目の前には自然現象とはいい難き霧が、そして隠そうともしていない殺気が猛々しく感じられる。
やっぱり生きて嫌がったな。そして死んでいたことすら隠そうともしない。
「来るぞ!! みんな気を引き締めろ!」
横目で見るとサスケは既にクナイを片手に、サクラはタズナを庇う位置に立っていた。
ああ、こいつら成長しやがって。
「ね!カカシ先生…これって…これってアイツの『霧隠れの術』よね!」
サクラは恐怖を一生懸命隠そうと唇を噛み締めて、サスケの身体は少し震えていた。
《待たせたな…カカシ》
霧の中から聞きたくも無かった声が嫌でも耳に入ってくる。
「待ってないから今すぐ帰れ」
《つれねぇな……それで相変わらずそんなガキを連れて…また震えているじゃないか…かわいそうに…》
ああ、確かに震えているさ。だがな、それはサスケの眼を見てから言うんだな。
一度確かめたときから分かっていた。今のサスケに恐怖なんてありゃしないのさ。
オマエの水分身なんて今のサスケには関係ありゃしない!
「武者震いだよ!!」
「やれ、サスケとサクラ」
サスケが小さく頷き駆け出す中、「え、私も!?」 なんて声なんか聞こえなかった。全然聞こえなかった。
ああ、聞こえなかった。
速い、迅い!
あの時とは違う!
今のオレは、やれる!
キュッ、と足の裏に吸盤があるようだ。イメージした通りに身体が動いてくれる。
水分身の再不斬の刀が振り落とされる。
そんなもん、ナルトの拳に比べたら遅すぎる!
巨大包丁の腹を肩で押し、隙が出来次第にクナイで再不斬の首を掻っ切る。
「随分と遅くなったな?」
今のオレの方が速いぜ!
「ええ、よく見えるわ」
気が付くと既にサクラは二人の水分身を倒していた。
正直な話、チャクラを使った体技ではオレはサクラに勝てる自信は無い。負けるつもりも無いが。
この任務で一番成長したのはきっとサクラだろう。
ナルトの上限が分からないからそう思っているだけで、もしかしたらアイツが一番強くなったのかもしれない。
大して時間も経たない内に十人の水分身を倒していた。
「ホ~、水分身を見切ったか…あのガキ共かなり成長したな…」
素直に感想を告げる再不斬 カカシも俺等がここまで接近戦で好戦をするとは思ってもいなかったようだ。
前はただ震えているだけのガキだったが、今は対等だ。
「ライバル出現ってとこだな…白」
知らない名前だった。
再不斬の声の方向を見ると、霧でよく見えないが物陰が二人分。片方は筋肉質で大柄な、再不斬。
もう一人は、あきらかにこっちに視線を送っていなかった。
二人の歩を進める音、それと共に物陰からうっすらと姿が現していき、
「あ!!」
俺も驚いた。本当に再不斬の味方だったとは。
「あのお面ちゃん…どう見たって再不残の仲間でしょ!…一緒に並んじゃって……」
ああ、ナルトの言っていた通りのようだ。
最悪、あの仮面野郎は俺らがやらなきゃいけねぇようだな。
「どの面下げて堂々と出て来ちゃってんのよ…アイツ!」
サクラは中指を立ててなにやら喚いているが、はじめて見たな、こんなサクラは。
に、してもだ。目の前に居る俺らを見ようともしないアイツは正直言って腹が立つ。
相手にされないほど苛付く事は無い。自分の価値を低く見られている感じがする。
あの時のように。うちはイタチに、ナルトに失望された時のように。
「アイツは俺がやる…下手な芝居しやがって…俺はああいうスカしたガキが一番嫌いだ」
周りを見てなかった、昔の自分を見ているようで、胸糞悪い。
ああ、本当に苛立ってくる。自分の成長を信じられねぇ俺を見ているようだ。
「おい、白…あのガキがオマエの相手をしてくれるようだぞ」
再不斬は苦笑、嘲笑を混じらせて白と呼ばれた仮面野郎に声をかける。
それでも仮面野郎はこっちに興味を無さそうにする。
「大した方達ですね。幾ら水分身がオリジナルの10分の1程度の力しかないにしても…あそこまでやるとは」
今の言葉を聞いて唖然とする。依然より遥かに強くなったと思っていたのに、本物の再不斬は今のオレの十倍強いということだ。
今の十倍修行すれば追いつけるなんてもんじゃない。ヒトには限界というのがある。それを含めても十倍ってことは、バケモノだ。
「だが先手は打った……全力でいって来い!」
『はい』
はい、という簡単な二文字に籠められた意思の重さが違うのか、仮面の言葉には強さがあった。
速い、純粋に速い。
俺が一週間、死に物狂いで習得したチャクラコントールを無意識に行なっているのか、気が付けば仮面はオレの目の前に間合いを詰めていた。
「くっ!」
いつの間にか仮面の右手には三本の千本、オレは無手。
運良く仮面の千本を握った腕の手首を掴み均衡状態に持ち込めたが、運が良かったとしか言えねぇ。
「捕まっちゃいましたね」
そう言って仮面は空いていた左手で殴りかかってくる。
この状態だ。余裕で防げる。
そう思っていたのに、
「なんだとッ!?」
全力で身体を捻らせ後ろに跳ぶ。
ヒュッ、と風を切る音と共に俺の頬が浅く切れる。
目の前の仮面の両手には、千本が握られていた。
「オマエ、殴りかかってきたときは持ってなかったよな」
「さて、どうでしたかね。忘れちゃいました」
不適な笑い声、本当に理解できないマジックでも見ているような気分だ。
確かに、殴りかかってきたときまで千本を握っていなかったのに、どういう仕組みだ。
「ふざけやがって、見破ってやるよ」
「できるでしょうか」
仮面の両手が霞む、下忍では到底無理な速度で千本が飛来するが、ナルトの手裏剣術の方が速い。
それでも速いことには変わりは無い。
身体を捻らせ、千本が俺を過ぎ去り次第脚の裏にチャクラを込めて地面を蹴った。
霧が視界を邪魔をするが、接近戦になっちまえば変わりしない!
