気が付けば既に世界は紅かった。
夕暮れ、夕日が大きいなぁ。と感慨に耽っていると外から騒がしい音が、正確にはバカの声が聞こえた。
怠惰に耽っていれば気分も落ち着いただろう。身体の節々が痛む。急な治療ばかりで禄に動けもしないが、今は痛いのが十分だった。
ゆっくりと、身体を確かめつつ扉を開くと、オレがバカと呼んでいたうちはサスケは木の幹の中部まで登っていた。
「――――は?」
2つのことを耐えた。叫び狂うこと、アイツを殺しに行くことだった。
訳がわからない。あいつに何が起きた? 何故登れる?
殺意を覚えることは耐えれなかった。そして震えていた、己の怒りに対して。殺気を、なんとか表に出すことはなかった。
春野か? それともカカシが教えたのか? 違う、あの二人とは癖の違った、アイツらしい登り方だった。
オレは何か言ってはいけないことを言ってしまったのか? 距離も壁も作っておいた筈だ。拒絶していた筈だ。
奴にとってオレは憎いだけの筈、それはオレにも然り。
奴に何が起きた?
「さすがサスケ君!」
「ん、いい具合だな」
頷き喜ぶ春野とカカシが立っていた。その横には仕事着のタズナもいる。
「よかったのォ…」
全然良くねぇよ。昨日までのサスケと根本的に違うじゃねぇか。
何がうちはを変えた!?
「お、ナルト起きたのか? 見てやれ、サスケはすごい速さで記録が伸びていくぞ」
カカシは笑顔だ。きっとオレも笑顔だ。カカシは笑い、オレは哂う。
「ああ……すごいな」
すごいな、これが―――才能。
昨日までの壊れかけていたうちはサスケの方が好感が持てやがる。なんだ、このいい顔をした、アイツの顔に腹が立つ。
「知ってるか? ガトーが死んだよ。殺されたらしい」
「そうか、良かったな」
んなもんどうでもいい。あの豚なんて、今のうちはサスケの前では川魚以下の存在だ。
「おどろかないんだな…」
「驚いて欲しいか? なんなら驚いてやろうか」
「それじゃリクエストしてみようかな」
「残念だったな、今日は不発だ」
試すんじゃねぇ。気色悪い。
春野は至極喜んでいる。枝に腰を下ろし、うちはサスケが到達するのを待ち続けている。気色悪い。
ああ、自分が誰よりも薄っぺらく感じる。
「落ち着け。何に対して怒っているか分からないが、落ち着けばいい」
カカシは察しているようだ。昨日の殺気も、今の怒気も。
「オレは……無力だな」
何を言っているのだろう。こんなのに、オレを見ようともしないクソ野郎に。
「そうか? 俺には、十分輝いて見えるぞ」
そりゃ磨いたさ。小さくなるまで、磨き続けたさ。所詮は川原に落っこちている石ころなんだよ。削り過ぎて無くなるまで磨き続けるだろうさ。
だけど、さ…
「お前がそれを言うな、エリート」
才能を持って生まれたくせに。
良い血統で生まれたくせに。
天才のくせに。
「エリートなんて…周りが決めたことだ」
「馬鹿にしてる? 『コピー忍者』、『木の葉隠れ一の業師』、『千の忍術をコピーした忍び』……嫌味にしか聞こえねぇなぁ」
フォローになってねぇよ。どれも畏怖を籠められた名前だろ? ふざけるなよ。本当に、ふざけるな。
「努力することも才能だ」
してきたんだろ? とカカシは言う。
努力、リーが零していた。
『幾ら努力してもボクは強くなれないんじゃないか』
オレもそれを感じるときがある。頑張ったさ、限界に挑戦した時もあった。だけど、いつも自爆で終わって痛い目を見てきた。
