何かが落ちてきた。
「かなり急いでいるな、心に余裕の無い奴等だ」
臭いものには蓋をしろ、ってことだろう。もう少ししたら土砂崩れがくるなぁ。
なんでオレばっかこんな目に遭うんだろうか、まぁどうでもいいだけどな。
「ん、横穴を発見だぁ」
死体見たさに出口作ってんじゃねぇっつうの。三流のすることだ。
そそくさと横穴に入り込んで土砂崩れが終わるのを待つ。
ドドドドド、と呆れるくらいに土砂が落ち続けるのを見届けて横穴がどこまで続くのか探検にいった。
狂った歯車の上で
松明の火が消えてどれくらいの時間が経っただろうか、未だに暗闇は続いている。
穴の深さはかなりのもので、きっとどこかの山の麓に抜け穴があるのだろう。
微かに流れてくる風を頼りに前へ歩き続ける。
「はは、真っ暗だ」
まるで地獄みてぇだよ。ああ、本当に地獄みたいだ。
なんども壁に身体をぶつけて服は泥だらけ、折れた足のおかげで歩きづらい。
「ああ、クソ…見つけたら地獄を見せてやる」
風が通るといっても湿気で蒸し暑く、そして折れた足のお陰で汗が止まらない。
ジメジメジメジメジメジメ、ここ以上の地獄をお頭の悪い馬鹿野郎共に見せて悔い改めさせて、殺してやる。
傷くらいなら化け物が勝手に修復してくれるのに、骨折は時間が掛かりやがる。
この穴を掘った奴等の体中の骨を折ってやらなきゃ気がすまない。
こんなボロボロなオレをオカマが見たらこういうだろう。
『無能だからよ』
いや、見たとしても無視されるかもしれない。
それくらいに見苦しい醜態だ。今のオレは。
なんで春野なんて助けたんだろうか、気まぐれには変わりないが今回ばかりは後悔だ。
「――――――――――――――――」
この世に幸福を求めるな、死ぬまで苦痛を耐え凌いで、開放されてやっと幸福になれるくらいがちょうどいい。
ネジがよくほざいていた運命ってのは終わったあとから見た結果でしかない。白眼でも未来は分からない。
冷静に、冷たく、信じられるのは己のみ。怒りと憎悪は静かに堕ちていけ。
一度つけた仮面は取ることなく、うずまきナルトは所詮うずまきナルトでしかないのだから。
オレは道化なんだから、
「――――――――ダメだ」
顔が、哂っちまう。
「こっちです」
依頼人を俺と同僚で挟む陣形で俺達が長い時間をかけて掘り続けた横穴を進んでいく。
念を入れすぎたのだろう、思ったよりも深い。
「まだなのか」
依頼人の疲れを感じさせるため息が聞こえるが、所詮は隠れ蓑に必要なだけで従っていた大名だ。これが終わったら縁も切る。
「相手は化け物ですしね、念を入れたんですよ」
そう、アイツは化け物なんだ。
九尾を身体に封印された、化け物なんだ。
同期の仲間は今一緒にいる奴以外皆九尾に殺された。
親家族も殺されて、俺達は途方に暮れていた。それでも殺意が風化することはなく生き続けてくれた。
化け物、うずまきナルトが人に危害を加えたところは見たことが無い、自分でも分かっている。彼が無害だってことが。
それでも、この殺意は止まらなかった。
一度は納得して木の葉の忍びとして里の為に生きようとしたが、行き先を無くした殺意は消えるどころか大きくなって夢に現れてきた。
下半身が吹き飛ばされた同じ班の仲間、九尾の炎で炭化した担当上忍。踏み潰された家族に身体がバラバラになった見知らぬ人々。
うずまきナルトの金色の髪の毛が九尾の毛色に移る頃にはいつかは殺すことを思い馳せる様になっていた。
任務で殺した少年の顔がうずまきナルトの顔とダブった時には、止まれなくなっていた。
せめて苦しませずに殺そうと腕を磨いて自信がついた今だからこそやるのだろう。
「まだなのか」
うるさいな、こっちは楽しいだけで少年を殺そうとしている訳じゃないんだ。
土砂で死んでくれたのならば自分の腕を汚さずに、もし作っておいた横穴に逃げ込んでいてくれたのなら罪を背負って生きていくために自身の腕で殺そうとしている。
オレは快楽殺人趣味ではない。けじめをつけようと殺すのだ。
こっちの勝手な考えで彼には悪いが、理屈じゃあない。理屈じゃあ収まりきれないんだ。
「もうすぐですよ」
「オマエの命ももうすぐだけどな」
「ッ!?」
声のした方向は、在り得ない、オレの真後ろ!?