「再不斬さんは言った。『先手は打った』と」
それがどうした、と言いたかった。なのに目の前の現象を見たら、口を開く前に身体が横に跳んでいた。
仮面の振り上げた手に、霧が収束し細長い千本となった。
そして仮面はオレに振るう。
所詮は水だ。そう思っていたのに、避け切れなかった千本が俺の服を、腕を掠めて霧の向こうまで飛んでいった。
「…アリかよ」
反則じゃねぇか。こんな霧だらけの場所で、こんな術を使う奴に武器の消費なんてある訳が無い。
海を枯らすまで投げ続けてくるぞ。
「さぁ、どんどん行きますよ」
次は沢山だ、という仮面の言葉と同時に針の雨が降ってきた。
「ほう…あの攻撃を捌くか」
再不斬は千本の雨を避け続けるサスケを見て驚いてる。
俺も驚いた。依然のサスケでは無理だと思っていたのに、中々驚かせてくれる。
しかし、長続きはしないだろう。白と呼ばれた彼はすでに投げるという行為をやめている。
勝手に霧が収束し千本となってサスケに襲い掛かっている。
本当に雨だ。雨といっても変わりない攻撃だ。
長続きはしなそうだ。
ナルトが来てくれるのを待つしか無さそうだ。
「サクラ! タズナさんを囲んでオレから離れるな…アイツはサスケに任せる!」
それまでこっちも勝負を終わらせなければいけないな。安心してサスケが戦えない。
「はい!」
いい返事だ。
さぁ、大人の意地を見せてやる。
段々と分かってきた。
こいつのねらい目は人体の急所のみだ。
それが分かれば攻撃の手段も出来てくる。
身体を左右上下に振って、少しずつ前に進んでいけばいい。
「どうした、当たらねぇ…ッぜ!」
仮面が千本を作るほんの一瞬でよかった。一発殴れればそれで十分だった。
「あの人と同じ避け方……気分が悪くなる」
あの人? 誰のことを言っているんだ。
そして、そいつも俺と同じことをしたというのか。
俺の渾身の一撃も仮面は余裕を持って避けた。危なげもなく、分かりきったことだというようにすいっと後ろに下がるだけ。
「君を殺したくない……いえ、殺す必要が無いので引き下がって貰えないでしょうか?」
「寝言は寝て言え」
ふざけるな。俺はそこまで相手にされていないのか!
ふざけるな。
「そうですか、でも貴方じゃ僕には勝てない、貴方の攻撃は決して僕に届かない…それに僕は既に2つの先手を打っている」
「2つの先手?」
キチガイに刃物、これほどの相手に先手を取られているっていうのがどれほど怖いか。
ああ、間違いない。かなりやばい。
「一つ目はこの周辺を覆っている霧…そして二つ目はそれを使っての忍術。君に退路は存在しない」
霧が仮面の周りに集まり、形作っていく。この辺一体の霧を全て集めて何をするつもりだ。
「(な…何だ…これは…冷気…?)」
さっきまで湿って生暖かかったのに、どんどん寒くなって
「さぁ、終局です。秘術 魔鏡氷晶」
俺の周りを氷の鏡が囲っていた。
「何だこの術は!?」
俺が見たことが無い術なんて、一体あっちで何が起きてるんだ!?
俺がサスケの元へ走りだそうとすると最初からいたかのように再不斬が目の前に立ってやがる。
「お前の相手は…オレだろ? あの術が出た以上…アイツはもうダメだ」
再不斬の妙な自信、俺の知らない忍術。
簡単で、気付きにくいパズルが一致した。
「まさか、あの少年があんな術を体得していようとはな……」
血継限界、まさか再不斬の部下にこれほどの者いたとは、完全にやられた。
「あんな術…?」
サクラに一通り説明したが完全に理解できたとは考えにくい。
血継限界はそれほどに複雑で、血の巡りが生んだ呪いのような力だ。
そしてあの少年の能力は氷、こんな水だらけの場所でそれは最強ともなりえる能力だ。
「悪いが…一瞬で終わらせてもらうぞ」
時間はあまり無い。
「クク…写輪眼…芸の無ェ奴だ」
頼む、ナルト。早く来てくれ。
血が騒ぐ、既に闘いは始まっていた。
カカシと再不斬、うちはサスケと白が戦っている。
白の奴、うちはなんかに血継限界を使ってやがる。あの天才野郎、かなり強くなってやがったからなぁ。
うちはの奴、死んでくれねぇかな。
「燃え尽きろォ!」
火遁、豪火球の術。うちはは火に愛されている。相性が本当に良いのだ。
だから、オレでは真似できないほどのでかさの炎の塊が白の氷を侵食していくが、それ以上に白の氷の凍結速度の方が圧倒的に速い。
当たり前だが火は水に弱い。こんなに氷を作る要素に囲まれた場所で白のそれよりも速く溶かすことは難しい。
「がぁ!!」
たとえうちはの攻撃が凄いとしても、所詮それは一辺倒。白の攻撃は360度からの波状攻撃。
あれを捌ききるのは下忍では不可能だ。
なのに、うちはは諦めない。少しずつ氷の鏡の場所、攻撃の微かな癖を把握して攻撃を受ける回数を減らしていく。
これが成長していくということ。
これが天才だという云われ。
ああ、うざい。死ねばいいのに、なんでアイツはオレの前で輝いているんだ。
ああ、本当に死ねばいいのに。
《今のは36本、次はもっと増やしますよ》
既にうちはの身体はズタズタだ。激痛で視界が白いだろうに。身体に刺さりっぱなしの千本が鬱陶しいだろうに。
うちはの眼は死んでいない。
片方の腕は針だらけ印すら組めないだろう。早く医者に見せなければ神経に後遺症を残すかもしれない。
それもいいかも知れない。だが、白の攻撃が甘いから大丈夫だろう。
まだ一箇所も急所に当たっていない。
医学に詳しくないうちはには全てが急所狙いの恐ろしい攻撃にしか思えないだろうが、オレから言わせたら甘すぎる。
《次は48本です》
うちはは既に意識してチャクラのコントロールをしていないのだろう。
針が出来次第、うちはは横に跳んだ。さっきまで突っ立ていたところを針の塊が通過していく。それを狙って時間差で次の波が襲い掛かる。
それをバックステップと地面に倒れるかのようなしゃがみ込みで避ける。
本当に死に体の動きなのか、信じられない。
どこにそんな力が残っているんだ。
《次は…沢山です》
飛来する千本の数なんて数えることすら億劫、うちはの退路を塞ぐかのように千本が殺到し……なのに、なんで諦めないんだ!
