「何? お前等のその気持ち悪い格好」
任務を終え、アカデミーに戻った君麻呂が目にしたのは、吐きたくなる様な光景だった。
「俺達も好きでこんな格好してる分けじゃないぜよ…」
赤い鉢巻を頭に巻き、ピチピチのランニングシャツに短パン姿の鬼童丸が口にする。
「大蛇丸様の命令で服装はこれになったんだよ」
こっちは青い鉢巻を巻いた左近。鬼童丸と同じく、ランニングシャツに短パン姿だ。
横にいる次郎坊は若干シャツが短いのだろう。腹がはみ出ている。
「え? じゃあ俺もその服装に着替えるの?」
「その通りよ!」
言葉と共に現れる大蛇丸。
右手には君麻呂が着るだろうと思われるシャツと短パン。
「さぁ着替えなさい君麻呂!!」
「……嫌です」
「さぁ!!」
「……嫌です」
「さぁさぁ!!」
「……嫌です」
「さぁ! 今すぐここで!!」
鼻息荒く、ずいずいと歩み寄っていく。
「……嫌です」
対して君麻呂は脅えながら後退して答える。
大蛇丸が一歩進めば君麻呂も一歩下がり、二歩進めば二歩下がる。そんなやり取りが永遠に続くと思われたのだが、
「嫌じゃぁぁぁぁぁ」
突如、君麻呂は反転して走り去ったのだ。
「えっ? あ、ちょっと待ちなさい君麻呂!!」
「誰が待つかぁぁぁ!!」
こうして運動会を目前に控え、音の里最強の二人による壮絶な鬼ごっこが始まったのだった。
「どれぐらいの時間逃げ切れると思うぜよ?」
「追いかけるのが一瞬遅れたから、十分ぐらいはいけるんじゃないか?」
「十分ね、左近はどうぜよ?」
「さぁな、君麻呂の奴本気で嫌がってやがったから、十五はいくんじゃないか」
三人は必死に逃げる君麻呂を尻目に会話をしていたのだが、
「捕まえたわよ君麻呂!!」
「「「え?!」」」
一斉に驚きの声を上げる事となった。
十分どころか一分も持たなかったのである。
「どうなってるんだ? いくらなんでも早すぎだろ」
「確かに一分も持たないなんておかしいぜよ……あ! そういえば君麻呂ってついさっきまで任務だったんじゃないぜよか?」
「そういえば最近姿見なかったし、運動会の前に3日間任務に出すとか大蛇丸様言ってたな」
三人は納得したようにうんうんと頷いてその場を後にした。
「ってちょっと待てぇ!!」
三人は面倒くさそうに振り向く。
振り向いた先には、君麻呂に馬乗りしている大蛇丸の姿と、絶体絶命のピンチに陥っている君麻呂の姿があった。
「お前等には友達を助けるとかそういう気持ちは無いのか!?」
「無いね」
「無いぜよ」
「無い」
「即答かよ!?」
無情に告げてくる三人に即座に突っ込みを入れる君麻呂。
ピンチに見えてもそれぐらいの余裕はあるらしい。
「フフフ、もう逃げられないわよ君麻呂」
爬虫類のような目を血ばらせ、手をニギニギしながら告げる。
確実に変態だ。
「ぎゃぁぁぁぁ犯される!!」
君麻呂も必死に逃げようともがくが、体格差や任務後の疲れなどもあり無駄な抵抗となっている。
「お前等さっさと助けろ!!」
唯一の頼みの綱の三人へと再度助けを求めるが、帰ってきた返事はまたもや無情なものだった。
「君麻呂、犬にでもかまれたと思ってあきらめるぜよ」
「犬にかまれる方が何倍もマシだぁぁぁぁ!!」
叫び暴れる君麻呂。
だがそんな君麻呂を簡単に押さえつけている大蛇丸。
「さぁ覚悟は良いかしら君麻呂?」
「良くないっ!!」
君麻呂の返事などお構い無しに、大蛇丸の手は君麻呂へと迫っていく。
そして大蛇丸の手が君麻呂の服へと触れたとき、
「何やってるんですか、大蛇丸様も君麻呂も」
救世主が現れたのだった。
「多由也!! いい所にきた、早く助けて!!」
「いや、助けるも何も状況が理解できないし」
「理解なんてしなくて良い……って多由也その服装……」
「服装?」
言われて、多由也は自分の格好を確認してみる。
何時もとは全く違う服装。
上は白いシャツ。胸の部分には『多由也』と書かれた布が縫ってある。
下は普段履いてるスパッツよりも露出部分が多いブルマ。
どちらも、普段絶対身に付けない代物だ。
それを改めて確認した多由也の顔は、徐々に赤くなっていき、
「いや、こ、これはその……ウ、ウチはこんなの着たくなかったんだ!! で、でも大蛇丸様が絶対着ろって言ったから仕方なく……へ、変だよなやっぱりこんな服装……」
言い終わる頃には茹ダコの様に真っ赤になっていた。
そんな多由也を下から見上げる形で見ていた君麻呂は、視線を自分に乗っかっている大蛇丸へと移し一言。
「……大蛇丸様」
「何?」
「俺、大蛇丸様の部下で良かったと今日初めて思いました」
「は、初めて!? ま、まぁいいわ。そんな事よりも、多由也に何か言ってあげなさいよ」
君麻呂の衝撃的な告白にちょっとショックを受けつつも、妙な優しさらしきものを見せる大蛇丸だった。
「何か……」
言われて君麻呂は改めて多由也を見る。
スラリと伸びた足は綺麗だと思う。
真っ赤になって照れてる顔を可愛いと思う。
ただ、
「胸がもう少しあれば……」
刹那、多由也の足が君麻呂の顔を踏みつけた。
「ふぎゃっ!!」
鈍い音と共に変な悲鳴を発し、君麻呂は気を失う。
恐らく鼻骨は折れただろう。
ここまでくると、踏みつけたのではなく踏み潰したの方が正しいのかもしれない。
「自業自得ね……」
大蛇丸は呟き、多由也は無言できびすを返し去っていった。
「本当、馬鹿な子……」
さて、どうしたものかと大蛇丸は君麻呂の上から立ち上がり考えた。
とりあえず君麻呂の顔を確認する。
鼻は綺麗に曲がり血を流しているが、命に別状がある訳でもない。
この程度なら、放って置いても君麻呂ならすぐに気がつくだろう。
まぁとりあえず、
「鬼童丸、ちょっときて頂戴」
遠巻きに見ていた鬼童丸を呼び、そして告げた。
「君麻呂が気付いたらコレに着替えるように言っておいて」
そう言い、手にもっていた君麻呂用の短パンとシャツを手渡す。
「え!? 大蛇丸様が着せるんじゃないぜよか? 今なら気を失っているし、暴れないから楽なんじゃ?」
「分かってないわね鬼童丸」
大蛇丸はいつもの笑みを浮かべ続ける。
「相手が抵抗するのを無理やりするのがいいのよ!!」
「………へ?」
「嫌よ嫌よも好きのうち。相手が嫌がるからこそ燃えるんじゃないの!!」
拳を握って力説する大蛇丸に、鬼童丸は若干引いていた。
足元には血を流す君麻呂が、目の前にはド変態の上司が……
だけど空だけは青く、気持ちのいい風が吹いていた。
「運動会日よりの良い天気ぜよね」
とりあえず、目の前の現実は見ない事にした鬼童丸だった。
続く