またあの夢を見た。
空が赤い。大地も赤い。まるで荒野のようで地獄のよう。
大切な子供を殺されて、ただ暴れまわっている夢。
豆粒かのように見える人間達。果敢に自分を殺そうと襲い掛かってくる。そんなものも気にせずに、ただ、ただ暴れ続ける。
目の前で空気が爆発する。蛇のような眼をした男。
人間とは思えない力で大木を掴み振るってくる女。
力技で竜巻のようなモノを手に攻撃してくる歌舞伎役者のような男。
そのようなモノにも気にせず尾を振るって火を噴出させて全てを壊していく自分。
暴れていく内に体中に奇妙な印をつけられ、目の前に金糸の青年が現れる。そして歌舞伎役者の男と同じような攻撃をされてしまう。
腸が煮え返る程に腹が立ち、初めて目の前の青年を殺そうと尾を振るうとまるで空気のように霞んで、また別のところから攻撃されてしまう。
そんな夢をまるで自分が襲われているようにまた見てしまった。
狂った歯車の上で
あの金髪の男、脳に焼きついて離れない。
あの瞳、真っ直ぐで疑うことを知らないような青い眼。すぐさま潰したいと思った。
何時からだろう、汚れてしまった自分のようで仕方なかったから。
歌舞伎役者のような男もそうだった。同じ技を使ってオレを殺そうとしてきた。
あの技が脳裏から離れない。
激しく、そして全てを受け付けないようなモノ。
いいなぁ、と思った。
『…きろ……ルト……ナルト………ナルト!!……起きろナルト!!』
任務中であったことを思い出して急に肩に力が入った。そして、任務内容を思い出して肩の力を抜く。
所詮は逃げたネコの確保。
適当にボヤかせばいいだろう。
『悪い…ターゲットは?』
通信機からは三人分のタメ息が聞こえた。
失礼な奴らだ。
ガサ、と草の根を分けてネコを抱えた春野が現れる。
「もう終わったのか」
「アンタは寝てただけでしょ!」
相変わらず小うるさい。耳に響く。
なんでネコの確保が忍者の任務なのだろうかと疑問に思う。これでは金さえ渡せばなんでもしてくれる何でも屋ではないか。
存外にプライドが無いようだ。
「……よし、任務請負所に行くぞみんな!」
カカシがこれ以上痴話喧嘩を大きくさせない為に話しを切り上げて大声でそう言った。
カカシは大人である。その辺がよく分かっているようだ。視野が広い。
木の葉の任務請負所では存外に醜い再会が繰り広げられていた。
「ああ!! 私のかわいいトラちゃん、死ぬほど心配したのよォ!!」
「ギニャー!!」
焼く前のハンバーグのような婦人とまるで地獄を見たようなネコは意思疎通がうまく出来ていないようだった。
かわいそうに、それがこの部屋にいる者全ての想いであった。
「あれじゃ逃げて当然よね……」
春野がそう呟く。
確かに逃げて当たり前だろう。オレでも逃げ出すと思う。
オレは寝ていたがカカシを含め三人は朝っぱらからこのネコを確保する為に森の中を走り続けてきたのだろう。相当嫌そうな顔をしている。
「帰って寝たいな~」
カカシは本当に疲れた顔で呟く。その顔に演技などはまったくなく本心なのだろう。
「そうですね」
「ああ」
春野もうちはも同意している。相当梃子摺ったのだろう。生き残ろうとするモノの根性は存外にしぶとかった様だ。
「気持ちは分かるが…まぁ、とりあえず任務ご苦労じゃった」
大名の夫人の前であるから忍びにしか聞こえない程度で火影も呟く。
猿飛一族であるから猿でも飼っていたのだろう。同じブリーダーでも相違があったようで辟易としている。
アスマは何を飼っているのだろうか気になったのは気まぐれである。
「じゃから今日はゆっくり休んで明日からまた任務に就いてくれ」
カカシは自分の含まれているのだろうと嬉しそうに帰る準備していたがその期待は打ち壊される。
「あ~、カカシは雑務を手伝ってくれ………最近、書類がまた増えてのぉ。夜まで終わらんぞこの量は」
「そろそろ後継者を選んで死んでください………」
