ああ、果てしなく気が狂いそうだ。
狂った歯車の上で
形態変化、そんな知らない単語をチャクラのメスを覚えようとしていた時期のオレにカブト先生はそう言っていた。
チャクラのメスは形態変化の延長線らしい。形のみではなく中身だけを切るという技は簡単な技術ではない、ということを教えられた。
そんな難しい技術を教えようとしてくれている先生にオレは少なからず感謝をした。
オカマに無能を言われ、教えられても中々上達せずに困らせていることを自覚していたオレはこれだけは絶対に習得すると胸に誓った。
幾日も死体をきり続けた。皮膚を切らないように、腕のメカニズムを頭に叩き込んで何度も何度も何度も繰り返した。
そして繰り返した数と同じ回数失敗していた。メスの形を作り上げるだけで一ヶ月も費やしたオレがそう簡単に習得できると思っていなかった。
それでも、先生に失望されないために、オレの存在理由を絶やさないために刻み続けた。
『君にはまだ早いよ』
そう言われ目の前で自分の腕の神経だけを切ってやった。
これだけじゃダメだ。筋肉も刻んでやろうと腕を振り翳した時、先生に腕を掴まれ止められた。
『驚いた。こんなに早く出来るようになるとは思わなかった』
大して驚いたような顔をしていなかったが、その言葉を聴けただけで感涙しそうになった。
それでも泣く事はせずに当たり前だという顔を作り、オレは自分のポジションを保ち続けてきた。
性質変化という知らない単語をカブト先生はオレになにやら特別らしい紙を握らせながらそう言った。
気分は実験動物だった。失敗は出来ないと全力でチャクラを込めたオレはガキだったのだろう。
クソが付くくらいの負けず嫌い。そんなオレを褒め称えたいくらいだ。負けず嫌いだったからこそ今のオレがあるのだから。
チャクラを込めて、手を開くと真っ二つに切れた紙が緊張と恐怖に掻いた汗で皺くちゃになっていた。
火の国の者では極めて珍しい、とカブト先生は笑って言っていた。実験は成功したのだとその笑みをみて確信した。
これ以上先生に迷惑は掛けられないとオレは性質変化についてはアスマに聞く事にした。先生の時間はオレのものじゃあない。勝手に使っては罰が当たる。
『ナルトが風の性質とはな…こりゃ驚いた』
アスマに性質変化について何も知らない少年を装ってあの紙に目の前でチャクラを込めてやった。今度は緊張もせずに気楽にやると紙の端っこに切れこみが出来る程度だったことに驚いた。
もっと気を抜いていたら切れ込みも出来ていなかったかもしれない。
それでも、アスマを驚かせてやれただけで良かった。こいつはいつも飄々としていて空気が掴めない。そして、いつもなんでも知っているようにモノを言う。
『センスがないとダメだぜ。お前、大丈夫なのか?』
すぐ横で詰め将棋をしていたシカマルがこっちを向かずに将棋の参考書を読みながら言ってきた。
アスマのチャクラ刀を借りて自信を持ってチャクラを込めてもふにゃふにゃで大根さえ切れなそうでいた。
まだいい。まだ始めたばかりだ。これからだ。そう自分に言い聞かせていたらシカマルがダルそうに近寄ってもう片方のアスマのチャクラ刀を借りてチャクラを込めた。
『ふう…こんなもんか』
見事な黒色の刃が形成されていた。
初めてなのか、と問い尋ねてもシカマルは初めてだと平然と言った。
その言葉にオレは戦慄を、アスマは驚いた顔をして驚いた。
アスマのチャクラ刀の素材は特別で持ち主のチャクラを吸引して変換し、そして刃を作るらしい。
つまり、媒介という役割を果たしている。果たしているのにオレは出来損ないでシカマルのはすぐにでも本番で使える程の刃を作っていやがった。
視界が真っ白になって、真っ黒になって色素を無くしてゆっくりと戻っていった。
いつもの頭痛を感じ頭を抑えようとするが、それを無理矢理止めてポケットに突っ込む。
帰る、と言って後ろを向いて帰った。
二人が急に帰ろうとするオレに声を掛けるが振り返られなかった。
悔し涙を見せることが出来なかった。
数日してからアスマから本人とまったく同じチャクラ刀を渡された。分かっているくせに、違うって分かっているくせに誕生日プレゼントだ、とそう言った。
本当に分からないヤツだと思った。
「最後に言いたいことは無いか」
オレの解体刀の剣先が今、白の喉笛に浅く触れている。
影分身を用いた修行をしたとしても二年、形態変化と性質変化の修行は合わせて四年以上の時間を注ぎ込んだ集大成が今オレの腕の中にある。
医療のためじゃあない。初めて人を殺す為、バラすために作り上げた解体刀だ。これがオレの奥の手、アスマの技である飛燕だ。ただ、少々大きさや範囲がアスマのとは釣り合っちゃいない。
「………ッ!」
白は何も答えやしない。最後の攻撃でチャクラなんてからっぽだろう。その攻撃のおかげでこっちもかなりの痛手を負った。感覚神経を最初から閉じているから痛みなんてちっとも感じやしないがかなりやばいだろう。
「あっちもそろそろ終わりみてぇだなぁ、おい」
戦いの音が途絶えた。そのかわりにチッチッチッ、という発電音に近い音が微かに聞こえてくる。あれは雷切りだろう。一度先生の情報で聞いた事がある。オレの解体刀よりも高度な術だ。
