貧しい波の国には似合わない大きな船置き場
そこは地元の釣り船の市場というレベルではなく世界レベルの貿易場となっている。
しかし、それは表向きである。
裏では人身売買、麻薬、武器などの密航と密売が跳梁跋扈している。
その中の一番立派で大きな建物の中で汚らしい男の声が響いている。
「失敗しただと!? お前達は腕利きの忍びだと自分で言っておっただろうが!!」
肥えた腹を震わせ目の前で頭を下げている者たちに怒鳴り続けている男こそガトーカンパニーの主、ガトーその人だ。
怒りは静まらず怒鳴り続けていたところ後ろからその肥えきった腹の奥まで響くような声が聞こえた。
「グダグダうるせえな……」
ガトーは自分の後ろに人がいたことに気づかなかったらしく一瞬飛び上がって驚いてしまった。
「次はこの俺が直々に仕掛けてやるよ……」
そういって背中に抱えていたありえないくらいでかい刀を振り回しガトーのふくれきった二重顎に剣先を突きつけ、そして高々く言った。
「霧隠れの鬼人、この桃地 再不斬様がな!!」
狂った歯車の上で
「すごい霧ね、前が見えないわ。」
カカシ達は小船で波の国に向かっていた。
「そろそろ橋が見える……その橋沿いに行くと、波の国がある。」
船頭はタズナの知り合いのようでカカシ達に橋のある方向に指をさして場所を教えてくれた。
「その橋をワシ等が建設しとる……あの橋はワシ等、波の国の希望なんじゃ。」
タズナは悔しそうに海を、そしてその先、大陸のある方を見て言う。
「ガトーにとってこの橋は邪魔なんじゃよ。だからワシ等はこれを絶対に完成させる。」
そういって握りこぶしを作るタズナに、
「タズナ……どうやら此処までは気付かれてないようだが」
船頭がタズナにやや抑えた声で言う。
「念のため街水道を通って迂回する……マングローブのある街水道を隠れながら陸に上がるルートを通るぞ。かなり時間が掛かっちまうが勘弁してくれ。」
「なに、船を出してくれただけで十分じゃよ。本当に。」
ついに上陸するオレら。
「オレはここまでだ。それじゃあな気ィつけろよ。」
「ああ、そっちも気をつけてな。」
タズナの言葉に船頭はエンジンをかけ大急ぎでその場を離れていく。
「よーしィ!ワシを家まで無事送り届けてくれよ」
「はいはい、わかりましたよ。」
カカシ心底嫌そうに言う。
さっきまでは様子見だったけど。次はデカイなぁ。
カサッ、カサッ……。
憂鬱だ。いきなり来るとは思ってもいなかった。だから来たくなかったのに。
そんな気負いのままオレは手首のスナップだけでメスを放る。
最低限の動きではあるが真横でのほほんと霧を見つめている春野の全力投球よりは余裕で速い。
聴覚を底上げして無事メスがなにかの生き物に刺さったのを聴いた。鈍く、ゴムか何かが切れるような音だ。多分、カカシも気づいていない。大技は自信は無いが小技ならば勝てる自信もある。
もちろんそれだけでは一生かかっても勝てっこないがな。
霧は未だ濃い。霧は視界を鈍らせ、音を遮断する。
気を抜いていたら気づいたときには会いたくも無いがあの世にいる父親と対面しそうだ。
「(来たか………この気配は上忍……チャクラの性質から見て、霧隠れのヤツだな。)」
カカシは何かを感じ取ったようだ。顔の筋肉に緊張が走っている。
ブンッ……ブンッ…ブンッ!!