カカシは分かっていないようだ。この場で三代目が死んだ場合は最有力候補に己の名が載っていることに。
「ふっ、ワシはまだまだ現役じゃ」
青筋を立てた木の葉一の業師と歴代最強の火影とのやり取りにこの場に相応しくないほどの殺気が飛び交われている。
これならいっそ死んで楽になりたいぐらいだ、とうちはの坊やは後に語る。
オレでさえ冷や汗を掻いている。殺気は浴びせられて生きてきてもここまでの殺気には遭遇したことはなかった。
唯一殺気を感じなかった春野は勘繰るように口を開いた。
一瞬でも羨ましいと思った。
「……明日はどんな任務ですか?」
カカシと火影の雰囲気がやっと霧散し呼吸が楽になった。
春野は未だに殺気を向けられない限り殺気には感づけないようで助かった。
オレもやっとのことで声がでた。
「次も今回みたいなのだったら降りたいね」
やる気が微塵も出て気やしない。あんなの子供のお手伝いじゃないか。
「バカヤロー!! お前らはまだペーペーの新米だろうが!! 誰でも最初は簡単な任務をこなすんだ! 調子に乗ってると本当に死んじまうんだぞ!!」
同じ部屋にいた元担任はやる気のないオレ等に対してブチ切れた。
「ん、そうか」
うるさいから無視をしておく。決めるのはアンタじゃあない。
オレが死ぬわけが無い。何が何でも生き残って証明しなくてはいけないことがある。それまでは金を出されても死ねない。
見向きもしなかったオレにカカシは何か呆れている。カカシだけじゃない。春野もうちはも呆れている。
「まあ、イルカ……こやつ等は他の班よりも確実に任務をこなした数が多い。認めてやるんじゃな、自分の受け持った生徒達を」
ほとんど寝てたりしてやってなかったがな。思いのほか二人が働いてくれた。頭は悪いが行動力はあるようだ。
それを聞いて元担任のイルカは咳払いをして部屋から出て行った。いい気味だ。
「そういえば任務の話じゃったな………老中様の子守りに、隣町までのお使い、芋掘りの手伝いか…」
顔が笑っている。何かあるな。
「まぁ、7班でも出来るCランクの任務が余っているんじゃが………やってみるか?」
春野とうちはは顔を輝かせて火影を見ている。子供を喜ばせていると痛い目に遭うぞ。
オレとしたらあまり部屋を空けたくない。埃が積もるし薬品の匂いが染み込んでしまう。それと実験体が腐る。
「それでどんな任務なんだ?」
調子に乗っているうちは君は火影に対して尊敬の意も表さない。タメ語かよ。世間知らずの糞ガキが。
「……ある人物の護衛じゃよ。そう言っても依頼を頼む班が決まってなかったから依頼人には今は里を見て回ってもらっているんじゃが、どうじゃ、やってくれるか?」
護衛かよ。絶対に日数が空くじゃねぇかよ。ああ、勿体無いな。死体になっちまう。
護衛という言葉にやっと忍びらしいものを得られたのか春野とうちはは眼を輝かしている。子供だな。
「しっかり頼むぞ、畑カカシ上忍」
話しがある、あとでもう一回来てくれ、と読唇術でカカシに言っている。
なんというか丸分かりである。馬鹿にしてね? 確かに下忍しかいないけど。
カカシも丸分かりにため息を吐いて応答までしている。
本当に馬鹿にしているよ。こいつ等。
「それでお話しってなんでしょうか?」
下忍の三人が退室し皆が散り散りになるのを見届けてから迂回し遠回りして火影の間に戻ってきたカカシは嫌な顔をしている。厄介事なのだろうと検討は付いていた。
「うむ。……実は依頼内容に不審な点が数多く見られているんじゃ」
そう言って適当に巻物を取ってカカシに投げて渡す。
それを取りこぼすような事はせずにカカシは受け取り次第に物凄い速さで読み始める。
火影が吐き出した煙草の煙が消える頃には読み終わっていた。
「……確かに怪しいですね。もう情報収集はしているんですか?」
火影はカカシの問いに苦い顔をする。