そこにはうずまきナルトに首を掴まれたオレの仲間がいた。
そして、仲間の肩から先には腕がついていなかった。
「血管を避けて声帯だけ切ってやったのに暴れやがって、邪魔だから切っちまったじゃねえか」
改めて思う。在り得ない、松明の光で視界はある程度見えたというのに、俺に気付かせずに背後に回って一番後ろの奴を襲うなんて。
「痛いだろ、オレも痛いんだよ。糞野郎」
空いていたもう片方の腕で両手が失われて防御出来ない肋骨を殴る、ボキッ、と鈍い音が洞穴の中で響いた。
「ひぃっ!」
依頼人が俺の背後に回るが、守れる自信が見当たりもしない。
俺の手には汗が溜まり、恐怖から身体が震えてくる。
うずまきナルトは道徳的なことを言っているが俺からはまったくそのように聞こえもしてこない。
ただの暴力、ただの仕返しにしか見えない。
「決めてたんだよね、オマエ等見つけたら身体中の骨を折ってぶっ殺すってなぁ!」
首を握り潰した。あの細い子供の腕で。
こんなことをされて生還できる程の実力は俺の仲間にはない、また仲間が死んだという事実がゆっくりと理解した。
「化け物がッ!」
こんなところで死んでたまるか! 気が付けばクナイを持って走っていた。
「オマエよりも先にこっちを殺す」
振り翳した俺の腕を軽く触れてうずまきナルトは依頼人の方へ歩みを進める。
軽く触れられただけなのに俺の手首から先がまったく動かなくなっていた。
「なんでこんな」
ことになるんだ。何度も観察してきたのに、下忍の筈なのに、なんで届かない。
「自分からはあまり干渉しないけどよぉ、やられたらやり返すことにしてんだ」
彼が依頼人の腕を握り潰す、骨が砕ける音と挽肉を潰したような音が聞こえた。
「ぎゃぁぁあぁぁッ!」
潰された腕を見て叫ぶ狂う依頼人、戦いとは程遠い立場にいた者からしたら体験したことの無い痛みだろう。
「か、金ならいくらでもだ、出すッ!」
ここで気を失ったら最後というのを理解しているのだろう。物凄い執念だ。
「幾らくらいまで出せるのかな?」
うずまきナルトは笑みを浮かべる。もう分かりきっていたことだ。
「十万…いや、百万で!!」
「安いんだな、オマエの命ってのは」
うずまきナルトは金で意思を枉げる筈がないってことは。
「死ねよ、糞野郎」
彼の眼が燃えるかのように獰猛な獣の瞳へと変わって彼の腕は依頼人の心臓を、身体そのものを貫いた。
依頼人の腕から生えたかのようにうずまきナルトの腕は見える、それだけで気を失いそうになる。
「あーあ、服が汚れちまったよ」
彼が手首を押さえて蹲っている俺に近寄ってくる。
俺等が、この里が作ってしまったんだ。
この狂った木の葉の里が作ってしまったんだ。
「オマエは全部の骨をちゃんと折ってやるからな」
九尾より質の悪い化け物を。
「もう夜か」
甚振るのに時間をかけ過ぎたな、悪い癖だ。
治す気なんてありゃしないけどな。
服が血まみれだ、新調しなきゃいけないだろうな。金も無いって言うのに、やってらんねぇなぁ。
ああ、煙草がうめぇ。
「んでもってやってらんねぇよ」
先生の課題も残ってるし、でもやる気も起きてこねぇし。
あいつも最後に謝りやがって、
「後味が悪すぎるんだよ」
大人が子供相手に謝るんじゃねぇよ。
大人ってのは子供にとって絶対なんだ。自分は後悔なんてしてねぇ、って見せつけるのが仕事なんだよ。
それが出来ねぇっていうのならそれを見ている子供は何に自信を持てっていうんだ。
「ああ、後味が悪ぃ」
「ナルト!」
里まで歩いている途中で春野の声が聞こえた。
「ん、オマエの方は無事だったのか」
「ナルトこそ大丈夫だったの!?」