何かが、何かが飛んできているような音が聞こえる。
何が飛んできたにしてもオレにとっていいことは在り得ない。
死にたくないからオレは皆よりも速くしゃがみ込み、その直後にカカシの声が響き渡る。
「全員ふせろ!!」
オレ以外がカカシに従って春野がタズナの頭を手で下げた直後ありえないくらい大きな刀が先ほど立っていた時の首の位置を通過していった。
春野の動きが一瞬でも遅れていたら首が飛んでいただろう。現にぎりぎりで頬の傷で済んだのだって奇跡に近い。
まぁ、本当にどちらでもいい。
血の華が咲くのなら、嫌いではないから見ても良かったかもしれない。
春野は緊張が一気に切れたせいでペタンと腰をつけて座ってしまっている。
「神様ってのは不公平でな、お前みたいのでも生かそうとするらしい」
そう言ってオレは春野の頬、先ほどの攻撃で深く切れてしまった頬を仙人掌で直す。
跡は残さない。形に残るものは良いものとは限らない。そこまでオレも意地が悪いわけではない。
「あ、ありがとう」
春野は意外なものを見たかのような目つきでオレを見る。
いつも気持ちが悪いと思っていた目は、今でも気持ちが悪い。
「お礼は神様に言っときな、そうしたらもう一回奇跡が起こるかもしれないぜ」
そう、奇跡が起こって欲しい。
オレの目の前には口元を布で覆い、上半身裸の大柄な男がいる。
身に纏う隠す気など更々ない殺気、いるだけで空気を変える存在感。
はっきりと言ってやる。
「いい具合に化け物だなぁ、ありゃ…」
「これはこれは。……霧隠れの鬼人、桃地 再不斬君じゃないですか。ビンゴブックで抜け忍になったのは知ってたがこんなところで会うとは思っても見なかったよ。」
思っていた通り、化け物のようだ。
あまり他国については疎いので良く分からないが、アレは強い。
「オレ様も霧隠れの暗部にいた頃、ビンゴ・ブックでお前を見たぜ。写輪眼のカカシさんよ。それにはこうも記されていた…千以上の術をコピーした男…『コピー忍者』のカカシってな。」
それはオレも知っている。
天才にして、血継限界を持つ木の葉一の業師、畑カカシ。
180度オレと真逆の場所に立つ、天才。
何度聴いても吐き気がしてくる。
「邪魔だ、下がってろお前ら。こいつはさっきの奴らとは『ケタ』が違う」
「そんなこと分かってる。分からない奴は才能ないぜ、きっとな」
自分には才能がある。それを誇示するために言った言葉であった。
我ながら最低な抵抗だ。
二人はオレの言葉を聞いて握っていた忍具を仕舞い後ろに下がる。
「なんだ、うちは。お前は戦うつもりだったのか?」
「……………」
オレの軽口に睨み返してくる。
気分がいい。優越感に浸れる。
「写輪眼のカカシ……殺し合いの前に悪いがそのジジイの命を渡してもらおうか。」
「あぁ…だから行きたくなかったのになぁ。運悪かったら死ぬなぁ」
本当に死にそうになったらタズナを置いて逃げてるな。我が身が大事さ。
それにそこまで忠誠心なんて持ち合わせてない。馬鹿正直に生きる必要もない。
ダレだって己の身が一番だ。犠牲になりたいなんてそんな性癖を持った覚えはない。
「こっちも仕事だからそういうわけにも行かないんだよね………」
そういってカカシの手が額当てに掛かる。
やっと見れる。
誰かを犠牲にして得た『最強』の一つを。
「このままじゃあ……ちょいキツイか」
そんな会話の中、うちはの動揺は手に取るように分かった。でもよ、そんなこと言わんでくれよ。生きて帰りたいんだからよ。
大方、うちは一族のみである筈の写輪眼が血族以外に持っていることに対してだろう。
子供ながら、それに見まう情報網しか持っていないようだ。
情報の幅が小さすぎる。忍びは情報社会だ。
生きるためならば、力だけでは足りない。絶対的に足りない。
穴を埋めて、地盤を固め、それでやっと『勝者』となれる。
「え? 写輪眼って何?」
本当にコイツは何をしたくて忍びになったのだろう。
理由がないのなら即刻辞めて欲しい。
何も知らないくせに。
何も分かっていないくせに強者だと勘違いする。
脳が沸騰しそうだ。
「卍の陣だ。…タズナさんを守れ…お前達は戦いに加わるな。…それが此処でのチームワークだ」
「忘れてないか? オレ等のチームワークは遊戯のようなもんだぞ」
カカシは返事をせずに前を向く。
他人を信じる。それを教えたいのだろう。
不可能だ。最低でもメンバーを入れ替えなくては無理である。
「再不斬……まずは俺と戦え」
存在の大きさが爆発的に増える。
火影の間でのやり取りが遊びのような、全身を針で刺され、血が流れ出すかのように汗が溢れてくる。
うちはと春野は完璧には把握していないだろう。カカシの本気を。
「そいつはありがたい、噂に聞く『写輪眼』を早速見れるとは……光栄だね」
そんな殺気の中、風に当たっているかのように再不斬は巨大な刀の切先をカカシに向ける。
先端がぶれることなくカカシを向いている。あんな巨大な獲物を片手で持てるなんて握力までヒトとは違うようだ。
「ねえ、先生!シャリンガン、シャリンガンって…一体何なの?」
今この場で殺したいくらいだ。
静かにさせたい。声帯を掻っ切って、麻酔で動けなくしたい。
「うちは、コイツに説明してやれ。いい加減耳に来る」
うちはも同じだったのだろう。嫌々教えて込んでる。
写輪眼、それは最強の眼の一つ。
それも最も攻撃的で、『幻・体・忍』の術を瞬時に見通し、対策を練られる万能に近い眼だ。
先生が昔、一族を滅ぼされたときにいくつか回収したらしいが既にあのクソ蛇に渡してしまったらしく手に入らなかった。
「さてと…話し合いはこの辺で終わりだ。オレはそこのじじいをさっさと殺んなくちゃならねぇ。」
「それは俺を殺せてから言うんだな再不斬………」
コインの裏表は自分では決められない。
同じように、この二人の戦いもどちらに向くか分からない。
「今から始まるのは殺し合いだ!!」