うちはは顔を守るように両手で十字に組み、一番層の薄い箇所を的確に、死ぬかもしれないってのに冷静に、そして果敢に針の塊に飛び込んだ。
「馬鹿だろ…おい」
本当に馬鹿だ。どんな脳みそを持ってやがる。
生きてたら一回覗かせて欲しい。
地面を貫く耳障りな音と共に、しっかりと肉を断つ音も聞こえた。
なのに、うちはは生きていた。
両手で守っていた首より上以外は針で貫かれ、それでも立っていた。
もちろん、両腕も針だらけ。
なんて強いんだよ。なんでこんなにすごいんだよ。
なんであんなに生きた眼をしてんだよ。
白もうちはの生還に恐怖したのか、また千本を放つ。
これで死ぬ。挽肉になって肉屋に運ばれてタズナん家の伴食のハンバーグになれば良かったのに。
それなのに、
「ナルトが羨んだんだ。それが嘘な訳が無い」
自信を持って言ってんじゃねぇ。
狂った歯車の上で
ああ、これで終わりか。
白い、視界の全てが針針針針針針針針針針。
短かった。醜く生にしがみ付けと言われしがみ付いてきたつもりだったのに、何故だろう。どこで間違えたんだ。
イタチを殺していない。まだ殺して無いんだ。
ナルトに認められて無いんだ。まだ認めてもらっていないんだ。
「死にたくねぇ!」
ああ、そうだ。
俺は死にたくなんてない!
「そうだな、誰も死にたくねぇよなぁ」
風が吹き荒れる。
その中心には、俺を羨ましいと言ってくれた、
「ナルト!」
「騒ぐな、耳が痛い」
吹き荒れる風が更に強く、服がバサバサとはためく。
何故だろう、こんなちっぽけな風じゃ仮面の攻撃が防げるなんて思えもしないのに、出来るとしか思えない。
迫り来る針の雪崩にナルトはどうするつもりなのだろうか。俺には理解出来ないようなことをやって見せるとしか思えない。
ナルトの顔には一筋の汗、それだけで悟った。
ナルトにはこの攻撃の対処方など持ち合わせていない、それなのに俺の為に飛び込んできたということを。
そのことを考えたと同時に足が動いていた。もう限界だと思っていたのに。
そのことに感謝しながら、俺はナルトを――――突き飛ばした。
オレはどうにかしちまったのだろうか。きっとそうだろう。
何時ものオレならば、こんなことなんかしない。うちはの為に敵の前に飛び込むなんて愚行を。
聞いちまったから、アイツの二度目の本音を。
『死にたくねぇ!』
理由なんてきっと単純なんだ。複雑な理由なんて後から嘘になっちまう。
本当に単純、単純だから今も、これからも変わることなくやってける。
迫ってくる千本の雪崩、回天なんてしたら真横で突っ立っているうちはまで吹き飛ばしちまう。
しかもそれが止めになるかも知れない。
しかし、それしか手段が残っちゃいない。
せめてもの抵抗に旋風を吹かせているが、大して効果は無いだろう。ほんの少し方向が変わるだけで、ほんの少し生きる時間が増えるだけで大した意味も無い。
ああ、本当に使えねぇなぁ。なんでこうなっちまったんだ。
先生に怒られるかもしれない。捨てられるかもしれない。
ああ、憤怒と憎悪が静かに静かに落ちていく。心臓の奥の黒くドロドロとした物が脳を染めていく。
青いチャクラで作られていた旋風が浸食され紅く変色していく。回転数は上がり、チャクラの密度も上がる。
ああ、うざい。目の前の、オレを殺そうと飛んでくるモノがうざい。
ガンガン、と誰かが頭をノックしている。痛ぇよ。痛ぇんだよ。止めてくれ。
千本がオレの結界に触れた。オレの世界に入り込もうと強引に入ってくる。
それを認識したと同時に――――オレはうちはに突き飛ばされた。
突き飛ばされ、地面に頭を強打してから現実に気付いた。
針がオレの目の前を通過していく。オレを突き飛ばしたうちはを射殺そうと。
旋風の中のうちはは安心したような顔でオレを見ていた。
その笑みは嘲笑でも自嘲でもなく、真に安堵の笑みだった。
針の雨が通過した。そこには身体中が針だらけのうちはが立っていた。
意識はあるのか、確かめる必要もなかった。
うちははただ立っているだけ。それなのに、何故か尊く感じた。
「馬鹿じゃねぇの?」
弱っちいくせにかっこつけやがって。何様のつもりだよ。
そんなうちはをオレは蹴っ飛ばして氷の鏡の外に追い出す。
邪魔だからなぁ、弱い奴がいていい世界じゃあないんだよ。
「助けてもらっておいていう言葉じゃないですよ」
「なぁに…オレ一人でも簡単に防げたさ」
オレ一人だったなら、という条件付だがね。
うちはが邪魔したんだ。きっとそうだ。そうに決まっている。決まっているんだ。
何時だって、アイツが邪魔だった。
アイツの前じゃオレが霞んで見えやがる。
弱っちいくせに。低脳のくせに。なにも知らないくせにだぜ?