「特別上忍の者達に向かわせてはいるんじゃが……その依頼人が狙われていると言う組織そのものが掴めないみたいでの、襲ってきたゴロツキやチンピラ共にイビキが尋問したらしいんじゃがだれも依頼人を知らないようでな」
「あ~、あのサディストまでも動いていたのね」
そら厄介事だわ、と毒づいて頭を掻くカカシ。
その時点でカカシのやる気は底をついた。
「使い捨てのごろつきを使っていて、自分達の尻尾は掴ませない、金がかかってる上に厄介ですね。かなりやばい組織なんじゃないんですか?」
一般人の組織など怖くはない。それよりも組織の雇った用心棒が曲者であるとカカシは知っている。
「まだ分かっていないからなんとも言えんが、7班なら大丈夫じゃろう。あのうちはにナルトも付いているんじゃから」
苦笑いをする火影。それを見てカカシも苦笑する。
「全部私に押し付けないでくださいよ」
その結果がこれだ。とカカシは大きなため息を吐いた。
オレ等がもとより決めていた時間通りに火影が待っている部屋に入ると中には酒瓶をもった老人と言うにはまだ早い男性が待っていた。
「なんだぁ? 超ガキばっかじゃねーかよ」
手に持っていた酒瓶に口を持って行き勢い良く飲みはじめた。
マナーってのを知らないようだ。今では客の方も選ばれるってのに。
「……特に、そこの一番ちっこい小僧。お前それ本当に忍者かぁ!? お前ぇ!」
馬鹿は死んでみないと直らない。とは言っても死んだからといって直るという保証もない。
「一度でも忍者になりたいなんて言った事は無いがね」
瞬身で一瞬で目の前の男の前に現れて首元を掴む。何時から飲んだくれているのだろう、目の焦点が合っていない。腐ってやがる。
「ナルト、護衛する相手を殺すなよ」
カカシも一瞬のあり得ない出来事に驚いたが冷静にツッコム。
飲みかけていた酒が掴まれている故に喉を通過せずに口から溢れていく。その酒が手に触れる前にさっと手を引いた。
一瞬で殺されかけたと分かったようでビクつき始める。滑稽で中々いい。
見た感じ貧しそうな服装なのにどこに護衛を任せる金があるのかが疑問に思えた。
「わ、わしは橋作りをやっておる、タズナというもんじゃ。わしが国に帰って橋を完成させるまでの間、どうか護衛をしてもらいたい………頼む……」
脅しすぎたようだ。少し悪い気持ちもする。ほんの少しだけだが。
四人分のため息が聞こえたりしたが気にはしない。
日が傾き始めた頃、オレはヒナタの家に向かっていた。
動機などありはしない。何となくである。出来れば任務の間掃除を頼もうかと思ってさえいる。
断られることなど考えてもいない。断られたら断られたで納得して帰るつもりである。
前は大通りを通るだけで歩けなくなるくらいにまでやられていたのだが最近は里の人自体が少なくなってそんなことも起こっていない。それを探るために暗部も一つの任務にしては大勢が動いているからオレも動きやすくなっている。
程よくしてヒナタの家についた。
知識ではヒナタが良家のお嬢様だということは知っていたが実際に家の大きさを見て眩暈がした。
「でけぇ…」
オレの家の何十倍であろうか。一族の宗家となるとこれくらいが当たり前なのかもしれない。
以前忍び込んだうちは一族の土地の総面積も馬鹿げているかのような大きさであった。
ド迫力に呑まれながらも勇気を出してオレの身長の二倍以上はある門にノックをする。
少しお待ちください、と返事が来てから言われたとおり待った。
自分に変な目で見ない者には敵愾心を抱えないのが礼儀であるとオレは思っている。
一分も経っていない。キィ、と正門の横の出入り口から人の顔がでてきた。
「なんのようだね? ヒナタは今家にいるが……」
宗家の日向ヒアシは丁寧にも自分から客の相手をした。
「あらら、用件も言ってないのに分かっちゃうんですか?」
笑顔を作って警戒されないようにする。相手は喧嘩を売ってはいけないヒトだということくらい分かっている。
白眼からは逃げられないことも分かっている。持っているのだから。
