風を追いかけた。
走った、どこまでも。
だけど、途中で諦めた。
狂った歯車の上で
新学期が始まった。
去年は大した生徒は見つからなかった。とても、つまらなく、とても居心地の良い一年だった。
日向ネジ、天才と言われて入学してきた生徒と出会った。
世に跋こびる天才というのは、どうして、こうも苛つくのだろうか。
「うずまきナルト、今日こそお前を倒してみせる」
いつもは出ていない体術の授業、そんなものどうでもよかった。ただ、何もせずに、何者にも干渉されずに独りで入れれば良かったのに、感じてしまった。
日向ネジという少年が本当に天才であるという事実を。
「はっ!」
浅い白打、当たらないと思っていたが思っていたよりも深く、速かった。
「ちっ!」
掠った、それだけだったのに血が食堂を逆流するという痛みが走る。
目の前のネジを見た。
オレだけを見ていた。馬鹿正直に、真っ直ぐに、天才という覇気を醸し出しながら。
才能の無いオレが辿り着けた先を悠々と追い越していくだろう、そんな眼をしていた。
「気に入らないんだよ……その眼がな!」
本気を出した。踏み出した足が道場の板張りを踏み砕き、一直線にネジの顔面に拳を叩き込んだ筈だった、鼻の骨くらい簡単に打ち砕く筈だった。
ネジの眼の周りが膨れ上がり、皮一枚で避けられた。
気に食わない、知識だけで知っていた白眼が目の前にあるというのに怒り以外の感情が表れない。
「白眼……開眼してたのか」
その眼で見るな、冷静にこっちを見てんじゃねぇ。
「荒れているな…そして動揺しているようだ」
冷静に見るなって言ってんだろ。
見んじゃねぇよ。
ネジは笑う、誇りを感じるかのように。
ネジは憂う、先を行く者に追いついたと。
そして、ネジは顔が分からなくなるまでオレに殴られ続けた。
それは教師が止めに入るまで、オレは殴り続けた。
雲が流れる、それに意思は無く、ただ流れている。
「最っ低……だな」
屋上で独り、そして一人で寝転がる。
授業はサボる。
カブト先生と出会ってから色々なことを学んだ。
それは人を殺す術と人を生かす術。どちらも結局は人を殺す術だということを学んだ。そしてやり方の違いだけという事も学んだ。
裏と表は結局は同じ意味を表す、それでも客観的に見るとまったく違うという事も学んだ。
あの時、オレはネジを殺すつもりで殴りかかった、なのに避けられた。当たらなかった。
笑いが溢れてくる、才能という枷が足を引っ張る。そしてアイツは才能という風が背中を押してくれる。
正直、羨ましかった。
強ければ、生まれたときから才能に溢れていれば、ただ、ただ受身でいる必要が無かったかもしれなかったのに。
同じクラスの子供達の笑い声が聞こえた、それも嘲笑で。
屋上のフェンスから校庭を覗き込む、皆がマラソンをしていた。そして皆は走り終わった様子で、ただ一人だけ終わっていない様子で皆の笑いの中、必死に走っていた。
彼の名前は知っている、ロック・リー。皆に才能が無いと言われているのを聞いたことがある。
彼の位置と自分を変えて考えてみた。もし、自分があの嘲笑の中で走っていたら、、、、
「途中で諦めて帰る」
不幸な自分を責め続ける、そしていつかは居ないだろう両親を責める。なぜこんな自分を生んだのか、と。
諦めて、諦めて、そして最後に最初に想った事すら忘れてしまうだろう、だって居心地が良いから。
諦めるって事はその時に存在する最高に気持ちのいい選択肢、頑張る必要がないから。強がる必要が無いから。だからオレにはあのリーという奴が眩しかった。
自分にはない《前を見る》という感情を持っていたから。
ある晩、何の報告もなしに先生がオレの家にやってきた。
やけに血なまぐさかったがそれが初めてという訳でも無いから別段混乱はしなかったが、先生の持っているモノに驚いた。
黒点の無い眼球、ネジと同じ瞳だった。
「こんなくだらないことで失くすには勿体無いからね」
いるかい、と先生は缶ジュースでも奢るかのように尋ねてきた。
このオレに。血族という七光りのない役立たずと紙一重にオレなんかに。
藁にも掴む思いで、オレは頷いた。
ネジと同じ瞳、最強の洞察眼である白眼をオレが保有できる、それは悪魔の囁きにも思えた。
オレは無能、どんな方法だろうが役に立てる能力を持たなければ、いつかは捨てられる。
幼いオレでも簡単に分かる未来、そんなものを許容する訳が無い。
震える心に欺いて、オレは最強の眼を手に入れた。
キィ、とドアが開いた。
「なにか、いいことでもあったのかい?」
入ってきて早々にカブト先生はそう言った。
「わかり、ますか?」
今、オレはどんな顔をしているのだろうか。
「家の外からでも分かるくらいに、ね」