何度も殺そうかと思った。
今だってそうだ。今日中に治療しなかったら死ぬだろう。
「オマエ…本当に優しいよなぁ」
これだけぶっ刺しといて致命傷にはならないなないなんてどんな技量だよ。最後のはオレの旋風でほとんど逸らしたみたいだけど、その前からぶっ刺してたんだよな。
ああ、なんでオレの周りは皆才能に溢れてんだ? 嫌がらせ? そうに決まっている。
天才、天才、天才、異能、異能、、、そこに埋もれる無能。
埋もれて埋もれて埋もれて埋もれて、そして誰にも姿を現さずに磨耗して塵となって忘れ去られる。
所詮は使えない道具って訳だよ。そうなんだよ。そうに決まってたんだ。
だから淋しいから才能っていう道具が近くにいて欲しかったんだ。
もう一度言う。
「白…オマエが欲しい」
恋愛なんてモンじゃねぇ。物欲からの一言だった。
だが、またしても返事は千本だった。
「オマエ…本当に優しいよなぁ」
何を言い出すのかと思えば仲間を傷つけた罵倒でもなかった。
目の前に、視界にいれることすら嫌だった。それなのに今の彼は本当に淋しげで、再不斬さんと出会う前の僕とそっくりで、なにか近いものを感じた。
彼も道具だ。僕も道具。本当に近かったのかもしれない。
だけど、
「白…オマエが欲しい」
その一言の前で霞んでしまった。
極上に醜悪だ。
僕が放った三本の千本、それを一瞥しただけで彼を息巻く風が逸らしてしまう。
紅い風が僕の攻撃をそらし続ける。
最初は三本、次は十八本、そして今は一人当たり十本で六枚の鏡から放っているというのに服は掠っても身体に届きはしない。
昨日までは蒼かった風が今は紅い。力強さも桁が違う。
「なぜ届かない」
「遠いんだよ、オレとオマエの距離が」
彼が動いた。地面が踏み切りと同時に砕ける。どれだけの力を籠めているんだ。
鏡の中を高速で移動する。ここの中ならば僕は彼よりも速い。
彼の身体全体を捻って繰り出された拳は僕の鏡を砕こうとするが、それ自体が失策だ。
バキッ、と何かが砕ける音がする。鏡が砕ける音じゃあない。
「随分と…硬いな」
「昨日は水場のない森の中でしたからね、この鏡を砕けるとは思わないほうがいい」
この場で僕が作った氷は鉄以上だ。
再不斬さんは言った。『先手は打った』と。
「これで終わりです」
この辺一体の霧を全て千本に変えて、速く終わらせてしまおう。
この胸騒ぎが止まることを祈って。
「いいや、まだ終わらせないさ」
紅い旋風の回転速度が上がる。
来る。あの森で僕の攻撃を防ぎきったあの高速回転が。
僕の最高の攻撃と彼の最高の防御、どっちが勝つか。
彼から吹き荒れるチャクラすら紅かった。それが妙に似合っていて、それが妙に似合っていなかった。
彼の身体が回転したと分かった瞬間、全ての音が消えた。
何かを貫く音と何かを抉るような音、そして空気を揺るがす衝撃を感じた。
「俺はアイツがガキの頃から、徹底的に戦闘術を叩き込んできた…アイツは信じがたい苦境の中においても、常に成果を上げてきた」
オレには無い何かを持っていた。俺は惹かれたのかもしれない。アイツの眼を見たときに、一番最初に。
「心もなく命という概念すら捨てた、忍と言う名の戦闘機械だ…その上、奴の術は俺すら凌ぐ。『血継限界』と言うなの恐るべき機能」
白の出会いを思い出す。そして粗野に扱っていた筈なのに金魚のフンみてぇにちょろちょろとついて来ていたこと思い出す。それを邪険に払いながら居心地が悪くなかったのも覚えている。
「俺は高度な道具を獲得したわけだ。お前の連れてる廃品とは違ってな!!」
アイツは優秀さ。既に俺以上に強い。オマエの連れているどんな道具よりも優秀だ。
「他人の自慢話ほど退屈なモノはないな…そろそろ行かせてもらおう!」
己の部下が道具扱いされたというのに否定しないところがカカシの本性を垣間見させる。
「まぁ待て…話ついでにお前の台詞を借りて、もう一つ自慢話をしてやろう…お前は確かこう言ったな」
なんの話だ? って顔してんじゃねえよ。
「クク…オレはその台詞をサルマネしたくてウズウズしてたんだぜ」
まだわからねぇのか。思った以上に頭が悪いようだ。戦うこと意外知らねぇんじゃねぇか?
「『言っておくが』『オレに2度同じ術は通用しない』…だったか」
「!」
遅ぇ。遅ぇよ。
「俺は既にお前の…その眼の下らないシステムを全て見切ってんだよ」
霧に囲まれたこの地形は本当に居心地がいい。
まるで俺の為に霧が充満しているようだ。
「この前の闘い…俺はただ馬鹿みたいにお前にやられてたワケじゃない。傍らに潜む白に、その戦いの一部始終を観察させていたワケだ。白は頭もよく切れる。大抵の技なら一度見れば、その分析力によって対抗策を練り上げてしまう」
分かるだろう? 白の優秀さが。アイツはどの道具よりも優秀だってことがよ。
「忍法 霧隠れの術」
辺りに漂う霧が真っさらな画用紙のように真っ白に、俺はカカシの首を取りに地を蹴った。
五分か。痛み分けだな。
僕が放った千本はほとんど跳ね返させられ自身に襲い掛かってきた。どの鏡に逃避しようにも千本は全ての鏡に跳ね返っていた。
顔面を両手で守る体勢を取り防御に移る。
四肢に走る激痛に耐え、両目を開くとそこにはいなし切れなかった千本を受けた彼が立っていた。
彼が纏う白衣は既に布切れ、浅い傷で所々が赤い染みで汚れている。
痛いだろうに彼は両手をポケットに入れて何かを弄っている。そして取り出したのは赤色の長方形型の箱。
煙草だと気付くのに三秒。呆れるのに一秒。
何がしたいのだろうか。
彼のチャクラは最初出会った時の澄んだ青色に戻っている。荒々しかったあのチャクラの風も今では気持ちの良いそよ風のようだった。
彼の指先には小さな火が灯っている。そこに煙草の先端を近寄せて火をつける。
本当ならば霧だらけの場所で煙草が吸えるわけが無いのだが生憎、彼とのぶつかり合いで僕たちの周辺の霧は全て吹き飛んでいた。
「絶対防御なんてあるわけ無いのにな、なんだかそう思っていたよ」
彼がポツリとつぶやく。
それをしっかりと耳に入れる。が、答えるつもりは無い。
今は霧がまた僕たちを覆うのを待って黙っているのが最善だ。水気の無いところでは大した力も発揮できない。
彼の吐く煙がやけに白く見える。それだけが印章的だった。
ダン、と何か思いモノを置く音が聞こえその方向を向くと彼が大きな酒樽を置いてあるところだった。
いつの間に取り出したのかは分からなかったがそんなものでこの場をどうひっくり返すつもりだろう。
酒樽をみている彼の顔には抑揚は見えず無表情に見えた。
そしてツンとした香り、酒樽の中に満たされていた液体がアルコールだったということに気付く。
消毒用? そんな訳が無い。彼ほどの医療忍者ならばそんなことをする必要もない筈だし量も異常だ。
「一瞬だけど、熱いぜ」
そういって高速で印を組んでいく。
「何をするつもりですか」
応戦しようと六枚の鏡の中を駆け巡り狙いを定めさせぬよう走るが、意味が無いことに長い時間を使ってしまった。
見覚えのある印だった。
だって、再不斬さんがもっとも得意とする忍術なんだから。
「霧隠れの…術」
酒樽に満たされた。それも純度が物凄いのだろうそれが気化していく。
酒樽の近くには既に彼はいなかった。気化していくアルコールに気を取られていた一瞬で彼の姿を見失ってしまっていたようだ。
何時の間に!?