「見ていた。それに君の名も知っている」
「そうですか。なら自己紹介する手間も省けましたね」
はは、と笑っているが内心舌打ちをする。
どこから覗かれていたのかも見当もつかなかったことに怖く思っている。
「そうかね。少し話がしたいんだが時間はあるかい?」
「断る理由もありませんからどうぞ」
そう言って二人は日向の敷地内へと歩いていった。
「話しとはヒナタのことなんだが………」
客間に入り茶を持ってくるように命令し誰もいなくなり次第にそう話しを切り出した。
「まぁ、父親ですしね。娘に変な虫が付くのは気に食わないでしょうね」
適わない相手に態度を変えることに抵抗のなくやんわりとそう言う。
だが、家族というのに理解ができないオレは書物からの知識でしか家族というのを知らない。ヒアシが何が言いたいのかが皆目見当もついていない。
「今日限りヒナタと会わないでもらいたい…」
そう言って頭を下げる日向家当主の行動に表情を変えずに見続ける。
理解の範疇が超えている。知らない問題がテストで出たような気分を味わった。
ヒアシの頭は上がらない。額を畳に押し付けたまま上がろうとしない。
何を言えばいいのかが分からないがやはり書物からの知識でしか回避が出来ない。
「頭を上げてくださいよ。急に頭を下げられてもこちらが困ります」
そう言うとゆっくりと頭が上がっていきやっと同じ視点に戻る。
「君には感謝をしている」
「見当がつきません。僕は何もしてませんよ」
オレは本当に見当が付かないでいる。
自分のした事を1から思い出す。
おにぎりをおいしいと言った事。泣かせてしまった事。説教染みたことを言った事。あとは他愛もない会話程度である。
「本当に分からないんですけど」
オレは頭を掻きながらそう言う。本当にねぇし。傷物にした訳でもねぇし。オレがなにした?
結局分からずじまいなもんでお手上げな状態の苦笑いをして尋ねる。困った時は笑えば体外が大丈夫だと本に書いてあったような気がする。
「ヒナタが…修行をするようになったんだ」
それがどうした、とオレは心底思った。むしろ喜べよ。んでオレに礼くらい言えよ。
日向家宗家の長女が修行をしていない訳がない。寧ろそれが当たり前なのではないだろうか。
「それがどうしたら僕への感謝になるんですか?」
『自分を信じられないヤツなんかに先なんてない』と言う前からヒナタが自分を疑っていることに気付いていた。
『自分を馬鹿にしたやつに仕返そうなんて思ってもいない』と言う前からヒナタが自分が諦めていることに気付いていた。
このまま何もせずに生きていたらどうなっているのだろう、そう悩んだら止まることを知らなかった。
オレが思うにヒナタは聡明だ。馬鹿じゃあない。だから宗家の長女としての長所を活かした場合、答えは無数にあったことも分かる。
他族との架け橋。優秀な分家の取り入れ。そんなところだろう。
自分としての個を失ってしまう事も目に見えていた。
だからヒナタは自分の高確率であろう仮想から逃げ出すために強さを望んだのかもしれない。決め付けているわけではないから『かも』なんだが。
「ヒナタがやっと自分から行動をしてくれた。私はそれが心から嬉しい…」
ヒアシは津々にそう言う。
その行動力を取り除いたのは誰であったのかも分かっていない。馬鹿親は馬鹿親でも本当の馬鹿の親だ。
ハナビの才能に気付いた故の過ちなのだろう。
「それで、僕がこれ以上いたらヒナタはまた変わるかもしれない、と?」
これがヒアシにとって最高の状態なのだろう。不変を望んだヒアシの願いであることはオレでも分かった。
誰であって最高の状態を維持したいと思う。それだけは理解できた。
「本当にすまないと思っている。礼は出来るだけする。この通り!!」
再度、ヒアシは頭を下げる。
オレにとっては本当にどうでもいいことである。
もとから自分で決定するつもりなどなかった。この選択で最も意味のある人物に任せるつもりであった。