その度に絶望してきたさ。
いいじゃないか、才能がないんだよ。
努力し続けたって、望めない世界があるだよ。
「努力って簡単な言葉で表すなよ、そんな簡単な言葉の中に何が詰まってるかも分かってねぇ癖に」
ロック・リーの、悲しい呪詛。
立派な忍びになろうと己の身体を苛め抜いて、その才能という壁に幾度も挫けそうになって、それでも立ち止まることなど自分自身に許さなかった男の初めて吐き出した呪詛。
『努力』という簡単な言葉に篭められた思いの全てはオレにだってわからない。
ただそれでも、重みだけは伝わった。
オレだって、とオレも身体を苛め続け突き進んだ。
才能という壁を打っ壊すために、どこまでもどこまでも、何度でも何度でも苛め続けた。
後悔した瞬間に崩壊する自分が分かっていたから後悔しないように苛め続けた。己が劣っていないと、失敗作なんかではないと言わせるために苛め続けた。
何人も殺した。何年も費やした。何度も血を吐いた。
それでも才能のあるものからしたら数日で追い越されるかもしれないんだ、気が気でいられねぇよ。
「俺に言う資格は無いか?」
「ないな」
即答だった。
そして後悔した。
「本当に無いと思っているのか?」
カカシの殺気が溢れ出す。
地雷を踏んだのかも知れない。それも特大のヤツを。
だが、こっちも引くわけにはいかない。
意地だ。辛酸って言葉も知らねぇヤツに、
「思ってるよ」
ふざけるなよ。本当に、ふざけるんじゃねぇよ。
才能を持っていたくせに努力しただって? そりゃ才能がオマエを強くしたんだよ。努力じゃあない。
本当の不幸ってのを知らねぇくせによく言うよ。化け物飼ってから言えって。
孤独の『弧』の字も知らねぇくせによく吼えるなぁ。独りになったことなんてないんだろ? あるわけ無いよなぁ。
「テメェはただ自慢してぇだけなんだよ。僕は一生懸命努力しました、ってよ」
努力なんて言葉は口にしない。成果で教えるんだ。
「ないな」
そんなナルトの声が聞こえた直後に寒気が走った。
それがカカシの殺気だって気づいた時にはナルトは笑っていた。
理解できない。あれだけの殺気の前で笑っていられるなんて、理解できない。
「テメェはただ自慢してぇだけなんだよ。僕は一生懸命努力しました、ってよ」
ナルトの眼には、殺意が燃えている。怒気を燃料に、全てを燃やし尽くすかのように燃えている。
同じ班に成ってからナルトのことで一つ分かったことがある。それはアイツが皆に自分から触れようとしないこと。
ナルトは何時も一人だった。距離を開けていたのはアイツだけじゃない。皆が距離を開けていた。
触れないように、互いに距離を作っていた。
ナルトは強い。それは何故か。隣に立つ者がいないから、だから頼れる者がいないから強くなっちまった。それは孤高のように見えて、本当に孤高だった。
孤高は美徳じゃない。背徳だ。一人しかいないんだ、協力してくれる人もない。それのどこが美徳なのだろう。
俺は独りだと勘違いしていた。飯をくれる人。丁寧に扱ってくれる人。気を使ってくれる人が何時だって傍にいた。
アイツにいただろうか、分からない。
アイツは何時だって独りだった。
「なんだってのよ、ナルトったら! またチームワークを崩して!」
横でサクラの声が聞こえる。
最初の自己紹介のとき、二人してナルトが嫌いだと言った。
改めて気付く。オレはナルトに対して失礼過ぎやしないか?
