謀られた。
絶対に謀られた。
電光掲示板を見ての率直な意見がそれだった。
「最悪ぜよ」
そう呟き、鬼道丸は手を突いて項垂れている。
俺との組み合わせが発表される前まであんなに楽しそうにしていたというのに、たった一瞬でこの様だ。
哀れすぎてかける言葉さえ見つからない。
とりあえず、鬼道丸の事は後だ。問題は、
「オマル様……」
疑いの眼差しを向ける。
「言っておくけど、私じゃないからね。 さっきも言った様に、私は電光掲示板を操作したり出来ないから」
此方を見ることなく大蛇丸は返してきた。
うそ臭い。確か、人は嘘をつくとき視線がどーたらこーたらって話があったはずだ。
回り込んで、大蛇丸の前に立ち口を開く。
「本当ですか?」
「疑われるなんて心外ね。私が貴方に嘘をついたことがあって?」
「今まで何度もあったんですけど」
呟くが、大蛇丸の耳には届かなかったようだ。
「大体、貴方たちを戦わせるメリットなんて私にはないわ」
「……確かにそうですけど」
大蛇丸の言ってることは正論だ。
ここで鬼道丸と戦っても、それが大蛇丸のメリットにつながるとは考えにくい。
腑に落ちないが、この組み合わせは偶然と納得するしかないのだろう。
「まぁ、誰かが操作したのは間違いないでしょうけどね」
「……は?」
思わず声を上げてしまう。
「そんなに驚くことかしら?」
「いや、だってさっき」
「あら、私は操作できないって言っただけよ」
目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる大蛇丸。
まるで悪戯が成功した子供のようだが……はっきり言って気持ち悪い。
「と言っても、アレを操作できる人間なんて火影ぐらいなものよ」
「……火影?」
聞き返す言葉に、大蛇丸は頷く。
「逆にこの組み合わせが偶然って事は?」
「ないわね」
きっぱりと断言された。
それだけの理由が大蛇丸にはあるという事だろう。
「そういう試験なのよ」
「…………」
特になかったらしい。
「な、何よその目は!? 理由ならちゃんとあるわよ、聞きたいの?」
「いや別に……それで、俺たちを戦わせるメリットが火影には?」
「さぁ? そこまでは分からないわ。 ただ、多少なりとも貴方達を危険と感じたからじゃない?」
「危険、ですか?」
「ええ」
うなずき、大蛇丸は多由也の方を一瞥し続けた。
「あなた達をこの試験に送り込んだのは、木ノ葉を抜けたS級犯罪者の大蛇丸様なんですから」
お決まりの笑みを浮かべる大蛇丸。
自分に様付けとは、これも自画自賛と言うのだろうか?
「要するに、S級犯罪者の大蛇丸様のおかげで俺と鬼道丸は戦うことになったと。そういう事ですねオマル様?」
ため息交じりに口にした。
「随分トゲのある言い方に聞こえるけど、まぁそういう事ね。 それよりも君麻呂、早く行かないと貴方失格になるわよ。鬼道丸も待ってるみたいだし」
「へ? 鬼道丸だったらそこに─」
と、言いかけて言葉をとめる。
つい先ほどまで鬼道丸が項垂れていた場所に目をやるが、いつの間にかその姿はない。
身を乗り出し下の闘技場に目をやると、大蛇丸の言葉どうりに鬼道丸の姿を見つけた。
「何時の間に?」
「ほら、早くしないと本当に失格になるわよ」
言うや否や、大蛇丸は俺の首根っこを捕まえ階段へと歩き出した。
「あの~オマル様? 早くするなら飛び降りて下に行ったほうが良い気がするんですが?」
うめくが、聞こえた様子はない。
大蛇丸の歩みは止まらず、
階段の段差の振動で舌を噛まない様気をつけていると、程なくして大蛇丸の手は解かれた。
場所は踊り場。
上からも下からも人の視線が届かない場所だった。
「何なんです一体?」
若干身構えながら口にする。