「ああ、本当に一瞬だ」
声は上から聞こえた。そして細長い棒状の、煙草が落ちてくる。
「しまっ――――」
遅かった。
気化したアルコールは煙草の火に引火し、全てが燃えた。
「絶対防御なんてあるわけ無いのにな、なんだかそう思っていたよ」
中のバケモノがオレを勝手に弄繰り回したお陰でオレを取り巻く風が変わった。
蒼かったチャクラの流れが紅く変色、侵食していった。
バケモノがオレに力を与えやがった。
いい具合だった。最高に気分も良くて、全てをぶち壊したくなるくらいにハイになっていた。
これならば、これならばどんな攻撃だった吹き飛ばせる、そう思っていたのだが。如何せん、現実はかなり厳しいようだ。
バケモノの力に翻弄されていたらしい。
脇腹に刺さった千本の痛みがその情け無い勘違いを修復してくれる。
クールになれよ、オレはただの無能だ。無能は考えなきゃ何も出来やしないんだ。
なぜ考えるか。
人は生き残るために少ない知恵と知識を行使して考え悩む。
人間が生きる為には考えるという行為が必要不可欠だ。考えるという行為を拒絶した瞬間、それは死んだという。
そんなことを愚かにもしようとするのは自分を信じられない自殺願望者かある筈もない、いたとしても使えもしねぇ神様ってのに心酔する宗教信者くらいだろう。
少なくともオレは自殺願望者でも宗教信者でもない。
アスマから貰ってから癖になりつつある煙草に火をつけて大きく吸った。
肺に浸透していくニコチンが気持ちいい。この国に来てから一度も吸っていなかったから正直限界だった。
脳が縮こまっていく、血管が窄まる感覚が心地よい。
「(身体の状態はどうだ)」
全快の七割くらい、と肉体は本当に素直だ。白を相手にするのには正直心もとない。
小道具を使わせてもらおう。足りないモノは道具で補う。卑下することも無い。それがオレの当たり前なんだからな。
肺に入っていた煙を吐き出して、その直後に口寄せでアルコールに満たされた酒樽を取り出す。
純度は高い。工業用で市販されているモノよりも高いかもしれない。眼に入っちまったら間違いなく失明するだろう。
その上混ぜてはいけないような危険な薬品も入れられるだけいれてある。発火性の高い薬品が混ざり合ったヤツだ。火力は指折りもんだが炎を維持できる時間は物凄く短い。
だから、
「一瞬だけど、熱いぜ」
「何をするつもりですか」
言うつもりはねぇなぁ。
休憩しているつもりでまた霧を集めている白にはこっちからも秘密ってヤツだ。
もうバケモノのチャクラは使えねぇ。暴走してしまいそうになるあの感覚はもう懲り懲りだ。
暴走しちまえば白なんて楽に倒せる。否、殺せるだろう。
だが、オレが無能でないことを認めさせる為に自殺紛いなことをし続けたのに、そんなことで無駄にしてたまるか。
オレはオレだ。クソッタレ。
「霧隠れの…術」
アルコールと混ぜた薬品の匂いが更に強烈になる。この霧が眼に入れば白眼諸共サヨナラだ。
んなことをさせない為に全力で上へ跳んだ。
花火ってのはなんで綺麗なんだろう。祭りがある度に人知れず、森の中で里の様子を見ていた思った。
一瞬だからだ。一瞬だからこそ価値があり、美しいんだ。
「ああ、本当に一瞬だ」
綺麗に咲いてくれ。
強烈な烈風と共に再不斬の霧が吹き飛んだ。
「あっちで何が起きているっていうんだ!」
さっきも空気が震えるほどの衝撃、そして今度は火柱か。
訳が分からん。既に理解の範疇を超えている。
「ちっ」
霧が消えたことによって再不斬の姿は丸見えだった。だが、それをそのままにしていたら再不斬などにここまで本気は出しはしない。
再不斬はすぐさま霧隠れの術で濃い霧を作り出す。
再不斬は既にそこにはいないだろう。
一体何処へ、、、
コトッ、という音が耳に入った。
「!!?」
そこか!
「―――チッ!」
「お前は写輪眼を過大評価し過ぎた」
振り向いた方向にはちっぽけな石っころと再不斬の蹴りが待っていた。
感覚が過剰に鋭くなりすぎている。一々反応していたら身がもたない。
「その洞察眼、それにお前の勘が必要以上に働きすぎて敏感になり過ぎている」
背後からの的確な説明ありがとう。
「だが…次…お前がオレを見た時、それは全ての終わりだ」
こいつ、眼を閉じてやがる。何も読めやしない。
あの白という少年の助言なのだろう。確かに、よく観察してやがる。
「ククク…お前は事象の全てを見通しているかの様にほざいていたが……結果、その先読みは外れている。カカシ、お前には俺の心も未来も見えてはいない。写輪眼とは…つまり、そう思わせる為の透遁法」
ガイがいつもオレの眼を見ずに戦っているから己の弱点も分かっている。
確かに、写輪眼は視覚から直接に脳へ暗示を与える瞳術。眼を閉じられたらどう暗示を掛けろっていうんだ。
「……突き詰めて言ってしまえば、洞察眼と催眠眼の両方を持ち合わせた瞳術」
「……………」
「その2つの能力を使い、姿写しの法から心写しの法、そして術写しの法へと透遁し…自分にはあたかも未来が見えているかのように振舞う。まずはその洞察眼でオレの動きを即座に真似て同様を誘い、オレの心の揺らぎを確信したお前は、更にオレになりきる事で心の声を決め付ける」
「それは体験談か?」
駄目か、相手にされてもいない。
「心の中を的中され焦ったオレの動揺がピークに達した時を見計らい、お前は巧妙なワナを仕掛ける。催眠眼で幻術を使い、オレに印の結びを先出しさせて…後はそれを真似するだけ…だったら話は簡単だ」
「――――ッ!?」
真横から包丁が―――!!
まず過ぎる! 視界に入ってからじゃなきゃ対処出来ない!!
「まず、この濃霧で姿を消しお前の洞察眼を封じ…」
「くっ!」
次は―――真後ろ!
「…オレ自らも眼を閉じ、接近戦に置ける催眠眼の可能性を封じる」
何故、俺だけが再不斬を察知出来ない!?
