月が照らしていた森も、気がつけば朝の光に包まれていた。
一体どれだけの時間走っていたのだろう?
この広い森で、一人の人間を見つけるために…
「だぁーっ!! 何でウチがこんな目に」
汗で湿った髪が、汗で濡れた服が、彼女の苛立ちを増幅させていく。
「その様子じゃ、まだ君麻呂は見つかってないぜよね」
「んなもん、見りゃ分かるだろうが!! 大体テメーはどうなんだよ!?」
「フッ…愚問ぜよ、多由也」
そう言い放ち、鬼道丸は懐から巻物を取り出した。
「この通り、巻物はバッチリぜよ!! これで巻物を失った事は君麻呂にばれずにすむぜよ。 後は君麻呂と合流して、もう一個の巻物を……どうしたぜよ多由也?」
「…………」
多由也は無言で鬼道丸を、いや、鬼道丸の手にしている巻物を見ている。
そして一言。
「その巻物…」
「巻物?」
言われて、鬼道丸も巻物へと視線を落とす。
手の中にある巻物には大きな字で『天』と書かれている。
「どうかしたぜよか?」
「…ウチ等が初めに貰った巻物覚えてるか?」
「そんなの当たり前ぜよ、地の……あ……」
そう、初めに貰ったのは地の書なのだ。
「あ、じゃねーだろうが、このクソチン野郎が!!」
放った拳は、綺麗に鬼道丸の頬を捉えた。
鬼道丸は、受身も取れず地面を転がっていく。
「巻物を奪われたなんて、君麻呂に知られたら─」
君麻呂の馬鹿にした目が、馬鹿にした顔が一瞬で多由也の頭の中をよぎる。
『え、巻物取られたの?』
『お前たち二人もいて…?』
絶対にそれだけは避けなくてはいけない。
「大体、元はといえばテメーが巻物を─」
(…そうだ、巻物を奪われたのはウチじゃない。悪いのはあのクソ蜘蛛ヤローでウチは無関係だ)
「と言うわけで、巻物を奪われたのはお前であってウチじゃない」
そこまで言い終えた後、鬼道丸の肩に手を置き続ける。
「がんばって君麻呂の相手しろよ」
「そ、そんな薄情すぎるぜよ」
「自業自得だろ。巻物を渡すテメーが悪いんだよ」
至極当然な事をいい、多由也は冷たく突き放した。
髪が風で揺れるのを感じる。
体に伝わる心地よい振動が眠気を誘う。
このまま睡眠という快楽に溺れてしまえたら、どれだけ幸せなのだろう。
跨っている、この虎の背で…
だが、今はその快楽に身を委ねる事はできない。
やるべき事が、考えなければならない事があるからだ。
「どうするかな…」
独りごちる。
問題視すべき事は、一つだけ。
多由也たちの前から無断で居なくなったこの状況、どうすれば多由也に殴られずに済むか、だ。
方法その一。
自分の非を認め謝る。
『いやぁ、勝手に居なくなってゴメンね』
『何がゴメンだ! 大体その態度からして謝る気がないだろボケカスが!!』
……
…
却下。
確実に、罵声とともに鉄拳が飛んでくる。
方法その二。
ひたすらに、これでもかという程謝る。
『申し訳ございません』
すかさず土下座をし、続ける。
『この度の不祥事、全て私の責任です。平に、平にご容赦を』
『意味分かんねーよ! このクソボケが!!』
……
…
却下。
後頭部を思い切り踏みつけられる悲しい姿が、頭に浮かんだ。
方法その三。
開き直る。
『よー、多由也に鬼道丸』
『っ!! テメーいままでどこ─』
『二人とも勝手に居なくなるって酷くない?』
『なっ、居なくなったのは─』
『ったく、ちゃんと後ろについてきてくれなきゃ困るじゃん。大体二人とも勝手に居なくなるってどういう事? 俺に対する嫌がらせ? それともあれですか、二人の間に俺は邪魔だったと……クソー、お父さんは二人をそんな風に育てた覚えはないぞ!!』
……
…
決まりだ。
反論する間も与えず、微妙に話を変えていく。
「完璧すぎると思わないか、タマよ」
ちなみに、タマというのは跨っている虎の名前だ。
無論、虎故にまともな返事は期待してなかったのだが、それでも低いうなり声を出し返事をしてくれた。
「そうだろ、そうだろ……どうした、タマ?」
唐突に歩みを止め、一点を見つめるタマ。