「貴方、武器になるようなものは持ってるの?」
唐突な質問に戸惑ったが、少し考えた後口にした。
「……持ってないです」
クナイや手裏剣といった、忍びにとって一般的な武器は生憎と今は所持していない。
基本そういった忍具の類は、屍骨脈で十分すぎるほど代用できるからだ。
「はー……やっぱりね」
大きなため息をつく大蛇丸。
「まぁ屍骨脈を有する貴方ならそれで仕方ないのかもしれないけど、どうするつもり?」
「どうするって言われても─」
「屍骨脈、使っちゃいけないの覚えてるわよね?」
「……素手で」
目を逸らし、搾り出すように答えた。
「信用できないわね、ちょっと待ってなさい」
呆れた顔を此方に見せ、何故か素早い動作で印を結んだ。
それは今まで見たことの無い印。
なんとはなしにだが、嫌な予感がよぎる。
逃げ出すべきかどうか考えているうちに、残念ながら印は完成したようだ。
印を結び終わった大蛇丸の右手は、不気味な淡い光に包まれている。
「あの、それは─」
言い終える前に、その右手は俺の額に触れた。
刹那。
何とも言えぬ痛みが全身を駆け巡った。
その痛みに反応し、反射的にまぶたを閉じてしまう。
痛みは一瞬の事だったが、代りに全身には何とも言えぬ違和感が残される。
ゆっくりと目を開き、見える範囲で全身を確認した。
……違和感の原因になる様な傷はどこにも見つからない。
次に、体を動かし違和感の正体となる物を探ってみるが、結局は分からずじまいだった。
「何したんです?」
怒気をこめて言う。
「外道の印・封よ」
ヒラヒラと右手を振りながら大蛇丸は答えた。
その手からは、先ほどまで確認できていた光は消えている。
「外道の印?」
聞いた事の無い術だ。
「一体何なんですそれは?」
「血継限界を封じる物よ、まぁ多少手は加えたけどね」
「……は?」
思わず口からこぼれた。
ちょっと待て、血継限界を封じる?
それってつまり、
「…………」
必死に骨を取り出そうとするが、肩甲骨、大腿骨、肋骨、背骨、その他もろもろの骨は全く出てこようとする気配はない。
「テイ」
情けない声を出しつつも、十指穿弾を出そうと手を振り上げる。
手は虚しく空を切るだけだった。
「……何の嫌がらせですか!?」
声を荒げて言う。
「アラ、嫌がらせなんてとんでもない。念の為にやっただけよ、貴方が鬼道丸相手に屍骨脈を使わないようにね」
言い終え、一息つき大蛇丸は続ける。
「それにね、屍骨脈の恩恵を受けてる貴方は、自分で意識して無くても全身の骨が強化されてるのよ」
これは初耳だった。
知らず知らずのうちに骨を強化していたなんて。
つまり、この全身の全身の違和感は恐らく、骨の強化が無くなったせいなのだろう。
しかし、屍骨脈の使えない俺って……
火遁や水遁といった忍術は使えない。
クナイや手裏剣といった武器の類も所持してない。
残るは体術のみだが、それさえも屍骨脈ありきで使用している。
「鬼道丸相手にはいいハンデね」
親指を立てて口にする大蛇丸。
ハンデを通り越して大ピンチだと思うのだが。
まぁ、いざとなれば口寄せでも使って蛇にでも倒してもらえばいいだろう。
「そういえば─」
ふと先ほどの大蛇丸の言葉を思い出し、
「多少手を加えたって言ってましたけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ!」
何故か自信たっぷりに大蛇丸は答えた。
「木ノ葉に禁術として封印されてきたものに手を加えたのよ。
実際これを人に使うのは四半世紀ぶりの様な気がしないでもないけど、四半世紀って何故かすごい年月を感じる言い方よね。
とりあえず、いきなり今までの力を封じられて戸惑うことも多々あると思うけど大丈夫よ!