「オマエだって見えていない筈だろ」
「…忘れたのか」
明らかな落胆の声。
再不斬の鬼人以外の忌み名、確か―――
「「サイレント・キリング」」
俺と再不斬は同時にその忌み名を口に出した。
「そうだ。オレは音だけでターゲットを掴む天才だってことだ」
おいおい、それは音忍の闘い方じゃないの。どこまでも規格外だ。
これ程の悪条件下、前線に復帰した見たいだ。
まいったな。最近じゃ緩い任務ばかりで―――久々にぞくぞくとしてきた。
忘れるな、アイツはターゲットを殺すためならば如何な手段でも手を染める霧隠れの忍び。
この場合、最も有効な手段とは―――
「サクラッ!!」
人質だ。あの二人を人質にされたらオレが動けない。
これは殲滅戦じゃあない。気を抜きすぎた。
既に再不斬はサクラ達の背後に現していた。
「避けろ!!!!」
再不斬は背負っている首切り包丁に手を掛けると思い切り振りかぶっていた。
「タズナさん!」
サクラは瞬時にタズナさんを思いっきり突き飛ばし自身も俺の声のした方向に飛び込んできた。
真っ二つになっていただろうサクラの代わりにサクラの忍具が詰められていたポーツが真っ二つとなっていた。
「だ、大丈夫か嬢ちゃん!?」
「だ、大丈夫みたい…です」
心の底から怖かったのだろう。瞼には涙が滲んでいるサクラがやけに印章的だった。
そして俺はサクラの頭に手を乗せる。
「よくやったぞ。サクラは十分に一人前な忍びだよ」
ああ、本当によくやってくれた。
こんな小さな女の子が根性を出したんだ。
俺が頑張らんでどうするのよ。
「チッ……小娘にまで避けられるとは俺も鈍ったか………ヤキが回ったもんだな」
「そうだな、サクラの実力も把握出来ないんだ。そうとうヤキが回っている」
アイツには分かっちゃいない。
サクラの本当の実力も。
サスケの本当の実力も。
ナルトがどれだけ強いのかは俺にだって分からない。それでもアイツは強い。
そして、再不斬は一番分かっちゃいないのは俺の本当の実力だ。
「ほざくなよ、ものまね野郎」
「ほざくな、さるまね野郎」
全てが焼けた地面に降り立ったと同時だった。
着地地点砕け、空いた穴から氷柱が現れオレはまた空を舞った。
「なっ!?」
今ので焼き尽くしてなかったっていうのか!?
全部燃やした筈だぞ。焼け残っていたのか。
「確かに、一瞬でしたね…その一瞬で身体を凍らすのは躊躇しましたよ」
身体そのモノを凍らせていたのか、こいつもうちはと同じようなこと考えやがって。
身体の自由が利かない状態まま落下していくとそこには墓場の墓石のように氷の柱が伸びてくる。
「橋が崩れちまうよ」
いくらなんでもやり過ぎだ。コイツ、霧からじゃなく海から直接氷を作ってやがる。
さっきの炎で完璧にこの辺の霧が無くなっちまったからな、もう白に霧から千本を作るなんて大道芸は出来ない。だからってこんなことするか。
「君のせいで仮面が焼けた」
なにを言ってやがる。それくらい
「君のせいで服が燃えた」
なにを
「君のせいで再不斬さんの道具が不良品になった!」
氷が膨張し、至る所に木の枝のように針が出来ていく。
暴走してんじゃねぇ。
オレだって暴走してぇんだよ。
「ここで負けたらオレだって不良品なんだよ!」
もう二度とあのカマ野郎に無能だなんて言わせねぇ! 言わせてやらねぇ!
「先生の道具はなぁ、一度だって失敗は許されねぇんだよ!」
畜生、身体が動かねぇ。
だけど、それもなんか悔しい。
『カブト、この子……才能ないわよ』
オレの妄執の始まりとなった一言だった。
その一言から才能という言葉に翻弄されていたのだろう。
『ナルトが風の性質とはな…こりゃ驚いた』
アスマが驚いたのはこの時が初めてだったかもしれない。いつも飄々としていてうまく掴めないヤツだったから。
そして、オレに唯一の才能と道を教えてくれたオトコだ。
こいつからは色々学んだ。タバコや在り方を。
『センスがないとダメだぜ。お前、大丈夫なのか?』
何気ないシカマルの一言がオレの心を抉った。
影分身を用いた修行法をしたとしても簡単にはいかなかった。
シカマルはオレの目の前で簡単に陰の性質変化をこなしていた。それが更にオレの心を抉った。
「知ってるか? 人間の身体ってのは堅いんだ」
切りにくくて、骨ですぐに引っかかる。
「…………」
白は分かるよな、なんたって死体処理班だからな。分かるよな。
「鉄でもいけない、すぐに刃が毀れちまう」
メスなんか問題外。刃の長さが短すぎて時間が掛かる上に手元が狂う。
「一気に切れて、刃こぼれが起こらない獲物が欲しかったんだ」
先生みたいに死体を扱う趣味なんて持ち合わせていない。だから使えない部分は腐る前に切り捨てていた。
それでも道具はただじゃあない。出費が嵩む。チャクラのメス、オレの解剖刀じゃ骨を絶つには威力が足りなかった。
あれは内臓や筋肉を切るためのモノだ。
「欲しかったのは解剖刀じゃあない。解体刀だったんだよ」
身体をバラして刻み込むための刀が欲しかったんだ。そうだったんだ。
だからこれが―――オレの活かすことの出来ない唯一の殺し技。
「肉を切るんじゃない、骨を断つんだ」
オマエの氷は、背骨みたいに頑丈そうだ。断たせてもらう。
公開オペの開始だ。
熱が傷に染みて驚いて眼が冷めた。そして体中の激痛に脳の奥まで一気に覚醒して眼に入ったのは巨大な炎の柱だった。
「…ナ…ルト……か」
アイツならこれくらいの芸当は簡単なのかもしれない。
俺にはアイツに不可能なことなんて想像も出来ない。たとえ頭と体が二つに分かれたとしても殺し続けそうだ。
それくらいに俺からは強く見える。
それでも、アイツでも苦戦するようなヤツが俺に倒せるわけがないってことくらいは今になってようやく分かった。
俺は今、氷の鏡の外。ナルトが助けてくれたのだろう。
意外だった。アイツなら俺を見殺しにして相手を殺すだろうと思っていたのに、意外だった。