何事かと思い、タマが見つめるその先に意識を集中したのだが、直後その理由を知る事となった。
「…なるほどね」
此処からは当然見る事はできないが、遠くに僅かなチャクラを複数感じる。
おそらく戦闘でもしているのだろう。
「よく気づいたねタマ」
これには感心するしかなかった。
流石は野生の虎、といった所か…
「…行ってみますか」
「ボクはデブじゃない!! ポッチャリ系だ! こらーーーー!!」
姿を見るより先に、絶叫にも近いその声が聞こえた。
とりあえずタマから降り、『待て』を指示した後、声の聞こえたほうへと気配を消し進んでいく。
……
…
予想は当たっていた。
しかも、戦闘していたのはザク達と木ノ葉の連中。
そして、何故かそれを見ている薬師カブト。
正直、カブトが何しているのか理解できなかった。
傍から見ている限りは、覗きにしか見えなかったからだ。
「何してんです? カブトさん」
「そういう君こそ何してるんだい? 君麻呂」
気配を消したまま後ろから近づき話しかけたのにも関わらず、カブトは別段驚いた様子も見せず笑みを浮かべた。
「…気づいてました?」
「まぁ一応ね。途中まで感じていた気配が突然一つ消えたんだ、嫌でも気づくさ」
「それでも、いきなり後ろから話しかけらたら驚きません?」
「大蛇丸様で慣れてるからね…あの人のに比べれば君のなんて可愛いものさ」
「……そうですか」
哀愁を漂わせるカブトを直視する事ができず、視線をザク達への方へと移す。
…グッドタイミングと言っていいのだろうか?
ザクがキンを攻撃する瞬間を見てしまったのだ。
「仲間割れ?」
ポツリとつぶやく。
「心転身の術。キン、だったかな? 彼女はその術にかかってたんだよ」
カブトは肩をすくめて続ける。
「それにしても、術にかかっている味方を何の躊躇もなく攻撃するとはね……一応あんなのでも大蛇丸様の部下ってだけの事はあるね」
「…褒めてるのか、貶してるのかどっちです?」
「勿論褒めてるんだよ」
「そうですか。で、話を戻しますけどカブトさんはここで─っ!!」
突如として首の呪印がうずきだした。
まるで何かに呼応するかのように。
「何をしてるか? だったよね。 教えてあげるよ、彼を見にきたんだ」
一呼吸おきカブトは言う。
「君の呪印と同等の力を持つ、天の呪印を与えられた彼をね」
その戦いは一方的過ぎた。
呪印の力を手に入れたサスケに対し、ザクは何もできずに敗れてしまったのだ。
ドスはと言うと、サスケの力量が分かっていたのだろう。
戦うことなく巻物を渡し、傷ついたキンとザクを連れてその場を後にした。
「君から見てどうだい? 彼は」
「最悪って言えばいいですか? 呪印の力の使い方が全くなってないですし。カブトさんから見たらどうなんです?」
「僕の評価は最悪ではないよ。あの状況での最悪は彼があのまま死ぬ事だからね」
確かにカブトの言うとおり、最悪の状況は死んでしまうことだ。
呪印を刻まれて生き残る確立は僅か10分の1。
それを踏まえれば、死ななかったサスケは最悪ではなく最高といっていいのかもしれない。
むしろ、あのままサスケが死んだら、俺が大蛇丸の器になる可能性が大。
「僕はそろそろ行くとするよ。まだ彼のデータを取りたいからね」
背を見せその場を後にしようとするカブト。
「カブトさん、サスケの評価最高にしといてください」
了解、と言った感じで片手をあげ、カブトは瞬身の術で姿を消した。
「じゃあ俺も行くかな」
とりあえずタマのところまで戻り、それからザク達と合流しよう。
三人はすぐに見つける事ができた。
ドスも二人を担いだままではそう移動できなかったのだろう。
三人の前に姿を現し声をかける。
「大変そうだね、手貸そうか?」
「君麻…ろ!?」
「ウム。音の里のアイドル君麻呂だが何をそんなに驚く?」
「う、後ろ…」
どうやらアイドルと言うのはスルーされたらしい。
ちょっと悲しかったが、とりあえずドスの言うとおり後ろを見る。
見えるのはタマだけ。
「何もないじゃん」
「と、と、ト、ト、トラ!!」