そうですか、と言って手足の無い元は人間だった男に視線を戻した。
視えたんだ。どこをどう切れば一番効率がいいか、どこをどう切れば一番痛いのかが。この眼は最高だ。オレの望む結果を導かせてくれる。この眼があれば、オレが最強だ。
「そうだ。今日は君にお客様が来てるんだよ」
カブト先生が言い終わり次第、長髪の薄気味悪い男が入ってきた。
「なんか用でもあるんですか?」
分かる。オレがこの人を拒絶しているということを。この人に関わる事で自分を失くすであろう事を。
自然と目つきが細くなる。睨みつけるように、オレの前から消えてくれと祈るように。
「ふふ、カブトの言ったとおりいい眼をしてるわ」
フッと柔らかく笑みを浮かべる男。
いい眼、その言葉にオレの心は敏感に反応する。
アンタを拒絶している眼をいい眼と訳す男が分からない。
「根元まで腐ってるわね、死んでるわ」
瞬間、目の前の男を殴るためにオレは跳んでいた。眼が教えてくれる、どこを切れば一撃で殺せるかということを、どこへ駆ければ最短で目の前の男の首を掻っ捌けるのかを。
拒絶への拒絶。自分への否定、そして肯定。自覚と共にオレは殺す気で目の前に飛び掛かる、が
「邪魔よ」
チャクラのメスを展開していたオレの右腕を払いのけて蹴り飛ばされた。
穴が開いた、そう思わせるほどに体がぶっ壊された。何時、目の前の男の脚がオレの身体に飛び込んできたのかも分からなかった。
吹き飛ばされて、家具を壊しながら止まり、そして開けられない目越しに男は言った。
「カブト、この子……才能ないわよ」
本当に強くする意味があるの、と男、大蛇丸はカブト先生に問う。
才能、またか。またそれか。なんでそればかりなんだ。ふざけんなよ。
口からは体から搾り出された息しか出てこない、口に出せない分の怒りと憎悪を開きかけた眼でありったけの呪詛を吐く。
「いいんですよ」
カブト先生は自嘲するような笑みでそう言う。初めて見る笑い方だった。
きっとカブト先生も分かっている。オレに才能が無いということを。だが、カブト先生にはそんなもの関係ない。
オレが実験道具以外の何物でもないって事実くらい分かっている。
それでも先生は言ってくれた。
「だけど、僕が見つけたんです。それが化け物でないはずが無い」
その言葉を聴いて、最高の笑みを浮かべてオレは気を失った。
「ナルト君、具合とか悪いんじゃない? 顔色が悪いよ」
ガヤガヤとうるさい教室で、いつもどおりの頭痛に顔色を隠せなかったオレに唯一、その少女は声をかけてきた。
ネジを殴ってから誰もオレに声を掛けなくなった。丁度いい、煩かったから。
そう思っていた矢先にその少女は声を掛けてきた。
顔を見た。名前が出てこない。覚えていなかった。
「…………誰だっけ?」
「忘れないでよ。私はテンテン」
間髪いれずにつっこまれた。そうか、テンテン、ねぇ。
記憶に留めた、オレに声を掛けてきた希有な少女の名前を。
「ごめん、それで?」
なるべく顔を見ずに言う。視線を合わせられない、すぐに逸らしてしまう。
見て見ぬ振りをする糞野郎、と思ってしまう。
「大丈夫? 顔色が悪いよ」
そう言って手鏡をオレの正面に差し出す。そしてそれを覗き込む。
酷かった、死体の色と同じ、白に近い色だった。血色というものがなく、本当に死体のようだった。
「本当だ、こりゃあ酷い」
クク、と笑う。才能が無い、という昨日言われた一言にここまで自分を追い詰めるとは思ってもいなかった。たかが数分の白眼の開放で身体にガタがくるくらいに貧弱だとも思わなかった。
分かっていた事実を、他人から言われるというのはかなりくる。か細いオレの心はガタガタになっている。
「保健室まで一緒に行ってあげようか?」
そう言って次の時間割を思い出す。そして止める、どちらにしても面倒だ。苛立ってきっと訳が分からなくなる。
「いいのかな?」
「大丈夫、先生には私が言っておくから」
そういう問題じゃない、と喉のすぐそこまで出掛かったが言うのは止めた。
こんなオレにそんな親しくしていたらきっと近いうちにとばっちりを食らう。どうでもいいがそれはこの子にとってデメリットだ。
「やっぱり遠慮させて貰う。自分で行くから」
そう言うと力強く腕を引っ張られた。
「気にしなくていいって! きっと保健室に辿り着くまでに倒れちゃうって!」
そう言って男子の視線を浴びながらオレは教室を引っ張られていった。
なんで男子クラスにいるのだろう、とは保健室に辿り着いてから思った。
彼女は授業を受けに辿り着き次第すぐさま教室の方へ戻っていった。
マイペースな人だ、とベッドの上でそう思った。
周りが見えない、自分しか見えないから自分を保っていられる。羨ましいなぁ、とオレは呟く。