嗅覚を刺激する血の匂い。
死の森はこれ以上ないほど静かだった。
獣の声も虫の声も不思議と聞こえてこない。
聞こえるのは、首筋を押さえてうずくまっているアンコの荒い息遣いだけ。
そのアンコの頼みの綱だった暗部は、血の匂いの発生源となって全員が事切れている。
そして、それら全てを視界に納め、大蛇丸は小さく声を発する。
「迂闊だったわ……」
誰に伝わるでもなく、声は闇が支配する森へと吸い込まれていった。
「貴方の性格を考えれば、こうなる事も予想しておくべきだったわね」
つぶやき、強烈な殺気を込め、最後の言葉を言い放った。
「どういう事かしら、君麻呂?」
「……それで……」
地面の上に正座している鬼道丸を見下ろし、多由也は腕組をした。
「君麻呂は見つからなかったと」
「…ぜよ」
よくわからない返事とともに頷く鬼道丸。
「まぁいい。ウチも君麻呂は見つけられなかったからな。それにアイツがやられるって事はないだろう」
「そ、そうぜよ。き、君麻呂なんて心配するだけ無駄ぜよ」
震える声で何とか言い終える。
「…………」
「…………」
冷たい目で見下ろす多由也。
冷や汗を大量にかきつつ、必死に笑みを作る鬼道丸。
「…………」
「…………」
二人の視線が交わることはなかった。
「……で」
その声を聞き、鬼道丸の体は震えた。
先ほどまでとは、明らか声色が違うからだ。
「どういう理由で巻物を無くしたのか言ってもらおうか?」
組んでいた手を解き、拳を握る多由也。
「ど、ど、どういう理由といわれましても……」
自分でも情けなくなるくらい上手く話すことができない。
「え、え~とですね……」
チラッと多由也の顔を見るが、即座に後悔する。
鬼の形相の見本といわんばかりの顔がそこにあったからだ。
「あ、あ、あの、そ、そのですね─」
ごしっ!!
痺れを切らした多由也の拳が、鬼道丸の顔面へと打ち込まれた。
鼻血を噴出しながら、ぽてんと倒れる鬼道丸。
だが、顔面を血で染めた鬼道丸に多由也は冷たく言い放つ。
「誰が正座やめていいって言った…?」
「しゅ、しゅいません」
鼻を押さえ、ヨロヨロと立ち上がり正座をする鬼道丸。
それを見て多由也は続ける。
「で、巻物は?」
「ぜよ、それは──」
要約すればこういう事だ。
君麻呂を探すために二手に分かれて探すことにした。
しばらく探しても肝心な君麻呂は見つからない。
このまま見つけられなければ多由也に何を言われるか、何をされるか分からない。
そう思っていたところ、運よく敵と遭遇。あいつ等の巻物を奪えば、多由也の怒りも多少は収まるかもしれない。
……だが相手が悪かった。
決して勝てなかったわけじゃない。むしろ呪印を使えば余裕で勝てただろう。
ただ、本当に相手が悪かった。
何故なら、そのチームには彼女がいたから。
一目惚れをした日向ヒナタが。
「という訳で、巻物を置いて立ち去ったぜよ」
「あ…」
「あ?」
「アホかお前はぁっっっ!!」
唸りを上げる多由也の右足。
ベキッ!!
人体からは聞こえてはいけないような音が響き渡り、鬼道丸は沈黙した。
残された多由也は、
「…もういやだ…」
溢れそうになる涙を堪えながらそう呟いた。
「どういう事かしら、君麻呂?」
「どういう事、と言われましても」
大蛇丸の本気の殺気を感じ、隠れていた茂みから出て答える。
「あそこに転がっているのは?」
大蛇丸の視線の先には四人の暗部の死体。
それ以外にこれといったものは見当たらない。
だから俺はそのまま答えた。
「暗部の死体ですね」
「…そう、暗部の死体」
正直、大蛇丸が何を言いたいのか分からない。
大蛇丸もそれを感じ取ったのだろう、額に手をやり続ける。
「あれを殺ったのは?」
「大蛇丸様ですけど…」
ピクッと大蛇丸の眉が動いたのが分かった。
「君麻呂、私なんて言ったかしら?」
「あれを殺ったのは」
「もっと前よ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「もういいわ」
疲れを感じながらうめいた。
「暗部はあなたに任せるって言ったはずよね」
「ええ、言いましたね」
確かそう言われた記憶はある。
「なら、なんで私が暗部の相手をしたのかしら?」
「…大蛇丸様が強いから?」
「貴方が逃げたからでしょうが!!」
フーフーと大蛇丸が肩で息をしている。
大蛇丸のこんな姿はめったに見ることはできないだろう。
対して俺はなんとか平静を保つことだけはできていた。
背中は気持ち悪いくらいの量の汗をかいていたが。
「…時々よ、本当に時々なんだけどね、私、貴方を殺したくなるわ……」
「…奇遇ですね。俺も時々殺したくなるんですよ……」
何故か自然と口が動いた。
下手をすれば殺されるかもしれないのに、自分でも不思議なくらい冷静なのが分かる。
「フフフ」
「ハハハ」
「…………」
「…………」
「やめましょう、馬鹿らしくなってきたわ」
「ですね」
「で、話を戻すけど、何で逃げたのかしら?」
大蛇丸の言ったとおり、俺は暗部との戦いから逃げた。
別に暗部に勝てなさそうとか、怖かったとかそんな理由じゃない。
むしろ、木の葉崩しの前に暗部と戦えることは、俺にとっては都合がいい。
暗部の力量や、自分が暗部相手にどれだけやれるかを知れるからだ。
にもかかわらず逃げた理由。
「いや、だってずるいじゃないですか大蛇丸様」
「ずるい? 私が?」
「そうですよ、アンコの相手をするって言っておいて、やったのはあれじゃないですか」
俺はアンコを指差し言う。
「戦うならまだしも、戦う前からあれ使いましたよね…」
ジト目で大蛇丸を見て続ける。
「呪印のアレ、やってる大蛇丸様には分からないでしょうけど、かなり痛いんですよね」
自身、何度か使われたことがあるので、あれの辛さは分かる。
そして認識する。
呪印がある限り、自由はないのだと。
「まぁそんなこんなで段々とムカ……面倒くさくなって─」
「…もういいわ」
大きなため息をつきながら大蛇丸が俺の言葉を遮った。
「育て方間違えたかしら」
「育てた方が問題ある方ですから」
大蛇丸はまた大きなため息をついた。