私の女性的な部分のカンがそう言ってるわ!」
「最終的にカンですか?」
突っ込みどころが満載だったが、とりあえず最後だけ突っ込んでおく。
「長年の経験でもいいわよ」
これ以上無いほどの不安が襲ってきた。
分身の術を使い、一人では見れなかった背中とかも確認すべく印を結び術を発動させる。
「……何これ?」
「……何よそれ?」
ほぼ同時に口に出す。
「印、間違ってました?」
「間違って無かったわよ」
「…………」
「…………」
二人してソレを見つめる。
分身の術で出たソレを。
大きさ的には俺より二周りほど小く、若干横に幅を取っている。
この時点で分身の術は失敗と言っっていいだろうが、まだ大きな問題があった。
全体が小学生低学年の書いた絵のようにしか見えないということだ。
「何というか、斬新なデザインよね」
口に手を当て、笑いをこらえながら大蛇丸は口にした。
「失敗の原因は?」
自分で出した分身だったはずの物体を蹴り飛ばし消す。
「印は問題なかったわ、恐らくチャクラの問題ね」
「原因は、さっきの外道の印で良いんですよね?」
怒りで頬を引きつらせながら言う。
「……もう行くわね」
背を向けて歩き出すが、今度は俺が大蛇丸の首を掴む番だった。
「何処行くんです?」
「い、嫌ねぇ。上で観戦するに決まってるじゃない」
「この術、解いてから行ってくれません?」
「解除の印忘れちゃった」
「は!?」
聞こえず、大蛇丸を掴んでいた手に力を込める。
「解除の印忘れちゃった。テヘ♪」
先ほどより、幾分か声を大きくして答えた。
右手を頭に当て、おどけたポーズつきだったが。
「あ、アホかぁぁぁ!!」
頭がもげるほどの勢いで大蛇丸を揺さぶる。
「お、落ち着きなさい君麻呂! こ、これ使っていいから」
そう言うと、大蛇丸は結構な振動の中にもかかわらず器用に剣を腰から外し手に取った。
「それは?」
首から手を外し聞く。
「草薙の剣の一振りよ。名は火之迦具土神(ひのかぐつち)、好きに使いなさい」
息を整えながら言い、剣を此方に差し出した。
今までの経緯から受け取るのに躊躇するが、このままの状態で戦うとなると武器は必須となってくる。
普段大蛇丸が使ってるのとは別の剣だと思うが、差し出されたのも草薙の剣。
普通の武器よりも何倍、何十倍も上等な武器だろう。
迷ってる場合ではない。
「遠慮なく貰っときます」
「いや、誰もあげるなんて……」
半ば強引に受け取った。
途端。
ダダ、ダダ、ダダ、ダダ、ダーダン
何処からとも無く音が聞こえた。
どこか懐かしく、それでいて悲しみと絶望が同時にやってくるような音楽が。
そうこれは、
「ドラ○エ!」
間違いない。
セーブデータが消えたときや、呪いの装備を装着したときの音楽だ。
……呪いの装備?
え、何これ呪われてるの?
「き、教会はどこだー!」
「あほな事言ってないで、さっさと行きなさい! 本当に失格になるわよ」
失格、それだけは避けなければならない。
不戦勝とはいえ、鬼道丸に負けるのだけはいただけない。
鞘に納まった剣を腰に挿し、階段を下りようとして、
「そういえばオマル様、結構大きな声とか出してたけど大丈夫なんですか?」
ふと思ったことを口にした。
「大丈夫よ、前もって結界張っておいたから」
それだけ用意周到で、解除の印を忘れるってどうよ?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「随分遅かったぜよね、君麻呂」
「……色々あってな。大体、何が悲しくて今さらお前なんかと」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜよ」
心底嫌そうな顔で鬼道丸が言う。
「お前が胸タッチ作戦なんて思いつくからこうなるんだよ」
「君麻呂も乗り気だったぜよ」
「ぐっ……大体、好きな子が戦って血を流してるっていうのにアホな作戦なんて考えんなよ」
「君麻呂、こういう言葉があるぜよ」
鬼道丸は得意げに胸を張った。
「未来のパイより目先のパイぜよ」
「ねーよそんな言葉!!」
即座に切り捨てる。
「ゴホッ。 あの、そろそろ試合を始めるから私語は慎むように」