焦って走って来といて勝手に喜んでやがる。見ていて面白い。
「まぁ、こんなもんだ」
折れた足を見せて春野の顔を見ると、泣いていた。
「心配したんだから!」
「おいおい、勝手に心配しといてなんでオレが怒られなければいけねぇんだ」
オレはなにも怒らせるようなことはしてねぇぞ。
むしろ感謝の言葉が欲しいくらいだ。
「ふざけんじゃないわよ! どれだけ心配したと思ってんの!?」
ふざけてねぇし。オレは常に真剣だ、と思う。
でも、こいつのここまで真剣な顔は初めてだな。
「もしかして心配してたのかよ、らしくねぇなぁ」
なぁ、そう思うだろ。カカシ。
気配隠すならもっとうまく隠しなよ。今のオレは敏感だからすぐに分かるぜ。
「アンタねぇ、そんなこと当たり前でしょ!? なに考えてるのよ!」
そうか、春野がカカシに知らせたのか。んで知らせに行って帰ってきたら穴が塞がってりゃビビるわな。
「テメェ、最初に言ったこと忘れてんのか?」
「え?」
はぁ、何も分かってねぇって顔しやがって。だから馬鹿は嫌いなんだ。
「私が嫌いなのはナルトです、って言ってたなそういえば、オレもオマエが嫌いなんだがね」
自分を嫌っている奴をどうしたら好きになれるっていうんだ。見てみてぇよ、そんな馬鹿を。
「ち、ちょっとそんなの昔のことじゃない!」
「知るかよ、オレとオマエがいつ以心伝心したんだよ。気色悪い」
「……………」
「オレはてっきり死んでくれて喜んでるかと思ってたぜ。ようやくテメェの大好きなサスケ君を一人占めできるって訳だからな」
そんなに殺気を出すなよ、身体が反応するだろう。
今は本当に気分がいいんだ。ここでコイツをぶっ壊してもいいかと思えるくらいに。
「わ、私…はそんなんじゃ……な…い」
「知るかよ、テメェのことなんて研究材料にもなりゃしねぇ」
オマエよりもゴキブリのしぶとさを調べた方がよっぽど研究になる。
「そのご自慢のお頭で考えて見ろよ、オレがどうやったらテメェのことを考え直すようなことがあったかをよ」
ありゃしねぇがな、と言ってオレはまた歩き出す。
オレでもわかんねぇよ。テメェのことなんか。
「ナルト」
やっと出てきたか。
「カカシ」
遅すぎるんじゃねぇか? だからテメェは何時も後悔する。
「春野がどれだけナルトのことを心配していたかぐらいお前なら分かるだろ」
「分かったらこんなことするか?」
「分かっていたからしたんだろう」
「だったらどうするんだよ。勝手に心配して勝手に嫌いじゃなくなって、オレはどうすればいいんだ」
テメェ等はいつも勝手に勘違いして勝手に間違いを犯す。しかもそれを間違いだと気付きもせずに正当化する。
視野が狭いくせに何でも知っているかのように言ってくる。
だから、だからテメェはうざいんだ。
「ナルトなら分かっただろう。その眼で見れば」
「……………何時から分かった?」
こいつ、写輪眼でオレのチャクラの廻りが普通と違うことに気付いている。
そしてオレの左眼が白眼だってことも。
「その眼ならば相手の心くらいならば簡単に分かった筈だ」
「人の心ってのは読むもんじゃない。理解するもんだ」
人の心ってのは文字や絵では表せないんだ。もっとドロドロとしたものが、本人にしか分からないんだ。
それでも自分で自分の本音を知るにも時間が掛かる。
簡単じゃないだよ。
「理解できるかよ。オレのことを嫌いじゃないだ? オレに認めてもらいたいだ?」
「……………」
馬鹿みてぇだろ? オレを理解しようともしねぇくせに勝手に押し付けんじゃねぇよ。
「理解できねぇよ」
オレはもっと矮小で小汚ぇんだ。
何がしたいかも分からない。出会ったときから迷ったままなんだからよ。
先生。