巨大な炎の柱が消え、氷も大半が溶けていた。霧も吹き飛び仮面のヤツも千本を作れない状態になった。
やはり、ナルトはすごいと思う。
ここまでの戦い方は考えもつかなかった。
そしてほとんど溶けた氷の中から仮面の野郎が這い出てくる。
氷からはみ出た所は黒く焦げて煙を上げている。それでもヤツは健全そうだった。
バケモノ、その言葉が脳裏にストンと落ちていった。
仮面も焦げてしまいヤツはその焼け焦げた仮面を大事そうに懐に入れて、、、、
俺はヤツが女だったということに気付いた。
こんなに綺麗な顔をしたやつは初めてだ。そして、こんなに美しい歳も近い女に俺が負けたんだという事実に脳を揺さぶられる。
カカシは同世代でも自分以上に強いヤツは多くいる、と言っていたがそんなやつが目の前にいやがった。
そんなヤツにナルトは一人で戦おうとしている。
なにも出来ない自分に久しぶりに絶望した。
「なっ!?」
地面に降り立とうとしていたナルトの足元から氷柱が突き刺そうと飛び出す。
橋を壊しやがった。アイツはタズナが丹精込めて作ろうとしていた橋を壊しやがった。
そして、氷柱に叩き上げられたナルトは再度空に舞う。
「確かに、一瞬でしたね…その一瞬で身体を凍らすのは躊躇しましたよ」
あの炎に包まれながら自身を凍らせていたというヤツの言葉に震えがくる。
次元が違う。その一言だった。
ナルト、どんなところで戦ってやがるんだ。
「橋が崩れちまうよ」
俺だったら一発で気を失うだろう氷柱の攻撃を喰らいながらナルトの声はどうでも良さ気だった。それどころか呆れているようにも聞こえる。
氷柱が橋を貫く一瞬で反応して衝撃を和らげた!? どんな反射神経をしてんだアイツ。
こんなヤツと実力を試したいが為に勝負を挑んだ自分が嫌になってくる。
「君のせいで仮面が焼けた」
女は機械のように感情を込めずにそう言った。
この仕草を知っている。
「君のせいで服が燃えた」
ナルトと一緒だ。
アイツが、ナルトが狂ったように怒り狂う前兆とまったく、同じなんだ。
「君のせいで再不斬さんの道具が不良品になった!」
一度静まり返った殺気がさっき以上に爆発して橋を揺らす。否、揺らしているのは更に数本の氷柱が端を貫きナルトを襲っているからだ。ナルトは空中でなんとか体制を整えてまた落ちてくる。それを狙う気だ。
あのままじゃ串刺しになっちまう!
「先生の道具はなぁ、一度だって失敗は許されねぇんだよ!」
ナルトも同じように激昂して女と同じくらいの殺気を放ちながら叫んだ。
それでもナルトを砕こうと突き進んでいく氷の杭は止まりそうにない。
「ナ…ルト…ッ! 逃げろッ!」
ナルトは俺の声が聞こえたのか聞こえていないのか、笑っていた。
「知ってるか? 人間の身体ってのは堅いんだ」
ナルトの奇妙な質問。あの女は死体処理班にいたとカカシは言っていたから知っているのだろうが、俺は知らない。
沢山の死体を見た、それも同じ一族の、同胞達のを。それでも堅さなんて確かめもしなかったから分からない。
「鉄でもいけない、すぐに刃が毀れちまう」
ナルトの独白は続く。
続きを言いたそうでうずうずしているのが声で分かる。
あれは新しいおもちゃを友達に見せびらかしたい子供が出す声だ。
「一気に切れて、刃こぼれが起こらない獲物が欲しかったんだ」
ああ、ナルトは楽しそうにそう言った。
風がナルトに集まっていくのを傷で敏感すぎる肌で感じながら俺は夜に月を見るかのように自然に見ていた。
「欲しかったのは解剖刀じゃあない。解体刀だったんだよ」
ナルトの指先に急に現れたメス状の刃に風が集まって、存在が変わった。
「肉を切るんじゃない、骨を断つんだ」
ナルトにとって氷の杭なんてただの患者でしかないということが分かった。
氷の杭ごとナルトは橋を切り裂いた。
「くっ…!」
「カカシ先生!!」
「ガードに入るのが遅れたなァ…カカシ!」
一回だけだと腹を括りやがって、テメェの読みの裏を狙うのが攻略法だって事を忘れて嫌がるのかよ。
ジジイをもう一度狙ったらカカシが身を挺して庇いやがった。それがカカシの甘さだ。
「せ、先生さん!?」
ああ、もうカカシはお仕舞いだ。ここで、この場でオレに殺される。
「ガキ共を助けたいと言う一心が、お前の頭に血を昇らせ…重い枷になっている事に気付かないとはな」
もう一度殺気を送る。
「く、来るな!!」
「!!」
極度に敏感になっているカカシはすぐに反応してしまう。
つまらんな。
「大層な眼を持っててもよ、雑念があったらオレの動きを読めないぜ」
カカシの額には汗が玉を作り、焦りが生じているのが手に取るように分かる。傷も致命傷に近い。
どうせガキ共のことを考えているのだろう。オレにだって一体何が起きているのか分からねぇ。
ここでもう一度カカシの心を揺さぶってやる。そして最初の闘いでオレが味わった困惑を体験してもらおう。
「心配しなくても、ガキどもは白がそろそろ殺してる」
そしてこの言葉が自分の為に言っていることも分かっている。
さっきから分かる、自分の作った霧が驚くほどの速さで消えていくのが。白の氷になっているんじゃない、かき消されているんだ。
「最もお前もすぐ奴らと同じ場所に送ってやる…せいぜいあの世で、己の力の足りなさを泣きながら詫びるんだな!」
アイツはどんな逆境でも覆してきた。常にオレの予想を超えてきた。だから今回もきっと覆してしまうだろう。
「サスケ君は、あんな奴に簡単にやられてりしないわ!! ナルトだってアンタが思ってるより、ずっと凄いんだから!!」
どうやらこの小娘はカカシと違って気丈なようだ。いい覇気を出している。
そしてこの小娘の言葉でカカシの顔色も変わる。いいタイミングで空気を変えやがる。本人は自覚していないだろうが、いい仕事だ。
「俺はアイツらの強さを信じてる…サスケは木ノ葉の最も優秀な一族の正統血統!!」
信じずにオロオロしていたのはどこのどいつだか…、オレもそう変わり無いがな。