それを出させた再不斬、元よりオレが適うわけがない、か。
「いいのかよ、このままじゃ見殺しだぞ。てめぇのご主人様が死んじまうぞ」
「いいわけあるかッ! ふざけるな!」
手に汗を感じる。死んでいった殺気がまた膨らみ始めた。
今、アイツの頭の中はグチャグチャだろう。何もかもが終わっちまう、それと同じような心境の筈だ。
オレも同じだから分かる。上も下も無い、同じだから同情できる。オレと白は同じなんだ。
「再不斬を生かしたいか?」
もし、先生が……という仮想からそんな言葉が自然に出てきた。
もし白の立場にいたら、そんなことを考えると発狂しそうだ。
「………できるのですか?」
「オレは今……オレが白の立場にいたら、という仮想を思い浮かべた」
「……………」
なんという言葉を選ぶか、なんて考える必要は無い。
思った言葉をそのまま、なんの加工もせずに伝えればいいんだ。
「狂いそうだよ」
狂いそうなんだよ。心が腐って、崩れ落ちそうなんだ。何かが、ぶっ壊れそうなんだよ。
白の眼は狂った人間のように血走っていた。オレも、そうなるんだろう。
嫌なんだよ。一人でも、いちゃあ困るんだよ。
一番不幸なのはオレで、一番狂っているのもオレじゃなきゃいけないんだ。
オレは今、狂っている。
今だけじゃない。ずっと、ずっとずっと狂っていた。
怒りに取り付かれて狂っていた。
嫉妬に心を縛られて狂っている。
だから、だろうな。こう思っちまった。
「…少し、疲れた」
少しでもいい。狂うことを休みたい。
何にも囚われずに軽くなりたい。何にも縛られずに歩きたい。何にも寄せられずに許したい。
本心の片隅で少しだけ主張していたモノが零れた。
「早く行けよ…死ぬぜ?」
白は初めて、オレの眼を正面からちゃんと見て走っていった。
その速さは今までの比ではなく火事場の馬鹿力なんだろう、と面白くなり笑った。
大きなため息と共に、フッと思った。
白はこのままでは死んじまう。
いいのか? んな訳ねぇだろう。
気が付けば脚は動いていて、それも今までの比ではなく火事場の馬鹿力ってやつで、オレも焦っていたってやつだ。
理由に複雑なもん必要ない。殺したくないから、生きていて欲しいから生かす。
いいんじゃねぇの? こんなもんでさぁ。
目の前で白が再不斬の前に立ち、全てを悟った顔でカカシの雷切りを待ち受ける。
「どうせ最後なら、」
盛大に驚かせてやればいい。
そんな思惑通りカカシの雷切りはオレの右肺と肩甲骨を貫いて、ちょっとだけ白の服を焦がした。
「な、ナルト…」
自分に質問をする。後悔しているか、と。
んな訳ねぇだろ、とオレは笑う。
感謝するんだな。ワシを小僧に封印した四代目火影とやらを。
何度も聞いたような気がする。
何時だってオレにそう言っている。
血反吐を吐いたって、骨を折られたっていつもそう言っている。
何時だってオレを見て、哂って、見下して、見守っているクソ狐。
何度もオレを呼ぶ声が聞こえる。
今は眠い。頼むから寝かせてくれ。
何度も左右に体が揺れてオレの眠気を妨げようとする。
揺らすなよ。頼むから寝かせてくれよ。
久しぶりに、いい気分なんだから。
記憶は走馬灯のように奔る。
あたかそれは、壊れたビデオテープのようで、止まることは無い。
瞬間を、またその瞬間を途切れ途切れに映し出して、また途切れ途切れに消えていく。
一つ一つのアイツの動作に嫉妬を感じる。
何故、俺じゃないのか。
何故、俺には仮面を被るのか。
俺の前では一度だって構えすら取ったことも無いアイツはあの仮面野郎には本気すら出した。
俺の前では一度だって笑いもしないアイツは仮面野郎には始終仮面を取って笑っていた。
『最後に言いたいことは無いか』
殺す気も無いくせに決まり文句のようにいうナルト。
『狂いそうだよ』
あんなに優しい眼をしたナルトは見たことがなかった。
あんな眼をするのか、と驚きさえした。
敵を勝手に逃がして、勝手に庇って気絶する。
今まで見てきたナルトからでは想像も出来ない。なんでナルトは仲間の筈の俺等には素を見せてくれないんだ。
タズナの家に戻ると互いに憎しみあって殺しあったのだろう、見知らぬ二人の死体と気を失っているイナリとツナミ。
間違いなく下手人はナルトだ。
ここはナルトに任せてあった筈だ。それに、こんな殺し方をするのはナルトしかいない。きっと、面白そうに死ぬ最期を見届けたのだろう。
サクラはその死体を見て吐いた。カカシはナルトを背負いながら呆然としている。タズナは、二人が無事か確かめるために駆け寄っていた。
部屋中に血の匂いがへばり付くかのように残っている。
『俺はナルトに相手にすらされていない』
その現実が目に取るように分かった。今回の任務ではっきりと。
「カカシ、俺はナルトに相手にされていないのか」
最後の確認にカカシに問う。
カカシの言葉なんかに影響される筈は無いが、それでも聞きたかった。
「俺も…ナルトが何を考えているかが分からない」
カカシも苦しんでいる。
ナルト、オマエは何を見ているんだ。
俺の目には何も映りはしない。何も教えてくれないんだ。
何が最強の魔眼だ。
俺は後何回この目でオマエは見ればいいんだ。