それは最も残酷で、オレにとっては最も面白い選択であったから。
「んで、どうするよ? ヒナタ」
呼びかけた名前に慄く様に頭を上げて見上げた先には涙目の日向ヒナタが立っていた。
修羅場って一度でもいいから見てみたかったんだよな、と笑っている自分に気付きたくなかった。
「どういうことですか…そんなこと私は一欠片も望んでません」
ヒナタの重い言葉にヒアシは真正面から向かい合える勇気はない。
全ては表に出さずに裏で解決させるつもりであった。そんなヒアシの心がヒナタの言葉に満足いくような答えが出せるはずもない。
「ヒナタ………お前はナルト君と交流を持つまで嫌々修行をしていたじゃないか」
それが今では力を望むように正面からぎらぎらとした眼で立ち向かってくるヒナタにヒアシは感動をしていた。
「そんなの私には関係ないです。父上は何時だってハナビしか……いえ、ハナビの才能しか見ていなかった。私はとうに見限られていたんです」
ハナビでさえ娘とは見ずに才能とでしか見ていない、そうヒナタは言った。
伝統のある一族に才能を蔑ろにしろ、そんなことは不可能であることは誰だって分かっている。それでも譲れないものもある。
「……お前がそう不貞腐れている間に妹との差はどんどん開いていくんだぞ? それにお前には………」
ヒアシが言いそうになったことをヒナタは白眼で読み取る。
読み取らずにしても分かる内容であった。
分家との婚約、ヒナタの予想通りであった筈。関係無いオレでも分かることだ。
なんか聞いちゃいけないことのような気がしないでもない。
正直帰りたい、と思ったがもし帰ったらヒナタにとってよくないであろうと思い残ることにする。
ここで妹とヒナタを戦わせるのも面白い、と思ったが負けた場合は取り返しもつかない故に踏み出せない。
ここで新たに修羅場に加わることとなる者が現れる。
「姉上、私と勝負してください!」
うわ、とオレは目を点にした。
「は、ハナビ……お前…」
納得しないでください、とオレは言いたかったが言える空気ではなかった。
なんか浮気がバレたお父さんみたいな顔だな、と少し思った。
「ハナビ…何の用?」
ヒナタからしたら迷惑以外の何者でもない。勝ち越している相手がわざわざ勝負を挑んでくる。嫌がらせにしか感じない。
「勝負なんて…無意味だよ」
私が負ける、そうヒナタは心から分かっている。
才能、生まれ持った素質が違いすぎる。ハナビは歴代の中でもトップレベルであろう素質を持っている。
「納得がいきません!」
子供だな、と第三者として思った。この場の重大さが分かっていない。
「全てにおいてハナビの方が上…それが事実だよ」
そうだろうか、と思ったがハナビの動きを見たこともないから言えるのかもしれない。少なくとも……今は言うのを止めよう。
話だけを聞いているとオレやヒナタが欲しがっていた才能を、苦痛という文字も知らない、地獄という世界も見たことのない少女は持っているのだろう。
「本気で言っているのですか?」
初めて、ヒナタはハナビからの殺気を感じた。
とても稚拙で、私怨のみで構成されたちっぽけな殺気であったが、ヒナタは心から恐怖する。
「……うん」
姉妹の討論に父親は入り込めないでいる。男はいつだってそうだ、と悲しくも思った。
「姉上がいなくなったら私は独りになるんですよ!? 無責任過ぎです!」
ある意味、最も悩んでいたのはハナビだったのかもしれない。そうヒアシは後悔した。
嫌々でさえ、いつも道場にはハナビだけでなくヒナタもいた。それがいなくなる。ハナビからしたら日常ではなくなってしまう。
日常が無くなると言う事はとても怖いこと。オレにとっては苦痛でしかなかった日常が消えて喜ばしいが他人は違う。
「ヒナタは新しい技を覚えるたびに心が痛む、妹さんは新しい技を覚えるたびに高揚感と満足感を覚える、でしょ? なら、別にいいんじゃん」
率直に思ったことを言った。