「奴の名はうちはサスケ。あのうちは一族の血継限界をその血に宿す…天才忍者さ!!」
そんな大層な天才様でもこの条件での白の前では凡人と変わりない。何も知らないヤツは幸せなもんだ。
「そうよ! サスケ君はアンタ達なんかに負けないわ!もちろんナルトだってね!」
「実際に白の実力も知らねぇ癖にグダグダ言ってんじゃねぇ」
そうだ。何も知らねぇくせに勝手に結果を出してんじゃねぇ。何も分かっちゃいねぇくせに。
「如何に、あのガキどもが強かろうが白の秘術を破った者はいない。過去一人としてな」
この状況でのあの戦法は今まで誰にも負けたことは無い。そう確信し、オレは印を組んで気配と音を消すと、また霧の中へと溶ける。
「また消えた!!」
「サクラ此処を動くな!!」
どこにいるかも何をしようとしているのかも音を通して全てが分かる。
それでいてオレからは一切音を出さない。オレの常套手段だ。
「オレもカタをつけよう」
水は衝撃をよく伝えてくれる。音とはつまり衝撃だ。この霧の中でオレの声が響き渡る。そしてカカシはオレの位置を知る術は無い。
これで最後だ、と刀を投擲しようとした時、同じように霧の中でカカシの声が響いた。
「聞いてるか再不斬…お前はこの俺が写輪眼だけで、この世界を生きてきたと思うか…」
「ああ、思うな」
今のオマエの姿が物語っている。目の使えない闘いでは何も出来ないさるまね野郎だとな。
「俺も元暗部にいた一人だ。オレが昔、どんな忍だったか……次はコピーじゃない、俺自身の術を披露してやる」
カカシは切られた服に手を入れ中から巻物を取り出した。 巻物の金具を解こうとした瞬間、耳障りな音と微かな振動が響いた。
堅いモノを切る音と共に強い風が吹いてきた。
白なのか、白がやったのか。
帰ったらお灸を据えてやる。それとまた調整をしてやるか。
そう思っているとカカシは急いで、ではなく焦って手に持っていた巻物を広げ、胸に出来た傷口に指を突っ込み血を拭う。
口寄せか、所詮はモノに頼ることしかテメェには出来ねぇんだよ。
「聞こえるか、再不斬。お互い多忙の身だ。お前の流儀には反するだろーが、楽しむのはやめにして…」
巻物を閉じると、その巻物を指で挟みながらカカシは印を組む。
「次で白黒つけるってのはどうだ!」
ヤツの顔が焦りでピークを迎えたようだ。忍びたる者、顔に出しちゃいけねぇな。
「フン…俺も早く終わらせたかったところだ」
だが、それはオレも同じみてぇだ。
さっさとぶっ殺してガキ共とジジイも皆殺しにしてここを離れてぇ。
残された力を振り絞り印を組んでいくカカシ。そして、巻物ごと地面に両手を叩き付けた。
これは典型的な口寄せの術。こんなのがあいつ自身の術だとはな、オレも舐められたもんだ。
「忍法 口寄せ! 土遁 追牙の術!!」
「何をやっても意味ねーぜ。お前にはオレの気配は全く掴めていない、だがオレはお前の事は手に取るように分かる。カカシ、お前は完璧にオレの術中にはま……なんだと!?」
地面の割れ目から犬が姿を現し、オレに噛み付いてやがる!
しかも一匹だけじゃねぇ、まだ溢れてやがる!
「目でも耳でもダメなら…鼻で追うまでのこと」
カカシがオレの方へ向かってくる。
「ぐっ…ッ!」
ダメだ、解けねぇ! なんて顎の力してやがる!
「霧の中で眼なんか瞑っているからそうなる…これは追尾専用の口寄せだ。俺がお前の攻撃をわざわざ大量に血を流して止めたのも、この為だ。お前の武器にはオレの血の臭いがべったりとついている。そいつらはオレの可愛い忍犬達でね」
ふざけんじゃねぇ! なんで解けねぇんだ!
「お前は俺を斬りすぎたんだ。かなり死に掛けたぞ」
優越感に浸ってんじゃねぇ、ぶち殺してやる!
畜生、解きやがれ!
「オレの未来が死だと…お前のハッタリはもういい」
ハッタリなんかじゃねぇ、オレがテメェを殺すんだ!
「この状況でお前はどうする事も出来ないよ………お前の死は確実だ」
殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺すッ!!
「お前の野望は大きすぎた。霧の国を抜け抜け忍となったお前の名は、すぐに木ノ葉にも伝えられたよ。水影暗殺…そしてクーデターに失敗したお前は数人の部下と共に野へ下った、と」
テメェがオレを語るな! オマエになにが分かるってんだ!
「報復の為に資金作り、そして追い忍の追討から逃れる為…そんな所だろう。ガトーのような害虫にお前が与したのは………」
ほら、分かってねぇじゃねぇか! 全然分かっちゃいねぇ!
一欠けらも理解してねぇくせに代弁してやってる顔なんかしてんじゃねぇ!
「お前は危険過ぎる……お前が殺そうとしているタズナさんは、この国の勇気だ。タズナさんの架ける橋はこの国の希望だ。お前の野望は多くの人を犠牲にする。そういうのは…忍のやる事じゃあないんだよ」
「そんなこと知るか! 俺は理想の為に闘って来た、そしてそれはこれからも変わらん!!」
ああ、そんなこと死ってたまるか!
何故他人の為に生きなければいけない。それならば、なんの為にオレが生まれてきたんだ。
もし、他人の為だったならば、そんなくだらない理由でオレを、オレみてぇなヤツを作るんじゃねぇ。
自分のしたいことを捻じ伏せてまで他人を思うなんかできるはずがない。 お前にはそれができるのか!? ああ!?
カカシは丑・卯・申と印を組んでいく。淡々と機械的に、感情を表しもせずに。
「諦めろ…お前の未来は死だ」
カカシは右手にチャクラを収束させる、それは次第に大きくなり一種の放電現象のようだった。
「忍法 雷切り!」
カカシの腕がオレの心臓を抉ろうとした瞬間 「再不斬さん!」 髪の長い少年が再不斬の目の前に現れた。
ズボ、と肉を穿つ音と共にカカシの困惑した声が耳に入った。
「な、ナルト…」
白の黒髪の端に血に塗れた金色の髪が見えたところでオレは白を抱いて全力で跳んだ。