これで三度、もしかしたらそれ以上に裏切りのようなことをしてきたのかもしれない。
ナルトが分からない。
それは当たり前だ。そんなすばらしい能力なんて持ち合わせてもいない。相手の気持ちが読める能力なんて、オレにはない。
だが、察することくらい出来たんじゃないか? それすらもしようともしなかった。
蔑ろにして、勝手に恨んで、嫌っていた。
そういうのを理不尽というのではないだろうか。それこそガトーと変わらない。
勝手に、勝手に、勝手に、勝手に、、、、
そうか、俺は思っていた以上に自分勝手なんだ。
気付けなかった。自分の正確にさえ、気付くのに十年以上掛かっちまった。
この木登りが終わったら、
「もう一度、話し掛けてもそれはいい」
俺も自分勝手だからな。
うちはサスケの木登りはあっという間に終わっていた。
うまいもんだ。さすが才能のある奴は違うね。あっぱれ天才。ふざけんなよ。
オレも、よくもあんなことを言えたな。
どうもあのカカシの言うことの一つ一つが癇に障る。見透かされているような、腹の奥底が沸々と煮えてきそうだ。
「ナルト、話しがあるんだが」
ああ、本当に腹が立つよ。
あんな綺麗な顔をされると殴るに殴れない。嫌味の無い顔になったもんだ。さすが名家、さすが天才、さすがはうちは。
「ナルト、話しがあるんだが」
「同じことを二度も言うなよ…今は機嫌がいいんだ」
言いたいことを言っちまうとすっきりしちまうのが人間っぽいよなぁ。
なんだがスッキリしちまったよ。なぁ、バケモノ。
ドロドロとしていたモノまで流れちまったようで、今はバケモノは腹の中で寝ちまった。狸寝入り、いや狐寝入りってやつか?
「組み手を頼みたい」
殊勝な心がけで、さすが天才だ。余念がないったらありゃしない。
「なんだ? 木登りが出来たからって変な自信がついたか? 金さえ寄越せば手術してやんぞ」
海馬あたりでもいじれば記憶も綺麗さっぱりだ。赤ん坊に逆戻りできるかもなぁ。
「そういう意味じゃない。俺とお前、どれくらいの差があるか確かめたいんだ」
実力ではオレが勝つだろうが、才能では天と地の差くらいじゃないか?
ああ、爆発しそうだよ。脳みその中からボッカンと盛大にさ。
「調子に乗るなよ、名家の坊ちゃん」
「調子に乗った瞬間、殺すだろ?」
んな分けないだろ。今殺したらオカマが暴走しそうだ。そしたら先生に迷惑が掛かっちまう。
そりゃ避けたい。
「殺すわけ無いだろ? オレ達はチームメイトだ。裏切りもしなければ失望もさせないだろう」
まぁ、嫌味なんだがちゃんと嫌味として受け取ってくれたようだ。
ちょいと自覚は出来ているみたいだ。
うんうん、さすが天才。頭の周りも良好だねぇ。羨ましいよ。
「だから、それについても謝りたいんだ」
顔を赤くするか、初々しいねぇ。
「気色悪ぃんだよ、お前らしくもねぇ。ああ、お前らしくもねぇ!」
ああ、だるい。怠惰だなあ。まだ体中が痛ぇし。腕なんて上がりもしねぇ。
それでも、
「来いよ、ぶっ倒してやる。何度でもなァ!」
片手で十分! 実力の差ってのを教え込んでやる。
オレは今、最高に狂ってる。
気が付けば、オレは地面に倒れ伏せていた。
負けたんじゃない。しっかりとサスケの脳髄にメスを入れて、サスケが昏倒したのを見届けてから倒れた。
バケモノは身体を修復はしてくれるが血は作ってくれないようだ。
情け無い。貧血で倒れるとは。
呼吸が浅いのが分かる。戦っている最中は感覚を閉じていた痛みも戻ってくる。幸い、才能は無くとも馬鹿では無いらしい。脳は明細に思い出し、正しく痛みを教えてくれる。
サスケは強くなっていた。それも三度ほど冷やりとくる場面もあった。
一度目はまぐれだろうと嘲笑し、二度目はまたかと苦笑し、三度目は焦った。
オレは医療班だ。だから体術や忍術に力を入れた覚えはそこまでは無い。が、サスケとはまだまだ差があると信じていた。
体中が怪我だらけでボロボロであろうと余裕で倒せる自信は溢れるほどにあった。
だが、メスを入れて一瞬で昏倒してしまうほどの激痛を直接サスケの脳みそに与えるという行為をしてしまった自分が歯がゆい。
サスケは強くなった。本当に強くなった。
だから追いつかれるだろう自分が可哀想に思えた。
「…………ちくしょう」
今日の天気は雨模様だ。