「大体、無責任って二人の父親の方が無責任だろ。選択肢無しで修行させてるんだからね。妹さんは嫌じゃ無さそうだけどヒナタにとっては苦痛なんじゃないのかな」
どうでもよくなってきたから開き直って言いたいことを言う。相当混乱しているようだからヒアシも気にしていないようである。
ヒナタは力を欲した。それでも、ここでしか得られないような力ではない。
ヒナタは自分を変えられる力が欲しい。それがここ以外でも得られる。
答えはすぐそこにあった。
「私は…日向の道を歩む資格も決意もありません」
それを持って生まれたのが日向ハナビ、日向ヒナタではなかった。
日向ネジに言わせるとこれも十分に運命なのだろう。悲しい運命ではあるが。というかアイツの運命理論はかなり偏っているような気がする。間違っちゃいないがよ。
「だから、私は自分の道を歩みます」
ヒナタの決意にカブトとの最初の出会いを思い出した。だけど道が綺麗過ぎるよなぁ。
『心から応援しよう、君の外れた道を、君の作った道をね』
自分の生き方を肯定してもらえる。それはなんとも甘美で心地よいのだろうか。麻薬のように心の隅々まで浸透していく。
それは麻薬のように心や身体をボロボロにしていった。だけど止められない。自分の道を応援してくれるということは本当に麻薬みてぇだ。
だけどヒナタにはその麻薬みてぇな何かがねぇ。この家族には応援してくれる者が一人もいねぇんだから。
だが、ヒアシもハナビもヒナタの決意を覆す自信は無かったようだ。ようは逃げだ。
渋々と認めるようなことを言って客間から出て行った。
皆気付いていなかったがヒナタは一度も修行を辞めるとは言っていなかった。それをヒナタが指摘したから急に空気が冷めて話し合いは終わってしまった。
ヒトの話は聞こう、というのを再確認してしまった日であった。
「んじゃ、オレのいない間掃除を頼むわ」
一日中ペースを狂わされていたオレは自分のしゃべり方が元からこうであったか自信が無かった。
話し方は他人のを真似ているだけで実はよく分かっていない。
自分が自分じゃないような気がしてならない一日であった。
「うん。任せておいてね」
ニコ、と笑って答えるヒナタに苦笑する。
なんと答えるべきかが見つからない。そんなオレに出来るのは笑ってその場を凌ぐ事のみであった。
ドロドロと怒りが流れ込んでくる。自分が見つからない自分に怒りを沸く、そんな不思議な感情に困惑する。
「オレが淋しいから影分身でも置いておくから会話しといてくれなぁ」
そういって日向家から去っていった。
風が集う。集いて旋風となる。しかし、嵐となることは無い。
「はは、うまく出来もしねぇ…」
記憶からのお浚い。記憶に正しくあの金髪の青年の業を投影する。しかし、破綻は免れない。
チャクラが風のように紡いで形となり、荒々しく廻りはするがあの究極にまでは達しない。
一目で気に入った。嵐のような荒々しさ、雷雲のように何人たりとも近寄せない激しさ。
全てが自分のように、自分があの全てのように感じた。
あの己の身を削り殺していくあの嵐が。
腕の経絡系は既にボロボロ、塵屑のように千切れかけている。それでも成果は現れない。
旋毛の回転による促進法など知っている。的確で緻密なチャクラコントロールも行使している。
それでも辿り着けない。全ては遠い、ナルトにとって。
千切れかけた経絡系をまた別に治療を施し、五体満足に修復した後に再度嵐を作り上げようと試みる。
それでも辿り着けない。
もし、うずまきナルトという少年に幾ばくかの才能があれば、一ヶ月で習得出来たかもしれない。
もし、うずまきナルトという少年に天才的な才能があれば、見た瞬間に行使可能だったかもしれない。
チャクラの風、生命から捻り取られたモノから作られた風は止まることを已まない。嵐に成る事を夢見て、止まらず廻り続ける。
「才能が…欲しかったなぁ」
天才に囲まれた凡才は己を嫌悪し己を信じず。