搾り出すようにドスが言う。
トラね……あぁそういう事か。
「紹介しよう、ペットのタマだ」
「ペットォ!?」
「証拠を見せてやろう。タマ、お手」
出した手にすかさず噛み付くタマ。
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙の後、
「そいやぁ!!」
アンコの時の再現のようにタマを殴り倒した。
………
……
…
「んじゃ、行こうか」
ザクはタマが咥え、キンは俺がおんぶする事にした。
背中に当たるふくよかな感触がなんともいえない。
役得と言うやつだ。
「君麻呂」
「何?」
視線を横へと移す。
「聞きたい事があるんですが…」
「サスケの事?」
「っ!! 見てたんですか!?」
包帯で表情はよく分からないが、驚愕しているのだろう。
「まあね、でもサスケの事は大蛇丸様から聞いたほうがいいんじゃない?」
流石に教えていいのか分からないし…
「よっと」
軽く声を出し倒れていた木を飛び越える。
そして、
「「……あ」」
出会いは突然と言うか、多由也たちとの合流は突然だった。
「な、な、なんぜよ!! その後ろの馬鹿でっかいトラは!?」
またか、と思いつつ律儀に答える。
「ペットのタマだ」
「「ペットォ!?」」
綺麗に重なる二人の声。
「そうペット。タマ、お手」
出された手に即座に噛み付くタマ。
「チェストー!」
鉄拳制裁。
なんていうか、もう鉄板ネタだ。
………
……
…
「そんな事があったぜよか」
ドスが鬼道丸と多由也に説明をしている。
キンとザクも気を取り戻し、俺はザクの治療をしていた。
治療と言っても、外れている両肩の骨をはめただけだが…
「で、なんでそいつが呪印もってるぜよ?」
「さぁ、そればっかりは大蛇丸様に聞いてみないと……まぁ君麻呂は知ってるみたいですが」
ドスめ、俺を売りやがった。
睨みつけるとドスはサッと視線を外す。
そしてその間に割って入ってくる多由也。
「何知ってるんだ君麻呂?」
「……なにも」
下手に話したら、俺が大蛇丸様に何されるか分かったものじゃない。
「詮索するのは良くないだろ。大体、大蛇丸様が教えていないってことは、お前達には知る必要がないって事だろ」
こう言えばこれ以上聞いてくる事はないだろう。
「ちっ!! まぁいい、で、お前が勝手に居なくなったのはどういう理由だ?」
こ、このタイミングでそれですか!?
流石にこの状況だと、開き直りも使えない。
でも多由也に殴られるのは嫌だ。
ならば取るべき方法は一つ。
「多由也、キンの傷ってザクが攻撃したからだって知ってた?」
そして鬼が誕生した。
ボコボコになったザクはタマに咥えられ、その背にはキンが乗っていた。
「んあ!!」
突拍子もなく変な声を鬼道丸が上げた。
「ど、どうしたんだよ」
「き、君麻呂、よく見るぜよアレを」
指差す先にはタマの姿が。
「タマが何?」
「上に居るのは誰ぜよ?」
「キン」
「もう一度。何の上に誰ぜよ」
「? タマの上にキン」
「略して?」
「タマキ─あ」
なんてアホな事に気づくんだろう、コイツは。
「早速多由也に教えてくるぜよ」
「あっ、まて鬼道丸」
人の静止も聞かず、鬼道丸は多由也へと向かった。
そして、しばらくして真っ赤な顔になった多由也。
普段クソチンとか下品な言葉を使っているくせに、こういうのは駄目らしい。
予想ではこの後鬼道丸が殴られるはずだが、不思議とそれはなかった。
そのかわりに、
「君麻呂、このクソボケカス野郎、巻物無くしたぞ」
「た、多由也それは言っちゃ駄目ぜよ!!」
…巻物を無くした?
「無くしたってどういう事?」
「ち、違うぜよ君麻呂。こ、これはその相手が強敵だったぜよ」
「多由也、こいつの言ってる事本当?」
首を振り多由也は答えた。
「巻物を置いて立ち去ったらしい」
「は?」
「こ、これには海よりも深い、そ、それはもう重大な理由があるぜよ」
「で、その理由は?」
「恋ぜよ」
「…………」
「…………」
「一度死んで来いテメー!!」