見慣れた天井。
見慣れた壁に、見慣れた家具やカーテン。
間違いなくここは、
「……俺の部屋」
声に出して意味の無い確認をし、寝ていたベッドから体を起こす。
寝すぎたせいだろうか、頭がひどく重い。
「最悪……」
額に手を当てて、項垂れる。
壁に掛けてある時計を確認すると、長針は6、短針は12を過ぎたところを指していた。
カーテンの隙間から差し込む光からして、夜という事は無い。
とすれば、時刻は丁度お昼時。
「……腹減ったな」
「で、君たちは人の家で何してるわけ?」
食料を求めて、リビングのドアを開ければ見慣れた顔が二つ。
「あ、お邪魔してます」
律儀に頭を下げるキンと、
「寝すぎだ、馬鹿」
相変わらず、口の悪い多由也。
「答えになってない」
冷蔵庫を開けながら口にする。
「大蛇丸様の命令」
「大蛇丸様?」
不快感を前面に出し返す。
大蛇丸。寝起き一時間は聞きたくない名前だ。
「君麻呂が起きたら連れてこいだとよ」
「なんで?」
とりあえず、開けっ放しの冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注いで口をつける。
「ウチが知るわけ無いだろ」
「どうして?」
「私もそこまでは聞いてないから」
「そうか……」
半分ほど減ったジュースを一気に飲み干し、
「拒否」
確固たる決意を胸に言い放つ。
大蛇丸の呼び出しなんて、ろくな事が無い。
それだけは断言できる。
「じゃあ、そう言う事でおやすみ」
空になったコップを流しに置き、先ほどまで寝ていた部屋に戻る。
「どこ行く気だ?」
事はできなかった。
いつの間にか背後に回った多由也が、尋常じゃない程の力で首根っこを掴む。
「ウチらの話し聞いてたな?」
「聞いてました。だから、俺はまだ寝ていると言うことにして大蛇丸様に報告しておいてください」
「却下」
「何で!?」
「君麻呂君、仕方が無いけど大蛇丸様の命令だから」
少し離れたところからキンが。
「あきらめろ君麻呂」
諭すように多由也が。
「クソッ。権力の前ではすべてが無力と言うことか」
「それ微妙に違うだろ」
「冷静になれ多由也、キン。お前たちは大蛇丸様に騙されてるだけだ」
ちなみにだが、未だに首は掴まれたままである。
「あんな変態に、世紀の変態に従う必要なんて無いんだ」
「あら、言ってくれるじゃないの君麻呂」
「と、鬼道丸が以前言ってるのを思い出した分けなんだが……大蛇丸様、いつからそこに?」
いつの間にか現れた大蛇丸。
ドアの開く気配はまったく無かったはず。
「ついさっきよ」
「あの、大蛇丸様はなんで此方に?」
気になったのか、キンが質問をする。
「あなたたちが遅かったからよ」
「それは、君麻呂君が今まで寝ていて」
「さっさと起こせばよかったじゃない。四時間も何やってたのよ」
「多由也が起こすのは可愛そうだからって」
「ちょっ!! キンてめー!!」
「なるほどね、それなら仕方ないわ。それよりも多由也、いい加減にしないと君麻呂死ぬわよ」
薄暗い部屋。
少し重たい空気。
読むのもためらうような難しい本が並んでる本棚。
何度も訪れているが、この執務室の雰囲気はだけはずっと好きになれないでいる。
「それで、体の調子はどうなのかしら?」
「首が痛いです」
「そうでしょうね」
大蛇丸はあっさりとうなずいた。
「さっき謝っただろうが!」
少し離れたところから声を荒げる多由也。
キンと一緒にお茶を入れている最中だ。
「部下の言葉遣いが悪くて心も痛いです」
「奇遇ね。誰とは言わないけど、私も時々誰かさんのせいで胃が痛くなるわ。フフフ」
半眼で言う大蛇丸。
「鬼道丸のやつですか、大変ですね大蛇丸様も。ハハハ」
「ウフフフ」
「ハッハハ」
感情のこもってない二つの笑い声が部屋を支配していく。
「ね、ねぇ多由也。あの二人大丈夫なの?」
「いつもの事だよ。気にするな」
若干おびえた様子のキンと、慣れた様子の多由也。
結局、お茶が届くまでの間、二人の笑いがとまることは無かった。
「まぁ、四日間寝続けてそれだけ元気なら問題ないわね。それと、もう気づいてると思うけど、あなたが寝ている間に外道の印は解除しておいたから」
「…………は?」
「外道の印なくなってるのに気づいてなかったの」
あきれた様に大蛇丸が言う。
確かに、外道の印が使われたときの不快感と言うか、そういったものは全く無くなっている。
だがそれよりも問題は、
「四日間?」
「そうよ、鬼道丸の毒蜘蛛に噛まれてね。結構危険だったんだから……覚えてないの?」
頷いて答える。
「もしかして試合の内容も?」
これも同じように頷いて答える。
よくよく思い出そうとしても、審判の開始の合図までしか思い出せない。
ポッカリと試合の内容だけが消えているのだ。
「大蛇丸様、君麻呂の記憶。もしかして毒のせいですか?」
普段見せることの無い、心配そうな表情を浮かべて多由也が口にする。
「恐らくそれは無いと思うわ。この場合毒のせいというより、嫌な記憶を自分から消した。と言った方が良いのかもしれないわね」
ちょっと待て。
大蛇丸のその言い方。
その言い方はまるで、
「君麻呂。あなた鬼道丸に負けたのよ」
真実は残酷だ。